ポケットでモンスターな世界にて   作:生姜

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1995/夏 ルリ(さま)講座・夏

 

 

 Θ―― 闘技場/ロビーカフェテリア

 

 

「……なぁナツホ。この相手レベルの換算ってどうすんだっけ」

 

「バトルレコーダーに記録されてるでしょ? それを参照して ――」

 

 

 連日の講義が続く中に湧いた束の間の休憩時間。オレ達はカフェテリアに集合してレポートの作成を行っていた。

 季節は夏の真っ只中。セキエイ高原に降り注ぐ日差しは強いが、タマムシに比べれば暑さはかなりマシと言えよう。流石は避暑地として有名な場所である。その代りポケモンリーグ一色の弊害か、リーグ期間以外は閑散としているのだが。実際今もオレ達の周囲を通るのは同じく合宿に参加している生徒か、もしくは基本的にはスーツを着込んだ人ばかりだ。

 机に向かっていたユウキが走らせていた指を止めて伸びをし、だらりと椅子にもたれ掛かる。

 

 

「しっかしだるい作業だよな。研究協力トレーナーだっけ? エリトレで金を貰う方法が、一々バトルや自分のポケモンの状態をレポート報告する事だなんてよ」

 

「なにさユウキ。それすらサボったら、あとは自力でスポンサーを捜すか大会に参加するくらいしか稼ぐ方法が無いだろ? ま、知名度があればまた別。色々なお声がかかるかもしれないけどねえ」

 

「ふむ。だがそれもバッジ複数個の所有と、トレーナーとしての箔をつけてからの話だな」

 

「うん。堅実に稼ぐには、やっぱり、レポート」

 

「ぐぅ」

 

 

 こんな風にいつも通りの、何とはないやり取りを繰り広げながら。現在、合宿が始まって4日が経過している。複数校でバトルの実技を行った後、レポートを書く。この繰り返しでレポートの上達を試みる思惑らしい。……それも既に、4日目に突入している訳なのだが。

 4日も同じことを繰り返していると、どうにも飽きてくるのは仕方が無い。ユウキの気持ちはよくよく判る。

 

 

「ま、判る。判る……けど。オレとしてはバトルそのものが勉強だから、こっちのはオマケみたいなもんなんだよな」

 

「そのオマケをサボったら大変な事になるって言ってるの、シュン。収入の無いエリトレには意味がないでしょ? 何の為のエリトレなのよ」

 

「っかー。レポート書きさえすれば金が入るってんなら、おれも練習するにやぶさかじゃあねぇなぁ。……どれ、再開しますか」

 

「っふふ。ま、文章含めて内容が悪かったりすると差し引かれるみたいだけどね」

 

「うむ。あとは相手のポケモンのレベルやトレーナーランクによって決まるらしいが……」

 

「自分のため」

 

「ぐぅ」

 

 

 その「自分のため」にすら寝過ごしているケイスケをどうしたものだろうか、ノゾミ。

 などとレポートを作成していると、此方に歩いてくる一団があった。オレはその左端に居る人物を目に留め、……とりあえず。

 

 

「おっす。元気か、ショウ」

 

「ん? あー、シュン達か。おいっす。……うわ。考える事はどこも同じだな」

 

 

 互いに適当に挨拶を交わす。

 どうやら元々、ショウ達もカフェテリアを目指していたらしい。ショウがこちら7人を見て、隣のテーブルに座った。周りに居るのはミィ、ミカンちゃん、カトレアお嬢様。そしてリョウ、ヒョウタという面々。詰まる所、ショウが大体一緒に居るメンバーなのである。

 

 

「だからね! 虫ポケモンは、なんで岩タイプに……」

 

「ぷちっとされるからじゃないかな」

 

 

 リョウとヒョウタがふざけ合いながら適当に腰掛ける。ショウの両隣には、ミィとカトレアお嬢様。ミィを挟んで隣にミカンちゃんという位置取りだ。

 席順は兎も角、各々が携帯PCを持っているのだ。オレはショウと視線を交わし頷きあう。目的は同じだろうと。

 

 

「レポートか」

 

「レポートだ」

 

 

 言いながら、ショウもPCを立ち上げていた。その画面を覗き込むと……うわ、ショウのやつ結構でかしてあるし。1からうってるオレとは大違いだ。

 ヤツの真面目さに感心していると、ショウは罰の悪そうな顔をしながら。

 

 

「いや、オレとかミィとかカトレアの場合、レポートにする癖がついてるからなー……」

 

「それも研究のおかげって事か」

 

「おう。だから今日の場合、オレはその他ヒョウタ達のレポート作成指南役みたいなもんだ。……ほれ、リョウ。さぼんなよー。トウガンさんに怒られるのはヒョウタだぞー」

 

「わーかってるー」

 

「理不尽だろっ!?」

 

 

 理不尽だが、確かに。トウガンさんはヒョウタの父親だ。怒るとすれば、その雷が真っ先に向かうのは息子であるヒョウタに違いない。重ねて、理不尽だが。

 それらやり取りを笑いながら流すと、早速とカフェのメニュー(電光表示)を広げていたリョウがタッチパネルで手早に注文を済ませる。どうやらドリンクバーで居座る典型的学生らしい。それはまぁ、オレらも同じではあるのだが。

 暫く飲み物を運んだりした後、ショウが思い出した様に声を上げる。

 

 

「そうだ。シュン達にこれ、やるよ」

 

「……大容量記憶媒体?」

 

「ああ。その中には、俺が勝手に作ったバトルレポート作成支援のツールが入ってる。ターンって書いてある場所に技名を打ち込んで、バトルレコーダーに繋いだらレコードを起動して貼り付けすれば、あとは備考欄を埋めていくだけになるぞ」

 

 

 成る程。お前が救世主かっ!

 

 

「我はメシアなりっ! ……って、なにやらせんだ恥ずかしい」

 

「いやいや。勝手にやったろ、今。ま……それは兎も角。ありがたく頂くよ。さんきゅな、ショウ」

 

 

 オレは何度も頭を下げながら敬いつつ、記憶媒体の中にあったレポート作成支援ツールをコピー。隣に居たナツホに見せると、ぶつくさ文句を呟きながら受け取った。

 

 

「……アンタ、こういうの作るの上手いわよね」

 

「どっちかってと必要にかられてだけど。夏休みに入るまでは研究が目白押しだったから、時間が無くてなー。効率化は優先課題だったって流れで」

 

「む。僕ももらうぞ、ショウ」

 

「もち、おれも貰う」

 

「ボクもー」

 

 

 レポート作成支援ツールは予想通りの大人気である。しかもあのケイスケが起きるとは、ショウの評価はドジョッチ登りに違いない。

 心強い武器(ツール)を入手したオレ達は、30分ほど、皆であーだーこーだと言い合いながらレポートを作成する。

 すると、

 

 

 《ぺロリーム♪》

 

「っとぉ、メールだね。……ふぅん? これは……」

 

「……ん。ゴウ」

 

「どうしたノゾミ」

 

 

 袖を引くノゾミに促され、ゴウがヒトミのパソコンへと視線を向ける。ヒトミはパソコンを良く見えるよう向きを整え、此方へ向けた。

 どうやらメールが来たらしい。ヒトミがそれを読み上げる。若干小声。

 

 

「ルリの講義、セキエイ高原(ここ)でやるんだって」

 

「……そういや予定日は明後日だったなぁ。確かに、合宿中だなーどうすんだろーとは思ってたけど」

 

 

 という事は、わざわざセキエイ高原くんだりまでやって来るのか。ルリは。アイツはタマムシのスクールで他の上級学科を専攻しているハズで、となれば……いや。あいつの事だし、色々と予定調和にしてくるに違いない。

 

 

「でもま、やっぱり元チャンピオンって大変なのな」

 

「別に良いじゃない? 予定通りに講義してくれるっていうんだし」

 

 

 それもそうか。ナツホの言う通り、ルリが自分で講義してくれると言っているのだ。ならば問題はあるまい。

 でも……その前に、まずはだな。

 

 

「まずはこの目の前のレポートを片しとこうぜ」

 

「うむ、シュンの言う通りだ」

 

「ショウから頂いた秘密兵器もあることだし。カタタターッとうってりゃ終わるだろうぜ」

 

 

 課題が終わってないと、講義ってなんか集中できないからさ。

 さて。本腰入れて書き上げるとしますか!

 

 

 

ΘΘ

 

 

 

 Θ―― 旅館/耀瑠璃の間

 

 

 離れにある豪奢な部屋の中。最年少チャンピオンの誕生を祝して建造された、所謂スイートな部屋にオレ達は呼び出されていた。

 部屋の主たるルリ(指定ジャージ)は、ホワイトボードを引っ張りながら本日の題名(タイトル)を書き出している最中だ。妙にレトロな講義風景だが、それも4回目になってくると慣れてくるもの。……部屋の豪華さに対してルリの格好(ジャージ)設備(ホワイトボード)が違和感バリバリではあるけどな。

 ルリがマーカーを動かすたび、文字とツーテールが躍る。どうやら講義内容は『指示』らしい。動かしていたマーカーを止めると、ふんす、と気合の一息を吐き出した。

 

 

「さてと。来る本日はいよいよ、ポケモンへの指示と、それに関連した育成について講義をしようと思うのです」

 

「はいはーい。それはルリちゃんの得意技を教えてもらえるっつー解釈で良いのか?」

 

「まぁ、ユウキ君の仰る事も間違いではないですねー。ですが育成についてはあたしのだけではありませんし、色々と誌上の講師陣を揃えましたんで……かなーり豪華な面々になってますが……うぅん。教える、と言うよりは紹介になるでしょうか」

 

 

 レジュメを配りながらルリが目を閉じて唸る。というかその状態でよく紙束を配れるな、ルリ。

 カトレアお嬢&ミカンちゃん、リョウ&ヒョウタという昨日一緒にレポート作成を行ったメンバーの他、我が友人6人。オレ含めて11人と言ういつものメンバーが配布資料を受け取った所で、ルリが元気良く向き直った。

 

 

「んでは。……さてさて、ここまで皆様方にはあたしからの課題として、パートナーポケモンとの交流を深めて貰いました。先日のバトル、皆様方のは拝見させてもらいましたよ。どうやら成果がでているみたいで何よりです。まぁそれはそれで置いときまして……どうやらこういった連携の授業をしても問題ないと判断しましたんで、本日はポケモンに指示を出すという動作について考察をしてみましょう。まず、あたしの得意技ーってのを皆さんはご存じで?」

 

「知ってるわよ。『指示の先出し』と『サインによる指示』でしょ? でもそれ、最近じゃあ結構パクられてるみたいじゃない」

 

 

 言われた様に、今のリーグの上位者の中には、ルリと同じ技術を使用するトレーナーがまま居るのだ。捻りも何もないパクリではあるが、お陰で、『指示を隠蔽する事』の有効性は証明されてしまったといって良いだろう。なにせ、変化技ならその効果を。通常攻撃でもその追加効果が判り辛くなるからな。現在のポケモンリーグにおける上位トレーナー陣の駆け引きがこんなにも高度になっているのは、こいつ、ルリの及ぼした影響なのである。

 当のルリは腰に手を当て、

 

 

「あっはは! 実をいうと、パクられるのは大歓迎なんです。この面倒な技術をパクれる腕前のトレーナーが増えているって事ですからね。……とはいえナツホさんの言う通り。あたしがショウ君から教わった得意技は、その2つです。この利点を書き出してみましょう」

 

 

 遠慮も何も無く踏み込んだナツホに笑い返しながら、ルリがキュキュキュ、っとマーカーを動かしてゆく。

 

『指示の先出し』

▽スピードの補填

▽初手の技名の隠蔽

▽比較的容易に使用できる

 

『サイン指示』

▽指示の隠蔽

▽音声以外での伝達(指示方法の増加)

 

 ここまでを書き上げておいて少し筆を休めた。腕をぐるりと回し、板書の間を取る。

 

 

「こんな所ですかね。あとは組み合わせ次第で他にも色々とあるでしょうが……はてさて。では次に、問題点を書き出しましょう」

 

 

 問題点? などと疑問符を浮べていると、ホワイトボードに追記をしてゆく。

 要領を得ないオレなどと反応が違う人員は2名。和室に座っているカトレアお嬢がうんうんと頷き、ミカンちゃんがあわあわ言いながらメモを取る。

 

『指示の先出し』

▽スピードの補填

▽初手の技名の隠蔽

▽比較的容易に使用できる

▼相手のポケモンが判らない状態で指示を出す事になる

▼ポケモンも突撃するため、技が変更できない

 

『サイン指示』

▽指示の隠蔽

▽音声以外での伝達(指示方法の増加)

▼ポケモンは指示者を視界に入れなければならない

▼視界遮断する技での分断が可能

 

 

 ルリは書き連ねた問題点とやらをボード横から眺め、こんなもんですかね、と呟く。

 オレも資料を捲り該当するページを開くと、「トレーナー技術」とのタイトルが飾られていた。……トレーナー技術、ねえ。という事は。

 回そうとした思考を遮る様に、ルリが解説を再開する。

 

 

「判りますかね。何が言いたいのかと言うと、この様に ―― トレーナーが使用する技術である以上、益と害は存在し、さすればそれを防ぐ手段も少なからず存在すると言うことです。あたしの使う技術はそれが顕著で、『先出し』はポケモンとのコミュニケーションさえ取れていれば容易に模倣が可能。指示の変更が殆ど不可。『サイン指示』は使う側と使われる側の連携が要求される為、模倣は難しいですが……そもそも使うのが難しい。砂嵐状態などでの分断も簡単ですし、と諸所の問題が存在するのです」

 

 

 自らの技術をあっけらかんと酷評してみせる、元チャンピオン。オレらが呆気に取られている内に、ルリは頭を振ってツーテールを誇示する。それでも、と続けた。

 

 

「それでも使う人次第では強力な手札になることには変わりありません。つまり、『相手はこの技術を持っていると知っている』のを武器に出来ますから。……えーと、判ります?」

 

 

 小首を傾げ、数名が疑問符で返す。どうやら伝わっていない人もいると言う事を理解し、ヒトミが手を挙げる。

 

 

「それは、ルリ、こういうことかい? 例えばあたしがルリに挑むとする。あたしはルリが初手に『指示の先出し』をする事が判っているから、初手のタイプ相性の組み合わせに苦慮する。でもそれはルリ自身も、『ヒトミは先出しを知っている、という事を知っている』から……タイプ相性以外の何かに重きを置いて指示を出す、と」

 

「そですね」

 

 

 ルリはヒトミの言葉を簡素な言葉で肯定する。

 

 

「タイプ相性以外の何か、ってのはとても良い着眼点です。あえて否定部分があるとすれば、初手のタイプ相性の組み合わせに苦慮する、の所ですかねー。あたしの手持ちは有名になってますから、この場合、苦慮するのはあたしだけでしょう」

 

「そのタイプ相性以外の何か、ってのは、具体的には?」

 

「中々難しい質問をしますね……っむむ。うーん……例えばピジョットで先手『とんぼがえり』とか。思考を次の次に無理やり持っていくことが出来ますね。あとはちょっとあれですが、天候変化とか場を変えてしまうとか……そうですね。先手を警戒した相手に、強力な後攻技でお返しするのも良いかも知れないです。尻込みしている相手に『しっぺがえし』とか、泣き面に蜂ですよ?」

 

 

 よくもそういう考えをぽんぽんと思いつくものだ。質問したヒトミ自身もうわぁ、と零して苦い顔を浮べている。

 

 

「あははー。ですがこういう駆け引きは高レベルのトレーナーさんであればこそ、ですからねぇ。その点皆さんは今の時点で理解できてるっぽいんで、ちょっと末恐ろしいです」

 

「うーん、ボクは微妙なんだけど?」

 

「あー、そですね。リョウ君はもっと感覚的に話せば大丈夫かと思いますが……まぁ、今回も巻末に技集を付けましたんで、それを読んでくださればより一層判るかと思います。んでは!」

 

 

 言いながらルリは筆を置き、何をするのかと思いきや、ボードをひっくり返した。その裏には、既に何かが書いてある。

 

 

「さてさて、あたしの技術は大体わかりましたね? では、次の(・・)紹介をしましょう」

 

 

 ルリが持ち続けたレーザーポインタが本来のものではなく(甚だ不本意ながら)指し棒としての機能を発揮する。ボードに『ポケモンへの教え込み』と『自由選択』と書かれた文字が躍り、のたくる下線が引かれた。

 この展開に待ったをかけたのは、ユウキだ。

 

 

「なぁ、あのさ。……えーと、おれらにルリちゃんの技術を教えるんじゃあなかったっけか? その割にゃあ、まだ何にも教えてもらっていない気がするんだがよ」

 

「成る程。……うーん、言葉が足りませんでしたか。教え方は、実は資料に載せてあります。ですがその前に ―― あたしは、皆さんに、選んで貰いたいのです」

 

 

 ルリはユウキの発した……彼だけならず、他の面々も思ったであろう……疑問を真摯に受け止めた。因みにオレはそうでもない。さっき「トレーナー技術」とか言ってたから、若干予想できてた。括りがルリの、っていう1人に絞ったものじゃあなかったからなぁ。

 オレの内心を知ってか知らずしてか、新たに書かれた表題2つを差し置いて、ルリは説明を続ける。

 

 

「だからこそ始めに、『紹介』と呼ばせてもらいました。いいですか? ポケモンと同じ様に、トレーナーにもタイプと言うものがあると、あたしは思うのです。あたしの技術は、あくまであたしに合ったもの。皆さんには皆さんの、それぞれやり易い形があるでしょう。ポケモンとの関わり方だけでも十人十色なんですよ。それはもうバトルになっちゃあ言わずとも、ってぇ事です」

 

「お、おう。……そういやそれもそうか」

 

 

 微妙に気圧されたユウキが、自らの手持ちポケモンが入ったモンスターボールを見る。確かに、ユウキのポケモン達は皆マイペース。今回の合宿におけるバトルを振り返ってみれば、ユウキ自身、普通な方法で指示を出したとて苦労をしていたのだ。先出しならば兎も角、サイン指示が難しいのは目に見えている。

 納得したユウキをみやり、ルリはうんうんと頷いている。

 ……笑顔、か。それは恐らくオレ自身、久しぶりに見たルリ本心からの笑顔だったように思う。世界中の人々を惹き込んだ、バトルの際に見せる、魔法の笑顔だ。

 幾分以上に説明の足りない語りだが、オレはなぜか得心していた。彼女は恐らく、「自分と同じものではつまらない」と言いたいのだ。選び取り、模倣する事は誰にも出来る。だが、そのままの模倣は多様性を失わせてしまう。ルリはそれを危惧し ―― その先に広がるポケモンバトルの可能性をこそ楽しんでいるに違いない。

 ……いやぁ。そう考えると底意地悪い笑顔だよなっ!

 無理やり捻って着地した結論、底意地の悪い笑顔(仮)を浮べ、ルリは話を続ける。

 

 

「だからこそ、少ない講義時間では紹介に終始します。教え方は……でもまぁ、仕組みと種がわかれば皆さんでも出来ることです。今まで通りコミュニケーションを続けながら、教えることが出来るでしょう。……あ、そうですそうですそうでした。前にも言いましたが、あたしが居ない間はショウ君に頼ってくださいね。話は通してありますから」

 

 

 どうやら話を締めるつもりらしいこの捲くし立てに、生徒一同が首を振る。ルリも満足げにして、今度こそとホワイトボードを指した。

 さては再度のご紹介。件の白板には『ポケモンに教え込む』、『自由選択』という表題が書かれているのだ、が。

 

 

「では仕切り直しまして。育成……『ポケモンに教え込む』という型を紹介しましょう」

 

「えーと、教え込む?」

 

「はい。例えば『この相手(ポケモン)にはこの技』『この色をしたポケモンにはこの技を優先して使う』といった形で、ポケモン自身に判断をさせて技を『繰り出してもらう』様に育成するんですよ。相手ポケモンに応じてというパターンの他にも、『3ターンはこの組み合わせで技を使う』とか、『HPが減ったらこの技を使う』といったパターンも考えられますねー」

 

「ほほー、そりゃあ便利だな」

 

 

 言葉の通り便利そうな技術の紹介に、ユウキが唸る。確かにこの『教え込む』パターンが実現できれば、戦術の幅は大きく広がるに違いない。

 ……でもなー、ユウキ。これ、そんな簡単に出来る事じゃあないと思うぞ。

 

 

「なんでだよ、シュン」

 

「よく考えれば判るさ。……お前、この4ヶ月近くの間ポケモンバトルの練習してて、ただ指示を出すだけでも難しいと思わなかったか?」

 

「ん? ……そらまぁ、そうね」

 

「そのトレーナーでも難しい事を、バトルしている当ポケモンに任せるって言うんだぜ。かなり難しいだろ。ポケモンに判断させると柔軟性にも欠けるだろうし」

 

「ああ。それにそもそも1対1のバトルなら、トレーナーが着いている時点で、ポケモンに判断させる意味はないからねぇ。トレーナーが指示した方が何倍もいいさ」

 

「シュン君やヒトミさんの仰る通り、まぁ、普通の1対1なら多少の素早さ補填と指示隠蔽以外の意味は薄いです。対して柔軟性に欠ける為、デメリットではないですが、準備の為の負担が大きすぎますかね。つまりは教え込まなくても出来るでしょーと。……はいはい、こんなもんでしょうか」

 

▽指示の隠蔽

▽トレーナーから指示を仰ぐ必要が無く(少なく)なる

▽指示経路が塞がれていても自律行動できる

▽▼指示時間の短縮 or 考察時間の延長

▼判断できる様ポケモンを育てる必要があるため、難易度が高く、融通がきかない

 

「これに加えて、場面によってはもっと問題点が増えます。どちらにせよ使い所が難しい事に変わりは無いですね」

 

「え、と。……それが、選択肢……?」

 

「はい、そです」

 

 

 ミカンちゃんが前髪の内側から疑問の視線を向けると、ルリはジャージの袖をまくって腕を組む。

 

 

「実はこれ、ミィさんの『技術』なんです」

 

「……ふぅん。ミィ、の?」

 

「はい。ミィさんはどうも、『ポケモンに判断させる』という部分に着目しているお方でして。アイテムの開発が目立ちがちですが、野生ポケモンの思考パターンとか色々研究してるんですよ」

 

 

 この言葉に真っ先に反応したのはカトレアお嬢様だった。ぽーっとした表情で口を開け、ホワイトボードを見つめている。

 ……にしても、これがミィの技術か。成る程。技術ってよりかはやっぱり、『教え込む』って方がしっくり来るよなぁ。とはいえポケモンに教え込むとなれば、それも紛うことなき『トレーナーの技量』だ。寧ろ育成と言う意味ではトレーナーの本分とも言えるだろう。

 

 

「ついでに言えばシロナさんはサインと口頭、そして育成の複合型です。ガブリアスは育成とサインに対応してますが、リーグ時点ではミカルゲなんかは殆ど口頭でしたね。恐らくは手持ちに入ってからの日が浅いのでしょー、との予測ができるかと。あー、一般的な教え方については同じく、資料にかるーく注意点を載せてますんで、どこかで行き詰ったならあたしかショウ君に相談してください」

 

 

 言われて、オレも資料に視線を落としてみる。

 すると、書かれているプログラムは実にハード。例えば「指示を出さずに効果抜群の攻撃技を選択してもらう場合」の場合、「色と技をパターン付けし、野生ポケモン相手に実践しながら教え込む」という風体だ。これでもかなり省いたが、省いた分「もやっと」した感じも。……なんかこう先の見えない、果てしない作業な意味合いが伝わってくれればこれ幸い。

 それにしても大盤振る舞いだな。ミィのそれだけでなく、シロナさんのまで種明かしとは。

 

 

「あ、許可は貰ってますからねー」

 

「それはそうでしょ」

 

 

 自らのトレーナー技術を明かすなんて、そら大変だからな。

 何て風に考えていると、ルリは首を横に振った。

 

 

「皆さんの考えも判りますが ―― あたしやミィさん。それにシロナさんにミクリさんも、自分の技術を公開するのに前向きですよ? チャンピオンとして開講している講座では、結構そのまんま話してますから。皆さんにだけ、という訳ではないのです」

 

 

 そうなのか。

 確かにシロナさんなんかは、シンオウでも幾つかポケモントレーナーとしての講演などを開催していると聞いたことはあるが……

 

 

「シロナさんやあたし達……チャンピオン位を持つ人は多分、皆同じ先を見ているのです。教える、模倣するのは手段に過ぎず、期待をしているのですよ。皆さんの持つ可能性と多様性に」

 

 

 ルリはあくまで真っ直ぐだ。国の指導者もこれくらいやれれば大衆を動かす事が出来るに違いない……と思わせる。

 

 

「あたしはあくまで媒介です。皆さんを生かす事に終始します。方法も教え方も、紹介はしますが ――」

 

「いえ。先まで言わせはしません」

 

 

 割り込んだのはカトレアお嬢様だ。

 手で制し、何時もの気だるい雰囲気をオーラに変えて、可視化しかねないそれを制御しつつ。

 

 

「アタクシ達がその中から選び取り、自分の力で身につける。その過程に……その選択に。アタクシ自身が考える事に、意味があるのでしょ……?」

 

「はい! カトレアさんの仰る通り、です!」

 

 

 正鵠を射た、というのを身体と雰囲気と表情で表現するルリ。

 

 

「だからこそ待っていますよ。それこそが今のあたしの、夢ですから!」

 

 

 夢、か。確かに夢だな。そのような段階を踏んだレベルアップを、全トレーナーに強いるのは無理だろうと思う。

 ……だがこの世界。ポケモンと共に生きるオレ達ならば……「全て」ではなくとも、「多く」が得ることは、出来るのかもしれない。

 オレを含めた幾人かがルリの言葉を察したのを見て、ルリは今度も満足げだった。

 そして筆を持ち、再びの、苦笑。

 

 

「えぇと……で、ですね。だからこそ、講義を続けても良いですかね?」

 

「……しっかたねぇなぁ。おれは良いぜ!」

 

「頼んでるのはあたしらだからね、ユウキ。ああ勿論、あたしは望む所さ」

 

「ああ。僕は教えてもらいたいな」

 

「ゴウと同じ。わたしも」

 

「ボクもー、別に良いけどねー」

 

「ふん。あたしは構わないわ、ここまで来て辞められたら後味悪いじゃない」

 

 

 友人皆々が肯定し、

 

 

「アタクシは勿論です」

 

「あ、え、えと……そのう……ぜ、是非に」

 

「ぼく? ぼくはしっかり講義を受けてくるよう、父さんに言われてるから」

 

「虫ポケモンの事をもっと知れるなら、否定する理由がないね!」

 

 

 ショウの友人達も肯定する。

 ぺこりと頭を下げ、ツーテールを揺らした。

 

 

「ありがとーございます、皆さん。……んでは話を進めまして。次に、エスパーの方々の扱う技術について説明をしましょう。まずは ――」

 

 

 ルリはそのまま、様々なトレーナーの使う技術について説明を行った。技術そのものだけでなく、時には指示を受ける側……ポケモンの種類にまで話は及ぶ。

 けど、そうか。

 

「(選ぶ事もそうだけど、これを知るだけでも意味はあるってことだよなぁ)」

 

 トレーナーとして、相手が何をしているかを判断できるのは非常に大きい材料となる。「知っておかなければならない」ではなくとも……「上を目指すのならば、知っておくべき」なのだ。

 オレは自分に必要な知識の広さと深さを改めて認識しつつ、夕方遅くまで及ぶ講義に耳を傾けていた。

 

 





 さて。まずは、明けましておめでとうございます。
 新年の喜びと共に、皆々様方にとって今年が良い一年でありますことを願わせて頂きます。

 という定型文を引き合いに出しておいて(ぉぃ
 ただし願う心根だけは本当ですが。

 さては師走。例年の通り先生方もお坊さん方も、走る、奔る……などと忙しさに忙殺されながらも、なんとか書き進めております。
 最近はスランプといえばよいのでしょうかね、何と言うか、自分の書いた文章の細部が気になってしまって、一文を書くのにも大層な時間を費やしてしまうという事態が発生しております次第。
 ……とはいえ駄作者私のこと。スランプなんていうのもおこがましく、世のスランプ様に申し訳ない文章力なので、本来そんな事を気にせずプロットどおりに書けば良いのですよね……はい。申し訳ありませんですすいません。

 そういえばの雑談。
 この間感想にて、「携帯で見ていたから、2話ずつ更新をしているのに気付かなかった」という御意見を頂きました。
 そうなのですよね。私もそうなのですが、携帯閲覧すると更新日が表示されないのですよ。
 本来なら活動報告や前書きなんかに更新話を書くと判りやすいのかと思うのですが、本拙作は更新に1ヶ月がアタリマエダノクラッカーになってしまっておりますし。見返すとなると副題なんて忘れていて当然なのですよね。
 ……一斉投稿をしているのは、駄作者私のつまらないこだわりから、という事も考慮いたしまして……とりあえず。
 投稿分を連続であげる場合、1話ずつ、毎日0時更新としたいと思います。(ただし次から)
 連続投稿が途切れる場合は、活動報告や、後書に一文を載せたいと思います。いえまぁ、連続とはいってもそんなに連続される事はないのですが……はい。申し訳(以下略
 今回も上手い区切りが見付からず、容量はそこそこですが話数はたったの2話ですし。上手く進めば来月頭には夏分を終わらせられるのかな? なんて夢想をしていたりはしますが……駄作者私自身、自分にあまり期待は出来ませんね(苦笑

 作中の話題について。
 ポケモンに『教え込む』とういミィの技術は、やっとの事紹介する場を設ける事ができました。読み返してくだされば、結構、判りやすかったかなとも思うのですが。
 作中で取り上げられた内、『色に則して使う技を教え込む』。これは意味のない様でいてしかし、結構有用な育成ではないかと思っていたりします。
 だって、ポケモン、身体の色で大体のタイプが判断できますし!!
 効果抜群な技を選ぶ、という思考をポケモンに任せる事が出来る。これだけでも対多数戦闘における有用性は証明出来るんじゃあないかなぁ……と考えております次第なので。
 とはいえショウとミィ、それに近しい方々は各々の技術を交換し合ったりしていますので、実は結構みんな使えていたりします。
 ですが、作中ルリ(ちゃん)の言う通り。互いを模倣するだけでは意味はあれど、対策が容易ですからね。それぞれ得意な型と組み合わせと持っていて、特色がでている……というのが実情だったりするので。
 ある意味、大事な話題がでていたりしますが……まぁそれは後々に。

 では、では。
 もう1話ありますが、後書はこの辺で。お眼汚しにお付き合いくださり、有難うございました。

 今年も拙作に付き合って下さる貴方様方に、無上の感謝と喜びを。

 ポケモンバンク、1度も使っていませんねっっ(様々な思惑を押し込めた満面の笑み)!!

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