□14.
最後の4つめは、自然保護区の調査……というか定期訪問というか。
さて。自然保護区とか言う壮大な名前を冠してはいますが、要はイッシュの中でも特に奥地。山間に囲まれた土地に拓かれた、ポケモン達の楽園です。あたしも色々とありまして、そこに入る権限を頂いてはいるのですが。
「ここ、調査をお願いされて
「ノォォン!!」
あたしの斜め前で、オノノクスが嘶きます。
その体色は ―― 黒。この子、なんと色違いのオノノクスだったりするのです。
……っとぉ!
「スワッ!」
「―― ノォン!!」
索敵。樹上から飛来したスワンナさんに、真っ先にオノノクスが立ち向かってくださいます。
合わせて ―― 『りゅうのまい』、そして『げきりん』!!
「オノノノノォォ!」
遠距離からの『みずのはどう』を、どうせ効果はいまひとつなので真っ正面で受けておいて、積み技で速度と攻撃力をマシマシ。鱗逆撫で、オノノクスは突貫します。
「スワッ!?」
「―― ゲゲタゲッ!?」
スワンナと ―― その奥で漁夫ろうとしていたタマゲタケを弾き飛ばします!!
オノノクスは
「ガンガンいっていいぞっ ―― ジュナイパー! ベロベルト! ウーラオス!!」
「ジュホーウ!」「んべろ」「ッシャウラァ!」
まぁ、あたしの横ではショウさんがそれ以上の速度でポケモン達を退けてくださっているんですけれどね!!
単純に、指示を出せるポケモンの絶対数があたしよりも多いです。ジュナイパーが翼を開きながら木の矢を射放ち、ベロベルトが丸さを活かして肉弾、前線。隙を縫ってはウーラオスが強烈な一撃を放ち、遊撃。見事なまでのコンビネーションです。
(サイン指示……? でも、それだけではないですよね)
しばらくじっくりショウさんを観察。その技量を盗んでやりたい、あわよくば癖とか見つけたい(強欲)。
そんな風に欲望丸出しで観察していると、ショウさんはポケモン達にタイミングくらいしか指示をしていないような気もします。……なるほどなるほどぉ。3体同時に管制をするために、ポケモン個々が覚えられる数多くの技の中から、おおよそ使うものを数個だけ決めて……簡素な合図や単語で指示が通るようにしているんですね。なんとも効率的です。
あたしとしても、例えば「ローテーションバトル」なんかは3体同時に動ければなぁと思ったこともありますけれども。それはトレーナー側がもの凄く大変というのは理解していますからね。やってみてパンクしました(苦い)経験がありますのです、はい。……そもそもこういう多数のポケモンを扱える技術は、野生ポケモンやゲリラ戦では役に立ちますが、昨今の競技シーンにおいてはあまり出番のないものですからね。希少なのです。
周辺の野生ポケモン達をおおよそ退けるまでに都合数分。ショウさんは小さく息を吹き出すと、周囲警戒をジュナイパーに任せ、本来の目的の達成を目指すご様子。
「よーし、そんじゃこの辺りで良いかね。……はろはろ。マコモさん、マコモさーん」
『ハンチョーは姉さんって呼ばないと反応しませーん』
「嫌だよ。なんでだよ」
『別にー? ハンチョーの国の言語的にはぁ、年長の女性を呼称するのに姉さんという単語を使うのも、間違いじゃあないんじゃないですかぁ?』
「職場の同僚をそうは呼ばんだろ」
『もう同僚じゃあありませんー』
「それだと尚更マコモさんで良いだろ」
『……確かに。親密度は下がっていますねぇ……』
中央付近にまでくると、ショウさんはライブキャスターでもって眼鏡の女性研究員さんと通話を始めました。会話はここまでは聞こえませんが、どうやら研究員さんかそれに近しい立場の方のご様子。ここに来た目的……謎パワー観測機器の設置をする場所の目安をつけてもらう積もりなのでしょう。
あたしは、その後ろ数メートル。オノノクスと一緒に周りとちらりと見渡します。要するに周囲警戒です。先ほどの圧倒的なバトルを見せつけておいたので、物音によって集まった野生ポケモン達も、尻込みしてすぐには近寄ってこない筈という目論みはあるのですけれど。
すると、あたしのさらに後方。この「自然保護区」へ来るためにチャーターした飛行機からひとりの女性が此方へ歩み寄ってきます。
「―― どうかな、メイちゃん。調査の方は順調そうなのかな?」
「あ、どうも! ご無沙汰してます、フウロさん!」
やや日に焼けた健康的な肌とナイススタイル。フキヨセカーゴの貨物機操縦士、兼、フキヨセシティジムリーダー ―― フウロさんのご登場です。
バトルをしたり、ヤマジへ送ってもらったり、その後にこの自然保護区へ連れてきて貰ったり。出会ったのは2年前でしたが、なんだかんだであたしとの交流も多い方です。
……まぁ、友人というには少しばかりお姉さんがすぎる気もしますし。そもそもフウロさん自体、ジムリーダーを数年来務めていらっしゃるご才媛(ジムリーダーは引き継ぎは楽でも、公認資格の維持がとても大変です)。あたしの立場がリーグの顔、チャンピオンという事もありまして、間柄は仕事付き合いというのが正確なのでしょうねぼっちじゃないもの。
彼女は手を
「昔から、誰よりも ―― ううん。どんなトレーナーよりも、どんな研究者さんよりも。ポケモンを追って、世界中を駆け回っている人ですからね。ショウさんは」
なんとなーく、苦笑している風味のフウロさん。
あぁ……やっぱり昔からのお知り合いなのですかね?
「うん。それこそ、アタシが子どもの頃からイッシュには来ているみたいです。ホミカさんの
「なんともそぐわない単語がちらほら聞こえますね……?」
「アハハ! かくいうフキヨセカーゴも、ショウさんには昔からご利用頂いています! お得意様という奴ですね。研究機材の運び出しや、こういった『ハイリンク各所の自然保護区』に出張なさる際には、アタシが運転手を務めなければならないですからね」
まぁ、イッシュという一地方だけでなく、この国は広大ですからね。貨物の空輸は有用だという事なのでしょう。
それはそれとして。ショウさんのイッシュ地方におけるあれこれはおいておくとしても……フウロさんの言う通り。実はここ、『自然保護区』はハイリンクの中にあるのです。
ポケモンが話したり、リンクツリーによって隔てられてはいない……しかし自然が残された場所。ハイリンクの解析が進むことによってようやっと判明した、ポケモンと自然の楽園。それこそが自然保護区という訳です。
特に珍しいポケモンが住んでいたりする訳では無いらしいのですが、どうやらそれこそデルパワーに代表されるような不思議エネルギーに満ちた場所ではあるらしく。許可を得た人しか足を踏み入れることは許されていない、という流れなのでした。だから飛行機も、リーグから権限を受諾されているフウロさんが運転するしかないのですよね。個人チャーターに慣れてきた自分の金銭感覚の乖離が怖い気しますあたし(震。
「プラズマ団の動向の調査を手伝ってるんだって、メイちゃん?」
「あっはい。ご存じでしたか」
「そうだね。ジムリーダーとして……というよりは、飛行士のひとりとしてって言った方が適切だね」
うろたえるあたしをみかねてか、フウロさんは話題を変えて、そう切り出してくださいます。
いつもそこに居る、空を見て。
「……雨、今年はすごく降っているよね?」
「はい。地崩れや氾濫の報告があまりないのが、ありがたいですけれども」
「その辺りは専業のポケモン達が頑張って土木工事で対策してくれてるからってのが大きいかな。……にしても、今年は梅雨が長いのです。天候は重要ですから、アタシが今回ショウさんからの依頼を引き受けたのは、会社のためでもあるんですよ」
話が飛びましたねぇ。
……うーん、つまり。この案件、というか。あたし達が現在国際警察の手足として調べている件 ―― プラズマ団との決着に関する案件は、今年のイッシュの気候の異常にも影響しているという事でしょうか?
「さっすが、回転がはやいね! そう。これはきっと、残された最後の課題なんだと思うな!」
「ははぁ、課題ですか」
フウロさんの仰ることは難解です。誰にとっての、何をどうすれば達成なし得る課題なのでしょう。おそらく、それを察する所からして、なのでしょうけどね。はい。こういうのは、相場が決まっているのです。
……とはいえヒントくらいはください、ヒント!
「アタシも詳しくは知らないけれどね。空の模様を肌で知っている分、少しは他の人よりも敏感だよ。メイちゃんなら、イッシュ地方で嵐を起こすポケモン達のことを知っていると思うけど」
「一番に思い当たるのは、ボルトロスさんたちの事でしょうか」
こうしてすぐに名前が出てくる程度には、あたしも考えてはいます。イッシュ地方に降り注ぐ雨。無論、四六時中という訳ではないのですが、今年度の総雨量は平均を大きく超えているとも。
いわゆる、異常気象。そう
ただ、この世界には。天候すらも容易く変えてしまえる、不思議な不思議な生き物 ―― ポケモンが居るのです。これら降雨を(継続時間は別として)、情報の少ない内から異常気象と断定するよりも、そちらが原因であると考えるのが筋というもの。
ライモンシティでも真っ先に思い浮かんでいた、ボルトロスさんとトルネロスさんの喧嘩による、大嵐。イッシュ地方に広く伝わる伝承です。ホウエン地方までみれば、太古のポケモンによる大規模災害もあったようですが……規模で考えれば、イッシュに伝わるこのお話の方が現在の状況には近いので。
だとすれば引っかかるのは、現在の天候があくまで「雨」「豪雨」程度に収まっている点……くらいでしょうか? 伝承の文面によれば、2体の喧嘩によって引き起こされる現象はそんな生半可な表現ではなかったハズ。
「うん、アタシの考えとおんなじ! 今は嵐というほどに風雷は強くはないよね。だからその『力を振るう理由』に乏しい、って考えてしまえば良いんじゃないかな」
「……異常気象よりは、ポケモンの仕業と考えた方が身近で。ポケモンの仕業だとするならば、伝説のポケモンによるもので。だとすれば、何らかの原因があってその気象を変える能力が全てふるわれているわけではない ―― だから雨という具合に留まっている。こういうことでしょうか?」
「はい、アタシはそう考えています。いえ。感じています、かな? だって、地域の気象全部を変えるなんて巨大な力が1か0かの両極端だなんて、そんなことはないと思うんだ」
それもそうですね。しっくりきます。
だとすれば、ボルトロスさんとトルネロスさんの喧嘩……に満たないにらみ合いみたいなものが起こっていると仮定しまして。
「その理由は……? フウロさん、心当たりはありますか?」
「ウン、一応は。前例を考えれば、明白ではあるかな。……ずっと前のカントー地方で、全域を巻き込んだポケモン達のスタンピード事件がありました。その翌年に、鳥ポケモン使いの間で『幻の翼』って呼ばれてる伝説の鳥ポケモン達が現れたそうなんです。さらには触発され、ジョウト地方でも伝説のポケモン達が次々に励起した、と。―― それがそのまま、今のイッシュ地方にも当てはまるのではないでしょうか」
最後に「伝説と呼ばれる鳥ポケモンが関わる事象だから知ってるだけなんですけどね」と舌ペロ。茶目っ気を見せてくださいますフウロさん。
成る程。事件など、何らかの刺激が引き金となって……強大な力を持つポケモン達が目覚めるなり行動を起こすなり。それが連鎖して行く、という現象ですか。
言われてみればイッシュ地方には当てはまりますね。ジャイアントホールでキュレムが目覚めたのは、プラズマ団が大きな悪さをした翌年でした。さらにはそのキュレムもまた翌々年には利用され ―― ああ、つまり。
「これもまたプラズマ団から始まった一連の事件が及ぼした影響の余波、かも知れないということなのですね」
「ウン。ショウさんが駆け回っているって言うことは、伝説のポケモンが関わっている可能性が高いと思います。もしかしたら、既にあたりをつけているのかも知れません」
フウロさんは、遠くであーだこーだと機器を傾けているショウさんの背を眺めながら。そんな風に……。
……いえちょっとまってください。どうして、伝説のポケモンと……。
「
仰るフウロさんの瞳には、確信にも似た信頼が宿っていられるように感じられます。
そうなのですか? ……そうなのでしょうか? なぜそんなことを、ショウさんは自ら……?
困惑に包まれるあたしの目前。時は過ぎ、霧は晴れ、イッシュの地平線へと太陽が沈んでいく頃には目的も達成され……いつしか調査も終了と相成っていました。
―― さて。これにて、修行回および日常回は〆。以上があたしとショウさんが過ごした忙しき1ヶ月の準備期間となります。
いよいよ明日からはWCS本戦の始まりです。
ショウさんにはホドモエの女神ハウスに滞在していただきながら、引き続き大会中もあたしのトレーニングパートナー兼コーチを務めて頂くことになりました。
大会はポイント方式。3日間の間、数チーム毎に分けられたブロックを転々と入れ替えつつ、それぞれの地方代表と戦い。稼いだ勝ち点の総計で争うことになります。
ブロック分けも先日発表されましたね。意図せずしてガールズチームとなったあたし達イッシュチームの1回戦は「ガラル地方」、「アローラ地方」、「カロス地方」のグループで争うことになるようです。先日組み分けのくじを引いてきましたリーダーあたし。アイリスさんもカトレアさんも、そのポケモン達も戦意十分で楽しい大会になりそうな予感がしています。
大会の推移についてはおそらく皆さん予想は一緒で、絶対王者たるカントー地方こそが優勝候補。次点で歴史に勝るジョウト地方でしょうか。
カントー地方を要するかのお国は、そのリーグ数の多さと学問の歴史、またポケモンバトルの活発さ等々。リーグのレベルが高い理由が存分に盛り込まれておりまして。世界におけるポケモンバトルランキングはぶっちぎりなのですよね。今回の大会でも猛威を振るうことでしょう。
……あ。このランキングは国が要するポケモントレーナーのポイント数によって順位づけられるものなので、絶対数が多いととても有利になるのですよね。カントー、ジョウト、ホウエン、シンオウ。あとはポケモンレンジャーが活躍する地方なども有るようですが、あのお国は兎に角トレーナーとポケモン達の質が優れているのです。そういう意味では面積と人口で圧倒的に勝る我が国も、いまでは追いつけ追い越せなムードが漂っていたりするのですが閑話休題。
ショウさんと共にトレーニングに励んだりお手伝いしたりしたこの1ヶ月は、とても目まぐるしく忙しく大変な物でした。……まぁ、忙しさと同じくらいに楽しさを感じているのですけれどね!
楽しさの一番の要因は、やはりショウさんとバトルが出来ることでしょう。ショウさんはトレーナー歴が長いだけあって、ポケモンとの連携が取れているだけでなく……それぞれの特徴を掴んだバトル回しがとてもお上手です。そこに加えて、そもそも手持ちポケモンの数が3桁を超えて更に膨大だとなれば、その凄さも伝わってくれるでしょうか。あたしでも、本格的にバトルでの活躍を狙えるポケモンは30体くらいが限度なんですけれどね?
イッシュでしかポケモンバトルを知らないあたしやそのポケモン達にとって、果てしなく刺激的な毎日。
だからこそ、楽しい。見たことのないトレーナー、技術、ポケモン、技、特性。輝ける宝物。
自分の見ていた世界が際限なく、綺麗に、虹色の光彩がぶわーっと広がってくれるような感覚に……存分に浸ることができてしまう。
これは昨年、イッシュ中を巡って旅していた時と同様の感覚でした。新しい物を見るのが楽しい。知るのが楽しい。こういった感情はやはり、あたしにとって最大の原動力なのでしょうと実感できていますもの。
その楽しさの環状線における ―― ひとまずのターミナル。
明日からはとうとう、あたしがイッシュ代表として参加する、WCSの本戦が始まります。
雨がしとしと、
大会への期待を胸に、あたしは本日も床に就くのでした。
はい! はば、ぐっない!!
各話の後書きを忘れていた(というか間違って消去していた)ので、後々思い付いたら足しておきます。
キャラ紹介と補足くらいかなぁと思いますけどね。
・フウロ
BW、BWともにフキヨセシティのジムリーダーを務める女性。専任はひこうタイプ。
貨物機のパイロットで、切り札はスワンナ。
やや日に焼けた肌から活発な印象を受けるし、実際その通り。ジム内の大砲の仕掛けをみるとあれな人にも見える。
口調は凄い難しい。
・ボルトロス
何回かボルボロスって書いた。多分、全部直した。
・幻の翼
FRLGのモブトレーナー(とりつかい)の台詞より。
他にこう呼んでいるキャラは多分いなかったはず。じゃあなぜそんな呼称を……?
・自然保護区
BW2で初出。図鑑を埋めた後に許可が出て、フキヨセカーゴから出立できる場所。
高レベル(だが別段珍しい訳でもない)なポケモン達が出現する森、野原。河川に囲まれた土地である。
イベントらしいイベントはただひとつ。色違い(黒)のオノノクスを捕獲することができます。
ハイリンク内というのは独自設定なのであしからず。
R2/09/14
今話まで実施していたアンケートへのご協力ありがとうございました。
所感などについて活動報告に「活動他:~」のタイトルで書きましたので、それが気になったりする方や暇な方(暴言)はどうぞ。