天竜人の一件から数日後、俺たちハートの海賊団は再びシャボンディ諸島に上陸した。幸い、というか当然の処置ではあるのだが、エースの処刑を控えた海軍はマリンフォードに戦力を集中させており、シャボンディ諸島内は手薄もいいところだった。おかげで、海兵にびくびくすることもなく処刑までの数日を過ごすことができた。
余談になるが、シャボンディ諸島に戻ってから“麦わらの一味”のその後について少し聞き込みをしてみた。他の億超えルーキーをちらほら見かけたから、もしかしたらルフィたちもいるかもと思ったのだが、当ては外れた。それどころか、彼らに関する情報はほとんど得られなかった。まァ、ルフィたちなら絶対無事だよな。
そうして迎えた処刑当日。俺たちはモニターからだいぶ距離を取った場所にある建物の屋上に陣取り、中継の映像に見入った。映し出される戦闘の様子は、俺の想像を遥かに超えるものだった。まさに激動。
その凄烈な戦いに、俺はわあわあと騒ぎ立てるよりもただ息を呑んだ。俺だけじゃない、その場にいるほとんどの人間がそうだった。世界政府と白ひげ、どっちが勝っても負けても時代が変わる。そのことをひしひしと感じていた。
そこへ突然突然ルフィ(とバギー)が現れたときはかなり驚いた。(よく考えれば、これだけの出来事が“主人公”抜きで進むわけはないんだが、)あの事件から一体なにがどうなったらマリンフォードの戦場のど真ん中に現れるのか。しかも、他の“麦わらの一味”はいないみたいだったし。
そもそもどうしてマリンフォードに、と思っていたところ明かされた事実。火拳のエースとルフィは幼い頃を共に育った義兄弟だという。みんなは革命家ドラゴンの息子だってことの方に驚いてたみたいだが、俺にはエースとの関係の方がよっぽど衝撃的だった。
兄を助けにたった一人で時代を動かすほどの戦争に乗り込むそのまっすぐさに相変わらず胸が熱くなったが、何故か胸中に渦巻くのは興奮ではなく不安だった。
大丈夫だよな? ちゃんと白ひげは勝つよな? ルフィはエースを助けられるんだよな?
いや、助けられるに決まってる。不安なのは俺が小心者だからってだけだ、と自分に言い聞かせることで俺は表面上の平静を保った。
しかし、それは起きてしまった。
「白ひげが……刺された……!!!」
傘下の船長に刃を突き立てられた白ひげの姿に、広場は一気にざわめいた。
『お前はおれたち傘下の海賊団43人の船長の首を売り!! 引き替えにエースの命を買ったんだ!! 白ひげ海賊団とエースは助かる!! すでにセンゴクと話はついてる!! そうだろ!?』
画面越しに聞こえてくるスクアードなる海賊の叫びは痛ましかった。
「白ひげが海軍に……仲間を売った……!!?」
「この戦争は仕組まれてたのか?!」
「今までの戦いは?! なんだったんだ……!? 勝負はつかねェってことなのか!?」
広場の人間たちは彼の言葉にどよめき、真偽を問う声がそこかしこから上がる。だが、モニターは真実を映し出すことなくブツンと断ち切れた。
「あっ!! 切れちゃった……」
真っ暗になった画面を眺めながら、ベポが残念そうに零す。すると、ペンギンは「切れたっていうより、切ったんだろ」とつまらなさそうに言った。
「えっ、そうなの?」
「おそらくすべては海軍側の策略……」
「えっ!? え、あ、いや……もちろんわかってたけどな! よくおれの考えを代弁してくれた、ジャンバール!」
どうしても先輩風を吹かせたいらしいベポがジャンバールを褒めることで無理矢理上位を示す。ジャンバールは心が広いのか、あるいはどうでもいいと思っているのか、ベポの言葉にただ頷いた。
白ひげが仲間を売ったのではなく、あのスクアードという海賊が海軍に騙された。だが、それが事実だとして、白ひげが刺されてしまったことに変わりはない。戦況は確実に白ひげの不利に傾いてしまった。
一体これからどうなっちゃうんだよ。エースは本当に助かる、んだよな?
膨らむ不安を払拭したくて誰かにそう確認したかったが、否定されるのが怖くて口を開けずにいた。そんな俺の耳にふとリーゼの声が届く。
「船長、これからどうなるの?」
平坦な声で紡がれた言葉はまさに俺が聞きたかったことだ。
船長の返事を待つ間、俺の心臓はドクドクと落ち着きなく脈打つ。しかし、もったいぶった間を置いたわりに船長の返事は素っ気ないものだった。
「……さァな」
思わずがくりと脱力する俺だったが、船長は別に不真面目に答えたわけではないようだった。その証拠に、船長は暗くなった画面を真剣な眼差しで睨むように見ていた。なにか思うことはあるがそれを口に出すつもりはない、という感じだ。
船長はそれからしばらく無言を貫いた後、椅子代わりにしていた木箱から腰を上げた。
「あれ? 船長、どっか行くんすか?」
「あァ。船を出す」
「船を……って、まさか……」
「……マリンフォードへ向かうつもりか」
「え?」
突然の流れに俺はぽかんとした。
「マ、マリンフォードへ? なにしに行くんですか?」
そう尋ねてみても、船長は答えずにすたすたと歩き出してしまう。
シャチとペンギンにも答えを求めて視線を送るが、彼らはやれやれと肩を竦めるだけだった。まァ、確かに船長の突拍子もない行動(船長にとっては熟考を重ねた末の行動なのだが)なんて今に始まったことじゃないけどさ……。
マリンフォードへ行って、なにをするつもりなのか。なにができるのか。
先の見えない不安が俺の足取りを重くする。そうして船長たちの後ろをとぼとぼと歩いていると、不意に船長がリーゼを呼んだ。俺の隣を歩いていたリーゼはちらりと俺を見やってから、船長の方へと駆けていった。
「……?」
不思議に思って見ていると、船長はリーゼになにやら指示を出しているようだった。だが、声が小さくてなにを言っているのかまでは聞こえない。
リーゼは船長の言葉に二三度頷くと、やがて俺の隣に戻ってきた。
「……船長となに話したんだ?」
「…………」
ここでもまた答えはもらえないようだ。だが、何故かリーゼは俺から視線を外さないまま、じっと見つめてくる。
「えっと……俺、なんか顔についてる?」
そう聞いてみると今度は首振りで返事が返ってきたのだが、どういうわけかリーゼは俺に顔を近づけるよう手で示してきた。一体なんなんだ? と思いつつ彼女の指示通り腰をかがめて目線の高さを合わせると、そこへリーゼの手が伸びてきた。かと思うと、彼女は突然俺の両頬を思いっきり引っ張った。
「いだだだだ!! り、りーふぇ?」
「……船長が、みっともない顔してんじゃねェ、って」
そう言って、リーゼは俺の頬から手を放した。
「……俺そんなに情けない顔してた?」
じんじんと痛む頬を抑えながら聞く。すると、少し迷うような間を置いた後、彼女は一つ頷いた。その後、眉尻を下げて申し訳なさそうに俺を見る。
「強く引っ張れって、船長が。……ごめんなさい」
「はは……、いや、うん、大丈夫。ありがとう」
しゅんとして言うリーゼに思わず笑ってしまう。だが、悪いと思いつつ船長の言う通りにしたということは、それが俺にとって必要なことだと彼女が判断したということだ。どうやら、船長とリーゼに気を遣わせてしまったらしい。
そうだな、なにができるかなんて行ってみないとわからないんだ。ここで不安がってたってしょうがない。
「よしっ!!」
パンッと自分の頬を叩いて俺は気合いを入れ直す。そして、俺の行動に目をしばたたかせるリーゼにニッと笑いかけた。
「行こう!」
そう言って今度は駆け足で船長たちを追い抜く。
「マリンフォードへ行くぞー!!」
「おっ、どうしたんだよ、チトセ。急にやる気じゃねェか」
「へっへっへ、やる気になった俺はすごいんだぜ!」
「なんだそりゃ」
「みんな、俺についてこい!!」
「あっ、それおれの台詞!!」
ガーンとショックを受けるベポの隣で、船長が「一気に騒がしくなったな」と溜め息混じりに呟くのが聞こえてきた。
「千歳、復活!!」
にししと笑ってピースを向けると、「うぜェ」と鬼哭の柄で小突かれた。痛い。
「なァ、ベポ、まだ着かないのか? あとどれくらい?」
「もうちょいだよー」
「さっきからずっと“もうちょい”じゃんか!」
「だって、チトセ5分置きくらいに聞いてくるんだもん」
「おい、次同じ質問したら操縦室から放り出すぞ」
「えェっ!? ひどい船長!」
「当然の処置だ」
シャボンディ諸島を出航すること数十分、マリンフォードへの到着を今か今かと待ち構える俺を船長はすっかりげんなりした様子で見た。「あのまま放置しておくべきだったな」なんて小言も言われたが、俺はめげない! やる気になった俺はすごいのだ。でも放り出されたくはないので、一応お口チャックはしておくことにする。
「…………」
「……うるせェ」
「えっ?! 俺なにも言ってませんけど?!」
「そわそわしすぎなんだよ」
「理不尽!」
騒ぎ立てる俺に一瞥をくれて、船長は盛大に溜め息を吐いた。なんだこのディスられようは。
と、そのときベポがピクリと反応を示した。
「キャプテン! 氷のないポイントに到着しました!」
その言葉にびくっと反応したのは俺だ。一気に心拍数が上昇して、息苦しささえ感じる。
「浮上しろ」
船長が静かに命令した。
いよいよだ。頑張ってテンションを上げてみたが、やっぱり怖いものは怖い。
震える指先を握り込んで、ゆっくりと深呼吸をした。そして、隣のリーゼにこっそりと声をかける。
「……俺、みっともない顔してないかな?」
「大丈夫」
たぶんすごく強張った表情をしていたんだろうけど、リーゼが躊躇なく頷いてくれたのでそれを信じることにした。
船が浮上する。俺たちはすぐに外に出られるよう甲板へ続くドアの内側で待機していた。
「いいな、ジャンバール。お前はおれの指示に従うんだぞ!」
「なァ、白ひげどうなったかな」
「おれに聞くなよ」
「あの状況から持ち直すのは、いくら伝説の海賊“白ひげ”といえど難しいはずだが……」
交わされる会話に黙って耳を傾けていると、不意に船長が口を開いた。
「……おれたちの目的は、この場から“麦わら”を逃がすことだ」
直前になって明かされた船長の狙いに俺はごくりと唾を呑み込んだ。異論はもちろんない。だが、みんなの会話と照らし合わせて考えると、どうにもよくない結果ばかりが浮かんでくる。
「あの……火拳は……?」
「……生きてりゃ、一緒に逃がすさ」
と船長がそう答えたとき、ザバァっと水を掻き分けて船は海面へ顔を出した。
ガコっと鉄の扉を開けると、一気に硝煙の臭いが船内へと流れ込んでくる。船長に続いて甲板に出ると、視界を占拠したのはシャボンディ諸島でモニター越しに見ていた光景だった。だが、最後に見たときよりも遥かにひどい有様になっている。島全体は炎と煙に包まれており、建物や軍艦の残骸が散らばる広がる地面はひび割れ、多くの人間が血溜まりに沈んでいる。
そんな中真っ先に目に飛び込んできたのは、空中に浮かぶ物体だった。
「麦わら屋をこっちへ乗せろ!!」
船長はその空飛ぶなにかに向かってそう叫ぶ。あれは……バギーか! しかも、腕に抱えているのは七武海の“海峡のジンベエ”と、ルフィ……!!? 二人とも血まみれな上に、見たところ意識がないようだった。さっと辺りに視線を巡らせてみるが、エースの姿は……ない。
「ム・ギ・ワラヤ~~~!? あァ?! テメェ誰だ小僧!!」
「麦わら屋とはいずれは敵だが、悪縁も縁。こんなところで死なれてもつまらねェ!! そいつをここから逃がす!! 一旦俺に預けろ!! おれは医者だ!!」
「だからどこの馬の骨だってんだ!?」
船長の必死の呼びかけに、何故かバギーは答えない。そうこうしているうちに、沖から軍艦が回り込んで砲撃を撃ってきた。
「急げ!! 二人ともだ、こっちへ乗せろ!!」
船長が焦りを滲ませて叫ぶ。それと同時に、突然船が大きく傾いた。
「うわっ、なんだこれっ?!」
「波……いや、海が傾いてる!! 白ひげの能力か……!?」
俺たちはみんな必死になって欄干に掴まり、なんとかその揺れを乗り切った。幸いと言うべきか、その揺れのおかげで軍艦はこちらを砲撃する余裕がなくなったようだった。
今のうちに、と思ったそのとき、突然ピュンと光の筋が飛んできた。それはバギーの上着の襟を貫いて氷海に大爆発を起こした。
それが飛んできた方を見ると、氷海に乗り上げた軍艦のマストの上に人影があった。
「“黄猿”だ!!」
「よしっ!! 任せたぞ、馬の骨ども!! せいぜい頑張りやがれ!!」
黄猿の姿を認めると、バギーは真っ青になって俺たちにルフィとジンベエを投げて寄越した。
「受け取れ! ジャンバール!」とベポが合図するのと同じタイミングでジャンバールがルフィたちをキャッチする。
無事二人を受け取ったことを確認するや否や、船長は「海へ潜るぞ!!」と指示を出した。しかし、黄猿がそう易々と俺たちを逃がしてくれるはずもなく、奴の指先はレーザーを撃つための光を宿していた。
「くそ……」
船長がそう呟いたとき、俺が思ったのは、こんなところで終わるはずがない、ということだった。そして、その通りだった。
「そこまでだァアア~~~!!!!」
誰かの叫び声が戦場に木霊した。
「もうやめましょうよ!! もうこれ以上戦うの、やめましょうよ!! 命がもったいないっ!!!」
誰の叫びなのかはわからない。だが、涙混じりのその声はとても、とても悲しそうで、思わず胸が苦しくなった。
その誰かの訴えかけで黄猿の攻撃は中断され、それどころか戦場全体が数秒時を止めた。
「急げ!! 急いで中へ!!」
その数秒を無駄にすまいと俺たちは急いで船内へと駆け込んだ。
血まみれの二人を大急ぎで手術室へと運び、手術台に乗せる。
初めて間近に見る“麦わらのルフィ”はボロボロで、今にも死にそうに見えた。だが、余計なことを考えている暇はなかった。みんなの指示に従って、俺も手術の準備を整えるのを手伝う。
それから間もなくすると船は動き出し、船長が手術室にやってきた。その手には何故かルフィのトレードマークである麦わら帽子がある。
「すぐにオペを始める」
船長がそう言うと、みんなが「アイアイ」と声を揃えて答えた。その間にも、船は全速力で海底へと潜っているようでぐわんぐわんと上下左右に揺れる。しかし、みんなは慌てることなく手術を始める体勢を整える。その横で、ふと船長が俺に麦わら帽子を渡してきた。
「これ持って出てろ」
麦わら帽子を受け取って、俺は頷いた。これだけの大手術で俺にできることはなにもない。いても邪魔になるだけだ。
慌ただしく手術に取りかかる船長たちに心の中でエールを送ってから、手術室を出た。すると、出てすぐの所にリーゼとベポがいた。俺を見る二人の視線は気遣わしげだ。
「チトセ、大丈夫?」
心配そうに聞いてくるベポに俺は苦笑した。
「変なこと聞くな。俺は、大丈夫だよ」
手の中の麦わら帽子にそっと視線を落とし、さっき見た瀕死のルフィを脳裏に思い浮かべた。
――大丈夫だ、ルフィはこんなところで死なない。船長だってついてる。
こんなところで終わるわけない。それはもはや俺の中で確信となっていた。だから心配はしていない。
ただ……ルフィは、エースを救えなかった。
そのことだけが悔しかった。
週末の間に奇跡的にランキングに入ったようで…恐れ多すぎてガクブルしてました。
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これからも楽しんでいただけるよう、精一杯がんばります。