ポケットでモンスターな世界にて   作:生姜

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1995/秋 VSロケット団⑥

 

 ガラガラをその場に残し、ミドリとベニにはその監視をお願いした。

 信頼できるポケモンらにその場を任せ……とはいえ距離はそう離れてはおらず……オレは先行したルリの後を追う事にする。

 

 

「まだ大丈夫か、アカネ?」

 

「ブ、ブィ」コク

 

 

 走るオレの横にはアカネ。アカネにはガラガラが何時立ち上がっても相手を出来るようにと、『あまごい』を追加で繰り出し「雨」の天候を維持してもらっている。

 ……しかしこれは当然というべきか。駆けつけてみれば、戦線を押し上げていたルリは、既にラムダをフェンスの端へと追い詰めていた。

 

 

「―― っと、シュン君。無事ですか?」

 

「なんとか。ガラガラもなんとかなった」

 

「おー、流石ですね!」

 

 

 来たばかりの此方を気遣う余裕もある辺り、流石はチャンピオンだよな。

 しかしまだ敵は居る。オレも、場に到着してすぐに戦況の観察を開始する。

 念波と共に飛び交うミュウ、上空から一撃離脱を繰り返すピジョット、炎を吐き電撃を繰り出し冷凍ビームを放つ大怪獣ニドクインや、黒オーラ全開のジヘッド、ちょいちょい割り込んで援護に徹するクチート、歌って踊れるプリン(オチ)。どうやら戦線は均衡を保っているらしい。

 しかしそこに、今は7匹目(・・・)のポケモンが姿を現していた。

 

 

「フィァー♪」

 

「ジヘッドに続いて『りんしょう』を、ニンフィア!」

 

「フィー……ア゛ーッッ!!」

 

 

 見慣れないポケモンだけど、それもルリに限って言えばいつもの事。恐らくは新種なのだろう。

 ニンフィアと呼ばれたポケモンは、どことなくイーブイに似ている様な気もする外見。体色は白とピンク。耳をピンと立て、リボン型の触手っぽいものをルリの腕にグルグル巻きに巻きつけている。お楽しみのご様子(語弊)だ。

 ジヘッドの直ぐ後。ニンフィアの叫び声……『りんしょう』が近場のラッタを吹飛ばすと、ルリはニンフィアを宥めつつ前線に向かわせる。そんな(ニンフィアが、楽しそうな)ルリとは裏腹に、援軍であるオレの到着を見て、ラムダは露骨に顔をしかめてみせた。

 

 

「……っち。こりゃあどうやら、引き際だな? 時間は時間だが……援軍も期待は出来ねえ」

 

「どうでしょう」

 

「っは、ふざけんな。今おれ様が相手出来てんのは、元チャン様が1人しかいないうえに戦うポケモンが少ねえってな、環境の甘さに漬け込んでるだけだろうがよ。切り札で用意してたあのガラガラを、まさかそこの一般エリトレ候補生に足止めされちまうとはな。……こりゃあ、逃げの一手だ」

 

「はぁ。まぁ、貴方にとっては時間も丁度良いですかね?」

 

「―― へっ。そう言う事だな。まっ、今回に関しちゃあ痛みわけってとこにしとこうや」

 

「痛みわけは良いですけど……HP平均化は兎も角、簡単に逃がすつもりはありませんよ」

 

「おお、知ってるぜ。転送技術……部下どもがやってた『あなぬけのヒモ』紛いのワープは封じてんだろ?」

 

「はい。それに今、ジュンサーさん達が屋上を囲んでいます。物理的に捕縛する用意はしてもらっておりまして」

 

「それはハッタリだろ。ま、ジュンサーどもがこっちに向かってるのは知ってるがよ。……抜け目ねえな」

 

「いえいえ。貴方には敵いません」

 

 

 ルリはそう言って、視線を逸らさず両腕を広げた。

 日が沈み始めたタマムシシティの空。雨雲はオレらの上に限定的であるため、空の端では藍色と茜色とが入り混じっていた。

 そんな幻想的な空に無数に浮かぶ、ラムダのマタドガス。そして距離がありながらも、その相手をしているルリのポケモン達。

 とは言え、その技量の差は圧倒的だ。ルリのポケモン達が攻勢に転じると、1匹……2匹とマタドガスを落としてゆく。

 対して、ラムダは動かない。今までの戦況から考えるに、ここは増援を呼ぶ流れなんだけどさ。

 

 

「……っち。仕様がねえな。こいつぁ最後の手段だったんだが」

 

 

 その代わりにと呟き、ラムダは腰のバッグを開く。

 

 

「……うっわ。まだ居るんですねー」

 

「そら当然だろ? おれ様のやり口はこれだ。弾切れだけはしねえよ」

 

 四次元鞄だったのだろう。開いた口からぼろぼろとモンスターボールが零れ出し……そのままにやりと笑う。

 

 

「おれ様の手持ちポケモンはよ、全部が『じばく』を使える様にしてあんだ。今までは研究機材もあったし、おれ様まで巻き込まれたら堪んねえからな。一斉にってのは遠慮してたんだが……さて。想像しちゃあくれねえか。こいつら全部をこの屋上から解き放って……一斉に『じばく』と『だいばくはつ』を命じたらよ。面白い事になると思わねえか?」

 

 

 そんな事を言う。何を仰るなんとやら。

 ……一斉に、か。

 ……いやマズイというか駄目だというか元も子もないしやめて下さればと駄目だろそれはッ!?

 

 

「―― そらよっ!!」

 

 

 最悪の想像を前に思わず足が止まる。

 そんなオレを他所に、ラムダはすぐさま手元で操作を……駄目だ、って!!

 

 

「「「ドガーァス」」」

 

「「「ドッドガーァス」」」

 

「「「マァァァータドガーァス」」」

 

「「「D・О・G・A・R・S」」」

 

 

 ディー、オー、ジー、エー、アール、エス ―― DOGARS(ドガース)!!

 50匹を超えようかというドガースとマタドガスが、一挙に、雨粒落ちる宙へと飛び出した。

 空中とは言え数が数。わらわらと湧いて出ており……

 

 

『さあさ、タマムシスクールトーナメント秋の陣、決勝戦も最終局面! おてんば半魚人カスミちゃん、ばーさす、ヒトミ選手ッ!! 今、最後のポケモンが……はれ?』

 

『半魚人は間違いにしても酷いと思うけど……どうしたの、クルミちゃん? ……上?』

 

 

 管理棟前広場。

 バトルトーナメント決勝戦の観戦の為に集まった人々も、雨傘を開きながら何事かと管理棟の空を見上げ。

 

 

「弾けなあっ ―― 野郎どもぉぉッ!!」

 

 

 ラムダが叫ぶ。

 指示に応じ、ドガース達があちこちで光り出す。

 慌てて後方を確認。ガラガラの様子を見てくれているミドリのツルが届かない距離ではない。ルリも、ポケモン達に一斉に指示を出せば一撃は与えられるだろう。

 しかし、ドガースの数が多すぎる!! 全部を「ひんし」に持っていくには ――

 

「(―― 違う、諦めるな! 何か……)」

 

 必死に周囲を見回す。

 この状況を打開する、何か……

 

 

「―― 大丈夫です。あたしに任せてください。援護は既に、そこに居る貴方のポケモンがしてくれていますから」

 

 

 前方。ルリが一歩を踏み出していた。

 そこに居る……って、アカネがか?

 

 

「ブ、ブゥィ?」

 

 

 アカネは何事かという様相で此方を見上げ、疑問符を浮べている。自覚は無いと思う。何かしらの援護をしているらしいのだが。

 ぽかんとしたままのオレとアカネを他所に、彼女はそのまま腕を振るう。

 

 

「ここが全力の出し所ですっ……行きますよ!!」

 

「―― ピジョオオオオーッ!!」

 

 

 腕を振るうと同時、空から急降下してきたのは、ピジョットだった。

 どこかのインタビューで聞いた覚えがあるのだが、ポッポはルリが一番最初に捕まえたポケモンなのだという。それだけに進化したピジョットとはコンビネーション抜群なのだとか。

 そんな噂にそぐわず、ピジョットはここぞという絶妙のタイミングで降下を始め……

 

 

「ピジョッ……」

 

 《ギュルン》

 

 

 ……そして、その身体が光の渦に包まれるとかな!?

 

 

「なんだありゃあ!?」

 

 

 ラムダの叫び声と、人々の騒ぎ声とが重なった。

 驚くのも無理はない。オレだって何が起こっているのか判らない。というか説明できる人がいるのかこれ。あ、ルリは説明できるか(混乱)。

 ルリのジャージのポケットからも虹色の光が溢れ出し、ピジョットを包む光の(まゆ)にはヒビが入り始め。

 

 

 《ピシッ……パキキ》

 

 

 ドガースの集団まで距離10(メートル)。

 ピジョットの身体を球状に覆っていた光の繭。ヒビが一層大きくなり、

 

 

 ――《《ブワァァーッ!!》》

 

 

『ピィ、ジョォオオーーッ!!』

 

 

 虹色の炎を吹き上げつつ、一層大柄に姿を変えたピジョットが、堂々たるその姿を現した。

 空を見上げていた誰もが、敵味方に関係無く、口をぽかんと開いたまま固定される。

 その姿は、外見だけで言えば確かにピジョットなのだが……頼もしさが出たというか、トサカが長いというか。まるで「別の進化をした」様な、通常のピジョットとは一線を画す風格を備えていて。

 思考は止めず……兎に角。今までと姿を変えたピジョットは ―― ドガースを何とかするためのルリの「策」であるに違いない。

 

「(きっとルリとあのピジョットなら、鳥ポケモンの最大技を使いこなすハズ。……なら!)」

 

 飛行タイプの大技は、講義によって学んでいる。

 「遠距離」……そしてアカネの降らしている「雨」。

 

 

「さらに援護だアカネ! 『てだすけ』!!」

 

「ブ、ブィ。……ブィ!」

 

 

 解は出た。オレらに出来るのは「援護」であると。

 アカネの『てだすけ』に答え、ピジョットはトサカをなびかせながら、くるりと(ひるがえ)り。

 

 

「援護ないす! ……さあさ! 全てを巻き込む貴女の特性……加えてこの悪天候ならば、ドガース全部を狙ってもおつりが来ます!!」

 

 

 ルリが笑う。

 びしりと、勢い良く、それら全てを楽しむが如く、指差した。

 

 

「行こう、メガピジョット! ――『ぼうふう』!!」

 

「ピ、」

 

 

 

『―― ジョオオーーーッ!!』

 

 

 両の翼が唸る。タマムシシティの上空を、荒れ狂う風が吹き抜けた。

 凄まじいまでの勢いだ。宙を漂っていたマタドガスやドガースが、クモの子を散らす様に吹き飛んでゆく。『じばく』の準備に入っていたはずなのだが、爆発もしない。恐らく今の『ぼうふう』による一撃ですべてが「ひんし」状態にまで追い込まれたのだ。

 上空に向けて放ったからだろう。風はそのまま、勢い良く空をも突き破る。最後に空を飛んでいた為に巻き込まれたヤミカラスの「バンザぁぁぁぃ」がフェードアウトしていって。アカネの呼んだ雨雲にぽっかりと穴が開き、そのまま、散り散りになって消え去った。

 夕日を挟んで、背後には七色の虹が輪を描いた。後味すっきり、正に会心の一撃である。

 

 

「ありがとです、ピジョット。ドガース達以外の相手に戻ってくださればと!」

 

「ピジョッ」バサァッ

 

「……ちっ」

 

 

 かなりのポケモンを投入した一手をあっけなくも封じられ、ラムダは軽く頬を引きつらせている。仕方が無いだろう。それが普通の反応である。オレも敵側だったらそのリアクションだったに違いない。

 でも……それでも笑って。余裕を崩さない辺りに、幹部らしさが垣間見えている気がしないでもないな。

 

 

「……で、だ。おれ様が最後の最後でとちると思うか?」

 

「いえ。用意周到ですからね、貴方は。ですがそれを予測するのも難しく……まだ、策のお披露目ですかね?」

 

「おう勿論よ。……ほら、向こうをみてみな」

 

 

 正対するルリに見せびらかすように、ラムダが親指で木々の間を指差した。まだ策があるのか……と、オレもアカネも視線を向ける。

 屋上に張り巡らされたフェンスの前。

 逃げ場のないそこに、マタドガスと……。

 

 

「あのマタドガスは遅れて反応するよう指示してある。……お嬢ちゃんがどうなっても知らねえぜ?」

 

 

 そこに居たのは、お菓子作りを担当していたはずの少女。

 トーナメントの決勝戦は長引いていたらしい。既に時刻は17時……閉会時間を過ぎている。

 だから恐らく3日目の為に、許可を得て木の実の補充に来ていたのだろう。

 その両手に籠を抱え、此方を前髪の内から呆然と見つめる ―― ミカン!

 

 

「は、れ……?」

 

 

 彼女は呆けたままだ。前髪で見えないのか、頭上のマタドガスにも気付いている様子はない。

 ……当然だけど、でも、あれはまずい。巻き込まれる位置だぞ!?

 

 

「避けろっ、ミカン」

 

 

 オレは慌てて叫びつつ、周囲を見回す。

 オレとアカネはミカンまでかなりの距離がある。ミドリはかなり背後でミカンを守れる位置にはおらず、それは未だ残っているラッタやアーボックの相手をしているルリのポケモン達とて同じこと。

 打つ手が見当たらない、って、だからと言って諦める訳にもいかないしっ……

 

 

「―― マーァタ、」

 

 

 頭上のマタドガスがゆらりと揺れる。

 ミカンは未だ気付かず。

 せめてもと腕を伸ばすが、当然……届かない!

 

 

「……あ」

 

 

 オレが手をこまねいている間にもマタドガスは律儀に指示に従い、光を放ち始めた。

 フェンスとマタドガスに挟まれているミカンは、ようやく頭上の光を見て、しかしぽかんと口を開く。

 数秒の後には『じばく』が敢行され……

 

 ……るっておい!?

 

 

「この場を任せます! ……そらっ!!」

 

 

 そこへ、自分のポケモン達には曖昧な指示を出して。ルリが気合い一声、駆け出していた。

 ただし本来ならば走ったところで間に合うはずもない。オレより近い位置にいたとはいえ、ミカンまでの距離は10メートルはある。

 ……だがだが、しかし、しかして!

 

 

 ――《フィィンッ!》

 

「んよいしょっ」

 

「あぷっ」

 

 

 人を驚かすのが趣味なのだろうか。だとしたら悪趣味といわざるを得ないが……兎に角。ルリの靴から謎の駆動音が響いたかと思うと、その距離を僅かに2歩で埋め、ミカンを腕に抱いてみせたのである。

 そしてそのまま。

 

 

「ドガーァ……」

 

「ミカン、しっかり掴まっていてくだされば ―― とっ!!」

 

 《ガシャッ》――《 バッ! 》

 

 

 光を放ち始めているマタドガスを背景に ―― ルリはフェンスの端から、跳躍した。

 ……ってここは屋上だぞおい! 管理棟の7階相当の高さから、一切の躊躇なくとか! いや、その発想は無かったけどさ!?

 

 

「はぁぁ!? おいおい、まさか……っち、こうなったら……!」

 

「……ーァス!」

 

 《ヒィィィ、》

 

 ――《 チュドオオオオォォンッ!! 》

 

 

 そして響く、炸裂音。

 びりびりと空気が震え、屋上に並ぶ木々が爆風に傾ぎ、辺りが閃光に包まれた。

 

 

「ド、ッガ~ァァ」

 

 

 光と煙が晴れてゆく。

 役目を終えてぽとりと地に落ちるマタドガス。どさくさに消え失せているラムダ。

 ……それよりもだ!

 

 

「大丈夫なのか、ルリ!」

 

 

 視界が復活すると同時。オレは走り寄り、爆発によって焼け焦げたフェンスの向こうを覗き込む。

 ……って、

 

 

「……って、おおう」

 

 

 思わず漏れた安堵の息。ああ、安堵によるものである。

 管理棟前の広間ではポケモンバトル大会の決勝戦が開かれていた。人も数多く集まっている。

 何せ、そこには。

 

 

「っふー。何とかなりましたね。流石は相棒。良い仕事をしてくれます」

 

「っあ、……あの……一体何が? ……いえ、その、まずはありがとうございます……?」

 

 

 バトルステージの間に広がった『クモのす』―― 救命ネットの上。

 ミカンを抱きかかえながら寝ころぶルリが、いつもの笑みを浮かべていたのである。

 

 






>>ニンフィア
 オチにも絡まず、ある意味ぽっと出。リボンでぐるぐる巻きにされたかった(ぉぃ
 次(の、次)話にて色々と理由も説明されます予定です。


>>ディー、オー、ジー、エー、アール、エス ―― DOGARS(ドガース)!!
 ずぎゃぎゃぎゃぎゃー、
 てーーー、てれれっててー、
 てーーー、てれれってててー↑
 てーーー、てれれっててー、れっててー、てーーー、てれらったりれ~れー

< ホミカチャーン

(BW2、タチワキジム内でジムリーダーホミカ達のバンドが鳴らしている楽曲の歌詞より抜粋)


>>目がピジョット ← 予測変換
 いや違う。メガピジョット。とはいえ、最初に進化するとすればピジョットでしょうと。
 ……いえ、学園編の内に誰かはメガ進化させようとは思っておりました。本当ですよ(学園編の構想がXY以前でしたので言い訳)。
 なので、ピジョットでなければクチートでしたね。惜しい。
 因みにメガピジョットの『ぼうふう』時の台詞が重複して「ジョジョオオーッ!!」になっていた時にはびびりましたが。何部の主人公ですかと。

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