とある暗部の暗闘日誌   作:暮易

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episode03:不滅火焔(インシネレート)

 

 

 

あっというまに春休みが終わった。気づいたら、小学六年生になっていた。早いなあ。春休みの間に、うちの園に新しいメンバーが増えた。特筆すべきことといったらそれくらいだろうか。

 

男児が1人、女児が2人だ。特に問題を抱えていたのは男児のほうで、その子の名前は調川真泥(つきのかわみどろ)といった。真泥は親による長年の虐待の末に、この学園都市に"置き去り"にされた。

すべてに遠慮して、自分からはほとんど喋らない彼の様子を見ると、うちの園のメンバーはかまわずには居られなくなるらしく、真泥はひっきりなしに驚いたような顔をみせていた。

 

火澄も真泥に構いたくて仕方がない様子であった。しかし、彼女には気の毒に、気が強そうに見えるその外見と、一番の年長組だという理由から、彼には少々怯えられている。

 

一方のオレは、試しに真泥に対する興味や感情を能力で消して近づいてみると、全くといっていいほど警戒されなかった。そのため、わりと彼の世話を焼いている部類に入るんじゃないだろうか。

 

 

 

オレの能力が強能力(レベル3)に達したためか、新学期のクラス替えで火澄と同じクラスになった。能力開発(カリキュラム)に力を入れる進学校の多くは、能力強度(レベル)に応じて厳密にクラス分けを行っているところがほとんどである。

 

オレ達の通うような、第十二学区の外れにある神学系の学校は、以上に上げた進学校のように"能力開発"に力を入れているとは到底言い難い。

それでもさすがに、"無能力者"や"低能力者"と、"異能力"、"強能力"、"大能力"を発現させるような高位能力者を混雑させ、効率を悪くするほど愚かではなかったようだ。

オレが新たに配属されたクラスは、この学校の高位の能力者を集めた特別開発クラスといったものであるらしい。

 

 

見ない顔がほとんどだが、火澄のほかに一人、何時もオレに絡んできた苛めっ子グループの代表格、風力使い(エアロシューター)の少年の姿が確認できた。

彼と目が合うと、ものすごい形相で睨み返してきた。正直な話、情けないことに、以前は彼のことが少し恐かった。

しかし、今は毛ほども怯みを感じない。興味がなくなったので、すぐに視線を向けるのを止めたのだが、彼のあの様子だと、まだオレの方を睨んで居るんだろうな。

 

 

春の風物詩、クラス委員の選出に、迅速に火澄が推薦されると、皆何の異論もないようで、即座に彼女がクラス委員長へと任命された。

火澄は毎年委員長やってた気がするな。このクラスは昇級時のメンバーの入れ替えが非常に少ないと聞いている。火澄が委員長をやるのは毎年恒例のことらしい。

 

火澄と同じクラスになったのは、小学一年生の時以来だった。当時のことはおぼろげだが、その時は毎日一緒に帰っていた気がする。

この年になって登下校を一緒にするのは恥ずかしいところであるが、食材の買い出しの手伝いなんかは、少しは効率よくなるだろうか。

 

「景朗、ホントだったんだ。強能力(レベル3)になったの。」

 

休み時間。何とはなしに火澄との会話が始まると、唐突に話を振られた。

 

「いやいや。さすがにそれはないだろ。おまいさんは前から知ってただろ。まだそのネタ引っ張るの…」

 

一月前。学期末。小学五年生最後の身体検査で、オレがレベル3を叩きだしてから。彼女の悔しがりようは半端ではなかった。

万年レベル1、能力のパッとしなささから陰口を叩かれていたヤツに、いきなり能力強度(レベル)で並ばれたのだから、さもありなん。

おまけに、純粋な勉学の成績は、微妙にオレが勝ち越すようになっていたのだから、その焦りは当然のものだと言えよう。

 

春休みの間、彼女に「アンタ、ホントにレベル3になったっていうの……。むぅぅ!ちょっと能力使って見せなさいよ!」という風に、さんざん疑われていたのだ。

 

オレと一番近くにいた火澄ですらそうだったのだ。案外、周りのヤツは、オレが実際に特別開発クラスに配属されたのを見て、改めて本当にオレが"レベル3になった"のだと実感しているのかもしれない。

 

オレの言葉を聞くと、火澄はけたけたと笑い出した。やはりからかっていたらしい。他のクラスメイトはそんなオレたちの様子を物珍しそうに眺めつつも、結局誰も話しかけてこなかった。

 

オレが警戒されているのか、それとも火澄が恐れられているのか。なんとなく、後者な気がした。

 

誇張抜きに、火澄の発火能力はこの学校では一番注目されている。大能力(レベル4)まじかだという噂も聞いている。

本人に聞いたところ、噂と互い無く、今年の目標は"レベル4"に到達すること、だそうだ。せっかく能力のレベルが並んだというのに、またすぐ抜かれてしまいそうだ。

 

 

 

 

帰り掛けに、何時ものいじめっ子少年グループに絡まれた。

 

彼らの話を聞くと、要するに、レベル3になったからって調子に乗るな、だそうだ。現金なもので、能力のレベルが上がった今、コイツらのことは全くもって恐くなくなっている。

それどころか、これからも毎回コイツらに付き合うことになるのかと思うと、とてつもなく面倒くさい気持ちになった。いい加減ケジメをつける時が来たんだろうか。

 

「あのさ。もう絡むのやめてくんない。もうオレはレベル3になったんだし、前とは違くね?お前らの理論だとさ、オレよりレベルの低いお前らこそ、調子に乗っちゃいけないんじゃないか?」

 

能力強度(レベル)が逆転したとたんのこの発言である。とんだクソ野郎だった。よくよく考えると苛められて当然でしょう、こんな事言うやつ(笑)。

 

オレの言葉を聞いた途端に、彼等は烈火の如く怒りだした。いや、正直、ムカつくのも無理はないな。能力上がった途端にこんなこと言いだすヤツが居たら、誰だってイラつくかも。

自分自身がこんなクズ野郎だったとは……新たな発見である。いやでも、そもそも君たちが毎度毎度オレに絡まなきゃこんなことには…

 

 

「マジでやっちまうぞ、テメェ。テメェの能力が"レベル3"になったところで、どうにかなんのか?」

 

何本か血管がぶちキレてしまっている様子の、風力使い(エアロシューター)の彼の言葉である。ごもっともな発言だった。

でも、こっちだっていつまでもオマエらに絡まれるのはごめんなんだ。すまない。

 

「ああ、やるんならかまわねえよ。正直、もうオマエらに負ける気がしないんだわ。全員でかかってこいよ。今までの礼を返してやる。」

 

まさか、こんなセリフを言う日がやってくるとは…。ロクにケンカしたことも無いくせに、ホント生意気なヤツである。

 

ビビリ成分, 怯え成分ゼロ、交じりっ気無し。自信満々のオレの勝利宣言に、リーダー格以外の2人はあからさまにビビっていた。

一方、リーダー格の眼はもうイッちゃってるんじゃないかな、ってぐらいに怒りに染まっていた。だが、3人がかりで挑んだ挙句、返り討ちに会ったとなれば、彼等にとっても「明日は我が身」であろう。

 

彼等は捨て台詞を放ち、去って行った。気づけばなんと、拳も交えずに追っ払ってしまっていた。拍子抜けだったが、やはりこの学園都市では能力の強度(レベル)がそれほどまで絶対的なステータスだったというわけなのだろう。

 

とにかく。これからは彼らも絡んではこないだろう。面倒くさいことが一つ消えた。良いことだ。この時のオレは完全に気が抜けていた。だから、この後。彼らが卑怯な手を使って報復してきた時に、その怒りを抑えきれなかったんだろうな。

 

 

 

 

 

帰り道。うちの園まで歩いて残り10分ほどといった所で、先程の少年グループと再び遭遇した。なんと、先述の調川真泥を人質にとり、オレに復讐するために待ち伏せていたのだ。

真泥のランドセルを引っ掴み、フェンスに押し付けている。彼は泣きそうな表情を通り越して、怯えに怯えて震えていた。

 

一目見て状況を察した。真泥がコイツらに捕まったのはオレのせいだ。ヤツらは真泥という人質を手に入れ、自らが立つゆるぎないアドバンテージに笑みを浮かべていた。

オレに怒りを覚えるのは仕方ない。だが、いったいどういう発想でこんなことをしでかすのか。理解できなかった。

 

「雨月さん。ごめんなさい。ぐすっ…」

 

初めて会ってから、毎日顔を会わせているというのに、真泥の口調は未だに固かった。虐待と、小学一年生の時のいじめのトラウマで、彼は誰に対しても遠慮し、脅えて自分の意見を伝えることができないのだ。彼には申し訳ないことをしてしまった。謝らなきゃいけない。

 

「コイツ、テメェんとこのガキだろ。オラ!」

 

リーダー格の少年は、真泥のランドセルを引っ張ると、またフェンスに押し付けた。

 

「うぐっ」

 

真泥は小さい体をフェンスに押し付けられ、くぐもった声を漏らした。小学二年生と小学六年生とでは、体格が違いすぎる。そもそも、小学六年生が小学二年生に手を出すなよって話だ。

オレは覚悟を決めた。オレ自身の問題なのに、真泥に被害が及んでしまった。コイツらとの関係をここで清算してやる。

 

「わぁったよ。大人しくオレがやられればいいんだろう?真泥が可哀想だから、もう手を放してやってくれよ!」

 

とりあえず、彼を自由にしようと思った。だが、少年たちが真泥を解放することはなく、オレを無視して彼を小突き始めた。どうすればいいかわからなかった。そして、もうキレてもいいんじゃないか、と思い始めていた。

 

「やめろ。真泥を放せ。それ以上やったら、もう手加減しねぇからな。」

 

オレの言い方が悪かったのだろう。それを聞いたリーダー格の少年は、イラついた表情を見せ、再び真泥に手を伸ばした。

 

その時。能力を解放した。

 

ヤツの伸ばした手がスローモーションのように、非常にゆっくりとしたスピードに映る。その手が真泥に到達する前に、オレは一瞬で相手の懐に踏み込み、隙だらけの横っ腹に手加減を加えたパンチを打ち込んだ。

 

しかし。能力を未だ完全にコントロールしていない状況で。ロクにケンカなどしたことのなかったオレの"手加減"は完全に未熟なものだった。殴った相手は4,5メートル吹き飛んだ。

後で知ったのだが、この時すでにソイツのあばら骨は数本折れていたらしい。

 

残りの2人の少年に対しても、リーダー格の少年が吹っ飛んだのとほぼ同時に、同じく横っ腹にパンチを食らわせた。この少年たちには、自分も何度もパンチを食らっている。彼らを殴った罪悪感は微塵も無かった。

 

真泥の正面に立って、反撃に備えた。が、いつまでたってもそれはやってこなかった。吹き飛んだ彼らは、腹部を抑えてすすり泣き、地面に伏したままだった。

オレは彼らを殴る際に、湧き上がる興奮を制御せず、むしろ自ら昂るように精神を昂揚させていた。

 

いきり立ち、横たわる3人をまとめて引きずって、彼らが真泥に行ったようにフェンスに押し付けた。

 

「これ以上やられたくなかったら、もうオレ達に絡むな。オレを狙うってんならいつでも相手になるけどな、うちの施設のヤツらに手を出すのは絶対に許さねえ!

今さっきは手加減したけど、次はもうやらない。今度は力の続く限りボコボコにしてやるからな。」

 

オレの言葉を聞いた彼らは、心底脅えた目をしていた。泣きながらも、必死に「わかった」と繰り返していた。オレは真泥とともに、すぐさまその場を離れ、聖マリア園へと連れ帰った。

 

 

 

園に着くまでに、何度も何度も、面倒に巻き込んでしまったことを真泥に謝った。彼の表情が、さきほどよりだいぶ安堵していた風だったのは、オレにとっては救いだった。

園に着いた後すぐさま、汚れてしまった彼と、そのランドセルを綺麗にした。それが終わる頃には、真泥の表情は穏やかななものになっていた。

 

「真泥くん、本当にごめんね。オレのせいで迷惑をかけて。これからは、アイツらに何かされたら、スグにオレに報告してほしい。絶対だよ。オレのせいで真泥くんに迷惑がかかるのは耐えられないんだ。」

 

オレがそう言うと、真泥くんはわずかに微笑んだ。

 

「もういいよ。…雨月……に、兄ちゃん。助けてくれて、ありがとうございました。」

 

真泥は許してくれた。しかも、それだけじゃなく、オレを兄と呼んでくれた。

 

「お。今、兄ちゃんっていったな!いいんだよ、それで。オレたちは同じ園に住む家族みたいなもんだから、ぶっちゃけ他のみんなにも"さん"付けなんてしなくていいんだぜ。これからもオレのことは兄ちゃんって言ってほしいな。」

 

すこし間が空いたものの、真泥はおそるおそる、オレの言葉にうなずき返してくれた。これからは、もっと彼と仲良くやっていける。そう確信した瞬間だった。

 

 

 

 

オレが殴った少年たちが、病院に運ばれた。その知らせを聞いたのは、ちょうど火澄と一緒に夕飯の準備をしていた時だった。明日、クレア先生とともに、学校に事情を説明しに行かなくてはならないそうだ。

 

その話をしたクレア先生は、今までに見たことのないくらい泣きそうな顔をしていた。最初は、オレが3人の少年を怪我させたとは到底信じられずに、何かの間違いではないかと主張したそうだ。

しかし、警備員(アンチスキル)から、間違いなくオレが少年たちを負傷させたのだと、少年たちの証言、監視カメラの映像を用いて説明され、受け入れるしかなくなったという。

 

今日、オレが何をしたのか。怪我をした少年たちにこれまでオレが何をされてきたのか。包み隠さず話さなければならないと思った。

 

オレの話を聞いたクレア先生は、一瞬、辛そうな顔をした。そして、一発。オレの頬を思いきり張った。同時に、彼女の瞳から一筋の涙がこぼれた。

 

いじめに気がつかなかったこと。真泥が巻き込まれたこと。何も気づけなかった自分が、オレに対して説教をする資格など微塵もないと。けれども、オレの手加減がもっと危険なものだったら、下手をすれば少年たちは内臓まで損傷させ、死んでいたかも知れなかったと。

 

オレが危険極まりない行為をしてしまった事実だけは、何とか伝えなければいけなかった。そう言ってオレを抱き締めると、クレア先生は彼女自身の嘘偽りない素直な気持ちを、いつまでも呟き続けた。

 

"レベル"が上がって、オレは本当にクズ野郎になってしまったみたいだ。

咄嗟に、反射的に能力が作動した。さきほど、先生が張った頬の痛みを、オレはまったく感じることが出来なかったのだ。

 

 

 

 

すっかり遅くなってしまった夕飯の後、火澄と2人で料理の後片付けをした。彼女は夕飯の前から、ずっとオレに何かを言いたげだった。その話が聞けるのを、今か今かと待ち構えていた。

しかし、彼女は先ほどから黙り込んだままで、沈黙がしばらくその場を支配していた。

 

ついに、火澄が口を開いた。

 

「景朗、あのさ…。今日は…大変だったね。」

 

「はぁ。そのとおりだったよ。おまけに、今日だけじゃなくて明日もひと波乱あるんだろうさ。」

 

彼女は言いづらそうな表情を変えなかった。慎重に言葉を選んでいる風に、ゆっくり、間を空けながら再び話を続けた。

 

「あのね。景朗。確かに、今日、アイツらに怪我をさせたのは軽率だったと思うわ。幸い、ケガはあばら骨の骨折だけで済んだけれども、運が悪ければもっと酷いことになってたと思う。」

 

「馬鹿だった。火澄の言うとおり軽率どころじゃなかった。オレがした手加減なんて、あてずっぽうで、感で力をセーブしただけのものだった。アイツらに怪我をさせた責任はとらなきゃならないよ。いくらアイツらが前からオレのことをいじめていたんだとしても。…やっぱり、オレのこと見損なった?」

 

「ちッ、違うの!私、景朗のこと見損なったりなんてしてない!」

 

彼女はオレの問いをすぐさま否定した。そしてオレの顔を見つめると、視線を合わせたまま固定した。オレたちは見つめあっていた。決して嬉しい空気ではなかったが。

 

「さっきはアナタを咎めたけど、続きがあるの!ワタシが続けて言いたかったのはね。今日のこと、あまり気にしないで、元気を出して、ってこと。大怪我をさせそうになったことだけ考えて、1人で思いつめたりしないで。

アイツらが、真泥を狙ったりして、景朗もどうすればいいかわからなかったんでしょ?今日、景朗がやったことは、褒められるべきじゃないけど、それでも、何事もなくすべて完璧に対処するなんてマネ、誰にもできっこなかったわ。誰も、あなたを助けなかった。だから…だからね…」

 

言葉じりを曖昧に濁す彼女を見つめる。

 

「だからッ…その…。ワ、ワタシは、景朗の味方だからッ。今日のことで、これ以上落ち込まないの!アイツらを病院送りにしたことで、誰かがあんたの悪口を言おうとも、ワタシは、あんたが乱暴なヤツだなんて思わない。今日たまたま、暴力を奮ってしまったけど、それであんたのこと、嫌いになったりしないんだからね!」

 

恥ずかしいセリフをいうヤツだな。照れてしまった。嫌いになったりしないって、なんだよ。じゃあ…好き…なのかよ。浮かんでくる返し言葉も、恥ずかしくて言い出しにくかった。

 

「ありがとう、火澄。すんごい頼もしいよ…。ホントだぜ。」

 

とっくにオレから視線を逸らしていた彼女は、シンクの食器に向かいながらも、オレの返事に照れて、ブツブツと、此方に聞こえないような小さな独り言をつぶやいていた。

 

 

 

 

翌日。クレア先生とともに学校に出頭し、事件の顛末を説明した。クレア先生はただひたすらペコペコと頭を下げ続けた。見ているだけというのは辛かったが、オレは何もするわけにはいかなかった。状況を悪化させたくなかったら、とにかくすべてを先生に任せなければいけなかった。

 

少年たちの治療費はうちの園が出すことになった。とは言うものの、この学園都市で学生にかかる医療費なんて、タダに等しく、それは大した問題ではなかった。

だからこそ、こう言う事件の場合、責任の追求の矛先、各方面のメンツが優先事項となり、先生があちこち何度も頭を下げに行かなくてはならなくなった面もあるのだが。

 

 

 

 

 

夏が目前に迫った、とある週末。定期的な幻生先生による実験調査の日。いつものように実験を終えると、その日は幻生先生から、なんと小学校卒業後の進学先についての話を振られたのだった。

 

一般的な中学校は、小学校と比べると当然、終業時刻が遅くなり、平日の実験参加はほぼ不可能となる。中学生とは、肉体や精神がもっとも成長する時期であり、それと同時に能力の強度(レベル)の上昇も顕著にみられる時期でもあった。

 

オレの能力にご執心の幻生先生は、中学時の実験時間を今まで以上に増設したいようで、それ故に、オレに対して中学校の推薦の用意があると言い出したのだ。

 

霧ヶ丘付属中学校。第十八学区に構える霧ヶ丘女学院という女子高の付属中学校である。霧ヶ丘女学院と同じく第十八学区に設置され、高校とは違い、男女共学だというのだから驚きだ。

 

幻生先生がオレに要請したのは、この霧ヶ丘付属中への進学である。学園都市指折りの進学校が集まる第十八学区に設立されているとおりに、能力開発(カリキュラム)、特に、イレギュラーな、希少な、ユニークな能力の開発に力を注いでいることで有名らしい。

 

なかでも霧ヶ丘女学院は能力開発分野だけなら、あの常盤台中学にも引けを取らないそうである。もっとも、常盤台はより汎用性の高い、より応用の効く能力者を手中に収めているようだが。

 

 

幻生先生が事あるごとに繰り返すように、"稀少価値が高い能力者"のオレが入学する場所としては、率直に、悪くないチョイスだと思えるけれども。

やはり、あの"木原幻生"の推薦であるためか、どうしても妙な疑いを持ってしまうんだよな。ぶっちゃけ、嫌な予感がする。

 

しかし、幻生先生曰く、中学生の間も実験にきちんと協力するためには、この霧ヶ丘付属に入学してもらうのが一番らしい。先生の口添えで、授業料は免除、奨学金もたんまりと融通してくれるそうである。正直これはもう決まりかもしれない

詳細な条件はとりあえず後で詰めるとして。オレはこの幻生先生の提案に、肯定的な返答をすることとなった。

 

 

話は変わるが、最近の検査でまたひとつ新しい発見があった。結論から言おう。能力が強能力(レベル3)に達してから、オレの体重が急激に増加しているのである。"レベル3"になる前から、外見は全く変わっていないのに、体重が40kgも増加していた。軽くホラーである。

 

幻生先生によれば、オレの筋線維や各部の細胞、骨格、血液にいたるすべての体細胞、身体構造に変化が生じた結果、だそうだ。簡単にいえば、骨の密度がありえないほど大きくなったり、そもそも骨に使われる材料が別のものになったり、ということらしい。

納得した。たしかにオレは肉体変化能力者(メタモルフォーゼ)だったようだ。

 

 

 

 

 

 

初夏。夏休み直前。多くの学生たちが、ひと夏の思い出作りに励むこの時期。夏休み前の最後の壁、身体検査(システムスキャン)やテストが目白押しの期間でもある。

 

新学期早々クラスメートを病院送りにしたオレに、その後のクラス内での快適な生活が見込めるわけもなく。さりとて、堂々とちょっかいを掛けてくる豪の輩もおらず。

 

 

何もなく、ここまで平凡な日々を過ごしていたオレだったが(毎週末の実験だけは平凡ではなかったけれども)。

同じ施設の仲間、仄暗火澄は、小学六年生になってから、正確には、おそらくオレに能力強度(レベル)で並ばれてからなのであろうが、そのころから、以前に増して能力開発(カリキュラム)に心血を注いでいた様子であった。

 

その彼女が、夏休み直前の身体検査(システムスキャン)でついに、大能力者(レベル4)の判定を受けるに至った。

 

"レベル4"。実のところ、さすがに"超能力者(レベル5)に到達する"などというのは、夢のまた夢の話である。

故に、一般の生徒、学園都市に住まうほぼ全ての学生の実質的な目標点は、この"大能力者(レベル4)"に到達することであった。

"レベル4"に、齢12にして到達する、それは230万人を擁する学園都市の中でも、極めて少数の者たちだけに与えられた特権だろう。加えて、彼女が"能力開発"を受けたのは、第十二学区の端に存在する、お世辞にも能力開発に力を入れているとは言えない神学系の小学校であった。

 

彼女の年頃で"大能力"を発現するに足る者は、その殆どがカリキュラムに血道を上げる有名校に在籍する者たちである。彼女の、仄暗火澄の能力を操る才覚の非凡さたるや、わが校始まって以来の逸材である、と学校関係者、教師、生徒もろもろがみな、こぞってその才能を称賛する事態であった。

 

この頃には、彼女に対する劣等感など微塵も感じなくなっていたオレは、もちろん、純粋に彼女の偉業を祝福し、施設の仲間と協力して、"大能力"到達の祝賀会のようなものを開くことにした。

うちの施設から、レベル4の能力者が誕生したのは初めてのことだ、とクレア先生も大喜びしていた。

 

 

 

「火澄お姉ちゃん大能力への到達おめでとう」パーティの当日。何時ぞやのバーベキューの時と全く同じ光景が、聖マリア園の庭先で繰り広げられていた。

そこには、設置されたバーベキュー用のコンロに陣取り、甲斐甲斐しくチビどもの世話とついでにお肉を焼いている、仄暗火澄の姿があった。

 

本来なら主賓の扱いでなければならない彼女に、こんなマネをさせた犯人は何を隠そうこのパーティの発案、企画、実行担当者のオレである。

ちなみに最後までクレア先生は反対していた。だが、「火澄は世話を焼かれるより焼くほうが好きで、こっちの方が結果的に喜ぶはず」だと強調したオレの説得に打ち負かされ、おまけにそれとなく料理の準備班から外されたために、一時は庭のすべり台の上でスネていたが、今は開き直ってひたすらビールとバーベキューを貪っている。

泥酔は戒律違反らしいから、あの様子だと後でビールを取り上げないとダメかもしれんな…。

 

 

火澄をあくせくと働かせている罪悪感が少しはあったらしく、オレはこのパーティが始まってからはずっと、彼女のフォローに徹していた。ふとした拍子に彼女と目が合う度に、恨みがましい視線を送られる。

いや、それはちょっと酷くないか?上げ膳据え膳の催し物をしたって、きっと君は居心地の悪そうな顔をするだろうと思って、こうやってバーベキューをチョイスしたってのに。

それに、バーベキューをするにしても、目の前でオレがたどたどしく肉を焼いたりなんかしたら、「あーもう!見てらんないわ!かしなさいよ!」とか言いだしてたでしょ?

 

どうやら、彼女の不機嫌の矛先がオレに向くのは避けられない運命だったようだなあ。そんな風に考えながら、彼女の顔を先程からいくども見つめているのだけど、すぐに、ぷい、と目を逸らされてしまう。ふむ、実のところ、オレの葛藤は既に彼女も察しているのかもしれないな。願わくば彼女の追及の手が軽微ですみますように。

 

 

宴もたけなわになり、みな自由な行動をとりだした。そのため、幸運なことに、火澄に飯を世話になりながら、肉にありつけられたオレは、ようやく一息つけていた。

満腹になったチビどもは、酔っぱらったクレア先生と楽しそうにじゃれ合っている。腹いっぱいのはずなのに、ガキんちょはやっぱすごいな。

 

火澄とともにバーベキューに齧りついた。やはりすばらしい。素直に称賛した。彼女は、当然ね、と返した。

 

「しかし、すごいな。やっぱり。"レベル4"になってさ、何か変わった?」

 

火澄は、オレの質問に答える前に、食べ物をしっかり飲み込んだ。その後、少し考える素振りを見せた。

 

「んー…。自分自身にこれといった変化はないのだけれど。…変わったのは、むしろ周りのみんなかも。」

 

彼女の答えに、それはどういう意味だろう?という視線を送ると、微笑みながら話を続けてくれた。

 

「ワタシ自身の、能力の上達は、毎日微々たるもので、大きな変化を感じることはなかったわ。それで、毎日毎日少しづつ能力が上って行って、ついに"レベル4"に達したという実感があっただけ。

代わりに、レベル4になって大きく変わったのは、周囲の態度の方よ。みんなに持ち上げられ過ぎて、ちょっと恥ずかしくなっちゃった。…でも、そうね、景朗だけは、ワタシへの対応が全然変わらなかったわね。」

 

火澄はチラチラとオレの方を見つめていた。不思議と穏やかな気分だった。彼女と話すのが楽しい。

 

「いや、オレはさ、火澄が頑張ってるの見てきたし、そのうち"レベル4"になるんだろうな、って予想してたから。さすがにここまで早いとは思ってなかったけど。

 

あーあ、畜生。やっぱりすごいなぁ。レベルが追いついたと思ったら、半年もせずにまた引き離されちゃったな。」

 

彼女はくすくすと笑っていた。しばらく楽しそうに表情を歪めていたが、ふたたびこちらに向き直り、悪戯っぽく、からかうような口調でオレに話しかけた。

 

「そうよ。頑張ったの。最近、勉強の方であんたに負け越してたし。おまけに、能力強度(レベル)まで並ばれちゃって、ちょっと焦ってたの。残念だったわね、儚い夢で。」

 

「べ、別に気にしてないし。…だぁー…、しかし、オレはこれからどうやったらレベルが上がるんだろうな。見当もつかないな…。レベル3の判定が出てから、変わったのは性格と体重だけかよ。」

 

そこまで聞いて、オレの話に疑問を持ったのか、彼女は話に割り込んで来た。

 

「ちょっと、どいうこと?あんたの性格が変わったって話はわかるけど、体重…?が、どうかしたの?」

 

「ああ。まだ言ってなかったっけ?オレさ、ちょうどレベル3の判定が出たぐらいから、ずっと体重が増え続けてるんだ。今じゃ結構重くなっててさ。今じゃちょうど、レベル3になる前の倍くらいになってるんだ。たった3,4ヵ月で体重が2倍になるって、軽くホラーじゃね?それで、外見にはほとんど影響が無いから、誰も気づかないんだよね。」

 

話を耳にした火澄は、急に心配するような表情に変わった。

 

「に、2倍になったって…それ、ホントに大丈夫なの?」

 

「お医者さんが言うには、大丈夫だってさ。簡単に言うと、オレの能力の副作用で、体の組織が一般人とは別のものになっていってるみたい。まだほとんどはわかってないんだけど。お医者さんは今すぐ心配する必要は無いってさ。まぁ、ダイエットでもしてみたら、また違った結果になるのかもしれないけど。」

 

それを聞いた火澄は、表情をまたもやころりと変えて、それは名案だ、というような顔をした。

 

「それはいい考えね。試しにダイエットしてみましょう。ふふん、食事制限は、このワタシがきっちり管理してあげるから良いとして……運動は…。そうだ、夏休みに……ッ。」

 

そこまで言うと、火澄はオレから目を離し、横を向いた。それは一瞬の間だったと思う。すぐさまこちらに向き直った。心なしか頬に赤みがさしていた。しかし、視線をこちらに合わすことはなく、とある提案を持ちかけくる。

 

「か、景朗。夏休み、プールに行きましょう。目標は、あなたのダイエットと、…その…………ワ、ワタシの泳ぎの練習のタメよ。知ってるでしょ?ワタシが泳ぎだけは苦手なの。…どう、かな?……景朗は、乗り気、しない?」

 

「へぇー…。プールかぁ~…。うん、いいね!そうそう、オレの体、外見はほとんど変わってないのに、体重だけどんどん増えてるってことは、密度がすごく高くなってるってことだろう?もしそうなら、プールに行って水に浮かんでみれば、きっとてっとり早く判断できると思う。

もちろんダイエットにもなるし、心配しなくても、火澄の泳ぎの練習、誰にも言わないからさ。さすがは火澄、いいアイデアじゃん。」

 

オレの返事を聞いた途端、今度は彼女の表情が白けたものに変化した。あれ?期待していた反応とちがう…何かマズいこと言ったかな?と、ひんやりしていた。

 

その間に彼女の考えも変わったらしく、とりあえずプールには行くんだし…と無理やり自分を納得させるような独り言をぼそぼそと呟くと、

 

「むぅー…。もう、とにかく!夏休みは一緒にプールに行くんだからね。これは決定事項だから!」

 

その頃になってようやく、オレは火澄と"一緒に"プールに行く事の気恥かしさとドキドキを感じ始めていた。すまん、火澄。そう言うことだったのね。畜生。後の祭りだ。答えを間違ったか…。ん?でも、どっちみちプールには行けるんだし…。まぁいいか。

 

 

 

 

 

夏休みに入ると、一気に例の実験の予定が増えた。せっかくの夏休みなのに毎日毎日、地下にこもり、一日中変な薬品の匂いを嗅ぎ続ける羽目になるのは、正直御免こうむりたかった。だが、幻生先生がうちの施設に援助してくれている金額を考えれば、その誘いを無下にするわけにはいかない。

 

「今日も御苦労様だった、景朗クン。ここのところは連日、長期休暇中だというのにすまないね。最近は研究の進捗が芳しくなくてね…。おお、ところで、先日の、霧ヶ丘付属…だったかな。あそこへの進学の件、前向きに考えてくれておるかね?」

 

「あ、はい。今のところは…また、幻生先生にお世話になろうかと思っています。よほどのことがなければ。」

 

幻生先生の提案は魅力的過ぎた。今の段階では、断る理由すら思いつかない。返事に気を良くした先生は、オレにコーヒーのお代わりを勧めると、進学後の予定について話してくれた。

 

「けっこうけっこう。快い返事を貰えて嬉しいよ。さきほども言ったが、ここのところ研究の進展が思うようにいって居らんのだよ。そこでだね、来年の頭から、外部の研究者と共同で、新しい計画(プロジェクト)に臨むことにしたのだよ。その実験には、キミの協力が必須だったのでね。これでひと安心だ。"契約"の更新は無事に行われた、と言ったところかな。」

 

「はい。…あまりにも危険な実験だと、お断りせざるを得なくなるかもしれませんが。申し訳ありません。」

 

「その心配はないよ。おそらくキミには、新しい概念の脳波調整装置(デバイス)の開発に関わってもらうことになるだろう。その実験には、何一つ危険なことはないはずだ。安心してくれたまえ。」

 

そうか。先生の反応からして、どうやら本当に安全な実験で、正道な、アカデミックな研究内容らしい。これなら心配はいらないみたいだ。すこし安心した。

 

いざ、霧ヶ丘付属中への入学を覚悟すると、途端にやる気が湧いてくる。霧ヶ丘付属は今通っている小学校とは比べ物にならないくらい能力開発(カリキュラム)のノウハウを持っているはずだ。

この機会に、自らのレベルアップを目論んでやろう。いつかは火澄に追いつきたいしね。

 

 

 

 

 

 

待ちに待ったプールの日が来た。火澄と二人でプール。楽しみ過ぎる。あまりに期待しすぎて、前日の実験では、ニヤついた顔を所員さんたちに見せたくなくて、むらむらと湧いてくる欲望を消し去ろうと、能力を強く使用していた。それがうまい具合に働いたらしく、研究員さんに、「今日はいつもより集中してるね。いつもこの調子で頼むよ。」と褒められた。おいおい、オレの能力の実験だと、余計な雑念が入るほど、集中力が増してしまうのかよ。なんという矛盾だ。

 

今日の火澄は、普段よりなんだかかわいく見える。どうしてだろう?お、いつもより髪がしっかり整えられているのか。いつ見てもいいなあ、黒髪ロングストレートサラサラヘアー。やばっ、オレの視線に気付かれる。

 

こんなこともあろうかと、能力を超絶全開にしていたオレは、超速反応で火澄の動きを察知すると、その瞬間を目撃される前に正面を向いた。彼女は、あれー?たしかに視線を感じたのに、と訝しんでいる様子。危なかった。

 

 

目的とするスポーツセンターが位置する第二十学区に辿り着いた。第二十学区はスポーツ工学系の学校が集まる学区である。この学区のあちこち、至る所に存在する、夏休み期間中に解放されるであろう付属のプールが目当てなのである。

 

ここは、この学園都市で健康科学に最も力を入れている学区であるから、大凡エクササイズ目的であれば、最も相応しい場所だろう。そう、エクササイズが目的であれば、ね。

 

初めは、アミューズメント施設目白押しの第六学区か、先進的な娯楽施設が素晴らしい第二十二学区のアミューズメントプールに行きたい、と主張したのだが、火澄に素気無く却下されてしまった。

彼女が言うには、この夏休み期間中だと、そういう行楽施設はどこもかしこも人でごった返し、ロクに泳げないから嫌なのだそうだ。

 

しかし、そうなれば…この代わり映えのしない第十二学区か、それとも行きつけの第十四学区のプールセンターへ行くのか?

……それだけはご遠慮したい。そんな場所へ行ってしまえば、火澄がスクール水着を着ていくことができてしまうではないか!?冗談じゃない。オレは火澄のスク水でない水着姿がみたいのだ。最近富に膨らんで来た彼女の一部分の観察が……あ、それはスク水でもできるか。

 

どうやって説得しようか考えている時に、彼女の方から別案の提示があった。第二十学区の人のいないスポーツセンター等のプールを利用するというのであった。なんだとお、それじゃあ逆に、スク水じゃないとおかしいじゃないか!ビキニとかそういうちょっとえろい系の可能性が…ゼロではないか…

 

残念そうな顔を隠しもせずにいると、彼女の呆れた表情が飛び込んできた。「そもそも、あんたのダイエットが一番の優先事項でしょう?」だとさ。

 

うだるような暑さの中、初めて来訪する第二十学区の様子など見ていなかった。能力を解放すれば、暑さなんか感じなくなるのだが、熱射病や日射病などに全く対応できなくなるからね。そうやってなんにでも能力を使うのは我慢しているのさ。

 

ついに目的地に着いた。昼食を取らずに、昼前にうちの園を出発したので、とりあえず中に入って水着に着替えたら、直ぐに昼食を取る予定であった。火澄がお弁当を作ってくれていた。ま、そうだよね。オレのダイエットだもんね。食事制限まで彼女に任せて忍びないなあ。いやだな、忍びなく思ってるのはホントさ…へへ……。

なんにせよ、プールの中は外より暑さはマシだろう。これは、純粋にプールに浸かるのが楽しみになってきたなあ。

 

 

着替えて、待ち合わせ場所のテラスにやってきた。暑かったから、だいぶ急いで着替えたしな。やはり、オレが先に着いたようだ。火澄の姿はなかった。

 

肝心のプールを拝見する。広い。ていうか、人の姿も少ない。最新鋭の設備のそろった健康科学スポーツセンター、との触れ込みは正しく、外装もインテリアもめちゃくちゃキレイだった。すぐそばの50mプールを眺める。飛び込んだら水がひんやりしてて気持ちいいだろうな。そういえば、この体、浮くんだろうか。あぁぁ、今すぐ確かめたい。だが、我慢だ、我慢。

 

ようやく火澄が来た。彼女の声が聞こえてそちらの方向を向いた。彼女のシルエットが眼に映った瞬間、オレは硬直した。な、なにぃー!?

 

火澄は、オレンジ色の競泳水着を着ていた。しかも、ぴちぴちと体に密着するタイプのヤツだ。

 

ちょ、ど、どうして…これは…え、えろい…なんで…。デルタゾーンなんて、競泳水着とは思えないくらいエッジが効いてて…小学生離れした胸部もオレの脳ミソにパルス波を放っている。

背中も、ざっくりと開いていて、後ろから見ただけだと、ビキニを着ているようにも見える。

 

 

舐めていた 競泳水着は エロかった 雨月景朗 (字余り)

 

脳内に五七五が浮かんできたぞ。アホか。

じっと見つめてしまい、火澄はすっかり恥ずかしがっていた。と、とりあえず褒めなきゃ。せっかく火澄が…火澄が…

 

「すっげぇにあってるよ。な、なんか、競泳水着に対するイメージが180°変わったッス、先輩。」

 

「ダ、ダレが先輩よ!バカぁッ!」

 

照れて胸部を手で覆い隠してしまった。ふふ、だが残念だったな火澄!胸が無ければ太腿を見ればいいじゃない!

 

炎が飛んできた。髪の毛にヒットして、焦げ臭い匂いが立ち込めた。慌ててプールに飛び込んだ。

 

 

 

 

昼食の時間になった。焦げて縮れたオレの髪の毛を見て、火澄が笑いを堪えていた。でもオレは気にしないよ、今日は幸せな日だからな。火澄がお弁当を取り出した。

はからずも、そこまで期待していなかったお弁当だったが、いざふたを開けてみると、その豪華絢爛ぶりに圧倒された。え?食事制限っていうてなかったっけ?

めちゃくちゃ豪勢ですやん…?思わず、率直な感想が口から漏れ出た。

 

「あれ?なんか豪華だね~。今日ダイエットとか言ってたのに、こんな美味しそうなの作ってくれて、もちろん嬉しいけど、カロリーとか大丈夫なの、かな?」

 

オレのツッコミに硬直した火澄は、しだいに顔を真っ赤にさせていった。たっぷりと間が空いてから、慌てて彼女は説明を加えてきた。

 

「え、ええ!大丈夫よ!きちんとカロリー計算はしてあるから、好きなだけ食べていいわよぅ…」

 

語尾を濁したぞ、今。目が泳いでる。プールでまず目を泳がすとはこれいかに。…すいません。顔を赤くしてそっぽを向く火澄がやたらと可愛い。だ、大丈夫かなぁ、コレ。オレ、明日死んだりしないよね?

 

お弁当はとてもおいしかった。ものすごい気合いの入れようだった。目と舌が幸せだった。オレ、この時の幸福感は一生忘れないよ。

 

これから後は、特筆すべきことは何も無く、ひたすら楽しく泳いで、遊んで、はしゃいでいた記憶しかない。あとは…火澄の水着姿を脳内に焼きつける作業で忙しかったくらいかな。

 

彼女に泳ぎを教えたり、なんとか偶然を装ったエロいハプニングを画策したりしたんだけど、うまくいかなかったなあ。でも、とにかく楽しかった。火澄も、すごく楽しんでいたようだった。

 

 

 

 

 

結局。実験三昧の夏休みだった。地下にこもりっきりで、ロクに日焼けしていない。この短いひと夏を思い起こせば、良かったのは、火澄とプールで遊んだことくらいだな。

 

あっという間に新学期。小学生でいられる時間もあと残りわずか。この学園都市では、エスカレーター式に中学校に上がれる人たち以外は、みな中学受験をするハメになる。まぁそこは仕方ない。なんたってここは"学園"都市ですからね。

 

そういうわけで、まだ幾分か暑さの残る新秋。この時期になると、皆が皆次の進学先について、真剣に考え始めるようになる。学園都市には、腐るほど学校が乱立しているが、仲の良い友達同士だと、相談し合い、こぞって同じ学校に通うものたちも大勢いるらしい。

 

もっとも、この能力開発クラスではそのような光景がみられることはないが。皆、能力の研鑽に一生懸命なヤツらだから、そんな友達ゴッコに興味が無いらしい。いうにあたはず、クラスにコレと言った友達が未だに居ないこのオレにも関係のない話である。

 

進学先どこにする?といったほんの世間話程度の会話すら全く無い。火澄と話をしようにも、"レベル"に差があるため、同じ学校に行けるわけもなかった。と、昔ならそのような理由で諦めていただろうが、今のオレはレベル3である。

 

しかも、その希少性を買われてかなりの有名校、"霧ヶ丘付属"への推薦がほぼ決まっていた。もしかしたら、霧ヶ丘付属なら、火澄の進学先にノミネートされても可笑しくないかもしれない。

 

すこしだけ期待した。だが、あっという間にその夢は儚く崩れ去った。なんと、オレが向かう"霧ヶ丘付属"、この中学校、全くと言っていいほど良いうわさを聞かないのだ。

 

そもそも、この中学はほとんど情報を公にしておらず、募集要項すら一般には公開していないらしい(そんな学校ありかよ?)。全くもって謎に包まれた学校だ。2,3聞く噂も、学校で非道な能力開発がおこなわれていて、そこに通う学生は皆うつろな目をしているらしい、とか、そんなやつばっかだった。

 

これでは彼女に話を振る訳にもいかず、自身の進学先をいつ話そうかと、ここのところは毎日悩んでいる。そんな状況だった。

 

 

 

 

そんなある日。ありふれた日常。その日は朝早く、火澄に一緒に学校に行こうと誘われていた。最近では珍しい事だった。通学の最中だった。彼女は、唐突にオレに、進学先について打ち明けてきた。

 

「あのね、景朗。きっとビックリするだろうけど、できるだけ驚かずに聞いてね。」

 

「なんだよ、突然。まぁ、驚かずに話を聞くくらいのこと、オレなら朝飯前だけど。あ、朝飯はさっき食っちまったか。」

 

火澄はオレのからかう態度に機嫌を悪くした。真剣に聞いてよ、という視線を冷徹に飛ばしてくる。オレはわかりましたと言わんばかりに何度もうなずいた。

 

「話し手のワタシが昨日聞いて、直ぐには信じられなかったくらい驚いた話だから、無理かも知れないけど…。あのね、ワタシ、昨日、学校の先生から連絡があってね…。常盤台中学校から、特別推薦入学の勧誘があったのッ。ワタシ、常盤台中学に行けるようになったのよ!どう?すごくない?!」

 

能力を起動させ、感情を制御していたオレは、もちろんその話を聞いて全く驚かなかった。むしろ、その話の不自然さが気になり、疑っていたくらいだった。

 

「それは…確かに凄い話だ。常盤台中学ってこの学園都市の中学校の中で、実質トップの学校じゃないか?

 

でも…ちょっと気になるんだけど、その"常盤台中学"って、かなりのお嬢様じゃないと入学できないんじゃなかったっけ?オレでも知ってるくらいだから、当然こんなこと言うまでもないだろうけどさ…?」

 

その疑問は当然だ、とばかりに、彼女はオレの答えに首肯した。

 

「そうよ。普通なら、家が資産家のご家庭で、かつ、高位の能力者でなければ、入学を許可されないらしいわよ。それで、ワタシも昨日は、何かの間違いじゃないかしら?って思ったんだけど…」

 

そこでオレは、彼女がじっとオレを見つめていたのに気が付いた。気になって見つめ返したが、その瞳はオレに焦点が合っておらず、目と目が合うことはなかった。彼女はそんなオレの行動に気づかず、話を続ける。

 

「ワタシの能力、"不滅火焔(インシネレート)"が、その…自慢話になっちゃうけど、悪く思わないでよ?ワタシの能力、不滅火焔(インシネレート)は、現時点で、この学園都市の発火能力の中でもかなりの上位に食い込んでいるらしいの。

 

常盤台中学の先生から、電話越しでだけど、直々にお誘いがあって、ワタシの能力の開発を是非担当させて貰えないかって話を受けたわ。

 

それで…常盤台中学は全寮制でね、ワタシが"置き去り"だって話したら、電話で話した人が、生活費や授業料、おまけに多額の奨学金を融通しましょう、って言ってくれたの。とてつもない好条件だった…。」

 

 

"大能力者"となった、仄暗火澄の能力、"不滅火焔(インシネレート)"。

 

以前のパーティの後に、チビどもやオレの目の前で披露してくれていた。彼女は、小さな蒼い火の玉を指先に生み出すと、バーベキューで出た生ゴミに向かって投げ付けた。

火の玉は燃えにくいはずの生ゴミに燃え付き、みるみる包み込んでいった。その後、彼女はチビどもにバケツに入った水を炎にかけてみなさい、と指示した。興味しんしんだった花華が、言われたとおりにバケツの水を生ゴミにかけた。

すると、水をかけられた炎はその勢いをまったく減ぜず、水蒸気を焚き揚げて、尚も生ゴミを燃焼させていた。

 

結局、いくら水をかけようとも、砂を浴びせようとも、生ゴミがすべて燃え尽き、灰となるまで、その蒼い炎は決して消えることがなかった。

 

その後、彼女は、その気になったら辺り一帯覆う規模で、この"消えない炎"を放射できるのよ、すごいでしょう。と、チビどもに自慢していたのだが、「えぇーどうしてやってくれないのぉー」という花華達のブーイングに、「周りに迷惑がかかるからでしょ?!そのくらいわかりなさい!」とお説教を始めていた。

 

たしかに、あの炎は凄かった。そうか。学園都市でも上位に食い込む発火能力だったのか。スタンダードな発火能力の"レベル4"だもんな。そりゃ、常盤台中学からお呼びがかかるってもんさ。

 

となると、なるほど。火澄が悩んでいたのは、そう言う訳か。つまり、もし彼女が常盤台中学からの話を受ければ。実質、彼女はうちの施設から退園することになるのか。彼女の様子だときっと、書類上の繋がりも無くなってしまうような案件なのだろう。

 

 

能力を発動させたオレは、自身の寂寥の念を思考に、言葉に一切混入させることなく、彼女に自分の考えを伝えられるはずだ。

 

「わかった。そいういうことか。ちょっと元気がなかったの。」

 

火澄は相槌を返さず、黙したままだった。オレは彼女に喋りかけつづけた。

 

「火澄。オレは、まったく思い悩む必要ないと思う。本当にあの"常盤台中学"から、そんな好条件でお誘いがかかったのなら、迷わず行くべきだよ。その結果、うちの園から出ていくことになってしまうのは、気が進まないかも知れないけど。でもさ、繰り返し言うけど、そんなことを心配する必要はまったくないと思うんだ。」

 

オレの言葉に、彼女は顔を上げた。

 

「名目上、うちの施設を退園することになってもさ、いつでも帰ってこれるに決まってんじゃん。オレは勝手に、聖マリア園のこと、自分の家だと思ってるよ。クレア先生なんかきっと寂しがって、何時でも帰ってきてねって言いだすさ。うちの園から出ても、火澄はずっと聖マリア園のメンバーなんだよ。

 

もし、どうしようもなくなって、うちに帰ってきたくなったら、先生にお願いすればきっと何とかしてくれるよ。その時は、オレも頼み込んでやるからさ。

 

ふふっ。どーしても、オレ達と離れ離れになるのが寂しくて仕方がないってんなら、無理に薦めはしないけどね。」

 

そこまで言うと、火澄は気炎を揚げ、オレの言葉に反論してきた。

 

「なッ、ちょっとッ、ダレもそこまで言ってないでしょッ。~~~~ッ。もうっ。勝手に決めつけないでよ。むぅぅ。ダレが寂しがってるってぇ?寂しがってるのはあんたのほうじゃないの?」

 

彼女が明るくなったことに喜んだオレは、もうすこしからかってみたかった。

 

「そりゃあ、寂しいよ。火澄が居なくなったら、ダレが晩飯を作るんだよ?ちょっとヤバいなぁ。でもま、遅かれ早かれいつかは巣立たなきゃならないんだ。チビどもが成長して、色々やってくれるようになるさ。」

 

「んー…料理…か…。ホントね、ダレが料理作るのよ…。考えてなった…。」

 

「おいおい!?本気で打てあうなよ。心配なら、まだあと半年あるし、花華たちに教えてあげればいいじゃないか。」

 

オレの提案に、彼女は乗り気になったようだ。そのあとは、学校に着くまでひたすら今後の事を語り合った。なんにせよ、彼女はオレの話でいつもの元気を取り戻し、常盤台中学への入学を前向きに考えるようになってくれたようだった。

 

 

 

 

その日の夕方。帰宅後、晩御飯を早速花華たちと一緒に調理した火澄は、夕飯の席で、常盤台中学への入学を園のメンバー全員に伝えたのだった。

 

クレア先生は大喜びしたものの、彼女が常盤台中学は全寮制でうんぬんかんぬんといいだした途端に、泣きそうな顔になった。他のメンバーも、とくに花華たちのように、彼女に懐いていたチビたちは、クレア先生に当てられて、泣きだす者もいた。

 

火澄は慌てて、中学に入っても、ずっと様子を見に来るから、お邪魔させてねと言っていた。それに対して、チビたちは絶対に来ないとイヤだよと駄々をこね、彼女の瞳を湿らせていた。

 

炊事に関しては、これから半年、みっちり彼女がチビどもに教えることにしたらしい。よかった。冗談で言ったけど、結構ガチで心配してたんだよね。うーむ。土日は火澄を招待して、料理をふるまってもらおうかな…

 

事態は一見落着。かと思いきや、沈んでいたクレア先生が一転、今度はオレに向き直り、「かげろう君は中学校に入ってもここで一緒に暮らすんですよね?!」と言いながら抱きしめてきた。

 

ちょ、おい。してやられた。どうしよう。チビどもも、火澄も、みんなオレに注目しているぞ。…ちょうどいい。この機会に伝えてしまおうか。

覚悟を決めたオレは、実は霧ヶ丘付属からお呼びが掛っているが、中学にはうちの園から通うから心配しなくてよい、と報告したのだった。

 

ああ、火澄の「初耳なんだけど。」と言わんばかりの、刺々しい視線が痛い。こう言う痛みだけは消しようがないんだよなぁ。早いとこレベルアップして、こういう"痛々しい空気"も操作できるようになりたいぜ。ムリか。

 

 

 

 

新年が明けて、冬。

結局、オレと火澄はお互いに、お呼びのかかった学校、すなはち、"霧ヶ丘付属中学校"と"常盤台中学校"へとそれぞれ進学することとなった。

 

春が近づくにつれて、互いに中学進学の準備が忙しく、あまりじっくりと話をする機会を付けられなかった。気がつけば3月、オレたちは小学校を卒業していた。

 

 

早いものだ。今、「火澄お姉ちゃんとのお別れ会」が開かれようとしている。火澄に料理を習っていたチビどもだけで飯の準備が行われていた。

手持無沙汰なオレは、火澄とともにソファに座り、最近ハマっているドリップコーヒーを彼女に振る舞っていた。

 

「うぇー。苦い。ミルクいれちゃおっと。景朗、あんたよくこんな苦いの飲めるわね。」

 

そう言うと、彼女は机の上に置いてあったミルクを取り、どばどばとカップに注ぎこんでいた。ちょっと残念だな。結局、彼女がこの施設を出て行ってしまう前に、コーヒーの魅力を伝えることができなかった。彼女は気づいていないだろうが。

 

「まさか、このオレが火澄に、お子様だね、という日が来ようとは…」

 

「ちょっと。コーヒーがブラックで飲めるからって、大人ぶらないでよね。」

 

即効でツッコまれた。子供たちがはしゃぐ声が聞こえた。ふと気になって、テーブルの方に視線を向ける。チビどもは楽しそうに、お別れ会の準備をしていた。もう少しで準備が終わりそうだった。

 

「なによ。寂しそうにしちゃって。心配しなくても、ここにはしょっちゅう様子を見に来るわ。」

 

彼女の声を聞き、視線を正面に戻した。

 

「いや、それは正直まったく心配してないよ。本人の言うとおり、火澄はうちのチビどもが気が気でないご様子ですから。」

 

「スネないの。あんたやクレア先生の様子だってちゃんと気になります。」

 

「き、気にしてほしいなんて言ってないよ!別に!…なんだよぉその顔は!あぁ、寂しいさ、もうキミの料理が食べられなくなっちゃうからね。うわああああ。残念だなー。」

 

火澄の言葉に照れてしまったオレは、誤魔化そうとやや大げさに彼女の料理が食べられなくなることを嘆いた。

 

「またまたぁー。誤魔化そうとしちゃって。ホントのこと言いなさいよ。ワタシと会えなくなるの、寂しいんでしょ?」

 

ぐっ。ここで、寂しくなんかないね、と言い返すのは、実は寂しいです、と肯定しているようなものじゃないか。どうしたものか。うまい反撃は…。そうだ。話をそらそう。

 

「そんなことよりさ、火澄は、常盤台中学での生活に不安とか感じないの?オレさー…ちょっと不安なんだよね。霧ヶ丘付属ってなーんにも話聞かないジャン?」

 

「ちょっと!露骨に話をそらすのやめなさい。まったく、もうっ。…でも、確かに。そッ…その……、ワ、ワタシは、あなたのことが心配かも。あんたが行く霧ヶ丘付属って、いいうわさ全く聞かないし。…気をつけなさいよ。」

 

そう言うと、彼女は心配そうに、どこか照れ臭そうに、オレの眼をみつめてきた。な、なんだよ。さっきから照れるんじゃないか。でも、こうやって彼女と何とはなしに、空いた時間にお喋りできるのも、これが最後か…そう思うと、もっと素直に話をしようか、という気になった。

 

「か、火澄。あのさ…。なんかあったら、いつでもここに飯食いに来てくれよな。オレだって、きっと、中学でいろいろあるだろうし。それで、火澄に相談したくなること、たくさん出てくると思うから……。」

 

火澄は、目をパチパチと瞬かせるとギクシャクと頷いて、言った。

 

「わかった。ちゃんと、会いに来るからね。」

 

「おう。」

 

 

それから、しばらく互いに無言だった。その後、ちょうどタイミングよく、花華たちが料理を運んできた。これ幸いと、オレたちは彼女たちの手伝いに向かった。お別れ会はいつもの調子で賑やかなうちに終わった。

こうして、オレたちは中学生になった。


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