ポケットでモンスターな世界にて   作:生姜

123 / 189
1995/夏 時は数日を遡って

 

 ―― Side ユウキ

 

 

 友人の誘いに乗っかりシロガネ山へと登った翌日。全身の筋肉痛にうなされるケイスケ達男子組を部屋の中においたまま、おれは1人で起き出していた。身体はどうやら問題なく動いてくれる。あいつ等と比べれば体力で勝っている自信はあるしな。迷い人スキルとかで問答無用に鍛えられるからさ。

 

「……つっても、もう昼近い時間だ。誰も居ないんじゃねーか?」

 

 部屋にいなかったのはシュンとゴウ。ついでに言えばショウも居なかった。……けどショウの場合、そもそも部屋の中に寝に来たのかどうかも判んねーんだよな。おれらは昨日山登りの疲れでさっさと寝たってのに、ショウは起きるのもおれらより早かったみたいで、布団は既にもぬけ(・・・)の殻だったから。

 おれはそんな事をぼそぼそと呟きながら部屋を出、リビングに向かい、そのまま通り過ぎて食堂に入る。腹が減っては戦は出来ない。食事は当番制だから少なくとも食べる分はあるはずだ。

 そう考えて食堂へと入れば、目論見の通り机に食事が並べられていた。ご丁寧に網までかけてある。

 ……おぉっと、ただし。

 

 

「―― んー? あれま、ユウキじゃない。この時間に起きるなんて、重役出勤だねぇ」

「フューン」

 

「なんだ。ヒトミに、ドーミラーもじゃねぇか。他の女子共はどっかいってんだろ? なんでお前だけ残ってんだよ」

 

 

 食堂には予想に違い、席に着いたまま茶を飲んでいる友人が1人居た。ヒトミだ。その手持ちのドーミラーは、何故かお茶請けの皿として煎餅を乗せて宙に浮かんでるけど。

 っつーか、少なくともおれは昨日、女子達はスキー場に向かう予定だって聞いてる。こいつ、いつもの通りに「バトル練習ーぅ」とか言ってんな。

 

 

「ご明察、まったくもってその通りだよ。流石はユウキ、判ってるじゃないの!」

 

「そういうトコばっかあたってもなぁ。外面でなく、もっと内面が美しいお方の心を判りたいよ、おれは」

 

「……ん? さらっと侮蔑したよね、今」

 

「判るって事はお前も自覚あんじゃねえか」

 

「客観的に見ればねー」

 

 

 軽口を叩き合いながら席に着き、被せてあった網を外して手を合わせると、適当に箸をつける。……おっと、その前にやる事あんな。

 

 

「おや。電子レンジはあっちだよ?」

 

「メシはこのままで良いんだ。冷たくても旨いもんは旨い。ってか、手間だから面倒だな。……それより、これだよこれ」

 

 

 引き出しを開けて、山荘買い置きのポケモンフーズを引っ張り出す。ポケモンフーズは乾燥されたポケモン用の食事だ。人間も食べれるからおれ自身も食べた事もあんだけど、携帯食のフルーツ味濃縮版みたいな味がした。これが一般的なポケモンにとって美味しいのかは兎も角、おれのポケモンはどうやら好みの味らしい。適当に引き裂いて皿に載せると、一段低くした机の上に置いて。

 

 

「そりゃ。出てこーい、朝飯だぞーっ」

 

 《ボウンッ!》

 

「……ブイーィ」

「……グワワ?」

「……クュュ」

 

 

 モンスターボールからイーブイとパラスとコダックを出していつもの通り朝飯を勧めると、ボールから出た3匹は、3匹共に寝ぼけ眼のまま皿へと口をつける。まぁここまで含めていつも通りっちゃあいつも通りなんだけどよ。

 

 

「ふぅん。どうにも、ユウキんトコのポケモンはのんびりしてるよね」

 

「そういう個性なんだろ。それよりヒトミ、お前が飲んでるお茶ってどこにあんだ?」

 

「あっちのアメニティ。チーゴの実を使ったかなり挑戦的な渋茶だけど、それでも良いんなら入れたげる」

 

「別にいーぜ。宜しく」

 

「はいはい……って、」

 

「フューン」

 

 

 ヒトミが了解した瞬間、ドーミラーがポットに向かって飛んでいった。バッグを入れた湯飲みを念力で自分の上に乗せ、お湯を入れてからフリスビーの様に戻ってくる。……そういやドーミラーはエスパーだっけな。

 

 

「……フューンッ?」

 

「あれま。ありがと、どーみら。……アタシが立ち上がる前に持って来てくれるとか」

 

「悪い。あんがとな、ドーミラー」

 

「フューンッ♪」

 

 

 感慨深げに呟くヒトミの横を通り抜け、水平に移動したドーミラーからお茶を受け取った。ってかこれだとお前は完全にお盆……いや、ドーミラー自身が楽しそうだからいーんだけどよ。

 そのままおれ自身もメシを食べ、朝飯を終えたポケモン達もモンスターボールの中で再度のおねむにさせる。イーブイもコダックもパラスも、普段なら時間的にはまだ寝ている時間帯だからな。

 おれはそのまま目的も無く食堂を出、リビングを再度素通りする。

 ……する、のだが。

 

 

「……なぁヒトミよ、お前はなんで着いて来んだ?」

 

「いーじゃない、別に。アタシって暇だしさー」

「フヨーン」

 

「それが女子連中の誘いを断ったヤツの台詞かよっ!?」

 

 

 足音で後ろを振り返ってみると、ヒトミが着いてきてた。ビシッと大声でツッコミを入れてやると、ヒトミは何時もの男勝りな態度で大笑いしやがる。

 

 

「あっはははっ! まぁまぁ。折角聖地なんて呼ばれてるシロガネ山に来たってのに、スキーなんてつまらないだろう? むしろ野生のポケモンを見たいってさ、思わない?」

 

「……はぁ。思わなくも無いけどよ。絶対あぶねーだろ、それ」

 

 

 手をポケットに突っ込みながら冷え込む廊下を歩いていると、窓の外が目に入る。目前のシロガネ山は一面に雪が積もり、真っ白白(まっしろしろ)だ。

 ヒトミの言葉にある通り、シロガネ山はほぼ全域が自然保護指定されている山だ。万年雪の降り積もるこの辺りは特に自然が厳しい事もあって、野生のポケモンは活動的でこそないけど、レベルはかなり高くなる。そらもう、昨日みたいにジムリーダーなんかが着いて来てくれないとかなり危ない筈だ。

 などと忠告してやると、ヒトミが企み顔になる。……おい、嫌な予感しかしねーぞ。

 

 

「くっふふふ。そこを何とか出来る方法があるんだよねー、それが!」

 

「……一応聞くけどよ。なんだよ、その方法って」

 

「まぁ良く聞き。実は今、シュンが昨日気にしてたお嬢様と一緒にシロガネ山で修行してるらしいんだよねぇ。ナツメ先生に用事が出来て、スキーの方の引率を替わって貰ったって情報もある。多分、スキーに替わりの引率をつけたんだと思うの」

 

「そらまぁ、そうだろな。……まさか」

 

「そのまさかっ! アタシもシュンの後を追って参加しようと思ってさ!」

 

 

 ヒトミのはつらつとした答えに、おれは思わず額を覆う。色んな意味で最悪だろ。シュンと……ヒヅキさん、だっけか? 引率もいるとはいえ、そこに加わろうとするとかさ。ヒトミじゃなきゃ良いかもだが、コイツの場合は企みを隠そうっつー気が無いから、算段が透けて見えんだよ。

 ……ああ、つまり。

 

 

「いやぁ、それってデバガメじゃね?」

 

「あっはっは!!」

 

 

 笑うな。声もでかい。このままじゃあおれもお仲間になっちまうじゃねえか。

 んー……あぁ、仕方ねえ。

 

 

「おれとしちゃあ相棒をフォローしとくけどよ。ヒヅキさんの手持ちポケモンがイーブイらしいぜ? イーブイを持つトレーナー同士で練習したいって魂胆だろ。あと、シュンにゃあそんな度胸はねぇよ。幼馴染が強すぎだ」

 

「そうかい? あたしゃ、度胸は無くてもバトルの為って理由で女の子を誘えるのも大概だと思うけどねぇ。……あ、そうか。それで同じくイーブイ持ってるアンタが誘われないとなると、引率はショウで決まりじゃない」

 

「成る程。確かに、イーブイ繋がりだとそうなるわなぁ。すっげぇ説得力」

 

 

 その辺の条件を満たしちまう辺り、やっぱショウは規格外だよなあ。

 ……さて、そんじゃあ決まりか。

 

 

「ん? どこ行くんだい、ユウキ」

 

「シュン達を探すんだろ? 手っ取り早くバトルするのに良さそうな雪原でも探そうぜ」

 

「方針が早く決まるのはアタシとアンタの良いトコよね。……さぁてさて。友人らが変わりない事を、喜べば良いのか悲しめば良いのか」

 

「喜んでやってんだから良いんじゃね? ってかヒトミ、二言目にはバトルのお前が言うなっっての」

 

 

 一番変わらねえの、お前なんだからな!

 

 

 

ΘΘ

 

 

 

 山荘を出たおれとヒトミは、悩んだ末に南側へと向かう事にした。バトルの訓練をするならシロガネ山の高嶺に近付くだろうという読みからだ。先生達から近付くなといわれている地域(野生ポケモンの縄張りらしい)をギリギリ避け、登り降りを繰り返しながらどんどん荒れ具合の酷くなる雪道を南下する。

 

 

「ブイィ~」

「あー、温いわー、アンタのイーブイ」

「フューン」

 

「いや、良いんだ。良いんだけどよ……」

 

 

 ヒトミはおれのイーブイを抱き、肩口にドーミラーを浮かばせながらのご満悦。イーブイも目を閉じて……ってのは、おれのイーブイの場合はいつもの通り。

 どうにものんびりとしたおれの手持ちらは、誰彼に懐き易い傾向にある。まぁ、人見知りしないっていえば聞こえは良いんだが……

 

 

「野生ポケモン対策で手持ち出してんだから、お前に抱かれてると意味ねえだろーが!?」

 

「そうかい? ……ああ、そうかもだね。ならさ、と!」

 

 《ボウンッ!》

 

「―― ターング」

 

「その代りの護衛は、この子でどうだい?」

 

 

 ボールから出たのは、ヒトミの手持ちポケモンの中じゃ最も古株のポケモン、メタング。青鋼の身体と2本の腕。空中に浮かんだ無機質気味なポケモンだ。

 このメタングはレベルもヒトミがスクールに入る以前の出身地……ホウエン地方からの手持ちになる。バリエーションに富んだ鉱石の産地であるホウエン地方「ならでは」というべきか、カントーでは見かけない新たな属性「鋼タイプ」のポケモンだ。それに手持ちの中じゃレベルも一番高いハズだからな。護衛としちゃあ十分だ。

 エリトレクラスの授業じゃ春に選んだポケモン達しか使えないためにあまり姿は見せねえけど、それでも、バトル訓練とか戦力が必要な際にはこうして真っ先に呼ばれんだから、信頼も厚い筈だ。

 ヒトミがすっと手を挙げると、メタングが僅かに高度を増す。

 

 

「メタング、周囲警戒だよ」

「ブイ~」

「フューン」

 

「ターーング」

 

「……いや悪ぃな。頼んだよ」

 

 

 おれは一先ず、メタングに謝っておくことに。ボールから出てみりゃ主人がこの有様じゃな。なんつーかこう、いたたまれない感じで申し訳ない。

 

 そうして、メタングにイワークとかの野生ポケモンを追っ払って貰いながら進む事1時間。未だ山の中腹だが、これ以上は入るなと先生達に念を押されてた地域ギリギリまで到達する。

 

 

「これ以上進むとお叱り覚悟になるな。どうすっかなぁ……」

 

 ――《……ォ》

 

「ブイ~?」ピクッ

「……って、おお?」

「ブイ、ブイブイ」

 

「わっ。どうしたってのさ、イーブイ」

 

 

 雪を阻む岩場へと差し掛かった所で、ヒトミに抱かれていたイーブイが突然耳を動かした。動かしたと思ったら手の中からジャンプ。おれの前に出て、姿勢を低く構える。

 ……っとぉ。こりゃあ……

 

 

「……この岩の先、なんか居んのか?」

「ブイ~」

 

 

 おれは、イーブイは警戒してるんだろーなという考えに到る。危機回避に関するポケモンの勘はかなり鋭い。岩陰に野生ポケモンがいるとすりゃ、突然襲われる可能性もあるからな。

 

 

「へえ? そんじゃあたしも。戻って、どーみら。……ぽにー!」

「ヒヒィンッ!」

「―― メターング」

 

 

 ヒトミは浮かばしていたドーミラーを引っ込めてポニータを繰り出し、メタングをやや先に浮かばせた。そして鞄から、「何時もの通りの物」を取り出す。

 

 

「ってこんな時でもパソコンかよ!?」

 

「いざ戦闘って時に、パソコンが無いと落ち着かないからねぇ」

 

「……いーけどよ。やっぱ中毒だよな、それ」

 

「おやぁ? 国宝級迷子のアンタがここまで迷わなかったのは、誰と何のおかげだと思ってるんだい?」

 

 

 携帯端末を小脇に抱えたヤツに向かって、はいはいおれを先導してくれたヒトミサマとGPSのお陰です。とかいう緊張感の無いやり取りを繰り広げながら、おれ達は慎重に歩を進めてゆく。

 さぁて。頃合だな。ヒトミに視線で合図を送り、意を決して、その先へと視線を伸ばす。

 

 

「……んだこりゃ」

 

 

 しかし開けた瞬間、おれは思わず突っ込みを入れてしまった。待ち受けていたのは野生ポケモンじゃあない。眼下に、一段低く削られた雪の原が現れたのだ。

 その雪原は三方を岩山に囲まれたせいでか風が弱まっていて、差し込む日差しに照らされながら薄く積もった雪が輝いている。広さはそう広くも無いが、「ある用途」に使うには十分な広さを備えていて。

 奥にはシロガネ山の主峰。その麓に建つは、真新しい外観の最新式ポケモンセンター。

 手前にポケモンバトルを繰り広げる2名、相手役1名、審判役1名。

 

 

「ベニ、『クラブハンマー』っ!」

 

「―― 遠慮はしません。ゴチム……」

 

「ごめんあそばせっ、仕掛けますわ! ブラウンっ!」

 

「エスパーの力、見せてあげる! ユンゲラー!」

 

「ごめんあそばせって本気で言う奴初めて見たんだが。……でもって、おーい。気合い入れるのは良いけどやり過ぎんなよー、ナツメ」

「ラッキーッ!」

 

 

 シュン VS カトレアお嬢。

 ヒヅキさん(と見られる豊かな胸囲の縦ロール) VS ナツメさん(と見られるスレンダー美人)。

 そしてその奥、ポケモンセンターの入口前に立ってどうでも良いことを考えながら審判を務めるショウ&その横でバトルを応援するラッキーという構図だ。

 おれの横から顔を覗かし、ヒトミが呟く。

 

 

「へーぇ……ジムリーダーの直接指導とか、随分と贅沢にやってんのね」

 

「別に違法じゃあねーからなぁ。つーかこんな所にポケモンセンターあったのか」

 

「立地から考えるに、シロガネ山調査の拠点とかだろうさ。ショウなんかは知ってたんじゃない? シロガネ山なんて如何にも調査してそうだし」

 

 

 なんてヒトミは呟くものの。おれとしちゃあポケセンの立地なんかよりも相手トレーナーの選び方のが気になるんだよな。ナツメさんとカトレアお嬢とか。こう、作為を感じるってぇの?

 

 

「ま、エスパー対策だろうね。ほら、シュンってエスパーみたいな才能あるトレーナーに対抗意識燃やしてるじゃない。ヒヅキお嬢様の方もこないだイツキって言うエリートエスパーに負けちゃったみたいだし、その辺りに共通点があるんでしょ」

 

「はぁぁ。……ヒトミ、お前って結構周りを見てんのな」

 

「お堅いゴウとか、意味不明原理不明のケイスケは兎も角、一緒にバトル訓練してるシュンとナツホはねー」

 

 

 視線の先にはシュンとお嬢様、これまたお嬢様と美人のお姉さま。あとラッキーと一緒にバトルを見てる野郎が1人。

 ……遠目からじゃあ、そのバトルの詳しい内容までは察することは出来ない……けどな。

 

 

「―― さて。帰るぜ、ヒトミ」

 

「おやぁ?」

 

「何不思議そうな顔してんだっての。お前だって本気でバトル訓練したいって思って着いて来た訳じゃあねーんだろ?」

 

「いや、2割くらいは本気だけど」

 

 

 マジかよ。

 

 

「マジかよ。……8割は?」

 

「5割は勿論アンタと同じく、シュンが心配だから。あと2割は知的好奇心という名のデバガメ根性」

 

「……一応、突っ込みは止めとくけどよ」

 

 

 何だかんだで1割残してやがるしな。

 でもまぁ、シュンが結構危うかったってのはおれら友人の中では周知の事実だったりする。一番やばかったのはキキョウスクールの卒業前辺りか。つっても10才の事だったし、青春してんなって分には構わねーんだけども……あの悩み方は傍から見てると、ちょっとな。

 

 

「まぁ今回は大丈夫だろ。上手く手綱を握ってくれる奴等が居て安心してるよ」

 

「あの時はナツホが大立ち回りだったからねえ。……今回はそれに、具体策を提供及び実現してくれるショウやルリが居る。……あと、こうして心配で見に来てくれる相棒も居るし?」

 

「お優しいヒトミサマも怖ーい幼馴染も、委員長っぽいのにガンコな奴もクールビューティーも、ついでにどらごーんなのんびり屋も居る事だしな」

 

 

 バトルの練習漬けになってしまっているってのは、シュンにとっては良い事なのかもしれないな。少なくとも、あの時の様に暗中を模索する必要は、もう無いんだから。

 

 

「……まぁ、シュンもあの感じなら良さそうだね。それで? アンタも帰るの?」

 

「確かに。ナツメさんとかカトレアお嬢みたいな美人さんが居るのに出向かないってーのは、おれのポリシーにゃあ反するかもしれねぇな」

 

「うわぁ……出た出た」

 

「んだよ。これで結構本音なんだぜ?」

 

「その努力をもっと別の方向に使いなさいよ」

 

「……んまぁ、ぼちぼちな」

 

 

 おれの場合、それはバトル関係じゃあないからな。

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 それから2日ほど間を空けて。

 シロガネ山を降りたおれらは休憩を挟み、今度はチャンピオンロードでの野営訓練に参加することになった。

 チャンピオンロードとは、セキエイ高原へと続く道すがら……シロガネ山の周辺に複数本が用意されている、ポケモンリーグへの「振るい」の役目を持つ半人工ダンジョンの事。野生ポケモンが多く潜んだ洞窟、その中にトレーナーの知恵を試す人工物が配置されている。正にトレーナーだけでも、ポケモンだけでも突破は困難な「試練の道」であると言えるだろう。チャンピオン・ルリの登場以降勢いを取り戻したカントーリーグにおいて、チャンピオンロードは名実共に四天王へ挑戦するための最終試練となっているのだ。

 今回の訓練の目的は、ここで野生ポケモンが潜む中での野営の実際を学ぶ事……らしいな。っと。

 

 

「いっけ、イーブイ! 『でんこうせっか』」

 

「ブイ~ぃ」

「ズババッ、ズバッ!?」

 

 

 足元を飛び出したイーブイが宙に有るズバットの身体を弾き飛ばし、岸壁に叩き付ける。目を回して「ひんし」状態に気絶したのを確認してから、おれはイーブイをボールへと戻す事に。

 

 

「ブーイーぃ」

「さんきゅな。戻れっ、イーブイ。……くっはぁー、野営予定のトコまであと少しってか」

 

「―― こっちも終わったか、ユウキ」

 

「おっ、ゴウじゃんか。そっちも終わったか?」

 

「ああ。このまま進めそうだ」

 

 

 無愛想な友人に駆け寄り、今度は合流して2人で歩いて行く。

 辺りをキョロキョロと見回し、野生ポケモンの更なる出現を注意しつつ。おれ達は現在、もう少し歩いた所にあるらしい各班毎に予定された野営地を目指しているのだ。

 

 

「っつか、チャンピオンロードって開催期間外でも野生ポケモン居んのなー」

 

「む。チャンピオンロードは半人工的なダンジョンだからな。この場所の場合は、近自然工法によって作られた岩山群といった所か」

 

「その近自然なんちゃらでわざわざ野営訓練するってんだから世話無いぜ」

 

 

 おれは自分のキャラとして軽口を叩いておく。しかし、

 

 

「……まぁ、それもそうだな」

 

 

 ゴウには反発されるかと思いきや、返答はまさかの肯定。しかもゴウにしては珍しい表情、苦笑しながらの肯定だ。

 何時も理路整然としていて堅物のゴウ。その苦笑の表情に驚いたってのが、どうやらおれの顔にも表れていたらしい。ゴウは慌てて自らの頬をぐにぐにと動かし、取り繕った様に目を閉じ、表情を何時もの無愛想に固定する。

 

 

「……ああ、理由はあるぞ? エリートトレーナーは、ポケモントレーナーとしての高みを目指す者だ。となれば当然、若輩ながらに旅をする必要が出てくるだろう」

 

「ま、言われてみりゃあそうね」

 

 

 リーグ挑戦のためのポケモンジム巡り ―― というだけでなく、各地を巡って様々なポケモントレーナーとバトルをする。自らのポケモンを鍛えるのに、最も適した実践らしい。

 ……ってまぁ、そう世間で言われているだけで、実際にはどうなんだか知らんけど。

 

 

「旅をするからには、トレーナーはただポケモンに指示を出すだけの存在であってはならない。時には自らの身体を持って海を超え川を渡り山を越える必要もあるだろう。そんな時、野営訓練の経験は必ず役に立つからな」

 

「……つっても実際、エリトレなんて『箔』の1つでしかないって奴等も多いしなー。おれらの内何人が、そんな高尚な考えを持っていることやら」

 

「少なくとも自由参加である今回の野営訓練に態々参加した人物は、その高尚な考えを持っている者だと思うが……果たして全員がそうなのかは、確かに判断が付かない所だな」

 

「だよな」

 

 

 エリートトレーナー……ポケモントレーナーの上級資格を持つってのは、このポケモン中心の社会において、社会的評価を上げる役目も果たしてる。実際ポケモンリーグの中心で……バトルだけではなく……事務方の仕事なんかをこなすのも、その殆どがエリトレ資格を持っている奴等だ。

 勿論ポケモンといえば、その花形はポケモンバトル。だけど最近じゃあポケモンコンテストみたいなバトルだけじゃあないものも増えてきているしな。あれなんかはポケモン大好きクラブに所属する一般トレーナーが主だった人員だし、一概に協会が中心だーたぁ言えねーらしいけども。

 

 

「実際、おれもそうだしなぁ……って」

 

 

 なんて考えながら脚を動かしていると、ゴウにいきなり手首を掴まれる。何だよ?

 

 

「待てユウキ、どこへ行くつもりだ」

 

「どこって、野営予定地に決まってんだろ?」

 

「……野営予定地は、こっちだ」

 

 

 あらま。どうやら何時もの如く迷い人スキルが発動していたらしい。

 しっかたねーな。大人しくゴウの後を着いていくことにすっか。

 

 

 

 そんなこんなで数分ほど歩いて、山の半ばにある野営地へと到着。

 辺りで他の地域の学生達も混じって、テントを張ったり飯ごうを火にかけたりしてる。制服の違う奴等が一同に揃っている様は、なんだか見慣れないような嬉しいような。どうやら(体感的には)長きに渡る合宿の結果、他地域のエリトレ達との交流は随分と進んでいたらしい。

 

 

「んで、何で班員以外の人も居んの?」

 

「いやさ。実はこれもバトルの訓練の一環で……」

「……ブィ」ビクビク

 

「流石はカトレアさんですわね……今のは口頭と念波で別々の命令系統を使ったのでしょうか」

 

 

 座り込みながら割り箸を飯ごうに当てるおれ、イーブイ(アカネ)を抱きながらカレー鍋をかき回すシュン。胸を組んだ腕に乗せるという仰天荒業を繰り出しながら仁王立ちで戦況をみやるヒヅキお嬢様。因みに、ゴウはノゾミに無言で引っ張られて別の所で調理を担当。ケイスケは爆睡。

 そしてそんなおれらの目の前で、ショウとカトレアお嬢が(またもや)ポケモンバトルを繰り広げているのだ。どんだけバトル好きなんだよこいつらは。

 

 

「イーブイ、『おんがえし』っ!」

 

「くッ、ゴチムッ!!」

 

「ブイブイブイーッ!」

「ゴチィ!」

 

 

 2、3度ぶつかり合ったかと思うと、絡み合っていた内ショウのイーブイが器用に尻尾を振り回した。念波の壁を掻き分け、勢いそのままに貫く。イーブイの突撃によってゴチムが吹き飛び、カトレアの足元まで転がった。

 エスパーなお嬢様は目を伏せ、足元からゴチムを抱き上げる。

 

 

「チム~」

「ゴチムっ……良くやってくれました、戻ってください。……ショウ、アタクシの負けですね」

 

「何度も言ってるけど、ゴチムとの1対1だと俺のイーブイのが有利だからな? なんかイーブイ的にもカトレアのゴチムに対抗意識燃やしてるみたいだし、負ける訳には行かない……って。だからいきなり肩に登るな、危ないだろイーブイ。何なんだ、俺登りがブームなのか末妹なのか」

「ブイブイブイーッ♪」

 

 

 ショウはイーブイと、相変わらず仲の良さそうなこって。

 それに比べて……

 

 

「なぁシュン。お前のアカネは、ちっとは慣れたのかよ?」

 

「最初の頃と比べれば多少は、と言っておこう」

「……ブィ」ササッ

 

 

 おれが視線を向けると、アカネは素早くシュンの後ろへと回りこむ。そこで「シュンの後ろ」を選ぶ辺り、進歩は見て取れるんだけどなぁ。

 

 

「ですわね。わたくしのブラウンと違って、シュンのイーブイは怖がりですものね」

 

「ヒヅキさんのイーブイが真っ直ぐすぎるだけだって。あんなキビキビ動くポケモン、オレは初めて見たよ」

 

「そうなんですの? ……確かに、こうして沢山のイーブイを見比べてみると、わたくしのブラウンは大人しい部類に入るみたいですけれども」

 

「大人しいってか、どうみてもお姫様相手にした執事か騎士ってぇ対応だろ」

 

「だな。オレもユウキに同意しとく」

「……ブイー」

 

 

 ブラウンに対する賞賛っぽい言葉にシュンが頷く。アカネは何やら、ヒヅキお嬢様の腰に着いたモンスターボールをきらきらした瞳で見つめているけれど。

 

 

「まあそれはどうでも良いのですわ。それよりも、次はわたくしとシュンの番です。行きますわよ、シュン!」

 

「了解です、と。……さて、戦力的に考えたらベニだけど……どうするか?」

 

 

 先を行くヒヅキお嬢に促され、シュンは何やら考え事をしながら岩場を登ってゆく。

 ……いやだから、お前ら飯の仕度を手伝えよっ!?

 そう口に出してしまう直前、ショウがステージを降りて来る。素早く駆け寄り、此方に向かって手を合わせた。

 

 

「いやスマン、ユウキ。シュンとヒヅキはバトルさせてやっててくれ。バトル大会まで時間がなくてな。その分は俺が働くよ」

 

「……まぁ、おれはシュンの目標を知ってるからいーんだけどよ。つか、さらりと思考を読んでくるよなぁ。ショウは」

 

「ただの予想だからなー。……にしても、アリガトな。ユウキ」

 

「おう」

 

 

 言いながらも有言実行。ショウはカレー鍋とにらめっこを続けるおれの隣をするりと抜けると、飯ごうの前に陣取った。

 しかしその後ろをトコトコと着いてきました、カトレアお嬢様。先までバトルをしていたお嬢様はごく自然な動作でショウの横に座ると、如何にも不思議といった表情を浮べて首を傾げる。

 

 

「……料理、です……?」

 

「あー、そうだな。野営訓練ってーよりかは完全に学生キャンプのノリだけど」

 

「ふぅん。……なら、アタクシも手伝います。学生ですから」

 

「そっか。どうも、頼むよ。……それじゃあ米をカトレアに任せるとして……んー……お」

 

 

 あっさりと飯ごうの前を明け渡し、何事かを思考するショウ。じゃあお前は何をするんだよ……と思ったら、またもやすたすたと歩き始めた。その向かう先には、楽しそうに笑う女子が3名居て。

 横までたどり着いた所で、ショウへと視線が集まる。注目が集まった頃合を見計らい、ショウは申し訳なさそうな顔をしながら口を開く。

 

 

「あー……これ、カレー鍋その2の野菜だろ? 俺が替わるから、あっちのテント設営を手伝ってきてくれないか。どう

も俺じゃあ役立てないみたいで」

 

「えっ、あっ……はい」

「ホントに? どうもね~」

 

 

 まな板の前でお喋りをしていた女子共に首を突っ込んで、既に殆ど終わっているテント設営の側へと回らせた。どうしたよ。そもそもお前、バトルする前にテントの設営を仕切ってきてたじゃねえか。

 おれはその疑問を問うべく、ショウの横まで歩み寄る。……あ、おれの担当のカレーは大丈夫だろ。キャンプのカレーなんて多少焦げてた方が味があんだよ。多分な。

 

 

「んで、ショウ。どういうことだってば?」

 

「そこでだってばよ、にならないのは惜しいなぁ。……じゃあなくて、そだな。これ、見てくれ」

 

 

 ショウはそう言ってプラスチック製の包丁を構え、まな板の辺りを指す。覗き込むと、そこには、未だ塊の野菜がゴロゴロと転がっていた。

 

 

「……なる。あいつら、お喋りにかまけて仕事を放っていやがったな?」

 

「だなー。そもそも切るだけなのに時間が掛かり過ぎだ。こういう所でダラダラしてると後々に響くわけで……まぁ学生だからそういうのも思い出か、ってのは判る。だからこそ首を突っ込むに、今回みたいに波風立てず出来るならってー感じだな。別に急ぎじゃあないし」

 

 

 包丁を動かしながらショウが解説を挟む。

 頭ごなしに叱った所で動くはずも無く、ならば解散させた方が早いという算段か。しかも、その泥は自分が被るっつー引き立て振り。……今更だけど、何ともフォローの上手い奴だよな。見れば話に夢中になっていた女子達は離れ所で、テントを設営し終えた他の連中と共に談笑を続けている。彼女等にとって、ショウの行動は概ね好意的に受け入れられた事だろう。何せ注意もされなけりゃあ仕事も終わってるっつーんだからな。

 

 

「……流石にやんな、この色男め」

 

「いやいや。お褒めいただき恐悦至極ー……と言いたい所だけど褒め言葉じゃあないよなぁ。別段嬉しくもないし」

 

 

 なぁんてどうでも良いを水増ししたようなやり取りをしていると、辺りを取り仕切っていたヒトミが此方へと近付いて来た。どうやら監査のお時間らしい。

 

 

「さぁて、どうだい? カレーの方は順調?」

 

「まぁた出やがったな、ヒトミ。ほれ、あっちでポケモンバトルの練習してんぞー」

 

「まぁたぞんざいな振りをするし、ユウキ。アタシがバトルなら何でも釣られると思ってるねアンタは。……まぁそれは後で感想戦を聞いておくとして。ショウ、順調かい?」

 

「んー、ぶっちゃけ微妙だな。今からスピード上げる予定」

 

 

 やってきたヒトミに、ショウが苦笑いで返す。ヒトミは眼鏡の位置を直しながらショウの手元の野菜を見やり、溜息。

 

 

「あー、あの娘らサボってやがったかぁ。……仕方が無いね。ほら、ユウキも手伝って」

 

「おい……おれ、カレー鍋混ぜてたんだけど?」

 

「過去形で正しいけど……そうかい? じゃあそれは……おーい! カトレアーっ」

 

「……ヒトミさん。なんでしょう?」

 

 

 ヒトミが大声を上げ、飯ごうを見つめていたカトレアお嬢様をご指名。ゆるりと立ち上がったカトレアに続けざまに指示を出す。

 

 

「第1カレー鍋の火を止めて、ゆるーくかき混ぜといてくんない? 混ぜが足りなくても十分。カレーなんて焦げてなんぼの食べ物だし、飯ごうの方含めて一緒にショウに監督してもらうからさ」

 

「ハイ、承りました」

 

 

 何時もマイペースなカトレアが加速装置を起動したかの如くターンし、カレー鍋の火を止める。やけに聞きが良かったのは間違いなく、野菜を乱切りにしているこの男の名前を使ったからだ。

 

 

「……おい、俺は今ダシにされなかったか?」

 

「されたされた。仕事増やされた」

 

「あっはっは。だってそうだろう? この食事時にバトル訓練なんてしている馬鹿どもが居なければ、人数は十分足りたんだからねえ」

 

「あー……違いない。返す言葉もないなー」

 

 

 にやりと笑うヒトミに万歳で降伏を示しておいて、ショウは再び包丁を手にした。

 ……ショウみたいなのをお人好し、ってんだろーな。その分を自分で抱え込む辺り、シュンとも似てるっちゃあ似てる。行動力とかは段違いだけど。

 

 

「お人好し……ってか、優しさかね」

 

「……そこがショウの良い所です」

 

 

 おれが鍋の前でぼそりと呟くと、カトレアお嬢様に呟きでもって返された。ぎりぎりおれの耳にだけ届く声で。緩くウェーブを描く長髪から覗いたその頬は、僅かに赤らんで見えなくも無い。いやぁー……流石はショウ。是非ともお師匠と呼びたい男第1位(おれとシュン調べ)だな。うん。惚気やがったなこん畜生っ。

 

 そのまま準備を進めること幾ばくか。ショウが野菜を鍋に突っ込んで火を入れ始めた頃合を見計らい、おれはヒトミとアイコンタクトを交わす。

 

「(ねえユウキ、良い機会じゃあないかい? ショウに『あれ』、聞いてみようじゃないのよ)」

 

「(『あれ』かぁ……んまぁ、おれも気にはなってるからな。いいぜ、確かに機会としちゃあ良い具合だ)」

 

 始めはエリトレの中でも(主に研究者やってるせいで)とっつき辛かったショウとの間も、最近じゃあ結構埋まってきた感じがするしな。よし。唐突だけど話題を振ってみっかね。

 

「―― んでよ、ショウ」

 

「ほいほい」

 

「聞きたいことがあんだけど、いーか?」

 

「わざわざ了解取るってことはそれなりに踏み込んだ質問か。……んー、まぁ、良いけど」

 

「お前とエリカせんせ、それにナツメせんせもか。……どういう関係なんだ?」

 

「あっ、それはアタシも知りたいトコだね。……ショウ?」

 

 

 打ち合わせたその癖、自然な感じで割り込むヒトミ。こういう時のヒトミの行動力にはすげぇもんがあるな。

 つっても相手はあのショウだ。援護が居てくれて頼もしい事には変わりない。ショウは暫し頬を掻いて、

 

 

「あー…………。……まぁ、普通に友人だろ」

 

「案外普通なのな」

 

「煮え切らない答えだねえ」

 

「俺をなんだと思ってたんだよ。エリカは兎も角、ナツメは名実共に友人だぞ? それこそ付き合いの長さ的には幼馴染って言っても良いくらいだ」

 

「へえ。そんなになのか?」

 

「そうそう。エリカは……なんだろ。家族ぐるみの付き合い? 何か両親が妙に仲良いんだよなぁ。妹も姉みたいに慕ってるし。あー、でも、妹が慕ってるってんならカトレアもミィもだな」

 

「へええ。……既に家族、と」

 

「歪曲した内容でパソコンにメモするなよー、ヒトミ」

 

 

 おれは、ある事無い事をメモしようとするヒトミには突っ込みを入れつつ。

 

 

「―― ところでその妹さんは美人かねショウ君や」

 

「あー、年下だから美人という区分けは難しい。んーむ……恥かしクール?」

 

「そらコワク的な妹だ」

 

「黙れ男子。……そういやその妹さんもタマムシに居るのかい?」

 

「勿論。両親と一緒のアパートに居るぞ、デパートの奥の。ま、その内に会う機会もあるだろーな」

 

 

 とどめ、笑顔で締めるショウ。成る程、妹さんが居ると。是非ともチェックしておきたい情報だ。この点についてはヒトミと同意見。

 すると質問の切れ間を見計らって、ショウが口を開く。

 

 

「……あ、ついでだから俺からも質問していいか?」

 

 

 言ってから、ショウは辺りを警戒したように見回す。カレー班は現在おれとヒトミ、ショウ、それにカトレアお嬢様のみ。野営訓練に参加した他の学生がちらほらと居るが、近場に目立った人影はなく、こっちに注意を向けてくるような生徒も今は居ない。

 そんなら。

 

 

「まぁ、おれは別にいーけどよ。……つーかそっちがショウの本題だろ」

 

「アタシは内容によるねえ。ただ話題を変えようとしただけならお断りするよ?」

 

「一応内容自体は簡潔だけどな。……シュンとナツホの関係について、だ」

 

「それはそれは。……あっはっは! 踏み込んで来るね!」

 

「ああ、高笑いすんなってのヒトミ。お前声でけえんだから人が寄ってくんだろ」

 

 

 折角ショウが気を使ったってえのによ。全く。

 ……けれど、

 

 

「どういう風の吹き回しだ? 物事には気を使うショウがそーいうプライベートな部分に踏み込んでくるって、珍しいじゃねえか」

 

「シュンのポケモンバトルへの情熱はどこから来るのかねーと思ってさ。違うか? 違うんならこれ以上は聞かないけど」

 

 

 相変わらず的確に切り込んでくる奴だ。聞かれた内容に、おれとヒトミが思わず身構えていると。

 

 

「……あー、そんなに駄目な事聞いたか? それなら聞かなかった事に……」

 

「ああ、やめやめ。わかった。アタシは良いと思うよ。……ユウキ?」

 

「まぁな。相棒もショウに話すってんなら納得するだろうしさ。……本当は本人から話すのが一番良いんだろうけど」

 

 

 切り出しは唐突だったが、バトルに関する指導を請け負っているショウへと話すなら問題もねーだろな。出来れば本人から……ってのは、ちょっと厳しいし。

 そうしておれは、ショウに向けて語り出す。

 

 

「―― 先に言っておくと、おれとヒトミは一般家庭なんだけどな。シュンとナツホは違うんだ。キキョウシティに在る家庭……街の開発方針でポケモンバトルが中心になってるエリアに住んでんだよ。だからこそ、小さい頃からバトルに関しては人一倍興味があったんだろーな。スクールに入ってからも勉強熱心だった。……シュンの親父は結構有名なポケモントレーナーでさ。知ってるか? 何回か前のリーグトーナメントじゃあ決勝まで行った事もあんだぜ」

 

「なる。もしかしなくてもあれか。エスパーのトレーナーが優勝した大会の……」

 

「それだな。んで、親父さんは負けちまったと。……本当なら準優勝でも凄いんだろうけど。バトルに熱心な地域だったのが災いして、親父さんは今まで以上にバトルに傾倒しちまったんだ。その替わりに家庭をほっぽりだしてな」

 

「あれは多分、傾倒しなくちゃあならないって感じの世間体もあったんだろうねえ。今思えば。……あの頃のシュンは荒れてる訳じゃあないけど……何ていうか、荒んでた感じだった。でもまあそこで幼馴染の登場さ。そこをナツホがビシッと喝入れて、ある程度は元通りって訳」

 

「喝の入れ方については想像に任せるぜ。……それである程度は吹っ切れて、今に到るわけだ。つっても未だに、バトルに執心な部分は残っちまってる。それがシュンの目標って形になってな」

 

 

 顎に手を当てていたショウはここまでを大人しく聞いた後、ふむと頷いて。

 

 

「あー、成る程。お前らは『ナツホが』って言うけど、実際には違うんだろ?」

 

「「……」」

 

 

 ……なんで判るんだっての、ショウのヤツ……!

 いや実際、あの時はおれ達も随分と気にかけてた。止めがナツホだったのは間違いないが ――

 

 

「ははは! まぁ、そこは曖昧にしとくか! ―― 判った。それなら問題はなさそうだ。だって今も昔も、シュンの周りにはお前らや幼馴染が傍にいるんだからな」

 

「一応言っとくと、アタシもユウキも他の皆も、シュンに釣られてエリトレを目指したんじゃあないんだけどねえ……」

 

「でも理由に一枚噛んでるのは確かだろ?」

 

 

 ショウのその問いには頷くしかないか。……いや、降参。降参だっての。

 そんな風に、おれが両手でも挙げてやろうかと考えていると。

 

 

「執心、ね。……俺からしてみればシュンは、個人で執心しているってよりは ―― 皆のために。『一度掲げた夢を叶えようと努力している自分を見せる為』に頑張っている様な気がするんだよなぁ」

 

 

 ほう。そりゃあ、また。

 言われてみればという気がしないでもない。身内みたいなおれらグループ、その外に居るショウから見ればこその意見だ。

 

 

「アタクシにもそう見えます。……あの方の眼は、アタクシやナツメお姉さまの様なエスパーを、憎悪を含む感情では見ていませんでしたから」

 

「補足をあんがと、カトレア。とまあ、こんな感じか。自分のために頑張れる、っていうのは意外と限界値が低いもんだよ。きっと、タブンな」

 

 

 いつの間にか寄ってきていたカトレアお嬢からも言葉を頂いた所で、ショウが野菜を切り終わる。

 

 

「ほいっと。これで具材は足りるな。煮えてるしさっさとぶっこんで……お。丁度良いみたいだな」

 

 

 ショウの言葉に顔を上げて道の先へと視線を移せば、シュンが丁度帰ってくる所で。

 

 

「―― バトル練習、終了ーっと。ごめんなユウキ、今からでも手伝うから……」

 

「「……」」

 

 

 おれもヒトミも、思わずシュンの顔を眺めてしまう。

 

 

「……えーっと……ショウ。オレ、何かしたか? むしろ何も手伝ってないから何もしていないと……いや、バトルの練習はしてきたけど」

 

「その手伝いも後は鍋の管理だけだけどなー。……因みに、ユウキ達の挙動についてはあれだ。あちらで幼馴染がお怒りですよーと」

 

「……うっわぁ。マジか」

 

「若干な。さっさと行くのをオススメしとくぞ」

 

「ゴメン。ユウキ達も、手伝えなくて悪いな。それじゃあちょっと行ってくる」

 

 

 シュンはそう言うと、ナツホの居る火元へと走っていった。

 ……なんつーか。

 

 

「友達甲斐の、あるような無い(ねえ)ような……」

 

「微妙だよねえ」

 

「親友共がなに言ってんだか。さぁてカトレア、カレーの方見張りに行くか」

 

「そうですね。……ですが。相も変わらず仕事人間のアナタが言う事でもないと思います、ショウ」

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 そんな日々が暫く続いて、いよいよのバトル大会開催日。

 闘技場に座ったおれら学生が見つめる先で、とあるスポーツのエキシビションマッチが開催されていた。

 

 その名も「ポケモンバッカーズ」。

 何かこう響きの悪い名前だけど、ポケモンバッカーズはポケモンスポーツにおいてメジャーから中堅所といった立場の球技だ。

 ……ただし。電光掲示板に表示された対戦カードはプロチームのそれではなく、『こう』なんだ。

 

『ルリ VS シロナ』

 

 カントーの元チャンピオン・ルリとシンオウの現役チャンピオン・シロナさんの対戦という夢の競演とかな。……んまぁ、だからこそエキシビションなんだろうなぁとは思うけれどよ。

 さて。ポケモンバッカーズは、端的に言えばサッカーとバスケットを混ぜた形のポケモンスポーツだ。6匹と補欠2匹で1チームを組み、コートに出るのは3匹。それぞれが入れ替わりながら試合を行う。空中に浮いたゴールへボールを叩き込むと2点。フリースローは1点、指定された範囲の外から決めれば3点だ。その得点でもって勝敗が決まる。

 移動の際、「腕」を持つポケモンはバスケット風のボールを「つく」ドリブルを。腕の無いポケモンはサッカーの様に無形でのドリブルをしなければならない。空を飛ぶポケモンに関しては、地面を走る場合は足を使ってのサッカードリブルが適用され、地面すれすれを飛べば腕(無い場合は脚)を使ってバスケットのドリブルもアリとなる。ただし1メートル以上空中へと浮かんだ場合はパス交換を挟まななければ一度しかボールに触れる事は出来ず、ドリブルは不可能。

 ……とかとか、その他も雑多なルールが多数。おれは読み上げたパンフレットから顔を上げ、試合へと視線を移す。

 

 

『さーぁ、ルリ選手が仕掛けるかぁっ!!』

 

『いやいや。シロナさんも負けてませんよぅ? ガブリアスが虎視眈々と遊撃スティールを狙ってますからねぇ』

 

 

 大音量の声援に負けない明るさの実況が語る通り。

 他方 ―― ルリと呼ばれた、黒髪ツーテール……に「準和装を纏った少女」が動く。

 艶やかな黒髪。鮮やかな瑠璃色の帯、それらをグラデーションしてゆく胴。頭上には銀細工の(かんざし)と、竜宮城の乙姫様っぽい羽衣。

 緩やかに広がる袖を振り上げると、ニドクインが地面を蹴ってガブリアスへと背を向けた。地面やや上に浮いたミュウが尻尾でボールを転がし……目前には、トリトドンの巨体。

 滑らかなフォーメーションから。

 簪が揺れるのと、同時。ルリのポケモンは一斉に動き出した。

 

 

「―― ピジョォッ!」

 

「ポワーオ!」

 

「ンミューッ♪」

 

 

 後ろから入ったピジョットがミュウの横からワンタッチして、宙返り。一旦ボールの所有権が変わったので問題は無い……ルールを利用して、ミュウがドリブルを変化させる。

 サッカーから、バスケへ!

 

 

「ポワグチュゥ!?」

 

 ――《スイッ!》

 

「ミュミュミュミューッ!!」

 

『シロナチーム、鉄壁を誇ったトリトドンの中央支配が、遂に破られましたっっ! ルリチームの見事なトリックプレー!!』

 

 トリトドンは直前まで転がっていたボールが浮き上がった事態に対応できず、ミュウによって抜き去られた。「飛ぶ」こともすれすれを「浮く」ことも出来るエスパーポケモンならではのフェイントだ。

 小回りを利かせて立ち回るミュウの進撃を止めるべく、体格と素早さに勝るガブリアスが飛び出そうとするも、

 

 

「ガブゥッ!」

 

「―― ギュゥン!!」

 

 

 またも対策は抜かりなく、今度は横から入ったニドクインによって押しのけられた。スクリーンアウトと呼ばれるディフェンスの技法だ。

 これで道は開けた。宙に浮かびながら左右に移動するサイコロ形のゴールに向かって、ミュウがドリブルで突き進んでゆく。

 後は最後の、もう1匹っ!

 

 

『ルリチーム、ミュウを中心としたチームプレーでのゴールへの切り込み! ルリ選手の巧みな指示が光りますねっ!』

 

『ゴールへまっしぐら、ミュウちゃんの目の前にはシロナさんチームのスイーパーであるミカルゲちゃんが! さあああーっ、1対1で ―― 』

 

 

 ――《ドッ、》

 

 《《 ワアアアーッ!! 》》

 

 

 歓声が沸く。

 その原因は明快。ルリお得意の「驚かし」によるものだ。

 

 

『おおっと! いつの間にかルリチームが選手交替っ!? ミュウとのコンビネーションッ、ピジョットに替わってモノズの登場ですーッ!!』

 

『さっきの宙返りは「とんぼがえり」で、「とんぼがえり」は交換の布石でしたよぉぉぉーッッ!?』

 

『繰り出されたモノズが割り込みますっ、これで、状況は2対1っ! ミカルゲ、もやの様な身体をゴール周辺に張り巡らす得意のディフェンスで時間を稼ぎますがっ!?』

 

「―― ガウウゥ」

「―― ンミュッ!!」

 

「ユラーーーッ!」

 

 

 残り時間を考えれば、この攻撃が試合を決定付けるに違いない。ボールをパスし合いながら、ルリチームの2名がゴールへと近付いて行く。

 ミュウ、モノズ、ミュウ……からのシュートを、

 

 

「オンミョーン!」

 

 《バシンッ!》

 

『ミュウ選手のシュート、弾かれたああっ!!』

 

『リバウンドはどちらのボールにっ!?』

 

 

 ゴールに向かっていたボールがミカルゲのもやによって弾かれ、宙を舞う。

 ミカルゲがもやを再び伸ばし ―― そこへ、シュートを撃たなかった為に体勢を崩していないモノズが飛び込んだ。

 

 

「ガウッ……ガウッ!!」

 

 

 まるで足りないものに手を伸ばしているかの様に、飛びながらも首を伸ばすモノズ。しかしミカルゲに比べると、初動が僅かに遅い。

 空に向けて伸ばされたもやと首が、ボールを挟んでぶつかり合う。

 

 

『さああーっ、シュートーっっ!!』

 

『ボールに触れたのは同時っ、これは ――』

 

 

 ほぼ同時。時が止まった様な一瞬の後、モノズの身体だけが落下を始める。

 地に脚(というか台座というか)を着けているミカルゲは、押し合いの持久戦には強い。未だ持ち堪えてこそいるが、近い内に、モノズが弾き出され ――

 

 

「―― ガォォウンッ!!」

 

 

 などという大方の予想を裏切ったのは、他でもないモノズだ。

 牙の並ぶ口を開き、叫んだかと思うと、モノズの身体が光り出す。

 全身が光に包まれ……次の瞬間、

 

 

「グァゥ!」「ガウガウ!」

 

 

 その首の数が、増えた。

 

 ……。

 

 ……いや。このタイミングで進化すんのかよっ!?

 

 

「っ、ならばお願いです! ……ジヘッド!!」

 

「「ガウゥッ!!」」

 

 

 すかさず指示を出すルリ。モノズ……じゃなくて。ジヘッドが、増えたもう片方の首をボールへと叩き付けた。

 首は見事にボールを捉える。捉えられたボールはミカルゲのブロックを弾き飛ばし、今度は真っ直ぐ、ゴールの中へと収まった。

 中にボールを抱え、ゴールが七色に輝いた。電光掲示板が「GOAL」の文字を声高に明滅させ、闘技場の盛り上がりは最高潮を迎える。沸き上がる歓声が、セキエイ高原の闘技場を縦横無尽に駆け巡る。

 ……そんでもって歓声に負けないくらい大きな声で、解説者が絶叫。

 

 

『ゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーールッッッッ!!』

 

『ルリチームのモノズ……って進化しちゃったんでこれで良いかどうは判らないけどとりあえずモノズ、増えた首が見事にボールを捉えましたッッ!! これでルリチーム勝ち越しですっっ!!』

 

『ねえねえアオイ、この流れで行くとモノズちゃんの最終進化は首が3本になりますよぉぉ、ドードリオ的なっっ!!!』

 

『どうでも良い、今そこはどうでも良いよねクルミ!? 素直に勝利を喜んd』

 

 

 《ピッ、》

 

 《ピッ、》

 

 《ピィィィィーッッ!!》

 

 

『ああもうほらっ、ここで試合終了のホイッスルだよもーぅッ!!』

 

『セキエイ高原におけるポケモンバッカーズエキシビションマッチは、元カントーチャンピオン、ルリちゃんの勝利で幕を閉じましたーぁぁぁぁ!!!!』

 

 

 

ΘΘ

 

 

 

 ……ってだから、どんな内容だよっっ!?

 

 

「なんでいきなりポケモンバッカーズとか始まってるんだっつーの! しかもおれが解説役とかなっ!?」

 

「……む、すまない。僕はスポーツには疎くてな」

 

「とまぁ、解説のゴウがこの通りだからな。オレもルール位は知ってたけど、解説するほどじゃあないし」

 

「ぐう」

 

 

 ああ確かに、おれはよくヒトミにつき合わされてるからマイナースポーツも知ってるよ。知ってるけど、唐突過ぎんだろこれはっ!

 ……ああ、因みにさっきまでポケモンバッカーズのエキシビションをやっていたのは、おれらエリトレ組が大集合した今回のセキエイ合宿……その「シメ」を飾る為だ。

 なにせ、昨日の講義を持って合宿は全工程を終えた所。今日の午後から総括となるポケモンバトル大会が開催される予定だからなぁ。景気づけみたいなモンらしい。

 

 

「ってか、おれらの内で大会に参加するのは結局シュンだけか。……ゴウが参加しないのは兎も角、ヒトミの奴が参加しないのは意外だよなぁ」

 

「うむ。だが彼女が何も考えず参加を止めたとは思えん。きっとそれ以上の利があるのだろうな。……僕の場合はバトルを主眼におきつつ、育成を楽しんでいる形だからな。バトルはきっと、年末だけだ。……だからこそシュン、今回はお前の応援に回るぞ」

 

「お、よろしく頼むよ。経験積むには絶好の機会だからさ、この大会」

 

「すぴー」

 

 

 来る ―― 協会主催の学生バトル大会。合宿最後となるこの大会に参加するのは、おれら7人の中ではシュンだけらしかった。

 先にも言ったみたいに、おれやケイスケが参加しないのはいつも通り。だけど、あのヒトミが参加しないってのは予想外だったな。

 

 

「んまぁ、ヒトミの奴も色々と事情はあるだろうけどよ」

 

「お、心配か? 心配なのか?」

 

「そのにやけ顔を止めろよ。……ところで相棒、ヒヅキお嬢の胸部についてだが」

 

「さあユウキ、ポケモンバトルの話をしよう!」

 

「だよな! ……そういや最近はシュンのイーブイも ―― 」

 

「……相変わらず仲が良いな、お前らは。少し羨ましくもあるが」

 

「そうだねー」

 

「そしてお前は何時の間に起きたのだ、ケイスケよ」

 

 

 我が相棒と適当な馬鹿話をしつつ、その後ろをゴウとケイスケが着いてくると。いつものパターンだな。

 そのまま歩く事暫く。角を曲がれば目的地である食堂兼カフェテリアが見えてくるかという頃合で、スーツをビシッと着こなした長身の男性がこちらを目に留めた。ありゃあ、ゲン先生だな。

 我らが学年の担当たるゲン先生はおれらの前を行き交う女学生達にイケメンスマイルを振りまきながらおれ等へと歩み寄ると、きさくな感じで手を挙げる。

 

 

「やぁ、いつものメンバーだね。……ユウキ君達」

 

「おおっと、ゲンせんせか。ちっすー」

 

「こんにちは」

 

「どもー」

 

「どもです。―― ユウキ、オレ達は先に行った方が?」

 

「ん、そうな。頼んだ」

 

「おう」

 

 

 ゲン先生がわざわざ生徒達のたむろする「氷水の間」近くに現れたのもそうだけど、ゴウとシュンの居るこのメンバーで、オレの名前を名指ししたかんな。多分、おれに用事があるんだろうという推理だ。

 同じ様な推測をしたシュン(とゴウ)がケイスケを引き摺り、とりあえずはカフェまで入ったのを見送っておいて、だな。

 カフェの前を通り過ぎ、人気の少ない自販機コーナーに着いた所で会話を開始だ。

 

 

「そんでせんせ、何の用事だ? このタイミングで話す事?」

 

「ああ。君はバトル大会には参加しないと聞いてね。あれだけバトルの練習もしていたのにかい?」

 

「なる、その事。……せんせも良く見てんなー。ま、参加はしない。おれは友人を応援する側だ。んで、それだけ?」

 

「ああ、すまない。結論を率直に言わせて貰えば、君の進路についての希望を再確認したくてね」

 

 

 それがセキエイ高原まで来て話す内容かよ……とは思うけど、実はおれの場合は少々特殊なのだ。先生がわざわざ来るというのも理解出は来る。

 つっても、少々ばつが悪ぃんだよな。おれは歩みを止めると頭の後ろを掻きつつ、若干視線を逸らしておいて。

 

 

「……まぁ、前の通りで」

 

「そうかい? まぁ、君の学業成績を考えると十分にボーダーを越えている。楽な道のりではないけれど……でも、だとしたら先の様な訓練に参加するのは、君の場合は寄り道でしか無いんじゃあないかな?」

 

 

 先生が言ってるのは、先のシロガネ山中踏破や野営訓練の事。

 ……ああ。いや、これは正確には「忠告」ぽいな。自分から悪役を買って出てくれる辺り、ゲン先生はおれの事を心配してきてくれてるんだろ。どうもこう、濃い面子の揃ったタマムシスクールの先生方の中じゃ、ゲン先生やエリカ先生みたいな比較的まともな教師は苦労している様な気がしてならないからなー。

 そんな訳で。おれはこれが心優しい「忠告」だと理解した上で、先生には、笑いかける。

 

 

「―― んー……ゲンせんせ、判って言ってんだろ? 学生の学びに無駄なんて無いっての。おれがここで学んだ事は、絶対にどこかで活きてくる。それが何時なのかは、判んないけども」

 

「……」

 

「それに、一度きりの学生生活だしな。友達とバカやるのは間違いなく大切じゃねーの?」

 

「そう、か。……ふむ」

 

 

 数瞬の間、先生が何かを考え込むような仕草。その後、ポンと手を叩く。

 

 

「ところでユウキ君。君はポケモントレーナーの持つ力っていうのを、信じているかい?」

 

「うっわ。せんせ……何か宗教でもやってんじゃあねーよな……?」

 

「あ、あはは……まぁ話が突然だったのは申し訳ないけれどね。わたし自身は至って真面目だよ」

 

 

 そもそも話題の転換が無理やりだ。

 でもま、……うーん。

 

 

「んー……まぁ、信じてるかな。ほら、エスパーとか居るじゃんか? でもさ。それって1つの形でしかないんだなー、って最近じゃあ思ってる」

 

「……へぇ」

 

「例えばだけど。協会が打ち出した『トレーナー種』で言う所の『カラテ王』って人。前はなんでポケモンと一緒に自分も訓練してんだよ……とか思ってたんだけどな」

 

 

 ここでおれは、自らのモンスターボールを手に取った。中ではイーブイとパラス、それにコダックが何時もの通り眠っていて。

 

 

「―― 今じゃあ、何となくだけど分かんだ。きっと強くなるだけじゃないんだ、ってさ」

 

 

 おれ達の目の前にあるこの道は、無限に伸びて、広がっているのだ。

 だからきっと、この道だって捨てたもんじゃあない。例え友達と道が違ったとしても、トレーナーでなくなる訳じゃあない。ならおれだって、昔からの夢を見続ける事が出来るはずなんだ。

 

 

「おれは今まで通りだっての。友人は大切にするし、騒ぐときゃあ騒ぐ。おれが目指すのは『ポケモンドクター』だから、な」

 

「ああ……そうだね。ならばわたしは教員として、そんな君の事を援助するとしよう。君達からは瑞々しく真っ直ぐな波動を感じるよ。力強く、可能性に満ちたものだ。……ではね。その波動の行く末に、輝きあらんことを」

 

 

 最後にそう告げてピシッと礼をすると、ゲン先生は手を振りながら廊下の向こうへと歩いて行く。

 ……例え目指す場所が違ったとしても、応援くらいは出来る。おれが応援したいんだから尚更だ。声を出すのは昼食の後、スタジアムに行ってからにするとして。

 おれは自分の友人へと、心の中でエールを送る。

 

(シュン……頑張れよ!)

 

 ……まぁ、これから食堂で顔も合わせるけどよ!

 

 

 ―― Side End

 

 

ΘΘ

 

 

「……これで良かったかい? ヒトミ君」

 

「多分ね。アリガト、ゲン先生」

 

「お役に立てて光栄だよ。最も、生徒の悩みについて生徒から相談されて初めて動いたのでは、本末転倒だと笑い飛ばされても仕方の無い体たらくではあるけれどね」

 

「アイツはキャラが立ってるからねえ。表情にしろ内心にしろ、読むのは難しいんだよ、きっと」

 

「はは。そういう意味なら、君がユウキ君と共に『居て』くれればどうだい?」

 

「……学生同士のを推奨する教員ってのもねえ。……まぁ、考えとく。それじゃね、ゲン先生」

 

「ああ。君達と波動の行く末に、輝きあらんことを」

 

 




 とりあえずここまでですっ。
 更新の遅れについては活動報告にて追記の言い訳をさせて貰いたいと。

 ユウキ編に思わぬ時間を食ってしまった感が否めません……2万2千文字を詰め込むとか、駄作者私にしては字数が多い。
 ……これって、きっと無駄な部分が多いのですよね……。省くのはやはり、どうにも苦手でして。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。