ポケットでモンスターな世界にて   作:生姜

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□2.ライモンシティにて ー バトルサブウェイ

 

 

 □2.

 

 

 あたしが暮らすイッシュ地方でもっとも賑わいを見せる街、ライモンシティ。

 その街の地下中心部には、バトルサブウェイというポケモンバトルの施設があります。

 現在あたしは、その施設の「マルチバトル」……ポケモントレーナー2人対2人で戦うポケモンバトルの形式だ……を行うための「駅」に降り立っていました。

 けれども。逆説。

 

 

「それでさ、メイちゃん。バトルの相方(パートナー)は見付かったの?」

 

「……んもぉ! 判ってて聞いていますね、キョウヘイ君はー!」

 

 

 あたしの向かいでちょっと意地の悪い笑顔を見せるのは、根っからのバトルマニアである男の子、キョウヘイ君。サンバイザー仲間である彼は、あたしが時折マルチトレインでパートナーを組んでいる相方でもあります。

 ただ、今日は偶然の遭遇だったのですが、これ幸いと声を掛けたあたしのお誘いは、すげなく断られてしまいました頃合です。そのくせこの「見つかったの?」とかいう台詞ですよ腹黒さんめ。

 むくれるあたしを前にして、キョウヘイ君は頬をかきながら苦笑します。

 

 

「あはは。メイちゃん、ぼっちだもんなぁ……」

 

「あたしぼっちじゃないですよ!? ちょっと人が寄り付かないだけだと思いますっ!」

 

 

 ええ。とっときの怨嗟を込めた声で、抗議をさせて頂きます!

 決してぼっちじゃない。……じゃない。本当なんですよ?

 

 

「……本当だものぉ」

 

「あ、あはは……冗談だよ。でもメイちゃん達、本当にポケモンバトル強いからなー。イッシュチャンピオンだし、PWTでも大活躍だしさ。確かに他の人も近寄りがたいのかも知れないね。特にホラ、今はポケモンバトルの施設に居るし。タッグを組むのが緊張する……みたいな?」

 

「……ありがとうございます。はぁー」

 

 

 キョウヘイ君は慌てて、矢継ぎ早にフォローを繰り出してしてくださいますけれど……実際あたしは、マルチトレインの駅で他の方からお誘いの声をかけられたことがありません。……自分から? そんな風にお誘いできていればぼっちとは呼ばれていないでしょうに。

 とはいえ、2人じゃないとマルチトレインには参加出来ません。結果としてあたしは未だ、マルチトレイン(スーパー)だけを制覇できずに居たのです。ダメダメですね。

 ……これもぼっちのせい……いやいや、ぼっちじゃあない。きっと。違う違う。いくらあたしでも、宝探しフェスを1人でやっていたりはしないのですよ? ああでも、各種進化の石はストックが欲しいかも……。

 なんて、自分で自分を慰めつつ。

 そうだ、と思い直しまして。

 

 

「重ねて、ありがとうございます、キョウヘイ君。あとは大丈夫です。今日はもうちょっと時間がありますから、あたし、パートナーの人を探してみます」

 

「……う、うーん。本当に大丈夫?」

 

 

 キョウヘイ君は本当に心配そうな顔をしながら、此方へ疑問をぶつけてきます。

 同情はいりません。お金にも困っていません。ですから!

 

 

「んもぉ、だいじょうぶですよ。ノーマルのマルチトレインはキョウヘイ君のお陰で制覇できましたから、これ以上のご迷惑をお掛けするわけには。それにほら、キョウヘイ君は彼女さんとミュージカルに出演しに行くんでしょう? ここでぐずぐずしていて待ち合わせに遅れたら、承知しませんよっ!」

 

「……そうだね。ルリちゃんを待たせてもいけないし。……それじゃあまたね、メイちゃん」

 

「彼女さんとのデート、楽しんで! 相手方も楽しませてあげてくださいねっ!」

 

 

 サンバイザーを微妙に傾け、急ぎ足でキョウヘイ君は外へと駆けていきました。

 あたしはそれを、手を振りながら見送り……ふぅ。行きましたか。

 というかそもそも、彼女持ちの男の子とデートの前にマルチトレイン乗車とか、絶対に避けなきゃいけない事態ですよ。その辺りの気遣いをあれで朴念仁なキョウヘイ君に期待するのは、無理なお願いでしょうからね。

 

 

「しかし、となると……これからキョウヘイ君には頼れなくなりますか」

 

 

 あたしとキョウヘイ君のコンビでノボリさんとクダリさんを倒したのが昨年末。プラズマ団の事件を解決した直後の事でした。

 

 その後、キョウヘイ君には彼女さんが出来た……らしいのです(上下に協調のための空白)。

 

 らしいという曖昧な語句も仕方がないもの。何分、キョウヘイ君とはここ、バトルサブウェイでのパートナーと言う間柄。マルチバトルに挑む時にだけお互いに連絡を取り、駅の中で待ち合わせをする。そんな距離のあるビジネスライクな関係でしたので、プライベートまで突っ込んだ話はあまりしたことがありませんでした。

 けれども。

 プラズマ団の事件を解決しPWTに招待されたあたし達は、以前よりも遥かに多く、バトル前の調整としてバトルサブウェイを利用するようになりました。利用機会が増えると、キョウヘイ君と顔を合わせることも多くなります。居合わせた駅で乗り継ぎの電車を待つ合間に、ふと、そういう恋のお話しとやらになったのです。関係が希薄なりに、本当に、偶然に。

 聞くに、キョウヘイ君に彼女が出来たのはどうやら、丁度あたしがPWTに招待され忙しくなり始めた期間の出来事。なので彼女さんの御尊顔を窺ったことは無いのですけれども、落し物のライブキャスターを拾って始まる恋愛だった……とはキョウヘイ君の(のろけ)。なんだそれ。ラブコメですか。ライブキャスターラブとか、アイドルさんの歌じゃああるまいし。

 ……ううん。今度顔通しとかもしておくべきでしょうか? あたしは只のポケモンバトル仲間です、と。

 とはいえ何れにせよ彼女もちの男の子を、あたしが、気軽に誘うわけにはいかないでしょうという流れなので。

 彼女もちはいけませんよ。彼女もちは。除外対象として是非ともマスキングしておきましょう。

 

 

「……置いといて。挑戦したいのも、あとはスーパーマルチトレインだけなんですが」

 

 

 物を右から左へ移す(おいといて)動作と共に。思わず溜息を撒き散らしながら、あたしは途方にくれます。

 こうして言うのもですが、キョウヘイ君はポケモンバトルが大変にお上手でした。

 ええ。ダブルバトルのパートナーの時しか会っていなかったにしても、それだけでも十分に強さが伝わってくる程度には。それこそバトルマニアと呼んでも差し支えはないのだと思います。

 しかし、そのバトルマニアをこうも変えてしまうとは。恋愛、恐るべし……と驚愕して差し上げましょう。ポケモンばかりにかまけていて乙女力も女子力も低い(ただしアウトドア能力は高い)あたしには、まだまだレベルの高い話です。

 

 

「ですが、こうして黙って突っ立っていても埒があきません。パートナーも、探しに出かなければなりませんし」

 

 

 PWTのチャンピオンズトーナメントの本戦までには一週間の猶予期間が設けられています。

 けれどあたしは、その僅かな間でもバトルの感覚を鈍らせたくはありませんでした。だからこうして、バトルサブウェイにまで足を運んでいるんです。ここにきてまで調整を諦めてしまうのは、惜しいにも程があります。

 これでシングルトレインが乗客超過とかしていなければ、迷いなくそちらに挑戦したのですけれど……どうやら今日は全てが客車として使われているみたいです。イッシュの皆さん大移動中なのでしょうか。

 さて。現実逃避は中断。

 立って、伸びをして、靴を直して。Cギアのすれ違いログ(0件)を確認しながら、ちょっとだけあくび。

 雨のために閑散とした駅構内を進みつつ。相棒探しのため自分から声を掛けるという慣れない所業に手を染めるため、気合一声。

 内心はドキドキですが。それでは。いざいざ、パートナーとなってくれる人を探すことにしましょう!

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 

「……」

 

 

 ……。

 

 ……あ、あのぅ、そこなOLさん。

 

 ……あ、お急ぎですか……すいません……。

 

 ……。

 

 ……。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 だからっ!

 これで簡単に誘えるようならっ!

 ぼっちとか言われないんですあたしっ!?

 

 

「それはさて置き。これはいよいよ、暗礁に乗り上げましたか」

 

 

 人を探して彷徨っている内、いつのまにか、時刻は16時を回ってしまいました。

 外は薄暗いうえに雨降り。出歩く人が少なくなれば、あたしが現在居るような奥まった地下鉄構内なんて尚更の有様。お陰で今となっては、人っ子一人見当たらない状態です。

 

 

「……どうしましょうね」

 

 

 マルチトレインに挑むとすると、そろそろ最終決断を下さなければならない時間です。

 マルチトレインでのバトルは諦めて、ビッグスタジアムとかに向かうべき。それともリトルコートに……ううん。むしろ、黒の摩天楼。

 

 

「……いいえ、ノー! どちらもダメダメでしょうっ。ビッグスタジアムなんてライモンシティの北側は、デート帰りのキョウヘイ君に出くわす可能性が高い。黒の摩天楼は、入ったら長い時間出られなくなりますしっ」

 

 

 デートしてるリア充遭遇は兎も角、この準備期間に黒の摩天楼なんて入ったら、ポケモンのケアも出来なくなってしまいます。主力ポケモンが怪我なんてしてしまったら、PWTの調整どころじゃあないですから。

 だからこそ列車ごとにコンディション調整を挟むことのできるバトルサブウェイは重宝していたのですが ―― じゃあどうする? という命題に戻ってしまいました。思考の堂々巡り。

 

 

「……仕方ない、ですよねー。……帰りましょう!」

 

 

 ポケモン達が傷ついてコンディションを崩すよりは、だらりと過ごした方がまだ良いはず。また明日来てみましょう。

 逡巡の末にそう決めて、あたしは腰を上げました。

 

 

「あ、そうでした。ミックスオレを買い溜めしたかったんでした」

 

 

 ここでついでにと、電車を待つ間、駅のホームに据え付けられている自販機へと足を向けます。

 身分証明書にもなるCギアをかざして自動支払い。ミックスオレをダース買いよろしく連打。値段当たりの回復率が良いんですよねミックスオレ。同じく値段当たりの効率を考えると「漢方」も手段としては挙がるのですが、それらを使うよりは、おやつ感覚のミックスオレの方がポケモン達にも好評ですし。

 がちゃがちゃと落ち続ける自動販売機。ぽちぽちと連打しながら、その当たりルーレットをぼうっと見つめ……て、いる。

 

 ……と。

 

 

 ――《ブシュゥゥーッ!》

 

 

 挑戦者用のスーパーシングルトレインが、ホームにて停車しました。生温い風があたしの横を吹き抜け、お団子(シニヨン)&ツインテールを揺らします。

 あたし以外は無人の駅。スーパーシングルトレインの中にも、駅員さん以外の乗客は見当たりません。

 

 

「「またのご乗車を、お待ちしております」」

 

 

 黒と白の声が出そろい、見送られた方がドアの陰から姿を現しました。

 開いたドアを潜る、男性が1人。

 

 

「……んー、っと。あー……さぁてさて。カナワタウンでのミィへの用事も済んだし、手持ちも揃った。……どうすっかね? サザナミでの待ち合わせまでには、まだ時間が有り余ってる。……ふーんむ」

 

 

 ああ。

 すれ違いましたね。人と。

 腰にモンスターボールを着けた、見るからにポケモントレーナー。

 なんとなく青色の似合う、でも黒髪のお兄さんでした。

 

 ……。

 

 

「―― ちょっと助けてくれませんかお兄さんポケモンバトルはお好きですか彼女はいらっしゃいますかぁぁーーーっっ!?」

 

 

 この機を逃がすまい!

 気が付けばあたしは飛びついて、その鞄と腕にしがみ付いていました。

 しかしてこれが最後のチャンスなのですっっ!! 必死になるのも当然と言えましょうっ!?

 

 

 ……。

 此方を見下ろし、無言のお兄さん。

 

 …………。

 ああいや、客観的に見て、ですね。

 いえ。彼女の有無はキョウヘイ君の例を鑑みたのですが。

 

 ……。

 今のあたしって、逆ナンパ的で酷くないです?

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 身体全体で腕に抱きついたまま、2人そろって暫しの無言。

 ダメダメです。セクシャル・ハラスメントですこれはっ。

 唾液をごくり。

 ……こ、此方から! こちらから謝罪をしなければ……!

 あたしは唇を震わせ、喉に力を込めます。

 

 

「あ……。……あのう、もしかしなくてもあたし、ご、ご迷惑です……よね?」

 

 

 自己嫌悪の念をたっぷりと込めて、窺うように視線を上げれば。

 しかし、意外にも。

 お兄さんは少しだけ吹き出した後、手を顔の前でひらひらと振り ―― 笑顔。

 

 

「あー、いえいえ。それは別に。俺もこの地方には、ポケモンバトルしに来てるようなもんですんで。貴女とサブウェイに挑戦できるならば喜んで。……でも、まさか、こんな嵐の夜に薄暗ーい地下の駅で人と合うとは思わなかったんで、ちょっと吃驚はしましたがね」

 

 

 齧り付いたその人は、その言葉を示すように一瞬だけ吃驚した様な表情を浮べていましたけれど、その後にあたしの腕を優しく解いてくれました。押し付けてしまっていた胸(セクハラ案件)も、後顧の憂いなく解放。

 でも……嵐?

 

 

「え。もしかして今、外の天気って……」

 

「恐らくは想像の通り。トルネロスとボルトロスが喧嘩してるんじゃあないかっていう位の大嵐ですねー。さっさとランドロスに御登場いただきたい場面かと。レックウザでも構わんですが」

 

 

 人の好い苦笑を浮べながら、お兄さんは解説を付け加えてくれました。

 ……成る程。嵐も嵐、大嵐なのですか。道理で人も少なく、構内に湿気が充満している訳です。

 となるとあたしは、尚更このお兄さんを逃したくないのですけれど……ちらり。

 

 

「そんじゃあ、順番に答えときますか」

 

「え、と?」

 

 

 何に?

 と、あたしが続ける前にお兄さんが重ねます。

 

 

「貴女の問いに、です。……残念ながら彼女は居ませんね、俺。んでもって果たしてポケモンバトルが、客観的に得意かどうかは兎も角 ―― 好きではあります。俺も、俺の手持ちのポケモン達も。ポケモンバトルが。ですんで、貴女に必要な『助け』がポケモンバトルに関するもの……例えばマルチトレインのスーパーに一緒に挑戦してくれとかでしたら、お力になれると思いますよ。さっきも言いましたが、喜んで」

 

 

 ……何か、あたしの思考が読まれてます。

 というかしどろもどろな状態で話したあたしの言葉を、まさか、理解されているとは思っていませんでした(酷い言い草ですが)。

 お兄さんはどこか飄々と、厄介事には慣れているという雰囲気を放っています。あたしが落ち着くのを待っていてくれたのでしょうか。代わりにと、自販機から溢れたまま放置されていたミックスオレを取り出しながら、あたしに向かって再度、問いかけます。

 

 

「それで、どうします? マルチトレイン」

 

「ぜ……是非とも! あたしにお付き合い下さいっっ!!」

 

 

 差し出されたその両手を、ミックスオレごとがっしり確保。

 神々しい! 御姿に後光が差して見えます! お兄さん!!

 

 

「うっし。それじゃあ……と。その前に……ほいこれ、ミックスオレ。君のだろ?」

 

「あっ、はい! ありがとうございます! でも、ただで付き合って頂くのも申し訳ないので……それは1本、お兄さんに差し上げます!」

 

「そんじゃあ、どもです。……んっく。でもって、自己紹介と行きますか」

 

 

 その人はぐいっとミックスオレ(背高ナッシー風味)を飲み干し、ホールインワンでゴミ箱に放り。

 乗ってきたスーパーシングルトレインがドアを閉め、背後にて動き出します。誰も居ないホームに、あたしとお兄さんだけが取り残されました。

 お兄さんは此方へと向き直り……腰に手をあてながら。

 

 

「俺はショウ。ポケモントレーナー、で間違ってないと思う。宜しくな」

 

「はい。あたしはメイと言います。……宜しくお願いしますねっ、ショウさん!」

 

 

 あたしが元気良く手を挙げれば、ショウさんが手を合わせてハイタッチ。小気味良い音が駅構内に響きます。

 ……よしよしよっし。これで挑戦できますよ待ってろスーパーマルチ!!

 そんな風に脳内でバッチリなガッツポーズを決めていると、お兄さん改めショウさんは、手を顎の下に当てながら何やら思索。

 

 

「しっかし、イッシュチャンピオンとマルチバトルが出来るとは。また光栄な役目を仰せつかったなー」

 

「あ……やっぱり知ってましたかぁ……。あの、出来れば普通に接してくださいね?」

 

「メイちゃんがそれを望むんなら、勿論。というかその方が俺も楽だし、そうするよ」

 

 

 実際の所、リーグチャンピオンだけではなく今のPWTもテレビなどで放映がされている為、自身の思惑とは裏腹に、あたしの顔と名前は広まってしまっています。恐らく、ショウさんもどこかで映像を見て知っていらっしゃったのでしょう。

 あたし自身としてはあまり、無駄なメディア露出はしたくないのですけれどね。

 


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