口上を止めたのは、突然の乱入者だった。
サターンの後ろ……絶壁の岩壁をポケモンに掴まって、悠々と滑り降りてくる、ツンツン青色髪の男。恐らくはサターンにアカギと呼ばれている人物だろう。
っっ、でも……!
「はっ。申し訳ありません、アカギ様」
「なーにやってんのよ、サターン。こんな爺さんと小娘相手に」
「どうせ油断してたんでしょ」
「煩いぞ女共。……アカギ様、用事のほうはお済でしょうか。でしたら早くこの場を離れる事を勧めますが」
「うっわぁ、サターン、アカギ様に意見とか何様よあんた!」
「……下がれ、マーズ、ジュピター」
「「は、はいっ」」
凄まじい威圧感、肌に感じるほどのオーラとカリスマ性。それと老け顔!
初めて見るギンガ団の党首、アカギは喧しい女幹部2名を後ろに下がらせると、頭を下げながら待つサターンの前へと踏み出した。
後ろで手を組みながら、あたし達を見る。眼光が鋭い。それと老け顔だ。
「―― 似ている、か」
「……」
「な、何がです!? ……ナナカマド博士に手を出そうというのなら、今度はわたしが相手をします!!」
「気にするな、少女。独り言だ。……サターン、マーズとジュピター。実験は終了した。エイチ湖に居る団員を率いて本部へ戻れ」
「はっ。心得ました」
「えっ!?」
「ど、どうしてですかアカギ様っ! わたし達は……」
「命令だ、引くぞ。いいな、マーズ。ジュピター」
「くっ……わかり、ました……!!」
あろうことか、アカギは他の幹部達を下がらせた。唯一異論を挟まなかったサターンがマーズとジュピターを半ば引きずる形で連れ、エイチ湖の高台へと上って行く。
残るはアカギだけだ。再び、あたし達の方へと振り返る。
「さて……私の邪魔をするか、ナナカマド博士」
「ム……オマエがギンガ団の首領だろう。ならば聞きたい。ここ最近のギンガ団の活動はどういうことだ? ギンガ団とは、新エネルギーの開発を試みる集団であったと記憶しているのだが」
「それで間違っていない」
「語る気はない、か。……今の所私には、オマエ達を邪魔するつもりも手立ても無い。エイチ湖で何をしたかが定かではなく……衝撃波とそれに付随する停電、人々の混乱以外の実害もなかった以上は、な。野生ポケモン達の逃走すら起こさなかった辺り、オマエの統率力が見て取れるが」
「幸い、部下には恵まれている。私が今ここに残ったのは、確かめるためだ」
「……確かめる?」
確かめる、と言った男はあたしへと視線を合わせる。……嫌な感じだ、この男。
「お前は似ているな。団員らを悉く妨害してきた、あの男に。いや、雰囲気は黒尽くめにも似ている」
「っっ! 知ってるの、おにぃちゃんを!!」
「ま、マイ!? 落ち着いてっ!!」
「っ、でもっっ」
「兄か。……もしもあれが兄だとするならば、お前は間違いなく敵だな」
思わず詰め寄るが、ヒカリに抑えられる。理性では分かっている、でもっ!
アカギの冷徹な目が正面から見下ろしている。口の端に、底知れない笑みを浮かべて。
「今のお前では私達を止める術はない。お前が思っている以上に根は深く張ってあるのだ。だがお前があの兄の様に、邪魔をするというのであれば ―― フハハ、面白い事になりそうだな!」
「っ、……。……どこ」
「何がだ」
「……おにぃちゃん、どこっ……」
「知らないな。だが、あれは再び……必ず私達の前に現れる。むしろ妹であるお前の方が理解しているだろう」
「……」
「良い土産が出来た。……ではな」
「クロバッ」
アカギが、兄の手がかりが去って行く。舞う雪の中を飛んでいったクロバットは、一瞬にして点になった。
……。
……ああ、そうか。こいつらを、追えば。
「……駄目だよ、マイ」
雪原を踏み出した瞬間、しかし、あたしはヒカリに腕を掴まれていた。
……どうして。
「……判ってるんでしょう? ここで追っても、個人じゃあ敵わない。ギンガ団って言うのは、そういう集団だよ。お兄さんの事が心配なのは判るけどっ」
「―― そうだな、マイ。オマエがヤツの背中を追うのは自由だが、私は勧めんぞ」
「……はかせ」
心配そうな顔を向けるヒカリの隣に、ナナカマド博士が並んでいた。……いつ見ても立派な白髭だ。
ナナカマド博士はあたしの目を覗き込み、諭すような口調で。
「久しぶりだな、マイ。今回の助力には感謝する。オマエの成長は、あやつも嬉しく思っていよう。―― だからこそ問おう。あやつはお前が、その心のままギンガ団を追う事を、嬉しく思うのか?」
「……」
ナナカマド博士の言葉を心の中で反芻する。
誰よりもポケモンバトルを好きだったおにぃちゃん。この気持ちのままギンガ団を追うということは……あたしは、ポケモンを、
……戦いの……っ!?
答えに行き着いた瞬間、あたしは出来る限りの早さで首を振った。
「……違う。……違い……ます……」
「そうだな。怒りと不安は必要な感情だが、時として行動を捻じ曲げてしまうのだ。心得たまえ、マイ」
ナナカマド博士はあたしを撫でながら、無骨な笑顔を浮べる。
そう。あくまで、ついでなのだ。おにぃちゃんを探すのは。
この旅の目的は……あたしの冒険は、ポケモンと一緒にシンオウ地方を巡り成長することにある。そして成長した先で、おにぃちゃんとポケモンバトルをする。そうすればきっと、負けても勝っても……言えると思ったのだ。
素直な、感謝の言葉を。
「テッカ、テッカ!」
「……ん。あ……がと、テッカニン」
テッカニンが羽を休め、あたしの肩に止まっていた。どうやらポケモン達にも心配をかけたらしい。あたしはもう大丈夫という気持ちを込めて、テッカニンの頭を撫でる。
「良い顔になったな。……今のオマエにならば、これも託せる」
「……これ、……モンスターボール」
「何々? 博士、マイにもポケモンあげるんですか?」
「フム。正確には私から、ではないな。……マイ、出してあげなさい」
「……」コクリ
ナナカマド博士が持ち出したモンスターボールを、雪原に放る。中から出てきたのは、
《ボウンッ!》
「―― どぉ、ぶるぅー」
「っ、『がはく』……」
「ぶる? ……ぶるる」
白い毛並みが雪を払うように震える。ベレー帽のような頭。尻尾の先に着けた黒い体液で絵を描くポケモン。一般的な個体よりも老成しており、やや元気が無いのも変わっていない。
ドーブルこと、『がはく』。あたしの兄が、長い間連れていたポケモンだ。
懐かしさに思わず抱きしめたあたしを、どうやら覚えてくれていたらしい。
「そのドーブルはあやつが行方不明になった後に見付かっている。差し金だろう。オマエに心配させないための、な。……それにそもそも、私ではそやつの長所を活かすことが出来ん」
「良かったね、マイ! お兄さんに一歩近付いたじゃない!」
「……ん」
「テッカァ」「どぶるーぅ」
そうだ。兄は大丈夫。心配するなというのは、流石に無理があるが……それであたしが傷ついていては本末転倒だ。
だから、今は進む。ギンガ団も気にはかけるけれど、それに対してはミィねえも居るのだ。あたしだけが尽力する必要はどこにもない。
隣にはテッカニンと画伯。あたしも、あたしを信じてくれるこのコ達を悲しませたくは無い。共に行きたい。一緒にもっと成長し、一緒に喜びたい。
ふと感じた、生まれた煌きの心持のままに空を見上げる。
空が輝いている。ヒカリが、歓声をあげた。
「―― うっわぁ! ホラ見て、マイ! ダイヤモンドダストだよっ」
いつの間にか夕方になっていた。結晶が落ち始める太陽を映し込み、美しい輝きに目が眩む。ダイヤモンドダスト。珍しい現象だが、キッサキであれば度々観測される気象現象の一つで……これはスズねえの異名にもなっていたはずだ。
キラキラと舞う結晶の中を、ヒカリは跳ねながら踊る。その姿を、ナナカマド博士は「憮然とした笑顔」で見守っていて。
「―― マイ、少し私に着いてくると良い。私はこれから、研究所のあるマサゴタウンに向かう。協力者がいるのだ。我が弟子ながら、頼りになるやつがな」
「……シロねえ」
「ウム。実力は折紙つきだろう。協力を取り付けた後、シンジ湖の下見も行う。オマエにとっては渡りに船ではないか?」
博士の言う通り、シロねえの強力な協力があるのなら百人力だ。それにもしかしたら、シンジ湖には件のギンガ団も居るかもしれない。
決まりだ。あたしは強い意志を込めて、頷く。
「ウゥム、オマエ自身も実力はあるからな。それに、シロナのやつは妹分の参加を喜ぶだろう」
「……ん」
シロねえことシロナさんは、子どもが好きみたい。あたしも、随分と可愛がってもらっている記憶と実感がある。ついこの間もスズラン島に向かう途中でキッサキに寄って、昼食をご馳走してくれた。
「暫くはヒカリと行動を共にすることになる。……ドーブルとは別に、私からもこれを送ろう。お前の兄が尽力した ―― ポケモン図鑑を」
「……ポケモン、図鑑」
博士から、銀色で四角い機械を受け取る。手にずしりと重い感覚。おにいちゃんが昔から力を入れていた研究の成果……ポケモン図鑑。シンオウ地方のものは、あたしもはじめて見た。
おにぃちゃんや、一緒に冒険に出た人達は皆が持っていた図鑑。これを持って出立できる事が、嬉しくてたまらない。
「……」
「……フム? ああ……やはり子供は、笑顔でなくてはな」
「博士ーっ、マイーっ! ほらほらっ!」
「ッチャマー!」
「くわ」
「(……)」コクリ
「ピッピー☆」
いつの間にかでていたポケモン達を巻き込んで、ヒカリは率先して雪塗れになっていて。
「……ん。……そう、だね」
「テッカ?」
「どぉぶるるぅ」
《ボウンッ!》
「ワフッ!」
「ニュラァッ」
「……いこ、皆」
ポケモン達もあたしの珍しい行動に一瞬驚いたものの、直ぐに同じく走り出していた。
新しい一歩のために……今は。
あたしもポケモン達と一緒に、雪原の中に飛び込んでおこう!!
―☆
Θ―― マサゴタウン/砂浜
「……マイ、準備は出来た?」
「……」コクリ
「それじゃあ行こっ!」
「……ん」
「北、北と。……えーと、まずはコトブキシティだよね。マイ、コトブキシティに行った事は?」
「……」フルフル
「そっかぁ。あ、わたしは博士のお手伝いで行った事があるんだけど、テレビ局とか、ポケッチの会社とかがあるんだよー。テレビはあんまり得意じゃないけど、ポケッチは楽しみかな! あ、マイは最新型のを持ってるからそうでもないかも知れないけど……」
「……んん。……そんなこと、ない」
「そ? よかったぁ!」
マサゴタウンの砂浜を旅立つ少女が2人。一方はゴスロリの上に薄手の上着を着込み、一方はミニスカート。
共通している点は幾つか在るが、1つ。彼女らは共に、「ポケモントレーナー」である。
「ねえ、マイ。この間調べたんだけど、その『ランニングウィンディ』のカラーパターンがカタログに無かったんだよね。それって限定ものなの?」
「……限定じゃあ、ないと思う。ミィねえの、オーダーメイドだって聞いた。……あ、ミィねえ、……シルフカンパニーの社員。ヒカリ、知ってる? シルフカンパニー」
「そりゃあ知ってるよー! そっかぁ、お兄さんだけでなくでっかい会社に勤めてるお姉さんも居るのかぁ」
「……あ、……うん」
「そういえば、マイのお兄さんってどんな人? カッコいい? あ、昨日シンジ湖の近くで博士がポケモンあげたコウキ君とかジュン君とかと比べてどんなタイプ?」
「……ヒカリ……」
「見ないでっ、そんなジト目で見ないでよ、マイッ!? ……でもさ、わたし達の年齢だと普通の話題じゃないかな、これって」
「……ハァ。……おにぃちゃんは、……多分……カッコいい。と、思う。……コウキ君……ジュン君は、よく判らないけど……面白い」
「面白い、って。それって男の子を批評する言葉じゃあないよね……」
ポケットモンスター、略してポケモン。
この世界に生きる、不思議な不思議な生き物。
ポケモンと共に旅をする事はこの時代、少年少女にとってよくある出来事となっていた。
そして今、本当の意味で2人は旅立ちを迎えていた。
「……それじゃあ、ヒカリ……は」
「あー、やっぱり聞かれるかぁ。……あー、……あー……と、年上かなっ」
「……比べて」
「んー……ジュン君よりはコウキ君、だと思う。どっちかって言うと落ち着いている人の方が好きなんだけど……やっぱり笑顔が大切かなぁ。わたしが3才くらいの頃から、遊んでくれたりポケモンバトルを教えてくれたりした優しいおにーさんが居たんだ。博士の所に一時期だけ来てたから、名前とかは聞けなかったんだけど……恋人にするならこんな人が良いかなぁって。あ、ニコポじゃないよ? おにーさん、最近は来てないけど前は何回も来てたんだから。あたしもこう……じっくりとだね」
「……ニコポ、って」
「……あー、いや、いいの。気にしないでマイ、お願いだから」
旅をする思惑はそれぞれにあれど、確かな想いを秘めている。
少女等はポケモントレーナーとして、輝く一歩を踏み出す。
先に待つ苦難と成長。そして何よりも、ポケモンとの絆を信じて。
踏み出し、踏み越えたその先には、いずれも光が待っているに違いないのだから。
「―― それじゃあ、出発!」
「……ん、いこ、ヒカリ」
>>マイ
若干病んでます。
>>素直な、感謝の言葉を
この一文だけでアフターストーリーのエンディングが見える貴方様は、駄作者私の代わりにプロットをお願いしたいくらいで(ぉぃ
>>がはく
本編にもどこか……遠い未来で出演予定。プロットだけなのですが。
ニックネームはドーブルさんの通称から。体液が黒になっているのは誤字ではなく、このドーブルの特殊性に由来します。
ええ。特殊性とか、更新分の特別篇の中ではまったく描いてませんが!!
>>ダイヤモンドダスト
実際、Dpptから実装された機能です。
レッド様の必中吹雪連発に耐え切れない貴方様は、一考の余地を。
>>コウキ&ジュン
罰金ボーイと男主人公ですね。登場人物が美少女だけとかはないのですすいません申し訳なく。
>>ニコポ
結局のところ、描写しなければ一緒だと思うのですが(ぉぃ