□18.
今日の夜も、相変わらずの雨。
降雨はダブルバトルの敵(必中・うるおいボディ忌むべし)ではありますが、自体は一刻を争うようです。
あたしとショウさんはブラックシティを早々に出発し、夜中のうちにライモンシティまで移動。終電ギリギリの線に乗り、カナワタウンまで移動することになりました。
たたんたたん、と揺れる電車の中。
がらりとあいた席で、ショウさんの隣に腰掛けまして。
「―― それで、ショウさん。援軍というのはどなたなのでしょう?」
「直接的ではないけど、手伝ってくれるヤツが居るんだよ。国際警察ではないんだが、特務ってやつをやっててなー」
「特務!? いやそれって、国お抱えの
そう、それ。とショウさんは軽い調子を崩しません。
……うーん。一応の解説をしておきますと、あたしの所属するお国柄。国の中枢さんには、ポケモンバトルで優位を取れるだけの「ポケモン戦闘力」を保持しておこうという考えがありまして。
バトルクラブから派生したリーグとはまた別口なのですが、そこには通常の興行的なバトル以外の手段を得意とする人達が集められているそうなのです。
「興行はリーグ。力の誇示としては国。区分けは出来てるんだよな、ポケモンバトルっていうフィールドの。……それこそあの頃。リーグ占拠事件があった頃のイッシュ東側での混乱を治めたのも、特務と治安維持隊の力が大きかったからな」
ポケモン保護という壁に唯一、国という力で突き刺せる剣ですからね。特務方々は。
ならばなぜ、そんな方がカナワタウンに……?
「そいつは今、監視者っていう立場にいる。立地的にカナワタウンは潜みやすいからな、色々と」
ショウさんは窓の外を眺め、遠い目をしています。
カナワタウンはイッシュの北西。街と橋と町で形作られたイッシュの輪を、大きく外れた位置にある町です。
そんな場所で、監視者。なにを見ているものでしょう。疑問の連打。
「時代の、だな。……おっ、そろそろ着くぞ」
終点、カナワタウン。
お降りの際は、お荷物の忘れがないようご注意ください。
荷物、ヨシ!
ポケモン、ヨシ!!
雨合羽の装備、ヨシ!!!
外は雨だし夜だけれど、足元注意、ヨシ!
終点の町。
立体交差を利用し、車両と人が住み分けられている町。
カナワタウンにはそんな印象があったりします。
車両の整備や新型配備のための入れ替えだとか、繋がった線路の外へ出しておく場所は必要であると判断され。
車両が集まり、人が集まった。……町が、出来上がった。
だからできれば、プラズマ団だとかそういうごたごたには巻き込まれないで居て欲しいんですよね。カナワタウンは。これ、あたしの勝手な願望なのですけど。
そんなことを考えながらサブウェイを降りてすぐ。
レンガ敷きの角を曲がって。階段の傍から……橋上をちらり!
「……うーん。流石に今は楽器、誰も弾いていませんねっ。残念!」
「あー、橋上で横笛吹いてくれてる人な。イッシュはどこいってもストリートで鳴らしてる人が居たりするからなー。好きなんだよな、あれ」
雨だし夜だし、仕方なし!
そのまま上がって橋を渡り、目的の民家を目指します。
夜のカナワタウンは
人の声よりもポケモンの声よりも、遠くで緑に覆われた車両倉庫に落ちる雨音と金音のほうが、いっぱい聞こえてくるほどです。
そんな町の奥の方。一軒家。
扉をノック。
「ここだな ―― よーす、未来のチャンピオン」
「いえ。普通にいるわよ、現役のチャンピオンも」
「お邪魔しています、ショウさん。メイさん」
「……えぇっ、トウヤさんもいらっしゃるっ!?」
あたしが取るべきだと判断したので盛大にリアクション。
鋭い視線に精悍な顔立ち。女神さんのお家以降出会っていなかった、ご同僚さんです。
そんなトウヤさんから「メイさんはリアクション、ありがとう」。お礼言われると余計恥ずかしいヤツですトウヤさん……。やや勢いを削がれつつも室内へ。
ごく普通のリビングと。
ソファと、キッチンと、テレビと。
……お人形、ふわっふわ、ゴシック&ロリータ!!!!
「こんにちわ。お初に、お目にかかるわね。……私はミィ。今はここカナワタウンで、サックス奏者をしている者よ」
「僕の恩人で、ショウさんの幼馴染み。加えてトウコちゃんの師匠なんですよ。ミィさんは」
どうやらミィさんと言うらしいゴスロリさんについて、トウヤさんからも軽く説明が入ります。
つまりは以前からの知り合い、ということなのでしょう。トウヤさんは国際警察としては先輩でして、人脈関係はあたしよりもずっと広いはずなのでさもありなん。
……イッシュの英雄の口から放たれたトウコちゃんとかいうカプ厨必見のワードは、今のところは関係ないので血涙流してスルーをしつつ……!
あたしも挨拶を返します。ミィさんへ。
この人がショウさんが目的としていた協力者で間違いは無いでしょう。
「……でも、普通の人ではないのでしょう……?」
「それは、そう。じゃないと
ソレとはショウさんを差しての言。
……この場にいるのは、国の特務。国際警察末端兼リーグチャンピオン。何でも屋。幻のチャンピオンにして英雄。
はいっ! そうですねっっ!
普通の人 is いずこっっ! 強いて言えば何でも屋!!
「元気がよろしい。……でもまぁ、時間もないわね。ささっとすり合わせを終えて、アナタ達は現地へ向かうべきでしょう」
「それもそうだなー。よいせっと」
ショウさんが壁に寄せられていたホワイトボードを持ってきて、ミィさんと並びます。
さっそくと書き込み始めた彼らを眺めながら、あたしとトウヤさんは邪魔をしないよう席についておいて。
まずはおふたり。
「―― 結論から、いうと。フーパは捕獲はされなかった。邪魔したわ。私が以前にダークライの捕獲も阻止していたし、ジャイアントホールでアクロマの研究を促進していた。睨まれはしたけれど、おかげで足跡は追えるようになったわ」
「逃げ先は?」
「ハイリンクよ。ストレンジャーハウス周辺から、追い込みがかけられる位置ね」
「うまくいったんだな、つまりは。でもなぁ、あっちも作戦込み込みだしな。
「えぇ。現地で空間を破るエネルギーの観測がされているわ。あなた達がブラックシティに入った直後だったから、先手をうたれているわね」
「逃げ足はっやいからなぁ。何を呼ばれたかまでは推測しとくか」
「それこそ、あなたの。持ってきた情報を照らし合わせるべきでしょう」
「履歴からして、探しものはフーパだった」
「……はぁ。厄介ね。一応、エネルギーの総量から予測をしておくと。2体呼ぼうとして……1体は狙い通りに成功。1体は失敗してスケールを落とした。最低限は通されている、と考えるべき」
「2体な。おっけ了解。ならここまでをメイとトウヤにも説明しておくか」
ありがとうございます、ありがとうございます……!
ショウさんからの毎度の噛み砕いた説明を、大変有り難く拝聴させてもらいます。かくあれかし。
「ゲーチスさんの目的は、フーパそのものじゃない。フーパを介して、別の次元からポケモンを呼ぶことだ」
「……僕はあまり知らないのですが。そういう実例があるんですか?」
「ある。実は国際警察も随分前に被害にあってたりするんだ、リラさんって人がな」
あれは個人での交換だったせいで、あっちとこっちで混濁したらしい……と付け加えて置いて。
「ゲーチスさんが呼ぼうとしたポケモンの種類は、今の段階だと判らない。他の地方とかの伝説のポケモンとかにとんでもないのは居るんだけど……じゃあそのポケモンを手に入れれば彼の夢を達成できるかといわれると、微妙なんだよな」
「彼の望みは人の支配。世界を、創ったところで。そのあとを支配できるわけではないものね。根本を崩したとしても、そこに居るのは人とポケモンなのだもの」
「そーだなー。しかも伝説のポケモンだなんて強大な存在を、フーパ本人がいないのに……回数限定、威力限定のフープだけで呼べるのか? っていう疑問もある。疑問って言うか、俺からすれば無理だって断言してもいい。アイツらは素直に呼ばれてくれるような、やわなポケモンじゃあない」
好敵手の健闘を喜びでもするように、にやりと笑いまして。
「こういう流れにするために、ミィには活動してもらってた。トウヤを邪魔したこともあるし、迷惑かけたな」
「いえ。あれは眉唾な情報で先走っていた自分が悪い件でもありますので」
「……あそこで、アクロマの。研究を中断されるわけにはいかなかったの。トウヤには、中断させてしまうだけの力もあったのだし」
ミィさんは小さくため息を吐き出します。
どうやら昔にぶつかったことがあるとのこと。アクロマさんがあの頃にしていた研究と言えば、キュレムさんの凍結・結合能力の調査……でしたっけ。
「そうだな。アクロマさんの場合はもうちょっと複雑で、国側からゲーチスさんの側にスパイとして潜り込ませた研究者、っていう体にはなってる。そうでもしないとキュレムの調査を進めることが出来なかったんだよ」
「ジャイアントホールで。即座に確保されていたものね、キュレムは」
「おう。ゲーチスさんがよくよく使う作戦……プラズマフリゲートっていう超特大の矢面に立たせるために、色々と連れ出されていたからな」
「国と、しては。アクロマをプラズマ団の片割れとは扱わず、あくまで被害者として扱いたいの。あの存在は国そのものの利益になり得る……と。判断されたみたいね」
「だからあの人は、今でも自由に動けてる。次のアローラの財団お付きに行きたいって言う要望も普通に通るだろーと思うし」
「アナタは。着いて、行かないのかしら」
「アクロマさんに何度かお誘いはもらったけど断ったよ。アローラはもうお邪魔した。目的のものも見れた。行く理由はあんまりないなぁ。先約束もあることだしな」
「……あっ、そうですそうです。ショウさんにはアセロラさんから伝言がありまして」
アローラと聞いて思い出したので伝えておきます。孤児院の件で、と。
斜め後ろから「アリガトー」とでも聞こえてきたような。そうでもないような。アセロラさんのゆらゆらVサインが幻視出来るような。そうでもないような。
「……観念して会うかぁ。この件とWCSが終わった後でいいかな……」
「ハァ。着いて、行くのは。決定みたい」
肩を落としたショウさんはコーヒーを口に含んで後、ホワイトボードをぐりぐり書き殴ります。
ミィさんが仕切り直して。
「ゲーチスの最初の目的。ダークライ。リバースマウンテン周辺で、実際に生息していたの。いえ。あれはプラズマ団に押し込められていた、というのが正解かしらね。広範囲に眠りの入り口を開けるというせいで、夢の世界とハイリンクとの相性がよくって。使われていたみたい。……私が昨年に阻止して、今はもう別の場所へ保護・移送されているわ」
「それに加えて、フーパだな。それら全部の企みが展開されたヤマジタウン南……リバースマウンテン周辺。崖を降って15番道路。よくよく調べてみたならば、あの周辺の橋 ―― ワンダーブリッジは、プラズマ団が主権を持って作成されたもんだった」
確かにまぁ、言われてみれば。
ワンダーブリッジのデザインというか次元というか。そういうのが違うように見えたのは、案外間違いでも無かったようで。
「『ゆめのけむり』を、使用した。ポケモンの『次元変化』に関する実験を行っていたのも。あの場所周辺にワンダーブリッジに紛れながら造られた仮設基地の中だったわ。東側の異変の時もだからこそ、長期の封鎖だなんて指示が出た。……あの橋はライフラインなのに、ね」
「つまりはまぁ、昔っからあの辺ではプラズマ団が暗躍してたんだな。……俺もそれは注視していたからこそ、ポケシフターをあの辺りに作ったわけだし」
「……その下地づくりや計画が、今になって現れている……ということなんでしょうか?」
「いや、計画それ自体は完全な成功にはならないように邪魔させてもらった。ゲーチスさんの策の巡らせかたが多過ぎて対応できてなかった分と見つけられてなかった分が、今は最終手段として使われているイメージだな」
なるほど。
追い詰めているには追い詰めているけれど、ゲーチスさんも一筋縄ではやられていないぞと。
「そーそ。……で、その最終手段がフーパ's フープによって移送されてきた2体、と」
「策は、あるのかしら」
「準備は万全にした上で現場アドリブ。いつものやつだな!」
「……はぁ。具体性はなし、という訳ね。いつもの」
再びため息。
むぅ。小気味良いやり取りが続きます。
「それなら、私は。ダークトリニティのお相手かしらね」
「じゃあ僕も予定通り、ミィさんの側で予備選力ですね」
「そっちは任せた、ミィ。トウヤ。俺はメイ連れて直接、ゲーチスさんとぶつかってみることにするよ。ゲーチスさんの周りの露払いをお願いするかもなんで、よろしくな」
「は、はいっ! お任せくださいっ!」
トウヤさんを差し置いてあたしが本丸に……というのは少し気が引けてしまいますが。
彼とレシラムは確かに、ゲーチスさんとの直接的な因縁よりは。かつての王であるNさんとの因果とのほうが、強い縁なのでしょう。
「そうだね。僕がというよりは、彼が決着をつけるべきだと思うよ。ゲーチスさんとは」
「その願いが、叶うかどうか。願いは果たして、別にあるのか。……さて。どうなることかしらね」
ミィさんがふぃっと、窓の外へと視線を向けた。
何も無いけれど。遠くの宙を見つめるように。
「……それじゃあ。私も準備が済み次第、追って現地入りするわ。トウヤはご自由に、どうぞ」
「判りました。僕はレシラムも居ることですし、すぐに配置につく事にしましょう」
「任せた。俺とメイは直接じゃあなく、崖側。ヤマジタウンでフウロに控えてもらってるんで、そこにテレポート。ぐるっと遠回りしてストレンジャーハウス裏から登坂して向かうことにしとくよ。どうせ『テレポート』は阻害なり転送なりで、直接乗り込むのは無理だろうしな」
最後に経路を確認して。
あたしも頭の中に、なんとか突っ込んで覚えて置いて。
いざいざイッシュの中心部 ―― ハイリンク!
……。
ところで。
「ミィさんのポケモンバトルの実力などは、如何なもの……なのでしょう」
深夜のカナワタウン。
周囲には人はおろかポケモンすらおらず、丁度良い機会。
気になったので、隣のショウさんへ聞いてしまいます。
なにせ幼馴染みだそうですからね。カントーズ幼馴染みが強いというのは知っていますが。それはラブコメ方面だとかそっちだそうなので。
……決してあたしの中でざわざわと、バトルマニア―の血が騒いでいるとかそういうのではないのです!
下にスパッツは履いていますが、スカートの裾を押さえてしゃがんで。
座標計算中のショウさんの周囲をふわふわ飛んでるエムリットちゃんと視線を合わせ、指で遊びつつ。
「んー……まぁいいか。ミィの場合は源氏名を使ってると思うけど、ワールドレートシリーズでは何度かレギュレーショントップ取ってるな」
「おおう。予想以上の戦果持ちなんですが……!」
思わず手元でハンドクラップ。
電脳仮想空間で行われる……ポケモン達のレベルを50に揃え、6-3見せ合い。レギュレーションがシーズンによって細かに変わるとかいう超硬派なバトルリーグです。
試合数も他リーグと比べてダントツの過酷さ。登録できるバトルチームはシーズン通して2つまで。聞いただけでもポケモンバトルの良い所悪い所が煮詰まったような感を覚えますね。
そんな場所でトップ、とは。
「それで特務とかに
「いやー、あいつの場合はもっと別だな。昔にシルフカンパニーでポリゴンの開発やっててさ。その時にポケモンエネルギー周りのごたごたに巻き込まれて、あれよあれよとイッシュまで流されてた」
ハード、ハードです!
シルフカンパニーは今でもロングセラーになっているポケモン関連商品を産み出した場所。ヒウンにも一等地に支社があるはずで……とにかく大きな会社なんですよ。
「そのくだりでゲノセクト。アクロマさん。特務。……っていう感じだったな」
「それはなんというか、お忙しそうですねぇ」
「実際忙しいだろーな。俺もこの間メイと出会った嵐の日に、5か6年ぶりくらいに顔を合わせたレベルだし」
ほう。
ショウさんは確かに、直近では世界各国を飛び回っていたと言いますし。研究仲間でもなく、仕事の範囲も被らないとなれば、そういうこともあるのでしょう。
「ミィの場合は特殊部隊だから、どっちかっていうと今回みたいな作戦の方が得意なはずだぞ。レート戦は俺らには有利が過ぎて、ステップに使わせてもらう程度だったからな」
「有利というと?」
「知識。俺もミィも、ポケモン
懐かしむような楽しむような。思わず正面から覗き込んでしまいたくなる顔をショウさんは前へと向けて、そこへ……きゅううん。エムリットちゃんががばりと飛びつきます。
「ふもご。……頭の上とか乗っといてくれ、エムリット」
「きゅん!」
「おっけ、そんじゃあ行きますか。向こうついてからも結構移動するから、ゲーチスさんに対する動きは伝えながら行こう」
「了解です!」
あたしがOKサインを出すと、ショウさんが笑って、空間がぐにゃり。
ヤマジタウンへと、跳躍したのでした。
ここからこそが描くべき場面。
この編を書いておかないと学園編で結末を迎えられ……なくはないのですが、説明というよりも理屈が圧倒的に足りなくなるのがネックで。
わたくしが書くのに時間がかかりすぎているのがもっとネック。ハイネック。
・テレポート
現行の長編では安全地帯に移動する際にしか使っていません。
つまりは主人公はイッシュのことをどう見ているのか、という。
・カナワタウン
ああいう町、めっちゃ好きなんですよね。私。
リメイクどうなりますかねぇ。
……そもそもリメイクになりますかねぇ。
・トウコちゃん
BW1の女性主人公。
今作ではトウヤ君が主人公のため、メイに対するキョウヘイ君の立ち位置。
つまりはバトルサブウェイ相方。
……なのですが、メイに対するテンマ君。キョウヘイに対するルリちゃんみたいな相手が居ないので、想像力は無限大。
全然関係ないですが、一応注釈を挟んでおくと。
今作中のトウヤ君は観覧車に乗ったことがありません。
ありません。