ポケットでモンスターな世界にて   作:生姜

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 丑三つ時。


 ふわり。と。
 何時の間にか傍らに浮かんだ黒と白が、あたしの顔を見つめていた。





 β.noise ―― 20**/0*

 

 息苦しさに目が覚め ―― 理解しています。

 あたしは今、起きて夢の中に居るのです。

 

 判ってからは早いもの。既に長い間、あたしはこの夢を見続けています。

 流れ昇る汚泥の滝。目まぐるしく降り落ちる年月と光景。

 嫌悪感と危機感と。それら真っ只中に立ち尽くし、ざあざあと覆い隠す雨粒のカーテンの向こうを、見逃すまいと睨みます。あたしはさながら、意地でも席を離れない観劇客。

 

 1996年。

 少年と少女は赤い帽子の少年が旅立ったのを見送って ―― 膝を折る。

 

 1997年。

 隣の、ジョウト地方に研究の場を移し。

 

 1998年。

 ひたすらに研究を発展させ。

 

 1999年。

 以前も見た光景だ。少年と少女が道を別つ。

 

 2000年。

 少年は妹と再びの邂逅を果たし。

 

 2001年。

 バトルフロンティアなる施設の後先 ―― それまでを見届け、少年は遠い諸国を巡り始める。

 

 2002年。

 何かを確かめるように、カロス地方を。

 

 2003年。

 何かから隠れるように、アローラ地方を。

 

 2004年。

 逃げるように、オーレを経由し、ガラル地方を。

 

 2005年。

 イッシュ地方の東側で、プラズマ団の事態の収拾にあたり。

 

 2006年。

 少女が、足りない部分を補うために動いたのを見届けて。

 

 2007年。

 あたしがプラズマ団相手に大立ち回りを繰り広げるその後ろで、彼は、実は手伝ってくれていたりして。

 

 

 ――

 ―――― そして、今日に至る。

 

 

 これらは、大変にイジワルなことに、彼の行動の仔細を教えてはくれません。

 ただ、結果だけが流れ込んでくるような感覚です。

 ただただ、彼が駆け抜けた年月が過ぎ去って行くような感覚です。

 

 ここはハイリンク。想いの、エネルギーの集積地。

 残された人やポケモン。誰かしらの感情をもとに。年月を経て劣化を繰り返した情報なのでしょう。

 致し方ありません。それでもこうして残っていると言うことは。大多数の人やポケモンらが今も忘れない、強く印象づけられている記憶という事でもありますが。

 

 この記憶が。

 たかがひとりの、少年の歴史が。

 

 来るべくしてここへ来た、と以前にあたしは推測していました。

 おそらくその勘は間違ってはいないのでしょう。

 誰よりもあたしは、あたしのためにここに居るのだと。そう思います。

 

 映像はどこまでも不鮮明。ノイズ混じりの砂嵐。

 しかしながら、ここまでの長さ見続けていた甲斐もあってか、映像は少しずつ最近の……多少なりとも鮮明なものへと変わってゆきます。

 

 2008年。

 カノワタウンを出て。時間が合わなかったのでスーパーシングルで時間を潰して。

 ―― そして出会う。

見知った、鏡でよく見る顔の、あたしと。

 

 追いかけて来た少年の歴史は、この人のもの。

 かつては少年だった。今のあたしよりも年下な、しかし大人びた少年。

 今は23才彼女なし、何でも屋 ―― ショウさん。つまりはそういう事でした。

 

 振り返ればひたすらに悪路なその道程を、吐き気をこらえて見届けます。

 ため込んだ息を思い切り吐き出し。身体をずり落として、あたしは劇場の天井を見上げました。

 

 頭上を覆い尽くして余りある、黒の雲。

 そのひとつひとつに少年が積み重ねてきた、ばらまいてきた(まばゆ)さがちらついて、星の河を成している。

 暗さに負けじと輝くも、陽や月ほどの明るさも持てずに、それでも、集まって。

 

 果てしない。果てしなさ過ぎる。

 どれだけを重ねて、どれだけを広く、どれだけをリピートすれば……これだけになるのだろう。これだけの輝きを放てるのだろう。これだけの熱量を持てるのだろう。

 

 果てしない時間の間、けれどその長さを忘れる程に、あたしはただただ眺めていました。

 彼のポケモンに曰く……少年にとっての悪夢にカテゴライズされる、きら星のような時間の数々を、無限に近い間。夢の中で。

 あいむ、すたーげいざー。……いや、ほんとなんですってば。

 

 そんなノリツッコミを入れた機会を見計らってか。

 黒い雲を足元で揺らめかせるポケモンが、あたしの感情(・・)を覗き込んでは言う(ふるわす)のです。

 

 彼は役目をここで果たした。

 この後の物語(じんせい)は、ぼろぼろのばらばらの薄氷だらけで、道の(てい)すらも成していない。

 

 側役を担っていた彼女も役目を果たした。

 彼女は歩くことを放棄し、なんとか未開の惑星に不時着をしてみせた。

 

 ずっと見て来た私や彼や彼女(たくさんのわたし)は、彼らを助けたいと思っている。

 せめて道を選ぶ権利を。歩きたい道を、選ぶことすら許されない彼に。

 そうなるため、少しでも可能性が高いのが ―― あたしなのだと。そう、言われました。

 

 恒星が回る。地平に居ないのに夜が明ける。

 あたしの足元に、最期(・・)の映像が浮かびます。

 天井は過去の星。そこを辿って下、足元。

 過去に連なった先 ―― 可能性の未来。

 

 星雲やら何やらがうにょんと浮かんだ、亀裂の入った空間の穴(・・・・)

 そこへ自ら吸い込まれて行く、ひとりの少年の姿が ―― 消えた。

 


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