それは、あるいは最後の一助、追い風であったのかもしれない。
風の吹き渡る草原の上。高い高い秋の空を、今日も沢山の鳥ポケモン達が、気持ち良さそうに飛んでいた。
人間たちとポケモンが一緒に集まって空を飛ぶ。隠れ家のようなこの場所は、海と街との間……一際小高い丘の上に在った。
そんな丘の上。少し離れた場所に立ち、「僕と私」は今日も遥か高い天井を見上げる。
―― 飛びたい。
小さな熱は、いつもこの胸の中で燻っていて。
自分自身、飛びたいと思うことに理由なんてなくて。
人間達も……たった今、空を自由に飛んでいるあのポケモン達だってそうだ。
ただ空を飛べれば気持ちが良いだろうなぁ……と。漠然とした、憧れのような想いだけを持ち続けていた。
そんな時だった。いつもと同じく「僕と私」が、空を飛ぶ人間達とポケモン達を木の陰から眺めていた時。
「……昨日も、この間も。同じ様子だったわね。あなたは、いつもそこから空を見上げているのかしら」
「キィキィ!」
人間。それと、その肩に乗る小さな虫ポケモンだ。
突然の声に、「僕と私」の体は意図せずビクッと跳ね上がり、数歩後退してしまう。
しかし、それ以上近寄ってくることは無い。「僕と私」はその姿を観察する。人間は「僕と私」よりも小さく、でもどこか落ち着いた雰囲気を纏っていた。
人間の特徴的な格好と仕草を鍵にして記憶を探る。……ああ、成る程。彼女の姿には見覚えがあった。何時もこの丘のてっ辺……大きな木の向こう側で、座って本を読んでいる人間だ。
今日も、ついさきまでは本を読んでいたはずだったのだけど。……空を見たままでぼそりと呟く。
「絶好のフライト日和……と、ソノコならば言うのでしょう。フライトサークルの皆も、ああして楽しそうに飛んでいるのだもの。ねえ、イトマル」
「キィキーィ!」
……。
「―― 貴方も、飛びたいのかしら」
声が響く。
何時もの「僕と私」ならば、自慢の脚力を活かして逃げ出していただろう。けれどこの人間が持つ独特の雰囲気のお陰なのか。後ろに向けて踏み出した足は自然と止まり……それ以上動くことはなかった。
何かを問われた気がする。ああ、「飛びたいのか」と尋ねられたのだ。
焦がれている、と言っても過言ではない。「僕と私」は同時に頷く。でもそれは、とても難しい事だ。
「そう、ね。貴方が飛ぶことは確かに、難しいのでしょうけれど……」
目線で頷き返し、そのまま顔を空へと向けた。
釣られて視線が後を追う。
「良いわ。飛んで、みせましょう」
その人間と「僕と私」は、その日初めて、揃って空を見上げた。
ΘΘ
「彼と彼女」を飛ばすためには、何か発想の転換が必要ね。―― そう考え、私は即日ショウの研究室を訪れた。
ビロードビロードしたフリルを揺らし、頬杖を突いて、ヘッドドレスを傾けて。
「ねぇ、貴方」
「せめて名前呼びに……って、このやり取りも久しぶりだな」
目の前で、椅子に乗った彼がくるりと回る。机の上には湯気を昇らすコーヒー。相変わらず不精な生活を送っているのは間違いないのでしょう。
呆れつつも、私がソファに座って視線を合わせると、彼はいつもの何ともないといった調子で話を続ける。
「俺のヒンバス宜しく、新しく手持ちに加わったイトマルの育成に忙しいんじゃないのか?」
「それは、そうなのだけれどね」
「―― のッ、のッ」
私が返事をすると、研究室の中心に置かれた机の上。水槽の中を泳いでいたヒンバスがびちりと跳ねた。
その視線を追うと、壁にかけられたポッポ時計があって。
「あー、そういや約束の時間だな。あんがとヒンバス。……でまぁそんな忙しげなミィが、態々タマムシ大学の研究棟にまで顔出すとかな。それもこんな朝っぱらから。さてさて、どんな用事だ?」
「ええ。……貴方は、ドードーが空を飛ぶ所。見た事があるかしら」
此方が単刀直入に切り出すと、その顔に疑問符が浮かぶ。
「それは、こっちでって意味か?」
「そうね」
「んー……いや、ないな。データ集めの時も、秘伝技はリストの外だったし」
言って首を降る。しかし性分からか、すぐに顎に手を当て。
「そうだなー。あの図体で空を飛ぶってのは、中々に想像し辛い場面だ。飛ぶとすれば走るか滑るか。アホウドリみたいに助走が必要なのかも知れないし、不思議な力が発動するのかもしれないし。もしかすれば謎のガブリアス方式なのかも判らん。……いや、どっかで見た気もするんだが……どこだったかね」
次々と推論を並べてゆく。
……こういう切り替えの早い所は流石ね。伊達に研究者と学生の掛け持ちをしていない。まぁそれは、シルフの研究者を兼ねている私も同様なのだけれど。
そして。
「……聞かないのね」
「ん?」
「私が、こんな事を。聞き始めた理由よ」
「あー、まぁ、付き合いも長いしな。……飛ばしてやりたいんだろ? お前が」
「ええ」
「だったら協力するって。何より、ドードーは飛べる筈だからな。ちょっと原著でも会議録でもとりあえずの類例を引っ張ってくる。後は、具体的な部分は俺よりもソノコ……だっけ? 空を飛ぶことに関してならアイツに聞いた方がはっきりするんじゃないのか?」
「ソノコは、明日。帰ってくる予定ね。夏休みを利用して国一周飛行……なんて壮大な企画を実行中なのよ。連絡機すら持たずに」
「そらまた随分と凄い。……つっても休みを持て余した大学生じゃああるまいし、壮大過ぎやしないかーっと」
「そういう娘なのよ。眩しいけれどね」
私が苦笑して見せると、倣った苦笑でもって見合う。
そうしている間にも、頭の中で段取りをつけたのでしょう。最後に溜息をついて、うっしという気合の声と共に立ち上がる。
「まぁ、そんなら今日は情報収集の日だな。実行はソノコの意見を聞いて、明後日以降でいいだろ」
「ええ。……貴方はどうするのかしら」
「俺か? 今日は丁度、ポケ誌から取り寄せた論文が届く日だし、日中はカレンとか班員とかの論文に付き合って図書館に篭ってる予定だ。……あー、あとはマサキにも聞いとくよ。連絡は明日の昼までに、で良いか? 俺の方から出向くんで」
「お願いするわ」
「おう、お願いされた。また明日 ―― あの丘の上でな」
「のッ」
ΘΘ
「ようこそおいで下さいました、ミィ」
「……突然の訪問でごめんなさい」
「いいえ、どうかお気になさらずに居て下ればと。カトレアお嬢様の友人を迎えるとなれば、むしろ御家に奉仕する側にとっては腕の見せ所ですから」
目の前で腰を折りつつもドリンクを注いでゆくコクランと、目の前で頷くカトレア。次にと、タマムシシティにある「御家」の別宅へと足を伸ばした。
突然の訪問だったのだけれど、彼女らは快く迎え入れてくれた。今日はコクランも家に居たみたいで、普段に増して給仕には気合が入っているような印象。多分、コクランの目がある分引き締めているのでしょう。
主従揃って朝食を取る。その相伴に私も預かりつつ……此方が本題を切り出すと、カトレアがいつもの半眼のままでぽつりと呟いた。
「―― ドードーが空を飛ぶ、ですか」
「ええ、そう。カトレアだけでなく、コクランも。2人から意見を貰えると嬉しいわ」
「はい……少し時間を貰えますでしょうか? 考えたいので。……コクラン?」
「私がお力になれるのであれば。しかし……ふむ。ドードーが空を飛ぶと言うのは中々に想像し難い光景ですね」
「……コクラン。貴方、ショウと同じ事を言っているわ」
「そうなのです?」
「光栄ですね」
「……。……コクラン」
「畏まりましたお嬢様。ショウは本日、図書館と研究棟を行き来していると聞いています。後に車を回しましょう」
「……」コクリ
相変わらず、テレパシーが猛威を振るっているとしか思えない意思疎通能力ね。
とはいえ今はそこに突っ込んでいる時間が惜しい。明日ソノコが帰ってくるまでに、事前段階までは漕ぎ付けておきたいのだから。
だとすれば。この2人に
「それよりも。……一般的に、鳥ポケモンは翼を羽ばたかせて飛ぶわ。なら翼の無い鳥ポケモンが空を飛ぶためには、何をするべきかしら。貴方達の意見を聞かせて欲しいの」
「……ミィ。ミィはそのドードーが空を飛べると確信しているのですね」
「その様ですね、お嬢様」
別に良いのだけれどね。そうも確信されているとやり辛い気もするのよ。
「では、僭越ながらこのコクランが。―― 翼の代替となるものを用意するのは如何でしょう? 要するに揚力を得るための力場が無ければ浮かないのですから」
「それはまた、随分と。御家の執事らしくない現実的な発想ね」
「……そうですね。けれど、ドードーはエスパーポケモンではありません。こういった別な角度の視点が必要なのだと思います。……一度、エスパーポケモンの念力で浮かしてみてはどうでしょう?」
「それは安全面の確保が大事になります、お嬢様」
「浮かせば案外飛べるかも知れないと思ったのですが……では、こういうのはどうでしょう」
そのまま話し合いを始めてくれるカトレアとコクラン。ドードー自体、この2人にとっては飛べるかどうかも判らないポケモンだというのに……ね。
……有難いことには違いないもの。少しだけ、このまま、意見を募る事にしてみましょう。
ΘΘ
「ってか、ドードーって飛べないのか?」
帰りの道中、今度はシュンとナツホに出会う。事情を説明した後のシュンの第一声が、これね。
彼と彼女は買い物の帰り道。手に持った買い物袋は膨れ上がっている。聞く所によるとこれから友人と一緒に海岸へ出かけ、焼いたり食べたり騒いだりする予定だったみたい。
……でも。むしろ、何を持ってドードーが飛べると思っているのかしら。シュンは。
「うーん、例えばだけどさ。オレの
「まぁ、ポケモンだからこそよね。……それがどうしたのよ?」
「同じ理屈でさ。ドードーが空を飛ぶとしたら、きっとそれは不思議な何かが影響するんじゃないのかなー……って。飛べるかどうかは、見た目とは違う部分にあるんだろうなって。考え過ぎか?」
「翼がないと物理的には飛べないものね。だとしたら、確かに、そうなるんでしょうけど……シュンの意見だっていうのが信憑性をおおいに損なってるのよ」
「おーい。酷い言い草だぞー、ナツホ」
「普段の適当な言動がいけないんでしょ。それに、ふん。アンタに言う分には問題ないじゃない」
相変わらず仲の良い2人……。
……。
……あら。でも……そうね。確かに。シュンの意見は最もだわ。
「それで、どうだ? ドードーはポケモンっぽい不思議な力で空を飛ぶ説」
「……ねえシュン。アンタの言う通りだとすると、それって結局ミィからは教えることが出来ないって事じゃないの? 主旨と違うし意味ないじゃない」
「そっか。それもそうだな。いや悪い。やっぱ素人考えじゃあ力にはなれないみたいで」
「……そうでもなくて、……いいえ。かなり参考になったのだけれど」
此方が素直にお礼を言うと、シュンは吃驚した顔をする。
そこまで驚かなくても良いと思うのだけれど。実際に、シュンとナツホの視点は私には無いものだったのだし。
「お、おう……? 何がミィの手助けになったのかは判らないけど、ま、力になれたのなら良かったよ。……そういえば日程とかは決まってるのか? どうせ飛ぶんなら後学のために見ておきたいんだけど」
「あの子が、飛ぶとすれば。最低でも明後日かしら」
「そっか……よし。その日はまだ休日だし、サークルの出店の進行はナタネさんとかのお陰で順調みたいだしさ。オレもユウキとかゴウとか誘って応援に行くよ。ナツホもどうだ?」
「いいわよ。あたしもノゾミとかを誘ってみるわ。……折角応援に行くんだから、頑張りなさいよ、ミィ!」
ΘΘ
走る、跳ぶ。
走る、跳ぶ、跳ぶ。
「僕と私」は人間をその背に乗せて、愚直なまでにひたすらと練習を繰り返す。今日1日を明日のための練習に費やすらしい。
飛ぶよりも転んでいる時間の方が長い。当然、人間の服装は草だらけ。「僕と私」と同じだ。
「まだ、いけるかしら」
……いける。頷く。
「そう。……次は、ソノコのムクホークに先導をお願いしてみるわ」
「おっけー!」
いつの間にか控えていた別の人間が、大きく手を振った。
……よし。次こそは。
走る。
跳ぶ。
飛……そのまま、落ちる。痛い。
「次ね。……ソノコ、『おいかぜ』をお願いできるかしら」
受身を取った人間が、草原から立ち上がる。
人間が別の人間に……ああ、判り辛いから人間を少女と呼ぶ事にしよう……少女が、別の人間に依頼をすると、「僕と私」の後ろから追い風が吹き出した。
意思を持ったように後押しを続ける風。いつもよりも体が軽く感じられる。
「……準備が出来たら、行きましょう」
身体を振るい、少女を背に乗せ、走る。
今度こそ、飛んでみせたい。
ΘΘ
ソノコが帰還した翌日。
そしていよいよ、あの子が『そらをとぶ』 ―― 決戦の日。
《…… ワイワイ、ガヤガヤ…… 》
丘の上に集まったのは、予想を超えた数の観衆達。
学生。大人。そして、所々に白衣の面影が残る人。中には只の物見の人だけではなく、研究者も居るみたい。言葉の通り見物に訪れたシュン達友人一同や、ショウも元・班員を引き連れて木の下に座り込んでは空を見上げている。その隣には日傘を構える執事と、白ワンピースのお嬢様の姿も見えた。
「あ、居たわね ―― ミィ」
「秋の澄んだ空気。とても良いお日柄ですね。……本当にお行きになるのですね、ミィ」
「そうそう。貴女って高い所が苦手なんじゃあなかったの?」
近付いて来たのはエリカと、それにナツメ。
輪の中から僅かに離れた位置に立っている私を、彼女らは追いかけて来てくれていた。
しかし顔にはいずれも、不安気な表情を浮べている。……そう。苦手、って話だからなのね。
「―― 高い所は。苦手というより、生理的な嫌悪感ね。寒い所も同様よ」
「判るような、判らないような……」
「ふふ。けれど、どうやら緊張はないみたいで安心致しました」
……仕方が無いじゃない。注意の仕様がないのだもの。あれは。
そう思いつつも瞼を開き、エリカとナツメの間を、私は数歩進み出る。
後ろを振り向けば。
「ですが、ミィの決めた事。貴女の道。わたくし達はその意思を尊重し、ここで見送りますわ。……応援しております」
「安心して行ってきて、ミィ。ついでに落ちても良いわ。いざとなったらわたし達で浮かすから大丈夫」
いつもの様に強い意志を秘めた眼差しのエリカ。鋭くも温かさを忘れない瞳のナツメ。
……でも、大げさなの。これじゃあまるで、死地に向かう兵士。
ふぅ ―― 溜息を1つ。
幸せを1つ犠牲にしておいて、その幸せが空気に溶け、見知らぬ誰かをほんのりと幸せにしてくれることを祈り。
「大丈夫。練ったのだもの。私は後は、あの子を。信じるだけよ。……それにきっと、今日ならば。空を飛ぶのも気持ちが良いでしょうし、ね」
自然に浮かんだ微笑みと共に、私はあの子の元へと赴いた。
ΘΘ
少女がこっちに近付いて来る。
やっぱり、緊張する。「僕と私」は硬くなった身体をほぐす様に両脚を上げ下げしつつ、……昨日一日ずっと練習を共にしたとはいえ……まだ慣れない「傍にいる」という感覚を持て余し、視線を逸らした。
「……」
見上げると、空が何時になく高く感じられる。
秋めいてやや色を失った緑の絨毯が一斉に風になびく光景は、いっそ壮観ですらある。
「―― 準備はどうかしら」
「キィキィ!」
横に立つ少女とも、その肩に乗ったイトマルとかいうポケモンとも、視線は交えない。
同じ空を見上げた回数は、この3日間だけでどれほどになっただろうか。
それでもやっぱり、少女の考えている事は判らない。
……そう。考えていることは、判らなくても。飛びたいという気持ちを、「僕と私」を理解しようとするその心だけは伝わってくるのだ。
「……そろそろ、時間かしら。イトマル。ボールに……」
「キィ! キュキィッ!」
「……」
ボールを差し出した少女の肩を飛び退き、イトマルは「私」の頭に乗って来た。
この虫ポケモンはどうやら少女の手持ちになって日が浅いらしく……元々の性格も大きいと思うが……反抗的な、というか、無意味に指示に逆らう事も多いらしかった。
「僕」だけが首を戻し、少女を見る。
「はぁ。……仕様が無いわね。ねえ、貴方。貴方が良いのなら、その子も乗せて飛んで欲しいのだけれど」
少女の問いに「僕と私」は頷く。
このポケモンの事は嫌いじゃあない。それに、「僕と私」が空を飛ぶ動作の邪魔にはならない身体の小ささもある。
「そう。ありがとう。……イトマル。飛ぶときはせめて、糸で私と貴方を括って頂戴」
「キィキィイ!」
「あら。現金な子」
ふわふわした袖口から出た手がイトマルを撫でる。
暫く堪能したイトマルが見た目にも喜んで見えた頃合で、少女は再び向き直った。
「―― それじゃあ、良いかしら。乗るわよ」
また頷くと、少女は小さな身体をバネの様に縮める。次の瞬間「僕と私」の背に手馴れた様子で飛び乗った。
少しだけ身体が重くなる。心地良い、とは言い難い重み。
だけど。
「……ええ。飛んでみせて、やりましょう」
「ド!」「ド!」
嘴から気合を込めた一声。
「僕と私」だけでいるよりも体は熱く、やる気はふつふつと沸いて出る。
両の脚に力を込め、軽快に身体が弾み、「僕と私」達は草原を駆け下りる。
助走を付け始めたこっちに気付いた人間達がざぁっと分かれ、道が出来、その間を走り抜ける。
首を前へ。少女も身体の重心を前へ傾ける。
足が地を離れて空をかき、跳んだ。
そしてそのまま、飛んだ。
両の首を、前進翼の様に風に逆らって突き出し。
脚を動かして、地面と同じく空を進む。
青い空を、青い海を、その間を、僕と私と少女と虫ポケモンは一陣の風となって飛んで行く。
風が4つ。分かたれては頬を震わせる感覚が、心地良く感じられた。
遥か下に、大海原にぽつりと浮かぶあの丘。
「―― 飛んでみれば、高い所も。意外と平気なものなのね……」
ΘΘ
「いやぁ、まさかのでっていう方式とはなー……」
「どっちかって言うと『そらをはしる』よね。うわー、面白そ!! あたしもドードー捕まえに行こうかな?」
手を庇にしてのんきに見上げるショウと、その前で騒ぎながら両腕をバタバタと動かすフライトサークル長、ソノコさん。
オレ達の目の前で、ミィを乗せたドードーは確かに空へと
「なあショウ。解説とか頼めないか?」
「ん? あー、……解説、解説ねー……」
「おいおい。いつものキレはどうしたんだっての」
「む。さしものショウにも判らない事はある、という事か……?」
「飛んでるねー」
オレ、ユウキ、ゴウ、ケイスケといった男子勢が次々と質問を浴びせると、ショウはその手を顎に当てた。
ショウの言う「でっていう方式」とやらがどんなものなのかは知らないが、少なくとも物理現象は超越してるんだよなぁ。あれ。ソノコさんの言う通り、むしろ『そらをはしる』って言う技のほうが納得できる。
「……先に言っとくと、この辺りにはまだまだ補強と解析が必要なんだけどな。要するに未知の力場というか、エネルギーの翼というか、そういうのが発生してるらしい。ポニータが筋力データ上で333メートル飛べたりするあれだ。ドードーの場合はどうやら、『そらをとぶ』の技を発した際に揚力としてそれらが発現するらしい。流石は不思議な生き物、って所だな」
「おおっと、オレの不可思議な力理論も遂に認められたか」
「シュンよ。それは偶然というか……ナツホに否定されていただろう。そもそも不思議な力、という範囲が広過ぎるだろうに」
「……言われてみれば、そういや、ギャラドスとかも飛ぶんだもんな。あんな水棲生物してんのによ」
「ギャラドスはー、翼があるからねー。でっかい体だけどー」
最後に、自らもコイキングを手持ちとしているケイスケがのんびりと付け加える。
……両足を動かして文字通り「空を駆ける」ドードーと、その背に乗るミィ。
「まぁ、ミィの方からちょっかい出したのは、あのドードーの特殊性もあるっぽいんだよな」
「へぇ……その、特殊性ってのは?」
「あー、あのドードーはどういった訳か雌雄の区別がないらしい。それで、ドードーってのは基本的に群れを作るんだが……前もイーブイの時に説明したけど、同じ種族の中にいると『違う』ってのは目立つんだ。どうもあのドードーは、気味悪がられて群れを追い出された個体らしい」
「成る程。それでいつもこんな丘に……って訳か」
「単純に興味もあったんだろーな。アイツだってミィだって、好きで1人でいる訳じゃあない。1人に成りたい時ならままあるだろうが」
しかし、今のドードーの様子を見ていれば、そんな境遇を経てきた個体には思えない。
私有地の空を飛ぶのであれば制限は無いらしい。見上げたオレの目に、両者はとても楽し気な様子に映っていた。
「……っはー。凄げーのな。ポケモンも、ポケモントレーナーも」
「それについては同意しとく、ユウキ。だからこそ面白いんだよ」
ΘΘ
地面が迫る ―― ランディング。最も危険な場面がやってきた。
地面を走りつつ、背を傾け、着地する。通常の鳥ポケモンとは違って羽よりも脚力を重視した「僕と私」にとって減速はお手の物。問題は背に乗る少女とそのポケモンを落とさずに着地できるかどうか……なのだが。
「お願いするわ、イトマル ―― 今」
「キィキッ!」
機を計り、少女が腕を振るうと、イトマルというらしい頭上の虫ポケモンが糸を吐いた。木と木の間にクモの巣が張り巡らされ、「僕と私」の身体は徐々に減速を始める。
ぶちぶちと糸が解ける頃には完全に静止していた。くちばしで糸を解いていると、少女も身体にまとわりついた糸を解くのを手伝ってくれる。
「どうかしら、貴方。私と一緒に飛ぶのは楽しかったかしら」
まだドキドキの余韻を残している「僕と私」に、少女は尋ねた。
そのまま、心すら透かすような真っ直ぐな視線でこっちを見上げる。
「……私も、貴方のおかげで。少しは空を飛ぶことが好きになれたみたい」
次に、腰に手を当て。
「これは、ただのお願いよ。それも貴方が良ければなのだけれど。―― ねぇ。私と、一緒に。来てはくれないかしら」
微笑んだ人間……少女……ミィは、右手に掴んだ球体を此方へ差し出した。
赤と白。知っている。これはモンスターボールだ。人間とポケモンとを居合わせる、魔法の道具。
「僕と私」は近場で顔を見合わせる。けれど、言わずとも、答えは決まっていた。楽しかったのだ。多分、生まれて初めて。
ボールを、二つのくちばしで同時につつく。
次の瞬間。「僕と私」は浮遊感に包まれ、心地の良い場所に収まっていた。
何より心地よいのはきっと、誰かの……この少女の隣に居られるから。
空を飛べて。一歩を踏み出せて。
そんな自身を。ようやく。やっと。少しだけ ―― 「僕と私」は好きになれたのだ、と想った。
>>お話
少し毛色の違ったお話を、と考えて組みましたこのお話。お見舞い回とかを思い出しながらかたかたしました。
インスピレーションとかオマージュ的には、ミィの服飾の表現に「ビスクドールの様な」とか「灰色なんたらぁ」とか「古代の生き物の様にうごめく髪」なんて語句を使いたい気分もあったのですけれどね(笑
はい。
( 眼を瞑って側面ポーズ )
( 引き画面ポーズ )
( 正面
「きらきらー」で「どろどろー」になりそうでしたので、
控えさせていただきましたっ☆(涎
>>ドードー
ドードーが飛べるのは原作準拠です(ぉぃ
私、好きなのですよね。ああいった鳥類。エミューとか。
飛び方については、バトレボを御参照くだされば。物理法則を越えた決定的瞬間がご覧になれます事うけあいなのです。
※バトレボ
うぃーのポケモンバトルレボリューションの事。要は64ポケモンスタジアムのうぃー版。
ドードリオの『そらをとぶ』は固有モーションとなっている。
動画とかを探していただければ、幾らでも参考には出会えますねー。
>>イトマル
いつの間にかゲットしている以下略。何気に主人公勢では初の虫タイプですよね。多分。
実際、ポケモンバトルでは使いどころの難しいポケモンです。弱点がメジャーで鈍足。しかも物理メインという。
ですが、ミィ的にはかなり役にたってくれるポケモンでしょうと。