ポケットでモンスターな世界にて   作:生姜

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1995/春 パートナー達

 

 Θ―― 大講義室Ⅰ

 

 

「はぁい、プリントはお手元にありますでしょうか? プリントが3枚、無い方は手を挙げてくださいね~」

 

 

 前に並んだ講師陣の1名、着物を着た女性の間延びした声が講義場に響き渡る。ザ・大和撫子……気分的には古き良きエンジュ女性って感じだ。

 現在地は、講義室の最上段。階段状に並んだ席の最も上に腰掛けている。因みに右隣には、我が悪友(ユウキ)

 

 

「なぁなぁ、シュン。エリカせんせって、あの間延びした感じが色っぽいよな!」

 

「そうか? いや、言われてみればかも知れないけど」

 

「……すぅ、すぅ」

 

「……」

 

 

 今日は新学期の初日。エリトレ専攻の生徒皆が集められ、ガイダンスを受けている最中だ。ユウキの反対側。オレの左隣にはいつもの通りうつ伏せに寝ているケイスケと、こちらは寝ておらずプリントに目を通しているゴウ。

 ……というか、ユウキ。すぐ前の列に女子組(ナツホ、ノゾミ、ヒトミ)が座っているんだ。その質問は身を滅ぼすぞ?

 

 

「ほう。おれが女子どもの評判を気にするとでも? 今更だぜ」

 

「だよな、ユウキなら。……エリカ先生の色っぽさ、その要因か。オレは足袋(たび)に清き一票を入れとこう」

 

「おお。マニアック……」

 

 

 軽口だけ、ユウキに付き合ってやる。

 プリントに目を通していたゴウはこのやり取りを聞いて……かは知れないが、顔を上げた。呆れ満載の視線だ。

 

 

「お前達。雑談もいいが、そろそろ説明が始まるぞ。……ケイスケも、起きろ」

 

「わぁったわぁった」

 

「むにゃあ。ボク、もう食べられないですー」

 

 

 ケイスケがテンプレートな寝言を口にした所で、最も下の段、黒板の前。プリントを漏れなく配り終えた教員達が、一列に並んでいた。

 着物の女性……この街のジムリーダーでもあるエリカさんが、一歩前へと踏み出すと、騒いでいた学生達の声が静まる。ユウキやオレも例外ではなく、口を閉じる。

 マイクを手に取り、口を開いた。

 

 

『えぇーと……どうも、こんにちは。私、エリカと申します。若輩ながら、大変恐縮ではありますが、教員を代表して挨拶をさせていただきますわ。―― 本日は、皆様方の晴れの日。国家公務トレーナーとしての第一歩を踏み出した記念すべき日に、私方が立ち会えた事を、大変嬉しく思います』

 

 

 教員達が揃って一礼する。

 エリカ先生が、ふんわりとした笑みを浮かべて。

 

 

『私個人としては教員としての日が浅く、まだまだ精進する身です。ですがそれは、皆様方と一緒に成長できると言う事であると思っております。―― それは他教員共も同じです。教員と学生という関係性以前に、同じくトレーナーの高みを目指すものとして。皆様方とポケモンとが共に歩んでいけるよう、全身全霊を持って努めましょう。これからの学徒としての日々が貴方方にとって、実り多き時間であります事を願わせていただきまして。……では』

 

 

 とどめ、にっこりと咲いた。手を合わせて綺麗に腰を折り、再び上げた顔は目を閉じて。優美な動作で列へと戻った。

 ……これはあれだ。エリカ先生フィーバー間違いなし。お見事である。

 気付けば自然と、生徒全員が手を打ち鳴らしていた。拍手喝采だ。

 

 

「うっひょー……凄ぇな」

 

「ユウキ。お前の『うっひょー』発言も大概凄いと思うんだ、オレ」

 

「……む、次だ」

 

 

 拍手が鳴り止まない中、スーツを着込んだ男性が列を抜けて教壇に立った。

 すらっとした手足に紺のスーツが映える。しかも、かなりのイケメンだ。先程のエリカ先生が男子受けだとすると、こちらは対女子最終兵器であろう。殺傷力は抜群に違いない。

 

 

『では、わたしが説明を引き継ごう。わたしの名前はゲン。しがない教員だ。キミ達の記憶の片隅にでも留めていて貰えれば、嬉しい事この上ない。……さて、履修などの基本的な部分は事前に済ませているはずだから、今日は他のガイダンスか。皆は手元のプリントの「日程表」を見て欲しい。……いいかい? 年間スケジュールが書いてあるのが、判るかな』

 

 

 プリントの一枚目には、ゲン先生の言う通り年間通してのイベント一覧が書かれていた。上から順に、視線を滑らす。

 

 

『行事の仔細な情報を知りたいキミは、冊子や学内ホームページの方を参照して欲しい。わたしからは主要なものだけを紹介していこう。まずは4月の、今日だね。このガイダンスが終了したら、お待ちかねのポケモン選びが待っている。毎年渡し方は違うけれど……今年は一際変り種を用意している。君たちが大いに楽しんでくれるなら、企画側も喜んでくれるだろう。これはわたしの話が終わったら本格的に説明をする事になっているから、暫くの間だけわたしに付き合ってくれ』

 

 

 ……ポケモン選び、か。少しだけ思い返してみる。

 

 

「去年は確か、カタログからのドラフト方式だったかな?」

 

「一昨年は突然運動会を開いて決めたらしい」

 

 

 ゴウはとりあえず運動会でなければ何でも良いが、と続ける。

 風変わりだが、どれもこれも「ポケモンを選ぶ」という行事に意味合いを持たせる為の工夫なんだそうだ。確かに、印象には残るだろうけどさ。流石にこの人数でドラフトはどうなのと突っ込みたい。初日からいきなり運動会ってのも、大分あれだし。

 とは言っても、どちらにせよ「顔合わせ」の時点でポケモン側に嫌われてしまえば、引き取る事はできないんだけどな。初見で嫌われるってのも、中々ないけど。

 

 

『では次に。1年通して基礎教育を欠かさないのは前提だ。いくら実践重視とはいえ、座学はあるから、諦めてくれ。その代わりに行事も出来る限り用意してある。夏休みにはなるが、有志の旅行なんかも企画してあるから、トレーナー同士の交流を深める良い機会としてくれ。……特に大きな行事は、そうだね。10月には学園祭がある。タマムシ大学と合同で催す、大規模なものだ。タマムシに住んでいる者ならば判ると思うが、羽目を外し過ぎないように一応の注意をしておこう』

 

 

 ここで少し、茶目っ気を見せるゲン先生。最後のウィンクが似合うのは、イケメン故か。かろうじて黄色い悲鳴は上がらなかったが、一斉に息を呑むのが感じ取れた。主に女子。

 

 

「イケメンめ。……ってか、タマムシに住んでるヤツと言えば。ショウはどこ行ったんだ? 同室なんだろ、シュン。アイツなら学園祭も知ってんじゃあねぇか?」

 

「ショウなら知ってるだろうけど、今は無理かな。ほら、あそこ」

 

 

 ユウキの疑問に答えるため、前を指差す。一際低い講義室の前方、スクリーンの前、壇の横。

 

 

「どこだ……って、あれか? エリカせんせの隣にいるヤツ」

 

「そうそう、それ。白衣の」

 

「む。随分と忙しそうだな」

 

 

 エリカ先生の隣に座り、何やらPCを弄っている……周りの大人に比べれば大分小さな、白衣の少年。今朝言っていたから間違いないだろう。ショウだ。

 そのまま何となく見ていると、ショウの横から、エリカ先生が画面を覗き込んだ。大分密着している。ゲン先生に視線が集まっているため、目立ってないのが幸いか。

 

 

「ああっ……チクショウ、ショウの野郎め良い思いを。エリカせんせは絶対良い匂いがすると思うんだ、おれっ!!」

 

「だろうなぁ」

 

 

 それはばっちり想像できる。フローラルな香りだろう。後でショウに聞いてみるか。……じゃあなくて。

 

 

「ショウは大学にも籍があるから、ティーチングアシスタントとしてよく要請があるらしい。ショウの研究も有名だけど、今日みたいな日はそもそも、書記なり印刷物なりで大忙しなんだと。昨晩も貫徹してた」

 

「成る程。んじゃ、同じくタマムシ出身のミィは?」

 

「……さぁね。少なくとも、この辺には居なさそうだ」

 

 

 なにせ、ゴスロリが見当たらないし。居たら目立ってしょうがないだろうなぁ。ミィはオリエンテーションすらブッチしてるのか? それはどうなんだろう。素行的に。

 ユウキに釣られてか、ゴウもオレも周りをぐるっと見回して…………ああ、居た居た。

 

 

「オレ達の後ろにいた。扉の前に立ってる」

 

「おお。しかし……今日も装飾華美な服なのだな、ミィは。どの様な拘りがあるのかは判らないが」

 

「相変わらず、綺麗系+愛らしい系の得する美人さんだぁな」

 

 

 ここが最後尾で、前ばかりを見ていたのが原因だ。更に後ろに立っているのなら、そりゃあ、気付かないのも当然である。

 

 

「ほら、アンタ達。あまり騒ぐんじゃないの」

 

「……確かに。すまん、ナツホ」

 

 

 ここで前列のナツホから注意を受けて、視線を前へと戻す。

 確かに、後ろばかりを見ていては目立ってしまうからな。さて、ゲン先生の話に意識を戻そう。

 

 

『あとは、終業式まで一直線だ。行事としてはこれくらいだが……そうだな。大切な事を説明しておこう』

 

 

 ゲン先生がいうと、目の前の黒板が電子映像パネルに切り替わる。

 『ポケモンバトル大会』、とのドでかいタイトルが表示された。

 

 

『キミ達が国家公務トレーナー……君達に馴染みのあるようにエリートトレーナーと呼ばせて貰うが、そのエリートトレーナーとして活動するにあたって、少なからず名前を売る必要性が出てくるだろう。この学園では、バトル大会という形でその機会を用意している』

 

 

 ゲン先生の言う通り。

 エリートトレーナーとしての資格を得ると、トレーナー資格のランクアップの他にも様々な権限が貰える。勿論、その対価として……必ず応じなければいけない訳じゃないけど、公務の要請なんかもしばしば来る事になる。

 だけど、エリートトレーナーの『公務』は多くも無い。だからこそ多くのエリートトレーナーは優待を活かし、トレーナーとしての活動幅を広げる事で収入を得ている、らしい。

 ……ああ。らしい、とはこれがスクールで習った知識であるからだ。何ともはや、夢も希望も無い実状である。それでも希望者が絶えないのは「トレーナーだけであり続けられる事」や「トレーナーとしての高み」が確かに見え易くなるから、なんだろうなぁ。オレだってそうなのだから。

 

 

『8月に一度、1月に一度だ。何れも長期の休みの先に予定している。ただし、これらの大会も甘くは無いぞ? 参加資格は「スクール生であること」で、参加自体は自由だ。わかるかい? つまりキミ達エリトレ組の他に、ジムリーダー資格組等を主とする先輩方 ―― 上級科生が参加して来る。その中で名前を売るのは用意ではない、が、参加すること自体にも意味はある。ポケモントレーナーとしての高みを目指すのであれば、是非とも参加してくれ』

 

「―― 先生。質問、宜しいですか?」

 

 

 突然の声の主に視線が集まる。話の間を見計らい、前列に居た女性徒が手を挙げていた。鮮やかな青色の長髪が印象的なその娘。隣にも、よく似た青髪の女の子が居るが……それはまぁいいか。さて。その女の子は、先生から許可を得て、口を開く。

 

 

「プリントの最後、2月末に『対抗戦』とあるのですが、これは……?」

 

『それは他の「大会」とは違って、各学校から代表を選んで行うエキシビジョンみたいなものだ。あまり気にしなくてもいいとは思うが……と』

 

 

 ショウがゲン先生へ、何やら合図を送っていた。どうやらタイムキーパーを兼ねていたらしい。ゲン先生は正面へと向き直り、

 

 

『そろそろ時間らしい。折角質問を貰った所すまないが、冊子を参照してくれ。何か質問があればわたし宛てにメールを送っても良いからね』

 

「はい。ありがとうございます」

 

『では、次の説明だ。―― お願いします』

 

 

 女生徒が答えると、ゲン先生は教壇を降りた。入れ替わりに大柄な男性が上がる。

 

 

『おっしゃ! それじゃあ俺が説明を引き継ごう!!』

 

 

 無精髭を生やした男。腕を組み、先生とは思えない口調がインパクト抜群である。

 

 

『俺の名前はダツラ! 一応ここの教員で、主にバトル関係の講義をしている! 言っとくと、これから始まるのはお待ちかね! ポケモンとの御対面だ!!』

 

「……なんか、おれ等より元気じゃね? あの先生」

 

「だが、バトル担当という事は知識が確かなのだろう」

 

 

 ゴウの台詞は諦めを含んでいた。……だよな、そう思っておこう。きっと知識は確かなのだ。

 エリトレ候補生の大半が置き去りにされている空気の中、ダツラ先生は熱い口調で語り続ける。

 

 

『だがな、ゲンの言った通り、只渡すだけでは芸が無い! お前達が動き、自ら探す事に意義があると俺は思う!! だから ――』

 

 

 ばっと腕を広げた。スクリーンパネルが一斉に輝き、表示される。

 

 

『―― タマムシ校舎全体を使った、ポケモン探し!! 名づけてポケモンラリー、開始だっ!!』

 

 

 ……講義場に集まったエリトレ候補達。その頭上に、一斉に疑問符が浮かぶのが見える。これはけっして、幻視ではない。確信である。

 

 

『さあ! ありったけの力を振り絞って、探して来いっ!!』

 

 

 だんと机を叩き、腕を天に掲げた。そして教壇を降りやがる。畜生め。

 当然ながら生徒達は、誰一人として動きはしない。というか動けないだろう。だって実質、何も説明されて無いからなぁ。

 教員達が若干呆れの篭った視線を向け……あ、ショウが左隣に座ってる女の人を急かした。銀髪で露出の多い服装をした女性。

 女性はえぇ、と声をあげ、ショウへ迷惑そうな視線を向けた。エリカ先生にも促された所で、頭を掻きながら面倒そうに教壇へ登る。

 

 

『―― はぁ。頭痛いけど、あたくしが説明を引き継ぐわ。……あぁ、あたくしカリン。いちお、教員ね』

 

 

 何と言うか、その態度は教員として良いのだろうか。

 カリン先生は言葉を一旦切ると講義場をぐるりと見回し、一頻り見終えると、教壇に肘を着いて。

 

 

『ふうん。皆、中々面白そうね。……ダツラのじゃ説明になってないから、あたくしが説明をするわ。ポケモンラリー、ってのはただの名前。その中身は結局、貴方達へのポケモン配布よ。はい、ショウ。紙を配ってくれる?』

 

 

 話を向けられたショウが動き、……ショウだけではなく、先生達が総出でプリントを配り始めた。オレもダツラ先生によって配られたプリントに目を落とす。

 

 

『そこに書いてある通りだけど、決まりだから読み上げるわ。期限は開始から3時間後まで。タマムシトレーナースクールの校舎と敷地全体に印をかけた教員や有志の先輩方が立ってるから、その人達を探して頂戴。……実際の印は、これ』

 

 

 カリン先生が一枚の印を(かざ)してみせる。印には青い首紐が掛けられていて、遠くからでもある程度目立つように工夫がされているらしい。

 

 

『これを掛けた人からポケモンがもらえるわ。でも、場所は秘密。もらえるポケモンもその数も、場所によって違う。教員だけでなく、有志のボランティアもいる。つまりは行ってからのお楽しみというワケ。……分かる? 校舎施設の紹介を含めてるってコト。各施設に1人は居る筈だから、色々と探し回ってみれば良いんじゃないかしら。順番や場所を考えてから動いてみてもいいかもね』

 

 

 成る程、校舎のオリエンテーションか。場所を周る事で、施設の位置を覚える意味合いもあるという事なのだろう。

 カリン先生は着いていた肘を離して姿勢を正し、左手で髪をすきあげる。艶やかな色気だ。年上好きであれば食いつくに違いない。実際、隣のユウキには効果が抜群。顔のにやけようがヤバイ。

 

 

『ポケモン、最低1匹は貰ってね。逆に、最高は3匹まで。実習を受けるには1匹いれば足りるけど、さっきゲンが言っていた「大会」は3匹参加だから、その辺を踏まえて個人で考えるように。手持ちの数が増えると当然、育成は難しくなるわよ?』

 

 

 最後のは忠告か。

 心底楽しそうな笑みを浮べて、踵を返した。片手を腰に当て、もう片方を面倒そうにひらひらと揺らし。

 

 

『貴方達が「好きになれる」パートナーと出逢える事を祈っているわ。それじゃ、』

 

 

 スクリーンでは、カウントダウンが始まった。

 3つしかないカウントはあっという間に減り、0になる。「スタート」とか表示されているが……。周囲を見回す生徒達。視線が飛び交う。事態を飲み込むのに必要であったのだろう、数秒の間の後。

 

 

 《……、》

 

 ――《《……アアアアッッ!!》》

 

『開始ね。……ほら、行きなさい。早い者勝ちよ?』

 

 

 怒号なのか嬌声なのか……は知れないが、とりあえず、大音声が校舎中に響き渡る。

 生徒達の第一波が走り出したのを見届けたカリン先生は無責任に、列へと戻って。

 オレ達のポケモン選びが、始まった。

 

 





 とりあえず、更新してみます!
 自分でも2ヶ月はどうかと思っていたもので。・・・・・・申しわけありませんですすいませんっ
 部はまだ書きあがっていないので、春③あたりまでを。
 
 エリカ様たちの紹介は、後々に。(紹介、必要ですからね……


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