ポケットでモンスターな世界にて   作:生姜

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■7.ホワイトフォレストにて ― 夏の夜語り

■7. ホワイトフォレストにて ― 夏の夜語り

 

 

 2005年。

 それはイッシュ地方の……特にポケモンリーグにおいては大きな事件があった年。

 プラズマ団によるイッシュチャンピオンリーグの占拠。そう。協会が紛れもない迷惑行為を、「許してしまった事例を作り上げてしまった年」なのです。

 ポケモン協会というものの権利はここイッシュ地方では割と曖昧なものではあったのですが、それはそれ。ここで問題となるのは犯罪集団にポケモンバトルで敗北した挙句、各地のジムリーダーを収集してまで事態の解決にあたり。それでも足りなかった戦力を補う……所か、協会員ですらない当時15歳の少年が、プラズマ団の首魁を撃破してしまうという顛末を迎えた部分にあります。

 責任問題がどうとか。協会はポケモンを戦力とは捉えていない、とか。

 そういう理屈はあるものの、いずれにせよ悪事を働く集団に負けたという汚点を被った事に変わりはありません。

 ショウさんはそんな風に、概要を掻い摘んで話しつつ。

 

 

「まぁ、その事件なんだが……メイは面識もあるはずだな。プラズマ団のボス、ゲーチスさんは」

 

「はい」

 

 

 私は無駄に力強く頷きます。

 何というか、悲しい人だなぁという印象が強い人でした。ゲーチスさん。

 

 

「何となく予想は付いているんです。あたしが解決した事件の前哨戦 ―― 2005年のリーグ占拠事件も、あの人が黒幕さんだったんですよね?」

 

「そうそ。息子をイッシュ建国神話の王に準えて持ち上げて、地方を力で制圧しようとした、って。そんな事件だったんだよ。表向きにはポケモン解放運動なんてのを行って、真っ先に楯突きそうな一般トレーナー勢のポケモン帯同率も下げるとかいう下地作りをするくらいにゃ計画的だったんだ。まぁ、あれ、あんまし上手くはいってなかったけどな。労力の割に」

 

「ほう。3年前の事なのに、まるで見てきたように言いますねー」

 

「ん、見てたぞ?」

 

 

 私のかまかけに、ショウさんは意外にあっさり。

 ……ふむ。

 

 

「ショウさんはカントーのご出身なのでは?」

 

「まーそうだけど。つっても俺、23才の何でも屋だぞ? カントーばかりに居ちゃあ実入りが悪いし……ここ最近は確かに、イッシュでの仕事が多いけどな。昔のオフィスも使えるし、都合が良いんだよ。ここらだと」

 

 

 追撃もあっさり、正直にいなされてしまいます。むぅ。何となーく、もやっとしますね。

 しかしながら話の主軸はプラズマ団について、なので話題を蒸し返すのも。そう思っている内に、ショウさんは仕切り直します。

 

 

「でもまぁ解放運動とかはさっき言った通りに『表向き』で、裏じゃあかなりえげつない破壊工作とかもされててな。俺はそっちの手伝いに回ってたんだ」

 

「あのう。えげつない……というと?」

 

「メイは末端とはいえ国際警察の立場もあるから内容についても話せるけど、まぁ、普通じゃ話せないような物が幾つかな。ヤバい所でいうとポケモン預かりボックスのハッキングかね、一番は」

 

「―― え」

 

「でもって他には、イッシュ東側全域を使って行われた、他地域の『外来ポケモン』による生体破壊実験。同時進行で、野生ポケモンの煽動操作実験。それら野良ポケモンの混乱を利用した伝説ポケモンの意図的な召喚。―― で、止めにそれら全部を囮にした海底神殿荒し。まぁこんなとこか」

 

 

 ショウさんが指折り数えながら挙げたそれらの内容を詳しく説明してくださいますが、思わず絶句。

 ぽかんと……暫くして。しかし衝撃からは抜けきれないまま。私は手元の(ショウさん持参)ホワイトハーブティーを啜りながら、頭の中でまとめてみます。下がった能力が元に戻りそうですが。

 

 

「……確かに3年前、ライモンシティ東側が一斉封鎖されていましたね。野生ポケモンの暴走とか、そんな風に報道されていた記憶があります」

 

「あー、そうな。実際、暴走ってのも間違いじゃあないんだよ。つってもそれを意図を持って行った集団がいるなんてのは、流石に衝撃が強すぎる。一般的向けの報道としては、あれで正解なんじゃないかね。イッシュ地方のポケモンは、特に『ドリームワールド』と相性が悪くてな。外来ポケモンばっかりを狙ったらしいしなぁ。……特に手が付けられなかった地域は、イッシュの円環部分の南東側。マップで言うとヤマジ周辺からサザナミにかけての辺りだったけど……人が多く住んでる地域じゃなかったから、情報封鎖もかなり上手くいったみたいだしな」

 

「なるほど。……あたしもイッシュの東側は訪れたことがありますよ。あたしが旅した時は既に全体に『外来ポケモン』の頒布が広がっていましたが……確かに、東側には他の地方を原産とする種族が多く住んでいたと記憶していますね」

 

「だろうな。プラズマ団が他の地方で乱獲してきたポケモン達やら、ポケモンボックスをハッキングして盗んできたポケモン達やらを一斉に『逃がし』やがってな。それが現地のポケモン達と衝突。俺ら研究者が『野生間相互レベリング』って呼んでる、『一定地域間にポケモンの集団が流入した際に起こる野生ポケモンの衝突に伴うレベルアップ現象』に歯止めがつかなくなったんだ。一時期、東側の野生ポケモン達はレベルが60を超えるって異常事態になっちまったからなー」

 

「だとすると、もしや、ポケモンリーグの方々はそちらに戦力を割いて……」

 

「そーそ。襲撃された時、リーグの守りが薄かったのはそういう理由もある。……でもって、メインの目的を見事に成し遂げた訳だ。プラズマ団は」

 

 

 すうっと。

 これは事件のおさらいだけどな、と言いながら指を持ち上げ、ショウさんは私が腰に付けているモンスターボールのひとつを指します。

 指されたボールは、かたりと揺れて。

 

 

「ゼクロム。イッシュ地方に住む人達にとっては特に象徴的な意味を持つ、伝説のポケモンだ。海底神殿で古代の『王権』を復活させる事に成功したプラズマ団は、遠い昔にかけられた封印を解いて、ゼクロムを復活させた。あとはまぁ、それを元手に息子さんが素直に戴冠の儀を完遂してしまえば、こっちの敗北は確定してたんだけどなー」

 

 

 ちょっとやけっぱちな感じに語りを入れてくださいます。

 まぁそうなんですよね。ここまで上手く運んでおいて ―― 逆説で語られるのは、歴史が証明してしまっていますもの。

 ここから先は私も知っている内容なので、端折って。

 

 

「対になる王位のポケモン・レシラムを手に入れた『少年』がリーグを占拠した城へと討ち入り。ゼクロムを扱う『王子』にポケモンバトルで勝利。敗北と共に姿を消した『王子』に引きずられる様に、プラズマ団は瓦解。……何やかんやあって去年に活動は再開しましたが、まぁ、私とその『王子』さんによって野望を打ち砕かれて完全崩壊。こうなる訳ですね」

 

「プラズマ団の酷評よ。容赦ないのな……その通りだけど」

 

 

 容赦をする理由がありませんからね! プラズマ団には!!

 と。オチが着くところまで語っていただいたお陰で、流れは理解できました。

 ですけれどね。

 

 

「そんな大きな問題に、なんでショウさんが関わって来るんですか? いえあの、分不相応とかそういうのではなくて、単にショウさんに興味があると言うだけなのですけど」

 

 

 言い方がややこしくなってしまったので、私は注釈を挟みつつ掌をぶんぶん。

 何となく、ショウさんからの視線が困った風味になりますけれども……答えては下さるご様子。

 

 

「……うーん……ま、あれだな。俺は研究者やってるって言ったろ?」

 

「ええ。さっき、サザナミでお聞きしました」

 

「その研究者仲間に、ポケモン通信システムの開発者がいるんだ。マサキって奴な。で、そいつからボックスシステムに迷い込んでたイーブイってポケモンを貰った事があるんだが……どうもそいつがイッシュ地方原産の血統らしくてな。開発は1995年とかの話なんだが……混入した原因がどうにも気になって調べてたら、プラズマ団がその頃から、基盤レベルでボックスシステムに介入をしてたみたいなんだよ」

 

「えぇぇ……重大事件じゃないですか」

 

「だろ。んで、ボックスシステムへの関連に気づいた時……2001年くらいだったかね。その辺から現地で事態収拾のお手伝いをしてたってわけ。動いてたら顔見知りだったハンサムな人に国際警察にスカウトされて、何でも屋としてダークヒーローごっこしてたらあっという間に2008年でした!って感じだなー」

 

 

 はい終わりー。

 語り終えたとばかりに、ショウさんが椅子の背もたれに身体を投げ出します。

 同時に、その肩口に小さくて赤い身体のポケモンが蜜でべとべとの頬を摺り寄せていました。

 

 

「―― きゅううんっ!!」

 

「甘い甘い。……けどもうそんな時間か。ありがとなエムリット。半分くらい俺の自分語りになった気もするけど、プラズマ団の経緯についてはこんなもんで伝わったか? メイ」

 

「そうですね。プラズマ団の事は……およそ判ったかなと思います」

 

「んじゃあ話はこれくらいに切り上げて、だ。そろそろ寝ないとな。メイだって明日のPWTに響くんじゃないか?」

 

「んー……そう、かも、です」

 

 

 名残惜しいですけど。

 そんな言葉を飲み込んで、私はショウさんの言葉に頷いて見せます。

 

 

「因みに、ご心配なく。メイのレベルでも調整になりそうなトレーナーの人を寄こしてくれるようお願いしといたから、明日午前の内に、ポケモン達のバトルの調整はここの庭でやれると思うぞ」

 

「おー……ありがとうございます! 因みにどんなお人なんです?」

 

「ホワイトフォレストの『白の樹洞』でトップ張ってる人だそうだ。あ、でもメイの知ってるアデクさんのお孫さんじゃない方だから、知り合いじゃあないんじゃないかなぁとは思うが」

 

 

 白の樹洞。

 ブラックシティのタワーと並んで、このイッシュ地方における、レベルが極限まで煮詰まったポケモンバトルを繰り広げるバトル施設です。そこのトップだと言う人が相手をしてくださるのであれば、不足は全くもってありませんでしょう。むしろポケモン達の数値的なレベルだけで言うなら、あたしは負けていても不思議ではありませんもの。そういうレベルの場所です、あそこ。

 

 

「そんじゃ、決まり決まり。おやすみなー。メイは奥の部屋使って良いから、早めに寝とけよー」

 

「きゅううんーっ♪」

 

 

 手近なソファに、ぼすん。そのお腹の上に、エムリットがぽすん。

 身を投げ、リモコンでリビングの照明を最小限に落とすと、ショウさんはすぐさま目を閉じてしまいました。上に乗ったエムリットも同様です。

 あたしはその横顔を少しだけ眺めてから、挨拶をして、ショウさんが目を閉じたまま小さく手を振っているのを確認してから、奥の部屋の扉を開けて入り、後ろ手に閉めまして。

 ……やっぱりちょっとだけ隙間を開けて、ソファの上で寝息に上下する胸板を眺めまして。

 

 あたしも、自分のベッドにぼすん。枕元にポケモン達のボールをまとめて並べ、おやすみなさいと挨拶をしておきます。

 夏の雨が続く昨今、ジトっとした空気もありますが、ホワイトフォレストにはとても良い風が吹いてくれます。この晩、寝苦しさはあまりありませんでした。

 

 翌日。ショウさんが手配してくれた強豪トレーナーさんと密な模擬戦をしておいて、PWTに出立。

 あたしとそのポケモン達は無事、イッシュの代表 ―― ナショナルチームの大将として、選考を通過することが出来たのでした。

 

 





・イッシュ東側
 BW本編において、中央の円環部分の東側はリーグ制覇後でないと立ち入れなかった事に関する屁理屈。

・ボックスシステムのハッキング
 BW、リーグ乗っ取りの城の中のプラズマ団員の台詞より。主人公が手持ちを入れ替える為のボックスが設置されている(優しさあふれる)部屋にて。
 この時代のポケモントレーナー達を混乱に陥れるという意味では、割と普通に恐ろしく、有効な手管だと思われます。
 ただ、それだけにプラズマ団が「ならばどの時点で策を始めていたのか」については妄想が膨らんでしまう。


・3年前
 つまりはBW1原作真っただ中。
 その他事件と合わせて、イッシュ東側のあれらに説明をつけてみています。

 物凄く判り辛いと思うので以下、本作に関係する年代の簡易な注釈。ほぼ再掲。
 本作の独自設定なのであしからず。


 1996年 FRLG

 1999年 HGSS

 2000年 DPPT
 2001年 DPPT(バトルフロンティア)

 2005年 BW1本編
 2006年 (★BW編プロローグ)

 2007年 BW2本編
 2008年 (★作中幕間②本編)


 わざわざBW原作の翌年で話を作っているのでややこしいことこの上ない。

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