ポケットでモンスターな世界にて   作:生姜

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Θ56 VSミュウツー③

 

 

「(くっそ、間に合えーっ!)」

 

 などと、俺ことショウが脳内で叫びながら走っているのは、昼夜問わず山吹色に光り続ける町 ―― ヤマブキシティ。

 しかし、今日この日だけは様子が違う。現在の街の状態……街中の人間が必死になって逃げ惑っているなんて光景は、阿鼻叫喚という言葉がピッタリな表現だろう。

 

 さて。現在ヤマブキにいるという状況の通り、俺はあれからセキチクシティを北上し続け、半日足らずでヤマブキシティに到達出来ていた。しかし――

 

「(まっさか、ワタルまでやられるとはなぁ……)」

 

 そう。サイクリングロードでミュウツーと交戦していたはずのワタルは、増援として到着していたシバもろとも敗北したらしい。敗北って言うからには、命に別状はないらしいんだけどな。

 ……つーか、なんだこの展開。ミュウツーはたった1体で四天王に全勝して、チャンピオンにでもなるのか? いや。まだ四天王じゃないから、倒した所でチャンピオンにはなれないけどさ。

 

「(待て待て。となれば、俺の予測……って言うか、悪い予感は今度も当たるって可能性が高そうだ。……うわー、嫌だなこれ)」

 

 けどまぁ、今の所そんな予測はどうでも良いだろう。どうせすぐに確かめる事が出来るハズだ。

 そして未来の四天王お二方の人命の代わりといっちゃあ何だが、さっきテレビでみたマスコミ曰く、サイクリングロードは半壊してしまったっぽい。

 

「(って、いやいやいやいや。半壊って!)」

 

 何て、ノリだけの無駄脳内ツッコミはどうでもいいからな。軌道修正。

 

 さて。こうして俺がヤマブキまで来た理由は、ただ1つ。ミュウツーと再戦するためなのだ。

 俺は現在、あの時別行動を取りサカキと相対したミィから「サカキはヤマブキシティでミュウツーとポケモンバトルをするつもりだ」という、何ともアレな情報を受け取ってしまっている。実際に「謎のポケモン」と報道されているミュウツーの接近によって、ヤマブキシティでは一般人への避難指示が出されていてだな。住民が逃げ出してしまった後ならば確かに、存分に戦える状況ではある。

 けどなぁ。

 

 

「こんな所で、こんな格好で、『あたし』は戦わなくちゃあいけないのよねー……」

 

 

 髪やら何やらを覆う『へんしん』メタモンと、垂らした2本の結い髪 ――

 

 まぁ、つまりはまたも女装である!

 女装頻度が半端ないけど、まだ抵抗感があるから平気なんだと信じたい所っ!!

 (「まだ」とか言ってる時点でやばいけども!!)

 

 かといってパッドもコルセットもない本日は、体のラインを隠す目的で黒のロングコートを羽織っているため、スカートこそ穿いてはいな……い。ちょっと待て。

 

「(いや、スカートを穿くかどうかは大切な基準点じゃないからな。もっと意識をしっかり持て、俺!!)」

 

 それはともかく、「あたし」なんて自称を使うのはこれで最後にしたいよな(切実)。

 ……だからと言ってサカキと出会う可能性があるからにはこうして変装を以下略(現実逃避)。

 

 

「ニュ……メッタモン、モーン♪」

 

「ミューゥッ♪」

 

「あー……随分と楽しそうね。いや、楽しいのはいーことだけどさぁ」

 

 

 そんな逃避思考を続ける俺の頭上で楽しそうな声をあげるメタモン。新たな手持ちもとい変装要員として大立ち回りのお方だ。……もうお一方のミュウについては、もう何も言うまい。こんなヤツなんだから、仕方がないだろう。楽しそうでなによりだ。

 そう考え、再び辺りを見回しつつ、自転車をこいで……そろそろだな。街の中心。

 

 

「しっかし、人がいないわね。避難しているからには、いないのが正常だけど……」

 

 

 さっきまでの街の端の方では、人が逃げ惑っていたんだが……中心辺りに来るだけでこうも少ないとはなぁ。事情を理解していない人が見ればゴーストタウンにしか見えないこの状況を鑑みるに、ヤマブキシティの防衛機構とジュンサーさんはさぞ優秀であるに違いない。

 

「(なんたらウィードが転がってこないかな……ゴーストタウンだけに。いや、アスファルトの上を転って来られても、それはそれで『えっ』ていうリアクションしか出来ないけど)」

 

 なんていう半端なく無駄な思考をしてみたんだが、移動途中で隣に人もいないのでは無駄思考くらいしかすることがあるまい。

 もう少しで街の中心部には着くんだけどな……っと。

 

 

「到着。……さてさて、」

 

 

 街の中心部であるシルフ本社前までたどり着くと同時に、自転車を四次元ポシェットへと収納する。黒いコートの内側へと消え去るその様は、アニメさながらの光景だ。……その内これが当たり前の光景になるってのも、アレだよなぁ。なんか怖い。

 なんて、油断だけはしていない俺の ―― 後ろ! 人の気配っ!!

 

 

「誰です! ……って、」

 

「昨日会ったヤツとは別の『黒いヤツ』か。……お前は、顔を隠さなくても良いのか?」

 

「あー、いや。この場所に立ってたからって、あたしは別にシルフ所属じゃあないです。……それよりも、あなたみたいなジムリーダーさんが危険地域に何用ですか? サカキさん」

 

 

 いつもと変わらぬ黒のスーツの上にはコートを羽織り、腕をポケットに突っ込み、頭にはHGSSなんかで見た渋い帽子を被っている……ロケット団首領、サカキその人がご登場か。

 まぁ、なにせ俺としてもサカキと会うのにはここ以外の場所は思い当たらなくて、こうしてシルフ本社前まで来てみたんだからな。予想が外れなくて何よりだ。

 

 

「偶然訪れていた街に、凶悪なポケモンが飛来してくるという。ならばここを守るのは、ジムリーダーとして当然の行動ではないかと思うのだが」

 

「むぅ、偶然ですか。ならば仕方がないです。……ですが、貴方ならばジムに戻って挑戦者と戦ったほうが喜ばれるんじゃあないですか?」

 

 

 なにせ見聞によれば、トキワジムはほぼほったらかし。おかげでリーグ挑戦権獲得には、カントーのジムバッジ7つと指定された私設ジムのバッジを2つ取ってくれば良いなんていう仕組みになっているらしい。

 

 

「おかげでなのかは知れませんが、貴方の知名度も、ジムリーダーの皆様の中ではかなり低いですからねー」

 

「ほう? だが、お前を俺は知っている。オツキミ山では部下達が世話になったようだな」

 

「うわー、ロケット団ボスだというのを隠そうとしないですか。それに、凄い強引な話の持っていき方をされましたですよ」

 

「ふ、知っているお前相手に隠しても無駄だろう。……今回の俺の目的も知っているようだし、な」

 

「それはどうでしょうねー……」

 

 

 カマをかけているんだろうと考え、すっとぼけた返しをしておく。どうせ、偶然なんていう事もないんだろうしな。この状況でサカキの言ってる「偶然」ほど信用できないものもない。

 そんなやり取りを一通り行った後。サカキはヤマブキの西側を向き、腰にあるハイパーボールへと手をかけた。

 

 

「……さて。来るぞ、少女」

 

「おー、もしかしてミュウツーですか。……あなたと共闘ってのも、中々に良い経験なのかもしれませんね」

 

 

 俺もコートの内側へと手を伸ばし、モンスターボールを3つ、取り出すことにする。

 そして戦闘態勢を整えた俺たちへ向かって……こちらの戦意に反応したのか、遥か遠くの空から……とてつもなく存在感のある戦意(プレッシャー)が向けられた。

 その大元である空に浮かぶ黒い点は、こちらへと高速で近づき出す。

 

 

「流石だな。これで野生ポケモンだというのだから……クク。本気で行くぞ、ついて来れるか? ……ニドキング! サイドン! ダグトリオ!」

 

「ギュウウィィンッ!!」

 

「ガァァ、ドンッ!」

 

「ダグ」「ダグ」「ダグッ!」

 

 

 そこそこ大型のポケモン2体がサカキの前へと現れ、ダグトリオはいつの間にかアスファルトを割り下から顔を出している。

 ……ところで。どうなってるんだろうなぁ、地中のダグトリオって。怖いからまだ研究してないけどさ。普通にモグラっぽいんなら良いんだけど……なんて、無駄思考もここまでだな。

 さぁて。俺の手持ちだが……とりあえず、サカキが隣にいるからミュウと……そうだな。「ショウ」としてサカキとポケモン勝負をした時の手持ちは避けておくべきか。そんなら、

 

 

「ついて行けなかったら、どうぞサカキさんお1人でお願いします。……お願い、クチート! プリン! でもって……もういっちょ!!」

 

「クゥ、チィ! ガチガチ!」

 

「プーリューッ♪」

 

「ガゥゥ、……ゥゥ?」

 

「……見たことのないポケモンを多く使うな」

 

「なにせあたし、他の地方に行く事が多い仕事なもんで。んなコトより、さぁ、行きますよ!」

 

 

 近づいてきた黒い点は、不思議な光を纏いつつアスファルトの上へと降り立つ。

 ヤマブキシティの近代的ビルが立ち並ぶ街並みの、最も大きな中央通り。しかし平時とは違い人通りは全くといって良いほど存在していない。広さは十分だけど、まぁ、俺にとってフィールド的な問題はないかな。

 

 そして、……対戦相手が地面に降り立ち、一鳴き。遭遇時の名乗り上げ。

 

 

「ミュー」

 

 

 さぁて。第2回戦の始まり、始まり!

 

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 

 ―― Side アオイ

 

 

 人気のないヤマブキシティの街中。物陰に入り込んだわたしは、小声で実況レポートを開始する。

 

 

「(こ、こちらアオイですー! ヤマブキシティに降りたという、謎のポケモンの取材を……う、ぁぁ!? ……た、大変危険なため、こうして隠れながら中継いたしま ―― )」

 

 《ド、ドドォォォッ!!》

 

「(きーゃぁーーっ!?)」

 

 《ヒィッ》

 

 ――《ズッ、ゴォンッ!!》

 

 

 ホウエンリーグ開催特集番組の制作から帰って来たわたし目の前で、黒いスーツのオジサンが出したポケモン……ニドキングが持ち上げられ、ビルの壁に叩きつけられた。ニドキングのトレーナーであるらしいオジサンはニドキングをボールへと戻し……

 

 

「戻れ、ニドキング。……ダグトリオ、『どろかけ』だ。サイドンはそのまま……岩雪崩(いわなだれ)!」

 

「ドォンッ!」「ダグダグダグ!」

 

 

 崩れたビル壁を利用するため跳躍したサイドンが壁を叩き、『いわなだれ』を繰り出す。白い人型のポケモンはビル壁の破片にのまれ……けれど、そこへもう1人。カッコいい黒いコートの女の子が、黒くて艶のあるツーテールを揺らしながら走り寄り、ポケモンへ追撃の指示を出す。

 

 

「プリンはそのまま歌って! クチート、噛み付く! ―― は前に出てて!!」

 

 

 プリンが歌うと、中から崩れたビル壁を跳ね除けて出てきたエスパーポケモンもウトウトとし始めて ―― 動きが鈍る。鈍った所へ、黄色い身体の可愛いポケモンが、後ろにある大顎で噛み付いた。

 

 

「……、ミュー」

 

「クチッ!? チーッ!」

 

 

 白いポケモンは噛み付かれた腕をぶんぶんと振りながら宙に浮かび始め、暫くすると噛み付いていたポケモンが引き剥がされる。

 さぁ、次はあのポケモンの反撃……なのだけれども。

 

 

「ミュー」

 

 《ッヴヴヴヴ》――

 

「サカキさんっ、またです! サイドン狙いですよ!」

 

「ちっ……回復が追いつかん! 眠りはどうなった!」

 

「あたしのプリンじゃあレベルが低くて、有効圏内まで近づけないんですって!? ジムリ根性見せてくださいっ!!」

 

「くっ……」

 

 ――《オオンッ!!》

 

 

 確実にポケモンを捉えようと広範囲に広げられた念波が、範囲を広げられたのを意に介さない大威力を伴って、うひゃあああ!?

 

「(ひゃあああっ……て、ご覧になっていますでしょうかこの光景! 黒いコートを纏ったオジサンと、黒いロングコートの女の子が、街を襲った野生ポケモンと対峙しております!!)」

 

 しかしレポートも忘れないのがレポーターとしての魂なのだからして!

 ……なんていうけれど、流石に命の危険すら感じてきたなぁ。ここ、引き際じゃあないですか、スタッフの皆さん?

 そんな願いを込めた視線を後ろにいるカメラ隊へと送ると、あたしの真後ろで肩にカメラを担いでいるカメラマンさんは、指をグッとたててみせ ――

 

「(アオイちゃんの判断に、任せるッ!!)」

 

「(うわーい、丸投げですかーッ!?)」

 

 こちらへと判断を丸なげしてくださったーぁ、畜生!

 なんていうやり取りをしながらも、わたしは目を逸らしてはいない。白いポケモンは先程から、その技一撃で黒チーム(黒いコートのお2人なので)のポケモン達を戦闘不能に追いやっている。今回の念波も範囲を広げたとはいえ変わらずの威力を誇り、頭にドリルの生えた怪獣っぽいポケモンを戦闘不能に追い込んでいた。

 

 

「戻れ、サイドン! ……ち。スペック通り、攻撃性能は高いな。これで戦い慣れしてきているのだから手に負えん。……行け、ニドクイン!!」

 

「おや、弱音ですかボス。らしくないです……クチート!」

 

 

 オジサンは新しくニドクインを繰り出し、女の子はさっきから先頭で戦っているポケモンに、何事か呼びかけのみを行った。呼びかけられたポケモンはこちらを向き……あれ? この戦い方……どこかで見たような。

 

「(どこだったかな?)」

 

 自らのトレーナーである女の子にクチートと呼ばれたポケモンは、引き続きコンサート真最中であるプリンの歌をBGMに、宙に浮かぶ野生ポケモンを指差したのち自分の頭へとその指を当てる。……それだけだ。

 え、攻撃しないの? とか思うのも束の間。オジサンは新しく出したポケモン……あたしも先月ホウエンの闘技場でアナウンスをした際に見たことのある……ニドクインと、ダグトリオへ新たに指示を出していた。

 そして、指示と共にニドクインが飛び掛かる。ダグトリオは、またも地面を掘っている様子。

 

 

「ギャウウォォンッ!」

 

「ミュー」

 

「クー、チ!!」

 

 

 挟み撃ちに、2体のポケモンが白いのへと噛み付きを繰り出した。

 白いのは先とうって変わり、振りほどこうともせず……

 

「(……あれ。紫の、光?)」

 

 空へと伸ばした逆側の腕に、紫の光が灯り始めた。

 同時に、戦っていた2人の黒トレーナーズもその光を見上げる。

 

 

「……げっ」

 

「どうした、黒いの」

 

「あんたも黒いでしょーが。……いえ、それは置いときまして……あの技、ヤバイわよ」

 

「確かにな。今までの念波 ―― 『サイコキネシス』とは、また違った威圧感がある」

 

「そうではなくてですね。まぁ、その技を覚えてるとなると……レベルが、です」

 

「……何かまずいのか」

 

「それはもう、ひっじょーに。……クチート!」

 

 

 少女の掛け声によって、呼びかけられたポケモンは噛み付きを止め顎を離し、既にひび割れ、所々が隆起したアスファルトの上へと着地する。

 

 

「キッツいのが来るんだけど、受けられるかな?」

 

「クチィ、ガチ、ガチ!!」

 

「……ニドクイン! 備えろ!!」

 

「ギャォォ?」

 

 

 少女とオジサンの声かけは、絶妙かつギリギリのタイミングだった。

 各々のポケモン達が地面で構えを取った直後 ―― 防御としては間に合うか間に合わないかという間 ―― 白いヤツの腕はこちらを指差し、紫色の光による反撃がわたしたちをも巻き込む方向へと「降ってくる」。

 ……繰り返す。こちらへ「振ってくる」のだ!

 

 

「……って、うぇ! そうかわたし自身もあぶなあぁー!?」

 

「……っ!」

 

 

 思わず声を上げたわたしの目に、黒コートの少女が勢いよくこちらへと振り向き、足元をうろうろしていた黒いポケモンへと指示を出すのが映った。

 

 

「―― くっ!! ――ズ! その娘を――!」

 

「―― ガウァッ!」

 

 

 そして、その顔には見覚えがあり……そうだ……思い出した! あの子は……!

 しかし、次の瞬間には紫の光に覆われ ――

 

 

「ミュー」

 

 《ォォォ、 オオッ!!》

 

 ――《ドバァンッ!》

 

 

 凄まじい爆風と勢いの良い音を伴って、中空で紫色の光が弾けた。

 思わず思い出したものを後回しにして ―― わたしはビルの陰にいたというに ―― うつ伏せになり、少しでも身を小さくしてしまう。恐らくは後ろのスタッフ達もそうだろう。……圧倒的な威力を持つ、この技を目の前にしては。

 

「(なに、あれ!!)」

 

 わたしのよく知るポケモンの技とは、何かが違っている。

 殺意なのか、害意なのか、戦意なのか。……知る事は叶わないが、わたしはただとにかく「その技が怖かった」のだ。

 

 

 ――、

 

 

 余韻のみが響くヤマブキシティの街中に、粉塵が舞い上がる。

 わたしは口元を押さえつつも恐怖を辛うじて無視し、素早く立ち上がり、周囲を見渡す。前方には砂煙が立ちこめ、後ろのカメラマンは何とかカメラを構えてこそいるものの、腰がぬけて立ち上がれないみたいだ。

 そんな中、引き続き視線を動かす。

 

「(黒いオジサンは? ……あの、黒い女の子は!?)」

 

 あの子……いや、あの娘。

 この間と同じ黒のツーテールだが、格好が変わったのですぐには気付けなかった。

 

「(……居た!)」

 

 攻撃の瞬間、わたしの目が少女の存在を捉えた後。あの娘はこちらへと駆けて来てくれたのだろう。気付けばその背は、粉塵の晴れた直ぐ傍 ―― 真正面にあった。

 彼女はコートを翻しながらこちらへと振り向き、輝かしいまでの笑顔を浮かべ、口を開いた。

 

 

「ふぅ。だいじょぶでしたか? 皆さん」

 

「ガゥーゥ?」

 

 

 そして、咎めるでもなくわたし達へと声をかけてくれる。主と同じく鳴声をあげたのは……そういえばさっきから彼女の足元をうろついていた、黒い姿をした怪獣だ。

 と、いうか。

 

 

「……何ゆえ、わたしとスタッフの皆さんは助かっているのですか?」

 

 

 わたしたちは光に包まれ……ビルをも軽く砕いてしまうあの技が、直撃していたはずなのだ。

 しかしよくよく周りを見ると、ビルなどは砕けてしまっているというのに、わたし達の周囲だけは『目の前の少女とポケモンを始点として』、綺麗なままで保たれている。まるで、あのポケモンの攻撃を無効化したみたいに。

 

 

「んー、まぁ、結論だけを簡潔に言えばこのコのおかげです」

 

「ガウ」

 

 

 少女は足元の黒い怪獣っぽいポケモンをなで、非常に気持ちよさそうな鳴声が響く。

 

 

「このコ達はあたしの切り札ですから。……それより、あなたも逃げたほうがいいですよ……って」

 

「?」

 

「……ぅわ」

 

 

 わたしの周りの砂煙も晴れたところで、少女がわたしの後ろへと視線を向け……カメラマン達の存在を目に止めた所で、僅かに表情が固まった。

 そして手をしゅびっと挙げると、

 

 

「……あー、すいません。御無事で何よりです。んじゃ、あたしはこれで――」

 

「待ってー!」

 

 

 振り向こうとした黒衣の少女を追って、わたしは立ち上がろうとする。

 しかし先程の光景によってか、わたしの脚には力が入っていなかったようで……前に進もうとする力だけが身体に加わり、

 

 

 ―― ズデンッ!

 

 

 そして響いた転倒音によって、辺りが静寂に包まれた。うー、脚だけじゃなくて心も痛い!

 

 

「……はぁ。仕方がないですね。……だいじょぶです?」

 

「す、すいませ……じゃなくて!」

 

 

 少女はその言葉通り、何時かと同じく仕方がないといった表情を浮かべ、黒衣と艶のある黒髪を風にたなびかせながら手を差し出してくれる。

 わたしはその手をしっかりと掴みつつ……ああ、もう!

 

 

「『ルリ』ちゃん! なんで行っちゃうのー!?」

 

「いえ。あたしテレビに映るの嫌いですし、ここは危ないですし。……はぁ、どうしましょうか。避けたかったのに、映っちゃいましたよ」

 

「じゃなくて! ルリちゃんが強いのは知ってるけど!!」

 

 

 手をぶんぶんと、上下に振りながら。

 

 

「あなたも危ないでしょーっ!?」

 

「アオイおねぇさんよりかはマシかと」

 

「た、確かに。……でも、だからと言って、ルリちゃんがあんなのと戦う必要はないでしょうっ!?」

 

「……そういう訳にも……あ。サカキさんが頑張ってくれてます」

 

 

 少女 ―― ルリちゃんは首だけを動かし、後ろで未だ戦っている黒オジサンを見た。もしかして、お仲間なのかな?

 

 

「えーと、」

 

「あのオジサンとあたしは、仲間じゃないですよ」

 

「読まれたっ!?」

 

「大体分かります。……それより、ほら」

 

 

 ルリちゃんはわたし達の後ろを指差す。その指先を視線で追い、後ろを見てみると……数名の人がこちらへと走ってきている。

 その集団の先頭を走るのは、2人の女の子。

 片方は膝まで届かんとする黒くてストレートの髪が綺麗で、体のラインを際立たせるような服とスカート。

 もう片方は……とりあえず、着物。走りにくくないのかな。

 

 

「あの人たちに合流して、早めに逃げてください」

 

「で、でも」

 

「あたしもその内に逃げますよ。ただしそれは、あのポケモンに勝てなかった場合ですけどね……そんじゃ、今度こそ。ではでは!」

 

 

 そういって、ルリちゃんはもう1度走り去っていく。

 

 

「――た! ――あなた! 大丈夫? 怪我はないかしら!?」

 

「ナツメ、もう少し落ち着いてから話しかけたほうがよろしいかと。……皆様方も。お怪我はありませんでしょうか?」

 

 

 走り去っていく背中を見つめていたわたしの後ろから、声がかかる。先頭を走っていた2人の女の子が追いついて来た様だ。こちらを気遣う言葉と共にその2人も、わたしの視線の先……再び向こう側で戦い始めたあのポケモンと、オジサンと、ルリちゃんを眺める。

 

 

「……ここは任せるべきですわ」

 

「で、でも。ルリちゃんがー……」

 

「あそこで戦っている内の少なくとも片方は、この地方でもトップクラスの実力者(トレーナー)よ。……多分、あなたの言ってるルリちゃんっていうのがそうね」

 

「えぇ。ジムリーダーであるわたくしとナツメが全く敵わない、とは言いませんが……残念ながら、今は足手まといになってしまいますわ。あの方は恐らく、わたくしたちのサポートを『してしまう』でしょうから」

 

 

 そ、そんなに強いんだ、ルリちゃん。となれば、

 

 

「はい。あの男性の方(かた)も……相当な実力者でしょうと推測いたします」

 

「そういうこと。じゃあ、あなた達も行くわよ。ほら、カメラも切りなさい。……わたしの街で暴れられるのを、自分の力で止められないのはくやしいけれどね」

 

 

 そう行って振り向き、走り寄ってきた集団と一緒に街の東ゲート方面へと走り出した。わたしやテレビクルーも、再び激しくなってきた戦いを背にして、その後に従う。

 ……そんな状況なのに、ジムリーダーの2人は、走りながら何故か楽しそうに会話を続けているんだけども。

 

 

「ふふ。それにしても、噂通り可愛いかったです。いえ、凛々しいとも言い表したくなりますわね」

 

「そうね。別に良いんじゃないかしら? アイツは嫌がると思うけど」

 

「あら、素っ気無い。……ナツメはあの方を助けたいのではなくて?」

 

「……否定はしないわよ。それにエリカ。あなただって、」

 

「はい。勿論です」

 

「……だから貴女はズルイっていうのよ、エリカ」

 

「褒め言葉として受け取っておきますわ、ナツメ」

 

 

 どうやらこの2人もルリちゃんとは知り合いみたいだ。なら後でインタビューでもしてみようかな、なんてことも考えつつ――

 

「(ルリちゃん……。……頑張って!)」

 

 未だ遠くで戦うあの娘の身を案じる事くらいは、しておきたいと思った。

 

 ……一部始終をカメラで撮ってたから、うんとカッコ良く報道されるだろうし!

 

 

 

 ―― Side End

 

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 

「お待たせです、サカキさん」

 

「……これで借りは返したぞ」

 

「う……すいません。……いえ。あたしから貴方への借りなんて、あったかどうかは知らないですが」

 

 

 視線はミュウツーから外さず、しかし苦しい面をしながら、倒れたニドクインを戻しつつも此方へと返答したサカキ。

 ところで……いや。確かにアオイ達を逃がす時間を1人で耐え切ってくれたのは助かったけどさ。俺からアンタへの借りなんて、全く身に覚えが無いんですが。覚えの無い借りは怖いけど、あんた相手だと覚えの無い貸しも十分怖いんですよ。

 

 

「……オレがここ、ヤマブキまで移動するまでの間、オマエはミュウツーと戦っていただろう。時間稼ぎになった」

 

「あー、そですか。そんならこれで貸し借りはなしですね。きっちり時間稼ぎで返して貰いましたし」

 

「……くっく。食えんヤツだ」

 

 

 此方の返答に、口元に手をあて笑いをこらえるサカキ。多分、俺がさっきの「借り」に対する言い訳を信じていないってのが解ってるんだろう、コイツは。……この状況でサカキの言葉を額面通り受け取る訳にはいかないからな。半信半疑としておくのが丁度良いと思う。

 ……だからといって、意味の無い嘘をつくヤツでもないからなぁ。どうしようかね。

 

 さて、非戦闘思考はここまでにしよう。俺はボールに手をかけ、……ここまではミュウが殆ど常時稼動。「ふたご島」ではピジョン&ニドクイン、海~ヤマブキではクチート&もう1体で相手をしてきている。サカキが隣にいることだし、正体バレを防ぐためにも(負担をかけてしまい非常に申し訳ないが)さっきと同じくクチート&もう1体に任せるべきかねー……と、作戦を練った所へ、だ。

 

 

「……ん?」

 

「ミュー」

 

 ――《シュンッ》

 

 

 ミュウツーがどこか遠くを指差し……ヤマブキシティから見て北側である……クイ、と手を引いた。そして、虚空へと消える。

 ……もしかして、追って来いってことか? 

 

 

「……どうします、サカキさん」

 

「……よくみろ、少女。俺は既に手持ちが全滅している」

 

「うぇ!? ……あ、ほんとですね」

 

 

 サカキが掲げたボールを見てみると、その中のポケモン達は揃ってぐったりとしていた。

 ミュウツーの紫光攻撃によって、元々手持ちが減っていたのだろう。その後に1人で戦ってくれたのだから……うーん。これはいよいよ、まったくもって申し訳ない!

 

 

「それに、手持ちの薬もないからな」

 

「あー……スイマセン。あたしの薬をどうぞ」

 

 

 そう言いつつ、俺はいつかの借りを返さんとばかりに「げんきのかけら」を取り出す。手持ちがいないと危ないだろうしな。

 サカキは差し出された星型の薬を一瞥すると、それを素直に受け取った。

 

 

「ありがたく受け取ろう。だが、オレはここで抜けさせてもらう。……オレの手持ちを尽くしても敵わなかったという事は……この勝負、オレの負けという事だ」

 

 

 語りつつもサカキは晴れ晴れとした顔で「げんきのかけら」を使用し、サイドンを「ひんし」状態から復活させ――

 

 ―― うし。「引っ掛かった!!」

 

 俺は大仰に悪戯好きっぽい笑みを浮かべ、黒のコートを豪快にたなびかせ、1人北側を向きつつ。

 

 

「はっは! かかりましたね、サカキさんっ!」

 

「……なにがだ」

 

 

 本当に気付いていないのか、指摘によって気付いたのか、もしくは「始めから、これすら仕込みで引っ掛かってくれた」のか。サカキの表情からは全く窺い知る事が出来ない。まぁ、組織のボスだからな。この位はしてもらわないと。

 ……さて、サカキの反応はさておき。1度始めたからには謎解きを継続しなくてはならないハズ。

 

 

「今あたしが渡したのは、『げんきのかけら』。一般には市販されていないんで、その効果どころか ―― 使い方すら、本当に一握りの人しか知らないですよ。ただs」

 

「成程な」

 

 

 その先は言わせないとでも言うように、サカキが声を割り込ませた。けど、まだ他に言いたい事はあるからなぁ。ならば、

 

 

「あぁ、じゃあ、追求はここで終わっておきましょう。ただしこれで貴方の目論見と、あたしが貴方に作った『借り』についての謎は解けましたです。……ま、時既に遅し。今となっちゃあどうしようもない事ですんで、『その後』についてはまた今度あった時に致しましょー、です」

 

「……オマエのようなヤツともう1度か。勘弁して貰いたい所だな」

 

 

 サカキは珍しく疲れをその背に滲ませ、西側へと振り向いた。視線をまったく此方へと向けず、しかし、話だけを続ける。

 

 

「少女。オマエが我が組織に噛み付いてくるのは構わんが……いや」

 

「……途中でやめられると気になりますよ?」

 

「組織のブラックリストに入れておいた」

 

「えぇー……あたしの名前も判らないのに、ですか」

 

「とりあえず『ルリ』として伝えておいたが。間違いか?」

 

「……うわー。地獄耳ですね」

 

 

 聴かれてたっ! アオイ達との会話か!

 

 

「オツキミ山といい、その勘の良さといい、オレとの縁といい……あの『黒いお人』と同様、オマエが障害であるのは間違いない」

 

「……あたしがその『黒いお人』かもという考えは?」

 

「ないな。あれは絶対に、少なくともあの格好の間は顔を見せん」

 

 

 確信とばかりに言い切り、今度は顔だけをミュウツーの指差していた方向へと向ける。

 

 

「……それにしても、強いな。製作者の意図した通り、スペックだけでなく……心も」

 

「ま、そうですね」

 

「だが、それだけだ。敵にするならともかく、制御などしきれんよ」

 

「……」

 

 

 さっきの俺の推理をかき回すためなのか、それとも素直な観想なのか。サカキは意味深な台詞を残そうとする。うーん、最後の最後まで面倒な複線(フラグ)ばかりをばら撒いてくれるお人だ。

 サカキは両手をポケットに突っ込み、

 

 

「オレの部下の下っ端ならば、ミュウツーと対峙しただけでもこう叫ぶだろう。――『バケモノだ』と」

 

「はぁ」

 

「お前はどうだ」

 

「どうもこうも ――」

 

 

 当たり前の事を聞いてくれる。

 

 

「恐ろしいのは確かでしょう。ですがそれは、ミュウツーに限らず、ずぅっと昔から『そう』なんです。今更そんな事を叫ぶお人たちは、勉強及び理解不足でしょうよ」

 

「……ふ。判っていても叫んでしまうほどの恐怖なのではないかね?」

 

「それもそうですね。ミュウツーはそうなるように創られたんですし。……ですけど、だから」

 

 

 今度こそ俺も、完全に北側を向く。

 ―― このヤマブキの北にある街で、ミュウツーと決着をつけるために。

 

 

「だから、『初め』から呼んでいるんですよ。……ポケモン……『ポケットモンスター』ってね。『化け物』との訳には適さないかも知れないですが、恐ろしい生き物だってのは初めからなんですってば」

 

「……ふ、はは!」

 

「いえ、まぁ……『携帯獣』なんて呼んでいる大学もあるんですけどね? そこはご愛敬でお願いします」

 

「く、く。……はは! そうだな。当たり前だ!」

 

 

 ついでに言えば、とある世界の海外では「ポケモン」との呼び名こそが主流であり・・・・・・なんてのも、どうでも良いとして。

 俺は笑い続けるサカキを背に、……うぅん。ミュウツーが消えたのを察知して、また人が集まってきそうだな。そろそろ行くか。

 自転車にまたがり、ペダルに足をかけ、電動アシストのスイッチを入れ ――

 

 

「ではこれで。……いつかまた、です!」

 

「あぁ。……出来る事なら、次はオマエともバトルをしたい所だがな。……さらばだ、少女」

 

 

 

 ……。

 

 ……うぇぇ、面倒なフラグばかりが増えていってる気がするんですがぁぁっ!!

 

 

 なんて無駄思考を今だけは流しつつ、北側へと向かうのだった。

 

 


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