とある暗部の暗闘日誌   作:暮易

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episode27:乖離能力(ダイバージェンス)③

 

 

 

 澄み渡る青空へ、紫色に帯電した光の柱がそそり立つ。ギザギザと曲がった落雷をまっすぐ直線形にでも引き伸ばしたかのような、轟音を伴った砲火だった。

 しかして、その輝きは儚く。瞬きする合間に、光柱は断ち消えた。

 

「うああああーーーッ、うあーーあッ!」

 

 陽比谷少年の雄叫びは、彼自身が放ったプラズマビームの音に上塗りされ、誰の耳にも届かなかった。

 強引に引き剥がされた電子が大気を引き裂き、振り切れた高温が空気を乖離させ、さらには宙を漂っていた小さなゴミやホコリが焼き焦げる。それが、音響の正体だ。様々な現象を内包するが故の大音量だった。

 

 

「うるせえよバカ野郎ッ!眩しいだろうがッ!てか今の、放射線とか紫外線とかマジで大丈夫だったんだろうなッオイッ!?」

 

 あまりにも強く輝いた光量は、陽比谷の粗相などいくらでも見慣れていた眞壁にすら、危機感を抱かせたようだ。

 

「ふぅ。手加減ならしましたよ。安全です。街中で本気は出せませんよ」

 

「んっとだろうな……」

 

 陽比谷は口惜しそうに言い放ち、乱雑にサングラスを剥ぎ取った。レンズが剥がされると、スッキリとした穏やかな素顔が顕れた。先ほどまで露にしていた怒りなど、どこにも無い。彼の雰囲気は既に、がらりと落ち着いたものに変わっていた。

 

 他のメンバーも釣られたようにバイザーを外し、話題の中心へと歩み寄る。

 

「ごめんねひびやくん!ごめんなさい!急に気分が悪くなっちゃって、ぜんぜん集中できなくなっちゃって……自分でも理由がぜんぜんわからなくて……」

 

「ああ、良いんだよ鷹啄さん、気にしない気にしない。どのみちあのノッポ君にはまったくヤる気なさそうだったから仕方なかったさ」

 

「大丈夫です!陽比谷さんは逃がしただけで負けたわけじゃないですっ!」

 

 息も荒く詰め寄る印山に、庇われた当人はバツが悪そうに目と話を逸らす。

 

「はは、ありがとね印山ちゃん。おかげでダイナソーを見つけられた……と言っていいのかはわからないけど、貴重な出会いだったのには間違いなかったよ。君のおかげだ。とは言え、さて、次はどうしようかな。あの恥ずかしがり様じゃ今度は見つけることすら難しそうだしなぁ」

 

「それじゃあの人、本当に"第六位"だったかもしれないんですか?だとしたらものすごい発見じゃないですかっ!」

 

「確証はないよ。僕のカンがそう言ってる、ってだけで。証拠も無いし」

 

「ま、俺もあいつはけっこうイイ線いってたと思うぜ。同じくカンで」

 

 眞壁は話に飛び入るや、矢庭に賛同した。そのまま陽比谷と内心を確かめ合うように目を交わすと、次に両者は視線を、さらなる意見を求めるように岩倉へと向けていた。

 

「んん。……そうですね……彼は場慣れしていましたし……言葉にし難い『危険な雰囲気』を纏っていたようにも思えました。ですから見ていて焦りましたよ、陽比谷君」

 

「何時ものことじゃないですか」

 

 即興で返ってきたのは、肩をすくめて茶化すような反応だった。嗜めるように唇を尖らせていた岩倉は腕を組んだ。ほんの僅か、不満そうに彼女は言葉を継ぐ。

 

「"紫雲(しうん)さん"対策の断熱スーツが思いがけず役に立って幸運でしたね?」

 

「うぐ。それは……完全に同意するよ。全くと言っていいほど不安を感じなかった。やっぱり実用品には手間暇掛けて最良の物を選びましょうって話かな。このスーツ、手放せなくなりそうだ」

 

 そう言いつつ、陽比谷はぴったりと張り付いた、ダイビングスーツにも似たそのスーツの胸元に手をかけた。彼は襟を引き伸ばして浮かせると、空気を送るように上下させ始めた。

 

「そうですか?機能優先で着心地はお話にならないと思いますが」

 

 岩倉の皮肉に、眞壁も頷きを返している。2名はともに、真夏日だというのに暑苦しそうな長袖の服装だった。自ら衣服を燃やす前の陽比谷と、同様の格好だ。

 涼しそうな表情で精一杯隠し通されているものの、岩倉の肌はしっとりと汗ばんでいる。眞壁も似たような様子だ。

 両名は陽比谷をやや恨めしそうに見つめかえす。

 

「う、うぅん。でもやっぱり、一番いいのは着なくて済むようになることですかね。夏だと流石に暑いですもんね、うん。こんな時ばかりは"冷凍庫"どもの力でも羨ましい」

 

「俺らも我慢してんだぞ?お前はジャージだけでも脱げて良かったと思え」

 

「それなら眞壁さんも脱ぎましょうよ?一緒にどうです?」

 

「ふざけろ。で?結局あいつのことはどうすんだ」

 

 眞壁の問いに、皆が押し黙った。ところが、沈黙は一瞬。陽比谷がすぐさま、軽口を叩くように答えていた。さも何一つ問題はないと言わんばかりの、余裕綽々の態度とともに。

 

「……はぁあ。どうしましょうか。あれだけ不格好にも名乗ったからには、何かあれば真っ直ぐ僕のところへ来てくれるとは思うんですけど」

 

「ああ、さっきのアレか」

 

「彼、想定してたよりも――岩倉さんが言ったように警戒心剥き出しで、なんだか野生動物みたいな反応してましたからね。皆さん、もし何かあったら僕にすぐ伝えてください。すみませんね」

 

「まあそれに関しちゃ皆覚悟の上だった、と言いたいところだが。印山ちゃんの件は――」

 

「当然、僕が抜かりなく気を配ります」

 

 話題が自らの話に移ると、印山は果敢に話に混じる。

 

「あのぅー。たぶん、大丈夫だと思います。最初にあの人に気づいた時、ワタシすっごい睨んでたんですけど、目があってもあの人、飄々としてて。……優しそうに見えたん、です。けど。少なくともあの時は……」

 

「色々不安だろうけどご心配なく。僕たちが付いてるからね」

 

「あ、はい。"火薬庫"の皆さんに守ってもらえるんですよね?だったらちっとも怖くないです!」

 

「うえ!?ちょ、ちょっと印山ちゃん、"火薬庫"なんて誰に聞いたの?」

 

「鷹啄さん……」「ま、鷹啄だよな……」

 

 武闘派3名の注目を浴びて、犯人は大いにうろたえている。

 

「あ、あのね、それ、それはぁぁー……」

 

 泡を食ったように言いどもるも微妙に呂律が回っておらず、言い訳はしどろもどろだった。

 

「まあまあいいじゃないですか。彼女はこうして協力してくれているんですから」

 

 陽比谷の説得に、残りの2人は仕方ないな、と表情を和らげた。鷹啄は落ち着いたように息を吐き出した。ほっと胸をなで下ろす彼女の姿に、印山も緊張の糸を完全に解いている。

 

 一団を、和やかなムードが覆っていた。陽比谷はその瞬間を見逃さなかったようだ。

 

「さてさて、みなさんどうします?まだ付き合ってくれます?できれば真壁さんと岩倉さんにはもうすこしお付き合い願いたいんですが。鷹啄さんは顔色が――」

 

「あっもう平気だよ?!だいぶ気分良くなってきてるから!ホント、ホントですよっ?」

 

「ええー?あのー冗談抜きで、熱っぽそうに見えますよ?鷹啄さんほんっとーに大丈夫なんです?」

 

 鷹啄の体調不良を最初に気づいたのは印山だったのだ。口では揶揄しつつも、気遣うように寄り添っている。

 

「だ、だいじょうぶだよ、さっきはちょっとハラハラしてたのもあったんだと思うから」

 

「あーはは、それねぇ。お恥ずかしい。みっともないところを見せてしまったなぁー……」

 

「ちちちちがうよ陽比谷くんちがうからね?あれは陽比谷くんがやさしかっただけだよっ!」

 

 眞壁は念を押すように、今一度鷹啄の顔色を確かめている。

 

「鷹啄、本当に具合は平気なのか?」

 

「も、もちろんです!」

 

 打てば響くように繰り出された彼女の返答に、陽比谷が見計らったように提案を上乗せた。

 

「よし。それなら少し休憩でもしましょうか?僕が奢りますから。お詫びも兼ねて」

「あー、いいですね」「いいんですかっ?」

 

 少女たちの賛同を耳に、彼はぐるりと周りを一瞥した。不満そうな顔つきはひとつも見当たらなかった。

 

「みんな賛成みたいですね。それじゃあどこにします?」

 

 その問い掛けに素早く反応したのは、鷹啄だった。まるでその瞬間を狙っていたのではないかと、皆が思ったほどに。

 

「あ、あの、少し歩きますけど、わりと近くにいい感じの喫茶店を知ってるんですけど……どうです?」

「へえ、いいね」「俺はどこでもいいぜ」「行きましょう行きましょうっ」

 

 瞬く間に、男女の混合グループは和気あいあいの空気に染まった。つい先程の、火花を散らすような戦いの前の昂揚も、どこふく風といった具合だった。

 

 学園都市がいくら特殊な地域といえども、彼らの行動も十分に不良行為と呼ぶべきものだったといえる。陽比谷は通行人を追い詰め、無理やりに喧嘩を吹っかけたのだから。

 

 しかし、罪悪感を感じている者はその場にひとりもいない様子である。もはや誰も気に悩んでなど居なかった。彼らにとってはそれが日常茶飯事なのだろう。

 

「さっきのマシュマロ、じゃなくてギモーヴか。あれも美味しかったしなぁ。鷹啄さんの情報には期待できそうだね」

 

「岩倉さんのお口に合うかどうか心配です……」

 

「ふふ、そのようなことは仰らずに。私もとても興味がありますから。第七学区だと、どうしても学舎の園で用事を澄ませてしまうんですよ」

 

「あう。そういえば。……陽比谷さぁん!預かってたおかし、潰しちゃいました――」

 

 年齢も、性別も、出身校すら分け隔てなく。楽しそうに休日を謳歌する学生たちの姿が、そこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや?」

 

 最初に目ざとく発見したのは陽比谷だった。鷹啄の先導するがままに、"能力主義"の一団が第七学区の繁華街を練り歩いていた時だ。

 そこで、ふとした拍子に彼は気づいた。ひとりの少女だ。見覚えのある後ろ姿が、数歩先を進んでいた。

 まもなく、ポケットティッシュを配っていたバイトの店員がその人物へ声をかけた。彼女が何気なくこちらへ振り向いたその瞬間を、陽比谷は目撃する。

 件の人物の、ピンクのTシャツ越しに盛り上がった胸部へ目を吸い寄せると、彼はしかと確信を得られたようだ。

 話しかけるタイミングは、すぐにやってきた。

 

「やあ仄暗さん。仄暗さーん!」

 

「あ゛ッ……こんにちは、皆さん」

 

 仄暗火澄は出会い頭に都合の悪そうな表情を浮かべるも、すぐに取り繕った。ぞろぞろと陽比谷の後から続く面子に向けて、遅れつつも一礼を返してみせている。

 

「ほら、見ての通りただいま活動中ってところ。仄暗さんの席は何時だって空いてるからね?なんなら手纏さんも!」

 

「うー、もう。その必要は無いって言ってるでしょう。お断りさせてほしいって」

 

「まあ待って、結論は急がずに。むしろこっちが仄暗さんの力添えを必要としてる面があって。ねえ、なんとなくお忙しそうなカンジだったけど、もし良かったらこれから――」

 

「お久しぶりですね仄暗さん。お変わりありませんね?」

 

 誰が聞いても、温かみの感じられない、冷たい歓迎の挨拶だと思えるような声のトーンとともに。それ以上は言わせはしないと、岩倉火苗が会話に割って入った。今の今まで機嫌が良さそうだった岩倉の変わりように、陽比谷は口をつぐみ、訝しんだ。

 何かに感づいたのか、彼は背後を返り見た。眞壁は今にもため息を吹かしそうな顔つきである。残る少女たちはどうか。鷹啄も印山も薄く笑顔を浮かべてはいたが、どこか作り物臭い表情である気がしてならなかった。

 

 一目見て明らかだった。たった今まで存在していた"能力主義"を包んでいた和やかなムードが、綺麗さっぱり消失していた。あの少女の登場が原因だ。

 

「あー……アナタも元気?」

 

 仄暗火澄も、どことなくぎこちない。

 

「再びお会いできて嬉しく思います。貴女とは何かとご縁がありますね?」

 

「私もまあ、何て言うか、そう思うところはある、かな」

 

 仄暗火澄を喫茶店で同伴させようかという陽比谷のアイデアは、女性陣にはまったくもって歓迎されなさそうである。

 彼はそう悟ったものの。故意に、無視を敢行することにした。

 

「そっか、そういえば言ってたね!御二人さんは中学で一緒だったって――」

 

「先日のお話は聞いています。極めて正しい決断です、仄暗さん。安心致しました。貴女には少々、私たちの"派閥"は危険ですからね。あまりお関わりにならないほうが賢明です」

 

 岩倉の一声で、場の空気がもう一段階移り変わる。男性陣にとっては極めて居心地の悪い、いわゆる"あの『嫌な空気』"へと。

 

「大丈夫、そのつもりだから。この間でそれがよおくわかったので。心配せずとも貴女の邪魔は一切しないから、ね?」

 

「いえ、お邪魔だとは申しておりませんよ。貴女が勘違いをなさっていたら、と気になっていましたので、一言お伝えしておきたかったのです」

 

「あ、そうだったんだ、ありがと。でも勘違いって言い方がすこし不思議かも。そんな事ないと思うけどなぁ」

 

 言葉以外の全身で仄暗を邪魔だと表現する岩倉に対し、わずかな有り難みの念すら含まれていない態度で、仄暗も礼を返す。

 

 陽比谷に耳打ちをするように、恐る恐る眞壁が動いていた。

 

「想像以上だぞ?」「ですね。あ、ダメですよ彼女は。僕のですからね」「死ねよ。いやんなことより早くなんとかしろ」

 

 

 

 既知の間柄故か、他のメンバーを放置気味に"元"常盤台中学組の会話は加熱していく。

 だがしかし、道のド真ん中である。一団はより一層目立ってしまっていた。通行人は彼女たちをちらりと目に捉えて、こそこそと話声を漏らしていく。

 

 ただし、思いのほか反応は小さかった。ただの口喧嘩だと思っているのだろう。事実、現状では未だその通りで違いない。それでも、陽比谷と眞壁は冷や汗を流す。なにせ、いつ二人が噴火して周囲にマグマを撒き散らし始まるか、わからない。

 

 ところが。このような状況においてもなお次々と自分へ突き刺さってくる視線に、陽比谷は気づいてしまった。すれ違う人々は口喧嘩に暮れる女子高生二人よりも、未だに陽比谷の方に目を惹かれている気がしたのだ。

 

 第七学区だとやはり、自分を知っている人間の比率が多いのだろうか。対応を考えあぐねた当人は、脈絡もなくそんな風に思考を脇道へと逸らしていた。

 

 

「どなたなんです?」

 

 硬直していた陽比谷を、印山の質問が解きほぐした。彼女の発言を皮切りに、"能力主義"の4人は岩倉の背後へ一歩後ずさる。彼、彼女らは、すぐさまこそこそと内輪話を交わし始めた。

 

「"能力主義(うち)"に勧誘中のパイロキネシストさん。岩倉さんとは同じ中学で知り合いだったってさ」

 

 かすり切れるような、小さな声で答えた陽比谷に続き、眞壁が言葉をつなぐ。

 

「陽比谷が先週連れてきたんだよ。体験入団、というよりは見学みたいな形でな」

 

「そうそう。ちょっと手伝って欲しいことがあってね」

 

「そうなんですか……」

 

 印山は、仄暗の姿をまんじりともせず覗っている。疑問を感じた陽比谷が問いかけようとしたが。口火が切られる直前に、鷹啄が話に混じっていた。

 

「そうそう。あくまで見学だったんだよね?結局ウチには入らないんでしょ。ね?」

 

 その口ぶりからして、彼女も仄暗火澄をこころよく思っていないらしい。

 

「それはそうだけど、まだ芽はあると思ってる。彼女は少なからず"僕ら"に興味があったからこそ見学に来てくれたんだ。"僕ら"、じゃあなくて"超能力者(レベル5)"に、だったのかもしれないけど」

 

「でもあの子、嫌がってたように見えたよ?ここには来たくないって言ってたんじゃないのかな?」

 

「教えただろう?彼女の能力は"紫雲"に対抗できるかもしれないって。少なくともあいつを引きずり下ろすまでは誰の手だろうと借りたい。勿論鷹啄さんにもね」

 

 助力を求められたその途端。相手は歯切れの悪そうに、威勢を弱くした。陽比谷へ粛々と追求を迫っていたその勢いは、瞬く間に逆転しつつあった。

 

「それはー……あのね?こうやって皆と騒ぐのはOKだけど……ね?くー、でたーに協力するのは……」

 

 眞壁が口を開きかけていたが、"クーデター"という単語を耳にするやいなや、鼻で笑った。バカバカしいとばかりに閉口し、今度はヒートアップするばかりの岩倉と仄暗の様子を今一度確かめて。何も出来ぬとたじろいだのか、視線を空へと逸らしてしまった。

 

「クーデター?奴らそんな風に言いふらしてるのか。馬鹿みたいに大げさな。ねえ鷹啄さん、たかが1サークルの"副部長"が、単に『"部長"の人選が気に食わない』ってダダをこねてるだけじゃない?」

 

 陽比谷も片腹痛し、と嗤った。軽やかな態度と口調で、説得の言葉を並べ立てている。しかし、どう見ても彼の本心は、その口調の反対側にありそうだった。鷹啄はやや怯えて、口ごもる。

 

「う、うん……」

 

「卑怯な手段で"紫雲"に楯突いてる訳じゃないだろう?あくまでうちの流儀で、正々堂々とあいつを追い出すから。鷹啄さんにはその時はこちら側に居てほしい」

 

「うん……」

 

「あのー。ワタシの件はどうなるんですか?」

 

 不満の混じった印山の発言が、唐突に水を差していた。陽比谷の対応は迅速だった。

 

「ああ、印山ちゃん」

 

「やっぱり入れないんでしょうか……?」

 

「印山ちゃんはまだLv3だろう?大丈夫、印山ちゃんなら絶対Lv4になれるよ。その時の君に意思さえあれば、僕たちは絶対に歓迎するよ。ね?」

 

「おい陽比谷」

 

 眞壁が彼の背を叩く。示された方向の、口論を続ける女子二人が気になるも、陽比谷は印山への対応を優先した。

 

「……そう言う陽比谷さんは、いつ入られたんですか?」

 

「小学六年の夏、だから印山ちゃん位の時だったかも、ね」

 

 むぅーっと膨れる印山。

 

「今日だってずっと頑張ってお手伝いしてきましたよ?」

 

「勿論、お手伝いなんてもんじゃない、大手柄だったよ。だからこれからも助力を頼みたいんだ。僕の"個人的な友達"としてね。メリトクラートなんて関係無くさ?」

 

 俯き、なかなか返事をしない印山。陽比谷は仄暗を横目に見る。彼女は岩倉と舌戦を繰り広げている。その様子に、いい加減二人を仲裁しなくては、と気も早るが。

 

「……私、もう陽比谷さんとはお友達なんですよね?」

 

「当然」

 

「仲良しですか?」

 

「違うの?」

 

「……じゃあそれでいいです!」

 

 その答えを待っていた、と印山は勢いよく顔を上げると、上目遣いに陽比谷に微笑んだ。念を押すような笑顔だった。

 

「あ、ああモチロン。ふ、ふふふ……」

 

 急に態度を180度反転させた彼女に習って、陽比谷もにっこり微笑んだ。硬直した彼の体は人知れずかすかに震えていたが。

 

「陽比谷!」

 

 眞壁の声で、陽比谷はようやく気づいた。

 仄暗火澄は一団から離れ、雑踏の中へとひとり、背を向けて去っていく。

 

「え、ちょ、え!?あれ、行っちゃって――!?」

 

「仄暗さんはご用事があるとの事で。あまり長らく引き止めては気の毒でしょう?」

 

 岩倉は断定的な口調できっぱりとそう告げ、その隣では鷹啄がブンブンと何度も強く頷いている。眞壁はもはや素知らぬ顔だ。

 

「……そうですか」

 

 陽比谷は軽く息をついた。走れば仄暗へは追いつくだろう。だが……。

 

「じゃ、僕たちも行きましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日はよほど、奇妙な出会いや数奇な偶然に縁があるらしい。陽比谷はくすりと可笑しがった。

 

「おーい!仄暗さん!」

 

「……ッ?!」

 

 数分後。"能力主義"の一団は鷹啄が案内した喫茶店の軒先で、不満そうにメールを打つ仄暗火澄とばったり再会してしまったのだ。

 

「もしかして――」

 

 大げさなほど驚いている、仄暗火澄。彼女への返答代わりに、陽比谷は親指を喫茶店のドアへと指し示してやった。その仕草に、相手は息を飲んだ。やや緊張しているようだった。陽比谷はかすかに不審に思うも、それほど不躾な質問であっただろうか、と気にかかった。

 

 メンバーの中では一応の顔見知りである眞壁も、仄暗へと片手を挙げている。顔見知りというよりは、同じ高校の先輩と後輩というだけの関係、と表現した方が近いのかもしれない。

 

「僕らもね。偶然だよ。仄暗さんは誰かと待ち合わせ?」

 

「――そう、なの。友達とちょっとね」

 

「あら。もしかして彼氏さんですか?お話は聞き存じておりますよ?お名前はうづきさんでした?」

 

 岩倉の言葉に、仄暗はあからさまにぶっきらぼうな答えを返す。

 

「……違います。友達です。……ッはぁぁ~~……っ」

 

 都合の悪い事態に思わず吐き出すような、舌打ち混じりの深いため息。仄暗は何故か、悩み焦り、憂いを帯びた顔つきであった。

 

 過敏に反応したのは、やはり岩倉だった。

 

「なんですか、その態度は。はっきり言ってくださいな?」

 

「何も。別に後を付けてこられただなんて思ってませんから」

 

「……言ってくれますね」

 

 よほど自分たち"能力主義"に合わせたくない相手がいるのだろうか。陽比谷は仄暗のらしくない行動を訝しむ。

 

 怒りを溜め込む岩倉の反応を、仄暗は観察するように眺めていた。陽比谷はその目の色に、思いのほか冷静な落ち着きを垣間見ていた。されど。

 

 とても仲間との歓談に誘える状況ではなさそうだ、と結論をつけて、和やかに仲裁を試みる。

 

「穏やかにいきましょう岩倉さん。仄暗さん、僕ら別のお店に行くから。また今度お話しよう?」

 

 岩倉が睨む相手を変える。彼女が文句を言う前に、陽比谷は押しとどめるように畳み掛けた。

 

「これ以上喧嘩するところ見たくないんです。まったく、御二人さんもっと仲良くできないの?」

 

「喧嘩などしていません」

 

「いいです」

 

 仄暗火澄は目の前の問答を無視して一方的にそう言うと、携帯をフレアスカートのポケットに突っ込んだ。

 

 『いいです』 その言葉の意味を、咄嗟に理解できたものはいなかった。

 

「ん?」

 

「急用ができて予定が変わっちゃったみたいです。ありがとう、陽比谷君」

 

「――お?……あ、ああ。それじゃあ……仄暗さん」

 

 どう見ても急な連絡が来たようには見えなかった。しかし、仄暗火澄は追い立てられるように踵を返し、その場から歩き去っていく。

 

 陽比谷は背後のメンバーと顔を見合わせた。真壁と印山は『早く喫茶店の中に入ろう』と、そういう顔つきだった。予想に反し、皆はそれほど彼女が逃げ出した事実に興味はない様子である。……例外の1人を除いては。

 

「……ッ。あの態度……」

 

 岩倉だけは、酷薄そうに口角を釣り上げている。『仄暗火澄については良く知っている』と彼女が零していたその言葉を、陽比谷たちは真逆に捉えてしまっていたようだ。

 

「まあ、いいじゃないですか、岩倉さん」

 

 岩倉火苗は陽比谷の制止より僅かに早く、駆け出した。無論、仄暗火澄の後を追って。

 

「やれやれ。嫌ってるのか好きなのか……」

 

「おい、岩倉!放っておけよ!――ああくそ、お前も止めろ!」

 

 真壁は彼の肩を叩くと、自ら先を走っていった。

 

「……それじゃあ、止めに行きましょうか」

 

 残る女子2人に語りかけ、陽比谷もゆったりと駆け出した。

 

「ふええ!?こんな暑いのに走るんですか~?」

 

「あーあ。まーた喧嘩かなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 繁華街のメインストリートを大河の本流に例えれば、支流のそのまた支流に位置するであろう、路地裏へすぐにずれ込むようなその小さな通りは、人の数がやたらと少なかった。

 

 立ち並ぶショップもどれもがメジャーな層から外れたものばかりで、それ故に人通りが少ないのか、人通りが少ない故にそうなってしまったのか。鶏が先か卵が先か、図らずも論争を始めてしまえそうな寂れた通りに、その日は久方ぶりの騒動が訪れる。

 

 

 

 

 人通りは少ないといったが、それでもわずかばかりの人影はあった。それぞれに思い思いの楽しみがあったのだろうが、とある二人組の少女の登場すると、その場は一変してしまった。

 

 

 黒髪の少女が血相を変えて駆けてきたのが始まりだった。

 

 その少女は、誰かに追いかけられて、逃げて来たらしかった。苛立ちも顕に、追いかけてくるなだの、帰れ、だのと小言を撒き散らし、全速力で道なりに走っていった。

 

 ぽつぽつと幾人かが、そんな彼女の様子を横目にとらえてから、それほど時間は経たなかった。

 逃げる少女の行く手を遮るように、道端に設置されていたゴミ箱がガタガタと勢いよく崩れ落ちた。ゴミ箱は熱でクタクタに溶け、奇妙に変形していた。それが倒壊の要因にちがいなかった。

 

 溢れるように転びでた空き缶の群れに、少女はつまづきそうになる。寸前で持ち直したものの、しかし盛大に立ち止まらなければならなかった。彼女を追いかけてきたらしい、もうひとり別の少女が登場すると、2人はすぐさま口論を始めだす。

 

 とはいえ、その程度の光景はその場の誰にとってもそれほど珍しい出来事ではなかった。むしろ、見慣れた日常の一コマだとすら言えた。子供同士の口喧嘩など、それこそ子供の街にはありふれている。

 だが。次の瞬間、彼らは目にした。

 

 通りの上空に燃え上がった、幻想的な蒼い炎。

 何もない虚空から現れたそれは、炎の塊と呼ぶべき大きさを持っていた。目撃したものは皆、度肝を抜かれたようだ。

 

 蒼くキラめく炎は、明らかに高位能力だと思わせるスケールだった。そんな代物を街中でお目にかかるのは流石に珍しく、危険な香りもプンプンと漂わせている。

 巻き添えを食らってしまうかも。そう考えた察しの良い者たちは、颯爽と姿を消していった。目に付く人影は既にまばらで、野次馬だけがぽつぽつと陰から顔を出し、観察と決め込んでいる有様だった。

 

 

 

 周囲のどよめきで我に還ったのか。反射的に炎を生み出してしまった仄暗火澄は、慌てて能力の発動を抑えていた。

 

 少女たちの頭上を揺らめいていた蒼い炎が、前触れもなく掻き消えた。

 

「いッ、きなり危ないでしょ?!しばらく見ない間に好戦的になりすぎだっての!あんなとこ(能力主義)に居るからそうなるんだっつの!」

 

「余計なお世話ですッ。そういう貴女はいっそう人の話を聞かなくなりましたね。それに……おや。ただいま気づきましたけど、少々ふっくらしました?」

 

「なっなっ、なにをっ。なぅ、自分は痩せたからって一方的にッ――というかアナタよりよっぽど他人の意見に耳を傾けてるつもりです!」

 

「あらそうですか。でしたら貴女の彼氏さんにも同じ事を尋ねてみたいものですね?」

 

「彼氏じゃなくて友達!そもそも絶対会わせないし!そういうアナタこそ頑張ってね、陰ながら応援してるから。そのクリーム色の髪、すっごく大人っぽくて似合ってる。正直、前の子供じみてた金髪ツインテールじゃなくなって見直しちゃってます!」

 

「うっ。くぅぅ……貴女、ヘアスタイルをかぶらせておいて、お互いに偉そうなことは言えないでしょう!」

 

「う」

 

 その発言通り。仄暗火澄の髪型は対峙する岩倉火苗と完全に同様のもので、前髪から編み込んだサイドブレイド。目立たない化粧も念入りで、"たかが友達"と会う予定などではなかったのだと、目の前の少女には看破されてしまっていた。

 

「ひとつ、良いですか。本来なら貴女が何方と逢引をされようと興味はないのですが、今日の態度には――」

 

「ほんっとにしつこいな!そっちは枝垂れ桜でしょ?制服着用じゃないの?チクっちゃうからね!」

 

 真夏だというのに、謎の蛍光ジャージスタイル。突っ込むなという方がおかしな姿だと言えた。

 

「卑怯なッ」

 

 悔しがる

 

「ぃよしッ!これで終りね?」

 

 両の拳を握り締め、喜ぶ仄暗。ところが、彼女を恨めしそうに睨みつけていた眼光が怪しく輝いた。

 

「ふふッ。いいでしょう。構いません。どうぞお好きに?」

 

「え?へ?」

 

「お好きになさい。ここでアナタの彼氏に灰をかぶせられるというのならば、その程度、甘んじて受けましょう」

 

「ッ?!本気なのっ?!」

 

「ええ、構いませんとも!なにせ、我が"枝垂れ桜"には"あの手の寮監"はいないのですから!ふふふッ、さあ、羨みなさい!」

 

「――うそ!?」

 

「事実です」

 

「ううう、いいなぁーッ!いいなあぁーーーッ!!……って、いやいや、私だって今は自由だから!」

 

「……ふふふ。そうです。"寮監"殿はもはや居ないのです。……いい機会です。いつぞやの決着をここでつけてしまいましょう?」

 

「嫌です!お断りです!さっきも言ったでしょ!もう私は関係ないの!ほんっとにいいかげんほっといて!今日は用事があるって言ってんでしょぉぉっ」

 

 仄暗の言葉を黙って聞く岩倉は、ちらりと背後を振り返った。バタバタと人がかけてくる足音が大きくなっていたのだ。

 

「待ちなって岩倉さん!」

 

 岩倉の仲間たちが、ようやく遅れて現れた。"能力主義"のメンバーを目に捉えた途端、仄暗火澄の焦りも再燃したようだ。

 

「放してッ」

 

 再び逃げ出そうとした彼女のその腕を、懸命にも岩倉が捕まえていた。

 

「そうもいかないのですよ、いいですか――」

 

「またその話?冷えかけの溶岩より粘着質なヤツ!」

 

「な!?ほら人の話を!アナタこそ嫉妬の炎がいつまでも燻っていてお可哀想な人ですね!」

 

「はあっ!?私が一体何に嫉妬してるっていうの?!」

 

 仄暗は焦りに我を忘れかけていた。その視線が、岩倉の胸部へと直撃する。

 

「……」

 

 ぱたり、と掴まれていた腕が放され、揺れる。仄暗は怯え、素早く後ずさる。

 追い迫っていた陽比谷の足まで何故か止まり、立ちすくむ。

 

「あ、ご、ごめん火苗、さん、あ、あのね、ホントそんなつもりじゃ」

 

「う、うううううううううううううううううううううううううううううわあああああああああああああああああああああああああああああああ燃えろーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 

 絶叫が響いた直後からだ。彼女たちの足元のアスファルトが、猛烈に熱を帯びだした。

 すぐに、テニスボールほどの大きさの丸く細い円が、地面に浮き上がる。

 それらはひとつではなかった。いくつものいくつもの、複数の赤い円が滲んでいく。

 縁(ふち)を彩る、赤熱する橙色は熔岩そのものに見えた。触れたとして、火傷で済むのだろうか。

 かたかたと地面ごと震えている。何かが、その下で胎動している。得体の知れないものが、されど肌は、膨大な熱量の前兆を予感して、大地は熱気を放ち――――。

 

 実際には、その現象は数秒経たぬうちに生じた出来事だった。しかし、揺れ動くアスファルトでバランスを取っていた仄暗は、それよりもっと長い時間を体感していただろう。

 

「やめろって!」

 

 制止の台詞に続き、空気が焦げるバチリという炸裂音。その出処は、彼女たちの目と鼻の先の空間からだ。それに加え、雷光と見間違わんばかりの光も、同じく空間を埋め尽くす――。

 

「あう!」「くうっ!」

 

 ストロボのような炎の灯りで仄暗と岩倉は怯み、悲鳴を挙げて目を閉じた。両者は不意を突かれ、そのフラッシュを直視してしまっていたのだ。

 

「とにかく落ち着いて御二人さん。さっきからこっちは困惑しっぱなしなんだ」

 

 たたらを踏む二人であったが、目を瞑るままに、声のした方向へ闇雲に顔を向けている。

 

「陽比谷君ッ!?」

 

「すみません仄暗さん。少し目を眩ませただけだから。すぐに治るから」

 

 表情を暗く俯かせ、陽比谷は二人の少女へと近づいていく。眞壁も鷹啄も、どこか居心地が悪そうに彼の後へと続く。印山も、懸命に彼らの背後に付き添った。

 

「何をするんですか!」

 

 恨めしそうに声を大きくしたのは岩倉だ。恐らく、陽比谷に目を眩まされるのは初めてではなかったのだろう。フラつきかけている仄暗とは違って、彼女は顔を手で覆い、静かに直立している。

 

「君こそ!それこっちの台詞だよっ。君たち中学時代に何があったのか知らないけどこっちは驚きっぱなしだよ。らしくないですよ?挑発しすぎでしょう?」

 

 しゅうしゅうと、アスファルトから湯気が沸き立っていた。その熱気に不快そうに眉をひそめ、岩倉は苦々しそうに声を荒らげた。

 

「……そういう貴方も不信に思われていたのでは?彼女が何に焦っていたのかを」

 

「僕にはずっと喧嘩してるようにしか見えなかった。仄暗さんは仲間に引き入れたいって言ってたのにこのザマだ。だいたいそんなに仲が悪かったのなら……教えててくださいよ……」

 

 仄暗火澄が、思い切り顔を上げた。ポケットに突っ込んであった携帯を、ぎゅうっと握り締めながら。

 

「もおお、わかりました!わかったから!後日、いくらでもお話を聞きに行くから。これ以上の嫌がらせするんなら、私だって――」

 

「ごめん!わかった。わかったよ、言う通りにする。今日は本当にごめんね、仄暗さん。迷惑をかけてしまって……とにかく、僕たちが悪かった。二人が友達だったってしか聞いてなかったんだ」

 

「陽比谷君!」

 

 岩倉の拗ねるような目つきに、陽比谷は優しく頷き返す。

 

「わかってますよ。ねえ仄暗さん、ひとつだけ教えてくれたら嬉しいんだけど……君が僕たちと顔を合わせたくなかった理由は……」

 

 ところが、質問はそこまで口にされるも、唐突に打ち切られた。ありありと、陽比谷は思案に暮れる顔つきだった。

 

「いや、いい。ごめんね、変なこと聞いて。僕は仄暗さんを信じるよ」

 

「なにそれ、訳がわからない。さっきから……」

 

 仄暗の荒い口調が、陽比谷の背中でまたぞろ内輪話に集中していた残りのメンバーたちの注意までも誘っていた。

 

「正直、私はもうアナタたちとは何の関わりもなくなったんだから、内輪揉めの話を延々とされても困る!陽比谷君も最初は見学だけでいいって言ってたじゃない?それでやっぱり先週ね……野蛮だな、って思ったんだ。アナタたちみたいにアンチスキルに迷惑をかけてまでレベルアップに没頭するのは間違ってると思う。元々、"能力主義"に入りたいとはそれほど考えてなかったし。陽比谷君、同じ系統の能力だからって、もう私を気遣ってもらわくても――」

 

「それは違う。僕は本気だった」

 

 力強い否定の言葉が、会話をひとたび断ち切った。

 

「君を勧誘してたのにはちゃんとした理由があったんだよ。僕も色々説明したかったさ。でも君が形だけでもウチへ入ってくれなきゃ何も話せなくてね。高位の発火能力者なら誰でも良かった訳じゃないんだよ。"不滅火炎(インシネレート)"でなければ駄目だったんだ。君を気遣うとかそういうことじゃなくて、僕らが純粋に君の力を必要としてたんだよ。実は今、ちょっと立て込んでる"状況"でね。今まで協力してほしいって言ってたのは全部、正真正銘、本音だったんだよ?」

 

「立て込んでたって何っ?それが私を追い回した理由?」

 

「ですから偶然だと言ったでしょうっ!?取り立てて貴女を探ってなどいませんでした!」

 

 陽比谷は岩倉へ近づくと、彼女の肩にかかっていた小さな煤埃を払った。どことなく宥めすかすようなその優しい手付きに、岩倉の再燃しかけた怒りは収まりをみせていく。

 

 陽比谷は疑問の詰まった視線へ、堂々と立ち向かう。

 

「説明しだすとすこし長くなると思うから、週明けにでもきちんと話すよ。仄暗さん用事があるんだろう?今更だけどそっちは大丈夫?とにかく今日は迷惑をかけてすまなかった」

 

 ようやく正常に整いつつある視界をスライドさせて、仄暗は眞壁や鷹啄といった面識のあったメンバーの表情を望む。皆して、いたたまれぬ表情を浮かべている様子だと、彼女には感じられた。そういう風にしか見えなかった。

 

「………………そういうことなら。じゃあ、来週、また学校で」

 

 長い間沈黙があった。他の言葉は全て飲み込んで。複雑そうな含みのある思案顔をそのままに、彼女は別れの挨拶だけを告げた。その場を離れようと、背を向けて歩き出す。

 

「でも本当にいいのかな?」

 

 未練がつらつらと混じった陽比谷のセリフ。仄暗の足が止まった。

 

「そりゃあ、君のご想像通り僕たちはこれからも野蛮な事は沢山やっていくさ。けど、そこに魅力を感じてもいたんじゃないの?」

 

 見透かすような物言いが、制止した背中へ尚も投げかけられる。

 

「君も薄々、このままじゃ停滞したままだって意識してただろう?だからこそ僕の誘いに興味が無いフリをし続けてた。違うかい――」

 

 長いセリフの最中。陽比谷は何かに気づいたようで、唐突に言葉を切った。立ち止まったままの仄暗の姿に、一筋縄ではいかない違和感を感じとったのだ。

 

「岩倉ァ!陽比谷ッ、上だ!」

 

 眞壁の警告。緊張に彩られたその声色で、陽比谷はやっと気がついた。気づけた瞬間に、それは遅すぎた、とも悟っていた。

 

「受け取れ!」

 

 眞壁は背負っていたアーチェリーのケースを、先ほど"第六位"へと向けたそれを、陽比谷へと投げ渡す。

 岩倉も同様に異変を察知していたようだ。焦りを滲ませていた彼女へと、陽比谷はケースから取り出した武器を受け渡した。

 

 

「壁?なに、これ、見えない壁?――これ、空気?」

 

 困惑した仄暗の言葉

 

「空気の壁っ?!」

 

 岩倉が過敏に反応した。

 

「なんなのこれッ」

 

 仄暗は行く手を阻まれ、『見えない壁』伝いに、横歩きにさせられてしまっていた。その様はまさしく、空想の壁に手を付くパントマイムそのものだ。

 

 この通りは既に封鎖されている。陽比谷はそう直感するも、出口を無くした少女へ口出しはしなかった。

 

 代わりにひとつ舌打ちを披露して、周囲をギラついた視線でぐるりと見渡し始めた。

 彼が感じた異変は、仄暗火澄という個人に生じたものではなかったのだ。

 その正体は、彼ら全員をすっぽりと覆い込む"策略"だった。

 

 

 

 

 

 

「フゥーァーハーッ。おーら見たぞ?見たぞてめぇーら!えらーい必死だなぁーあ?マッチ棒諸君」

「せんぱい。残念ですけど完璧に目撃させてもらいましたんで」

 

 その声は、真上から響いてきた。仄暗には全く心当たりのない男女の声音だ。彼女は空を見上げて、そこに闖入者たちの姿を発見した。陽比谷たちの真後ろのビル。3階建てのそれの屋上に、でこぼこな3つの人影があった。

 

 

 中でもまず初めに目に付いたのは、太った大男の、その流線型のシルエットだった。夏の暑い盛りにダボついた長袖のパーカーを着込み、スパイクむき出しの登山靴を履いている。これから登山にでも赴くのか、といった出で立ちだ。それでも体の輪郭は丸っこく浮き出ており、ビジュアルだけで暑苦しさが増している。

 『マッチ棒』と口にして、ここにいる陽比谷、眞壁、岩倉、ついでに仄暗を挑発したのは恐らく、この男だった。

 『マッチ棒』とは『ライター』などと並んで、"街"で広く使われている悪口のひとつだったりする。その正しい用途は――まさにたった今、男が使って見せてくれた通りだ。

 そんな彼の右手には、歯型のついたアイスキャンディーが握られていたりする。

  故も知らないが、男は探るような、濁った目つきを仄暗へ向けたまま、大口を開けてしゃくり、とアイスクリームにかぶりつく。遠く離れたこの場所まで、その豪快な咀嚼音が聞こえてきそうな食べっぷりであった。

 

「はいはい。こっちですよー」

 

 大男の陰に体をうまく隠して、ハンチング帽をかぶった少女がやる気なさげに手を振っている。

 陽比谷を先輩と呼ぶからには中学生なのだろう。彼女もまた、気温30度に迫る、七月初めの週末だというのに、ジャケットにニットブーツ姿である。夏の暑さをものともしていないようだ。

 

 大男の隣には、間を空けて少女がひとり、無防備に佇んでいる。ご大層なことにマフラーで口元まで包み、見るからに雑に染めたボサボサの金髪と相まって、顔つきは窺えなかった。彼女は何一つ喋らない。それどころか、無防備どころか、傍から見れば薄ぼんやりと立ち尽くしているだけのようにすら見えた。最大限に好意的に捉えれても、陽比谷の挙動をどことなく、淡々と眺めているだけなのでは、と説明するしかない。

 

 冬服と見間違わんばかりの厚着で、とりわけ膝下まで覆う無骨なオーバーニーブーツが季節感に真っ向から逆らっている。

 

 

「マジで来やがった……あぁー、こりゃヤベえな……」

 

 あっさりとした感想。ビル屋上の3人を見つめた眞壁のこぼした呟きだった。だが、その発言とは裏腹に、彼自身の態度にはわずかばかりの気の緩みも含まれてはいない。いつ何時、なにが起ころうとも受けて立つ。そういった心持ちに見えた。

 

「……悪いけど立て込んでるんだ。今すぐ帰ってくれ、紫雲(しうん)」

 

 一方の陽比谷は、しっかりとした強い命令の口調を使いだした。彼の視線もまた、マフラー少女、"紫雲"と呼ばれた少女に釘付けだ。紫雲に対し、並々ならぬ警戒心をむき出しに顕している。一応、彼は不敵な余裕を崩さぬよう、表情に笑みを張り付かせているのだが、誰が見ても慇懃無礼な笑顔だと捉えることだろう。紫雲の登場から陽比谷はずっとその有様である。

 

 

 重苦しい空気の中。仄暗はふと、肌寒さを意識した。Tシャツの袖の短さを忌まわしく感じ、そして、遅れて気がつく。

 通り一帯の空気が、とても夏だとは信じられないほどに冷たくなっている。

 すぐに察知できなかったのは、温度低下のスピードが非常にゆっくりであったからだ。ならば、想像に固くない。どうやら随分と前から既に、この現象は始まっていたようだ。

 ガードレールに結露が滴るのを目撃すると、明確に実感がわきだした。

 見上げれば、かんかん照りの日差しが降り注ぐ。しかし、思うことはただ一つ。

 ただひたすらに、寒い。吹き出した息が、白く霞む。

 

 

「陽比谷君。無駄な事は省きたいけど、最初に聞いとく。考えは変わった?」

 

 マフラー少女が重い口を開いた。平坦な抑揚で、通りに立つ者たちにはようやく届くかといった声量だった。

 

「見て分かれよ。君たちに火傷してもらうために"新戦力"を勧誘していたところさ」

 

「ちがッ、私は……関係ない」

 

 仄暗は即座に抗議したものの、セリフの最後を曖昧に濁した。彼女としては必死に否定したかったのだろう。陽比谷たちの仲間なんかじゃない、と。

 だが、何と答えれば速やかにその場を離脱できるのか、まるで推測できなかった。無理もない。彼女は自分の置かれている状況を把握できていなかった。

 

「ほら。でもこの通り、うまくいかなかった。どうせ見てたんだろう?」

 

 陽比谷は仄暗へと手の平を指し示し、説明してみせた。さりとてその間も決して、目線をマフラー少女から離さない。彼は彼女1人を懸命に見つめたまま、動かなかった。

 

「とりあえず言っとこう。彼女と其処の小学生の子は、"僕ら"とは無縁だ。言いたいことはわかってくれるな?」

 

「勿論知ってる。仄暗火澄。大能力者で発火能力者。"不滅火焔"」

 

「……そうか。知ってる、か。どうしてこう、良いニュースってのは悪いニュースと一緒にやってくるものなんだろうねぇ……」

 

 陽比谷の顔面は険しさに溢れていた。それを隠すように、彼は片手で器用にサングラスをかける。

 その途端、その場の全員が慌ただしく彼に習った。仄暗を除いた皆が、慣れた手つきでバイザーを被る。ビルの屋上の3人も、どこからかサングラスを取り出した。

 

 一帯何が始まるのやら。仄暗は現実逃避しかけていた。まるでフラッシュモブだ。

 真夏に冬服の不審者軍団が登場したかと思えば、今では全員がグラサン集団と化している。

 彼ら全員が徒党を組み、ひと芝居売って自分を騙そうとしているだけなのでは。話の流れも見えず、理解がおいつかない。しかし何故か、ビルを挟んで会話する二人の話題に、自分の名前が含まれていて……。

 

「で、やるのか?今日は何しにここへ?"冷蔵庫"の皆様方?」

 

「彼女を助けに。あなたの馬鹿の巻き添えなんて可哀想」

 

 紫雲のその発言のどこかが、陽比谷の琴線に触れたのだろう。

 

「そうかそうか!自分から教えに来てくれるなんてね!どうやら僕の目も節穴じゃなかったみたいだ」

 

 声高に宣言すると、彼は面映そうに笑いだしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 陽比谷と紫雲は、それぞれのグループの代表者であるかのように振舞っている。取り巻きたちも二人の結論を待つように、静かに睨み合う。

 

 状況がさっぱり理解できずにいた仄暗は、それでも唯一の知り合いである陽比谷たちの方へとじわじわ近づいていった。

 見えない壁を"不滅火炎(インシネレート)"で吹き飛ばして逃げ出そうか?

 そう考えたりもしたが、決闘集団である陽比谷たちに真っ向から挑む『新手の3名』もまた、危険な人物たちには違いがない。

 おおよそ、学園都市でも最も能力を使う喧嘩に慣れている奴らなのだ。しばらく様子を見よう。というか、説明してもらおう。そういう結論に至り、彼女は眞壁へとにじり寄る。

 眞壁は長点上機の二年生だ。一応の先輩である。

 

「仄暗」

 

 小さく抑えられた呼び声が、相手からやってきた。相手方も仄暗のことは気にかけてくれているらしい。

 

「仄暗、気をつけろ」

 

「もしかしてこれから――」

 

「そうだろうな。こうなる前に伝えとくべき事があったんだが、もう察してくれてるだろ?」

 

「……あの人たちと喧嘩してるんですか?」

 

「喧嘩というよりは……常盤台中学出身ならわかるだろうが……例えれば"派閥争い"ってカンジだな。学校を二分するレベルで大規模なヤツを想像してくれ」

 

「派閥って……それじゃあ、あの人たちも"先輩たち"のメンバーなんですか?」

 

 何も知らされぬまま、自分たちの都合に巻き込んでしまった仄暗を哀れに思ったのだろう。必死に食いついて疑問を呈してくる彼女を前に、眞壁は諦めた風に内情を語り始めた。

 

「ああ。でも敵対してる。いや、敵対は敵対だが、実はな……ウチの"前"団長が二週間くらい前に急に辞めちまったんだが、その団長が紫雲を後任に指名してな。で、俺らはそれが気に食わねえ、と抗議してるだけなんだが。現時点では俺らの実質的なリーダーであるはずの、あそこのマフラー女、紫雲に」

 

 仄暗の記憶に在りし『過去の陽比谷』は、まるで彼自身が"能力主義"の首領であるかとばかりに、私的に利用していたように思えてならなかった。彼女の引っかかりをその顔色からありありと察したのか、眞壁は今も紫雲と対立する陽比谷を庇うように、説明を加えていく。

 

「言っとくが、紫雲がトップに立つことに納得してない奴らは多かった。これは間違いじゃない。俺だって結構びっくりしたからな。団長が紫雲を指名したことには」

 

 そんなこと、自分には関係ない。そのセリフを飲み込んで、仄暗は別の疑問をひねり出す。

 

「紫雲さんって誰なんですか?」

 

「紫雲の事はウチに所属してる奴らじゃないとほとんど知らないか。陽比谷が発火能力のトップランカーなら、アイツは"冷却能力(クライオキネシス)"の……チャンピオン、かな。紫雲は知らなくても"絶対硬度(フローズンデッド)"の通り名は知らないか?」

 

「全く知りません。陽比谷君はわかりますが、そもそもどうして彼女が私のこと知ってるんですか?言ってましたよね?」

 

「マークされちまったんだよ。君は紫雲に対抗できる貴重な能力者だったみたいだな。紫雲の言い様から俺もそう察したところだ。陽比谷が執着してたのも今ならわかる。第一、君は同じ発火能力者だから信用できるしな」

 

「そんな?勝手じゃないですか……っ」

 

「文句は陽比谷に言ってほしい、が俺としては君に迷惑をかけちまって悪いと思ってる。せめてこっから君を逃がしたいと思ってはいるけどな……たぶん余裕はなくなる。紫雲たちは強い」

 

 仄暗の非難の目から逃れようと、眞壁はビルの屋上へ面を上げた。

 

「そもそもな、紫雲はたぶん、ウチで一番強い。アイツには言えねえが、たぶん次の"八人目"になるのは紫雲だろうって皆噂してる。そのくらい強い。前の団長が指名した理由も恐らくは……」

 

「陽比谷君なら"決闘"で白黒付けようとか言い出しそうですけど?」

 

「そりゃあ無理だ。明らかに紫雲が勝つ」

 

 その言葉で、仄暗はひとつの可能性にようやく思い当たったようだ。

 陽比谷、眞壁、岩倉の緊張感。その源泉たる可能性に。

 

 鷹啄は悩みに暮れた顔つきで、逃れるように通りの隅に立ち位置を移していた。そんな彼女の陰には、不安そうな印山が居た。鷹啄は鷹啄なりに、彼女をかばっているようだ。

 

 鷹啄にとっては既知の予想だったのだろう。

 陽比谷たちは、新たに現れた紫雲たちに勝てるのだろうか?

 となれば、その時に……。

 

「……あの……私も狙われるんですか?」

 

「すまん。ああ、これをかけといたほうがいい。申し訳ないが、自分の身は自分で守るって意識で居てくれ。たぶん、一戦やりあう」

 

 アーチェリーのケースが抜けてぽっかりと空いたバッグから、眞壁は新たにひとつ、サンバイザーを取り出し、放って寄こした。

 

 『すまん』の一言で片付けられた仄暗は、呆然とそれを受け取った。

 

「陽比谷が本気出し始めると、まあ、アレだ……ちょいと目には優しくないし、なにより眩しくてロクに見えなくなるぞ」

 

 バイザーは学園都市製の高価そうな一品だった。強い紫外線や発光から目を守れるそのツールの重要性が、仄暗には手に取るように理解できた。陽比谷の能力の特性を、良く知っていたからだ。

 

 なにせ――陽比谷天鼓は仄暗火澄と同じく長点上機学園の一年生であり、偶然にも同じレベルで、さらには同じ系統の発火能力者だった。

 だから、彼は彼女とほぼ同様の能力開発(カリキュラム)を受けているわけである――ほとんど毎日、一緒に。

 

 其れ故に知っていた。陽比谷天鼓の能力、"乖離能力"は、学園都市最高の発火能力と呼ばれるだけあって色々な呼び方が付けられている。その中の一つに、"電離能力(イオナイズ)"という呼称がある。

 その名が表すとおり、陽比谷の能力は物質を無理やり高電離気体(プラズマ)化させる力なのだ。

 "乖離"された物質はその瞬間から膨大な熱を持つ。プラズマの温度は、一気に数千度から数万、数十万、数百万、数千万度へと到達しうる。本気を出した陽比谷ならば、極小範囲であれば、あるいは数億度までも。

 

 だがしかし、高温になればなるほど、プラズマは強烈な紫外線や放射線をバラまき得る。

 そう。それこそが、陽比谷がまるで本気を出さない――正しくは、出せない理由、となるのだろう。恐らく、陽比谷は自分自身でもその限界を測りかねているはずだ。

 

 

 仄暗は手にとったバイザーを慌ただしく装着した。先程のヤワな花火程度の"乖離能力"でも立ちくらみしかける光量だったのだ。もう一度アレを食らいたくはなかった。バイザーさえつけれいば、紫外線や強すぎる光を遮光プレートが軽減してくれるはずだ。

 

 

 どうしよう。逃げるべきだろうか。脱走路を塞ぐ"空気の壁"は、あの3人の誰かが作っているのだろうか?同じ大能力(レベル4)の能力なら、自分の"不滅火炎"で穴を開けられないだろうか?

 

 しかし。いざそうやって逃げ出すとした時、自分に矛先が集中すれば、一体どうなることか。

 陽比谷たちが負けるとは、まだ決まっていない。そう思いたいが、嫌な予感がだんだんと存在を大きくしていきつつある。

 これが"場馴れしていない"ということなのだろうか。仄暗には判断がつけられなかった。

 

 だがそれでは。手をこまねいていても、時間は迫っている。

 それは、仄暗が不審さを曝け出してまで、陽比谷たちから短慮にも逃げ出した理由である。

 

 きっと、アイツは自分を探している。たった今この瞬間にも、彼は顔を出すかもしれない。

 Lv5に異常な執着を見せる"能力主義"の前に、知り合いの"超能力者"を鉢合わせるわけにはいかないと、思っていたのだ。

 

 

 

 

「陽比谷君、いい加減諦めて。だいたい誰が仕切るとか、音頭を取るとか、貴方は本当はそんなものに興味は無いはず。いつだって自由気ままに、誰かに迷惑をかけるだけ」

 

「おや、わかってもらえてたとは意外だったなぁ。そうだね。そこはほんとにどうでもいいね」

 

「はぁ?だったら先輩、どうしてこんなことしてるんですか?」

 

 ハンチング帽の少女が居てもたってもいられなかったからなのか、太った男の影から飛び出した。ビルの高さもものともせず、屋上のフチに立ち、陽比谷を見下ろしている。

 

 ところが少女の発言は陽比谷と、そして紫雲の両方から、無視をされることになる。

 紫雲は仲間の少女に構わずに、陽比谷に要求を突きつけた。

 

「あの"火災旋風"の燃える方(萌える方もいるらしい)、私の力に対抗できそうだもの。これ以上困らせるようなことしないでほしい」

 

 冷たい視線を向けられた少女は、ぶるりと震えていた。口ぶりに反して、仄暗を映し出す紫雲の瞳は何も反射してはいなかった。興味や関心といったものが、そこには存在しなかった。

 

「その言い方じゃどっちかわからないよ。ふふ、でもまあはっきりと言うもんだね。この場を切り抜けられたらなんとかなりそうだ」

 

 遠く離れたビルの真下でも、紫雲が肩を落とし、深く息をついた事は伝わっていた。乾ききったそのため息は、疲れを感じさせるものだった。

 

「彼女まで貴方達"火薬庫"に加わったら、他の中立のメンバーまで貴方たちを怖がるようになる」

 

「いいね。好都合だ。臆病者が誰なのかはっきりとわかる。色々と手間が省けて良い事づくめだ」

 

 ムッとした顔つきの、ハンチング帽の少女。彼女は耐え切れなかったのか、陽比谷へもう一度文句を告げる。

 

「たったそれだけで臆病者呼ばわりですか?陽比谷先輩がこんなにメンドくさい人だとは意外でした」

 

「はは。何も知らないひよっこの鳴き声は可愛いなぁ。でも僕は茜部ちゃんのその勇気を買うよ。どんな結果になろうとも君ならいつでも大歓迎だ。こっちにこない?」

 

 にっこりと微笑む陽比谷に、ハンチング帽の少女、茜部(あかなべ)は気味が悪そうに二の足を踏んだ。

 その時だ。茜部の隣で、バキリとアイスキャンディーを砕く爽快な音がした。表情を無くした大男が、不機嫌そうにもごもごと口を動かしている。陽比谷へと、蔑むような目つきを送っている。

 

 

「鷹啄さんがそっちに居るって事は、そういうこと?」

 

「うええっ!別にそのようなことはっ!あああ、あのこれは友人として休日にプライベートなっ」

 

「残念だが鷹啄さんはもう僕らの仲間だ!」

 

 あわあわともたつく鷹啄は顔を青くして、陽比谷と紫雲の顔を見比べている。結論は何処か、それはしばらく続く。

 

 

 

 すわ、鷹啄へのさらなる追求が行われるかという、その時に。話題がすげ替わる問題提起を発したのは、眞壁であった。

 

「つーか、壁だ!壁ッ!空気の壁だなおいッ!バレてんぞ山代ォ!オマエしか居ねえだろうがでてこいやオラァッ!」

 

 眞壁の怒声。陽比谷も楽しそうに、ニヤけた唇をさらに歪めさせている。

 

 

 屋上の3人は等しく同時に、振り向いた。地表からは見えないが、彼女たちの背後にはどうやら実際に誰かが隠れていたらしい。

 "冷蔵庫"の3名全員に出番を要求され、その人物は諦めたのか、3人から離れた屋上の一番端っこから1人、すごすごと顔をのぞかせた。

 

 ひょっこりと現れたのは、しなびた表情にチャラいロン毛がもはや哀愁を誘う、今にも泣き出しそうな中学生男子だった。

 

 

「オオオ!?テメーコラナァニ俺ら裏切ってんだテメー!『ボクは何があろうと中立です。でもどっちかっていうと先輩たちサイドです』とかホザいてただろがオアッ!?」

 

 急遽吠え始めた眞壁の威嚇に、山代(やましろ)少年はタジタジで、顔を真っ青に変えてしまった。

 

「しゃーねえッスよ!だったら先輩が紫雲さんに勝ってくださいよおおッ」

 

「てめー俺らが勝ったらどうなるかわかってんだろぁなっ!?」

 

「勝ってから言ってください!勝ってからぁっ!」

 

 狂乱する少年に突如助け舟を渡したのは、それまで熱心にアイスクリームを頬張っていた太った青年だった。

 

「山代ー、下がってていーぞー」

 

「ウ、ウッス!垂水先輩、マジ後でアイスおごらしてもらうんで!」

 

「んー」

 

 アイスクリームをめいいっぱい頬張りつつも、垂水(たるみ)と呼ばれた肥満青年はGOODサインを左手に、山代へアイコンタクトをしてみせた。

 

 親指を立て合う2人。眞壁の額に、リアルな青筋が走る。

 

「おい山代!山代ォ!いいのか?あ?いいのか、いいんだなァ?!またアフロにすっぞテメー!」

 

「あああああ!ああああああもうやめてくださいよ!もおおおおおやめてくださいってぇぇぇぇぇぇ!!それやったらマジで俺もッ――ひッ」

 

「はあ?!やったらどうなるってんだオマエあ?」

 

「冗談じゃないッスよおお!ここまで伸びるの大変だったんスから!まだウィッグなんスからねオレェッ!」

 

 茜部と垂水が『えっ!?』という風に、若干の驚きを山代少年へとみせている。

 

「テメェが腐ゲーの厨房みてえなロン毛してっから燃やしたくなんだろうが!」

 

「……ダメだ……やっぱダメだ……あの人らに好き勝手させっかよ……」

 

 

 怒りながら笑う、という器用な芸当を見せる学校の先輩を、仄暗はやむなく止めに入る。

 

「眞壁先輩、可哀想ですよ」

 

「山代は俺が目ェかけてた後輩だ。ここへ入れたのも俺なんだよ」

 

 荒い恫喝のセリフとは裏腹に、それほど山代の裏切りに腹を立ててはいないようだ。不機嫌さを顕にしているが、どうみても眞壁は心では楽しんでいるようである。

 

 

 

 

 皆が、山代の動向に意識を向けていた。仄暗はその瞬間を、またとない好機だと捉えていた。

 

 携帯をポケットから取り出し、こっそりと画面をのぞき見ようとして――。

 携帯が、壊れてしまった。ピシッ、と小さな音を立てたかと感じた瞬間。

 燃えるような痛みが、仄暗の手の平を襲った。

 

「あっつ!」

 

 携帯は仄暗のスニーカーに落ちて、音も立てずに地面に転がった。

 ヒリヒリとする手の内をさすりながら、彼女は心当たりを見上げた。

 透き通った視線が突き刺さる。紫雲が、こちらをしっかりと観察していたのだ。

 

「携帯はもう触るな。凍ってるぞ」

 

 いつのまにか気づいていたのか、眞壁が耳打ちするように注意を払った。

 

「仄暗。変な気を起こすなよ。キッカケになるかもしれないからな」

 

 

 

 

「山代!まだ間に合うぞ。今来いッ。今来たら許すから。さあほら?な?おーい」

 

 引っ込みかけた山代を押し戻したのは、今度は陽比谷が迫った最終確認だった。今の今まで、陽比谷も眞壁と山代の寸劇に笑いを零していたのだ。

 

 うすい笑みとともに、こちらへ来いと手を仰ぐ陽比谷を見て、山代少年は冷や汗を流し始めた。

 交互に紫雲と陽比谷の様子を窺い、迷宮からの脱出路を探るように、ゴクリと喉を鳴らし、迷う。

 

「鷹啄さんの話も山代の話もどうでもいい。時間の無駄。今日は決着を付けに来た」

 

 メンバー2人の行末にとことん興味の無さそうだった紫雲が、きっぱりと宣言した。

 "能力主義"の全員が口をつぐみ、静寂が生じた。

 仄暗にはわからなかったが、紫雲という少女は決して冗談を言うキャラクターではなかったのだ。

 

 山代少年はどちらがよりユーモアの通じない相手か、即座に判断したらしい。されど、若干の人情が、彼を再び中立の立場へと突き動かしたようだ。

 

「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」

 

 なんとも突飛な行動だった。とうとう吹っ切れてしまったのか。

 

 山代少年は突如、ビルの屋上から飛び降りた。

 

 仄暗は大きく目を見開いた。が、その瞬間。

 

「う、ううう、ああーっと!よぉぉしこっからこっちは中立派の陣地デース!」

 

 何もない空中を、少年は走りだした。まるで透明の見えない板を掛け渡したかのように、空を力強く駆けて、数メートル離れた隣のビルの屋上へとたどり着いたのだ。

 

 "空中楼閣(エアキャッスル)"。空力使いのLv4たる山代の能力は、空気を圧縮して自由自在に足場を作る。器用にも、彼は力を振り絞れれば十数メートル四方の"空気でできた要塞"を宙に建設してみせる。

 

 ビルに乗り移った山代は、次は身振り手振りで、自分のいる屋上エリアを手で囲む仕草を繰り返した。なにやら若干意味不明だが、彼の言葉通りならばそのエリアに立つ者は中立派であり、要するに両陣営ともに自分に手を出すな、と言いたいのであろう。

 

「中立派!鷹啄せんぱーいッ、こっちですよーッ!」

 

 山代は全身全霊に、全力で仲間を呼んでいる。悲痛な真顔で、鷹啄を呼んでいる。

 

 皆の視線は今一度、隅っこの鷹啄へと舞い戻る。

 そこでは。

 困り顔の鷹啄が、山代と合流したそうにモゾモゾと動いていた。

 

 

「残念だが!鷹啄さんは味方だ――――よね?」

 

 陽比谷に見つめられ、鷹啄はうっ、とうろたえた。だが、しかし。

 

 パッ、と。一瞬で彼女の姿は消失した。ついでに印山もだった。

 次の瞬間、彼女たちは山代の真横に現れた。

 

「って……鷹啄さん!?鷹啄さあああん!あれ、なんで?」

 

「ごめーん陽比谷くん!わたし、ワタシ中立派だけど陽比谷くんのこと応援してるよーっ!」

 

「た、鷹啄さん、私ッ!私は?!私も連れてって!?」

 

 仄暗と目が合うと、ぶんぶんと首を横に振った鷹啄。そんなことをしでかしたら中立派でいられなくなる、と表情で語っていた。

 

「裏切り者……」

 

 と言いつつも、岩倉はどこか嬉しそうに陽比谷の傍に立っていた。それを見ないふりをして、陽比谷が叫ぶ。鷹啄まで裏切り、すこし焦っているらしい。

 

「鷹啄さんも山代もこっち来なって!今なら許してあげるとも!紫雲は冗談通じないぞ!?」

 

「陽比谷さんだって紫雲さんにビビってるじゃないッスかッ!オレをまきこまないでくだざいよもおッ!」

 

 陽比谷は混じりけのない怒りをほんの少し顕に、叫び返す。図星をつかれたのかは本人にしかわからない。

 

「あ゛あ゛ん山代!いいのかコウモリはどこいっても嫌われるぞ!」

 

「オレらコウモリではなく風見鶏デース!」

 

「はぁ?!」

 

「あああーっとぉそういえば先輩たち一戦交えると言うならばじきに警備員がやってきますよねだったらオレ道塞いどきますよーぬりかべでーすぬりかべぬりかべー、ごゆっくり!」

 

 ゴミを見るような目で印山が山代を睨んでいたが、鷹啄に肩をつかまれ引きずられていった。そうして、中立派3人はビルの裏側へと姿を隠してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふぅぅ、と陽比谷が息をつく。誰もが口を噤む。その場に静寂が蘇った。かと思いきや、垂水が新たなアイスクリームの封を切る、バリッという音がして、やや締まらなかった。

 

「見て分からない?中立派の子たちは貴方たち"火薬庫"を怖がってる」

 

「いやその件に関しちゃどっちもどっちだと言わせてもらう」

 

「さて。もういいでしょう。そっちの時間稼ぎも弾切れのようだし。岩倉さんの視力も、いくらなんでも回復しているはず」

 

 紫雲の掛け声に、"冷蔵庫"の2人は覚悟を決めたようにもう一歩、躍り出る。垂水も間が空いたが、アイスを捨てた。

 

 陽比谷は唐突に振り向くと、仄暗に口パクだけでこういった。

 

(仄暗さん、警備員(アンチスキル)に連絡してくれてるよね?)

 

(え?いや……ええ?!呼んでないよッ?)

 

 今度は、仄暗が盛大に首を横に振っている。え?戦らないのか?と眞壁が陽比谷をアイコンタクトを取ると、もちろんやるとも、と陽比谷はやや元気を失って反応を返した。

 

「それが貴方の流儀、なんでしょう?」

 

 陽比谷は決闘をからかわれたせいなのか。そこで初めて、紫雲に対して、明確な敵意の感情を吐き出した。

 

「正しくは"僕らの流儀"、だ。アンタのそんな態度を見るたびに嫌気が刺す」

 

 

「さっきからチョーシばっかくれてんじゃねーぞ陽比谷ァ!」

 

 腹に据えかねたのか、垂水はついに怒声をあげた。ただしそれは、バキバキ、という轟音の響きでぶつ切りにされていた。そして轟音と同時に、"冷蔵庫"3名の立つビルがミシミシと揺れ始める。振動は垂水の怒りに対応しているように見えてならなかった。

 

「火達磨になる前に失せろよデブだるま」

 

 一方、陽比谷の反応は冷徹そのものだった。

 

「マァージで。調子に乗るなよ陽比谷よお。まともな口の聞き方ができるようになるまで夏風邪の刑に決定だ、一年。てえか、なんだそのピチピチスーツはよ?レーシングスーツか?見ない間にお笑い芸人に鞍替えか?いぃじゃんいいじゃん!オマエなら売れるって!くひはっ!」

 

 指摘されたスーツを自ら眺め、パチリと目を瞬かせた。着用している本人はその奇抜さを忘れてしまうということだろう。

 

 陽比谷は振り向き、2人の"火薬庫"メンバーに目配せをした。眞壁と岩倉は辛そうに互いを見比べて。ややして諦めたように、顔を俯かせた。

 

 その途端だった。

 

 二人の服が、勢いよく燃えていく。

 それは、二人のパイロキネシストによってなされたものだ。

 岩倉火苗。能力、"熔岩噴流(ラーヴァフロー)"。物質をあっという間にドロドロに加熱させる能力だ。

 一方の、眞壁護煕。能力名は"摩擦炎上(フリックファイア)"。摩擦熱を掌握し、動いている物体ならば、瞬時に猛火で包み込む。別名、人体発火(ウィッカーマン)、炎上物体(メテオロイド)。

 

 衣服はとうとう、焼け落ちた。その下からは、陽比谷とお揃いの耐火スーツ姿が現れた。

 

「ぶはははははっ!わかった、お笑いトリオか!?」

 

 

「笑ってるとこ悪いが、このスーツ、性能は最高だって言わせてもらおう」

「オマエはアイス食わなくなった途端ペラペラ喋り出してウッゼェんだよ。いいからアイス食ってろよピザッ」

「汚らわしい目でこちらを見ないで貰えますか?」

 

 三者三様の言い様に、垂水は蔑んだ笑みを浴びせかけたまま。

 そんな彼の態度を諌めるように、紫雲が横から口をだす。

 

「たしかに笑ってる場合じゃない。相手も思ってたより油断してない。たぶんあのスーツじゃあ濡れないし、凍らない。それに、彼らも自分自身を火傷させずに思う存分能力を使えるようになる。武器も用意してきてる。垂水、本気だせる?」

 

 岩倉が手に持ったアーチェリーを、正確には握られた矢――爆薬を固めて作られたものだ――を、紫雲はしっかりと観察していたらしい。

 

「……わぁーってますよ、もちろん」

 

 紫雲の喝で、垂水は真顔に戻る。

 

「茜部。垂水のフォローに徹して。私のことは心配ない」

 

「はい」

 

 

 いよいよ喧嘩が始まるようだ。仄暗は壊れた携帯を悔しそうに眺め、先ほどの鷹啄のように通りの隅に陣取る他なかった。

 

「今更だけど、ずっと疑問だったことがある。始める前に聞いておく。高一で私より弱い貴方には任せてられない。だから前団長は私を指名した。そういう事じゃなかったの?それに逆らうというのなら、こそこそやってないで真っ直ぐ私の所へ来るといい。"能力主義(ココ)"は強さこそ全て、なんでしょう?貴方の言い分だと」

 

「美邦さんがアンタなんかを指名したのは僕へのメッセージだったんだと思ってる。美邦さんが残した宿題なんだよ。早くアンタをブッ倒せ、っていうね」

 

 紫雲や垂水が文句を言いたそうに口を動かそうとしていたが、その前に陽比谷が畳み掛けた。

 

「だが。新団長にも少しは時間をくれてやらなくちゃあならないと思ったのさ。で、二週間ほどたった今、改めて言うけど。やっぱアンタじゃダメだ。今の"能力主義"は見てらんないんだよ。僕が」

 

「可哀想。貴方、その若さで懐古厨ってやつ?」

 

「かもね。今じゃあ僕が一番の古参だし。でもすくなくとも、僕がここに入った4年前は。今みたいにダベリ場を提供するだけで、ステータスを誇るだけの"無意味な同好会"じゃあなかった」

 

「それは私だけの責任にはならない。組織は人が変える。組織が人を変える訳じゃない。少なくともココはそうだった」

 

「まあ、否定はしないよ。だが、ちょっと卑怯じゃないか紫雲?もちろん僕も詳しくは知らないが、アンタ"暗部"とかいうのにウチのメンツを関わらせてるって話じゃあないか?」

 

「……へえ。何それ。誰に聞いたの?」

 

「因縁つけてんじゃねーぞ陽比谷!テメェーこそ統括理事会の――」

 

「オマエは黙ってろや水風船!テメエこそあまつさえ"無能力者狩り"なんてやらかしてる首謀者だろうが!よくもウチの名前に泥を塗ってくれやがったな!」

 

 激情をそれとわかる形で初めて表に出した陽比谷は、犬歯を剥き出し、吠えた。

 それは、非常に珍しいことだった。それこそ、今まで見たこともなかった彼の表情に茜部はぐっと拳を握り締め、恐怖を押さえ込んでいる。ほとんど発言していない茜部だったが、彼女は中学3年生であり、敵対する"火薬庫"のメンバーは全員が年上であった。ゆえに、なかなか会話に割り込むことができなかったのだ。

 

「アンタらさえ排除できれば僕の敵はいないだろ?紫雲。あとは好き放題さ」

 

 陽比谷が言い終わるや否や、その時。

 バキバキバキ、ミシリ、と。ビルが激しく音を鳴らし、振動した。

 

 野太い水道管が、破裂でもしたのか。金属の管が軋む爆音も聞こえてきた。

 次の瞬間。

 "冷凍庫"たちの足元、ビルの側面はヒビ割れて、漏水が所狭しと吹きだしてきた。

 そして――。

 間欠泉のように吹き出た水は寄り集まって、巨大な水塊となった。

 誰もが口を揃えて言うだろう。どう見ても、大能力級の――水流操作(ハイドロハンド)だと――。

 しかし、事はそれだけでは済まなかった。吹き出る漏水の合流はとどまるところを知らず、水塊はいつまでもいつまでも、際限なく膨張しつつある。

 

「垂水。食べ物は粗末にできないからね。アンタが火達磨になる前にアイスだけはあずかっといてやろうか?いつも疑問だったんだけど、アンタいくつ持ち歩いてんです?」

 

「おい陽比谷。年上にマジでいい度胸してんよオマエ死ぬぞ?死ぬか?あ?死ね」

 

「俺はどうすんだよメタボ」

 

「うるせぇーよマッチ坊(笑)」

 

 

 摩擦熱を操る眞壁は、とりわけマッチ棒という渾名を嫌っていた。垂水の言葉にキレた眞壁は、背中に隠し持っていた、手裏剣のようなナイフ――アフリカンナイフという凶悪な形をした刃物――を、おおきく振りかぶった。

 

 岩倉は弓を引き絞る。

 

 投擲されたナイフは、空中で火花を散らし、瞬く間に――業火に包まれた。

 強烈な火炎の渦となったナイフは目にも止まらぬ早さで垂水へと向かい――。

 それは、岩倉の矢と同じ材質でできていた。爆薬に点火できる温度へと、眞壁が能力を調節したその瞬間。

 

 ナイフは垂水のすぐ目の前で、爆発を引き起こした。

 

 

 

 




めちゃくちゃ投稿が遅れてしまいました……

生存のご心配すらさせてしまったみたいで、自省する思い出です。


か、感想は明日までに絶対返信させていただきます。長らくお待たせしてしまいました。本当にすみませんorz。

ちと雨月っちゃんの出番少なかったんですが、次、みっちりきます。
3人娘もきます。


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