オレことシュンが現場へと戻ってみれば、既に皆が昼食を食べ始めていた。残暑に優しく流し素麺である。ポケモンも子供達も、皆一緒に麺の流れる竹筒に舌鼓を……違うな。せめて麺に……いやなんでもない。
そして、おい誰だ、今コイキングを流したのは!
幾らギャグ要員でもこの扱いはあんまりだろ。竹筒が詰まるから止めてくださいという企画側満場一致の意思。
それらを代表してオレが一番最後の巨大バケツまで誘導してあげれば、先ほどまでは虫の息だったコイキングがバケツの中でびちびちと元気良く跳ねた。流石の生命力、すげー。もしくは苦しかったのを忘れているのかもしれないが……それはヤドンか。
そうこうと突っ込みを入れている内に子供たちが昼食を終える。これにて「ふれあいの家」のプログラム的には、折り返しを越えた辺りだろうか。
けれど、来場者がピークを迎えるであろう午後には聴衆を多く集めるイベント類が集中的に用意されている。子供達はそちらに注目するだろうから、これにて、遊び相手としてのオレ達がもっとも手を焼く時間は過ぎたであろう。
するとここで、遠くから。
「居たんじゃない、シュン。戻ってきたなら声かけなさいよ」
「悪い。そんで、ただいまナツホ」
オレを見つけたナツホが駆け寄ってきてくれていた。
隣に並ぶと、ナツホは昼食を食べている子供たちを指差した。どうやらボランティアも昼食に入って良い時間帯となっていたらしい。
……そういえば。
「そういえば、1番忙しかった時間帯に抜けて悪かったよ」
「全くよ。おかげで別の場所を担当してた女神姉妹まで手伝いに来てくれてたんだから」
「うお、マジか。それは悪い事をしたなぁ……」
「ふん……まぁでも、案内だって仕事なんだからシュンが悪いわけじゃあないでしょ。ほらシャキッとする! さっさとあたし達もご飯食べに行くわよ!!」
自分で言い出したその癖すぐに励ましてくれる辺りがツンデレたる由縁だなぁ。我が幼馴染。
オレ達も昼休憩を取るため、公園の外周に設置されているテントからショウ手製の弁当箱を持ち出して、そのまま近くのベンチに座る。空を見上げてみれば、微妙にどんよりした天気だった。
「……降るかな?」
「そうでもないんじゃない? シオンタウンって、最近曇りが多いらしいから……」
「ふんふん」
天候の話題であーだこーだと駄弁りながら、昼食に片をつける。食べ終える頃には天気も、雲間から日差しが覗く程度には明るさを取り戻していた。
ナツホと近場の自販機でコーヒーを買い、少し歩きながらシオンタウンの公園周辺を散策する。別に目新しい建物がある訳でもないのだが、いつもと違う町並みは新鮮だ。
……そう思える程度には、オレもタマムシシティにも慣れてきたってことなんだよなー。
ものの流れだと少し、ほんの少しだけ故郷の事を思い返す。
結局オレは、今年の夏はキキョウシティに帰らなかった。母親からは帰ってこないのかという主旨のやり取りはしたし、家族同然の付き合いをしているナツホの家の両親からも尋ねられたが、タマムシでやりたい事があるからと断っていた。
別段、ミカンの様なのっぴきならない事情がある訳ではない。それでもここタマムシスクールでの生活が、実家に帰るのが惜しいと思える程度には恵まれた環境にあるのも、また事実なのであると。
ま、そんな感じだ。今しかできない事があるのならそれに傾注するのも悪くは無いに違いない。
「っと、そうだ。……出てきてくれ、アカネッ!」
「あ、それもそうね。……どらこっ」
《《 ボ、ボウンッ 》》
「ブィ」ササッ
「キュィ!」
午前のプログラムを終えてボールに入っていたポケモン達を外に出そうとボールを放る。
しかしというか勿論というか、
「……なんだかその子、シュンの後ろに隠れるのが早くなってきたわね」
「キュィ、キュィ!」
「ん、やっぱりナツホもそう思うか? だとしたらありがたい事なんだけど」
「……ブゥィ」
オレはいつもの如く足元に隠れた
バトルの時は大観衆に見られながらも頑張ってくれていたが……うん。実は最近、アカネはこの位で良いんじゃないかなぁと思えてきたんだ。
『怖がる』のはちょっとあれだけど、今くらいの『警戒心』を持ってるのは悪い事じゃない。
等々、ナツホと駄弁りながらシオンタウンを逆戻りする。公園近くまで戻って時計を見れば、集合時間まではまだ猶予があった。
オレとナツホは仕方が無く、公園の外に唯一設置されていたベンチに再び腰を下ろし……と。
「んっ!」
「ッキュィ!?」
「どうしたナツホ。電波でも受信したのか?」
何故かあらぬ方角を向いて、ナツホが立ち上がっていた。
膝の上に居た
……ついでにジト目で此方を見下ろす。ありがとうございます。合唱。
「人間なんだから電波は浴びるだけよ」
「遅めの突っ込みだな。……じゃあポn」
「ポニーテールはアンテナの役割は果たさないでしょ」
ことごとく先回りされてしまうのだが、まあ構うまい。幼馴染だからオレの思考の先読みくらいは出来るのだろう。幼馴染ってすげー。
立ち上がったナツホは、どうやら機嫌が悪そうだ。ついさっきまでは回復傾向にあったと思っていたのだが……少なくとも、近現在においてオレの行動を洗ってみても、機嫌を損ねた心当たりは……無いなぁ。
さて、どうしたものかと考えていると。
「……ねえシュン、ちょっと席外すわね。良い? 必ず戻ってくるから、それまでどらこをお願いね。ここで待っていなさいよ?」
「それは構わないけどさ。一体何を……って行っちまったよ」
アカネだけでなく、どらこまでもオレに任せ、ナツホは何処ぞへと走り去ってしまった。
理由はわからないが……両膝をポケモン達に占領されてしまっていては、動けるものも動けない。仕方が無いか。昼食の片付けは他の人に任せて、しばらくのサボタージュとしますか。
「だるーん」
背もたれに全体重を預けて空を仰ぎ見るオレ。
昼休みの時間を無為に消費し、脱力する事15分ほど。ベンチに座っていると、とうとう膝の上の2匹が寝息を立て始めてしまった。
「……ブゥィ……」
「……キュゥゥン……ュゥン」
何とも心を和ませてくれる風景ではあるのだが、……と。
当然の如く通行人は行き交い、視線を上げれば、前からも1名。
「お隣、宜しいかな」
「ああ、はい。どうぞ」
どこからかふらりと歩いてきたお爺さんが弁当箱を抱え、オレの隣に座り込んだ。
確かに近場のベンチはここだけ。お弁当を食べるならこの場所を置いて他にない。正しくベストスポットである。
……うーん。というか。
「お爺さんもお昼ですか?」
「ふむ? という事は君も昼食だったのですね。はは。会談が長引きさえしなければ、わたしももう少し早く昼食を取る事ができたのですが」
「ご苦労様です」
「うん。ありがとう」
この時間帯に弁当を広げているとなると、オレらの様に何かしら昼食をずらす理由があったのだろうか。
と、その辺についての追求は置いておきつつも、まずは世間話か。そう考えながら話題を振れば、お爺さんはニッコリと微笑みながらの返答。ゆっくりと丁寧な……何となく安心感を感じさせる動作で包みを広げ、お弁当を食べ始めた。
暫く無言で、ポッポやオニスズメが飛び交う羽音と鳴き声だけが公園に響く。
……無言だけど、お爺さんの持つ穏やかな雰囲気のおかげでか不思議と嫌な感じはなかった。敵意には敏感なアカネも、膝の上で起きる事無く眠っている。
弁当を半分ほど食べ進めた辺りでお爺さんは一旦箸を置き、オレの上で眠る2匹に優しげな視線を送った。
「……君はもしや、この公園で行われているイベントでボランティアをしてくれている学生さんかな」
「? はい、そうですけど」
「ああ、そうか。いや、繰り返しになるけれどもね。ありがとう。子供達も喜んでくれているだろうね」
一瞬何でお礼をと思いはしたものの、何分優しげオーラ全開のこのお爺さんの事だ。恐らく孤児院の子供達とも知り合いであるに違いない。
投げかけられたお礼にオレがはい、とだけ返答をすると。
「となると、君達もポケモンバトルをするのかな」
「はい、しますよ。何せエリートトレーナーを目指す学生ですので」
「エリート……ああ、国家公務トレーナーの事だね。そう言えばわたしの若い友人もタマムシでその資格を取る為に励んでいるそうなんだけど……まあ、流石の彼も今日は向こうで忙しくしているかな」
向こう、と設営されたキャンプの方角を見ながら、お爺さんは卵焼きを口に入れる。
その知り合いはボランティアの参加者であるらしい。タマムシの学生となると知り合いの可能性は高いのだが、生憎オレは全ての生徒を覚えている訳でもない。
関わりのある数人ならまだしも……
『あー、ども。お久しぶりです、悪魔的な音さん』
……ん? いや、心当たりがびびっと来たぞ。遅ればせながらの電波だ。
いやさ。もしかしなくてもショウの可能性が高いんだよなぁ、こういう場合。アイツの顔見知り率は異常だしさ。
どれ位異常かというと、慰霊塔が有名なシオンタウンだからって、どこぞの綺麗な巫女さんとイタコさんに追いかけられていたとしてもアイツならばと納得出来るくらいだ。その場合、オレは呪われたくないから一切近付かないけど。
という流れで(この予感が外れていても嫌なんで)ショウの名前を口には出さず、オレは直近の話題を続ける事にする。
「お爺さんは、ポケモン勝負は嫌いですか」
「あはは、君はわりと鋭いね」
お爺さんが苦笑する。
鋭いという褒め言葉は身に余る光栄だけど……世間的に言って、ポケモンを持っていたらバトルをするのは普通だと思うんだ。そこをわざわざ聞いてくるとなると、という逆説的な考えだったのだ……けども。
「でも、違うよ。わたしに好き嫌いはなく ―― どちらかと言えば、君達がポケモン勝負を好きかどうか、だね」
時折ご飯を口に運びながら、問いかけは一転。オレに対するものとなっていた。
目線は空に。どこか影を引く面差しのお爺さん。
……オレ自身がバトルを好きかどうかなら、話は早いんだけどさ。
「ああ。君自身は好きなのですね、ポケモン勝負も」
「それは、まあ。好きじゃ無ければこうして隣の地方にまで来てませんね」
自然と頬が緩む。
オレの場合は父の事も含めて色々と複雑だったが、それもまた別の話。
こうして初めて自分のポケモン達を持ってみて。ポケモントレーナーの楽しさと、難しさに触れて。初めて真剣勝負に勝って、
―― 初めて、真剣勝負に負けて。
「……はぁ。それでも実はバトルに負けて、あいつ等が1番に落ち込むとは思ってなかったんですよね。……敗北も、
思わず曇天の空を仰ぎ ―― そう。
イツキに負けたあの一戦の後、実の所、オレよりも手持ちポケモン達の方ががっくりと落ち込んでいたのである。
おかげで「ポケモン達は何時も何時でも全力で居てくれる。だからバトルに負けた責任は、全部トレーナーに在る」……だなんて偉そうなオレの思考が、どれだけ「独りよがり」だったのかを思い知らされたものだ。
おかげでか、オレも、前を向くことが出来ている。転んだら起き上がれば良いと、それだけの話なのであろう。
「オレを案じてくれる友人達も、ライバルも居ますしね。もっと強くなれる。それが判っただけでも良いと思えるんです」
「……ははは。やっぱり、若いって言うのは良いですね」
「いえ、すいません。愚痴みたいなものを聞いて貰ってしまって」
見知らぬ他人にこんな事を話されても困るだろうに。そう考えてオレが頭を下げると、お爺さんは眩しいものを見るように目を細め、首を振った。
「構いませんよ。こういったものも、わたしの役目ではありますからね。……かつてのわたしは、あの子達に諭される側でしたが」
呟くと、いつの間にか食べ終えていた弁当を畳んだお爺さんは腰を上げた。
……微笑む。
「実は、お礼はわたしが言うべきなんですよ。バトルを楽しんでくれて。……そして何より、笑顔を見せてくれて、ありがとうございました。貴方とそのポケモン達の願いが成就する事を、わたしも微力ながらに願っています」
そう言って、お爺さんは町中へとゆっくり歩いて行く。
……何だか不思議な人だな。どこか燃え尽きたような、それでいて優しげなお爺さんだった。
最後はお礼を言って去っていったが、あの人にも色々とあったのだろうか。オレと同じく……と言ってしまうのは、人生の先輩に対して不敬なのかも知れないけど。
「ま、いっか。……どっちにしろ、次の照準は年末の学内バトル大会に合わせてる。再びの修行タイムだな!」
そうしてベンチに座り、おねむのどらことアカネを膝に乗せたまま。
何処ぞで用事を終えたナツホが戻ってくるまでの間、オレはこれからのスケジュールについて思いを巡らせるのであった。
ΘΘΘΘΘΘΘΘ
「―― こんな所に居たんですか、フジおじいちゃん」
「おや、バーベナ。もうご飯は食べたかい?」
「はい。つい先ほど、ヘレナと一緒に。……フジおじいちゃんは、もう?」
「ああ、食べてきたよ。ショウ君が気を利かせて、向こうの話し合いの会場にお弁当を持たせてくれたからね。……どれ、わたしも今から会場に向かうとしようかな」
「そんなに急がずとも。……もう少し休まれてはいかがです?」
「はは。実はショウ君にばかりお願いしているのも、少しばかり気になっていたものでね」
「……判りました。一緒に行きましょう」
「はいはい。……どっこらせ」
「……」
「……」
「……」
「それにしてもバーベナ、君は相変わらずショウ君には厳しいね」
「……ショウには少し厳しいくらいが良いのではないかと思いますが」
「はは。……バーベナ」
「はい」
「気持ちは判るけれどね。そこでショウ君と張り合うのは、意味があるとは言い難いかな」
「……」
「あの子がポケモンの心を掴む事が出来る理由は、なにも優しさだけじゃあない。自分の弱さを見詰めたその上で、ポケモン達に厳しさと愛情をもって真摯に接する事が出来るからなんだ」
「……知っています」
「うん、うん。確かにショウ君には強さがある。けどその強さは、ニンゲンならともかくポケモンには関係のないものだからね。つまりは彼の人柄だという事だよ」
「……」
「ショウ君にはショウ君の。ヘレナにはヘレナの。そしてバーベナにはバーベナの良い所がある。皆が違うのは当然で……それが良いと言い切れはしない所が少々口惜しいけれど……それでもわたしはバーベナに逢えて幸せだと思っているんです。そんなバーベナが、何時も苦しそうな表情をしている。例えばそれを見ている人が居たとして ―― どうだい?」
「……いや、ですね」
「うん。そしてわたしがこんな事を話すのはバーベナ、君がショウ君に負けず劣らず大人だからに他ならない。……ははは。ヘレナにはこういう話はまだ少し、早いのだろうね」
「大人。……そう、なのでしょうか。わたしはあの人を見ていると、どうしても……」
「ああ、今すぐにとは言わない。良いんだよ。悩んで悩んで、それでも後悔しない道なんて無い。なら今はまだ、せめて、悩んでいても良いんだ。張り合うのも別の部分であれば、意味は十分にあるだろうからね」
「……はい」
「それじゃあバーベナ。まずは今日の夕食、楽しみにしていても良いかい」
「はい。腕を振るいます、フジおじいちゃん」
とりあえずのここまでとさせていただきました。
因みにバーベナは、ご覧の通り、作中では珍しく(むしろ初の)好感度が低いお方となっております。
ですが、とある作品の主人公は言っています。敵意は好意に変換することが可能である……と!(ぉぃ
次回はちょっとナツホの話になる予定です。
では、では。