夜は明け、日は昇り、私はシルフ本社へと戻る。
しかし、社長への報告をするためにここまで戻ってきたのだけれど、どうやら社長は外出中らしい。それなら、暗号通信でもいいでしょう。そう考えながら、ビルの外へと出る。ヤマブキシティの中心、一等地に立つシルフカンパニー本社の建物の前 ――
「行くぞー、……リフト下げろぉ!」
「回すぞ! そぉ、れ!」
「搬送いそげー! 水槽の準備は出来てるからな!!」
いつもの服(ゴシック&ロリータ)に着替えて出てきたシルフビル前は、実に騒々しい様子。……この雰囲気は別に、嫌いではない。けれども……
「(……この、大元は……)」
入口から少しだけ距離をとった位置から、視線を巡らせる。大きなトラックが1台と、その荷台から運ばれてくる ―― 水色の大きな体。成程、ね。
納得した所で私も喧騒の中へと歩いて行き、作業をしている人員のリーダー格と思われる男へと話しかける。
「どうも、ご苦労様です」
「―― ん? どうした譲ちゃん……って、おお。第一、三、四番開発部の所長さんじゃないか。いいトコに来たッ!! 搬送するんだが、ラプラスが暴れてしまっていけねぇんだ。手伝ってちゃあくんねぇかい?」
「それなら。どうやって、ここまで搬送していたのかしら」
ラプラスは比較的身体の大きなポケモンの部類に入る。それを身一つでヤマブキまで運んできたというのは、効率が悪いはずなの。
「あぁ……なんか、現地で応急処置をしながらヘリで搬送されてきたらしい。ただしヤマブキにそのまま着陸は出来ねぇから、車でゲートを潜って搬送されて来たってぇ寸法さ」
「……それなら、まずはボールに入れないといけないわね。……私よりも適任がいるわ。少し、待っていて頂戴」
通信機を取り、確実に社内にいるであろう青年を呼び出す。これからはあの青年が最もラプラスと関わる事になるのでしょうし……今のうちから慣れておくに越した事はない、筈。
そして、待つこと数分。
「所長、お待たせしました! ……うわぁ……おっきいなぁ、ラプラス」
呼び出された青年は来るなり、搬送車に乗せられたラプラスを見上げて感嘆の声を上げた。
「いい、かしら。……貴方はこのラプラスと一番多く関わることになるわ。なにせ、長期のリハビリが予定されているのだから。なら、今ここで。慣れてしまいなさい」
「……わ、わたしがですか。分かりました。当たって砕けます!」
なんとか納得させた所で、意気込んでラプラスへと近づいていく青年。……できれば、砕けないことを祈っておきたい所ね。
「……クゥ、ゥ!?」
「いやいや、そんなに怖がらないでおくれ。わたしはこの会社の社員。キミのリハビリプログラムを担当するんだ。よろしく!」
「……クゥ!」
「うお、意外に好印象!? ……そ、そんなことよりも。これから会社の中にある、キミの部屋に案内したいんだ。この……えぇと、モンスターボールに入ってくれないかい? 所長が研究者ID処理をしてくれたボールだから、わたしが親になるわけじゃあないんだけれどさ」
「……クゥゥ」
――《ボウン!》
……あら。
「あ、やった! 所長! 入ってくれましたよっ!!」
青年はラプラスの納まったモンスターボールを拾い上げ、非常に嬉しそうな笑顔と共にこちらへと走ってくる。そう、ね。
「存外、すんなりと入ってくれたわ」
「あの青年、見所があるじゃねぇの! ……さぁお前らいくぞ! 次は内装変えなきゃいけねぇんだからな!!」
「「ウスッ!!」」
リーダーとその他数人は、どうやら内装も弄らなくてはいけないらしい。引き連れられて、シルフカンパニーの中へと入っていった。
……そういえば、ラプラスは人語を解する知能を持つポケモン。……トレーナーの指示に従っているからには、殆どのポケモンが解すること自体は出来ているのだと思うのだけれど……青年が真っ直ぐに話しかけたことが、ラプラスにとって好印象だったのでしょう。野生のポケモンに初っ端から話しかける、なんていう行動を取る人はそう多くないはずなのだし。
「所長! ……あの、所長? 考え込んでいる様子ですが、どうしたんですか?」
「……いえ、何でもないわ。その調子でラプラスに接してあげて」
「はい!」
「それじゃあ、早く研究室に行ってあげなさい。ラプラスも長旅で疲れていると思うわ」
「? 所長は行かないんですか?」
「私は、これから用事があるのよ」
「あぁ、そういえば、窺っていますよ。最近秘書のお仕事で忙しいらしいですね。……それでは、わたしは行ってきます。後で所長も、お時間があれば見に来てください!」
言いつつ、走っていく。……あの様子なら、ラプラスについては任せておいても問題はないでしょう。ただし、
「……今日は、一応。秘書としての仕事ではないのだけれどね」
誰にも聞こえない呟きをしつつ、振り返って街を出る。
さて、行きましょうか。
――
――――
「えぇ。これで、完了」
『うむ、ならばミィ君は自由行動で構わないよ』
「了承よ。では、これで」
こうしてタマムシの郊外へと歩きながら続けていた通信を切り、社長への報告を終了する。
昨晩のあの後、『はかいこうせん』の余波で気絶したロケット団の女幹部を捕らえた。着替えた後で周囲の下っ端団員を掃討していたエリカへと幹部を引き渡し、お仕事の主要部分を無事に進行させることが出来たみたい。
「(相手の、残り1匹もベトベターだったし。どちらにしても勝てていたのね)」
なるべく早く終わらせられる様にと相手のトレーナーを気絶させるという強硬手段に出たのだけれど、私の切り札ならばあのレベル相手には一方的な展開にすることも出来た。ミニリュウのバトル訓練を兼ねていたから、先ずは普通にバトルしていたのも時間消費の原因ね。
そして、いつも通りのひらひらした服の横合。ホルダーに付けられた私のポケモンを、ボール越しに見る。
「(もう、角張っている元の体へと戻ってしまったけれど。それはこれからの改良で、何とかしましょう)」
手持ちの4匹、その内の……昨晩『はかいこうせん』を盛大に放って自然破壊をしていたポケモンを見る。幹部に「カラフルな水飲み鳥」なんて例えられた丸みを帯びていたボディは既に、いつもの形へと戻ってしまっていた。
「(戻ったならば、やはりパッチを改良する必要があるのでしょうし。……また仕事が増えたのだけれど、それはまぁ良いわ。異次元とか宇宙開発とか、私としても楽しみ)」
増えた仕事は楽しみとして思考を戻し、自分の現在いる場所を見渡す。と、
「――おーい!」
さっきまで自らのポケモンで真上の空を飛んでいた女性が、少しばかり離れた場所へと着地した。女性はポケモンを再度空へと放ってから、こちらへと歩いてくる。
私の横まで「対象」であった女性が歩いてきたところで、こちらから、こうして実際に隠れ家の風景を見た感想を口に出してみる事に。
「……意外と、良い所なのね。ここは」
「でしょ? あたしも気に入ってるの! 逃げてみて良かったわ! ……ここ、逃走期間が終わってからもあたしが使っちゃだめかな?」
「恐らく、構わないでしょう。ここは会社の方で『用意した』場所みたいだし」
「やった、お願いね! だって――」
昨晩逃走させた女性の隣で、ここ……タマムシ郊外にある隠れ家の風景を見る。
森を抜け、木々の間を抜け、シルフの警護が配置されたゲートを抜けたその先。サイクリングロードを見下ろすことが出来、周りを海に囲まれた高台の上にある家。周囲には十分な空き地があるし、ヘタなリゾート地なんかよりは豪華な隠れ家ね。
そして何より彼女にとっては、
「この、見渡す限りの青空よ! 鳥好きには堪らないね!」
「……流石は、鳥ポケモン使い」
「貴女も使ってみる? 良いわよ、鳥!」
彼女は私の方を向いてそう言いながら、今も上空を飛んでいる自らのポケモン、オニドリルを指差した。まぁ確かに、私としても鳥ポケモンはその内必要になるのでしょうけど。
「私は、その内ね」
「うんうん、オススメだから!」
私は未だバッジが取れないのだし、秘伝技も使用不可。なら、旅を始めてからでも遅くはない筈。
なんて風に今後の計画をたてていると彼女は座っている私の隣に立ち、此方を覗き込んでいた。私は、視線を逸らすことにするけれど。
「いやー、それにしても……」
「……何、かしら」
貴女の目が不気味なのよ。
「あの全身真っ黒の中身が、こーんな美少女だなんて。詐欺も良いとこよね? しかも小さくてゴスロリでゆるふわ黒髪ロング外套装備という多重属性持ち!」
「……一応、有難う。私としてはドロワーズとクールを属性に追加してくれると、嬉しいわ。それと貴女はもう心配ないと思うけれど、私の情報は口外御法度よ」
「それは勿論。シルフとの約束でもあるしね! ……で、そうそう。そんなヒーローさんはどの様なご用事でここへ来たの?」
「私は、今日は只の休日なのよ。ここへ来たのも、あなたの様子を見に来ただけ」
「ふえ!」
……何かしら、その反応は。
「ちっちゃい女の子が昨日の今日で休日潰して、正体も晒して。それなのにあたしの様子を見に来ただけ? どんだけよ! 聖人君子か!」
「……アフターケアも、万全なのがシルフの売りなの」
「世にはばかるシルフカンパニーは、流石に社員の質が違うわね!」
「『憚(はばか)る』なら、憎まれっ子なのだけれど。用法も違うわ」
大仰なリアクションをする彼女の横で、自分とのテンションの差に内心のみで苦笑する。一応、休みを宣告されているからには先程の言葉は全て事実ではあるし。けれど勿論、別に目的は持っている。
そう考えて彼女の方を……しかし向かず、目の前の海を見つめたままで質問する。
「……ここは、窮屈じゃあないのかしら。貴女は」
「あ、なるほど。それを気にしてくれたの?」
「えぇ。それで、答は」
「んーん、そうだね……」
横目に、顎の下に手を添えるといういかにも過ぎて既にわざとらしいの域に達した彼女の仕草が見えた。そのまま数秒で悩んだ素振りをやめ、手を上へと向けると……私達の真上を指差した。
「あたしはこれがあれば十分なのかもね。こうと言い切れる様な心情じゃあないと思うけど、後悔はしてないよ?」
「それは、今の立場での結果論だからよ」
「まぁね。でもそんなもんじゃない?」
「思考の、放棄かしら」
「ふふ。……それにあなたが言ったのよ? あたしも早めに自由にはなれるって!」
「……そう、ね。嘘ではないし」
「そうそう! あなたのおかげね!!」
彼女は私の目の前に回りこみ無理矢理に笑顔を見せてくるけれど、
「(……あぁ、成程)」
私はやはり、この笑顔を見てこそ実感出来たのかもしれない。……なら先ずは、こちらからでしょう。
「……ショウが、言っていたの」
「どうしたの急に。それに、ショウって誰?」
「私の、相棒よ」
「人生の!?」
「それは、ここで話しても仕様がないわ。……置いておいて……言っていたの。挨拶は大切だ、って」
「おはよう! こんにちは!」
「えぇ、今晩は。……じゃあなくて」
「おはこんばんちは!」
「 な く て 」
「はい。すいませんでした」
「いつまでも、『あなた』では。駄目なのよ」
「うん。あ、そうね」
立ち上がって、今度は私から、正面にいる彼女の目を見て話しかける。
アレは他の意味合いも十分に含んではいたけれど、何時ぞやショウも言っていた。やはり、名前で呼ぶことは大切だと。
「貴女を、名前で呼ぶには。自己紹介が必要よね」
「なるほどなるほど。それは確かに、あなたが今日ここまで来なくっちゃ出来ない事だよね。昨日は真っ黒だったし……って、まさかその為にここまで来るとか聖人君子!」
「それで、良いわよ別に。面倒だし」
彼女の言葉を流し、今度こそ本目的を話し出す。そのために、ここまで来ているのだから。
「さて、と。……私の名前はミィ。貴女の名前を教えてもらえるかしら」
「良いわよ、あたしの新しい友人さん!」
「あたしの名前は――」
郊外へと退避した「鳥好きの彼女」に会いたい方は、FRLGで『そらをとぶ』を貰いにいってあげてください。
因みに「マンションの花壇の女の子」に思い至るキャラがいた方。貴方は嗜好が似ているのやも知れません。……私、あの漫画は大好きなのです。