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滑り出しはバトル以外の部分で苦労をしたものの、相手をしてくださったサブウェイトレーナーの質(の低さ)もあってか、あたし達は初戦を危なげなく勝利することが出来ました。
(あたし自身の失態で)辛くもスタートを成功させたその後も着実に勝利を重ね、次々と車両を突破して行きます。
バトルサブウェイは7戦ごとに手持ちポケモンを入れ替えることが出来るルールとなっています。連戦を予測したあたし達は、手持ちポケモンの疲労を考慮し、7戦ごと、駅に降り立つ毎にメンバーの入れ替えを行いました。ショウさん手持ちのポケモンは数も種類も多く、その都度あたしの戦法に合わせる形を取ってくれたため、コンビネーションについて問題にはならなかったのが幸いです。
その甲斐もあってか、バトルを重ねる毎にコンビネーションや速攻に磨きもかかり、その結果あたしとショウさんは42戦42勝、車両を6つ。全勝にて通過という成果を上げることが出来ていました。
今回の目標はサブウェイマスター撃破。バトルサブウェイの顔を務めるサブウェイマスターお二方は、49戦目のお相手です。
つまりは、次の車両の最終戦こそがあたしの目的であり……
……ですが、ここで問題が1つ。
ホームの液晶から見える、とっぷりと闇につかるライモンシティの様子とか。ええ。時の流れは……というモノローグでも入れて欲しい所かと。
はい。判っています。重々承知。
「ふーっ。……車両を通過するのに夢中で、すっかり日を跨いでしまいましたね!」
「いやいや待て待て。夢中も何も、俺は途中で何度か指摘したよな? むしろ0時を超えてからは10分毎に!」
あたしは夏夜(嵐)の蒸し暑い空気の中、ポケットから取り出したハンカチで汗を拭います。何処ぞにベビーパウダーを常備しておいて良かったと、自分の準備の周到さに感服です。
……だって、バトル、楽しかったんですよ!!
「などと言い訳はしておきますけれど……いえ、すいません。あたし、バトルに集中するとどうやら周りが見えなくなるらしくって」
「あー、確かに居る居るそういう奴。俺が学生の時にも性格が変わる奴、いたっけなぁ。……元気にしてるかね、ゴウとか」
「ですよねっ! 変わりますよねっ!!」
と言い張ってみると、ショウさんがじと目。
……視線は、ちょっとだけ、逸らしておいて……当然、追撃がきますね。
「でもメイのそれは周りが見えなくなるって程度じゃあなかっただろ。終電のチャイムでも気付かず空のホームへ突進、見かねたジャローダの『へびにらみ』でやっと止まるとかな」
「あの、いえ、もう、その件に関してはショウさんに多大なる迷惑をお掛けしました。重ねて、すいませんっ! そして、ありがとうございますっっ!! ……ジャローダも!」
《カタッ、カタタッ!》
謝意を示すには先ず形からということで、あたしは既に
バッグの中でも、ジャローダの入ったモンスターボールがかたかたと揺れ動いてあたしに反省を促してきます。……いえ、初対面の方にここまでご迷惑をお掛けするとは、猛省が必要ですね。はい。
ですがまぁ、猛省はそれとして、終電のホームに留まっている訳にもいきませんよね。
「……出ますか。駅を」
「だな。出てから考えようぜ」
との言葉で意見は一致。
やや疲れた体を引きずりながら、あたしとショウさんは夜のライモンシティへと繰り出すことに。
「さーて、と。宿泊施設は」
そう言うと、ショウさんはあまり見かけないトレーナーツールを起動させ、この夜遅くからでもチェックインできる宿泊施設の検索を始めてくれました。
ライモンシティの駅を出て、しかしてあたしの実家には帰らず、街中に留まる理由は1つ。
「朝いちばんでバトルサブウェイに挑戦を試みるため」、なのです。
なんとありがたいことに、どうやらショウさんはご都合が良いらしく、連日同行してくれる運びとなったのです。なので、あたしとショウさんは見知らぬ駅近くで空いていた安価なビジネスホテルへと留まる事にしました。どうせなので同じホテルへ。何かとこの方が都合も良いですから。
さてさて。
そんなこんなでホテルに着くなり持ち込みのご飯を食べて、シャワーを済ませ。
あとは、いよいよ明日の打ち合わせをしておきたい心持ち。
「ええ。ポケモンバトルは作戦立案が重要ですからねー」
それもマルチバトルとなれば猶更です。ひとしおです。
意気込んだあたしは自室を出ると、硬い床の上をぺたぺたと歩き、廊下へ。
ショウさんが借りたすぐ隣の部屋の前で……ちょっと深呼吸を挟んでから拳を軽く握って、扉を2回ノック。
ざあざあと雨の振りつける音だけが暫く続いて、「なにかー」というショウさんからの返答があったのを確かめて。いざ、ドア越しに声をかけてみます。
「あ、あの……ショウさん。あたしです、メイです。明日のバトルの打ち合わせをしようかと……思いまして。はい」
「ん? おー、真面目だな。明日の朝でもいいかと思ってたんだが」
言いながら、ショウさんは扉を開けてくれました。どうもとお礼を言って、あたしは入口を潜ります。
シングルの部屋はあたしの部屋とは配置が鏡面になってますが、大体は同じ構造をしています。
ただ、ベッドの上には、ショウさんの四次元鞄から広げられた道具が所狭しと広げられていました。何に使うか判らないような機器とか、あたしにも見覚えのあるポケモン用の道具とか。
そして、道具だけではなく。
「どぶるぅ」
「そうだなぁー……どうする
「どぶるるぅ」
「そっか。そこの椅子に座っててくれ……っと、ハッサムは戻っとくかね」
「ッサム」コクリ
「おう。バトルだけでなく手伝いまで、あんがとな」
どうにも通じ合ったやり取りの後。ショウさんは(なんと)洗濯物を干してくれていたハッサムをボールに戻し、尾の筆を水洗いしていたドーブルを抱えて、椅子の上に乗せました。
ハッサムはあたしに向けて小さく会釈をしてボールの中へ。なされるがままのドーブルは、椅子の上で尻尾の先をゆらゆらと揺らしながら、雨の滴る窓の外を眺め始めます。
あたしも促されてベッドの端に腰を乗せ……それよりも、気になることが一つ。
「あの……ショウさん。もしかして、ポケモンの言葉を判ったりしちゃうんですか?」
「ん? あー、まぁ、何となくは。明確に言葉としては聞こえないけど、でも、メイだって大体なら判るだろ? ポケモンだってこっちの指示を理解してるんだし、仕草や表情だってある。別に難しい事じゃあないって」
それはそうですけれども、にしても、先ほどのドーブルとのやり取りは通じ合ってい過ぎる様な気が……しないでもなかったり。等々。
部屋の奥へと引っ込んだショウさんの言い分を聞きながら、あたしの脳内で思い出されたのは、昨年の旅の途中で出会った男性の事でした。
……ポケモンの声が聞けるという彼は今、どこに居らっしゃるのでしょうか。探しているというお方と、出会えていれば良いのですが。
彼とあたしとは昨年、リーグ乗っ取り事件の舞台となったらしい(伝聞)「くたびれたお城」の中でバトルの後に会話を交わしたのが、最後の顔合わせとなっていますが……。
……う、ひゃいっ!?
「うひゃいっ!?」
突然頬に当てられた感触に、あたしは思わずびくりと肩を震わせます!
「あー、いや、驚かせたなら悪い。打ち合わせならと思って飲み物を用意したんだが」
驚きながら振り向くと、そこには、マグカップを両手に、寝着に着替えたショウさんが立っていました。
……あたしが驚きすぎたのは、きっと、ここ最近降り続いている雨によって出来上がった何ともいえない不気味な雰囲気のせいでしょう。ええ。そうですとも。
「ど、どうもです」
「んー」
恐る恐る両手でマグカップを受け取ると、ショウさんは早速と口をつけます。
引いてくれた椅子に腰をかけて、あたしも口に。どうやらヤマジ産の豆を使用したカフェオレのようです。酸味の少なさが特徴の豆が、ミルクの甘さを自然に引き立ててくれています。うまうま。
「あの、美味しいです。うまうまです」
「そりゃ良かった。んでもって良かったついでに、バトルの打ち合わせだったな」
お礼を受け取りながら、ドーブルの座る椅子の横、ベッドに腰掛けるショウさん。そのまま「仕切りはメイに」と、こちらに向けて両手を広げました。打ち合わせの仕切り、という事と解釈します。
とはいえあたしも、明確な戦略が存在する訳ではありませんし……どちらかというと、意見の擦り合わせというか。打ち合わせみたいなものを行っておきたかっただけです。
なれば。
「いよいよ次はサブウェイマスターが待ち受ける車両ですけど……その、どうします? 組み合わせ」
「あー……そうだな」
此方のアバウトな切り口に対して動揺も無く、ショウさんが唸ります。
組み合わせ。つまりは、あたしがどのポケモンを。ショウさんがどのポケモンを選ぶか、という事です。
先にも挙げました通り、マルチバトルはトレーナーが2名。指示系統が増加しているのです。バトルの進行が早まる反面、トレーナー同士の意思疎通をはからなければならないルールだと言えるでしょう。
それらを一言語で理解して下さったショウさんは、ぴっと人差し指をたてまして。
「まずは相手の情報をまとめるか。道中のトレーナーはランダムだから対策たてようがないから、ラストの2人だな。……これは前情報だけど、サブウェイマスターの2人は公平を期すため、俺達が最後の車両に乗ってからはバトルをモニタリングしないらしい」
「あ、それは良かったです。ですが、手持ちポケモンの情報が漏れていると、サブウェイマスターの2人だけが一方的に有利になってしまいますから、当然といえば当然ですね」
「だな。……でもこれって、逆を言えば、今日……日付を跨いだんで既に昨日だがそれはさておき。ともかく、6車両分のバトルは見られているって事にもなる」
……ふむん?
ショウさんのその言葉には、違和感が感じられます。
あたし達が今日行った、42戦分は確認されていると。勿論録画はされているでしょうけれども、この夜半まで続いたバトルを、となると……対策をとる分を含めて、リアルタイムでも見ていなければ時間が足りなくなってしまうでしょう。
ですがショウさんはそれをも鑑みて尚、6車両分を、と仰りました。うーん。
「……確かに、録画はされているでしょうけれど……お忙しいサブウェイマスターのお2人が、幾らでもいる挑戦者の中から、あたし達だけに注目するものでしょうか?」
なので素直に聞いてみます。
尋ねられたショウさんは、顎に手をあて、ドーブルの乗った椅子をくるくると回しながら。
「一応、そうだと思ってる。俺はな。……今日は嵐のせいで挑戦者は少なかっただろうし、何よりメイ、お前が居るだろ? イッシュリーグの顔がトレインに挑戦してるとなると、チェックはされてると思っておいた方が確実だ」
「どぶるぅぅぅ」
うーん、それもそうですね。ショウさんの言う通り。
あたしの顔は知れていますから、注目されていたとしても確かにおかしくはないのでしょう。こうなると、ちょっとだけリーグチャンピオンのネームバリューが恨めしくも感じます。普段ならバトルを挑まれるので大歓迎なんですけれどね。
此方の情報は知れている、という前提。これだけを見れば不利。
だとしても突破口は存在するはず。考えを回してみます。
……例えば。
「そう言えば……相手のサブウェイマスターとなるお2人……ノボリさんとクダリさんにも、パートナーというべきポケモン達が居たはずですね」
「だな。あの2人はあくまで『攻略される側』だ。バトルサブウェイっていう
ショウさんはそのまま、思考を続けてくださいます。
なんでしょうね。考えがお早い。あたしにもぎりぎり
「……という感じでどうだ?」
「えっ、あっ……あたしは異存ありませんっ」
「うし。ならオーケーだな。そろそろ時間も遅いし、寝とこうぜ」
いつの間にか、バトルに向けての相談は終了してしまっていました。ショウさんは立ち上がり、空になっていたあたしのマグカップを受け取ってくれます。
椅子の上ではドーブルが小さく「どぶるぅ」と鳴いて……というか。
「あの、不躾な質問なのですが……」
「ん? なんだ?」
「えっと、ショウさんって、何をしていらっしゃる人なんですか?」
と、興味のままに口に出してしまったものは引っ込めようがありません。
とはいえ、これは気になる所かと。何せあたしがショウさんに吹っかけているのは「連休でもない平日に、今日も明日も、2日がかりでポケモンバトルを」という無茶ぶりなのです。
それに付き合ってくれているショウさんは、果して、一体何者なのでしょうか。そもそも、お仕事などに不都合はないのでしょうか23才彼女なし。
ご迷惑をお掛けしては……というあたしのこの今更な問い掛けに、ショウさんは楽しげな、でもどこか陰のある苦笑を浮べてこう返してくれました。
「あー、まぁ、今は『何でも屋』なのかね?」
ああ、えと、それはご職業と呼べるのでしょうか……?