ポケットでモンスターな世界にて   作:生姜

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□10.ホドモエシティにて ― お見送り方々

 

 

 □10.

 

 

 ――

 ――――

 

 

「さて、リーグチャンピオン。これは個人的なお礼ですが、あのゾロアを育ててくれて ―― ありがとうございます」

 

 

 女神姉妹のお家を出た所で、見送りに出てきてくださった(元)六賢人のロットさんが、あたしに一言。

 昨年あたしが旅の途中にここホドモエを通った際、プラズマ団の軽い茶番(ごたごた)に巻き込まれまして。かつてプラズマ団の幹部同僚であったこの方は、迷惑料兼あたしの旅の助けにと、中々出会えないポケモンであるゾロアを預けてくださったのですよね。

 その時のゾロアも、今はゾロアークになりました。あたしは腰につけたモンスターボールの1つを差し出しまして。中でゾロアークがガッツポーズ!

 

 

 ――《カタタッ!》

 

「この通り、元気にしていますよ! ゾロアークの特性はかなり珍しいですし、初見で見破れる人はまずいませんからね。特に対面のないトーナメントで頼りにさせてもらっています!」

 

「それは良かった。その様子では心配なさそうですね。……正直私は門外漢な部分が多いですからね、バトルについては。ポケモンが……いいえ。そのゾロアークがバトルを楽しめているのなら、かつての王も嬉しく思う事でしょう」

 

「―― ロットさんは、ポケモンをお持ちではないんですか?」

 

 

 なんだか気になってしまった部分へ、ちょっとだけ突っ込みを入れておきます。

 

 

「いえ。ご不快な思いをさせてしまうかもしれませんが……」

 

 

 視線を斜めに外し。

 あたしは、この曇天の中でも元気な……家の裏で遊ぶポケモン達と子ども達を一瞥しまして。

 

 

「昨年お伺いしましたし……じつはあたし、その『王』さんとも会っているんです」

 

「……成程。Nから聞いたのですか?」

 

「ええ。あなた方の事は少しだけ、ですけど。そしてこの間、ショウさんから3年前にあなた達がリーグ占拠事件の際に行った……えぇと、やらかしの事も」

 

「……はは。素直に悪事と言っても良いのですよ?」

 

「むぅ。せっかくぼかしましたのに」

 

 

 その反応は此方の頬が膨まざるを得ないですけど……少しでも笑ってくれたのなら良いですかね。

 だので、続けて。

 

 

「彼はきちんと先を見ていましたよ。やりたい事もあると言っていました。探し人……という訳でもなく、恐らくトウヤさんの事なのでしょうけど、あったら言いたい事もあると」

 

「ああ……彼らは相変わらずニアミスしているのですね」

 

「はい。絶妙にすれ違ってますねぇ」

 

「……せめてNが通信機器を持ってくれていれば、伝えることも出来るのでしょうけれども」

 

 

 それも野暮でしょうか、とロットさんはこぼします。

 偶然ではなく彼らの力で出会ってこそ、と言いたいところですけどね。もどかしいのはよく判ります。はい。

 

 

「さておき。兎に角ですね。彼は既に向き合えていましたよ、とお伝えしたいのです」

 

「私も、ポケモン達と向き合うべきだと?」

 

「どうでしょう。贖罪というのは、あたしには難しいので何とも言い辛いですけど ――」

 

「―― がぁが」

 

 

 いつの間にか、ロットさんの足元に一羽のコアルヒーが歩き寄ってきていました。

 跳ね橋から遊びに来ている野生ポケモンなのでしょう。ですけれど子どもたちといつも遊んでいるからか、非常に人懐っこい様子で……ロットさんをとぼけた顔で見上げています。

 

 

「そういうのは置いといて、そのコアルヒーはあなたと遊びたそうにしていると思うんです!」

 

「がぁぐわっ!」

 

 

 あたしの言葉に同意した様に、コアルヒーが翼をばさっと広げてロットさんの古びた革靴を(くちばし)でつんつんし始めます。

 ロットさんは、そんなコアルヒーをしばし呆然と眺めていましたが……恐る恐る手を伸ばし。

 ……腕に抱いて。

 

 

「ぐわぁ」

 

「……ああ、成程。これは当然、言葉だけでは打ち破れる筈もない。だからこそ私達は……」

 

 

 何かしら ―― 沢山の感情を混ぜ込んだ表情で、ロットさんは立ち竦みます。

 まるで初めてポケモンを貰った、あの高台でのあたしの様な。期待と不安とでどうしようもなく、今にも走り回って地団駄踏みたいような。

 暫くして、コアルヒーが「がぁぐぁ」と鳴きました。ロットさんはふぅと息を吐いて。

 

 

「……貴女は今、私に進むべき道の一端を見せてくださいました。だから私も正しい賢人の在り方のひとつとして、貴女の手助けとなるであろう言葉をお送りさせて頂きます」

 

「……? なんでしょう」

 

 

 憑き物が少しだけ削れたような笑顔で、言葉を続けてくださいます。

 

 

「あなたは若い。私は、貴女よりは年月を経ている。だからこそ身をもって理解しています。贖罪というのならば、社会的に償う方法があります。ですが後悔というのは、何時になっても引きずるものです。それを傍から眺めているだけの他人が『払拭してもらおう』と願うのは、本来虫の良い話なのかもしれませんが」

 

「……えぇと……ごめんなさい……?」

 

「はは! いえ、先に言った通り貴女の言葉は確かに私に光明を示してくれましたよ! お気になさるな。……貴女が気になっているのは()の事でしょうから、貴女よりも以前から。私ら賢人とは既に10年来の付き合いとなった彼について、少しだけ示させてもらいます」

 

 

 彼……という単語よりも、「気になっている」の方で心当たりがあってしまいます。

 それは確かに、アドバイスを拝聴したい所です。あたしは面持ちを神妙なものに引き締めまして。

 

 

「貴女が彼の憂いを払いたいと願うならば、共にいる事です。彼と同行したのでしょう? ならば知っている筈ですからね。彼は『まっすぐ強く、そうあれと想える人間』だ。いずれにせよ時を経てこうして再び世間に出たのならば、あとは彼自身の力でどうとでもなりましょう」

 

「はい。それはあたしもそう思います。あ、まだ過ごした時間は少ないので、印象なのですけど」

 

「ならば判りますね。彼もいずれ、進む道を決める事でしょう。ただそれは、『彼だけ』で決める必要は決してないのです。かつてのあの組織が集団の力を求めた様に。かつての我らが衆愚と罵った人々を利用し、返り討たれた様に。彼の進む道を一緒に見ることが。そして一緒に進むことが出来るのは ―― こうして今、共にいる者だけなのでしょうからね」

 

 

 そう仰りまして、ロットさんは、ふとあたしに視線を合わせます。

 むむむ。なんだか期待をされているような。やたら生暖かいパワーを感じますね(デルダマください)。

 とはいえ、ショウさんにはコーチ兼マネージャーもお願いしていることですから、最低でも2か月は一緒に居ることになるでしょう。その間に少しでも彼の事を理解できるのなら越したことはありません。

 そもそも、ロットさんは道を選ぶとか大仰な言い方をしていましたが、それは皆が皆同じこと。当然のことなんです。人間だとか、ポケモンだって同じだと思いますよ。

 例えショウさんが……そうですね。別の世界から来た人だとか、そういうのだったとしても。今ここに居る以上は、あたしのコーチさんに違いはないのですから。

 

 ……えぇ。突っ込みはご最も。むしろよくここまで耐えてくださいました。

 未だ現在、コーチ就任の件は保留されているんですけれどねっっっ!?

 

 







「……遂に行くのですか?」

「ああ。またこれから拠点持たず(ホームレス)だ。ありがとなバーベナも、ヘレナも。女神姉妹には世話になったよ。あんまり手伝えなくて、悪いかったなー」

「……ええ。人手については、最近はトゲトゲ髪の男の子なども手伝ってくれていますから。気遣いなく。……。……あなたは5年もここを拠点にしていましたが、今のここはショウの家でも、国際警察の溜まり場でもありませんから。次はきちんと計画立ててきてください。事前連絡も……旅の途中での報告も、忘れないように」

「それは確かだね。皆心配するからね? でもまぁ元々、この家の所有権持ってるのはショウだし……それに今キミは、私達の友達だし。あと子ども達とも遊んでくれるから、泊まるなら歓迎するからね」

「おう。あんがとな! そんじゃまた、その内に顔出すよ。じゃなー」

「……」

「……」

「……ねぇ」

「……なんでしょう」

「ショウ、行っちゃったよ。バーベナ。良いの? 引き止めなくて」

「悩んだ末に彼が選んだ道です。それを尊重こそすれど、わざわざ引き止める理由はありません」

「良いのかなー。ねぇ、愛の女神?」

「良いのです。世は全て事もなし、ですよ平和の女神。それに……」

「それに?」

「彼は前に進もうとしています。今回こうして、人の目に触れる場所へ出てきてくださった(・・・・・)のが証左。何か転機があったのでしょう。それが時か、場所か、人か。……判りませんが」

「……うん」

「私はこの場所で願っています。この兆候が、啓示であると信じています。―― ここはもう、彼が恐れた暗闇ではないのですから」

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