大会の本戦を間近に控えた、一段と冷え込む2月の半ば。
夏はあれだけ暑かったタマムシシティには、珍しく雪が積もり出していた。
とはいえ、積もると言っても薄いもの。合宿の時にみたシロガネ山には遠く及ばない。それでも、街中に雪が積もるという光景それ自体が、こうして現実感を失わせるくらいの美しさを持っている気はするな。
外を歩く子どもたち(オレも11才だけど)はイシツブテの替わりにと、雪玉を握っては投げ合っている。イシツブテと比べれば重さとか殺傷力とかが段違いだけど、岩と違う冷たい感触が楽しいのだろう。今度は保持し易さだけを考慮して重さを思考放棄した「オニゴーリ合戦」が流行らないことを祈るばかりだ。
さて。
雪が積もった闘技場の整備の為に設けられた2日の間日も、トーナメント本戦に集中していたいオレことシュン(バトル脳)ではあるが、2月の中盤には忘れてはならないイベントが有る。
……大丈夫。中止にならない。
これ、おっきなお菓子業者の陰謀だからさ。
「人はそれを、バレンタイン・デーと呼んだ……!」
「なんだ、朝から……。ってか俺は同室者兼友人として、お前の奇行にどういう反応をすれば良いんだ?」
起床1番のオレの呟きに、ドライヤーで髪を乾かしながらも律儀に突っ込みを入れてくれるショウ(シャワー出)。
かくいう現在、時刻は朝6時。早朝である。
……一応言っておくと、早朝から変なテンションになっていた訳じゃない。ちょっと早朝のトレーニングを早めに切り上げたっていうだけだ。
だってさ。チョコレートだよ。この際カードでも良い。貴賎は問わずWANTEDだろ。
……ただ、オレとショウとでは立場が違うんだよなぁ。
「お前の場合、もらえないって言う心配はないだろ?」
「これはこれで大変なんだが……ま、6歳くらいから貰えなかった前例は今の所ないな」
ショウは「ちょっと待ってろ」と言ってパソコンを起動しながら、守衛さんに電話をかける。
暫くして返答があった。ガラガラという車輪の音が部屋の前から遠ざかった所で、ショウが部屋の扉を内に開く。
……開くと同時に、だ。
――《ドサドサドサドサッ!!》
「と、この様に、雪崩みたいな現象がだな」
「贈り物が倒れる表現で雪崩という言葉が使われる事態からして、そもそも聞いたことがなかったな……」
途端に荷物がなだれ込んできていた畜生め。
この寮は人が多いため、郵便物は各自の部屋の前に置かれるのが通常である畜生め。
325号室の扉の前に積まれたこれらは、今の電話で(台車によって)運ばれてきた物だろう畜生め。
(チク)ショウは部屋着のまま廊下に一歩を踏み出し、「うわさむ」と身を震わせながら。
「毎年だと慣れてくるぞーっと」
いそいそと、大切そうに抱えては包みを机へと移していく。何だかんだ言って楽しみにはしているらしい。
オレらはよくショウの事を枯れてると言うものの、嬉しいものは嬉しいのだ。イベント事には全力で取り組む奴でもある。バレンタインもショウにとって、そういった楽しむべきイベントの1つなのだろう。
「(……というか、どこからこんなに……。……うお!?)」
オレが興味からその手元に覗く宛名を見ると、国内各地方だけではなくまさかの国外……イッシュ地方やカロス地方なんかからも物が送られてきていた。
国内の各地方は多すぎるので割愛するけど。
「その辺はイッシュからのだな」
「イッシュ地方……ショウは夏合宿の前、班員のマコモさんの研究で行ってたんだったっけか」
「まぁな。ちょっと王冠の掘り出しに付き合わされてた……以外にも、何度か行ったな。そん時の知り合いからだ」
視線の先。
この国から遥かに東 ―― イッシュ地方の筆頭を飾るのは、丸文字で「ほみか5さい、パパへ」と書かれた謎の小包だ。
……贈り物に似つかわしくない毒々しい包装と相まって、既に意味不明の領域である。まさか11才にして子持ちなんじゃあるまいな。
…………あ、「パパ」の上に小さく(親が慌てて付け足した様な書体で)「名付けの」って書かれてる。なら大丈夫……いや、娘が5歳ってのはやっぱり駄目だ。逆算すると生まれた時のショウは6~7才だぞ? 名付けの親ってのはおかしいんだよ。普通は。感覚が麻痺してるなどうも。
同じくイッシュ。「フキヨセカーゴサービスより、ショウ君へ」と書かれた包みには、少し焼けた肌の活発そうな少女が耐寒装備を整え、スワンナやウォーグルと共に小型飛空艇で空をぶっ飛んでいる写真が添えられていた。
見たところ少女はオレ達より2つ3つ年下だろうか。だとすれば、グライダーまがいの飛空艇を乗りこなすというそのセンスは、あのソノコさんにも劣ってはいない。末恐ろしい。実にぶっ飛んだ才能だ。
ショウが包みを移動させながら日焼け少女についての写真を捲っていると、中には同年代の
ショウ(11才)はそれらを父性を込めた微笑みで見やり「カーゴ両親の娘さんにも友人が出来てなによりだ」と呟いて、次の荷物へ。
「そっちはカロスからか。……カロスも夏合宿の前に行ったんだったか?」
「ああ。いちお、そっちは初来国な。グリーンの付き添いでちょっと1周してきた」
「ちょっと1周とか、規模がなぁ」
この国から遥かに西 ―― カロスからは先ず4つ、「ルスワール4姉妹」と括られた箱。ラッピングに独特のセンスを感じる贈り物が届いている。
……送り印はカロスなのに、現住所がホウエンになっているのは兎も角。
…………どこの姉妹だよ。というか姉妹なのかよ。4人もかよ。しかも個別だしな! 緑色と赤色の贈り主は同年代らしく、特に気合が見て取れるほどの大きさで……あ、ショウは緑色(ルミタン名義)の贈り物にだけちょっと嫌な顔をしたぞ今。なんかチョコレートの他に女物のバトルシャトレーヌ用ドレスとかいうのが入っているらしい。それは嫌だな。確かに。ショウに着ろというのだろうか。
カロスからは他にもフレアなんたらとかいう謎の組織や、美人な写真家さん。女優さんなんかからもショウの個人名義で贈り物が届いている辺り、底知れない感が半端無い。ショウの場合は元からだけど、再確認出来るというかさ。わざわざこっちの国の行事に合わせて贈り物をするってよっぽどだと思うんだよな。
等々。1番上に見えている物をちらっと紹介するだけでもこれである。ワールドワイドに過ぎるぞ、ショウ。
「こうなってくるともう、すげーとしか言い様がない」
「あー、俺は顔が広いからなー。無駄に。それに、社会人なんで義理ってのも多いぞ」
「……一応聞くけど、義理って、それはショウの場合にも適用される通念なのか?」
「……。……俺としては、通用すると思うんだけどなぁ。信じておきたい」
うん。触れられたくない話題なのは知ってた。そこをあえて聞いただけだ。義理と本命の境目って何処に有るんだろうな!
「それはさて置き。シュンも貰えるだろ? 幼馴染とかから」
それらを踏まえつつ、ショウは(完全に流れを無視して)これみよがしに矛先を変えたものの……うん。
いやさ。……実はね。……そうでもなくてさ。
「……! その落ち込み様。いや、まさか……あの凄まじいデレ比率なのに、貰えないなんて可能性が有るのか?」
知らない内に哀愁でも漂っていたのだろう。尋ねたショウに向かって、オレは頷く。
ああ。あるんだよ。実はさ。そんな悲しい可能性が、しかもなかなか高確率。
―― なにせ我が幼馴染ことナツホは、総計2分の1の確率でバレンタインのプレゼントを下さらないのである!
「なんかさ。ツンとデレが競合してツンが勝つこともあるみたいでさ」
「ツンデレか。……業が深いな」
しみじみと語っては見るものの、此方にしてみればハラハラ感が半端ない。
去年は貰えた。エリトレクラスへの進級試験合格祝いだとかと理屈をつけて。一昨年は貰えなかったな。ナツホがチョコを渡す前に遠投してしまって池ぽちゃである。
とはいえ貰えない年も仲の良いナツホ両親からのフォローが入って、家で夕食を一緒にだとか、なんかんだでプレゼントっぽい行事は組まれているんだけどさ。
だとすれば今年は……うーん。
オレが確率とやらはどこまで信じて良いものか……脳内シュレディンガーのナツホ、と悩んでいるとだ。
「お。でも325号室あての荷物の中に、これがあったぞ。ほれ、シュン」
山の内から何かを取り出したショウが、そのまま此方に投げて寄こす。
長方形の箱がふわりと宙を舞う。オレは両手でキャッチしておいて……「コトブキヒヅキ」……っておい!
「投げるなよ!?」
「あー、それは悪かった。……じゃなくて」
「……そうだな」
2人して冷静になる。本題はそこじゃなくて、つまりは、ヒヅキさんからの贈り物なのである。
「……チョコレートか?」
「……チョコレート……だな」
緊張感やら何やらと共に慎重に包装を開いてみると、中身は、当然の如くチョコレートだった。コトブキ社ご令嬢らしく、海外の有名なトコから取り寄せたっぽい感じのだ。
……いやさ、個人的には嬉しい。ただ嬉しいのが悲しいというか後が怖いというか。複雑な感じなんだよ。
「貰えたことそれ自体は嬉しいんだよなぁ。ただ、このプレゼントを貰ったことによってナツホのツンの発動確率が変動しそうだっていう点には恐怖感を覚えるよ」
「成る程なー。流石はツンデレマイスター。あ、その場合は『もう貰ってるんだから』みたいな流れで貰えなくなるのか?」
「……どうだろう。張り合って貰えるってのも十分にありえるから、やっぱり五分五分だと思うけど」
ツンデレマイスターオレ、思わず天を仰ぐ。オレ達の戦いはこれからだ!
……ごめん現実逃避だ。結局のところ、貰えるか否かは神のみぞ知る。うん。祈っておこう。貰えますように貰えますように。
「つっても今年はエリトレの大会があるし、貰えるんじゃないか?」
微妙に苦笑しながら、ショウはそう励ましてくれるけどな。
貰えると良いな、きっと貰える。……ただやはり、確証がもてないのが辛いところである。
「まぁ、なんだ。貰えなかったらむしろあげるか! シュンがナツホに!」
「代案をありがとうな、ショウ。ただそれは女子力が高いぞ」
お前ならではの手腕だよ。そもそも作るだけの時間も無いしさ。
などと、戦々恐々たる面持ちながら、いつも通りのやり取りを繰り広げつつ。
よし。なにはなくとも腹ごしらえだ。まずは朝食を食べに食堂に向かおう。その後はバトルの練習もしなくちゃだし、な!
Θ―― ヤマムシ樹海域
「うーん……よし。そろそろ切り上げようか、
「……ブィ」コク
なんだかんだ、3時間ほどの模擬戦を終えた所で声をかける。
オレはバトルフィールドを駆け降りると、雪塗れになりながら息を荒げるアカネを抱え、綺麗な茜色の体毛から雪を払ってから、モンスターボールの中へと戻すことに。
ふと視線を向ければ目の前、バトルフィールドだけがくり貫かれたように雪が掻き分けられている。どれだけ走り回ったのかが一目で判るよな、これ。
練習相手だったケイスケも「戻ってりゅーたー」と、ミニリュウをボールに戻した。
「……んーぅ。この寒さだしー、バトルが外でやるんだったらぁ、どらごーんの動きが鈍るのも期待できるかもね~」
「でもフスベの里のドラゴンポケモンって、寒さには強いんじゃなかったっけ」
「それは他の場所のどらごーんと比べるとー、って言うだけだねー。動きは普通に鈍るよー」
加えて、そもそも学生であるイブキさんとそのポケモンはタマムシで生活しているのだから、寒さに耐性をつけようがない……だ、そうだ。ケイスケ談。それもそうか。寒さ対策なんてフスベじゃないと出来ないものな。
因みに、大会に参加したイブキさんの手持ちポケモンは既に判明している。
「(ハクリュー、シードラ、クリムガン。……この3匹だったな)」
水タイプのシードラは寒さにも強そうだけど、残る2匹は紛れも無くドラゴンタイプ。本戦が行われる闘技場はドームではないため、ケイスケの考えもありっちゃありかもだな。
とはいえ、判り易い弱点についてイブキさんが何も対策をしていないとは考え難い。公平さを演出する大会側も危惧している部分ではあるだろうし、臨時の暖房くらいは入りそうだ。あくまで可能性の1つに留めておこう。
「―― うーん。となるとやっぱり、対策は必要だよな。初手選出の読み合いみたいな形になるか……?」
「ねぇー、シュンー。シュンってばー」
「……と。悪い、ちょっと考え事してたよ。呼んだか?」
「うんー。だってさー、今日は午前ずっと練習してたけどさー、良いのかなぁーって」
「何が?」
「バレンタイーン」
疑問を浮べたケイスケから、間延びした声。
……あ、いや、忘れてはいないんだけど忘れたかったというかさ。
「なんでか、ナツホに連絡もつかないし。どうしたものかなぁと、兎に角、バトルの練習に現実逃避してたんだよ」
ちょっと肩をすくめながら、ケイスケには言い訳をしておく。
ナツホにせめて、午前はこの「スーパーひみつきち(命名ケイスケ)」でバトルの練習をしている、というのだけでも伝えてはおきたかったんだけどな。メールは送ったんだけど返信が無いので、伝わったのかどうか定かじゃない。
ただ、中日とはいえバトルに頭を割いておきたかったというのは本当の話だ。特にアカネには体を動かしておいて欲しかった。なにせ本番までに残された、
とはいえ、全力に後ろ向きだという自覚はあるんだぞーと。
「んー。貰えないかもって心配なのはーぁ、ボクにもわかったけどねー」
「……そういやケイスケは貰わないのか? イブキさんとか」
「イブキはツンツンだからねー。それにー、ボクとイブキはー、どっちかって言うとライバルだと思うよー」
ライバルか。確かにそうなのかも知れない。
幼馴染だとは言っても、ホウエンの竜の里……確か「流星の民」とかいったっけ。まぁ、そんな遠い一族から留学みたいな事をしているケイスケと、フスベの里で生まれフスベの里で育ったイブキさんとでは、距離もあるに違いない。ショウの幼馴染セレブっぷりを見ていると、やはりどうも麻痺しがちだけどさ。オレの中で幼馴染がゲシュタルト崩壊しかけているんだろうって思うことにしたい。
「さて。そのライバルから見て、今年のイブキさんはどうだった?」
「シュンならいけるよ~」
オレとしては、大会予選でイブキさんの様子を見ていたのであろうケイスケのご意見ご感想をいただきたかったのだが……おいおい。それで良いのかライバル。
「いけるいけるー」
「軽いな。そりゃまぁ歯も立たない手も足も出ない……って相手だとは思わないけどさ。でもそれって、要は、フレンドボールが平均レベルを圧縮してくれてるからだろ? もうちょっと何かないかなぁ」
「うーん?」
ケイスケが首を傾げる。
しかし、実のある話題を探しているわけではないみたいだ。すぐに表情をいつものだるそうなものに変えて。
「…………うん。イブキのポケモン達はー、確かに強いけどねー。育てるのはともかくぅ、イブキ自身がもうちょっと上手くならないとー、
「そうか? でも、相変わらず、イブキさんの事となると辛らつだよなケイスケは」
「辛らつというかー、ぼくとしてはイブキに頑張って欲しいんだよねー……。だから期待を込めてというかー、そんな感じー」
期待か。
……修行の間に聞いた「ドラゴン使いの事情」を鑑みれば、それも仕方の無い事ではあるのかもな。イブキさんにとっては大きな試練だろうけどさ。
「それでー、話題を戻すけどねー。……シュンならだいじょぶ、だよー。バレンタインもぉ」
「うん?」
のんびーりしたいつもの調子で、ケイスケが後ろを指差す。
追いかけて後ろを見れば。
「ほらねー?」
ケイスケが指差す先で、ポニーテールがツンデレに揺れている。
手を後ろに回して何かを隠す彼女の顔は、既に真っ赤だ。此方を上目遣いに伺いながらもじもじと内腿をすり合わせるその姿は、誰の目にも可愛らしく映るに違いない。可愛い。
更に後ろではヒトミが眼鏡を光らせ、ノゾミがクールビューティーにサムズアップしている。ナツホの退路を断ってるなこれ。流石は実行力のヒトミと思索力のノゾミ。
……うん。これは、待たせちゃいけないよな。
「お待ちかねだよねー」
「……そんじゃお言葉に甘えて。今日も練習ありがとな、ケイスケ」
「お達者で~」
ケイスケの台詞は色々とおかしいが、兎にも角にもお礼を言って、オレはその場から走り出す。
うん。
どうやら、嬉しい側のバレンタインになりそうで、オレとしては
(一安心と書いてひゃっほうと読む、堪えきれず漏れ出した心の叫び)
Θ―― 男子寮/325号室
ただまぁしかし、大会の中日ともあろうものが、バレンタインだけで終わるわけも無いんだよな。
その後も調整を重ねておいて、夜。
自室に戻ったオレは、眠る前に1つ、同室者へと相談をもちかけておく。
「なぁショウ。1つ、聞いても良いか?」
「いいぞー。……んー、でももうちょい待って」
そう言うと、仕事に手を着けていたショウは、机の上の資料を少しだけ端に追いやった。
「鋼タイプポケモンにおける選択的半減タイプについて」。
「ポケモン種別の進化レベルとトレーナーとの関係に関する第一報」。
「新区別:フェアリータイプ総論 カロスにおけるポケモンタイプの変遷と追加」。
「トレーナーが存在するポケモンにおける、バトルに関連した個別身体能力及び反射能力の基礎数値点」。
等々。
とてもじゃないが処理しきれるとは思えない題目が並んでいる。そもそもの題名からして難解だしさ。しかもこれらは全部がショウ主体の研究だというから、末恐ろしい少年である。むしろもう既に恐ろしい。
資料をデスクトップPCの前に積み上げ、省電力モードを起動すると、ショウはベッドに腰掛けて体勢を整えた。ただしコーヒーは手放さず ―― 膝の上に自分のイーブイを繰り出す。
《ボウンッ!》
「ブイー♪」
「これで良いか。んで、シュンは大会の間バトルについて、こっちから直接は助言を貰いたくないって言ってたから……あー、アカネの
「よく判るな、今の流れで」
「伊達に支援Aじゃあないもんで」
「ブィ~ィ」
「それはよく判らないけど」
イーブイはショウの腹に、オレはベッドの端に寄りかかりながら……支援Aとかが何を意味するのかは兎も角。
同時に、オレの切り出した「話題」を汲み取ってくれたショウの聡明さにはありがたさを感じつつ、続ける。
「前に……というか、アカネを受け取った時だったかな。ショウは言ってたよな? アカネみたいに『微妙な色違い』は、自然でも珍しくないって」
「あー、まぁ、そんな感じのことは言った気もするな。ただアカネの場合はイーブイって言う比較的臆病な種族に属してるし、種族そのものがレアだってのもある。一概に珍しくないかって聞かれたら、俺は首を振ると思うぞ」
「……そこで『一概に』って言っちゃう辺りがもう、まだ冒頭にすら入っていない筈の話の流れを読んでるんだよな……」
「伊達に10ヶ月も過ごしてないもんで」
「それはまぁ、判るかもだ」
「ブゥィ」
ショウとオレは10ヶ月も同じ部屋で暮らしている。朝練は一緒、クラスも同様でサークルすらも園芸でお揃い。挙句の果てにはイーブイを受け取る瞬間だって一緒だったのだ。そりゃ流れや思考だって判ることもあるだろう。
そんなショウを相手に、もったいぶった言い方をしていても仕方があるまいな。
「率直に聞くけどさ。オレも少しは調べたんだけど、アカネみたいな『微妙な色違い』って ―― 進化しても色はそのままなのか?」
「……んじゃあ、承りまして。その質問に答える為に、前置きを幾つかしておくか」
「ブィッ」
ショウがよっこいせと声を出して、ベッドから起き上がる。イーブイは息を合わせてショウの首元……肩に飛び乗った。
顎に指を這わせ、ぴっと人差し指をたてて。イーブイがその横でぶいっと耳を立てて。
長くなるぞという前置きの前の事前承諾をした上で、話し出す。
「最近の研究によって判ってる範囲だと、ポケモンの色違いってのは幾つかパターンがあるらしい。個体差の範囲内、ぽわぐちょやバスラオみたいに環境の差、ポケモンの種類によっては雌雄の差ってのも確認されてる。
ただ、俗にいう『色違い』っていうのはそれとはまた別だ。そういう、アルビノに近いらしい色素そのものが置き換えられる『色違い』は、ポケモンっていう生物の場合、種族としての色から『大きくかけ離れたもの』に統一され易い。……まぁこれもバタフリーの場合に数種類……ピンクとかの変り種も確認されてたり、例外はあるっぽいけどな?
んで、どうでもいい無駄話は置いといて。
種族によって差はあるにしろ、この色違いの区分けはイーブイの場合はそのまま当てはまる。統計上、遺伝子レベルで変色した場合、イーブイって言う種族は毛が『銀色』に置き換わる事が多いんだそーだ。通常の茶色とははっきり区別される色だな。この遺伝子レベルの変色の場合、普通は進化先でも遠めに判別がつく程度には変色するっぽい。
ただ、進化元になるイーブイは銀色なんて判り易い色なのに、進化系統は比較的……他のポケモンと比べると判り辛い部類になるみたいだな。シャワーズとブースターは特に、変化が
あー……まぁ、アカネの毛色の場合、体毛が茜色になってるって言うのはそもそも、ぎりぎり『地域による個体差の範囲内』だと思うんだ。俺があれからマコモさんやその同僚の博士の協力を貰って調べた所、マサキのパソコンに置き去りにされたイーブイ達の出自って、どうもイッシュのヒウンシティ源域に生息してる純血統らしいんだよな。俺んトコのイーブイも含めて、だ。だからこそシュンのアカネは特性だって『そう』出来たろ?」
コーヒーを1口含む。
立てた人差し指を顎に当てる。ついでに微笑み。
「まとめるとだ。DNA的にもシュンのイーブイは純血統で、色違いは個体差の範囲内だと考えられる。通常のイーブイは進化の石で進化しても、大きく色違いになる可能性は低い。むしろ薄まる可能性が高い」
ここで一息、間を置いて。
「―― これらの例から考えると、結論は多分
うん。やっぱりな。
進化すると個体差が薄まる。綺麗な茜色のその体毛が、同種のものと近くなる。
……それはアカネにとって、嬉しい事なのだろうか。
……そしてオレにとって、喜ばしい事なのだろうか。
思考と共に息を吐き出したオレに向かって、ショウは率直に切り込んでくる。
「そんで結局、どうするつもりなんだ?」
「ブイブイ?」
「……その辺はアカネ次第かなぁ」
「シュンのそのスタンスも含めて、俺は良い考えだと思うぞ。……やっぱり進化って『強くなる』もんな。アカネだってこの先もずっとサポート重視って訳じゃあないんだろ」
「アカネ自身はそう思ってるみたいだ。ヒヅキさんのブラウンみたいな、あんな感じのアタッカーにも憧れてるらしい」
「成る程なー。まーそれなら確かに、『どっちも出来る』のが好ましいかね。必要な時に力がないってのはやっぱり悔しいぞ。それは多分、戦ってるポケモン達だって同じだ」
「うん。大丈夫、それに関しては嫌ってほど実感出来てる」
この大会の直前に、ユウキのイーブイはシャワーズに進化した。
電子文面でやり取りをしているヒヅキさんのブラウンも、ホウエンのスクールには大きな大会が無いそうなのだが、サンダースに進化したと聞いた。
そして、オレがアカネに「似合いそうだ」と思っている進化先は ―― もう1匹。
「しっかし、アカネには抜群にはまり役だろーな。性格的にも色的にも向いてると思うぞ?」
「ブイブイ!」
「ショウもイーブイも、太鼓判はありがとな。ただやっぱり、明日の最後の休日を使ってアカネとじっくり相談してみるよ。進化はポケモンにとっても一大事だし」
バレンタインのいざこざがありつつも、結局は調整に費やした間日を経て、ポケモン達はおねむの状態だ。机の上のモンスターボールは既に、微動だにしていない。
向かいのショウはにやけたままだ。こいつもマルチバトルの大会があるはずなのに、余裕が半端無い。コイツの様に何事も楽しめるのならそれが1番、だがしかし、そう上手くは運ばれぬのが人心というものである。
上級科生によるシングルバトル大会。
残るバトルは、決勝まで残ったとして最大5戦。
「……そろそろ寝ておこうかな」
「それが良いだろーな。俺も、続きは明日の朝にしておくよ」
オレとショウと、揃ってベッドに身を投げ出した。
何せ大会の……ポケモンバトルの中で。自分とそのポケモン達に最大のパフォーマンスを発揮してもらう事こそが、今のオレの仕事であり、目標でもあるのだからして!
今回はここまで(というかこれだけ)ですすいません土下座。
バトルは煮込み不足のため見送りになりました。申し訳ないですすいません地面に頭突き。
代り日常回を挟んでおいて、ついでに仕込みをしておきました。
この先は恐らく想像通りの展開ですが、とはいえ日常回がなくなる訳ではないのですよね。
ちょいちょい伏線というか仕込んでいたネタも回収してはいますが、その辺りはあまり重要ではないので。ご愛嬌なのです。
>>ピンクのバタフリー
バイバイバタフリーは涙なくしてみられません。
関係ないですがサトシ君は早くピジョットを迎えに行ってあげてくれると私が嬉しい。
ただ、ゲームのバタフリーの色違いはピンクではありませんね。いや本当に。
しかしピンクのバタフリーはアニメだけの話ではなく、ゲーム内の会話にも登場します。確か(少なくとも)クリスタル版「いかりのみずうみ」に居るモブ人物が話していた筈です。うろ覚えですが、ですので、原作通りという事にしておきました。
因みにGB版「いかりのみずうみ」周辺の人物は、「ピンクで花柄のポケモン」……つまりはムンナの登場を予見していたりもするのですよね。これも怪しい電波の影響でしょうか(ぉぃ
>>バン・アレン帯
神秘の宇宙に存在するなにがしか。
>>バレンタイン
監督でしたが何か。
>>企業の陰謀
生徒会よりもマテリアルゴーストの方が好きな私は異端でしょうか(何
>>贈り物、ワールドワイド
5才というのは想像以上に大人です。
ただ、フラグというものは消化しないといけないのですよ……。
>>鋼タイプポケモンにおける選択的半減タイプについて
ジュエル同様、調整が入りました(遠い目。
個人的には、メガグロス様に『ふいうち』が通るため、大変に助かっております次第。
>>トレーナーが存在するポケモンにおける、バトルに関連した個別身体能力及び反射能力の基礎数値点
もしかして:努力値