ハートの一船員   作:葛篭藤

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二人を乗せて船が出航した後の話。


6.5話 船出の語らい

「こいつらを乗せて出航した時点で察しはついてると思うが、今日からこの二人はウチのクルーだ」

 

 ローさんの号令で甲板に集まったクルーたちの前に、俺とリーゼは転入生よろしく立たされ、そう紹介された。すでに見知った人々ではあるが、こういうのはやっぱり緊張する。

 リーゼはみんなと初対面だけど大丈夫かな、と思ってちらっと彼女の方を見たが、彼女は特に感情を浮かべることもなくクルーたちを眺めている。その温度のない瞳を見ていると、彼女の置かれていた境遇が頭をよぎり、胸が痛んだ。

 しかし、感傷に浸る間はなかった。ローさんの言葉を聞いたクルーたちは「おォ~!」と歓声を上げると、すぐさま俺たちを取り囲んだ。

 

「なんだよ! 今朝別れを惜しんで損したぜ! へへっ」

「わーい! チトセー、これからもよろしくな!」

 

 両肩をそれぞれがしっと抱かれ、正面からはベポさんの抱擁を受ける。彼らの手放しの歓迎に思わずうるっとなる。それを隠すために、俺はベポを抱きしめ返してそのもふもふの毛皮に顔を埋めた。ハンカチ代わりに使ってごめんな。でも鼻水は拭いてないから勘弁してな。

 幸い、泣きそうになったことはバレずに済んだ。みんなの関心が俺からリーゼに移ったからだ。

 「なァ、ところでそっちの子は誰なんだ?」と一人が当然の疑問を口にすると、また別の誰かが「あれ? チトセが助けた子じゃないか?」と目を丸くした。そんなときでさえ、リーゼは少しもたじろぐ様子を見せない。

 

「え、なんでここにいんの?」

「バルテス屋のところからもらってきた」

 

 そう大雑把に答えたのはローさんだ。「もらってきた」なんて言うとまるでリーゼが戦利品みたいだが、実際に選んだのは彼女なので、ローさんの言葉を不謹慎に思うことはない。むしろ、不思議なことに気安さを感じさせた。

 みんなは興味深そうに、あるいは物珍しそうに俺の横の小さな少女を見つめた。そんな人々の間から「あのー」と誰かの手が挙がる。見ると、手の主はペンギンさんだった。

 みんなの視線がペンギンさんに集中する中、船長は視線だけで続きを促した。

 

「もしかしてその子、“猟犬”ですか?」

「えェー?! “猟犬”って、あの?!」

 

 ペンギンさんの質問にそこかしこでどよめきが起こる。が、中には俺同様ぽかんとしている人もいた。シャチさんとか。

 

「なんですか、その“猟犬”って?」

「知らないのか……って、そうか、お前は知らなくて当然だったな」

「バルテスって賞金稼ぎはこの辺りの海じゃわりと有名でな。その理由のひとつは、統率のとれた奴の私兵だ。しかも人数も多い。そこらの海賊団じゃ、囲まれたら一溜まりもないって話だ」

 

 この世界の情報には疎い俺に事情を知る人たちが解説をしてくれる。それを聞きながら、バルテス・ゲイトの船での光景を思い出した。確かに手下の数は多かった。あれだけの人数に囲まれたら、切り抜けるのは相当困難なはずだ。……普通なら。

 

「ま、ウチにゃ関係ねェけどな!」

「ローさんなんか一人で全部やっつけちゃいましたしね……」

 

 自慢げに胸を反らすクルーの一人に、俺は相槌を打つ。脳裏にあるのは、もちろん例の地獄絵図顔負けの情景だ。思い出すだけで血の気が引く。……うん、ローさんは確実に”普通”の内に入らないな。

 「んで、もうひとつの理由が、その子だよ」と解説は続く。指し示された人物は当然リーゼだ。

 

「バルテスの命令だけを忠実に守り、奴の言うままに海賊を狩る。その姿を評しての“猟犬”だ。しかも、実力は奴の私兵の中でも群を抜いていてるって話だ」

「奴にやられた海賊の中には3000万を超える首もいたが、そいつは“猟犬”がたった一人で仕留めたらしいぜ」

 

 その説明を聞いていたクルーの一人が「ぶっちゃけお前より強いんじゃね?」と隣のクルーをからかうように見ると、同じような調子で「お前よりもな」と返されていた。周りのクルーもそんな二人にニヤニヤとした視線を送った。

 

「その強者が年端もいなかい女の子だっていうんだから、そりゃ有名にもなるよなァ」

 

 最後にそう締めくくったペンギンさんの言葉に、クルーたちはしみじみとした様子で頷いた。

 はあ、なるほどねェ……。最初に窓割って逃走したときからただ者じゃないとは思っていたが、まさかそんな経歴を持っていたとは。

 知らなかったとはいえ、そんな子を海賊船に連れ込んでしまったとはなァ、と自分の行動を振り返っていると、そういえばあのときのローさんの態度を妙に思ったことも思い出した。変にニヤニヤしてて、リーゼの逃走についてもほとんど言及されなかった。

 

「……あのー、すごく今更なんですけど、ローさん、もしかして俺がリーゼ連れてきた時点で彼女がその“猟犬”だって、気付いてました?」

「どうだろうな」

 

 しれっとした様子で返されたのは曖昧な返事だったが、俺には肯定にしか聞こえなかった。

 気付いた上で診察したのか……。マジで食えねェ人だな。

 その気持ちがつい顔に出てしまっていたようで、ローさんはくいっと片眉を上げて俺を探るように見た。

 

「なにか言いたげだな」

「いやァ……ローさ、じゃなかった、えー、船長の部下は大変そうだなァと思いまして」

「なんなら、今からでもやめるか?」

「やめませんよ。わかってるくせに……」

 

 意地悪な質問にジト目で答えると、ろ……船長はフッと、これまた意地悪そうな笑みを口元に浮かべた。これから先いろいろ苦労しそうだなァ……。でも――

 「まァ、せいぜい頑張って食らいついていきますよ」と俺は溜め息混じりに意志を表明した。

 俺と船長の会話が一段落つくと、タイミングを見計らったかのようにベポさんが「ねえねえ」と間に入ってきた。

 

「それでその“猟犬”がどうしてウチにいるの?」

「そりゃあお前、船長の魅力にやられちまったんだろ」

「そのわりにチトセにぴったり張り付いてるが」

 

 その言葉の通り、俺から見ても、リーゼはどちらかといえば船長より俺の方に寄り添うようにして立っていた。じ、自意識過剰じゃない……はずだ。とはいえ、どうしてそうなのかは俺自身よくわかっていない。

 

「まァ、早い話が、チトセに助けられて恩を感じたこいつがついてきたってところだ」

 

 好奇の視線が再び俺の方にも及んできたとき、さらりと船長がそう述べた。俺も含め、みんなが一瞬ぽかんとなった。

 

「え? そうだったんですか?」

「って、チトセ、お前わかってないのかよ!」

「はあ、なんか、気付いたらこんな感じになってて」

「おいおい、“猟犬”、本当にこんなぼやーっとした奴でいいのか?」

 

 一人が冗談っぽくリーゼに聞くと、思いの外鋭い視線が返ってきて、彼と、ついでに俺もちょっとビクッとする。

 

「うおっ、すげェ睨まれた……。この子怖い」

「バーカ」

「あっ、ていうか、みんなさっきから“猟犬”“猟犬”って呼んでるけど、この子にはちゃんとリーゼって名前があるんですよ」

 

 さっきから気になっていたことを指摘すると、「あァ、そうか、そうだな」とクルーたちは納得した様子で頷いた。リーゼだけが心なしかきょとんとしている。

 

「つうか、それを言うならチトセ、お前もいつまでそんな話し方してんだよ。仲間になったんだろ?」

「おォ、そうだぜ! さん付けもなしだ!」

 

 言われてはたとなる。

 

「それもそう……だな」

 

 ただ言葉遣いを変えただけだ。でも、それで仲間としての実感が一気に湧いてきた。

 どうしようもなく嬉しくて、つい頬が緩んだ。だけどそれはみんなも同じみたいで、みんなしてニマニマと笑っていた。客観的に見ればきっとちょっと気味が悪い光景なんだろうけど、そんな状況すら嬉しくて楽しいと思えた。

 

「へへっ、そんじゃいい感じにまとまったところで」

「宴だァー!!!」

「ウオォ~!!!」

「やっぱそうなるんだ」

 

 彼らの陽気な掛け声には、予想していた展開だけに少し呆れた声が零れる。けど、顔が笑ってる自覚はある。結局俺もこの展開を期待していたのだ。

 

「酒持ってこい、酒!!」

「海賊って飲んでばっかだなァ」

「バカ野郎! 今飲まないでいつ飲むっていうんだよ!」

「あっ、ジュースも忘れるなよ。リーゼに酒飲ませるわけにいかねェからな」

「その辺は意外とちゃんとしてるんだな……」

 

 クルーのそんな気遣いに感心するやら呆れるやら。俺のときは結構強引だったけど、やっぱりリーゼくらいの子にお酒を飲ませるのは医療集団として気が咎めるんだろうか。

 

「つーか、えー、リーゼ? お前、今いくつなんだ?」

 

 さっそく覚えた彼女の名前で一人が問いかけると、少し警戒した様子を見せながらもリーゼは「12」と簡潔に答えた。

 その返答に俺は思わず「えっ」と声を上げてしまった。

 

「てっきり10歳くらいかと」

「おお、おれもそれくらいかと」

「小さいもんな」

 

 そう言いながら、ベポはリーゼの頭の位置を手で計る。白クマであるベポのお腹のあたりまでしか身長がない。もしベポが抱きついたら、すっぽり覆うどころか押し潰してしまいそうだ。

 世の12歳ってこんなもんだっけ? うーん、いや、もうちょい大きかったような……?

 心当たりもないのに12歳児の身長について俺が記憶を辿っていると、クルーたちの間から何故か溜め息が零れる。

 

「12かァ……」

「12なァ……」

「12……」

 

 がくりと肩を落として見るからに残念そうな風を装うみんなが、口々にリーゼの年齢を反復する。

 

「なんだよみんな、じゅうにじゅうにって」

「いやー、だってよォ、ようやく念願の女が入ってきたと思ったら……」

「12歳なんてなァ……」

「ああ、そういうこと……」

 

 納得はしたが……まったくこの人らは。

 言葉もなく呆れる俺の横で、ベポが「みんなわがままだなァ」と暢気な調子で呟く。クマであるベポは人間の女の子にはあまり関心がないらしい。

 しかし、まァ、予想通り「クマは黙ってろ!!」というみんなの反撃を受ける。一斉にバッシングされたベポは、「すいません……」といつものように背を丸めた。

 と、そこへ口を挟んだのは船長だった。

 

「……いいじゃねェか。ウチの紅一点として不足はねェだろう?」

「えェ……船長までそんな。そりゃ確かに不足はないですけどー……12歳ってなァ?」

「なァ」

 

 船長がたしなめてもなお、しつこくブーたれる諦めの悪い男たち若干名。

 そんな彼らに「おーい、睨まれてるぞー」と脇から声がかかれば、彼らは瞬時に居住まいを正した。変わり身はや。まァ、リーゼの方は実際には別に睨んでたわけじゃなさそうだったけど。たぶん、普通に見てただけだ。

 だが、リーゼの反応を気にした男たちの中の一人は、コホンとひとつ咳払いをすると「そういや、チトセはいくつなんだ?」と俺の方に向き直った。あからさますぎる話題転換だが、ここは乗っておくのが筋だろう。

 

「俺? 俺は18だけど」

「えっ」

「えっ」

「えっ?」

 

 普通に答えただけなのに驚きの声が返ってきて、俺も戸惑う。

 無言で互いの様子を窺うこと数秒、俺はもの悲しい気持ちになりながら口を開いた。

 

「……何歳だと思ってたんだ?」

「15くらい?」

「うん、そんくらいだと思ってた」

「えェー……」

「童顔なんだな」

 

 確かに日本人は童顔ってよく言うけどさ……。

 実年齢より3歳も下に見られていたという事実にショックが隠せない。

 全身で失望を表す俺だったが、みんなの反応は軽い。

 

「悪い悪い。まァそう拗ねるなよ!」

「そうだ! とにかく飲もう!」

「結局そうやって全部なあなあにするんだな」

「……意外と手厳しいな、お前」

 

 つんといじけた態度をとる俺にたじたじとした苦笑いが返ってくる。ふん、こうなったらビシバシいったるわ!

 

「ていうか、俺ら怪我人と病人なんだが」

「固いこと言うなよォ」

「痛い痛い! バシバシ叩かないで!」

 

 怪我人だって言ってんのに! まったく……。

 俺がむっとしながら叩かれたところをさすっていると、ベポが心配そうに俺の顔を覗き込んできた。

 

「チトセ、一緒に飲まないの?」

「の、飲む! 飲むよ! だからそんなしょぼんとしないでベポ!」

「わーい!」

 

 俺の返事を聞くなり、ベポは笑顔になって万歳をする。愛い奴め。

 簡単に乗せられてしまった気がしないでもないが、まァもともと参加するつもりだったし、いっか。

 

「リーゼはどうする? 嫌だったら付き合わなくてもいいからな」

「……参加、する」

「そっか。具合悪くなったら無理せず休めよ」

 

 リーゼはこくりと俺の言葉に頷いた。

 少し取っつきにくいところがありそうな子だから心配だったけど、ちゃんと自分からこの海賊団の輪に加わる意志があるみたいで安心した。きっとうまくやっていける。

 

「ジョッキ回せー! 乾杯だ、乾杯!」

「よっしゃァー!! 今夜は飲むぞ-!!」

「今夜“も”だろ」

「今夜も飲むぞー!!」

「平然と言い直しやがった」

 

 ジョッキが回るにつれ、がやがやとしたざわめきは大きくなり、高揚感が場を満たしていく。そして、ジョッキが回りきると、宴の始まりの合図を待ち望んでみんなが目を輝かせた。

 今回の音頭もシャチが取るようだった。いつの間にかベポの肩車に乗っていたシャチは、その状態で意気揚々と杯を突き出した。

 

「新たな仲間、チトセとリーゼを加えての船出を祝して……乾杯!!!」

「「「カンパーイ!!!」」」

 

 俺にとって二度目の歓迎の祝杯だった。

 

 

 

「――リーゼ、こんな隅っこの方でなにしてるんだ?」

 

 宴が始まってから早数時間。

 すでにべろんべろんになって床に寝転がっている者もいれば、まだまだこれからという者もいる。

 俺はといえば、なんとかほろ酔い加減を保っていた。しかし、だんだんと襲いかかってくる酌を躱すのが難しくなってきて、「酔いを覚ましてくる」と言い訳して席を離れたところだった。

 それで、どこか休む場所をと探していたら、隅の方に一人佇むリーゼを見つけた。

 リーゼはぼんやりとした様子でドンチャン騒ぎを見つめていた。だが、彼女の中にある感情を窺い知ることはやっぱりできそうになかった。

 俺が声をかけると、リーゼは目だけで俺の姿を確認して、またすぐに人だかりの方に視線を戻した。

 

「…………休憩」

「ああ……あの人ら酔っ払うとすげェ絡んでくるもんな。どうだ? やっていけそうか?」

「……うるさいのは苦手」

 

 静かな声がにべもなく言う。

 ……まァ、そうだろうと思ってはいた。本当に大丈夫かなァ、と俺は再度不安に思い始めたが、「でも」と続いた彼女の言葉に思考を中断した。

 

「……嫌じゃ、ない……と思う」

 

 さっきとは違って、躊躇いがちにリーゼは小さく零した。曖昧で不確かな言葉だったけど、さっきよりもずっと感情のあるその声につい口が笑った。

 やっぱりいらない心配だったみたいだ。

 

「そっか、ならよかった」

 

 そう言って、俺もリーゼと同じようにみんなの方を眺めた。賑やかで、楽しくて、あったかいその光景に、なんだか目がちかちかした。

 

「……これからは、ここが俺らの“家”だな」

「家?」

「うん」

 

 リーゼは不思議そうな顔で俺を仰いだが、もう一度彼らに視線を戻したとき、彼女の瞳にはさっきまではなかった光が宿っていたように俺には見えた。

 二人してしばらく無言で宴の様子を眺めていると、そんな俺たちに気付いたクルーから声がかかる。

 

「おーい、主役二人!! そんな隅でなにしてんだよ! こっち来てもっと飲め!」

 

 荒っぽい誘い文句にくすりと笑みが零れた。

 

「いこっか?」

 

 窺うように俺を見上げるリーゼに笑いかけると、彼女は「うん」としっかり頷く。

 そうして、俺たち二人は眺めていた光景に向かって足を踏み出した。

 

 


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