Θ1 1の島にて
1994年の8月。
年始に世間を騒がせた至上最年少チャンピオン「ルリちゃん」ブームも一段落着き、新たな年度で忙しく動き回る時期となった。
そんな中、俺ことショウは現在、とある場所へと来ていたりする。
ただし、ここへ来ているのは俺1人じゃあないんだけどな。
「……流石に、この格好は。暑いわね」
「それはそれは。シルフ社の最新技術を駆使して風通し抜群のゴスロリ服を開発すべきだな、うん」
「そう、かしらね。えぇ。なら、活動的なデザインを……」
「……マジでやんのかよ、おいおい」
駄弁りながら歩いている俺の隣には、南国にも関わらず断固たる意思でゴスロリ服を着続けるミィ(いつものロングスカートカボパンゴスロリ+フリフリ日傘装備)。ついでに言えば、その数歩前をミィの両親が歩いている。我が家族もその両親の隣に並び、母親同士父親同士で会話をしているという状況な訳で。
それでは、説明をさせて頂こう。
今年度から予定通り、タマムシシティにあるトレーナースクールへと通う事になった俺とミィ。かといって実家から通っている訳ではなく、両者共にトレーナースクール寮から通学中なのであるが、これまた両親の近くに住む事になったと言う点には違いない。
まぁつまりは、ただでさえ仲の良い俺とミィの両親が、最近益々仲良くなっているという次第なのだ。
そうした学生達の
……ん、無駄に長くなったな。つまりは ――
―― ナナシマ旅行をしている最中なのである、と!
「俺達を招待してくれたオーキド博士達は先に来てるみたいだけどな。……よりにもよって、この暑い時期に
俺とミィだけでなく両家族も加わっている理由は、言質の中の通り。今回のコレは図鑑完成の社員旅行的なノリでオーキド・ナナカマド・オダマキ博士が企画してくれた旅行なんだ。
博士達曰く「ショウ。どうせならオマエとミィの家族も呼ぶと良いぞ」「ふむ、それは名案じゃのう!」だとか何とか。呼んでみたら俺とミィの家族もノリノリで旅行に参加した、とかいう流れだったのである。
因みにナナシマは、カントーから遥か南の海上にある島群の総称だ。緯度相応の全体的に温暖な気候が観光地としての最大の売りとなっているらしい。
その中でも現在俺達と両家族が訪れている1の島は、島群の最も西側に位置する島。数多く存在する島の中で最も人が集まりやすい場所であるため、「ご縁が集まる結び島」とかいう2つ名を持っている場所でもあるそうだ。
……さぁて。ここまで観光パンフレット参照な。
「別に、良いじゃない。私と貴方はここ暫く学業に勤しんでいたのだし、ご褒美だとでも思っておけば」
「んー、まぁ入ってみたら意外と勉強になるもんだよなぁ」
ジリジリと俺達を照らす太陽の下。目指す旅館へと向かって長い長い階段を登る両親ズ&妹を目に入れながら、ミィの言葉を受けて何とはなしに思い返してみる。
先程の回想にも少しだけあったが、現在俺とミィはタマムシのトレーナースクールに入学している。トレーナースクールは、10才までの義務教育を終えた後に入学する、半義務教育とまで化する程の入学率を誇る「ポケモントレーナー養育施設」だ。
そこで教えられる内容はトレーナー制約や軽い程度のポケモン学、世間一般常識トレーナー編等々、実に多種多様に渡るもの。ポケモンをゲームとしてしか知らない俺やミィにとっても、知らないことばかりだったのだ。
……まぁ、知らない部分に興味が沸いたおかげで余剰に知識をつけてしまったりしているんだけどさ。筆記の成績もそこそこ良い方だし。
さぁて、回想その2も終了。
折角の旅行なんだしと切り替えた所で、隣にいるミィに話題を振ってみるか。
「ミィはトレーナー専攻クラス、行くのか?」
「資格は、あっても。損はないと思うわ」
「そんな好き好んでエリトレ資格取るヤツもいないと思うんだけどなぁ。……ああ、つってもシュンとかは行くんだろーなとは思ってるぞ?」
「でも、あの子の場合。ナツホに引きずられている感じがするのよ。……大丈夫なのかしら」
「んー……シュンはシュンで、きちんと考えてるだろ。大丈夫大丈夫」
「だと、良いのだけれど」
「それにしても……へーぇ、流石はクラスリーダー様。クラスの人員をそんなにも気にかけてくださるとはね。良いリーダーしてるじゃないか」
「……はぁ。どうせ私は、貴方やシュンとは。別のクラスでしょうに。それより ――」
ミィが前方にある建物を目に止め、日傘を持っていないほうの手を前へと突き出す。指差したのは、俺達が泊まる予定となっている旅館だ。どうやらようやく目的地にご到着らしい。
俺とミィの前を歩いていたダブル両親+妹はいつの間にかこちらへと振り返り、俺とミィの到着を待っているご様子で……こちらへ手を振っている。
あー……うし。
「うし。さっさと旅館に荷物を置いて来るか」
「えぇ」
折角の休み、そして旅行。
楽しまなくては損だろうと、思っておこう!
いやあ。実に楽しみだなぁっ!!
↑(半ば以上に自棄)
ΘΘΘΘΘΘΘΘ
それでは、荷物もろもろを片付けました所で。
「うーん! と。さぁて、どこまで行きますかね?」
「ハンチョー見てください! 浴衣ですよ、浴衣!!」
「……仲が、良いのね」
「……ミィおねーちゃん。なんかオーラが……」
旅館の玄関先に集まった大勢のヒト、ヒト。辺り一帯、これらが全て旅行参加者なのだから、実に恐ろしい。
……そしてそんな風にたむろする俺達の先頭に立つ、これまた浴衣に着替えた博士が2名程いらっしゃる、の、だが。
「ウム、行くとするか!」
「はっはは! 御一行、ともしび温泉まで御案内といこうかのう!!」
「は、博士! 仕切りはぼくがやりますよー、って! もう出発していらっしゃる!?」
「ありゃ、行っちゃったか。わたしも追いかけないといけないなぁ」
悠々と温泉へ向かって歩き出したオーキドおよびナナカマド博士。そしてその後を慌てて追いかける若手、ウツギさんとオダマキさん。オーキド博士が異常にテンション高いのは、どうやらこの島にある「ともしび温泉」が楽しみだからだったらしい。
まぁ、上の博士にこうして振り回されているのはいつもの事だしな。ウツギさん、頑張って下さいねーとか応援しとこうか。頭の中で。
とりあえず俺も、動き出した集団の後ろをついて行く事にするか。
「ハンチョー! ハンチョー! 見てみて、あっち! 湯気が出てますよーッ!!」
「見てる。見てるからくっつかないでくれ、我が班員。……頼むからさ」
俺が家族と共に来たためについさっきの合流と相成った班員が、俺を抱きかかえる(様な)体勢になりながらはしゃぎまくっている。あちらこちらへ興味を向ける彼女は、実に楽しそうだ。ある意味では最もこの旅行を楽しめているんだろう。
……けどホント、止めないかな。後ろを発信源とする威圧感が強くなって来るんだよなぁ、この状態だとっ!?
…………とりあえず、閑話を休題です(現実逃避とも言う)。
現在俺達が集団で歩いている道は、「ほてりの道」。ここ、1の島は北に「ともしび山」を配する火山島であるため、所々から水蒸気っぽいのが上がっていたりするのが特徴的だ。くぼみやら要所要所に刺さっているのはきっと、有毒ガス対策の計器に違いない。
因みにゲームではともしび温泉には「なみのり」を使用しなきゃ行けなかったんだが、どうやら本島から北東に向かって歩いていけるルートがあったみたいだな。
つーか、そういや、
「うーん……温泉ねぇ。水着着用なのか?」
「いいえ。仕切りがあるどころか浴場そのものが分立してますから、一部混浴以外は水着も要らないですよ」
「おお、流石はウツギさん。仕切り分けしてあるなら心配はなさそうですね」
「えぇっ!?」
結局博士達に追いつけないと判断したのだろうか。いつの間にかスピードを落として隣へと並んだウツギさんが、俺の疑問に返答してくれる。そして残念そうにするなよ。我が班員。ほうれ、あっちだあっち。博士に帯同して来た、レッドとかグリーンとかナナミとかがいる方。
……うし。行ったな。
「……ふう。やっと行ってくれましたね。お待たせしました、ウツギさん」
「あはは、流石はショウ班長。仲がよさそうだね」
「悪い事ではないですけどね。……それにしても、『一部』ってのは気になりますが、下調べはバッチリですか」
「まぁね。こういった部分を確認しておかないと、幹事は勤まらないからさ」
「ま、金勘定だけが幹事の仕事じゃあないですし。こうして皆を気にかけて歩くのも、大切な役割。……ですよね?」
「あはは……まぁ、そうだね」
「若手の鑑ですよね、ウツギさんは。つっても俺は子供なんで、今日からの旅行期間……一週間は無邪気に楽しませて貰う事にします」
「うん。それで良いよ。ぼくとしてもそのほうが幹事のし甲斐があるし、さ」
気の弱そうな外見の中に、しっかりと芯を見せてくれるウツギさん。うーん。流石は若手の有望株だな。
……んん、俺? 俺は「若手」って域を超えてるからな。つまるところ若すぎだ。
「ところで。この集団、皆が温泉まで?」
「ええと、そうでもないみたい。予定を聞いた限りでは、散策の人も混じっているでしょうね」
「あー……つまりは只の観光の人も多いって事ですか」
「そうとも言いますよ、と。ありゃあ……う、後ろからのプレッシャーが凄いなぁ」
「そです。……PPが減るでしょ? コレ。こんなのに慣れた暁にはもう、ヨマワルの視線の1つや2つ程度じゃあビクともしないですよ」
「ああうん。そうだね……」
擬音で表すなら「ズゴゴゴ」もしくは「ズオォォ」が適当であろうミィ(+、前方のナナミ)からの威圧感に挟まれながら、ウツギさんはどこか引きつった笑顔を浮べている。
……やっぱり苦労人かなぁ、この人。
そんじゃあ苦労人であるウツギさんに負担ばかりかけていても仕方が無いし……そろそろどうぞ、他の所を周って下さっても良いですよー。
「うん、そうなんだけど……いいのかい?」
「勿論です。前後のアレらは、俺が何とかしますから。それに貴方の場合、顔を売っとくのは将来の為になりますでしょ?」
「……だね。ありがとう、ショウ君! また後で!!」
ウツギさんはそう言いながら手を振り、人垣の奥へと消えていく。
んー……おし。気合入れて相手をしますか!
――
――――
そんなこんなで歩いているうち、「ともしび温泉」にご到着。
ゲームで見たともしび温泉は「洞窟の中にある」様に見えていたが、どうやら全天候型の開閉ドームのような施設内にあったらしい。
ついでにいうと肝心要の浴槽は、底へ向かって伸びる直径100メートルはあろうかという大きな縦穴のそこかしこに、岩の浴槽が設置されていると言う、何とも壮大なものだ。どうやら壁からも湯が湧き出しているのを利用したらしい。そのうえ、これだけの大きさの縦穴を男女別に1つずつ浴場として使うとかいう豪華さ。こりゃあ人気出るわな。納得納得。
さて。広さに反して、空気循環排気をさせているのか、妙に風周りの良い温泉私設内。俺は脱衣室で服を脱ぎ、階層的に作られた数多い浴槽の中でもなるべく高い階層の高い位置にある浴槽を選んで、っと。右足から……
「……あっ、つー……。……まぁ、暑くなかったら、温泉じゃあ、ないけど」
そのまま一旦は肩までお湯に浸かってみる。一通り肌を濡らす感覚を堪能した所で岩に腰掛け、へそ上までの半身浴モードへと切り替えた。
「……ふーぅ。あー……しっかし。わざわざ腿をだるぅくしながら長い長い交差迷路の階段を登ってまで温泉の高階層まで来る物好きは、俺だけらしいな。おかげでこの浴槽を独り占めできる。……そんな広い訳じゃあないが、景色は最高だよな。これ」
「―― チュ、チュン?」
「おー……オニスズメ。お前は野生のぽいな。ほれほれ」
「チュン、チュゥン!!」
「うりうり」
高い階層のこれまた高所に存在する浴槽であることが影響したのか、岩で出来た浴槽の淵に空から降りてきたオニスズメがとまったので、右手を伸ばして身体を撫でてみる事に。
当のオニスズメはというと若干吃驚しながらも首をゆらゆらと揺らし、されるがままにお湯の上で浮かび始めた。
因みに、この温泉はポケモンが入るのも自由。実際俺の眼下、下層に広がっている最も大きな浴槽では、今でも非常に多くのポケモン達が湯に浸かっていたりする。
……野生ポケモンに加えて只でさえ沢山いたトレーナー達が一斉にボールから出した為、本日は「ともしび温泉」全体がポケモンの遊び場と化しているんだけどなっ!!
まぁいいけど。俺もその中に(ミュウは『へんしん』させてだが)手持ち数体を紛れ込ませているんだし。こんな状況なら、特定個人のポケモンとはバレないだろうと思うんだ。ルリとか、ルリとか。あと、ルリとか(しつこい)。
うーん、しっかし。野生だの捕獲されただの、人間だのポケモンだのといった貴賎なく、お湯を楽しんでいるこの光景は……
「……誰かさんが望んでいた光景じゃあなかろうか、と思うんですがね」
「―― そうだね」
言いながら、入口側を振り向く。
高階層の人気のない浴槽にわざわざ登ってきてくれたのは、以前の様な活発さは見て取れないものの……非常に優しそうな顔をしている、老年の男性だ。
「ども、久しぶりですね。フジ博士」
「ああ。久しぶりだね、ショウ君。……顔をしっかり見合わせたのは、化石研究の再生方法が確立した時以来かな」
フジ博士。
今では研究者としての『財産』を全て投売り、シオンタウンへ居を移している最中だと言う ―― かつての遺伝子研究者だ。
その銘もあってか研究者としての彼を引き止めるモノも多いみたいだが、彼の決心もまた堅いらしい。その甲斐もあって、シオンタウンのボランティアハウスは一時期停止していた孤児・身寄りの無いポケモンの引き受けを、先日から再開していたりする。
俺も時々ボランティアハウスに手伝いに行ってるんだけど、フジ博士はグレン島でやり残していることがまだまだあるみたいだからな。こうして顔を合わせるのはミュウツー事件前以来、となってしまったのだった。
「いやぁ、こんな高いトコまで呼んでしまってホントに申し訳ないんですけどね。脚とかだいじょぶでしたか?」
「? わたしはエレベーターで来たよ。階段は流石に、年だからね」
「……エレベーター、あったんですね……」
俺のここまでの
……そりゃ確かに、こんだけの高さだったらエレベーターの1つや2つあって然るべきだよなぁ。もうちょっと考えてから動けばよかったか!
…………まぁ済んでしまったことだし、いいけどさ。
なんて脳内で無駄にやっている内に、フジ博士もお湯に浸かっていた。 そんじゃあ折角フジ博士をここまで「呼び出した」んだし。切り替えるとしますか。
「ところで博士……と。もう博士じゃなかったんでしたね。フジさん」
「うん。今のわたしは只の老人だよ」
「の割りにゃ良い顔してますがね。……それはともかく」
「チュ、チュン!」パタタ
オニスズメがパタリと跳ね、俺の頭の上に乗る。そこは巣じゃないぞー……とまるのは構わないけど。
俺もフジ老人の方へと身体を向け、視線を合わせて。
「今回の旅行、皆は楽しめていますか?」
「ああ。連れてきたボランティアハウスの子ども達も皆元気にしているよ。君達のおかげだね」
「……貴方は?」
「そう、だね。……わたしはまだ時間がかかると思う」
「まぁ、去年の今年なんですから。じっくり行きましょう。……あー、そういや。あの辺です」
「……上?」
「チュン?」
俺は左手の人差し指で、ピッと空を指差す。つられてフジ老人と我が頭上のオニスズメが、空を見上げた。
人目には何も映っていないように見えるかも知れない、空。
「ミュウは素で姿を消す能力を持っていましてね。まぁ全体で見ればラティ兄妹やカクレオンなんかも持ってるんで、そうそう奇異な能力って訳じゃあないんですが……ごほん、えふん。それはいいとしまして」
「……うん、成る程。どうやらやっぱり、わたしの心配は独りよがりなものだったみたいだね」
「あー……ミュウだけでなくミュウツーも、ですか。そうですね」
「はは。それに関しては年甲斐もなく、ミィちゃんに怒られてしまったよ」
「良かったじゃないですか。貴重な経験ができて」
「そう思っておくよ。……結局は君達に頼る形になってしまったね。ありがとう。……おかげでわたしはジュニアを生み出した事を、後悔せずに済んでいるよ」
「ま、そですね。好きで生み出しといて後悔されちゃあ、アイツだってたまったもんじゃあないでしょうし」
ドガースに然り、ミュウツーに然り。
……ミュウツーに関しては実際に、「そう」なのかもしれないが。
「幻だのなんだのと『コイツら』にレッテルを貼るのは勝手ですが、正直俺達にとっては良い迷惑ですからね。今回の旅行の内に、証明して見せますよ」
「……ああ。その時には、是非」
「はい。一緒に行きましょう!」
「チュ、チュ、チュゥン♪」
2人して握手をし、この旅の「終わり」に仕込んだイベントを思う。オニスズメは俺の頭をつつきながら、何故か嬉しそうに鳴声をあげた。
……さて、と。
フジ博士がこの旅行に居る事それ自体は、「一緒に研究をしたから」の1点が理由だ。だがしかし。俺が旅の最後にどうせだから、と仕込んだのは……もしかしたら。
「(さぁて、どうなることやら!)」
「原作知識」じゃあ予測できない、不確定イベント!
……なのかも知れない可能性が、微粒子レベルで存在ッ!!
ナナシマ編は「原作前全体のエピローグ……と言う名の蛇足」として書かせて頂いております。
幕間というよりは原作前と同じノリで進みますので、悪しからず。