ポケットでモンスターな世界にて   作:生姜

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 草木も眠る丑三つ時。


 すぅっ。と。
 何故か見る者を不安にさせる影が、頭上を通り過ぎる。


 α.noise ―― 1999/04

 息苦しさに目が覚めた ―― 気がしました。

 

 嫌悪感と危機感に、あたしは身体を起こします。

 目はぼんやりながらも光を捉え、ざあざあと降り続く雨音が響き、肌は生ぬるく薄暗い空気を確かに感じ。

 

 しかし、声は出ません。

 

 この感覚に、あたしは覚えがありました。

 イッシュ中央部に位置する解析不能のエネルギー異帯……ハイリンク。または、ドリームワールド。

 様々な人とポケモンが行き交うイッシュ。この地に偶発的に出来上がった「エネルギーの集積地」。そこに存在する研究者達にとっては格好の題材。観測は可能で、確かに存在はする……だのに、ポケモントレーナーやそのポケモン達が偶然迷い込むことでしか踏むことの出来ない地。それが、ハイリンクと呼ばれる場所です。

 あたしも、ハイリンクには幾度も踏み行ったことがあります。プラズマ団が再び活動していた昨年には、特に顕著に行けていたと思います。

 しかし少なくともあの事件が集結して半年以上、今の今まで、このハイリンクにお目にかかることは無かったのですけれどね。

 

 とはいえ、今現在あたしはハイリンクに用事はありません。ポケモンの捜索や捕獲をするタイミングではありませんからね。……理由は、ない、筈なのですよね。はい。

 ここに居てもすることが無いのならば、脱出の一択。ぼんやりと自覚はしながらも、あたしは周囲を確認します。

 いつにもまして不明瞭な視界。出入り口の役目を果たす白黒の樹も、今は見つかりません。これは仕方の無いことでしょう。なにせ迷い込んだのは、あたしの側なのですから。

 こういった場合、脱出する方法は、ハイリンクを出現させた原因を解消するか……ハイリンクが、その役目を全うするか。

 そう。用事は無いと思うのですが、しかし。この場所に来る時は、決まって、来るべくして。何かしら「引き寄せられるべき要素」があってこそ来られるイメージがあったのですよね。

 だとすると……。

 

 

『ざざ、ざ。―― ! ―― 』

 

 

 そう思っていると、何か不鮮明な音、ついで、映像が目の前一杯に広がっていきます。

 ちょうどこの間の自宅で、薄暗いリビングで昔のニュースを見ていたような。不鮮明だけどそれだけが響く。そんなイメージ。

 響いていた音は、雨音に似たノイズを少しずつ薄めてゆき、突如、ぴたっとフォーカスが合わされた様に、映像も鮮明になります。

 ええ。くっきり解像度になりました、が、しかし。……どうやらそもそも、映し出されている『もの』自体が薄暗い様子。

 そうする他にない ―― 観客席にただ座るお客のあたしは、ぼんやりと、それを眺めます。

 

 

『―― ざ、ざざ。―― はぁ』

 

『ざ、ざ。―― どうするの ―― かしら』

 

 

 暗い部屋の中で向かい合う、小さな男の子と、女の子。

 明かりは薄く、両者ともに顔つきまでは判別できない。

 男の子の表情は、どこか ―― 諦めたような。

 女の子の表情は、しかし、鉄面皮。

 ため息をついた男の子へ、女の子は続けて声をかける。

 

 

『続ける ―― かしら』

 

『いや ―― 終わりだろ。―― に、これはこれで ―― だ。原作と ―― 悪くない』

 

『―― はぁ』

 

 

 笑う男の子の目の前で、今度は女の子がため息。

 男の子の笑顔は傍目に見ても、ひいき目に見ても、無理に浮かべたものでしたから……男の子を心配する女の子としては当然、ため息もつきたくなるもの。

 視線を交わさず、表情を落とす2人。

 強い落胆の、諦めの感情。

 これは何かが、既に、終わった。そんな一場面だった感がある。

 きっと……ふたりにとって、とても大切な何かが。

 

 

『仕方が、無いわね。―― 動かす役目は ―― 目立たず私も ―― 』

 

『なら俺は ―― だな。裏方 ――』

 

『―― だわ ――』

 

『―― が、地方に隠遁 ―― ざざ、ざ、ざざざざ ――』

 

『ざざざ、ざ ―― ええ。決まり ―― ざざざ』

 

 

 今日はここまで。

 そう言わんばかりに、ノイズが急速に濃くなってゆきます。

 はじき出される感覚。

 映像が遠のき、音声が遠のき。

 話し合いを終えた、女の子と男の子の距離が遠のき ――

 

 落ちて行く景色の中。

 最後に、ふと、偶然、薄暗い部屋の片隅。

 部屋の中にかかるカレンダーに焦点が合いました。

 

 1999年の4月。

 

 今のは……9年前の……出来事……?

 

 


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