ポケットでモンスターな世界にて   作:生姜

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Θ6 VS ユーレイ 上

 

 

 

 ―― ???

 

 

 スリーパーの『テレポート』による転移に巻き込まれて、数秒後。転移酔いが覚めると、俺は霧の立ち込める洞窟の中に居た。

 ……ったく。あのスリーパー、いきなり焦って『テレポート』だなんてな。巻きこまれた方の身にもなれっての。

 

 …………ふぅ。んな無駄思考している暇があったら、状況確認をしたほうが建設的か。そんじゃあ、

 

 

「カトレア! 居るかー!?」

 

 ――《バサッ、バササッ!》

 

 

 残念ながら、エスパーお嬢様からの返答は無い。声が湿った岩壁に反響し、ズバットが驚いて逃げ出した音のみが響いている。

 外からの明かりが僅かに届いてはいるものの、辺りは暗闇。シルフ製のフラッシュライトをまわして……と。見てみた感じと音の反響具合からして、どうやら部屋のように区切られた空間であるらしい。

 

「(……駄目か。それならとりあえず……)」

 

 俺はバッグから回復用品一式を取り出し、腕の中で目を閉じているポケモン ―― オニスズメへと、その様子を確認しながら。

 

 

「ほーら、オニスズメ。『げんきのかけら』だぞー」

 

「……」

 

 

 『げんきのかけら』をかざすと空気にさらりと解け、オニスズメの体に降り注いだ。本来ならボールに格納した上で使うのが最も効果的ではあるんだが……『ナイトヘッド』による攻撃では外傷は無いため、「HPと体力」さえ回復できればやり様はあるからな。これで十分だろう。

 

 

「……どうだ?」

 

「―― スゥ」

 

 

 うむ。寝息を立て始めたから、とりあえずは安心だな。ま、奪われた体力を回復するまでにはもうちょっと時間がかかるだろうけど。

 次いで俺は、回復までの間にトレーナーツールを手元で取り出して衛星位置情報を確認しようとする。

 ……の、だが。

 

「(方位磁石は働くけど、位置情報は未取得。電波状況に到っては……最悪か)」

 

 うーん、何とも絶望的な状況だ。コクランに怒られるぞ、こりゃ。

 ……まぁ、カトレアには「万が一俺とはぐれたら『あなぬけのヒモ』の自動脱出機能(オートパイロット)を使え』ってな指示をしてある。

 とはいえ、なぁ。……あの時カトレアが俺の妹を守りに走ったのは、彼女自身の意思。つまりこれは、アイツが選んだ道なんだ。それで妹が助かりそうなんだし、責任は俺が被るとしても、まずは応援してやりたい所か。

 

「(……それでいて無事で居てくれれば文句なしの万々歳、だな。さぁて、とりあえずスプレーして……俺もあなぬけのヒモで脱出を、ってのが一般的ではあるか?)」

 

 しかし今んトコ、この洞窟から出るつもりは毛頭無いんだけどな。

 俺は身体に効果時間対の値段効率が最もお得な『シルバースプレー』を吹きかけつつ、頭をカチリと切り替える。カトレアや妹も心配だが、俺自身も「やらなければいけない事」があるのだ。

 

 その1つ目が、スリーパーの捜索。

 あの距離に居た俺とカトレアが分断された事から考えるに、相当焦って『テレポート』したのだろう。スリーパーも、そう遠くには行っていない筈だ。

 ……因みに妹はカトレアに庇われていたから、俺&オニスズメと同じく、2人一緒にいるとみて良いだろう。妹にも10才の誕生日に俺がプレゼントした手持ちポケモンがいるとはいえ、戦闘訓練なんてしていない。その点、カトレアと一緒ならば脱出なり何なり出来ると思う。

 

「(いや。自分で言っておいてなんなんだが、脱出なり『何なり』ねぇ。カトレアの性格からして『何なり』の方が可能性は高いと思うけど……そこはやっぱり、カトレア次第か)」

 

 ま、出来る限り早く合流するってな方針にしておくけどさ。結局2人の安全面については、カトレアに一任するしかないってな結論か。頼んだぞー、我が弟子よ。

 

 んじゃ次に、2つ目。それはアイドル2名とテレビクルーの捜索……なんだが、先ずはこのような思考に至る経緯を説明したい。

 現在地であるこの「洞窟」。機器による判別は出来なかったが、今まで得た状況証拠 ―― ゲンガー、行方不明、洞窟と言ったものと関連付けると、とある場所が思いつく。その場所とは、5の島の外れに存在していた『かえらずの穴』だ。

 『かえらずの穴』はFRLG、「ゴージャスリゾート」の奥に存在していた洞窟。お馴染みのズバット系統やヤミカラスみたいなポケモンの他、ゴースやムウマといった幽霊ポケモンの巣窟と化していた場所である。

 その時には霧なんてかかってはいなかったんだが、何より、洞窟自体が「トリックダンジョン」になっている為なのか「人が迷い込む」ことが多いらしい。FRLGでも、一般お嬢様が迷い込むイベントがあった。

 

「(洞窟の外へと出るって選択肢もあるが、ここまで戻るにも時間がかかる。このまま進むのが、時間的には最も都合が良い筈だ)」

 

 では、ここが『かえらずの穴』であると仮定すると……スリーパーが逃げ込んだ『本拠』でもあるため、この場所には6の島で行方がわからなくなったアイドル達も居る可能性が高いと考えて良いかと思う。

 つまり、スリーパーは世代やらを無視した規格外の技『テレポート』で島を渡っているのだと予測中なので。現在も人手をかけて捜索が行われている『6の島』に、実は本拠となるような場所はなかった。そんなんなら、捜索中の人達が見つからない、って言う今の状況には説明が付け易い。

 ……つーか、『かえらずの穴』が外的の侵入に対して強すぎるってだけなんだよなぁ。本拠としてならバッチリ、引き篭もり系野生ポケモン垂涎の物件なのだ。

 

 

「……さて、無駄思考が過ぎたか。ほーれ、瞳孔径オッケー、対光反射……」

 

「―― チュ、チュウンッ!?」

 

「あ、ゴメン。起きたか」

 

 

 状態を確認しようとした所で、オニスズメが飛び起きた。当たり前だが、バタバタと飛びまわろうとして……おろ?

 

 

「―― チュン!」

 

 

 一旦は俺の腕から飛び立ったんだが、予想外な事に、すぐ目前に降り立っていた。なんだか目を閉じながらふんぞり返っている、様な気もする。

 ……あー、もしかして。

 

 

「お前、『ともしび温泉』に居た奴?」

 

「チュ、チューンッ!」

 

 

 俺の言葉の意味が通じたかはわからないが、オニスズメは地面を数度跳ねてから頭に飛び乗って来る。

 ……腕力と首の力は別物だからな。モノズを持ち上げるのとはまた違うし、若干どころか結構重いんだぞー。まあ、耐えられるから別にいいんだけどさ。

 つーか温泉でも見たことのあるこの行動と、何より野生産らしからぬ馴れ馴れしさ。恐らく俺の想像は当たりか。何故1の島にいたオニスズメが3の島にと言いたい所だが、鳥ポケモンなんだから、島を渡るくらいは不思議でもないだろう。……沢山居るオニスズメの中からよりにもよって知り合いの1個体と出会う確立が低いってのは、勿論判るんだけどな?

 俺は頭上に腕を伸ばしオニスズメを暫く撫でつつ、ふーむ。

 

 

「着いて来てくれるのか?」

 

「チュン、チュチュン」

 

「実に助かる。……いやさ。今の俺、手持ちがコイツしかいなくて」

 

 《ボウンッ》

 

「プリュリィ♪」

 

 

 ボールから出た我がプリンは、何時もの如く華麗にターン。俺へと、そしてサービスとばかりにオニスズメにもウインクをしてくださった。流石の胆力だな、うん。

 オニスズメはパチリと目を瞬かせ、ただし、俺の頭上からは動かずに。

 

 

「チュ、チュン?」

 

「プリュー」

 

「チュンチュン」

 

「プリュッ♪」

 

 

 2体の間では、俺などには与り知らぬ何かがガッチリと噛み合ったらしい。プリンはふわりと浮かんでゴキゲンに空中を漂い出し、オニスズメは……表情は見えないが、とりあえず位置が頭上で固定されたご様子。これら反応から察するにどうやら、俺を手伝ってくれるみたいだ。

 うーし、んならば!

 

 

「このまま洞窟を探索したいんだ。まずはここが『かえらずの穴』だって事を確定させなきゃいけないからな。あと、ついでに言えば回復用品にはかなり余裕もあるけど、野生ポケからは基本逃げの一手で」

 

「チュンッ」

 

「いや、お前らは頼りにしてるぞ? けど、なーんか嫌な予感がするんだよなぁ……スリーパーはともかくゲンガーが、他のポケモンと協力してまで『人を集める』って部分がさ。だから、戦力も体力も出来る限り温存しようぜ」

 

「プリュゥ?」

 

「んーにゃ、確信は無い。けど、可能性ってのは残しとく事にも意味があるもんだ。……よいしょ、と。行くぞ!!」

 

 

 2体との打ち合わせ的なものを終え、頭上にオニスズメ、腕にプリンを抱えて歩き出す。

 えーと……やっぱり目指すなら、1番奥か。岩の数は、と考えて……

 

 

「―― まずはあっちで!」

 

「プリーィ!」「チュンッ!」

 

 

 指差し、身体で霧を掻き分けて。日が指している方向と時間から方角を確認し、岩の数と見合わせながら進む。

 目指すはスリーパー、もとい……俺の嫌な予感の、その元凶だ!!

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

 ―― Side カトレア

 

 

「……落ち着きましたか?」

 

「……う……ん」

 

 

 目が覚めると、霧と暗闇に囲まれた洞窟の中でした。

 アタクシとショウの妹さんはスリーパーの『テレポート』に巻き込まれ、どうやらこんな見知らぬ場所へと飛ばされたようです。

 妹さんの艶のある黒髪を撫でながらなだめてあげていると、泣きじゃくっていた彼女も少しは落ち着いてきましたね。

 

 

「とりあえずは防寒ですね。はい。アナタもコレを着て下さい」

 

「……」

 

 

 今日のアタクシはいつものお嬢様然とした服装とは違い、探検用に動きやすさを重視したジャケットとズボンタイプのものを着用しています。が、妹さんは違うのです。霧と辺りを包む冷気に動きを乱されては、と考えて、バッグから上着を2着取り出して。

 妹さんがモソモソと動きながら羽織ったのを見届けて、アタクシも自分の上着を羽織る事に。 

 

 

「……あ、の」

 

「ハイ」

 

 

 立ち上がったアタクシへと向かって、ぽつぽつと、小さな声で話しかけてきた彼女へ返答。手を引きながら一緒に立ち上がり、身なりを整えた所で。

 

 

「さて、何でしょう? アタクシとしては、ショウの指示を守る事もやぶさかではないのですが」

 

 

 妹さんとわが身を守る為、『あなぬけのヒモ』でこの洞窟をすばやく脱出。それがショウの言っていた「はぐれた時の指示」でした。けれども、

 

 

「……おねぇちゃん。……おにぃちゃん、……探すの?」

 

 

 ふぅん。どうやら、妹さんと気は合うみたい。

 アタクシはモンスターボールをぎゅうっと握り、ありったけの勇気を振り絞ります。

 

 

「脱出なら何時でも出来ますが、アタクシだって、やられっぱなしは割に合いません。アナタとアタクシ自身の安全は守りつつ ―― せめてあの振り子だけは、撃破してみせましょ。申し訳ありませんが、脱出は、その後に」

 

「……うん」

 

 

 演習はともかく、実践は初めてです。ですが、野生ポケモン……それもこんな大々的な事件を引き起こしたポケモンを相手取るのに、アタクシの実力は足るのか。それを、自らの成長を。見極めるのには良い機会であると思います。

 ……それに、ショウはこういった事件をあの年齢にして、幾つも解決してきているのです。アタクシも、と想う気持ちは否定できません。

 

 

「ムンナ、ユンゲラー……お願いします」

 

 《《ボ、ボウンッ!》》

 

「ム、ミュー!」「……」コクコク

 

 

 ショウがよくやるように手持ちを周りに繰り出して、ムンナを抱く腕に力を込める。同時に、ナツメお姉さまと一緒に捕まえに行ったケーシィの進化した姿を、頼りに想いつつ。

 ……ユンゲラーであれば『フラッシュ』も使うことは出来ますが、野生ポケモンに見付かるのは得策とは言い難いですね。それにライトや『フラッシュ』を使わずとも、所々から外の明かりが入ってきていますから、周囲の確認程度ならば事足ります。そもそも、日が差し込んでいる時点でそう深くにある洞窟でもないのでしょう。なら、このままで。

 空いた手でショウの妹の手を引きながら、濃い霧の渦巻く洞窟中を、歩き出す。

 

 

「……スリーパーを探しましょ。誰彼が原因にしろ、アレはキーワードになり得ます」

 

「……うん」

 

 

 何より。ミミィ達を探し出すというアタクシの想いの為に、です。

 

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 

 野生の幽霊ポケモンを避けつつ。アタクシの方向指示に従って、部屋を3つ4つと進んで行きます。

 勿論、ただ赴くままに進んでいるわけではありません。あのスリーパーの持つ念の「感じ」は、とっても特徴的でした。その念を感じる方向へと歩いているのです。

 ……進むほどに念は(あまね)混ざり合い(・・・・・)、益々と嫌な感じに。

 

 

「ムミューン、ミューン、ムンムミューン♪」

 

「……」

 

「おねぇちゃん……?」

 

「(……?)」

 

「いえ。申し訳ありません。……スリーパーはもう少し……そろそろです」

 

 

 異様にテンションの高いムンナを抱えながら、岩壁にぽかりと空いた穴の内、北側にあるそれを潜り ―― その先。

 またもや部屋型の空間に出た所で。

 

 

「―― 目的、対象ですね」

 

「……ムフ」

 

 

 たどり着いた全く出入り口の無い空間の中心に、スリーパーが立っている。ここが終着という事なのでしょう。

 霧の溜まった部屋 ―― その奥には、岩壁に寄りかかる無数の人影も見ることができます。顔までは認識できないけれど、恐らくは、あの中にミミィや先輩アイドルさんも。

 妹さんが前に出ないよう、腕を横へと広げて。

 

 

「―― お願いします。ムンナ、ユンゲラー。……アナタは、アタクシの後ろへ」

 

「うん……」

 

 

 アタクシはムンナとユンゲラーを並ばせ、身体の後ろへ妹さんを庇う形に。

 ミミィ達へ大声で話しかけたい所ですけれど、その方法を脳内で却下。なにせ、丸々1日以上寝かせ続けるような『さいみんじゅつ』をかけられている方々なのです。あるいは重ね掛けかも知れませんが……どちらにせよ呼びかけで起きると言う保障はありませんし、そもそも大勢いた野生の幽霊ポケモン達を集めかねないです。

 ……なら先ずは、というよりも。スリーパーをこそ、何とかしてしまいましょう。

 

 

「―― それこそ、アタクシが今『出来る事』なのです。……さぁ」

 

「……ンフムッ」

 

 ――「ニタリ」「ニタッ」

 

 

 迎え撃つ体勢を取ったスリーパー、と、辺りの影から現れたゲンガーが2体。

 ゲンガーは、エスパーの天敵。地方問わずよく居る、幽霊ポケモンでしたね。……毒タイプも混じっているので、此方からも攻撃は十分に通る筈。

 アタクシは腕をゆらりと挙げ、指示を考える。ムンナの特性『よちむ』によって脳内に流れ込んできた、警戒すべき技は ―― スリーパーの『ずつき』。エスパーの大敵たる幽霊達については、我が『御家』も研究が進んでいます。さすれば、今回の相手は全員が爆発力に欠けているのかと思考出来ましょう。

 で、あれば。

 

 これは、『すばやさ』勝負ですッ!

 

 

「(……)」コクリ

 

「ムョーン!」

 

 ――《《 ブワワンッ! 》》

 

「ガッ、ゲンガッ!?」

 

 

 離れた位置から、ショウ仕込の先制攻撃を。

 出始めから念で指示を飛ばすと、ユンゲラーとムンナから放たれた『サイケこうせん』が他方のゲンガーの目の前から「弧を描いて」飛び、右側に居たゲンガーの身体を捉えました。もう一方のゲンガーは迫り来る『サイケこうせん』に一瞬怯んだので、動き出しが遅い。これは攻撃の軌道が『線』たる事を活かした、威嚇射撃。……アタクシ達が何度も練習した攻撃。

 その結果、状況は、純粋に2対2になりました。

 

 

「ググ、ンガー!」

 

「……ムフ」

 

 

 ゲンガーが黒い影を纏った右腕を振りかぶり、手近に居たユンゲラーに向かって殴りかかります。スリーパーも、ユンゲラーへ向かって……振り子を揺らし。

 

 

 《ボフンッ》

 

 ――《ヒヨォン!》

 

「(……っ)」

 

 

 え、と。確か、あの技は『シャドーパンチ』ですね。

 ユンゲラーが『シャドーパンチ』で殴られてのけぞった後、スリーパーから放たれた『さいみんじゅつ』によって追撃。眠り状態となり、ウトウトとし始めます、が。

 

「(―― やはり状態変化技、ですか。ならば、」

 

 お得意のそれを、アタクシ達は逆手に取らせていただきましょう。

 ゲンガーは、眠り始めたユンゲラーへと更なる追撃をと狙っているみたい。スリーパーは、次の相手としてムンナへ向かって身体を向けて。

 ……ここですっ!

 

 

「ムンナ! ユンゲラー!!」

 

 

 確かにアタクシは、テレパスによる技指示に習熟してはおりません。ですが、ナツメお姉さまに教わりました。

 ―― 呼びかけでタイミングを教えると共にアタクシへと意識を向けてもらう事で、通常よりも太い「回路」を構築。

 ……っっ!!

 

「(ムンナ、『マジックコート』! ユンゲラー、ゲンガーに『かなしばり』!)」

 

 言葉通りショウから「教わった」、トリッキー極まる……返し技。精一杯の想いを込めて、2体同時に指示を飛ばす。

 ―― 頼みますっ!!

 

 

「ムョンッ!」

 

 《ヒィ》――《カィィン!》

 

「ムフンッ!? ……ムフ、フ……」

 

 

 ムンナの前に先制技である『マジックコート』が張られ、『さいみんじゅつ』を跳ね返します。自分に帰ってきた催眠波によってスリーパーがふらふらとし始め ―― 『ねむり』状態となり、地面に倒れこみました。

 そして他方。ユンゲラーは、ショウ曰く持たせて損はないという『ラムの実』を持っていたためにすぐさま「眠り」状態から回復し、ゲンガーを対象に『かなしばり』。

 

 

「(……ッ!)」

 

 《ズキィンッ!》

 

「―― ンガッ!?」ブンブン

 

 

 『かなしばり』によって『シャドーパンチ』が封じられたゲンガーは、何事かと腕をぶんぶん振り出します。けれど当然、その腕が今までの様に黒い影を纏う事はありません。

 

「(ムンナの『よちむ』によって、ゲンガーには少なくともスリーパーの『ずつき』より強い技が無いことが判っています。そもそも『ずつき』自体、中威力の技ではあるのですが……それはともかく)」

 

 そんな中でゲンガーの主軸として用されていたのが、『シャドーパンチ』でした。ならばその主力技(メインウェポン)を、『かなしばり』によって封じてしまえば。反撃するにしても、選択肢が大幅に狭まりますでしょう。

 ……それでは。

 

 

「せめて最後は、華麗に締めましょ。……『サイケこうせん』!」

 

「ムミューン!」「(……!)」

 

 《《 ブワァッ!! 》》

 

「―― ゲン、ガァッ!?」

 

 

 アタクシのポケモン達では、ナツメお姉さまのポケモンの様に『サイコキネシス』を使うに、色々と不足です。2対1であれば『サイケこうせん』で事は足りますし。

 そう考えて指示した虹色の環が2筋、ゲンガーの身体に次々と直撃。最後の環がばちりとはじけてゲンガーを吹き飛ばし、

 

 

 《ド、ドスッ》

 

「……グゥ」

 

 ――《スゥッ》

 

 

 岩壁へとぶつかって。その姿はいつの間にか、見えなくなって行きました。

 

「(……フゥ。やりました、か?)」

 

 辺りには、地面に伏せて眠り込むスリーパーが1匹のみ。戦闘的にはともかく、事実的にはこれで勝利と言って良いでしょう。これでアタクシも、少しはお力添えになれたでしょうか。

 

 

「―― ムミュッ!?」

 

「(……!)」ブンブン

 

 

 ……?

 アタクシの前にいるムンナとユンゲラーが、何故か、バタバタと此方へ ―― 2体の視線の先は。

 

 ……後ろ、ですか!?

 

 手持ち達の視線が向かうは、アタクシの後ろ。

 急いで振り向くと、しかし既に、沈んだ影から黒い身体が伸びてきていて。

 

 

 ――《ズルンッ》

 

「ゲン、ガァーッ!」

 

 

 世界が、スローモーションになる。

 身体に有る傷からして、最初に「倒したつもりでいた」ゲンガーでしょう。赤い口から出た舌がべろりと伸び、アタクシへ向かって ――

 

 ―― けれども。その、「更に後ろ」から。

 

 

「……おねがいっ……!」

 

 

 外観えはミィに良く似た、しかしより短いスカートのフリフリとした服を着た妹さんが。髪飾りをきらりと輝かしながら、モンスターボールを投擲していました。

 ゲンガーとアタクシの間にボールが割り込み、

 

 

「―― ワフゥッ!!」

 

 

 妹さんが投げたボールから、赤い子犬のようなポケモンが飛び出して……ショウと同じ「要素」を使用したのでしょう。ボールから出るとすぐさま、口頭指示を仰がず口を開け ―― 幽霊をがぶり。

 迫っていたゲンガーは飛び掛ったそのポケモンに噛み付かれて、攻撃を中断。2体が地面をゴロゴロと転がっていき、

 

 

「フルルル、グゥゥ、ワフッ!」

 

「ガー、ゲンガッ……」

 

 ――《スゥッ》

 

 

 幽霊たる実体は段々と薄まり、今度こそ、洞窟の冷たい霧に溶けました。

 

 

「……」

 

「ムミュー!」「(……)」キョロキョロ

 

 

 ……辺りを見渡して、影が笑っていないかを確認。どうやら本当に、戦闘は終了したみたいです。

 

 

「ムンムミュー♪」

 

「……はぁ」

 

 

 感じていた不安や恐怖をめいっぱい詰め込んで、外へと吐き出す。ムンナが嬉しそうに辺りを飛び回り、

 

 

「(……)」トントン

 

「ムミュッ?」

 

「(……)」クイ

 

「ムー、ナーァ」コクコク

 

 

 けれど、ユンゲラーが、実に冷静沈着でした。油断はしないとばかりにムンナを連れて、眠り状態にあるスリーパーの傍へと近寄ってくれました。これならばアタクシは、眠っている人達の方へと集中できます。

 お礼や労いの意味を込めて、離れた2体へと笑みを向けつつ。振り返って、もうお一方。

 

 

「―― アナタ達も、ありがとうございました。アタクシ達の窮地を救っていただきまして」

 

「……ぅぅん。あたしも守りたかっただけ。頑張ったのは……このコだから……」

 

「ワフ! ……クゥゥーン♪」

 

 

 かがんだ妹さんと、その手に撫でられているポケモン。それらを見て、先ず思うのは ――

 

「(……アタクシも、もっと努力しなければ)」

 

 この感情をこそ「羨慕(せんぼ)」と言うべきなのでしょう。

 ゲンガーの奇襲を間一髪の所で防いでくれた彼女は、アタクシの2つ3つ年下だというに、既にポケモンバトルの才能を垣間見せたのです。

 ……彼女も兄たるショウの成せる業、その1つなのかも知れません。こう言ってしまっては、彼女自身に失礼だとは思うのですが。

 

 

「……おねぇちゃん。……おにぃちゃんは、どうする……?」

 

「ああ、えぇ。そう、ですね……」

 

 

 首をかしげる妹さんに尋ねられ、当座の目的について思い返します。

 とりあえず、スリーパーと探し人については、なんとかなりましたでしょう。行方不明になっていた人の人数とこの場で眠らされているそれは、一致しています。

 ……ただしコクラン率いる捜索隊や、現地から捜索に参加している人達。それにショウも、ここには居ないのです。なれば、もう1波乱存在するに違いないかと。

 そう考えつつ、とりあえずは。

 

 

「とりあえずは、人々を起こして差し上げましょう ―― ミミィ、起きてください」

 

「ぅぅ、ん。……あれ、カトレア? え、ここどこ!?」

 

「立てますか」

 

「……えーと、とりあえずありがと。で、説明してもらえるかな? ……何となく迷惑かけちゃったのは判るけど」

 

 

 困惑顔のミミィと一緒に他の方々を起こしながら、安全確保のため、起きて頂いた一般ポケモントレーナーの方に眠ったスリーパーをゲットして頂きつつ。これまでの経緯について説明をしていきます。

 

 

「ムー、ミューン!」

 

「―― と、言う訳です」

 

「ああ……何と言うか、ごめんなさい。あたしが珍しいポケモンに興味を持って、突撃なんてしなければ……」

 

 

 スリーパーは捕獲されました。監視と言う役目を終えたムンナは定位置であるアタクシの腕の中へ。ユンゲラーはその横へ並び立ち、けれど。

 

 

「―― それは違うわね。多分、どちらにしても番組スタッフがゴーサインを出していたと思う。貴女のせいじゃないわ、ミミィ」

 

「せ、せんぱぁい……」

 

 

 目の前で繰り広げられる、先輩アイドルさんとのやり取りを見つめる事に。

 ミミィが先輩の胸でひとしきり泣いた所で……そろそろいいでしょうか?

 

 

「えと、申し訳ありません、皆様方。―― 僭越ながら。まずは脱出をするべきかと」

 

「あ、そだよね。ゴメン、カトレア」

 

「いえ。お気になさらず。それでは、順に『あなぬけのヒモ』を渡しますので、自動座標設定で脱出をお願いします」

 

「わかった!」

 

 

 促すと、ミミィを皮切りに、迷い人たちが次々と洞窟の外へ脱出して行きます。……構造こそ複雑怪奇ですが、外の明かりが届く程度の洞窟です。深くは無いとすれば、オート座標での脱出で、余裕を持って洞窟の出口程度までは転移できる事でしょう。

 そんな風に人々を見送っていると ―― 最後の1人。先輩アイドルさんだけが、此方を見つめていて。

 ……何か御用でしょうか。

 

 

「ねぇ。貴女達だけ脱出しないなんて事は、無いよね? 恩人を置いて行くのは流石に気が引けるんだけど」

 

 

 流石は年長者。鋭いです。

 隣のユンゲラーは「どうする?」といった視線でアタクシを見ています。ムンナは腕の中から余り理解していなさそうな顔で此方を見上げ……でも、返答は、とうに決まっていますので。

 

 

「―― ご心配をお掛けしているようですね。……大丈夫です。心残りではありますが、アタクシも手持ちのポケモンが限界です。ここに居る人達は全員脱出する事が出来ましたし、『穴ぬけのヒモ』で脱出します」

 

「……おねぇちゃん。いいの?」

 

「はい。……アタクシに『出来ること』は、ここまでです。外へ出て、安全を確保しましょ」

 

 

 妹さんが無表情のままアタクシへ尋ねますが、答えは変わりません。スリーパーは、倒しました。人々も、恐らくは殆ど救出できたでしょう。

 

 

「―― カトレア? ねぇ、カトレア?」

 

「? ……はい」

 

「さっさと出ようよ。用事が無いなら、こんなトコ、長く居てもしょうがないじゃない」

 

「……いこ、カトレアおねぇちゃん……」

 

 

 「その先」を考えようとした所で、しかし。先輩アイドルさんとショウの妹さんは、『あなぬけのヒモ』を構えていました。

 ……そうですね。アタクシもヒモを用意し、転移設定を。

 

 

「そんじゃ、行きましょう!」

 

「……」コクコク

 

「……ハイ。転移します。貴方達、一旦ボールへ戻って……」

 

 

 『あなぬけのヒモ』を潜る前にユンゲラーとムンナを一旦ボールに戻し、ついでと、僅かに後ろを振り返りながら。

 あの時感じた、スリーパーの念。先程、寝ているスリーパーへと近寄りその「夢」を食べたムンナが読み取ったのは、

 

 ―― 『嫌な感じ』……そう。

 焦りや恐怖を主とする、負の感情の群体でした。

 

 もしもゲンガーやスリーパーが恐怖を感じていたとするならば、ここに居た人達は。スリーパーやゲンガーの、人を ―― ショウの友人などの一般人は森の中に残し、妹さんやミミィなどの「ポケモントレーナーを」洞窟へと集めた ―― その目的は。

 

「(つまるところ……『誰か』に助けて欲しかったから。そういう事なのでしょうか)」

 

 頼れると言う意味であるならば、この場に居ないあの方達は適任です。そこについては問題ないでしょう。連れてきたスリーパーも、その甲斐があったというもの。

 ですが、野生ポケモン……それも進化形態であるスリーパーやゲンガーが思わず恐怖するほどの『個体』。それは、一体……?

 ……いえ。そこに至るに、アタクシは分不相応ですね。おそらくは「現場」にいるのであろう、ショウやコクランに任せるのが良いかと思います。

 

 

「……さて。この『奥』に居るのは、何なのでしょうね……?」

 

 

 道具を起動し、アタクシも洞窟の外へと転移。外へ出たならば、連絡する術もあるでしょうし、ショウへと連絡する予定を建てておいて。

 ……アタクシの疑問への返答は、2人が帰って来てから。お土産話として聞かせてもらうとしましょう。

 

 

 ―― Side End

 






 戦闘については、所謂「まもしば」系統の作戦がご登場でした。
 『まもる』→『かなしばり』でメインウェポンを封じられると、抜群頼りの攻撃では中々に厳しいものがありますでしょう。技スペース的に。
 駄作者兼駄トレーナーたる私もよくよく愛用している作戦だったりします。モルフォンさんとか、ベトベトンさんとか。

 因みに。
 野生の、というよりFRLGのゲンガーは、レベル45の『シャドーボール』まで有用なゴースト技を覚えてくれません。この世界で野生レベル45、となるとかなりのハイレベルですので……舌で舐めるか、シャドーパンチです。その癖、特殊・物理の区分けが出来てしまっているこの世界。これは非常に残念な結果ですね。
 あくまで種族値上の話ですが、ゲンガーの「こうげき」は「とくこう」の半分です。が、勿論、カトレアのポケモンの種族値的に十分な脅威ではあります、とかとか。
 いえいえ。本拙作ではショウやミィだけならずカトレアにすらバッサバッサと薙ぎ倒されはしましたが、流石は初代最強クラス・ゲンガーといった所でしょうか。とはいえ現環境でも、十分だとは思われるかと。
 ……XYではどうなります事やら。

 更に蛇足ですが、ゲームにおける野生のゲンガーはDPPtのダブルスロット「もりのようかん」でしか出現いたしませんでした。(調べた所、確か、そうだったと……間違っていたら申し訳ありません)
 ですが、野生が居ないのであれば図鑑の文章がありえない事になるかと思います。ので、今回の様にどこかには(時間限定・場所限定、「ダンジョン奥地」なんかに)生息しているものだと考えております次第。


 ……さてさて。次話にて、主人公やらには。
 スリーパーよりも「もうちょっと強い」相手を倒すべく頑張ってもらいましょうか(ぇぇ

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