Θ―― 国立図書館/『植物庭園』
「えぇと、シュン君……だったよね。キミは緑茶で良かったかな?」
「はい。どうも、ありがとうございます」
ルリにお茶係を頼まれたこの執事は、どうやらコクランというらしい。先日の第一回……顔合わせ自己紹介の時には居なかったよなぁ、この人。聞いた限りではカトレアお嬢様の執事らしいんだけど。
コクランは執事という職業の通り、手馴れた様子で菓子とお茶を運んできた。授業中に奥のキッチンスペースを使用して用意していたらしい。
菓子が運ばれると、リョウだけが休憩早々にトイレを探して旅立ったが、他の皆は談笑を始めていた。……あと、トイレの所在は是非とも教えてもらいたい。わざわざ下の階まで降りなくて済むのは非常に大きいのだ。
「ねぇ、ミカンはどこ出身なんだい?」
「あ、あの……え、と、ジョ、ジョジョ、ジョウトのあひゃぎっ……アサギシティ、ですっ」
「へぇ! そうなんだ! となれば、ノゾミやナツホと一緒の地方なんだね」
「そ、そうなんです、か。ノゾミさんと、ナツホさんも……?」
「うん。あたしも同じくジョウト出身。あたしとゴウはチョウジタウン生まれ。……ミカンは、チョウジタウンは、知ってる?」
「……は、はい。シロガネ山の、麓にある……。……ヒトミさん、は?」
「残念ながらアタシは転勤族で、ホウエンのカナズミって街の出身なんだよ。……なんだけど、去年は親に無理言ってキキョウシティのスクールに留まらせて貰ったからねえ。今年も絶賛ワガママ放題って訳さ」
「……そ、そぉですか。え、と。皆さん、キキョウスクール出身なんです……よね?」
「うん、そーそ。わたしとシュンとユウキがキキョウシティ出身。それで、あそこでだれてるケイスケがフスベ出身よ。ジョウトじゃあトレーナースクールはキキョウとコガネシティにしかないからね。ミカンはコガネシティのスクールで資格を取ったのね?」
「そそ、そう、です。……あ、カトレアさん、お帰りなさい」
「ええ。……コクラン、下がっていいです。ありがとうございました」
「畏まりました」
菓子配りを手伝っていたカトレアお嬢様がその輪に加わった。執事の手伝いをする主ってのもどうかとは思うが、これで女子達の会話は益々ヒートアップすることだろう。
オレもそこで、自身の机に置かれた焼き菓子を手に取りつつ、お茶をすすってみる。んー、甘すぎないのは嬉しい配慮か。
……さて、と。
「シュンは足袋派だと。ゴウはどう思うよ、オイ」
「む。……エリカ先生の魅力といえばやはり、気品ではないのか?」
「ゴウ君の意見ももっともだ。けどね。気品は目に見えないものだからね。ぼくとしてはやはり、着物だからこその
「カチューシャー、ふくらはぎー、黒髪ー、二の腕ー」
……なんでこんな話ばかりになるのだろう、男共ってやつは。しかも外見真面目そうな眼鏡少年、ヒョウタまで巻き込んでだ。いや、気持ちは判るけれども!
全く。女子の「人見知りしそうなミカンちゃんに気を使った」のであろう、安心できる会話と話題を見習ってもらいたい。
「諦めるんだ。これは世の常なのさ」
「コクランさん……」
カトレアお嬢様から離れ、男区画に歩いてきたコクランさんにぽんと肩を叩かれた。どうやら慰め……もとい、諦めを促しているらしい。
……はぁ。まぁ、いいか。自習は諦めよう。こっちのが楽しそうではあるし。
オレはコクランさんと共に腰を下ろし、折角の休み時間を男共のくだらない話に混じって楽しむことにしたのだった。
因みに、コクランさんは唇派だそうで。
ΘΘ
そのまま話を続ける事、ぴたりと30分。ルリはファイルを厚くして、オレ達の居る講義の広間へと戻って来ていた。談笑していたオレ達も机へと戻り、思考を再びの講義モードへ切り替えている。
目の前では、ルリがレーザーポインタを手に取った。
「では、講義再開ついでに本題に戻りまして。ポケモンにとっての技、その特殊性については御理解いただけたかと思います。では次に、技の注意点について勉強しましょう。資料は9ページです。はい、開きました?」
指定されたページまで紙を捲る。すると表題は変わり、「技の習得と疲労について」というタイトルが掲げられていて。
ルリは黒板から文字を消し去ると、そこへ「レベル習得技」と「技マシン技」、そして「教え技」という項目を書き込み、順に指差しながらの説明を開始する(レーザーポインタは使わずに)。
「レベル習得技、というのはポケモンの成長に則して覚えることが出来る技。これは種族毎に決まっていると断言してしまって良いでしょう。ですがまぁ、このスクールに居る内で覚えられるのはたかが知れていますんで、これについてはその内に」
「なによまどろっこしいわね。さっさt」
「おーし、頼んだぜヒトミ!」
「はいはい。ナツホの頬よー、伸びろー!」
「いひゃいっ!?」
「―― ん。まどろっこしいのは自覚ありますんで全く構わんですが……ともかく。『技マシン技』と『教え技』についての解説を致しましょう」
『技マシン技』
技マシンで覚えられる技。ポケモン種族別に決まっている。技マシンによる習得だけでなく、覚えられる場合は他のポケモンが使用しているのを見ながら、または受けながら練習する事でも習得する事が出来る。
基本的にはレベル習得技よりも
『教え技』
レベル習得技および技マシンのナンバリングに無い技の内、人またはポケモン伝いに習得できる技。ポケモン種族別に決まっている。習得方法は、上記「他のポケモンを見ながら~」と同様。
基本的には、疲労度も経時劣化も習熟し難さも、「技マシン技」を上回る。
「と、ここまで説明しておきまして。どうやって覚えるのか、どうやって教えれば効率が良いのかといった事は資料に載せましたんで、後ほどにご覧下さればと。さてさて、優先してお教えしたいのは……ここです、ここ。『疲労度』についてです。資料は2ページほど飛びますよ」
今度もルリの声に従い、ページを捲っていたの……だが。
「……申し訳ありません。質問をしても宜しいでしょうか?」
「はい。なんでしょうか、カトレアさん」
淡い色のワンピースと、それに準じた高貴な藍色でコーディネートされたつば広の帽子。毛量多めのエスパー少女、カトレアさんだ。聞いた所によるとどうやら、やんごとなきお家のお嬢様らしい。だからこそ、脳内ではカトレアお嬢様と呼んでいるので。
ゆらりと手を挙げて質問許可を得たカトレアお嬢様は、一瞬考え込む様な……それとも素なのか……奇妙な間の後、黒板をピシリと指差した。
「…………疲労度。先程の秘伝技の際に、僅かに話題に挙がっていました。会話の流れを考えれば、疲労度というのは技の硬直以外の『技を使用した反動』であり、ポケモンの通常動作よりも重い『疲労』であると捉えて良いのだと思います。それは、アタクシにも心当たりがありますので」
「おお、話が早いですね」
「ウフフ……褒めて下さるのは、嬉しいですが……ええ。このスクールにおいて、『教え技』と『技マシン技』が有効だと言いたいのでしょ? アナタは。なら、その『欠点』……『経時劣化』と『習熟し難さ』と『疲労度』を埋める方法も、ここで教えてしまえば良いのではないでしょうか?」
「む、そりゃまた欲張りな。……うーむむ……基本的には、習熟度を上げる事が対策になりえます。結局は練習あるのみ、なので……あー、スイマセンです。これはまたその内に個人的にお教えさせていただきまして。とりあえず、あたしとカトレアさんの会話の説明をばいたしましょう」
それは助かる。実際、今の会話の流れには殆ど全員が置いてかれていた。勿論オレも。開いたままだった口を意識的に閉じると、代表してユウキが。
「……んあ、そりゃ助かるがよ。つまり、どういうことなんだってば?」
「はい。では、では ――」
『経時劣化』
全ての技に存在する「忘れ易さ」。「技マシン技」や「教え技」は「レベル習得技」よりも忘れ易い。
また「技マシン技」や「教え技」はポケモン種と個体差による記憶容量限界がある。「使用頻度の少ない技」もしくは「ポケモン個体の性格や嗜好に合わない技」は経時劣化で忘れる優先度が高く、疲れ易く、慣れ難く、回復し辛い。レベル習得技を習得する際などにも、忘れる優先度が高くなる。
とはいえ、使いこなしてしまえば忘れる事は無い。勿論、嗜好に合えばレベル習得技などよりも得意になる場合も存在する。
『習熟し難さ』
言葉そのまま、ポケモンがその技を使いこなせるか否か。慣れ・馴染み易さ。
ポケモントレーナーがついて指導できれば、十分な練習を積むことで(技種による程度はあるが)習得可能な殆どの技は習得できる。野生ポケモンの実例を考えるに、トレーナーがいたほうが断然、習熟効率が良い。
尚、習熟する事による利点は「命中率(技個別ではなくポケモンによる技誘導能力)の上昇」、「技使用回数の上昇・疲労度の減少」、「ダメージ触れ幅の高値安定」、「有効範囲の拡大」等々。
『疲労度』
『技』の使用・移動。もしくは特定の技を受ける事によってポケモンの「自分を動かす体力」を減少させる、技毎の割合。
ポケモンの使用技の総回数を決める「総体力」と、技固有の「器官」体力が存在する。「器官」体力の限界値は、技固有と使用者の技量で決まる。
尚、「HP」=「総体力」……ではない(関係ない訳ではないが)。便宜上、相手ポケモンのダメージによって「HP」が枯渇し、戦闘の続行が不可能な状態を「ひんし」と呼称している。
(以後、器官の体力限界を
尚、総体力がなくなっても「HP」に余裕がある場合、ポケモンは「わるあがき」を行う。「わるあがき」の内容はポケモン種によって違うが、物理直接攻撃である点が共通している。
「―― ですね。はい。どうも文章ってのは分かり辛いですし、この文はかなり寄り道をしてますんで、あたしが砕いた説明をすると……」
ここまで読み進めた頃合で、ルリは黒板に新たな文字を書き込んでいく。
「レベル習得以外の技は、覚え辛いし使い辛い。まぁ、元々『自力で覚える技のが使い易い』って言えば判りますかね。比較すると、『強制的に覚えさせられる』方が使い辛いっていう理屈です。因みに練習で鍛える事は十二分に可能ですので、その差を埋める事も出来ますが。
……で、技を使うとポケモンは疲れます。一定以上疲れると、技を出せなくなってしまいます。当然ですね。この疲れに関する『体力』の考え方としては、『技固有の使用限度回数』と『全部で技を何度使えるか』、っていう体力の分け方があります。
技固有の平均的な体力は、例えば『たいあたり』で言えば
へーぇ。技を使うと疲れてくるのはスクールで習うから知ってたけど、具体的な数値はそんなだったのか。……35回も『たいあたり』を使う状況には陥りたくないけどなぁ。複数もしくは単体相手にそんな長時間戦ってるって事だし。
「……それじゃあー、技による『総体力』の減少っていうのがー、『全部で技を何回使えるか』ってことー?」
「やー。現実味の無い数値ですが ――ええと。例を挙げたいのです。まずは」
ルリがチョークを持ち、黒板に書き並べた技名を指す。
▼使用済み
『たいあたり』 PP:35
『なきごえ』 PP:40
▼他の習得技
『みずでっぽう』 PP:25
『かみつく』 PP:25
『だいもんじ』 PP:5
『ハイドロポンプ』 PP:5
「隣に書いてあるのが平均的なPP値です。さて。とあるポケモンがこれら6つの技を覚えているとしまして、全て習熟度が高いと仮定します。『たいあたり』と『なきごえ』を限界値まで使いきったとして、この場合、勿論ポケモンは疲れていますね。『たいあたり』と『なきごえ』は『器官』を酷使しましたので、もう使えません。―― こんな状況において、『総体力が切れるまでに使える技の組み合わせ』パターン例は、こんな感じですかね」
①
『みずでっぽう』25回
『かみつく』 25回
②
『みずでっぽう』25回
『だいもんじ』 5回
③
『みずでっぽう』20回
『かみつく』 25回
『だいもんじ』 1回
④
『みずでっぽう』18回
『かみつく』 20回
『だいもんじ』 1回
『ハイドロポンプ』1回
「つまり、習熟度の高い技4つ分のPP限界の総計
「へぇ。『みずでっぽう』と『かみつく』5回分は、大体『だいもんじ』と『ハイドロポンプ』1回分の総体力の減りに相当するってことかい?」
「そです。『技別で1回分の総体力の減りに違いがある』ってヤツですね。大技ほど技固有の体力も総体力も消費するので、PPは低くなる傾向にあります。つまり総体力で考えれば、
『だいもんじ』5回=『みずでっぽう』25回
『ハイドロポンプ』5回=『かみつく』25回
……ということですね。まぁおおよその計算ですし、実際に総体力がそこまで減っている状態で『だいもんじ』やら『ハイドロポンプ』なんて大技が通常通りに出せるのかは、だいぶ微妙なのです。逆に言えば、最初であれば『だいもんじ』程の大技でも連発しようが余裕を持てる、という事でしょうがね? でもま、総体力が減るとPPの限界値も低まるのが通説です」
「……ねぇシュン、これ、結局何が言いたいのよ?」
「ん。多分……習熟するのが大切だってさ。習熟してなきゃそもそも、『みずでっぽう』が20回しか使えないってこともありうるだろうし。それに、ポケモントレーナーはこんな感じで疲労と戦局を踏まえて指示を出す必要がある。そういうことだろう?」
「はい! ええ、ええ。あたしが言いたいことは今、シュン君が殆ど言ってくれました。一般トレーナーなら兎も角、上位のエリートなトレーナーであればPP計算は必須といって良いですよ。指示を出す以上、ポケモンの疲労度はトレーナーの組み立て次第なのですから!」
ルリが会心の笑みを浮かべ、手を叩いた。……ふぅ。なんとかお気に召す答えを返すことが出来たようだ。
……っと? 安心した所で周りを見ると、ゴウの隣に居たノゾミが手を挙げていた。何か聞きたいことでもあるのだろうか。
「はいはい。どうぞ」
「ルリ。さっきの計算なのだけど。『みずでっぽう』と『ハイドロポンプ』の組み合わせが避けられているのは、何か特別だから?」
「む。確かにな。先程の例だが……④の場合に『みずでっぽう』がきり良く減らされていないのが、僕としても気になる所だ」
「お、だね。アタシもそれは気になってたところさ。……ルリ?」
ヒトミが最後にPCのキーボードを打つ指を止めて、尋ねた。
でもそうだ。④の場合だけ、『みずでっぽう』のPPが18にされている。ルリの事だし、何かしらの意図があるんだろうけど……。
ルリは若干渋い表情を浮べた後、
「んー……皆さんの質問に返答するためには、面倒な要素が加わってしまいます。その面倒な細かい事象を一旦無視して、通常計算をすると……『ハイドロポンプ』の平均限界PPは5、『みずでっぽう』の平均限界PPは25です。『ハイドロポンプ』1回と『みずでっぽう』1回では、『ハイドロポンプ』のが5倍疲れるという計算になりますね」
うん。そこまではさっきも聞いて、何とか理解した。
「では、件の『面倒な部分』はというと。……同属性攻撃の場合、属性別の器官規格容量ってのが関与するんですよねー。実に面倒です。具体的にはPPの削られ方がほんのり早くなるのですが、どちらにせよPP限界前後までは使えるでしょう。そこまで気にするほどでもありません、という事なのですよ」
「……ぼくとしては、砕いて説明して欲しいなぁ」
「ヒョウタ君の御要望にお答えしましょう。……まぁつまるところ、水技ばっか使ってると『器官』なんて仮称されてるトコが疲れるんで、水技の水量が減っていくんです。炎ばっか使ってると炎は弱火に。超能力ばっか使っているなれば、頭痛が痛く。最後のはカトレアさん、貴方ならば判るのではないですかね?」
「ウフフ、頭痛が痛く……コホン。ですが、そうですね。アタクシも暴走した後やテレパス指示を多様した後は、頭痛が起こりますので……」
ほう。お嬢様の笑いのツボはよく判らないが、つまり同タイプの技を使い続けるとポケモンの「器官」が疲れやすいという事か。だからPPも減りやすいと。こんな解釈であってる?
「はい、合ってます。PP容量と『器官』の疲労度も考えて……ってのは、実際の所難しいのですよ。当然、炎ポケモンはノーマルのポケモンよりも炎器官の容量が多いですし……でも、ノーマルのポケモンでも練習を重ねれば『だいもんじ』を5回くらいなら問題なく放てますし、そもそもノーマルタイプの『器官』ってなんだよ、ってな話ですし」
「あ、そりゃあ確かに。戦略に組み入れるとなると難しい、ってトコか」
「だろうね。……けど、」
「ん! ポケモン達に指示を出すボクらが、とっても重要って事だね!」
何故か最後を引き継いだリョウが、アイドル的スマイルで腕を広げて言い放つ。ルリは入れたいであろう突っ込みを全て飲み込み、肯定。
「はい。だからこそ、あたしはこの『疲労度』についてお教えしたかったのです。先のシュン君の言葉にある様に。例えば、ポケモンバトルだけなら野生ポケモンでも出来ますね? むしろ自分で考えて動く分、下手なトレーナー付きポケモンなんかよりも早く動く事ができます」
言われてみれば、確かにその通りではある。だが、ルリがここでそんな話題を出したという事は……続くは、逆説。
「ですが、野生ポケモンは指示こそいらないものの、俯瞰した物の考え方が出来ない傾向にあります。―― 相手が近くにいれば近接攻撃を。相手が遠くにいれば間接攻撃、または補助技。さらに『相手に有効な』というよりは、『自分が得意な』技を優先してしまいます。他にも焦った時やら『こんらん』状態の時やら……ポケモン自身では制御できない部分も多々ありますでしょう。これも仕様が無いですね、なにせ当事者なのですし。……えと、つまりです。こうして考えてみると、ポケモンバトルという状況において、トレーナーが居た方が状況は遥かに安定するので」
「……成る程。僕達はそこを努力するべきだ、と言いたいのか」
「はい。ポケモンの疲労度と技の有効性、技の選択。レベル的な育成に技の習熟、レベル技以外の習得。……これら全てをポケモン自身に管理させるのは、実際、厳しすぎる無理難題なのですよ。そんな点をこそトレーナーが管理してあげる事で、ポケモン達は十分なパフォーマンスを発揮できます。……ええ。だからこそ、あたし達トレーナーはポケモンのパートナーで居るのですから」
微妙にしんみりとした締め括りで、ルリはレーザーポインタを置いた。
机の横を探り切っていたスイッチを入れると空調が動いて、木々がざわめきを取り戻す。屋上庭園元々の光景が訪れていた。
「では、今日の講義はここまでです。机はあたしらが片付けておきますんで……もう日も沈みますし、皆さんは解散してくださいね。……さてさて、それでは。皆さんに相棒方をお返ししましょうか」
ルリが何やら通信機器を立ち上げると、木の実の飼育スペースの奥から、大量のポケモン達が駆けて来ていた。先頭は、リョウのヤンヤンマだ。
「ブィーン」
「あっは! ヤンヤンマ、キミはいつ見てもキレイでカッコいいね!」
出迎えようと掲げたリョウの右腕に、ヤンヤンマがとまる。ぱたぱたと羽を動かすその様は、恐らく喜んでいるに違いない。ま、リョウにあんだけ好かれてるからなぁ。ヤンヤンマが懐くのも早かったのだろう。
「おかえり、ワンタ! ホッシー! ドラこ!」
「ワゥンッ!!」「ヘァッ」「キュウンッ」
「む。頑張ってきたか、お前等?」
「ムー、ムー!」「カゲッ」「キュキュィ」
「おいで」
「メーェ」「ナゾッ、ナゾッ」
「ほらね。あたしの特訓に比べたら、大したことはなかったろう?」
「ヒヒィンッ」「フワラーン」「ジローン」
「ぅぉっ、お前等、なんでそんなに土塗れっ!?」
「ブ、イーィ……♪」「クュュ……♪」「ガァ、グゥァ……♪」
「かもーん」
「リュゥン」「コッ、コッ」ビチチッ
各々が自らのポケモンを出迎える。さて、オレも……
「グッ、グッ! ……ブククク」「ヘナッ、ヘナッ!」ビシリ
「……」チラッ
「お疲れ、ベニ。ミドリ。……お前もこないか、アカネ?」
「……ブイ」
「お。……あんまり脚の前に出るのは危ないな、オレに蹴られるからさ」
今日に限ってはオレの足元付近を歩いていた。オレが困惑していると、その様子を見ていたルリが笑う。
「あははは。そのコ、アカネちゃんと言いましたか? どうやら白衣の皆様に囲まれて、緊張していたらしいんですよ。あ、お話は聞いてます。恐らくは白衣の皆様に飽き飽きしてるんでしょう。心的外傷までには至っていないみたいですんで、その点についてはなによりで」
「ああ、それは……えーと……お手数をお掛けしまして」
「いえいえ、研究させてもらっているのはあたし達ですからね。研究班は一度私服に着替えてくるという手段をとりましたんで、全く問題はありませんです。……でも。暫くは甘えさせてあげてくださいね、トレーナーさん」
オレに向けられた、というよりはオレの脚に隠れたアカネへと向けられたルリの笑顔。
解説を終えると、ルリは手元の機器を動かした。数度弄ると、植物庭園に灯されていた明かりが順に消えてゆく。足元灯が光り、辺りが暗くなる。……にしても、妙に暗くなったな。オレは原因を探ろうと視線を上に向ける。すると、天球グラスから覗いている空は、深い藍色に変わっていた。もうそんな時間だったのか。
視線を戻した所でルリが機器から顔を上げ、
「直通のエレベーターを動かしました。是非ともご利用をば」
「ハイ。……今日もありがとうございました、ルリ」
「……あ、あのっ、……ありがとう、ございました」
「じゃあねーっ!」
「少し図書館に寄って、資料を見直そうかな? 岩タイプは弱点が多いからなぁ……」
皆が一斉に礼をした。ショウの知り合い組は庭園に据えつけられた直通エレベータのある方向へと歩いている。折角の直通エレベータなのだ。これを逃す手は無い、が。
「……」
「どうしました?」
「ルリは帰らないのかなー、と」
「ふむん。お誘いは嬉しいですが……まぁ、あたしは片づけがありますからねー」
「それは手伝わなくても?」
「はい。片付け、という名前のサービス残業ですから」
笑顔でそれを言われると、頼んだ張本人であるオレ
「んー、それじゃあ……あ、そうですそうです。丁度いいですし、シュン君にこれを伝達してもらいましょう。ほい」
「? これは……」
ルリから一枚の紙を手渡された。その内容を確認する間もなく、ルリが口を開く。
「折角の開講ですし、課題など用意してみたのです。丁度、みんなエレベータに乗るみたいですし……中で伝えてもらえればと。良いです?」
「宿題。……問題集とかじゃあないよな……?」
「大丈夫ですよ。問題を解くだとか回答を丸写ししろだとか、そういった類の課題ではないんで」
そう言われてもな。こちとら、課題という単語の響きが苦手な職業 ―― つまりは学生なので。
にしても……うーん。ルリの「この笑顔」は、どうにも苦手だな。対外用って感じがするし底が読めないし。でもま、こちらは受講している身。自分のためだと思って課題も素直に実行するべきなのだろう。そう考えて、折りたたんだ用紙をポケットへと滑り込ませた。内容は、エレベータに乗ってから確認しますか。
「―― おーい! さっさと行こうぜ、シュン!」
「……待たせてますよ?」
「あぁ、分かってる。……それじゃあな。ユウキ、今行くよ!」
「お達者でー」
ルリから視線を外し、手を振るユウキに、腰に手を当て半身でこちらを見るナツホ。講義内容を振り返っているのであろうゴウとノゾミとヒトミ、猫背でだるだる歩くケイスケ。
黄昏て行く庭園の中。それら友人の後を追って、オレは少し早足で歩く事にした。
ΘΘΘΘΘΘΘΘ
Θ―― 国立図書館/『植物庭園』/バトルスペース
「ハンチョー! 基礎データ採取、終わりましたよーっ!!」
「ほいほい。んじゃ次はデータ比較して、数値化な。数値化したらレベル算出して、技効率のに移る。まずはPP出して、命中率とダメージ出して、振れ幅と中央値出して、技効率の算出だ。そこまで終わればひと段落だし、あとは個体別に分けて保存しとけば後日……と。映像データはプライバシーだからコピー不可か。目隠し補正もお願いしないとな」
「アタシ達を殺す気ですか、ハンチョーッ!?」
「確かにやるべき事だから、少なくとも班長に悪気は無いと思うけど」
「というかそれ、ハンチョウも参加するんですからね?」
「分かってるって。それに今回は、前よりも人員増えただろ。俺の私的研究だとはいえそこそこの都合は付く筈だ」
シュン達の手持ちの核となるデータを採り終えた本日。我が班員は個人の研究もあるだろうに、こうして俺の研究を手伝ってくれているのだ。いやはやありがたい。まぁ、流石に払うべきものは払ってるけどな。研究費とか。
さて置き。
こうして俺がシュン達のポケモンのデータを採っているのは、以前に言っていた研究の為だったりする。その目的は、大まかに言えば4つある。
まずは単純に、データの蓄積。
俺が以前に計画していた通り、今の時代ではポケモンセンターにレベル測定器が設置され、センターを使用して回復した際にレベルやステータスの簡易的な値が見られるようになっている。おかげでポケモンセンターの利用率がうなぎのぼりだとかいうのは、俺としては関係なく……とにかく、実際に動くポケモン。それも他人が育てたポケモンのデータを「部分を指摘して」まで採れるとなると、有用性というのは幾らでも存在するのだ。蓄積そのものにも意味があるしな。
次に、レベル上昇と技習得レベル。
このスクールに居る内、使用が義務付けられている『擬似フレンドボール』。流石にガンテツさん手製の一品を大量生産することは敵わなかったが、このボールに入っている間は手に入る経験値がかなり減少される代わりに、ポケモンが懐きやすくなってくれるのだ。
つっても、学校側が指定したのはむしろ「経験値減少」の機能なのだが。
ポケモンの成長。それ自体は望ましいことだし、歓迎すべき事態なのは間違いない。だが、ここに居るのはエリートトレーナーの卵たる学生達な訳で。強くなり「過ぎる」……彼ら彼女ら自身が危険に晒される可能性は排除したい、という意向らしかった。まぁ、俺としても理解は出来るからな。まずはポケモンとの連携や信頼を深めて欲しいという事でもあるのだろう。
因みに、エリトレ組だろうがジムリ組だろうが関係なくこのボールを使用しているため、バトル大会の上位者でもレベルは20中盤に満たないらしい。……それでも覚える技はあるだろうし、あわよくば進化レベルの集計だって出来るかも知れないからなぁ。
あとは、ポケモン毎の個体差か。
この世界におけるポケモンの個別性……「個体値」に関して、俺は少なからず疑問を抱いている。ゲームでは孵化厳選やらをしなければ、高個体値のポケモンを手に入れることが出来なかった。だがゲームに準拠するとすれば、所謂「ボス」足りうる存在は6V(最高個体値)のポケモンをぞろぞろと持っていたのも事実ではある。NPCは努力値を振っていない、というのもシナリオに限られた話で、バトルフロンティアや
その点を明らかとするに、現状、まだまだデータは足りない。だがデータの蓄積はそのための最初の一歩でもあるんだよな。うん。
そして何より ―― なつき度と ――。
「ハンチョー、ハンチョーってばっ! また何か考えてるんですか? 今はさっさと終わらせましょうよっ!!」
そこまで思考を巡らせた所で、班員に呼び戻されていた。
……けど、そうだ。我が班員の言う通り。反論のし様も無い。
「あー、すまんすまん。ちょっとな。……さて、今日の所はデータを分けて終わりにしようか!」
「「「はいっ!」」」
だな。さっさと終わらせたら部屋に戻って今後の準備もしたいし、明日も早い。
「(プリンもそうだけど、イーブイの『レベル技の先行習得』とかも試してるトコだし……またも仕事は山積みだ。でも、だからこそ、やる気は出るって事で)」
俺は一旦伸びをして、班員達と同じ様にパソコンへと向かう事にした。
さーて、やってやりますか!!
「クュュ……♪」 ← パラスです
毎回ですが、ポケモンの鳴き声って困るんですよね。動物ならまだしも、パラスみたいにおとなしそう+虫+名前で鳴くとなんとなーく違和感がある……とかいう場合。名前に単語が混じっていますので、名前全鳴きは除外。「ラスッ」とか「パラ、パラッ♪」なんて軽快な鳴き声をしそうにも無い。仕方なく搾り出したのが、「発音できないけど想像は出来る鳴き声」という手段でした。
……はい。ホウエン編のハリテヤマは、あれです。眠かったので(ry
(今回悩まずに書いたのはヒトデマンだけでした。ヘァッ)
そして。
ナツホのネーミングセンスについては、御愛嬌。
駄作者私のネーミングについては、平に謝罪をば。