■3.
その後。
あたしはショウさんを連れて、念願の、スーパーマルチトレインの乗り場までやって来ました。
あたしもあたしのポケモンも気合は十分。よっし、やってやります!
「メイちゃん、やる気一杯だなぁ」
「そりゃあ、やる気は一杯ですけど……そうだ。ショウさんよりもあたしの方が年下ですし、呼び捨てにして下さいませんか? 話し方も楽にしてくださった方が、あたしも気が楽なんですけど」
やる気ついでに、ちょっと気になっていた点について指摘をばしておきます。
自己紹介の際に聞いたところ、ショウさんは(満)23才。16才のあたしよりも一回りは年上です。目上の人に敬称を使われる(ちゃん付けですけど)のは、なんというか、嫌というか、慣れる気がしませんから。
「そーか? そんじゃ遠慮なく、メイで。あ、そうそう。俺も名前は呼び捨てでいいんだぞ?」
「ああ、いえ。……うーん……何だか恐れ多い感じがしてしまって」
「俺は気にしないけどなー。そっちはチャンピオンだし。でもまぁメイが気にするってんなら、そのままでも別に構わんかね」
ショウさんとベンチに座りながら、何てことは無い会話で乗り換えの電車を待ちます。
さて、ここにてご紹介。
あたし達がこれから挑むマルチバトルとは、トレーナーが2人……各々手持ち2匹ずつのポケモンでダブルバトルを行う形式の事です。
シングルバトルと違い「仲間のポケモンを技の対象に出来る」というのが、最も大きな相違点でしょう。
仲間のポケモンを技の対象に。つまりは一瞬でポケモンの強化やコンボなどが行えます。組み合わせが一層重要になってくるという訳ですね。
それらに加えて、「攻撃の範囲」というものも概念として加わります。なので、より戦略的な技の選出が求められる事になるという点が、私的には興味をそそられる部分かと。
……ええ。あたしとて、同じくポケモン2VS2で行うルール「ダブルバトル」のトレインは、しっかりとスーパーまで制覇しました。あれはポケモントレーナー1人で参加できますからっっ!
ぼっちな自虐は置いておいて(右から左)。
となると、マルチバトルでは、ダブルバトル以上にトレーナー間の意思疎通が重要になると。ここであたしは件の相方、ショウさんをちらっと横目に確認します。
「(……強そう、です?)」
いえ、残念ながら外見程度ではポケモンバトルの強さなんて判りません。ここで少し思索。
ショウさん曰く、彼もスーパーシングルを49連勝できる位の実力は持っているらしいです。今回スーパーシングルトレインから降りてきたのは、電車の運行ダイヤ的に使いやすかったからという世紀末的な理由だそうですし。
けれど……ですが、やっぱりポケモンを扱う所を見てみない事には……うーん。
……いえいえ。あんまり人を値踏みするのも失礼ですね。いずれにせよ、むしろあたしの腕の見せ所でしょう。バトルマニアーの血が騒ぎます!
「ええ、やってやりますとも!」
「やる気があるのは良い事だと思うぞー。さっきよりやる気増してる感じもするしな」
うっ……あの、いえ、理由は兎も角淑女としてはしたない挙動でしたね。反省します。
あたしはどうも、バトルにワクワクしていると直ぐに
そんなやり取りをしながら暫く。あたしがショウさんと手持ちポケモンの打ち合わせなどを行っていると、スーパーマルチトレインが駅に入ってきました。
ブレーキ音を甲高く響かせて、ぶしゅーっと扉が開きます。
準備万端のあたしはショウさんに先立って、昂揚した気分のまま、待ってましたとばかりに車内へと乗り込みました。
「それでは。……目指すはサブウェイマスターですよ! 行きましょう!」
「りょーかいりょーかい。俺としてもサブウェイマスターとはバトルしてみたいしな」
そう言いながら駅員さんの前で手続きを済ませ。
いざいざ乗車!
《ブシーッ》
――《タ、タ、……タタン、タタン》
後手にドアを閉めると、電車が再び動き出しました。いよいよ狭い通路を進んで、バトルサブウェイ、その本陣へと立ち入ります。
普通のバトルフィールドよりやや横長、シングルの車両よりは数歩分広い車内。
細かく揺れる床。枕木を進む、定期的で心地よい音。
……うん、懐かしい雰囲気。キョウヘイ君とノーマルマルチに挑戦したのはリーグ制覇の後、PWTが開催される前でしたからね。随分と昔です。
「色々と懐かしいな」
「あ、ショウさんもですか?」
「そうそ。いや、俺自身は初めてなんだけどな。スーパーマルチトレイン。でもこの感じが懐かしいというか、タワークオリティに注意というか」
緊張した風もなく、こなれた感じでショウさんが話してくれます。
あたしの感じた「懐かしい」とはやや意味も違うのでしょうけれど、慣れているというのであればそれに越した事はありません。
ここで前を向くとドアが開き、対戦相手の2名が入場してきます。
……どうやらウェートレス(女)さんと、山男さんがお相手みたいですね。
「にゃんにゃん勝負だにゃん!(って馬鹿みたいよねホント)」
「んー、いや、キャラ付けとしては十分有りなんじゃないか?」
「お ま た せ! 一部のアイドル山男よッ(はぁと)」
「……あ、あはは。なぜオネェキャラなのでしょう?」
片方がネコ語尾のウェイターさん。もう片方はオネエ口調の山男さん。
どうにもサブウェイのトレーナーの方々は一風変わった方が多いらしく、その点については残念ながら、今回も相違ありませんでした。
相対したるは変人方々。あたしは、ショウさんと共にがっくりと肩を落としながら……でも、バトルには関係ないですと切り替えることにしておきましょう。
「それでは、いざバトルです! 相方は宜しくお願いします、ショウさんっ!」
「おっけ。頑張ろうな、メイ!」
バトルサブウェイは、入場して暫くすると自動でポケモンバトルのカウントダウンが始まります。
あたしは靴の踵を直して、ショウさんは腕まくり。
2人、腰からモンスターボールを取って。
車窓を利用した電光掲示に『 Fight! 』の文字が躍り。
同時……投げ出します!!
「出番だよっ、アーケオス!!」
「―― あきゅああッ!」
「行こう、ハッサム!!」
「―― ッサム!」
打ち合わせの通り、あたしの初手はアーケオス、ショウさんの初手はハッサムです。
因みにショウさんのハッサムはアイテムバッグの中に「ふうせん」を持っているためにジャンプの滞空時間が延びていて、あたしのアーケオスのサブウェポン『じしん』を能動的に回避できるようにしてあります。まあ、挙動でアイテムバッグの中身が「ふうせん」だというのは相手方にもバレバレになるのですがそれはそれ。
さてさて、相手のお方は!
「行くにゃっ、ゴローにゃ!」
「―― ゴロンゴロンっ」
「行って頂戴ぃん、マッギョ!」
「―― ギョギョッ!」
ずっしり岩塊、マッシブなゴローニャ。
と、沼地の罠マッギョ。現在季節は夏。マッギョナイト開催中です。
……両者、別段浮いている様子も無く、共通弱点である「地面タイプ」への対策はされていないと見えます。
…………ふふ、ふふふふ。ゴローニャの物理防御力にあぐらをかいているのでしょうか……?
「ええ。……別に、倒してしまっても、構わないのですよね」
「それは負けフラグだぞー、メイ。用法も違う。……まぁいくらスーパーマルチだとはいえ、サブウェイも序盤だと相手は『ランカー』じゃあないだろうし、こんなもんだろ。何より、連勝が大事なサブウェイだからな。楽に勝てるに越した事は無いと思うぞ?」
どこか釈然としませんが、ショウさんの言う通り。序盤ですし、楽に勝てるに越した事はないというのも確か。……ここはさっさと勝ち進んで、次の車両へ向かうとします!
あたしは、目の前で絶えず翼を動かすアーケオスへ向かって……指示を!
「それじゃあアーケオス、『じしん』っ!!」
「―― きゅああッッ!!」
「ハッサム、ゴローニャに『バレットパンチ』!」
「ーーッサム!!」
「ゴローニャ……『ストーンエッジ』だニャア!」
「ゴロ、ゴロォー!」
「『でんじは』よぅ、マッギョ!」
「ギョギョッ!」
トレインの内に4つの指示が飛び交います。
が、何れにせよ先手はポケモンの選択に速さを重視しているあたし達です。
「あきゅぁぁぁッ!」
――《グラグラグラッ!》
あたしのアーケオスのサブウェポン『じしん』が、車両ごと揺らしてゴローニャとマッギョを弾き飛ばし(バトルサブウェイはこの程度の衝撃はお茶の子さいさいです)。
「ッサム!」
《スパァァーンッ!》
その間を、ハッサムが滞空時間の長いジャンプで浮きながら接近。『バレットパンチ』でゴローニャをはたき飛ばしてくれました。
がん、ごん、ごっつん。
『バレットパンチ』で転がったゴローニャが『じしん』の追撃を受け、鈍い音をたてて車内を転げまわります。
手前では、ひっくり返ったマッギョがびくんびくんと痙攣しているとか。
……ふふ、ふふふ、ふふふふっっ!
トレーナーツールや車窓のホログラフを見てHPを確認するまでもありません。
ゴローニャは『がんじょう』込みで『バレットパンチ』を耐えましたが、此方はアーケオスがしっかりと追撃。相手のポケモン達は、残念ながら、たった一度の交錯での御退場と相なります。
「―― ゴロンゴロンッ」「ギョギョ~」
「うにゃっ!?(えっ!?)」
「ウソォン、一撃なのぉ!?」
足元で倒れ込むポケモン達を見た、サブウェイトレーナー方々のリアクション。
ええ。嘘じゃあありません。驚くなんてもってのほか。共通弱点鈍足対策なしのポケモンを相手取ったのですから、当然の結果でしょうに。
「ですからさあ、さあ! どうぞっ! お次のポケモンを!!」
ふふ。これから49連勝するんですふふふ。立ち止まっている暇などありはしませんよふふふふ。
さあ、さあ、さあさあさあさあーっッッ!!
「ノッてきてるなー、メイ。……そういや、リーグの時のもテレビで見たなぁ」
……。……。
…………あ。まずい。そういえば、今は、1人じゃあなくて……。
ぎぎぎ、と軋みをあげる首を無理やり動かして隣を見てみれば、ショウさんは、テンションが天元突破したあたしの顔を興味深そうな表情で眺めていました。
あのう。
「……すいませんショウさん。一体全体、何処で、何を見たんでs」
「作年末のポケモンリーグ本戦だな。徐々に口角が釣り上がって、最後には悪鬼羅刹の如き笑顔でバトルをしている
「後生ですっ! それは忘れてくださいッッ!!」
あたしはブラックキュレムにも勝る気迫で、ショウさんの腕に縋りつきます!
ですが、これ以上はご勘弁を! あれが全国放送されたせいで、あたしは今でもヒュウさんに近付き辛いとか言われるんですよっっ!? あの事件の際、襲い掛かるレパルダスにすら、一歩も怯まなかったヒュウさんに!!
「いや、メイがそこまで言うなら忘れてもいいけど……まぁ今は、目の前のバトルに集中しとくかね。メイには気にし過ぎてしくじるなよーとだけ、忠告をしておいて。さてさてすいません、お待たせしました。次のポケモンを出してくださればと!」
縋りつくあたしを左腕にぶら下げたまま。ショウさんは自然な流れで、目の前で唖然としていた対戦トレーナーの方々を促してくれました。
……あの……えふん。
「……取り乱しました。本当、す、すいません」
「あっはは! 顔がまだ赤いけどまぁ何とかやれそうにはなったな、メイ」
……はい。隣のショウさんだけでなく、目の前にも、相手のトレーナーの方々が居らっしゃったんですよね。もう恥ずかしいやら何やらで、色々と見失っていました。
はつらつと笑うショウさんを前に、あたしは手で顔を覆ってしまいたくなりますが、そういう訳にも行きません。相手の次のポケモン達が……何よりあたしのアーケオスが指示を待ってくれているのです。
「……うう。なるべく早く倒してくださいよぉ……お願いします、アーケオス!」
「あきゅぁ?」
「うっし。俺達も一層気合入れていきますか、ハッサム!」
「ッサム」ビシィ
アーケオスがあたしの様子に首をかしげて、ハッサムがショウさんの言葉にびしりとハサミを掲げて。
……ああ、もう!
初戦からこんな失態とか、兎に角、早く終わらせてやりますーっっ!!