ぼっちサーガ~最強ぼっちの異世界漫遊記~   作:ガスキン

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今回より、主人公の呼び方を主人公サイドで「亮一」他者サイドで「ゼロ」と書きます。


第四話 伝説の始まり

さて、亮一達が村を目指し歩き始めて早一時間。景色には全くの変化がなく、肝心の村もまだ見えてこない。ゲームではものの数分で到着する距離なのだが、まさか実際に歩くとこんなにも時間がかかるものとは全くの予想外だった。おまけに、休憩を取ろうとする度、まるでタイミングを計ったかのように緑色のアイツが出現するのだ。

 

「マスター、お下がりください」

 

今も、手頃な岩を見つけたので小休止を取ろうと腰を下ろしかけた途端、どこからかグリーンゲルがやって来た。すぐさま亮一を守る様にヴァルキリーが前に出る。これまで四回の襲撃があったが、それら全てをヴァルキリーが一太刀で倒していた。

 

「待てヴァルキリー」

 

今回も瞬殺してやろうと剣を抜きかけた彼女をジークムントが止める。そして、その視線をヴァルキリーから亮一へ移す。

 

「マスター、よろしければ戦ってみられますか?」

 

亮一へ戦闘の参加を促すジークムントにヴァルキリーが非難の声を上げる。その向こうでは、グリーンゲルがウネウネと形を変えながらこちらを警戒していた。

 

「ジーク、この様な雑魚にマスターのお手を煩わせるなど・・・」

 

「雑魚だからこそ、合一を果たしたマスターにはうってつけの練習相手になる。いかがでしょう、マスター? お望みならばヴァルキリーを退かせますが」

 

「・・・やらせてくれ」

 

亮一は静かに一歩前に出た。これから先、ずっと二人に戦闘を任せるわけにはいかない。“こちら側”の自分と合一した自分がどれだけ戦えるのか知っておくべきである。

 

『アイテムボックス』を開く亮一。望むのならそれこそ伝説級の武器も取り出せるのだが、彼が取り出したのは、ゲーム中最弱の武器である『短剣』であった。

 

手に持った瞬間、亮一は自らの変化に気付いた。初めて遭遇した時は恐怖で腰を抜かしてしまった相手を前にしながら、今は全く恐怖を感じていない。それどころか、冷静に相手の動きを見れる様になっていた。さらに、持った事も無いはずの『短剣』の持ち方、振り方、立ち回り方・・・亮一の知らないはずの知識が流れ込む。

 

その妙な感覚につい動きを止めてしまった亮一に向かいグリーンゲルは触手を伸ばし、それをムチのようにしならせて亮一の肩を打ち据えた。だが、防御力と創聖の聖衣の効果のおかげで、ダメージはおろかよろめきすらしない。

 

お返しとばかりに亮一が動く。一瞬でグリーンゲルに接近し、その体に短剣を突き刺した。無駄が一切無く、流れる様なその一撃は、まさしく熟練の者にしか放てないものであった。

 

弾け飛んだグリーンゲルの残骸を見下ろしながら、亮一は短剣にへばりついたゲルを振り落とした。

 

「お見事ですマスター。いかがでした、()()()()()()は?」

 

感想を聞かれ、思った事をそのまま口にした。

 

「・・・不思議な感じだ。知らないはずの知識が流れて来て、その知識通りに体が動いた。・・・まるで誰かに操られている様な気分だ」

 

「初めは違和感を覚えるでしょうが、戦い続ける内に自分のモノとして昇華出来るでしょう。そうすれば、戦いの幅もより広がるはずです」

 

「習うより慣れろ」。ジークムントの言葉に納得する亮一だった。

 

改めて小休止を取り、移動を再開する亮一達。やがて陽が傾いて来た頃、遠目に木で出来たアーチ状の門が見えて来た。それは『始まりの村』の入口。ついに三人は目的地へ辿り着いたのだ。

 

妙な達成感が胸に満ちる。思えばここまで長時間歩き続けたのは、幼い頃、昴と一緒に電車に乗り、降りる駅を間違えて家まで歩いて帰った時以来だった。

 

(あの時は二人共大泣きしちゃったんだよね)

 

回想に浸っている亮一が村へ入ろうとした所でヴァルキリーが声をかける。

 

「マスター。村に入る前に情報の確認をなさったらどうですか?」

 

右手を前に出して確認(チェック)と言えば簡単な情報が見る事が出来る。ヴァルキリーの説明を受けた亮一は言われた通りにやってみた。すると、目線と同じ高さの位置にゲームで見るウインドウが出現した。

 

始まりの村

クエスト総数 1

クリアしたクエスト 0

西 始まりの草原

東 王都カーライル

 

覗きこんだウインドウにはそう書かれていた。名前が本当に『始まりの村』にも驚いたが、亮一が注目したのは次の項目だった。

 

(クエスト? この村にクエストなんてあったっけ?)

 

そもそもこの村は王都までの中継地点としての役割しかなく、実際ゲームでも特にイベントが発生したりする様な所では無かった。そんな場所にクエスト? 疑問に思う亮一であったが、とにかく入ってみるしかない。

 

「それとマスター。村に入るのでしたら、無用な騒ぎを避けるため、我々はソウルクリスタルに戻らせて頂きます」

 

「もちろん、マスターの危機や命令、現界した方が良いと判断した時はすぐに出て来ますのでご安心を。ではマスター、しばしのお別れです。またすぐにお会いしましょうね」

 

一礼した二人の体が光る。次の瞬間にはヴァルキリー達の姿が消え、亮一の両手にはそれぞれ銀と赤の結晶が握られていた。それが二人の封じられたソウルクリスタルだと気付いた亮一は『アイテムボックス』に仕舞った。

 

(何だろう・・・一人には慣れてるはずなのに、少し寂しい気がする)

 

いやいや、こんな事で弱気になっていたらこの先やっていけないぞ。気を取り直し亮一は村へ足を踏み入れる。少し進むと、何やら村の中心部に人だかりが出来ていた。

 

(何かあったのかな?)

 

気になった亮一は、人ごみへと近づいていった。

 

 

 

 

その悲劇が村長であるマクスウェルの耳に届いたのはあまりにも突然だった。

 

「大変だ村長! 武器屋のロイドが森でモンスターに襲われた!」

 

「なんじゃと!?」

 

飛び込んで来た村人の報告に、マクスウェルは目を剥いて家を飛び出した。ロイドは妻と幼い娘の三人暮らしで、頼もしく豪快な性格から村の人間達に大変好かれていた。マクスウェルもロイドには全幅の信頼をおいている。そんな人間が襲われたとあっては、心中穏やかでいられるはずがない。

 

ロイドは村の中央にある井戸の前に横たわっていた。腹部には規則的に並んだ三つの傷があり、そこから血がとめどなく流れている。顔は青ざめ、体も小刻みに震えていた。明らかに危険な状態である。

 

「ロイド! 何があったのじゃ!?」

 

「へ、へへ・・・ドジやらかしちまいました。まさか、群れで襲われるなんて・・・ぐはっ」

 

「あなた!」

 

「パパァ!」

 

血を吐き出すロイドに、すがりつく妻と娘が悲鳴をあげる。傍にいた男がロイドに代わってマクスウェルに答える。

 

「村長。ロイドを襲ったのはワイルドウルフです」

 

「・・・そうか。その腹の傷はワイルドウルフの爪によるものじゃな。よし、とにかく治療じゃ。マリク! 道具屋のマリクはおるか!」

 

「ここにいます」

 

一人の男がマクスウェルの前に歩み出る。村の道具屋の店主、マリクだ。ロイドとは親友でもある。彼は、力なく横たわる親友の姿に拳を握っていた。

 

「マリク。お前の店にある薬草を今すぐ全部持って来い!」

 

「・・・無理です」

 

「何でだよ! お前、ロイドを見殺しにするつもりか!」

 

「なわけねえだろ! ロイドの為なら薬草の十や二十好きなだけ出してやる! だけど無理なんだ! 薬草は・・・品切れなんだ。店には一つも残ってねえんだよ!」

 

「何じゃとぉ!?」

 

「ああ、そんな・・・!」

 

ショックのあまり放心する妻。この村に回復魔法が使える者はいない。怪我は全て薬草に頼ってきた。それがないという事はつまり、ロイドの怪我の治療は不可能である。

 

「パパ・・・死んじゃうの?」

 

大粒の涙を流しながら周囲の大人達を見上げる娘。誰もが悲痛な面持ちで自らの無力感を呪っていた。こんな事で、村の大切な仲間を失ってしまうのか・・・。

 

「嫌だよ・・・。パパ、死んじゃ嫌だよ! 誰か、パパを助けてよぉ!」

 

今からでも王都に買いに・・・。いや、ダメだ。どんなに急いでも一日はかかる。その間にロイドは・・・。

 

「神よ、何故このような仕打ちを・・・」

 

誰もが諦めかけたその時・・・それは突然やって来た。

 

「・・・どうかしたのか?」

 

マクスウェルが、マリクが、妻が、娘が、村人達が一斉に振り向く。そこには全身を漆黒の装いで固めた男が立っていた。自分達を見つめる目は、大空の覇者と呼ばれるライトニングホークの様に鋭く、直視したマクスウェルは心臓を鷲掴みにされたかのような衝撃に襲われた。その左目に縦に走る傷も、激戦をくぐり抜け今日まで生きて来た者にしか得られない勲章であるかのようだ。一目でこの男が歴戦の勇士であると誰もが理解した。

 

「あ、あなた様は・・・?」

 

この村に余所者がやって来るなど久しぶりだが、喜べはしない。ただでさえ得体が知れない上に、今は村の仲間が死の淵に瀕している。ハッキリ言って邪魔でしか無かったが、それを口にすればどうなるかわからないマクスウェルではなかった。

 

「俺はゼロ。ついさっきこの村に辿りついたばかりだ」

 

謙った態度が功を奏したのか、男の表情がほんの僅かだが柔らかくなった。安堵しつつ、マクスウェルは慎重に言葉を選びながら事情を説明した。

 

「なるほど、理解した」

 

ここでマクスウェルの頭にある考えが浮かんだ。見た所冒険者であるこの男ならば薬草を持っているかもしれない。ならば自分がする事は一つだけだ。

 

「あなた様の雰囲気、さぞかし名のあるお方とお見受けいたします。一つだけで構いませぬ。どうかこの哀れなロイドの為に薬草を恵んでくださらぬか。このマクスウェル一生のお願いでございます。もちろんお礼はさせて頂きます。どうか。どうか・・・!」

 

「俺からもお願いします! ロイドを助けてやってください!」

 

「ロイドさんは村に必要な人間なんです!」

 

「どうかお願いします!」

 

深々と頭を下げるマクスウェルに続き、村人達も次々頭を下げていく。最後に、娘が男の服を掴んで泣きながら懇願した。

 

「お兄ちゃん。リリ、いい子になるから。もうイタズラしないし、お野菜もちゃんと食べるから、パパを・・・リリのパパを助けて!」

 

村人達の思い、そして幼い娘の思いは・・・男に届いた。

 

「わかった」

 

一斉に頭をあげる村人達。男は静かに、だがハッキリとそう言ったのだった。

 

 

 

 

人ごみに近寄ったのはいいが、亮一は声をかけるタイミングを完全に見失っていた。何とか隙間から様子を窺ってみると、人が倒れているのが見えた。

 

(どうやら村人が魔物に襲われた様ですね)

 

「ッ・・・!?」

 

突如として届くヴァルキリーの声に、亮一は慌てて周囲を見渡す。しかし、彼女の姿は何処にもなかった。

 

(今、私はソウルクリスタルの中からマスターに話しかけています。この声は貴方にしか聞こえていません。マスター、まずは村人から詳しい話を聞いてみましょう)

 

「・・・どうかしたのか?」

 

ヴァルキリーに押された格好で亮一は村人達へ話しかけてみた。すると、全員が一斉にこちらを振り向いた。一気に注目され委縮する亮一。魔物には恐怖を感じなくなったのに、人間相手にはいまだこの調子である。

 

「あ、あなた様は・・・?」

 

「俺はゼロ。ついさっきこの村に辿りついたばかりだ(・・・もうこの口調は諦めた方がいいのかな)」

 

しかし、おかげで事情を知る事は出来た。何でも村の住人がモンスターに襲われ、治療の為に必要な薬草が一つもないらしい。襲われた住人はかなりの重症らしく、このままでは死んでしまうかもしれないとの事だ。

 

「なるほど、理解した」

 

「あなた様の雰囲気、さぞかし名のあるお方とお見受けいたします。一つだけで構いませぬ。どうかこの哀れなロイドの為に薬草を恵んでくださらぬか。このマクスウェル一生のお願いでございます。もちろんお礼はさせて頂きます。どうか。どうか・・・!」

 

マクスウェルと名乗った老人が亮一に向かって頭を下げる。あまりに突然の事に戸惑う亮一の前で、他の村人達までが次々に頭を下げ始めた。

 

「俺からもお願いします! ロイドを助けてやってください!」

 

「ロイドさんは村に必要な人間なんです!」

 

「どうかお願いします!」

 

とうとうその場にいた全員が同じポーズを取る。その中でただ一人、見ため四歳くらいの女の子が亮一に近寄り、聖衣の端を掴みながら目を合わせた。

 

「お兄ちゃん。リリ、いい子になるから。もうイタズラしないし、お野菜もちゃんと食べるから、パパを・・・リリのパパを助けて!」

 

(・・・そっか。そういう事なんだね)

 

亮一は理解した。襲われたロイドという人が、どれほど村の人々に慕われ、またどれほど娘に愛されているのかを。そして、おそらくこれがこの村唯一のクエストだと言う事を。

 

「・・・わかった」

 

だから亮一は迷わない。救世主だからではない。一人の人間として、村人達の願いを断るわけにはいかないと。

 

「おお! ありがとうございます! ではこちらに」

 

マクスウェルと共に倒れているロイドの傍へ近寄る。傷を見た亮一は思わず顔を顰めた。

 

(酷い傷だ・・・)

 

とにかく回復アイテムを出そうと亮一がそばに置いたふくろに手を伸ばそうとした時、頭の中にまたしても声が響いた。けれど、その声はヴァルキリーのものでは無い別の女性のものだった。

 

(マスター。マリアです。ヴァルキリー様にお願いして代わって頂きました)

 

ソウルクリスタルに封じられし英雄の一人・・・“慈愛の聖母”マリアだった。あらゆる回復魔法を扱う強力なヒーラーである彼女には亮一もよくお世話になっていた。

 

(私が見た所、その男性の傷は相当深いものです。加えて“毒”も受けている様です。薬草一つではとても対処出来ません。ですから、ここはマスターが回復魔法をかけてあげるのが最善だと思います)

 

(毒・・・!?)

 

「ど、どうされました?」

 

突然目を見開いた亮一を見て不安になったのか、マクスウェルが尋ねる。亮一は今マリアから聞いた話をそのまま説明した。

 

「な、なんと! この傷に加えて毒まで・・・!? ではロイドは・・・」

 

絶望する村人達。しかし、ここいるのは救世主として認められた男。そして、救世主は絶望を討ち払う存在である。

 

「だから、別の方法を使う」

 

緊張を隠し、亮一はロイドの傷の上に手をかざした。大きく深呼吸し、叫ぶように回復魔法を唱えた。

 

「・・・メガヒール!」

 

亮一の手から青白い光が溢れ、ロイドの体を包み込んだ。しばらくしてその光が消えると、ロイドの腹に刻まれていた傷が跡形もなくなっていた。

 

「「「「「おお!」」」」」

 

「まだだ」

 

傷は治したが、まだ毒は抜けていない。亮一はもう一度手をかざし、毒状態を回復させる『アンチポイズン』を唱えた。真っ青だったロイドの顔に血色が戻り始める。

 

(お見事ですマスター。傷も毒も完治しました)

 

「・・・これで大丈夫だ」

 

マリアに確認し、間違い無く治癒出来た事をマクスウェルに報告する。瞬間、村に歓声が木霊した。村人達の喜ぶ様を見た亮一は、心の中でガッツポーズを取った。

 

(よかった・・・。僕なんかがこうやって役に立てて)

 

亮一の胸に、今まで感じた事のない暖かなものがこみ上げてきた。

 

 

 

 

ロイドの傷が消えたのを見て、村人達は一斉に喜びの声をあげた。それはマクスウェルも例外ではなかった。しかし、ロイドを救ったゼロは、そんな自分達に背を向け、静かに場を去ろうとしていた。それに気づいたマクスウェルが慌てて引き止める。

 

「ゼロ殿! どちらへ・・・!」

 

「俺に出来る事は済んだ。今日はもう宿で休もうと思う」

 

その言葉にマクスウェルの表情が沈む。ほんの数日前、この村で宿屋を経営していた一家が王都に引っ越してしまった。現在、この村に宿屋は無いのだ。

 

「では、宿を取るには王都まで行くしかないという事か」

 

「お待ちくだされ。この村から王都まではかなりの距離がございます。どうでしょう。日も沈んで来たことですし、今日はこの村にお泊りになられてはいかがですか」

 

恩人に対し、何もお返しせぬまま行かせるわけにはいかない。他の者達も同じ気持ちだったようで、駆け足でゼロの周りを取り囲んだ。

 

「村長の言う通りだ。今日は泊まっていってくださいよ」

 

「それに、お礼もまだしていませんし」

 

「必要ない」

 

心外だと言わんばかりに顔を曇らせるゼロ。一体何が彼の機嫌を損ねてしまったのだろうか。しかし、その後に続いた言葉に、マクスウェルは先ほどとは別の衝撃を受ける事となる。

 

「俺は当然の事をしただけだ。人が人を助けるのに・・・理由や見返りなど必要ないのだから」

 

・・・ああ、自分は何という思い違いをしていたのだろう。このお方は、我々に対し何かを求めていたのではない。ただ、己の心に従ってロイドを救ってくれたのだ。

 

何という高潔な心なのか。マクスウェルは、ゼロに対して恐怖を抱いていた先程までの自分を大いに恥じた。

 

「そのお心・・・まさに英雄。ですが、我々としては、何もお返し出来ぬままあなた様を行かせるわけには参りませぬ。どうぞ、今日はこの村で休まれて行ってください」

 

マクスウェルの願いに、ゼロは困ったような表情を浮かべたが、やがて小さく頷いた。

 

「わかった。では今日はここで世話になる」

 

村人達から二度目の歓声があがった。マクスウェルは手を掲げ、村人達に指示を出し始めた。

 

「さあさあ! 宴の準備じゃ! 救世主殿に満足していただけるよう、各自最高の酒と料理を用意せよ!」

 

「了解しました、村長!」

 

村人総出で席が作られ、辺りがすっかり暗くなった頃に宴は始まった。男達はとっておきの酒を持ち出し、女達は自慢の料理を振舞う。主役はもちろん、恩人であるゼロだ。

 

「ささ、ゼロ殿。もう一杯」

 

そう言ってマクスウェルがゼロの杯に注ぐのは、酒ではなく果物の果汁で作ったジュースだった。何でも、彼の生まれた国では二十歳以下の人間は酒を飲むのが禁じられているそうだ。ここで衝撃の事実が明らかとなった。何とゼロは十五歳なのだとか。てっきり二十代前半とばかり思っていたマクスウェルがそう伝えると、ゼロは若干落ち込んだ様子を見せた。それでも、マクスウェルが見る限り、ゼロは宴を楽しんでくれていた。

 

「ゼロ殿。あなた様はプリーストなのですか?」

 

「いや、違う」

 

「では、どうしてあなた様は『メガヒール』を使う事が出来たのですか。あの魔法は確かプリーストとそれに連なる職の者にしか使えないはずでは?」

 

「俺はプリーストではないが、プリーストが扱うスキルは全て覚えている」

 

「なんと!」

 

それはつまり、プリーストとしての道を極めているという事に他ならない。このお方はどれほど自分を驚かせれば気が済むのだろうか。

 

(うむむ、もしかしてワシは、とんでもない御仁と知り合う事が出来たのかもしれぬな)

 

「むうぅ! お兄ちゃん! そんちょーさんとばっかりお話してないでリリともお話してよ!」

 

そんな二人の会話に割り込むのは、ゼロの膝の上に座っているリリだ。ロイドの娘である彼女は、父親を救ってくれたゼロにすっかり懐いていた。

 

あまりにも無邪気にくっついてくるリリに対し、ゼロはポツリと呟く様にこう尋ねた。

 

「キミは・・・俺が怖くないのか?」

 

その声には、九割の戸惑いと一割の恐怖が込められていた。それを聞いたマクスウェルは、この少年が何か重く辛い過去を背負っているのだと理解した。

 

しかし、それに気付いていないリリは、素直な気持ちを込めてこう答えた。

 

「全然怖くないよ? お兄ちゃんはとっても優しいし、カッコいいもん!」

 

「カ、カッコいい?」

 

呆気に取られた様子のゼロ。確かに、どうしても左目の傷に目が行ってしまうが、よく見ると中々・・・いや、かなり整った顔をしている。なるほど、先程から向こうで若い娘達が騒いでいる理由がわかった。

 

「・・・」

 

「ゼロ殿?」

 

顔を伏せ、無言となるゼロ。もしや、今のやり取りで気分を害する所があったのかと心配するマクスウェルだったが、それは次の瞬間吹っ飛んだ。

 

「・・・ま、参ったな。そんな事、言われた事無いから・・・」

 

照れ臭そうに後頭部に手を当てながらぎこちない微笑を見せるゼロ。その表情は、ほんの数時間前に見せていた戦士のものではなく、十五歳という年に相応しいどこかあどけないものであった。

 

「ゼロ殿、あなた様が何者であろうと、我等の仲間を救ってくださった救世主様である事に変わりはありません。何があろうと、私達はあなた様の味方でございます。それだけは忘れないでください」

 

だからマクスウェルはこう言わずにはいられなかった。過去に何があろうとも、自分達だけは絶対にこの少年の味方で在り続けようと。それが、我等の恩返しであると信じて。

 

誰も彼もが騒ぎ、盛り上がった宴は、夜遅くまで続いた。そして翌日、村の東の入口には、ゼロを見送ろうと大勢の村人が集まっていた。

 

「ゼロ殿、昨日は本当にありがとうございました。またいつでも遊びにいらしてください」

 

「みなさんもお元気で」

 

「ゼロさん。これを受け取ってくれ」

 

ロイドが差し出したのは、白銀の長剣だった。武器に詳しくないマクスウェルでも、その剣がかなり上等な物であると理解出来た。

 

「ウチの店に置いてある物の中で一番の『銀の剣』だ。受け取ってくれ」

 

「いや、こんな大層な物は受け取るわけには・・・」

 

「いいんです。あなたにはこの剣よりもずっと価値のあるもの・・・夫の命を救っていただいたのですから」

 

「コイツの言うとおりだ。いいから受け取ってくれ」

 

「・・・わかった。大切に使わせてもらう」

 

ゼロは鞘から剣を抜き、その場で感触を確かめる様に振り始める。剣舞と見間違うほどの鮮麗なその動きに誰もが目を奪われる。

 

満足したのか、剣を仕舞うゼロ。革製のベルトに剣を通しそれを背負う。その勇壮な姿は、まるで英雄物語の一場面がその場に切り取られたかの様だったと、後に村人達は口を揃えた。

 

「では、今度こそ失礼する」

 

「お兄ちゃん、絶対また遊びに来てね! リリ、待ってるから!」

 

歩き始めるゼロ。一度も振り返ることはなかったが、村人達は彼の姿が見えなくなるまでずっとその背を追い続けていたのだった。

 

ゼロがいなくなり、日常に戻る村人達。マクスウェルもまた自分の家に戻った。昨晩、ゼロは彼の家の客室に泊まっていた。

 

「本当に・・・気持ちの良い御仁だった」

 

何の気無しにその客室へ足を踏み入れたマクスウェルは、ベッドの上に置かれた物に気付く。

 

「これは・・・!」

 

それは大量の薬草の束だった。ベッドを汚さない為か、布の上に纏めて置かれたそれをマクスウェルは震える手でそっと持ちあげた。現在この村に薬草が無い事を知り、ゼロは置き土産としてこれらを残して行ってくれたのだ。

 

「ゼロ殿・・・! あなた様は、あなた様はどこまで・・・!」

 

それから数分間、客室内にマクスウェルの嗚咽が響き続けた。

 

後にマクスウェルから村人達にゼロが残した薬草が配布されたが、それを実際に使用した者は一人もいなかった。皆、保存処理をして家の中に飾ったり本の栞にしたりしてずっと残る様にしたのだ。救世主、ゼロの事を忘れない為に・・・。

 

 

 

 

(いい人達だったなぁ・・・)

 

村を後にした亮一は昨夜の宴を思い出していた。まさかあんなに手厚くもてなしてくれるなんて思ってもいなかった。そのお礼として薬草をあるだけ残していったが、喜んでくれているだろうか。それだけが少し気になった。

 

(けどホント、僕は当然の事をしただけなんだけどな。こんな剣までもらっちゃって、何だか申し訳ないや)

 

背中の重量感は、ロイドからもらった『銀の剣』によるものだ。この『銀の剣』、ゲームではストーリーの中盤、船で別の大陸に行く事が出来るようになってから購入する事が出来る武器のはずなのに、それがまさか序盤の村にあったとは思わなかった亮一である。

 

(うーん。クエストといい、あったはずの宿屋が無い事といい、この剣といい、僕の知ってるエターナル・ワールドとは少し違うのかもしれないなぁ)

 

新たに生じた疑問に首を傾げる亮一。しかし、それ以上に彼の頭を悩ませる問題が目の前にあった。それは・・・。

 

「人が人を助けるのに理由や見返りなど必要ない。・・・ああもう! マスターったらカッコ良すぎです! 真っ直ぐにそんなセリフを口に出来る人間なんてマスターくらいしかいませんよ! 私の中のマスターをお慕いする気持ちが五倍くらい膨れあがっちゃいました!」

 

村を出てすぐに現界し、ずっと自分のセリフをリピートし続けるヴァルキリーであった。

 

人それを・・・公開処刑と言う。


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