ポケットでモンスターな世界にて   作:生姜

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1995/秋 序幕ですか、1日目

 

 

 なにはともあれ、『虹葉祭』の開催である。

 

 我らが園芸サークルの陣地は公正なるくじ引きの結果、体育館前に決定している。

 集客と言う意味であれば一等地は管理棟の前なのだが、あそこにはライブを行うための特設ステージが設営されている。出し物が本格的にが始まってしまうとどうにも客引きが出来ないため、少し離れたこの場所は中々に良い場所なのだそうだ……とは、ナタネサークル長の談。

 という訳で、マイを引き連れたオレとナツホはそこを目指しているのだが。

 

 

「っし。見えた」

 

 

 花満開の屋台は遠目からでも実に目立つ。あれだな。

 オレがナツホを引きつれ近付くと、既にプランターが所狭しと並べられていた。その筆頭に立っているのが、現在オレのお目当てのお人……ナタネさん。

 

 

「あらら、シュン。今日も子連れね。誰の子? ナツホ?」

 

「っなー!?」

 

「子連れじゃないです、ナタネサークル長。それと子持ちであることがあたかも当然であるかの様に話さないでくれません? 友人の妹さんですって」

 

「……」ササッ

 

「あっはっはー、知ってる知ってる。いやあ、ナツホの反応がみたくって」

 

 

 からからと笑うナタネさん。

 ……ま、確かに。「っなー」とか言ってたもんな。からかいたくなる気持ちは判らないでもない。オレも後でやろう。

 あ、因みにマイは友人の妹という体にしている。知らない人の妹を連れまわしていると知られるのはあまり外聞が良くないからさ。

 

 

「ですけど、今はそれよりも。手伝うこと無いですか?」

 

「おおっと、手伝ってくれるのかな? 確か2人とも、店の当番は13時からだった筈だけど」

 

「そうなんですけど。どうにも早起きしてしまったので」

 

 

 という方便と共に、オレは手伝いを進言する。

 実際にはジョーイさん達が増えてくるまでのマイの安全確保が理由としては大きいんだが、早く起きたのは嘘でもないし。

 この申し出を受けて、ナタネさんは腕を組んで考え出した。

 

 

「んー……それなら……そうそ! ここからは少し戻るけど、ミカンの方を手伝ってくれない?」

 

「ああ、はい。……結局女子寮の設備を使ってお菓子を作っているんでしたっけ」

 

「うんうん。でも今日は途中までミカンの専任補佐が居ないでしょ? おかげで、ミカンが何かこう……落ち着かなくってねー」

 

 

 ナタネさんが思案気に首を振る。

 手伝いの内容については予てからの予想通り、お菓子作りという事になったのだが……しかし、成る程。

 ショウの奴はミカンのお菓子作りを全般的にサポートしていた。ミカン自身もお菓子作りの腕は悪くなかったのだが、ポフィンやポロックに関してはアイツの木の実知識が大きな助けになったとか。加えて、お菓子作りの講師もショウの紹介した友人だしな。ナナミさんって言う人で、お姉さん系の美人幼馴染だった。うん。ショウめ、爆発以下略。

 だが今は、そんなショウが居ないという事態である。ミカンの性格から言って、浮き足立ってしまうのは仕方がないか。

 ……よし。それなら。こういう時こそ出番だな。

 

 

「つー訳だからさ。是非とも、頼んだナツホ!」

 

「……え、あたしが行くの? あいつを探しに行くんじゃなくて? だって、今日は帰ってきてるんでしょう?」

 

「んー、どうせあいつは帰ってきても忙しくしてる筈だしな。何よりナツホだってミカンの友人だ。心配だろ? ……そしてぶっちゃけ、あの女子空間は男にゃキツい。オレだったら逃げるね」

 

「……それもそうね。それじゃあマイはどうするのよ?」

 

「そうだなー……」

 

 

 勿論あの場所にマイを共だっても良いが、オレとしては学祭を回っておきたい気もするな。マイに学祭を見せる……というのもそうだし、オレら護衛陣としての「目的」もある。

 ナツホも大体は同じ様に考えているのだろう。オレとマイの返答を待ってくれている。

 ……さて、それじゃあ此方様からの意見を頂戴するか。

 

 

「マイ。学祭回るの、オレが一緒でも良いか?」

 

「……。……ん」

 

 

 よし。この「ん」は肯定の意味だ。

 小さく頷いたマイは、ナツホの後ろからおずおずと身を乗り出し……そのまま、『こうそくいどう』でオレの影に移動した。でもやっぱり隠れるのな。マイ。

 

 

「わっ、素早い!」

 

「マイの素早さは半端無いですよ」

 

 

 ナタネ先輩の驚きには適当に相槌をうつ。というか実際、マイの駆け脚はオレより速いな。

 この様子をみていたナツホは、多少呆れながらもふんと笑った。

 

 

「まあいいわ。それじゃあ頼んだわよ、シュン。マイを危ない目に遭わせたら承知しないんだから!!」

 

 

 びしりとオレを指差して。おお、ツン度高めだな。

 これはこれで良い物だが……マイが危険だとか言うのを暗にひけらかしてしまってるな! うっかり屋め!!

 だとすれば仕方が無い。こういう事もあろうかと。……ついでにあれを切り出すことにしますか。

 

 

「了解。……ついでに、それじゃあミッションコンプリートしたらさ。ナツホ。3日目、オレに付き合って学園祭を回ってくれないか?」

 

「……。……っなー!?」

 

 

 などと、当初から準備をしていたオレの切り返しにナツホが再びの驚き声をあげる。

 だってさ。

 ……せっかくの文化祭なんだし。

 …………マイの安全も大事だけどさ。なぁ?

 

 

「おやぁ?」

 

「……」キョロキョロ

 

 

 ナタネさんがにやにやとした笑みで視線を交互に。マイは落ち着かない様子でオレを見ている。

 これも仕方の無い反応だろう。何せ目前でデートのお誘いをしてみせたのだから。……このインパクトがあればマイの危険云々も煙に巻けると考えての行動なのだし、反響が大きいのは嬉しい事だ。うん。オレ個人としては大分に恥ずかしいけどさ。

 ナツホは暫く大口を開けて驚いていたが、全く動じないオレの様子を見て、当初から計画していた事を悟ったのだろう。やっとの事(何とか)平静を取り戻して。

 

 

「―― ふん、良い度胸じゃない」

 

「度胸は大事だろ? 返事を貰えると嬉しい」

 

「……良いわ。その代り、約束は守りなさいよ? 3日目には禍根を残さないで」

 

「ああ。それは勿論だな」

 

「分かってるなら良いの。……頑張りなさいよ。……た、楽しみにしててあげるから!」

 

 

 最後にこれぞツンデレという台詞を残し、ナツホは女子寮に向けて走り去って行った。ポニーテールが揺れる揺れる。「実はオレ、ポニーテール好きなんだ」が至言である。

 

 ……そして周囲の視線が生温い!!

 

 

「ツンデレというか、完全にデレ期よねえ」「あ、それ知ってる。攻略済みだからでしょ?」

「どわすれ」「バリアー」「コスモパワー」「とける」「こらえる」「がまん」「いかり」

「防御あげたり耐えたりしてんな」「いや、最後の2つは危険じゃね? 怒りのボルテージ上がってんぞ」

「みせつけるなよシュンー」「みせつけないでよナツホー」「みせつけ……うええ」「泣くなって。オレがいるだろ」

「これが学園祭パワーなのね……」「というか誰だ今シラッと惚気た奴」

 

 

 ……ああ。

 周囲に他のサークル員も居ただなんて事実は、決して忘れていないともさっ!!

 衆人環視かっ!!

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

 ナツホがお菓子班を手伝いに行ってから、幾分かの時間が過ぎる。

 オレは引き続き、体育館前に残ってプランター運び(力仕事)を率先して手伝っていると。

 

 

 《ドンドン》――《ドォンッ!!》

 

 

 いきなり撃ちあがった花火の音に、オレだけでなく、準備を進めていた生徒達が何事かと耳を澄ます。

 すると次いで、ががががという雑音と共にスピーカーが鳴り出し。

 

 

『お待たせいたしました。これよりタマムシ大学学園祭、『虹葉祭』を開催致します。つきましては、学長と生徒会長から開会の挨拶を行います。お越しの皆様方、是非とも管理棟前へとお集まりください』

 

 

 という放送でもって、開会宣言が始められようとしていた。ってか、もう開会の時間なのな。随分と早かったように感じられる。

 暫くすると開会宣言が流れ出す。学長からは型通りの、ギーマ会長からは型通りだが変人の雰囲気を漂わせた挨拶が行われ……遂に、開催が告げられる。

 入口の方面から人波がどっと押し寄せた。

 そして、同時に。

 

 

「虹葉祭名物、タマムシ焼きはいかがっすかー!」

「焼きそばー! 焼きそばー!!」

「わたあめあちらで販売してまーす!!」

「10時30分から公演ありまーす!! 演劇サークル、是非ご覧になってくださーい!!」

「なんの、バンド演奏は今すぐにでも始まりますよーっ!! 管理棟前特設ステージ!! 是非足を止めてお聞きくださいっっ!!」

 

 

 お客の到来に合わせて、周囲から大声があがっていた。まさに客引き音声の飽和攻撃である。

 オレは圧倒されながらも、暫くそのまま、園芸サークルの成り行きを見ることにしておく。……準備をあれだけ頑張ったのだ。その滑り出しは気になるからな。

 園芸サークルは、代々プランター売りをしているからか、早速と手に取ってくれるお客さんが沢山いた。今年はその中に、並べられたお菓子を見てくれる人も含まれている。

 ポケモンにも食べさせられるという点を紹介されると、どうやら喜ぶなり驚くなり。反応は上々だ。

 

 

「はい、配送ですか? 少々お待ちください ――」

 

 

 そんな中で、ナタネさんは店頭に立ちつつも購入したお客さんへの宅配サービスを請け負っていた。

 誰も彼も、兎にも角にも忙しそうだな。オレがこの状況から抜けるのは気が引けるなぁ……なんて、考えていると。

 

 

「―― ほらシュン、その友人の妹さんを連れて何処かに出かけてきなさいな」

 

 

 当のナタネさんから、そう声を掛けられてしまった。

 これはあれか。就職面接にスーツを着てこなくても……とかいうのと同様の心理戦か。

 

 

 《ペシンッ》

 

「はいはい、無駄な事は考えない!」

 

「……痛いですよナタネさん」

 

「ウソをツかない。加減したわよ」

 

 

 ま、ナタネさんに叩かれたとしても、勿論痛くは無いんだけどさ。

 

 

「それより、当番じゃないならさっさと行く! そんなお節介な部分まであれ(・・)に似なくていいんだから!!」

 

「わ、分かりました。……行こう、マイ」

 

「……ん」コクコク

 

 

 有無を言わせぬ迫力を放ち始めたナタネさんに背を押され、オレは園芸サークルの屋台を離れる事となった。あのミスターお節介であるショウに似ているとか言われたら、なぁ。身の危険を感じるぞ。

 とはいえ、ナツホは未だ戻ってきていない。トレーナーツールで連絡をしてみると、女子寮側でもう少しミカンの走り出しを見ておきたいとの返信がきた。行き先さえ教えてくれれば、此方で先に回っていて良いとのお達しである。

 

「(なら、体育館前を離れて……一先ずは研究棟を目指す事にするかな?)」

 

 これは只の印象だが、マイは人ごみが苦手そうだ。人見知りという意味では恐らく間違っていないと思うけど……安全と言う意味でも両親が居ると言う意味でも、催し物の(比較的)少ない研究棟は好都合に違いない。

 オレとしては、初日にマイを連れ出す事さえ出来れば「目的」……とある確認事について片がつく。その上で、マイにも学園祭を楽しんでもらえればこの上ない程上々の結果なんだが……

 

 ……ん?

 

 

「……待ち人が来たね。やあ、君達」

 

「コマ、タナーッ!」

 

 

 研究棟へと続く道すがら、とある人物が壁に寄り掛かかりながら手を挙げていた。

 人の少ない通路にその風貌はよくよく目立つ。隣には相棒である、両腕が鋼の刃になっているポケモン……コマタナが控えていて。

 

 

「昨日ぶりです。ギーマ会長」

 

「……」ペコリ

 

 

 オレが挨拶を返し、マイがお辞儀。先ほどまで開会の挨拶をしていた筈の、生徒会長のお出ましであった。

 近寄ると、オレの後ろに隠れたマイを……少しだけみやりつつ会長が笑う。

 

 

「……成る程。君が護衛を務めるという事だな?」

 

「えっと、はい。……ま、オレじゃ護衛としては頼りないかもしれませんが」

 

「おいおい、それは謙遜が過ぎるぜ? 君があのヤマブキ最強と謳われるイツキ君と良い勝負をしたというのは知っているのさ」

 

「うーん……とはいえ、それポケモン勝負の話でしょう? 今の相手は悪の組織ですが」

 

「その悪の組織が主力にしているのもまた、ポケモンの力さ。それに……っと、ああ、そんな事よりも報告を優先するぜ。今日こうして待ち伏せたのは、君に伝えたい事が出来たからだ」

 

「報告というと?」

 

「実はあれから、教師陣の説得に成功したのさ。ジュンサーさんの増員だけでなく、私服ガードマンも結構な数を投入しているぜ。大声をあげれば何処にいても駆けつけるくらいには配置も万全。しかも3日間全てに隙なく、だ」

 

「コマタナァ!」

 

 

 と、ドヤ顔っぽい表情で語るギーマ会長。隣のコマタナも刃の両腕を組んで胸を張り、擬音語で表すならば『ドヤァ』といった雰囲気を醸し出している。『ドヤァ』が擬音語なのかは怪しい所だけど。

 いずれにせよ警備員の増員はありがたい。流石の手の早さだなー……なんて素直に感心していると、オレの後ろにいたマイが会長に向かってもう1度頭を下げた。

 そのまま、唇を開いて。

 

 

「……、……あ。……あ、の。……。……あ。……」

 

「―― ふ。お礼はいらないさ小さなレディ。これは学園祭を楽しんでもらうための備えに過ぎないのでね」

 

 

 マイの返答を待つまでも無く、ギーマ会長は明後日の方向へと視線を向ける。

 どうやらマイが苦手な部分を読み取ってくれたみたいなのだが……それにしても、相変わらずキザっぽい仕草である。似合ってるけどさ。

 ……おっと。

 

 

「……」ササッ

 

「どうした? ……って」

 

 

 マイが再度、オレの真後ろへと隠れてしまった。

 どうした事かとオレも前方を確認。すると、新たに現れた「元凶」方が般若的な表情を浮べていた。

 

 

「―― それは格好付け過ぎでしょう、ギーマ会長」

 

 

 やり取りを交わす会長の後ろからその誰かがやって来て、隣に立つ。

 ……あ、オレもこの人には凄い見覚えあるぞ。水色の髪を垂らし……今日はマントを羽織っていない。

 

 

「おやおや、珍しいな ―― イブキ。君は2日目のバトルトーナメントにしか興味がないと思ってたんだが……このギーマ、読み違えたな」

 

「コマッタナ?」

 

「あの情報を流したのはアンタでしょうに……ぬけぬけと」

 

 

 そう。登場したのは、同じく生徒会に所属するイブキ先輩であったのだ(因みにコマタナが「困ったな」と言った気がするがオレの気のせいだろうそうだろう)。

 イブキ先輩はツリ目でこちらを一瞥したものの、そのまま、微妙に強面な表情でギーマ会長に愚痴り出す。

 

 

「……それよりです。その、友人と言うのは何処に居るのですか」

 

「そう焦らずとも良いだろう? 勝負を急くと仕損じるぜ?」

 

「こうあからさまでは馬鹿にされたように感じる。当然でしょうっ」

 

「コマッタナ!」

 

 

 食い気味ににじり寄るイブキ先輩と、それらを流すギーマ会長。そして合いの手を入れるコマタナ。

 それにしても先日聞きかじった通り、イブキ先輩の態度は刺々しいなぁ。何かにつけてお冠であるらしいが、ギーマ会長がおちょくっている様子にも見えなくはないな。

 そのまま2、3やり取りをしておいて(あしらっておいて)、ギーマ会長は此方へちらりと視線を向ける。

 

 

「それよりイブキ。この場には一般の人がいる。場所を変えようぜ?」

 

「……良いでしょう。今日という今日は聞き出してみせます。……それでは、失礼する」

 

「という訳でお暇するよ。良き学園祭を、君ら」

 

「コ、マタナッ!!」

 

 

 最後にひらひらと手を振って、ギーマ会長は去っていった。イブキ先輩はズカズカという擬音が良く似合う歩調で、こちらには目もくれず歩いて行って……(因みにコマタナが「またな」って言った気がするがオレの気のせいだろうそうだろう)。

 何はともあれ……ふぅ。眼前の危機は去ったな。

 

 

「こうやって研究棟に向かっていても注意はされなかった。ということは、ガードマンの人達は研究棟にも居る筈で……ロケット団もおおっぴらには活動してこないだろ。マイ、朝飯まだだよな。途中で何か食べ物でも買っていくか?」

 

「……ん」

 

「了解だ。この道だと、確か創作飴とかが売ってた筈なんだよな。ちょっと見ていこうぜ」

 

「……ん、ん」

 

 

 オレの提案に対するマイの反応や良し。

 そんじゃあ少しばかり寄り道をしつつ、安全に配慮をしつつ。

 学園祭の1日目を、楽しみますか!

 

 

 

 

ΘΘ

 

 

 

 

 結論から言って、学園祭は初日っから全力全開だった。

 

 色とりどりの販促ポスターが壁を飾り、通る道全てに原色塗れの装飾がなされ、自然に土に返る素材の紙吹雪がこれでもかと空を舞う。

 研究棟では謎のフラスコが小人を練成し、講義室では有名な博士達が公開講座で長蛇の列を生み出す。

 3食全てをここで食べても到底食べきれない食べ物屋台が、これでもかと売り込み。匂いに釣られてやってきた野生カビゴンが子どものトランポリンを務め、駄賃代わりにと差し出された食べ物を消費。

 喧騒に負けじと音を鳴らすバンド隊と歌うピッピ(ロック風味)。体育館一杯に響き渡る声量で歌う演劇サークルとゴニョニョ(歌劇風味)。

 最後には甲子園さながらのジェット風船が7回でもないのにこれでもかと空を埋め、初日の終わりを告げた。これでもか。

 案内役を務めたオレとしては、その全てをマイが珍しそうに眺めていたのが印象的だった。

 やはりというか、余りこういったお祭りには参加しない(たち)であったらしい。殆ど散歩のような形になってしまったのだが、それでもマイが楽しんでくれたのならば何よりだ。

 

 そんなこんなで、時刻は夕方の17時を回る。

 学園祭の1日目は滞りなく進み、無事に終了を迎えた。

 

 そして目前には今、大学側が用意したマイ達の仮住まいの扉が在る。

 

 

「今日はありがとうございました。この子の面倒を見てくださって」

 

 

 送ってきたオレらを出迎えてくれたのは、マイの母親だ。

 頭を下げたマイ母にオレの他、男子陣は揃って手と首を振る。

 

 

「いえいえ。オレ達も楽しかったですから。な?」

 

「ああ、勿論」

 

「だな!」

 

「そうだねー」

 

 

 男子陣が順に肯定すると、マイの母親は再びありがとうと返礼。

 それでは順番に行こう。あれからオレはマイを連れて買い食いをしつつ研究棟へ向かい、待ち合わせをしていた友人勢(迷ったユウキ以外)と合流。オレ達が当番になる昼からはマイの両親も加わって、学園祭を回ることが出来ていた(因みにユウキはゲリラバトル研究会の人波に埋もれていた所を発見というか回収された)。

 マイの両親は研究で忙しい中、管理棟の仮住まいでの生活をこなしているらしい。だというのに部屋の入口の前まで送ってきたオレ達にお茶でもどうかと勧めてくれて……それについては厚意だけで、と断らせて貰った。何せ、まだ油断は出来ないからな。お礼を言われるのは安全が確認されてからでも遅くは無いだろう。

 そう、考えていると。

 

 

「……ふふ」

 

 

 マイの母親がくすりと笑う。

 何か気に障っただろうか、とオレは慌てて聞き返す。

 

 

「あ、いえ。……何か可笑しかったですか?」

 

「あら、違うのよ。貴方のそのいつも何かを考えている感じが、私の息子に似ていると思ったの。気になったならごめんなさいね」

 

「そんな事はないです。むしろ、個人的には光栄ですよ」

 

 

 この人の息子と言う事は、マイの兄か。……似ているのかな、オレ。悪い気分じゃあないけど微妙だ。反応に困る。知り合いでもないのにさ。

 そんな風に、困ったオレに微笑みながら、マイ母は続ける。

 

 

「先を先を、って真っ直ぐに見据えているのね。でも貴方なら大丈夫。見誤ることは無いと思うわ。友達も、それにポケモン達も居るのだもの。でも……私の息子も、いつも心配をかけてばかりだから。貴方もたまには両親に手紙の1つでも書いてあげてね」

 

「それは……あの、大丈夫でしょうか?」

 

「ええ。きっと、嬉しいわ」

 

「……はい」

 

 

 マイ母の持つ……何と言うか……有無を言わせぬ無言の母性におされ、オレは思わず頷いていた。

 なにせ両親に、という事はあの親父にも手紙を書くことになってしまうのだ。絶賛行方不明中で住所不定だと言うのにな。こりゃあ、難題を引き受けてしまったぞ。

 

 

「……お母さん。……困ってる」

「ツッツチ!」

「ワフワフ!」

「ニュラァ」

 

 

 と、悩んでいたオレを見かねたのだろう。母親の後ろに居たマイとその手持ちポケモンが、母親の袖をくいくい引っ張り始めていた。

 娘の様子を見て、マイ母はまたも笑い。 

 

 

「そうね。困らせてしまったならご免なさい。でも心の隅にでも留めていてくれると嬉しいわ。……それじゃあ、気をつけて。ありがとう」

 

「気をつけます。ありがとうございました。マイも、またな?」

 

「……。……じゃぁね」

 

 

 小さく手を振るマイとその母。そしてポケモン達にも見送られ、管理棟の仮住まいから離れる。マイとは明日また管理棟の前で待ち合わせという事になった。

 扉の影に隠れながらも此方に手を振り続けるマイの様子に、この子を妹に持つ兄は幸せだろうなぁと感じつつ。

 

 

「―― それでは明日の計画を建てたいと思うのだが、どうだろう」

 





 学園祭編、一日一話で更新していきます。
 ……多分。構成上の大きな欠陥が見つからなければ、です。
 尚、直前シオンタウンのあたりに一文を追加する予定でいます。構成上、1つ、忘れていた展開がありましたので。申し訳ありませんですすいません。

 喋るコマタナの元ネタは私がたびたび引用するエニッ○ス4コマから。ライチュウが「来週(らいちゅう)!」って言う奴です。ライチュウ可愛い。でもつねりたくは無いですね。インド象が天に召されかねないので。
 ……分かる人には分かるネタですが、非常に局地的ですという次第。

 ナタネさんの性格をつかむのが難しいというお話。
 とりあえず怖がりなのは判りましたが、そのインパクトが強すぎて他が疎かになっている気もしないでもないですー。
 あ、疎かというは駄作者私の情報収集が、という意味合いですのでお間違いなきよう。

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