真・恋姫†無双 ~凌統伝~   作:若輩侍

13 / 16
改稿済み第十三話です。
こちらは多少手直しを入れただけで、殆ど内容は変わっておりません。

では、どうぞ。


第十三話

俺が抱き続けてきた甘寧との因縁は、互いの武のぶつけ合いを経て一応の決着がついた。と言っても完全にではなく、とりあえずお互いが接する距離の線引きが済んだに過ぎない。完全な和解とは程遠い結果だが、もとより完全な和解など望んでもいなかったのでこれで良しとしよう。要は将としての仕事に影響がなければ良いのだから。

 

ちなみにだが、甘寧と一戦交えたその後、俺は止めの一撃を九節棍で止めようとして手を痛めた穏からねちねちとお説教を食らう羽目になった。正直、寸止めするつもりだったので実は止めてくれなくてもよかったのだが、傍から見た分にはかなり本気の一撃に見えたらしい。

 

まあ確かに、寸止め前提とは言え本気で当てに行くつもりで放ったからなぁ。穏には前日、もしもの時はと頼んでいた分、咄嗟に反応してしまったのだろう。ぷんぷんと可愛らしく怒る穏の前で、脚甲を纏ったままの正座はなかなかに辛いものがあった。無論、辛い部分の九割を足に食い込んでいた脚甲が占める。

 

その後も雪蓮様や祭さんが面白がって弄り倒してきたので、ぶっちゃけ戦いの疲労よりも精神的な疲労の方が大きかった。しかも後から来た甘寧に小さく笑われるおまけ付き。まったく、蓮華様が止めに入ってくれなかった一体どうなっていた事やら。

 

そんなこんなで騒がしい内に合流を終え、その日は兵達の体力を考慮して小休止を取ることが決定した。そして一日の休息を経た翌日の早朝に、俺達は黄巾党本隊が本拠としている出城へ向け行軍を再開する。

 

蓮華様たちが率いてきた戦力を合わせ、増強された今の兵数はおおよそ八千。本城と各地の拠点に最低限残してきた戦力を除き、今この場には呉の全戦力が集結している。しかしそれでも万足り得ないのが今の呉の現状だ。

 

兵の質は高いが、それでも戦いの基本は数。相手を上回る戦力で相対することこそ兵法の基本だ。その点で言えば風の噂に十万の規模を誇るという黄巾党と事を構えるなど無謀の一言に尽きるだろう。

 

もっともそれは、俺達のみで戦を仕掛けた場合だ。大陸に名を馳せる千載一遇のこの機会を、大なり小なり野心ある者ならば見逃すはずがない。俺ですら簡単に考え付く位だ。確実に俺達以外の利に目敏い諸侯が兵を向かわせているはず。

 

瑾の妹が従軍しているらしい劉備という人物の軍勢も、きっとこの戦に参戦している事だろう。朝廷の命という建前の下、それらの諸侯が一堂に会せばどれだけの規模の軍勢となるのか俺には想像もできない。黄巾党を遥かに超えるか、それとも予想以上に少ないか。

 

だが例えどうであったとしても、今この時に黄巾党の命脈が尽きようとしている事だけは確かだと、戦人としての勘が俺にそう告げている。

 

そしてそれは、黄巾党の本拠が間近に迫ったのと同時に確信へと変わる。

 

城を発ってから三日。目的地に到着した俺達の目に映るのは、黄巾党の本拠たる城を前に無数の牙門旗が存在を示さんと風に揺れ、その旗の下に集った猛者達が既に各々陣を張り果敢に城を攻め落とさんと攻撃を仕掛けている光景。

 

集った諸侯が我先にと功名を求め知略と武を尽くし、そしてそれを堅城を盾に黄巾党が迎え撃つ。

 

戦人達の雄叫びを歌い、肉と鉄のぶつかり合う音が旋律を添える。

 

さながら死と野心が渦巻く戦場がそこにはあった……。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「曹、公孫、袁ときて最後に劉。よくもまぁ、これだけの数が集まったもんだ」

 

凄まじい数の兵が居並ぶ壮大な光景を前に、陣の端に立っていた俺はそう独り言ちた。

 

諸侯の陣の場所を考慮した結果、孫策軍は城より南側の位置へと布陣する事となった。というよりも北に曹操、西に袁紹、東に劉備と公孫賛が既に布陣していたため、他軍との衝突を割けるために離れて布陣できる場所が南しか残っていなかった。

 

到着して既に半日が過ぎているが、規模の小さい孫策軍の布陣はそう時間の掛かるものでもなく、おおよそ八割が陣の設営を終えている。その中でもとより数の少ない凌統隊は遠征経験も多く陣の設営に手慣れた者が多いため、早々に布陣を終えて現在は兵達に武装をさせたまま待機をしている。

 

ゆえに俺自身暇という訳ではないが、本陣の設置が終わるまでは時間が空いたため、いずれ矛を交える事になるかもしれない相手の分析に務めている次第である。

 

「被害をおして兵を城に寄せてるのが袁紹軍。曹操軍はその梃入れ程度。劉備軍と公孫賛軍は現在様子見か」

 

目を向けた先、城門の前では金で装飾された鎧を纏う一団が破城槌を携え果敢に城門へと取りついている。その背後からこちらは一転華美な装飾など欠片もない、漆黒の鎧を纏う一団が弓で城壁上の黄巾党達に牽制射撃を仕掛けている。

 

しかしかなり頑丈に作られているのか一向に城門は破れる気配を見せず、袁紹軍の被害が一方的に増している様子だ。曹操軍の牽制射撃も数だけは無駄に多い黄巾党に対してはあまり効果も上がらないらしい。

 

残る劉備軍と公孫賛軍は、そんな袁紹軍を盾にして隙を窺っているといったところだろうか。それともただ袁紹軍が邪魔で攻勢に参加できないだけなのか。まあ、素人目で見る限りではどちらも当てはまりそうだ。

 

「袁紹が軍を引き揚げない限り、正面に部隊を展開させるのは無理そうだ」

 

戦う前から苦戦を強いられそうな予感に自然とため息が漏れる。すると俺の独り言に続ける様にして、背後から呆れを滲ませた声が聞こえてきた。

 

「おまけに左右は狭く、しかして城門は正面の一つのみ。攻め難く守り易し……ここの前任者は何をどうすれば城を奪われることになったのか。そうは思わないか公積」

 

ここにはいない誰かに向けただろう嫌味をたっぷりと含ませた言葉に苦笑しながら、俺は声の主たる我が親友の方へと顔を向けた。

 

「いつにも増して機嫌が悪そうだな瑾」

「当然だ。目と鼻の先に我が最愛の妹がいるというのに顔すら合わせられないこのもどかしさ……あぁ、我が愛しの妹よぉぉぉぉぉ!!」

「瑾のためにとりあえず言っておく。陣の中で大声で叫ぶのは如何なものかと……」

「ハッ!? 確かに……」

 

言われて気付いた様に慌てて口を抑え、カッと目を見開いた瑾が猛然と周囲を見回す。しかし端とは言え、生憎とここは兵達が待機する陣の中。当然周囲にはたくさんの兵達が存在しており、声を潜めでもしなければ周囲に聞かれずにいる事は難しい。

 

ましてや、アレだけ大声で叫ぼうものなら結果は言わずもがなである。

 

俺の左隣りに並び、いつの間にか懐から取り出した鉄扇を広げパタパタと顔を仰ぎながら俺と同じように未だ攻防続く戦場へと顔を向ける瑾の姿は、傍から見れば悠々とした態度で戦場を見つめる美男軍師に見える事だろう。しかし悲しいかな、俺を含め周囲の兵達が瑾に向ける視線は物凄く生温かいものだった。

 

「妹萌えだと?」

「諸葛瑾様は妹萌え」

「あの冷静沈着、眉目秀麗の諸葛瑾様が妹萌え!」

「「「ありだな」」」

 

無言で立ち尽くす俺達の背後からそんな囁き声が聞こえてくる。どうやら瑾の部隊内での立場を心配するは必要はないらしい。というかむしろこの部隊の行く末の方が遥かに心配な気がする。野郎共の荒い鼻息と女性兵達の黄色い声を背中越しに聞きながら、俺と瑾は揃って深いため息を吐いた。

 

まあ、誰でもない俺の部隊なんですけどね。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

太陽が暮れに差し掛かった頃に孫策軍の布陣は完了した。荒野一面だったこの場所には本陣の大天幕を始めとする多くの天幕が並び立ち、兵糧で腹を満たした兵達が出陣の時を今か今かと待ち構えている。

 

そんな中、冥琳様によって呼び出された俺達将一同はこれからの戦の方針について軍議するために大天幕に集まっていた。雪蓮様を上座に軍師と武官が左右に分かれ、大きな卓を挟んで向かい合う光景は、場馴れしていない者にとってはかなり威圧感を感じるに違いない。

 

「では軍議を始める。まずはじめに、皆に見てもらいたいものがある。穏、あれを」

「はぁい、冥琳様」

 

冥琳様に指示された穏がいそいそと何かを取りだす。手に持ったそれは丸められた一枚の布だ。かなり大きなそれを冥琳様は卓の端に位置していた明命と瑾、そして向かいの海苑じいさんに手伝ってもらい卓上に広げる。そこには炭で描かれた一つの図面が記されていた。

 

「これは、黄巾党の籠るあの城の見取り図だ」

 

冥琳様の言葉にその場にいた全員が広げられた図面へと視線を向ける。どうやらこの図面は今回の攻略対象であるあの堅城の見取り図らしい。城内奥の本陣や大型の兵舎、兵糧備蓄用の蔵なども完備されているあたり、図面で見る限りではかなり本格的に籠城が出来るだけの設備が揃っている。所々に小さく補足が書き込まれており、城門付近には一言で簡単に〝破壊は困難〟と書き込まれている。

 

これから攻城戦を仕掛ける俺達にとっては、まさにうってつけの情報と言えるだろう。しかし城内の見取り図など極秘とも言える重要な情報だ。それを手に入れるなど普通は困難極まるはずなのだが……いや、それを口にするのは野暮と言うものだろう。俺は一瞬ちらと明命に視線を向け、そしてすぐにまた視線を元に戻す。

 

「さて、見て分かるとは思うが随分と厄介な城だ。諸侯の軍を相手に今日まで黄巾党が抵抗できたのは、この城があったからこそと言っても過言ではないだろう」

「その点で言えば、奴らにもそれなりに天運があったんでしょうね」

 

雪蓮様が茶化す様に皮肉を言う。それに苦笑を浮かべた冥琳様はそうだなと一言呟くと、改めて視線を見取り図に戻して話を続ける。

 

「だがそれも直に尽きるだろう。城自体は強固でも、その中に籠るのはあくまで人だ。そして人は霞を食んで生きられるものではない。この戦、勝つだけならばこのまま包囲網を敷くだけで痛手を受ける事もなく終える事が出来るだろう」

「被害を出すことなく、籠城する相手にとって最も有効な手段……糧食攻めですか」

 

顎に手を当てぼそりと呟いた瑾の言葉に冥琳様はそうだと頷く。それに雪蓮様が分かりやすく不満の表情を露わにするが、雪蓮様が何か言葉を発する前に冥琳様が「だが……」と呟き話を続ける。

 

「それでは功にうま味が無くなる。我らが欲しいのは名声と言う名の利だ。しかし飢えをもって討伐したなどと喧伝した所で、世の民草から好感など得られはしないだろう」

「あくまで実力を行使した上で黄巾党を討ち果たす必要があるということですか。しかしそれを困難にしているのがあの城の存在……」

「被害は出したくない、でもだからと言って他軍と連携を取ってしまえば名声の利が薄くなる。けれど相手が籠っているのは難攻の城。う~ん、どうしたものでしょう」

「もうめんどくさいからいっその事、正面から突撃しちゃおうよ」

「うむ、儂も策殿に賛成だ」

「何を馬鹿な事を言っているのです、二人とも」

 

頭を悩ませる軍師三人を他所に、あまりにも無謀な発言をする雪蓮様と祭さんに蓮華様がため息を吐く。俺はと言えば横に並ぶ海苑じいさんと共に、城の見取り図と未だに睨めっこを続けている。手持無沙汰にしていた明命も、釣られるようにして俺の横からひょいと顔を覗かせた。

 

「浩牙さん、何か気になる事があるんですか?」

「いや、その気になる所を捜してる最中だ。どうだ明命、お前はどこか気になる所はあるか?」

「えっ、私ですか!? えっと、うーん……」

 

慌てた様子で、明命がむむむっと額にシワを寄せて図面を睨みつける。俺としては軽く聞いただけで別にそこまで悩まなくても良かったんだが、何か彼女を駆り立てるものでもあるのだろうか。

 

「どうだ?」

「むむむ~……あっ」

「何か見つかったのかの?」

 

同じように図面を見ていたじいさんが、声を上げた明命の視線を追う。俺も目を向けたそこは丁度蔵が記されている場所だった。

 

「蔵がどうかしたのか」

「えっと、たぶんここが本丸から見て死角になってると思います。横に兵舎が並んでますから」

「なに?」

 

思案中だった冥琳様が明命の言葉を鋭く聞きつけ視線を図面に落とす。残る全員もそれに続き、この場の全員の視線が図面の一点に集中する。そこは本丸から見て南の位置。兵舎、蔵と建物が続いているせいで、南の城壁の一部が本丸からは完全に死角となっていた。

 

「ここからなら、夜陰に紛れて城内に侵入する事は可能だと思います。そこで火を放てば最低でも兵糧を焼き払えますし、良くて城内を混乱に陥れられると思います」

「なるほど、確かに死角になっているな。だがその分、警備も集中しているとみるべきか」

「食料は重要な生命線ですからねぇ。ここの警備を怠るとはまず思えませんね」

「あっ……やっぱり無理、でしょうか」

 

冥琳様達の言葉に自分が失敗を犯したと思ったのか、申し訳なさそうな顔をしてしゅんと明命が小さくなる。そんな明命の頭をじいさんが豪快に笑いながらわしゃわしゃと乱暴に撫でた。

 

「わわっ! か、海苑様!?」

「かっかっかっ、でかしたぞい明命! ほれ冥琳、あまり明命を不安にさせるでないわ。勿体ぶるのはお前さんの悪い癖じゃぞ」

 

溢れる笑みを抑えられないとばかりにニヤリと笑みを浮かべたじいさんに、冥琳様が苦笑を浮かべてやれやれと首を横に振った。

 

「分かりました。済まなかったな明命。よくぞ気付いてくれた」

「え、あっ、はい!」

 

褒められた事に一瞬遅れて気付き明命が元気よく答える。そしてそこから軍議は先程までの滞りが嘘のように進んでいく。どうやら明命のひらめきが呼び水になったらしい。

 

「祭殿、海苑殿。夜になって諸侯の軍が引き揚げた後、部隊を城門前に集結させてください。それも黄巾党の奴らに気付かれる様出来るだけ派手に」

「それは良いが……派手に夜襲を掛けるのか?」

「いいえ祭殿、掛ける振りで結構。敵の目を城門に引き付けるのが目的です」

「なるほど、囮になる訳か」

 

言って祭さんが頷き、もとより気付いていたじいさんは任せておけと目が語っている。

 

「敵に陽動を掛けた後、明命は先に言った死角から城内に侵入。それと同時に興覇、お前にも別の場所から城内に侵入してもらう」

 

そう言って冥琳様が示した場所は明命の進入路から幾分離れた城壁の一箇所。しかしそこは若干建物の影に隠れてはいるが死角と言える場所ではない、言わば死角よりも遥かに発見されやすい場所だった。

 

「恐らく正面への陽動だけで事足りるとは思うが、備えは多いに越したことは無い。興覇には明命がより動きやすいよう、城内での陽動を担ってもらう」

 

確かに策をより万全に動かすためには有効な手段と言える。しかしそれはあまりにも危険な役目だ。そんな冥琳様の指示に、当然蓮華様が黙っているはずがなかった。

 

「冥琳! あなたは思春に死んでこいとでも言う心算なの!?」

「蓮華様、この戦は我ら孫呉の復興に欠かせぬ一戦。であれば、多少の危険があろうともやって貰わねばなりません」

「それは、しかし!」

「それに興覇は孫呉に加わって日が浅い。顔を合わせたのもつい先日。なればこそ大事なこの一戦で、この先も我らが信頼するに足る実力と、そして確実に使命を果たすその姿勢を証明してもらわなければならないのです」

「……」

 

正論を述べる冥琳様に蓮華様が返す言葉を失う。そんな蓮華様に代わり冥琳様に言葉を返したのは、やはりと言うか話の本題となっていた甘寧本人だった。

 

「なるほど。公瑾殿の言いたい事は理解しました。しかし私が情報を流し、裏切るとは考えないのですか?」

「ふっ、心にもない事を言うものではないぞ興覇」

 

煽りを入れたつもりがそれを冥琳様に余裕の表情で受け流され、逆に甘寧がぐっと口をつぐむ。

 

「だがそうだな、そうならないためにもお前には一人監視を付けるとしよう」

 

ニヤリと笑みを浮かべた冥琳様の視線がとある人物へゆっくと向けられる。それが誰かは考えるまでもない、というか今この場で役割の余っている人物は一人しかいない。

 

はい、どう考えても俺です。本当にありがとうございました。

 

「浩牙、お前に任せる」

「まあ、そんな気はしていました。冥琳様、一応聞いておきます。本当に俺で良いんですね?」

「ああ。むしろお前以外に適任はいないだろう」

 

迷いなく冥琳様がきっぱりと言い切る。確かに色々な意味でこの役目は俺が適任と言えるだろう。今回の監視役に必要なものは監視対象を上回る実力と、もしもの時に情に流されず判断できる決断力だ。

 

実力に関しては先の手合わせで俺が甘寧よりも上手である事が証明されているし、最悪の決断……すなわち甘寧が本当に裏切った時に、殺すか否かを迫られた時も、自分で言うのも何だが即決断、即実行に移せるだろう。俺は蓮華様みたいに甘寧に情を移していないからだ。そしてこれからも移す心算は無い。

 

ゆえに俺は監視役を引き受ける事自体は構わない。例え監視対象が親の仇だとしても、戦に私情を持ちこむほど愚かではないつもりだ。その点で言えば甘寧も俺と同じだろう。当然ながら危ぶまれるだろう連携についても、今回は俺が甘寧に合わせれば済む。もっとも甘寧の実力を考慮すれば、俺が助太刀する必要のある場面など早々訪れはしないだろう。

 

「そう言う訳で、興覇の補助として浩牙を一緒に行かせます。手練の隠密も数人付けましょう。蓮華様にはどうかこれで納得して頂きたい」

「……」

 

冥琳様の言葉を聞き終えた蓮華様は俯き、しばらく無言になった。長い髪に隠れて表情は見えない。きっと胸の中では様々な感情が渦巻いているのだろう。しかしそれを言葉に出すのは憚られるのかもしれない。俺は何か助け船をと思い周りを見渡すも、雪蓮様を筆頭に他の皆は終始見守る姿勢を崩さない様子だ。

 

唯一、明命だけが多少不安そうな表情を浮かべていたが、やはり口を挟む心算は無いらしい。そうして俺が思案に暮れている内に、気を持ちなおしたのか蓮華様が俯いていた顔を上げる。そして溜めこんでいたものを吐き出す様にゆっくりと大きく息を吐き、その視線を冥琳様へと向けた。

 

「分かった。確かに冥琳の言う通りだ。それにこれは、捉え様によっては思春の実力を姉様に証明する絶好の機会なのだな」

「はい。誰よりも危険な役目だからこそ、成し遂げたならば兵達は忠誠を誓い、また民草の人気も上がりましょう」

「思春ならば必ずやり遂げる。私は思春の力を信じているからな」

 

そう言って、ふっと小さく笑みを浮かべた蓮華様が穏やかな視線を甘寧へと向ける。笑みを向けられた甘寧は相変わらず無表情を貫こうとしているが、頬には微かに朱が差していた。意外だな、もしかして照れているのだろうか。

 

「それに浩牙も一緒に行くのならば百人力だ。何せ孫呉一の英傑なのだからな」

「だそうだぞ、浩牙。蓮華様と私の期待を裏切ってくれるなよ」

 

ああ、なるほど。甘寧の気持ちが良く分かった。確かにこれはこそばゆい、というか照れる。甘寧に続いていきなり頂いた過大な評価に咄嗟に礼する事も出来ず、俺はおもむろに視線を外しながらポリポリと頭を掻く。すると向いた先で瑾の半眼と視線がかち合った。

 

「あー……瑾さん?」

「ふむ、浩牙がデレたか」

「ちょっと待て。何か発音おかしかったぞ」

「すまん、噛んだ」

「違う、態とだ」

「しゅまん」

「態とじゃない!?」

「……やっぱり、多少不安に思う所もあると訂正しておくわ」

 

瑾との漫才染みた会話に、一転して素の口調に戻った蓮華様がやや呆れた表情を浮かべる。俺には似合わない賛辞を受けた所為で、思わず照れ隠しに瑾の天然を利用しておふざけを繰り広げてしまったが、こと重要な軍議の場では流石に不謹慎過ぎたかもしれない。

 

あぁ、俺はまたやらかしてしまったのか。気まずさを感じると共に嫌な汗が全身から噴き出そうになる。しかしそれは、次に放たれた雪蓮様の何とも楽しそうな台詞によって跡形も無く吹き飛んだ。

 

「ほんと、浩牙と蒼志がいると堅っ苦しい軍議でも何だか楽しくなちゃうわね。今回はどんなふうに空気を壊してくれるのかなって。いいぞ、もっとやれー!」

 

噴き出そうだった汗が、気付く暇も無くすっ込んだ。というか、それで良いのか雪蓮様と、つい心の中で思ってしまったのは俺だけではないと信じてる。とりあえずは、そこで口をポカンと開けて呆けてる瑾よ。お前が俺の同志である事は分かったから、まずは半開きになってるその口を閉じてはどうだろうか。

 

「雪蓮の影響を受け過ぎたらしい浩牙はともかく、どうして日の浅い蒼志までこうなったのか……」

「それは簡単じゃよ冥琳。浩牙を通して雪蓮ちゃんのが移ったんじゃろうて」

「ちょっと海苑、それ酷くない? 何とか言ってやってよ冥琳!」

「まあ、雪蓮の影響力云々に関してはこの際どうでも良い。とにかく、これで作戦の大まかな方向は決まった。あとは――」

「ぶぅ、冥琳まで酷い」

 

ぶーたれる雪蓮様の抗議をばっさりと斬り捨て、冥琳様が主導する軍議は進んでゆく。何か見落としがないか細部を徹底的に見直し、何度も議論を重ねた結果、ようやく最終的な指揮系統が構築された。

 

結果、囮役である先行部隊は祭さんと海苑じいさん。本体指揮を雪蓮様が執り、その補佐に冥琳様と穏。蓮華様は輜重隊護衛のため後方部隊に位置する事となり、瑾がいるとは言え一時的に指揮官不在となる凌統隊もそこに加わる事となった。

 

そうして案を煮詰めながら、俺達は夜が訪れるのを待つのだった。

 

 

 




次回も宜しくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。