真・恋姫†無双 ~凌統伝~   作:若輩侍

3 / 16
何故か黄蓋のヒロイン力が高い気がする回でござる。
では、どうぞ。


第三話

袁術によって江賊討伐を命じられた俺たちは、無事にその任を果たして帰還した。今回の討伐では人的被害は少なく、かつ江賊所有の船舶と江賊達と言う貴重な人材を俺たちは手に入れる事が出来た。一部の野心の見える者は除き、江賊を正規兵として登用したという訳だ。

 

袁術に戦力を分断されて以来、俺たちの兵力は著しく低下している。だからこうして、袁術の目を盗みながら少しずつでも戦力を確保する必要がある。元江賊とは言え、数百人の水上戦の猛者。この数百人が加わる事は、今の俺たちにとっては喜ばしい事この上ない事だ。

 

江賊たちも、命を取られないばかりか兵役にある以上は最低限の衣食住を保証されると言う事もあって、この提案には納得してくれている。本来ならば罪人として処刑される立場にあるのだから、命が有る分だけ増しと思ったのだろうか。まあ、一応謀反の対策として江賊たちは各部隊に分けて配置される事になったし、そもそも一部の江賊達は日々の生活に不安を感じる必要が無くなったためか、喜んでいる者もいた。

 

……俺の部隊に配置されることになった奴らが若干怯えた様子を見せていた事には、流石の俺も傷ついたが。

 

まあ、それはともかく。俺たちが予想以上の戦果を挙げたことによって、雪蓮様の勇名は地元の民達の間に広がる事になった。今は小さな波紋に過ぎないが、時間が経つにつれてこの波紋は大きくなっていく事だろう。風評の広がりとはそういうものだ。いや、そうなるように既にこちらからも手を打ってあるからより確実なものとなるだろう。

 

ちなみにこれについては袁術が不満を露わにしたようなのだが、袁術が何かを言う前に雪蓮様が処刑した江賊達の生首を袁術にまざまざと見せつけながら戦果を報告することで即座に黙らせたらしい。まあ、正確には干からびかけの生首に恐怖した袁術が、泣きながら悲鳴を上げて雪蓮様を追い返したらしい。

 

干からびかけのために目の部分が落ち窪み、表情は死への恐怖一色で歪んだ生首。そんなものを目の前で見せつけられた日には、俺だって気分が悪くなる。まだ幼さの残る袁術からすれば、それは尚更な訳で。ぶっちゃけよく漏らさなかったなぁ、などと不謹慎な事を思ってしまったりもする。まあ、あの年になって流石にそれは無い……と、言いきれない自分がいるな、うん。

 

とりあえず、これが戦を終え帰還してから今に至るまでにあった出来事だ。そして今、俺は何をしているかと言えば――

 

「やはり、こうなるか……分かってはいた、分かってはいたが……」

 

などとぼやきながら、目の前の書簡を必死に処理している状況である。ちなみに処罰の方は棒給の減額だけで済んだ。それでも結構つらいことには変わりないけど。しばらくは倹約生活に勤しむ事になる。

 

まあそれはそれとして。今は目の前の仕事をどうするかだ。当初の予想通りに雪蓮様と冥琳様は閨へと消えてしまい、やはりというか政務の効率は大幅に低下。冥琳様の抜けた穴はもう一人の軍師……周喩の弟子である陸遜こと穏が頑張ってくれているが、それでも俺にはこうしてしわ寄せがきている。本来ならもう少し多く来る予定だったんだけど、そこはほら……逃げ出す、もとい仕事をサボろうとしていた祭さんを俺が先回りして確保した。

 

今頃は穏と一緒に政務に励んでいる事だろう。俺に見つかった時の祭さんの気まずさ大爆発な表情は何気におもしろかった。全く、自分でも悪い事なのが分かってるなら、わざわざさぼろうしなくても良いだろうに。何かあってもせいぜい翌日の太陽が黄色く見えるくらいだし。ああでも、女性からしてみれば肌が荒れる原因になるのか。

 

うーん、女性って結構大変なんだなぁ。男の俺は精々、次の日起きてるのがしんどいくらいだ。いやまあ、男であろうと女であろうと睡眠は大事だけどね。急な出陣があった時、寝不足で体調不良とかだったら目も当てられないし。

 

「はぁ……さっさと片付けるか」

 

正直、ここで愚痴っていても何も解決しないのだし、それよりも仕事を終わらせてしまう事の方がずっと有益でもある。いつもより多い書簡の量には辟易するが、俺は観念して政務の処理に手をつける。筆を動かし手早く仕事を片づけながら考えるのは、件の将の事。

 

蓮華様の所に半年前に仕官した腕の立つ元江賊。そして先の江賊の頭領が言っていた、半年前に姿を消したいう仇と同じ姿をした甘寧という名の江賊。どちらも江賊であり腕が立つと言うが、果たしてこれは偶然なのだろうか。それともやはり、その件の将こそが甘寧であり、俺のおやじの仇なのだろうか。

 

もしそうだとしたら、俺は一体どうするだろうか。今では同じ孫家に仕える将。しかも蓮華様が信頼し、傍に置くほどの人物だ。いずれその者と対面したとき、俺は冷静でいられるだろうか。それとも怒りに身を任せて殺しに掛かってしまうだろうか。

 

正直、そうなってみなければわからない自分がここにいる。半ばおやじの仇が見つかるのを諦めてた所に、いきなり確信に近い情報が手に入ってしまった所為もあるのかもしれない。俺はその甘寧に明確な殺意を抱けないでいる。

 

こんな気持ちになったのは生まれて初めてかもしれない。誰か特定の人物の事を考え続ける、そして初めての感情を抱く……もしかしてこれが、これこそが……恋?

 

「……そんな馬鹿な」

 

ないないない、あり得ない。初めて抱いた感情だから恋かもって、どこぞの乙女じゃあるまいし。しかも相手は親の仇かもしれない奴だぞ。そんな相手に恋をするとか、被虐趣味も良いところだ。不謹慎過ぎるにも程がある。と言うか、もしそんな奴がいるなら、俺が素っ裸にひん剥いて長江に飛びこませて浄化してやる。そうすれば頭も冷えるだろうさ。まあそれ以上に羞恥で顔が熱くなるだろうけどな。

 

「って、うわ……しくじった」

 

少し熱くなりすぎたのか、筆に余計な力が掛かり、竹簡の文字が盛大に潰れる。とりあえず、書簡じゃなくてよかった。竹簡は表面を削れば書き直せる。書簡と違って嵩張るが、そこが竹簡の良いところだ。何より安いし。紙は貴重だからどうしても値が張る。帳簿なんかの重要案件以外は大抵竹簡で済ませるのが普通だ。

 

にしても今になって気づいたが、随分と仕事が進んでいる。時間もそれなりに経過しているみたいだ、太陽の位置が随分と変わっている。気づかない内に終わらせていただけに、ぶっちゃけ内容が記憶にない。たぶん考え事に意識を割きすぎて、半ば無意識な状態で筆を動かしていたんだろう。ふっ、流石は俺。考え事をしながらでも仕事が出来るだなんて、恐ろしい子!

 

……。

 

……これは、後で全部見直し決定だなぁ。不備とかあったら困るし。うん、憂鬱だ。凌統公積の憂鬱ってやつだ。

 

「はぁ~……さて、小刀はどこかなっと」

 

とりあえず一旦筆を置き、机の引き出しをごそごそと漁る。まあそこまで物が入ってる訳でもなく、小刀はすぐに見つかった。修正箇所に刃を当て、余計な所は削らない様に注意を払いながら小刻みに刃を動かす。ショリショリと竹を削る音が部屋の中に響き、多少の削り屑を出して修正箇所がまっさらな状態に戻る。そして今度は間違えないよう、先ほどよりも意識を集中させて仕事に取り組む――。

 

「うがぁぁぁーーーっ!」

「浩牙さ~ん! 助けてください~!」

 

うん、取り組もうとした矢先に、隣りの執務室から我慢が限界を越えたかの様な叫び声と、微妙にのんびりした名指しの救援要請……もとい悲鳴が、壁を通り越して俺の部屋にまで聞こえてきた。まあ、壁があっても所詮は隣りだし、多少の声なんかはさっきから聞こえてきてたけど、流石にこれは非常事態だと分かる。しかもどんがらがっちゃんと何やら騒がしい物音まで聞こえてくる始末……やだなぁ、出来れば関わりたくないんだけどなぁ。

 

「ええい、放せ穏! 儂はお酒ちゃんと共に仕事をするのだっ!」

「そんなこと言って、いつも仕事を後回しにされるじゃないですか! 今日ばかりは絶対にさせませんからね! こんな量を押しつけられたら、穏だって死んじゃいます!」

 

いや、流石に死にはしないだろう。過労で倒れるくらいだと思う。ああでも、過労も立派に死に繋がる要因だし、それはそれでまずいのか。

 

「ならば儂の幸せの礎となれぃ!」

「無茶苦茶言わないでください~! 浩牙さ~ん、早く助けにきて~!」

 

もう聞いてて悲痛になるくらい切実な穏の叫び。正直、お酒関連で祭さんに絡まれると碌な事がないんだけど。と言うか果てしなく面倒だ。かといってこの悲鳴を聞きながら仕事をするのも土台無理な話だし……ここは諦めて助けに行くしかないのか。じゃないと逆に、円滑な政務には戻れそうにない。はぁ~……仕方がないなぁ。

 

今一度手にしていた筆を置き、軽く体をほぐしながら隣りの部屋へと向かう。最悪実力行使の可能性もあるため、体が固まったままだと怪我の元になる。肩や首を回したり、伸びをして背筋を伸ばしたりする度に体が鳴る。さて、一応は巻き込まれる覚悟を決めてっと。

 

部屋を出て移動し、すぐ隣りの部屋の扉の前……から少し離れたところに移動する。中から聞こえる阿鼻叫喚。部屋の中は大丈夫だろうか。主に書簡とか仕事関係の物品。墨が飛び散らかってて、はいやり直し、とかになってるのは絶対に嫌なんだけど。まず間違いなく、いくらか押しつけられるだろうし。

 

「はぁ……。祭さん、穏。入るよ――」

 

しばらく待機していても中の騒ぎが治まる様子は無い。仕方なく、俺はため息を吐きながら扉に近づこうとした、次の瞬間……その扉が突然開き、と言うか俺に向かって猛烈な勢いで吹き飛んできた。

 

「よっと」

 

まあ、こうなる事も予想はしていた。以前に経験あるし。なので吹き飛んできた扉を正面からがっちり受け止める。あーあ、蝶番が完全に壊れてる。これ、誰が修理するんだろ。扉をひとまず廊下に置き、部屋の方へと目を向ける。そこには、部屋の入り口の所でどうにかして外に出ようともがいている祭さんと、その腰に逃がさないとばかりに抱きついた穏の姿があった。

 

ちなみに書簡たちを庇ったか何かしたのか、穏は胸から腹にかけて墨で真っ黒になっている。加えて硯が胸の谷間に刺さったままと言う、これまたなんとも言えない状態。しかも若干涙目だ。うむ、なんて混沌とした光景だろう……。

 

「ぬおっ、浩牙か! ええい、お主も儂の邪魔をするのか!」

「遅いです浩牙さん! 早く祭様をお止めするのを手伝ってください!」

 

祭さんからは恨みのこもった視線を向けられ、穏からは藁にもすがるような視線を向けられる。残念ながらこの状況にぞくぞくするような趣味趣向は持っていないが、代わりにどっと精神的な疲労を感じた。おやじ、俺は今あんたの生き様を実体験しているぜ。もう何度目にもなるけどな! 今ならあんたの気持ちが分かり過ぎてつらいぜ!

 

「とりあえず、祭さんも穏も少し落ち着いて。そして穏は服を着替えてくる事。祭さんは俺と一緒に散らかった部屋の掃除。分かった?」

「ならばそれは酒を買ってきてからする! それでもよかろう!」

「絶対にだめです。もしお酒を買いに行ったら、今日の出来事と、それから貸しにしてあるその他もろもろを全部、冥琳様にばらします」

 

俺の言葉に祭さんがうぐっと言葉に詰まる。幸いかどうかはわからないが、祭さんは色々と俺に借りがあるのだ。お金の事とか仕事の事とか、あと冥琳様に内緒の色んな事とか。

 

「ぬぅ~、最近ますます凌操に似てきおってからに……」

「褒め言葉として受け取っておきます。ほら、手早く片づけて仕事を終わらせましょう。穏も早く着替えてきて」

「むぅ……分かった」

「分かりましたよぅ。くれぐれも祭様を逃がさないでくださいね」

 

俺の言葉にそれぞれ応え、祭さんは逃走を止め穏は真っ黒になった服を自室へと着替えに部屋を出ていく。穏が部屋から離れた事を確認し、俺は大きくため息を吐いた。

 

「やめんか、景気の悪い」

「誰の所為で気苦労が多いのか、一時ほど語り合っても良いですか?」

「嫌に決まっておろう。全く、最近のお主の背には凌操と周喩の二人の影が見えるわい」

「なにそれ怖い……」

 

もしかしておやじの亡霊とか、冥琳様の生き霊とか憑いてたりしないよね? ほら、祭さんの行動が気がかりすぎて落ち着いていられなくなった二人の魂が……うぅ、寒気が。

 

「あぁ……お酒ちゃんが飲みたいのぉ」

「はいはい、仕事が終わったら奢りで飲みに行きま――うぉ!?」

 

行きましょう、と言いきる前に、祭さんの顔が俺の目の前に現れる。その目には言い知れない光が宿っている。もう完全に獲物を前にした狩人の目だ。と言うか祭さん、顔が近い。

 

「本当だな? お主の奢りで飲みに連れて行ってくれるのだな?」

「本当ですよ! ですから早く作業してください。今日中に終わらないと飲みにも行けなくなりますよ?」

「うむ、分かった。そう言う事なら早くしよう」

 

先ほどまでの気だるさが嘘のようにてきぱきと部屋を片付け、未処理の書簡たちを机の上に並べる祭さん。何というか、お酒のためだけにここまで出来る祭さんって、ある意味凄い気がする。この気概をもう何割か、通常運行に割いて欲しいんだけどなぁ。

 

「戻りましたよ~って、掃除が終わっちゃってる~!?」

「遅いぞ、穏。待ちくたびれて先に初めてしまったではないか」

「……祭様、掃除中に頭でも打ったんですか?」

「どういう意味だ、それは」

「い~え~! 別に!」

 

額に青筋を浮かべた祭さんの低い声に、穏がごまかす様にしてあははと笑う。まあ、さっきまで駄々をこねてた人がここまで変われば、そりゃ疑いたくもなるよな。俺だって変貌ぶりをこの目で見てなかったら驚いてる。

 

「じゃ、俺は自分の部屋に戻りますんで。先に終わったらこっちに手伝いにきます」

「うむ、よろしく頼むぞ」

「はいは~い。頑張ってくださいね~」

 

筆を動かしながら応える二人に安心し、部屋を出た俺は立てかけてあった扉をがこんっと入り口にはめ込む。相変わらず蝶番は逝ったままだけど、こればかりはどうしようもない。後で誰かに修理を頼んでおくとしよう。そうして自分の執務室に戻った俺は、乾きかけていた筆に墨を吸わせると途中になっていた竹簡を仕上げるために筆を走らせた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

夕方、無事に冥琳様の不在を乗り切った俺は、祭さんと共に町の酒屋に飲みに来ていた。勿論、祭さんとの約束を果たすためである。自分から奢ると言った手前、こうして条件通りに夜までに仕事を終わらせた祭さんを裏切るような事は出来ない。減給食らってるから、正直懐事情はあまり芳しくないけども。

 

「ぷはぁ~! やはり仕事を終えた後の酒は格別じゃな。のぅ、お主もそう思わんか浩牙」

「まあ、達成感! みたいなものは感じられますね。はい、どうぞ」

「おっ、すまんな」

 

祭さんの空いた杯にとくとくと酒を注ぎ、同じく空いている自分の杯にも酒を注ぐ。そして祭さんと示し合わせたように杯を傾け、酒を同時に喉に流し込む。うん、上手い。流石それなりの代金を払っただけの事はある。偶に高いだけで味は三流みたいなのもあるけど、どうやら今回のは当たりの様だ。高かったけど。

 

「ふぅ、やはり酒は人生の伴侶よな」

「それも良いですけど、祭さんには人の伴侶を出来れば見つけて欲しいところですね」

「ふん、せめて儂を屈服させるくらいの腕を持つものでなければ、話にならんな」

「なんて高い選考基準……」

 

祭さんを倒せる男とか、大陸中を捜しても早々見つからんだろうに。祭さん、このまま独身を貫くつもりなのかな? 祭さんの生き方について他人の俺がどうこう言う資格は無いから、なんとも言えないけど。

 

「そう言うお主はどうなのだ。好いた女子の一人もおらんのか?」

「残念ながら。それに今はまだ、好いた惚れたに気を割けるほどの余裕もありませんし」

「そうかもしれんが……儂はお主のそう言ったところ見た事がないのでな」

「相手がいませんから」

 

好いた惚れたをしようにも、俺にはその相手がいないのだから仕方がない。このままだと、俺も祭さんみたいに長く独身を貫くことになるかもしれん。健全な一人の男としては、是非ともお相手を見つけたいとは思うのだが。

 

「ふむ、そうか? 幼平はどうなのだ?」

「周泰……明命は、どっちかと言うと妹みたいな感じですね」

 

蓮華様と共に幽閉状態にある、呉の諜報部隊の一切を仕切る将、周泰。小柄に長い黒髪、俊敏かつ剣の腕も大したものであり、しかし猫が大好きという可愛らしい少女なのだが、偶におっちょこちょいな所があったりして心配をさせる。だからなのか、俺としては明命は妹に近い感覚だ。残念ながら、恋愛対象には見れない。

 

「お主、もしや枯れておるのではないか?」

「失礼な、これでも立派に一人の男です」

「にしては浮いた話が少なすぎる。今にしても、少しくらいは動揺を見せてもよかろうに」

「動揺を見せたら、祭さんに弄られるじゃないですか」

「ふむ……それもそうか」

 

いやいや、そこで納得されると俺がなんとも言えないに気持ちになるのですが。と言うか弄る気満々で話題を振ってきてたのか。相変わらず油断の出来ない……これが呉の宿将、黄蓋の罠か!

 

「何やら失礼な事を思われた気がする」

「気のせいでしょう。はい、どうぞ」

「むぅ……そうか?」

 

若干首を傾げながらも、祭さんはまあ良いと呟き酒を飲む。俺も今日は飲み明かすつもりで来たので、杯が空いたらすかさず酒を注ぎどんどん腹に流し込む。どうせ明日、俺は非番だ。酔いが抜けきらなくても問題はないだろうさ。

 

そうして酒瓶の数が二桁に達しようとしたその時、ぽつりと呟く様にして祭さんが俺に話しかけてきた。

 

「……凌操の仇を、見つけたそうだな」

「……はい」

 

それは俺が朝、仕事をしながら考えていた事。祭さんにはまだ話していないはずだが、どうやら冥琳様か雪蓮様辺りに聞いたみたいだ。

 

「それで、お主はどうする」

「分かりません。朝もその事をずっと考えていましたけど、答えは見つかりませんでした」

 

そう……結局、俺は仇を前にした時どうするかと言う自問に答えを見つける事が出来ずにいた。どうしても分からないのだ。その時になって、自分が何を思いどう動くのか。

 

「憎い、とは思わぬのか?」

「どうなんでしょう。いえ、確かにそう思うところはあります。でも、戦場で殺し殺されるのは当たり前で、自分が相手を殺すからには相手によって自分が殺される覚悟をする必要がある。おやじは多くの敵を殺して、その結果味方を守ろうとした敵によって殺された。人の生死は戦場の常、そう考えると……なんだかその仇を、憎み切る事が出来ないんですよ。甘い考えだって事は、分かってるんですけどね」

「……」

 

俺の言葉に祭さんは沈黙する。それに俺は構わず、言葉を続ける。

 

「それにもしかしたら、その仇は今や孫呉の一員で、俺の仲間、家族になる者かもしれないんです。そんな相手を、例え親の仇とは言え殺すなんて事……俺には出来そうにありません。その人が蓮華様の信頼を受けている者ならば尚更です」

「だからお主は自分の心には蓋をし、孫呉のために己を殺すと言うのか? それがただの逃げである事は、お主も分かっているはずであろう」

「分かってます、そんなつもりはありませんよ。だからこそ迷ってるんです。どうすればいいのかって……」

 

連続で喋り過ぎて渇いた喉を潤そうとして、ふと杯がからである事に気づく。すると祭さんが、図ったかの様に俺の杯に酒を注いでくれた。

 

「ありがとうございます」

「気にするな」

 

一言お礼を言い、注いでもらった酒を一気に飲み干す。体の底から登ってきた熱が、少し俺を安心させてくれた様な気がした。

 

「正直、どうするかは今はまだ決められないと思います。何をするにしても、要はその人次第なんです。その人と直接相対しない限り、この問いの答えは出ないんですよ、きっと」

「そうか。まあ、それでもよかろう。ぶっつけ本番と言うのも、なかなかどうして悪くない。今ここで、急いて答えを出す必要などないのだからな」

 

そう言うと祭さんはもはやこの話は終いだと言わんばかりに、酒を酒瓶から直接喉に流し込む。豪快と言うかなんというか……まあ、祭さんらしいと言えば良いのかな。

 

「さて、浩牙。今日はここで飲み明かすぞ」

「俺は明日非番なんで構いませんけど、祭さんは明日仕事でしょう?」

「知らん。そんなものは冥琳に任せておけばよい。……付き合ってくれるのだろう?」

「はぁ~……ははっ、勿論ですよ」

 

祭さんの言葉に、俺は苦笑しながら頷く。祭さんの言う付き合ってくれが、一体何に付き合う事なのか……飲み明かす事についてか、それとも冥琳様からの説教についてなのか、俺には分からない。もしかしたらそれ以外の意味なのかもしれない。

 

けどまあ、ともかく今は飲み明かすという意味で捉えておこう。俺のつまらない相談に乗ってくれたお礼も兼ねて。

 

その日、俺たちは結局、酒屋の主人に泣いて追い出されるまで二人で飲み続けた。




悩みの相談相手と言えばやはり祭さんしか思いつかなかったぜ。
そして何故か祭さんのヒロイン力が高いんだ……おかしいなぁ、まぁ良いかぁ。何があろうと確定事項は覆らないもの。

それでは、次回も宜しくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。