ハートの一船員   作:葛篭藤

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第9話 立ちはだかる影

「海賊だよ!! 天竜人を殴り飛ばしたんだ!! 競り落とした奴隷だってまだ中にいるのに……! ……トラファルガー・ロー? いや、海賊の名前はよくわからんが……、変なクマを連れた奴と赤い髪の奴も一緒だった。あいつら、きっとグルだったんだ!」

 

 海軍が取り囲むオークションハウスを遠巻きに眺める野次馬に紛れ込み、手近な人物に事情を聞いてみた。どうやらこの男はオークションに参加していたらしく、競り落とした奴隷のことが気がかりでこの場に残っているようだ。

 にしても、クマを連れた奴って……十中八九船長のことだろ。

 

「やっぱり、中に……」

 

 まァ、最初の海軍の勧告を聞いた時点でわかってはいたことだが。……信じたくなかったんだよバカァ!!

 

「ちょっと待ってくれよ……なんでこんな……」

 

 まさか恐れていたことが本当に起きてしまうなんて……。半分冗談のつもりだったのに!

 なんで天竜人を? いや、あいつらむかつくし、ぶっ飛ばしたくなるのもわかるけど……。もしかして、ゾロみたいに天竜人を傷付けたら海軍大将がやってくるって知らなかったのか? ああもう……ルフィたちのことはすごく応援してるけど、今ばかりは恨むぞ!

 

「チトセ、大丈夫?」

「うん……」

 

 心配するリーゼにそう答えたが、正直このとんでもない事態に俺のチキンハートは参っていた。

 だって、海軍大将が来るんだぞ? 赤犬、黄猿、青キジ……誰をとっても、きっとこの島で奴らに敵う人間はいない。……船長も。そんな奴ともし会ってしまったらなんて、考えるだけでぞっとする。

 でも、まだ事件は起きたばっかだし、すぐに逃げればなんとか大将には遭遇しないで済むか?

 

「はぁ……船長たち、今どうしてるんだろう」

 

 一生懸命人混みの向こう、そして海軍の包囲網の奥にあるオークションハウスを見つめるが、当然ながら建物の中の様子が見えるわけではない。

 

「心配?」

「そりゃね……」

「……船長なら、大丈夫」

「……うん」

 

 年下の女の子に慰められる俺かっこ悪い……。でもまァ、リーゼの言う通りか。海軍大将はキツいとしても、これくらいの包囲網を突破するくらい船長ならわけないし。むしろこの状況を楽しんですらいそうだ。あァ、あの人のドヤニヤ顔が目に浮かぶようだよ……。

 別に楽しんでてもいいですけどね、大将が来る前に早く逃げてください! ってわけで、早く出てきてください!

 と、俺のその気持ちが船長に届いたのか、彼らがオークションハウスから出てきたのはそれから間もなくのことだった。

 

「海賊たちが出てきましたっ!!」

「三人……全員船長です!!」

 

 ざわりと海兵たちの間に動揺が走る。野次馬たちは一目でも海賊たちを見ようと、一層互いを押しやった。その中を、俺とリーゼも人波を掻き分けて前へと進んだ。

 なんとか最前列に抜け出ると、包囲網の隙間から微かに人影が見えた。海兵の言った通り、船長が三人。ウチのロー船長と、“麦わらのルフィ”と、ユースタス・“キャプテン”キッドがオークションハウスの前でドーンと仁王立ちしている。

 こんな状況なのに初めて目にする生のルフィに興奮が隠せないよ、俺は!! さっきまで心配すぎて胃が痛いかもとか思ってたのに、そんなの吹っ飛びましたよ。だって、本物!! あ、あれ……? おかしいな、涙で前が見えないよ……。

 なんてバカをやっているうちに、海軍の攻撃が始まった。

 

「迫撃砲!! 撃てェ!!」

 

 声と共にいくつもの砲撃音が辺りに轟く。俺は息を呑んだ。心配して? いやいや、あんなもの船長にも、他の二人にも効きやしないことはわかり切っている。俺が息を呑んだのは、そう! ルフィが“ゴムゴムの風船”で砲弾を弾き返したから!!

 

「ふ、ふくらんだー……!!」

 

 ……我ながらバカみたいな感想だ。隣のリーゼの視線が心なしか生温かい。

 そうこうしているうちに、三人の船長たちはあっという間に海軍を蹴散らしてしまった。いやー、億超えが三人揃うと壮絶だね……。個人的にはあの中には絶対に混ざりたくないなァ、と思っていると、オークションハウスから見知った人々がぞろぞろと出てきた。

 

「あ、ペンギンたち……って、あれ? ゾロもいる」

 

 元々1番グローブを目指してたわけだし、いてもおかしくはないが……。でも、船なくないか? ここ。番号間違えて覚えてたのかな。ゾロならそれもあり得るってこの短時間で思えるようになったよ、俺は。

 

「あァ、それにしても、今スマホがあったら激写するのになァ……!!」

 

 ”麦わらの一味”勢揃い! (ガイコツがいる気がするんだが、気のせいか?)今ならウチの船長とルフィとでツーショットとか撮れるかもしれん。なんならキッドさんも一緒にスリーショットでもいい。むしろそれもほしい。

 まァ、スマホどころかカメラもない現状じゃ、全部無理だけどな!! わかってるよバカ! 仕方がないから心のシャッターを切ることにするよ。

 大乱闘の中、海兵たちを次々と吹っ飛ばしながら逃げていく“麦わらの一味”を瞼の裏に焼き付けるようにガン見した。あ、もちろんベポの勇姿もちゃんと見てるからな! ていうか、船長は?

 きょろきょろとベポの周辺に目を走らせるが、船長は見当たらない……と思っていると、不意にリーゼが俺の服の裾をくいっと引っ張った。

 

「ん? どうした?」

「船長が、来いって」

「え?」

 

 どういうこと? と問い返す間もなく、リーゼは俺の手を引いて人混みから抜け出た。すると、当然ながら近くの海兵が俺たちを止めに掛かった。

 

「そこの二人! 止まりなさい! そっちは危険……」

 

 そう制止の声を上げる海兵を遮ったのは、リーゼだった。駆け寄ってくるその海兵と一瞬で距離を詰めると、彼女はそいつの脇腹に容赦ない回し蹴りをお見舞いした。ちなみにリーゼの靴底には鉄板が仕込まれているので、遠心力を利用すれば体の小さい彼女でもかなり威力のある蹴りを繰り出すことができるのだ。その証拠に、蹴られた海兵は悲鳴を上げることもなく地面に倒れ込んだ。味方ながら恐ろしい……。

 近くの人混みから悲鳴が上がるが、リーゼは気にした様子もなく「チトセ、早く」と俺を急かした。俺は時々その動じなさがうらやましくなるよ。

 そのまま戦場のただ中を駆け抜けてオークションハウスへと向かっていくと、途中で跳び蹴りをするベポとすれ違った。

 

「アイアイ~~~!!」

「ベポ!!」

「え!? チトセ! リーゼ! なんでここに?!」

「いや、それがたまたまとしか言いようがないんだけど」

 

 言葉を交わしている間にも、海兵たちは襲いかかってくる。しかし、俺とリーゼに気付いて戸惑っている隙に、ベポがお得意の蹴りで一掃する。

 

「アイヤ~~~!!」

「なんて機敏なクマだ!! 手に負えねェ……!!」

「しかし、なんだって子供がこんなところに……! まさか、彼らも海賊の一味なのか?!」

「それより、なんでクマが言葉をしゃべるんだよっ!!」

「「すいません……」」

 

 ベポに合わせて謝ると、すかさず海兵から「なんか打たれ弱いっ!!」とツッコミが入る。こんなときでもツッコミを忘れない、そんな彼らに俺は敬意を払いたい。

 

「おい、なにバカやってる」

「あっ、船長!!」

「急げ、橋を壊す」

「えェっ?!」

 

 どういうわけか背後に大男を連れた船長は現れるなりそんなことを言うので、俺はいろんな質問を呑み込んでとりあえず走り出した。橋を半ばまで渡りきると、例の大男が素手で橋を叩き割った。

 すげーパワーだな……。それに、なんかこの人見覚えが……

 

「んん? もしかしてジャンバール?!」

「そうだが……おれを知っているのか」

「手配書を見るのが半分趣味みたいなものなんで」

「……トラファルガーの部下なのか」

 

 あっ! その目は知っているぞ……。「こんな子供が」とか、そういうこと考えてるんだろ! こう見えても(どう見えてるかは知らないが)俺18歳ですから! みんなが思ってるほど子供じゃないですから!

 この辺ではっきりさせておいてやる……。

 

「あの、俺こう見えても……」

「おれの子分その1だ!」

「えェっ?! ベ、ベポ? なに言ってんの?!」

「手下その2はこっちの女の子だ! お前は新入りだから、手下その3ね!」

「えええ?! ちょっと待ちなさいベポくん! 聞き捨てならんよ?!」

「……奴隷でなきゃなんでもいい」

 

そこは諦めちゃダメだ! ちゃんとNOと言える人になろうよ、ジャンバールさん!

 

「なァ、ていうかさ、なんでこんなことになってるんだ?! いい加減それを誰か教えてくれ!」

「麦わら屋が天竜人を殴った」

「せんちょおおお!! 問題は起こさないでくださいって言ったのに……!!」

「だからやったのは麦わら屋だっつってんだろ。おれたちは巻き込まれただけだ」

「だ、だったら俺とリーゼまで巻き込まなくてもいいじゃないですか! せっかくあのまま一般人のフリして船まで戻ろうと思ってたのに……」

 

 恨みがましさを滲ませて言うと、船長は「バカか」と鼻で笑った。

 

「おれの目の届かないところでお前らに何かあっても、おれにはどうすることもできねェだろうが」

「せ、船長……っ!!」

 

 俺一生あなたに付いてくよ!! 元からそのつもりだけど!

 

「船長!! あれ……」

 

 不意に前方を走っていたシャチがこっちを振り返って叫んだ。指差す方向には、ユースタス・キッドと、彼の前に立ちはだかる大きな人影がある。

 

「あれは……!!」

 

 俺たちはみんな息を呑んでその人物を見た。

 

「なんで“七武海”がこんなところに……!!」

 

 そう、そこにいたのは“七武海”のバーソロミュー・くまだった。

 奴は俺たちを、正確には船長を見るとその名を呼び、そして放った。なにを? ビームをだよ!!

 ピュンと、そしてボーンと。船長がいたはずの場所はあっという間に焼け焦げた。

 

「ギャー!! 船長!?」

「キャプテン!!」

「ここは海軍本部とマリージョアのすぐそば。誰が現れてもおかしくはない……!」

「後ろから海兵が来るぞ!!」

 

 あっちもこっちもてんやわんやだ。なんだこれ、こっちの方がよっぽどピンチじゃないか?

 

「手当たり次第か、こいつ!! ……トラファルガー、テメェ邪魔だぞ」

「消されたいのか。命令するなと言ったはずだ」

 

 うああ、船長生きてた!! いやっ、もちろん船長があんな攻撃でやられるわけないってわかってたけどな! でもよかった……!

 

「船長ー、今はユースタスと張り合ってる場合じゃないですって! お互い協力していきましょうよー!」

「ハッ! テメェんとこのクルーは随分と腰抜けだなァ? トラファルガー」

「…………」

「ちょっと船長!? そこは嘘でもいいからなんか言い返してくださいよ!」

「お前に関しては否定できねェ」

「うぐっ……」

 

 なんてふざけてる間にもまたビームが船長たち目がけて飛んできたァァア!!

 船長とユースタス・キッドはひょいっと跳んでそれを避けるが、反撃する暇もなく次から次へとビームが飛んでくる。口とか手からビームって、あれはほんとに人間なのか? なんか発射口みたいなのが掌に付いてるし、口からビーム吐いたあとは煙も吐いてるんだが!

 それにしても、船長とユースタスばっかり狙いすぎじゃないか? そりゃ船長だし、頭から潰すってのはおかしくはないんだが……なんだか妙な感じがする。

 

「おい“七武海”!! おれたちもいるってことを忘れてんじゃねェぞ!」

 

 そう言ってバーソロミュー・くまの前に躍り出たのはキッド海賊団の一人だった。そいつは大きく息を吸い込んだかと思うと口から炎を吐き出し、バーソロミュー・くまはあっという間に炎に包まれた。

 

「どうだ! 黒焦げだぜ」

「いや……」

 

 バーソロミュー・くまはその身を包む炎を一振りで振り払ってしまった。さすが“七武海”、そう簡単に倒されてはくれないようだ。

 そして再び始まるビームの猛攻。

 船長が“ROOM”でサークルを作ろうとしても、すぐにまたビームで邪魔される。ビームビームって鬱陶しいなァもう!! 船長も同じように苛立ちを感じているのか、避け様に舌打ちをする。

 

「“七武海”のくせに光線ぶっ放すしか脳がないのか」

「船長! あんな奴早く細切れにしちゃってください!」

「ジャンバール! 少し時間を稼げ!」

「任せろ」

 

 船長の命を受けてジャンバールがバーソロミュー・くまに掴みかかろうとしたのだが、それを阻むようにユースタス・キッドが前へ出た。

 

「邪魔だっつってんだろうが、テメェら! 下がってろ、おれがやる!!」

 

 オークションハウス前での戦闘でも一度見たが、ユースタス・キッドは剣やら鎖やら鎧やら様々な金属類を、今度は両腕に纏っていた。それでバーソロミュー・くまを地面に向かって思い切り叩きつける。ズドンと地面が大きく揺れ、奴の巨体が地面にめり込んだ。普通の人間なら無残にペチャンコになっているところだ。……やった、のか?

 

「手間ァかけさせやがって」

 

 余裕ぶった態度でユースタス・キッドはバーソロミュー・くまに背を向けた。しかし、まだ戦闘は終わっていなかった。

 バーソロミュー・くまはギギギと軋んだ動きで起き上がると、掌の発射口をユースタス・キッドの無防備な背中に向けた。うわっ、やられる……!!

 

「キッド!!」

「キッドの頭!!」

 

 キッド海賊団の人たちが思わず声を上げたそのとき、ブゥンと辺りに薄い膜が広がった。

 

「邪魔なのはお前の方だ、ユースタス屋!」

 

 船長はそう言って構えた鬼哭を振り抜いた。サークル内のバーソロミュー・くまはスパンと真っ二つに切れた。おかげで狙いの逸れたビームはユースタス・キッドに当たることなく地面に直撃する。

 

「チッ、トラファルガー、テメェ余計な真似しやがって……!!」

「手出しが嫌なら自分でさっさと仕留めるんだったな」

 

 と憎まれ口を叩いたはいいのだが、実はこれでもまだ戦闘は終わっていなかったのだ。驚いたことに、上半身と下半身がバラバラになっても尚、奴は俺たちをビームで狙い撃ってきた。もっと戸惑いとかそういうのあるもんじゃないのかよ!?

 

「せ、船長ォ、あれほんとに人間なんですか?!」

「さァな……ただ、少なくとも“七武海”のバーソロミュー・くまじゃなさそうだ」

「へ?」

 

 船長が苦々しい様子で答える。バーソロミュー・くまじゃない? なら一体、あいつは……。

 

「とにかく今はここからずらかるぞ。後ろから海軍も来てる。これ以上ここで足止め食らってるわけにはいかねェ。レーザーが撃てようが、あれなら追ってはこれねェだろ」

 

 そう言って、船長は「行くぞ!」とベポたちに叫んだ。すると、さっさと逃走を決め込んだ俺たちをユースタス・キッドはバカにしたように笑った。

 

「ケリがついてねェうちに退散たァ、テメェも大した腰抜けじゃねェか!」

「なんとでも言え。そんなのにいちいち構ってるほど、こっちは物好きじゃねェんだよ」

「なに……?」

 

 船長の言葉にユースタス・キッドは怪訝そうな顔をする。“七武海”を「そんなの」呼ばわりしたのが気に掛かったのだろう。彼は何かを言おうとしたようだったが、船長は構わず走り出したので俺も慌ててその後を追った。

 

 そうして、俺たちはなんとか戦線離脱を果たして船へと帰り着いた。船員たちが全員揃っていることを確認すると、船は素早く海底へと潜った。

 ほっと一息吐いた俺の脳裏にふと思い浮かんできたのは、ルフィたちの走り去る背中だった。

 ――ルフィたちは大丈夫だったかなァ……。

 

 




頂上戦争のところ読み返してたらガチ泣きした……。心折れるわ……。


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