「あの、ハンチョー。ポニータって333メートル以上もジャンプできるんですか?」
「あー……一応、『筋力データ上は』可能みたい。跳んだとして、無事に着地できるのかは分からん」
「……この、ベトベターが元・無機物(ヘドロ)だってのもかなり眉唾なんじゃ?」
「それは本当らしい。エックス線は凄いなぁ?」
「はぁ。……図鑑によると、カイリューちゃんは時速2500キロメートルで飛べるらしいですよ」
「何故にちゃん付け。……まぁそれも筋力値からすれば、理論上は可能だ。仮に飛んだとすれば摩擦とかで皮膚が凄いことに……って、カイリューならそれも大丈夫かも知れないけど。ドラゴンだし」
「……ユンゲラー。……変身っ!」
「あれは知らない。多分噂だけだろうとは思う」
「ふむぅ。それじゃ、ブーバーの温度!」
「ブーバーの体温でカントーが、そして天体もやばい」
「じゃあハンチョー。インド象は?」
「データ班の趣味なんじゃないか? 体が大きくて全身循環するのに時間がかかる動物ってことで、象を選んだのは分かるけど」
……いや、班員と2人で図鑑に表示される予定のデータ文をチェックしてたんだ。そしたら出てくるわ出てくるわ眉唾なお話。これでは「どこの都市伝説だよっ!」とのツッコミを入れたくなるのが自然の流れだろう。入れたら負けな気がするから入れないけど。
それもこれも、図鑑文をデータ班に任せていたのが原因なんだが……どうもかの「ポケモン協会」から、図鑑の表示文は夢のあるもの・ポケモンの凄さを感じる様なものにしろ、との全くもって有難くない御達しが出ていたらしい。
なんなんだ。イメージアップとかなのか。俺は少なくともアップはしないんだが!
「流石はポケモン協会。俺たちが集めた真面目なデータの中から、よくもまぁこんな内容ばかりをチョイス出来るよなー」
「どっちかって言うと、町の人とかに聞いた言い伝えみたいな部分の方が採用率高いですよねー」
ここまで曲解できるのも凄いと思うんだが……ま、そうなんだ。
ポケモンのデータとして正式に保存されるものの中には、古くからの言い伝えや伝奇的な部分が多分に含まれている。これは太古の昔からポケモンと共に生きてきたこの世界においてはとても重要な部分であるため、いかに怪しい内容であろうともとりあえずは集めておく必要があったという訳で。というか、歴史的に見ると「こういう言い伝えがあったという事実自体に価値がある」もんだしな。
……ただし、そのせいで図鑑の文は犠牲になってしまったんだけど。
そして、とはいえ、だ。
「実際のところポケモン自体もかなり滅茶苦茶な能力だからなぁ。全部が全部、言い伝えだけ……って訳じゃあないし」
「それがこの子達の凄いところですよねー? ……よーし、よーし」
そう声をかけながら、班員が足元で寝ている自分のポケモンを撫でる。
……うーん。この会話内容の後でも全く物怖じしないと言うか反応が変わらないと言うか。この世界ですらこんな反応は当たり前って訳でもないのに、もしかしたら我が班員は大物なのかも知れない。
「(言ってしまえば、レベルの高いポケモンとの戦闘になってしまえば……人間だけじゃやられるってのにな)」
「人間が素手で戦って勝てるのは~まで」などと言う議論ではなく、そして勿論悪い意味での「やられる」だ。身体能力にしろ、知能にしろ、性質にしろ……ポケモンはあらゆる点で優れてるからなぁ。
そのうえポケモン達の殆どは大元の性質として「戦闘意欲」を持っている。これは普段は戦いを好まないポケモンであれ、その性質のさらに内側に秘めているものだ。
まぁ、戦うにしても全てのポケモンが「ポケモン側」として人間と戦うことにはならなかったみたいで、今では「ポケモンと人間が一緒に戦う」といった仕組みが生まれている。でもってそれが幸か不幸かはともかく、そんな風に成長してきたからこそ今の世界の仕組みがあるんだとも思うけどな。
ま、そんな面倒な思考はいいか。面倒だし。
「……俺も、ニドリーナ達の様子でも見に行くかな?」
思考内容が影響したのか、なんとはなしに今日も外で遊んでいるであろう自分の手持ちが気になってしまったので呟いてみた。すると耳聡く聞きつけた班員が(隣にいるので聞こえて当然なんだけど)、
「ふっふっふ。それなら今日は心配ご無用ですよ? なんと、博士のポケモン達が総出で面倒を見てくれているみたいなのですっ!」
そう言い放つのだが、俺としては……あの博士の高レベルにまとまったポケモン達が一堂に会している状況を思い浮かべてみて、と。うん。
「それなら尚のこと見たい。さぞ壮観な景色になってるだろうと思うし」
「……確かにー」
班員の「心配ご無用」とのお言葉をあっさりとかわし、見に行くために今度は研究所の裏手へと向かうことにする。班員も腕の中に眠っているポッポを抱え、同じく裏手を目指す。
裏手とはいったものの完全に研究所の裏という訳ではなく。正面出入り口ではない脇にあるドアから出ると、マサラタウンの東側に面した原っぱがあるのだ。遊んでいるポケモンの数が多くなったときには大体こっちが遊び場になっているので。
で、と。
「おいレッド! 待てっての!」
「ガウゥ。ガ?」
「ブルルルル……」
「……ウィンディ、……ケンタロス……」
「ミュウ? ……ミュ!」
――《スイッ》
「待ってー!? コラッター!」
「コラ? ……ラァッタ」
原っぱに着いてみれば、原作主人公達も一緒になってポケモン達と遊んでいる光景があるのだった。勿論のこと、俺のポケモンも一緒である。こうして研究所の出口に立ちながら見ている限り、博士の手持ちであるポケモン達……ウィンディやナッシーなんかが、上手く面倒を見てくれているみたいだな。
「……ま、これなら良いか」
「うんうん。ほら、一緒に遊んできて良いですよ? ポッポ」
班員の腕の中で寝ていた筈のポッポもその楽しそうな雰囲気に当てられたのか、バッチリ目を開いていた。案の定、OKを出されると一直線に輪の中へと飛んでいく。
「ポッポも皆と遊ぶ夢でも見てたんですかねー? 凄い勢いで飛んでいきましたよ」
「そうなのかもな……さて。俺は戻って研究の続きでもするかな」
まぁ夢を見てたのならばきっと、楽しいミニゲームでもしていたに違いない。主に夢的なポイント稼ぎのためとかに。それも毎日。
などと、いつものアイデンティティをこなしつつ、研究所に戻る前に声をかけておく事も忘れないぞ?
「レッド、リーフ、グリーン! 皆に上手く遊んでもらえよ!!」
「ウィンディちゃん達も、よろしくお願いー!!」
「「――! ――達――、――ウ!」」
声をかけ、子供たちからの反論が来る前に研究所の中へと素早く戻り、研究室へと続く廊下を戻る。
……実際、問題ないのは確かだと思う。博士のポケモン達は結構なレベルだし、実に見事に遊びなれているから。それも毎日誰かしらの遊び相手になっているからなんで、当然だろうとも思うんだけどな。
むしろ、
「……問題は、むしろ他の部分に大有りだからなぁ」
「問題? どしたんです、ハンチョー?」
どしたんです、とか脱字っぽいよな……との思考が先頭に来るのは仕方ないとして。
……口に出てしまったのも仕方ないとして、
「んーにゃ。色々とな」
「ふむ。こないだは世間的にもかなり久々にロケット団の幹部なんかも捕まえちゃいましたし、ハンチョーはむしろ絶好調だと思いますが」
「それは何か内容的に励まされてるように聞こえる。別に落ち込んではないぞ」
「そう聞こえるのなら、むしろ深層心理的には落ちこんでるんじゃないですかね。そんでもって、話題は逸らさせませんよ」
うわ、流石は班員。耐性ついてるな!
とは言っても、これは少なくとも一介の研究員に話せる内容じゃあない。いや、ミュウツー倒すのに手持ちのレベルが足りないーとか、ちょっとばかり早急に他の地方にコネを作っておくべきかーとか、そんな悩みばっかりだから。
……でもって、何より。俺がこの班員の追求を「疎ましい」とは思わず、「心配されるのが嬉しい」と感じていられることは、間違いなく喜ばしいことだろう。少なくとも、俺としては。
という訳で。
「だがそれは……禁則事項だからして!」
「禁則事項! ハンチョーカッコいいですね!!」
うん。こんな流し方にも乗ってくれるのだから、お優しい限りで!!
博士の手持ちの元ネタは……これが有名なのかどうかは判断つかないのですが……「オーキドせんせい」ですという。マイナーなネタですが。