時は来たれり。
1992年、7月5日。
「あー…フジ博士! 虫は! 虫が! 危ないんですって!」
「ふむ…?」
「植物を突っ切るのも駄目です! よく見てください、この植物トゲだらけですから! ついでに言えば、ダニが危ないんです!」
だめだこの博士! 好奇心強すぎないですかね!?
さて。
ご覧の通りのあり様で、現在俺達は各班に分かれてジャングルの中にいる。
……の、だが!
「フジ博士、定時なんで虫除けスプレー使います! ……少し止まれやぁ!」
缶のは空輸できなかったから現地でマトマの実とか使って作った、ポンプ式のスプレーだったりするんだけどな!!
……あー……まぁつまりは、フィールドワークに慣れていないフジ博士が割と好奇心のままに行動するため、護衛班が苦労しているという有様なのだ。
まぁフィールドワークって出ない人には辛いしなれない仕事だしな。その上外国。
この大変さまで含めて、俺たちに課された仕事である。頑張ろう。
そういえば、この世界の「むしよけスプレー」はかなり便利で、某虫除け線香的な効果をデフォルトで含んでいる。ヒルとか虫もある程度防ぐことができるだろう。
逆に不便な点として、自分のポケモンより弱いポケモンは完全に遭遇しないという仕様ではなくなっていたり。沸き制限みたいな感じ。
まぁ、ジャングルで湿気があるからすぐ効果が落ちそうでもあるんだけどな、スプレー。
なんて。
現実逃避の無駄思考はたたんでおいて。
一応、護衛中だし……っと。
「また出たなぁ……頼む、ニドリーナ!」
「ギャウゥ!」
ニドリーナが飛び出して、本日数10匹目になるオタマロを相手取る。
とはいっても、1撃当てると大抵は逃げ出してくれるので大した戦闘にはなっていない。
……ピジョンはジャングル内での戦闘に向いてないので、ニドリーナが連戦中。非常に申し訳ない!
ついでに、この辺のポケモンの分布としてはオタマロ、マッギョ、チョボマキなんかが良く出てきている。湿気が多いからだろうな。
そんな風に、俺は護衛班の防衛線を突破してきたレベル高めと思われるポケモンを中心に相手取り、撃破していく。
ジャングル踏破は長い道のり。踏破するのが目的ではないのだけれども、気分的にはそれくらいのつもりでいたりする。
目的のポケモンを見つけるには、丁度いいだろう。
そうして歩いたり、湖上や樹上に寝泊まりしたりと、進むこと数日。
大変にハードワークだ。そろそろ研究班も、そのポケモン達もキツそうな時合になってくる。
博士を止めることはできないけど、まずは話しかけてみるか。
「フジ博士。調査予定地点までは届きそうですけど、ベースからあまり離れると戻るのが大変になります。みなさんは体力的にどうでしょ、いけそうですかね」
一応、近場の村に拠点を用意してもらって、そこから遠出するという調査方法を繰り返している。
しかしもうそろそろ夕方。時間だけでなく、日時もだいぶ費やして来ている。遭遇する見込みくらいは見つけておきたい所だ。
フジ博士はふむと頷いてから。
「そうだな。……さっきの原住民が目撃したのは、この先……あとふたつほど川を越えた地点だ。無理だろうか?」
「んー、そのくらいならこっちは大丈夫です。ですがいちおう、休憩だけは挟ませてください。俺らというより、ポケモン達に」
歩くのが大変じゃないとは言わないけれども、バトルするとなるとまた別だ。
俯瞰出来る立場であるトレーナーにとって、体力管理は重要な事項なのだから。
さて。休憩を取りつつ。
現在、俺達は比較的友好的な原住民からミュウについての目撃情報を得て、その情報どおりにジャングルを回っている。
しかしそんな中、この爺ちゃん博士フジさんは年をものともしない速度で歩き続けるという人外ぶりを発揮しているのだ。
なんか、アドレナリン異常分泌でもしてるんでしょーかね。
などと
「あぁ……うーん。やっぱり日程は詰め詰めになってしまったね。申し訳ない」
「まぁ依頼者はそちらですんで、提案と相談さえしてもらえれば問題はないです。とはいえ実際に遭遇して戦闘になったら戦うのは俺達なんで、コンディション調整については逐一挟ませて貰いますけれどねー」
まじでお願いします。
と言うと、流石に自覚もあったのかフジ博士も了承してくれた。
「そうだな。分かった、少し……む?」
……お?
ぽつり、ぽつり。
「……雨が……」
―――― ザァァアアア!!
「ほい、全員とりあえず凌げー! そんで、今のうちに回復ー!」
「「了解ー!」」
丁度良いと言えば丁度良いタイミングで、スコールの到来である。
ターフで屋根だけ作ってみるが、雨粒の量も勢いも自国とは段違い。ポケモン達はむしろモンスターボールに戻しておいた方が快適なのではということで、戻してみる。
隊員俺達は雨がやむまで動かず待つしかないので、ずぶ濡れコラッタになりつつ、天候をうかがうことしばし。
―――― サァァ……。
―― ぽつ、ぽつ。
「……お? すぐに止んだようだね」
「通り雨……ってジャングルにもあるんですかね?」
助かることで、雨はすぐに止んでくれた。
通り雨については、あったのだからしょうがない。
まぁそんなことを考えつつ、俺は雨のやんだ空を見上げるために高台に登る。
すると、既にかなり傾いた太陽から夕日が差し込んできていて。
「……おー。虹だなぁ」
夕日で赤く染まった空には、長い長い虹がかかっていた。
「うーわー……」
「キレーッスねぇ」
両班員の殆どは虹に目を奪われている。
……しかし、俺とフジ博士だけは別のところへ視線を向けていた。
……虹の麓の様に見える辺り。そこから、ぼうっと。
……暗くなりかけている空に、光球がひとつ、浮かび上がる!
「あれだよ、ショウ君」
「オッケーです。来たぞ、皆。……最初はあれに敵意を可能な限り向けないでおいて。けど、周囲の警戒は忘れずに」
指示を出しつつ、目は逸らさない。
明らかに超常的な力で発せられた、不思議な温かみのある光。
その光源たるあれは……何となくだが、虹を追いかけて出てきたような気がする。
「―― ミュゥゥ♪」
森から飛び出て虹を背負って。空に向かってトリプルコーク。
いや、気がするだけじゃなくて正解だろうな! すごい楽しそうだし!!
……まぁ。
出てきた理由より、次の行動が大切だ。
「さーてさて。戦闘せずにすめば良いんだけどなぁ」
班員の配置を終了させる。
終了した時点で、俺がミュウに向けて視線を――
―― はっきりした意思と共に、向けた。
「……ミュ♪ …………ミュウ?」
ミュウがこちらに気づいて、視線がばちり。
ここからが、本番!
――
――――
「そんではフジ博士、後をお願いします!」
「……あぁ」
ミュウのいる位置まで移動が完了。
観測を始めた地点からは「虹の麓」の様に見えた場所にて、動かずにいてくれたミュウとのコンタクトが始まった。
ミュウは現在、俺達の1メートルほど先、手の届きそうな位置でこちらの様子を伺っているようだが。
「……ミュウ♪ ……ミュミュ!」
――《ヒィィィン……》
俺達に興味津々のようだ。なんか念波漏れてるし!
……ほーら、今ですフジ博士!
「あ、えーと、キミに、私達の研究に協力して欲しいんだ」
「……ミュゥ」
――《フワッ――クルッ》
ミュウはやっぱりよく分かってない様子。ポケモンなので当たり前だが……それでも頑張ってもらわねば。
もっと押せ押せ! フジ博士!
「研究……あー、分かるかね?」
「……ミュウ?」
「えーと、だね。ちょっと体毛とかを分けてもらいたいんだ」
フジ博士は、なんかそれっぽいジェスチャーをしながら必死に伝えようとする。
……だが、俺にはわかる。これは、フラグだ!
「ミュゥ、ミュ? ……」
――《クルッ――スィッ》
「……ミュウ♪」
ミュウが周りを飛び回り、楽しそうな。一見乗り気であるかのような仕草をみせる。
しかし、違う。
俺にはこれは、実に小悪魔的な笑顔に見えるぞーっと!
「……ショウ君。これは?」
「えーと、下がってください。これは……」
フジ博士が指示に従って後退。俺は逆に前へと一歩。
すると、ミュウが僅か空中に浮き上がり……。
「ミュ♪」
「これは、おそらく……」
光る、光る。
空間の歪みがあちらこちらに散っては飛んで。
――《ヒィィィ……ィィ!》
「ミュゥ!」
「……
《ィィィイイ……!!》――
「皆、来るぞ! 散開、退避!!」
――《ズッドォォォォォオオオ!!》
轟音。
謎の光による、広範囲殲滅攻撃ぃ!!
「……っ! ぅぉぉおおあぁ!」
叫びながらの全力ダッシュ。木の裏へ。何とか衝撃を凌ぐことが出来たようだ。
今の何の技だよ! とツッコむ気力も起きないが……たった今脳内ではツッコんだな申し訳ない!
んまぁ、戦闘になってしまったからにはしょうがない。元からこの展開は予想できていた!
なにせゲーム以外の媒体において、ミュウは悪戯好きなのだろうなと予想できる描写が沢山あったのだ。
ゲームにおいても「さいはてのことう」の追いかけっこがあったし、映画やらの映像作品ではもっと顕著だな。
加えて、この辺りでできる遊びなんて、他のポケモンとのバトルくらいのもの。
それに何より、ポケモンには元から闘争本能があるとされているので……その「たね」。大元がミュウならば、もちろん闘争本能くらいは標準装備でしょうねと!!
そんな感じの無駄思考は切って、バトルを開始。
まずは護衛対象と戦力の確認から!
後ろに班員。ちょうど良し!
「フジ博士は!?」
「既に離脱を開始しています!!」
「うし、そのままよろしく! 護衛班は何人動けそうだ!!」
「とりあえず4名無事ですハンチョー!」
班員から報告が来る。4人か。
「なら、2名はフジ博士に貼り付いて安全圏まで離脱! あとの2名は他の班員の救出・救護と確認!」
「ハンチョーは!?」
「必然的にこいつの相手!」
そもそもさっきの攻撃から見て、他の班員が……少なくとも4人では相手取れるレベルではない。
じゃあ俺なら何とかなるのかと問われたならば、何とかするしかないっていう根性論でしか返答は出来ないのだけれども。
しかしまぁ、何に代えても大事なのは生還すること。
帰る分の戦力も考えて、まずは俺だけで相手をするのが良い筈だ。
「装備ヨシ。道具ヨシ。……んじゃ、行って来ます!」
「任せました。行ってらっしゃい、ご武運を! ハンチョー!」
隊員からのエールをもらいながら。
樹の陰からでて、ミュウのほうへと歩き出す。
すぐ前方に捉えることができた。ふわふわと、変わらず、楽しそうに浮いている。
(かなりの威力の技だったな-、さっきの)
周りを実割らす。「虹の麓」の地形は、先ほどのミュウの攻撃で見事に開けてしまっていた。
空も大きく見えており、既にジャングルというよりはぬかるむ空き地といった方がピンと来るくらいだ。
……だが、これならピジョンも思う存分戦える。
そう考えれば、ミュウは丁度良い「闘技場」を作ってくれたのかもしれない。
「……ミュ、ミュ!」
――《クルッ》
「っと。待たせて申し訳ない。そんじゃあ、ポケモンバトル! 行こう、ニドリーナ! ピジョン!」
ミュウの催促を受けたような気がして、素早く手持ちを繰り出した。
「さぁ、本気で遊ぼうか……ミュウ!」
「キュウ!」「ピジョォーッ!」
「―― ン、ミュウーッ!」
ミュウ=虹というのは私の勝手なイメージ。
イメージ元は「ポケモンスナップ」のミュウステージ、「にじのくも」からとなります。
それにしても虹の麓に埋まっているものって……えぇ……。
あと、本作のフジ博士は研究熱心な明るくていい人です。
といっても独自設定なので悪しからず。
ついでにミュウが小悪魔的性格なのは、私の趣味です多分。