とある暗部の暗闘日誌   作:暮易

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2013/11/27に追記しました。ほんのちょっとですけど。長期間エタっててほんと申し訳ありませんorzこれからぼちぼち、いやわりと急いで次の話を。なんとか。


episode11:欠陥電気(レディオノイズ)

 

 

静かな、月明かりの眩しい夜。先日の襲撃者と演じた殺し合いが嘘のように、その日はそれまで丸一日穏やかだった。最近富に増加していた工場施設の防衛任務。もう何度受けたかすぐには数え直せぬほど、雨月景朗はその日もつつがなく、無事に任務を終えることができていた。

 

後釜の部隊に問題なく警備を引き継がせ、少年と少女のたった2人。人気のない寂れた建物の影に、帰り支度を整えたばかりの彼らの姿が会った。

 

 

イカれた戦闘狂が突如襲って来た、あの日が特別だったように感じる。あれ以降も似通った任務をこなし続けていた俺は、めっきりと襲撃者の存在を感じられなくなった毎晩の哨戒任務にすっかり気を抜きそうになっていた。

 

もっと気を引き締めないとマズイな。今日警備した施設は、この間"パーティ"の連中に襲われた所とかなり近いっていうのに。唯でさえ丹生と2人きりで頭数が足りないクセに、まるで気合が入っていなかった。

 

 

 

がちゃり、と背後の扉が開いた。直後に丹生の匂いが鼻腔をくすぐった。彼女に声をかけようとしたその時に、もう1人、嗅いだことのある匂いが風に乗り、俺の元へと漂ってきた。気になって匂いの元を辿れば、前回俺と丹生が奴等と一戦交えた建物からだった。

 

即座に浮かぶ疑問。一体全体どうして、あの場所から彼女の匂いが?

 

 

丹生の呼びかけに曖昧に相槌を打ち、俺は早足に風に運ばれた匂いを追跡した。背後では丹生が狼狽えながらも、俺の後を追いかけてくる。

 

 

 

 

 

すまん、丹生。でも、どうしても気になるんだ。確かめなきゃ。どうしてあそこから、御坂さんの匂いがするんだ。ただ事ではない。なぜなら。その匂いには、彼女の濃密な流血の香りが紛れ込んでいたからだ。

 

 

 

 

 

施設に入り、地下へと進む。排気口から血臭が飛び出ていた。この施設の警備任務はこれから後にも数回ほど、今後のスケジュールに詰まってる。そのために頭に叩き込んでおいた施設の見取り図を頼りに、地下へと降りていく。匂いの元凶は近づいてきている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その芳香。その後ろ姿。大きな寝袋のような荷物を肩に抱えた彼女は、俺にはどう見ても、以前顔を合わせた御坂美琴本人にしか見えなかった。彼女が抱えた荷物には、頭がクラクラしそうなほど濃ゆい、彼女自身の血の匂いがどっぷりと詰まっている。

 

「御坂さん。アンタ、何やってんだ?こんなところで。」

 

俺の詰問に、彼女はゆっくりと振り向いた。その表情に、僅かな違和感を感じる。あくまで俺の直感でしかないが、表情に色が無さすぎる。この顔が、御坂さんの本来の姿なのだろうか。

 

相手は"超能力者(レベル5)"。対峙する緊張を能力を使って抑えた。その大きな袋の中には何が入っているんだ。質問する前から、それが何なのか大体想像がつくけどな。

 

 

「"人狼症候(ライカンスロウピィ)"……困りました。貴方は素体(オリジナル)の知人でもあるのですね、と、ミサカは貴方に問いかけます。」

 

「……何だ?そのフザけた物言いは。質問してるのは此方のつもりなんだが。」

 

"書庫(バンク)"には登録されていない、大能力(レベル4)となった俺の能力名を知っている。信じがたい。火澄や手纏さんとあんなに仲睦まじく会話していた君が、こちら側(暗部)の人間だったとは。油断なく彼女と距離を取るが、なんと彼女はまるで警戒せずに荷物をその場に置き、すたすたと俺達に歩み寄ってくる。

 

「こちらに敵対する意志はありません。"人狼症候"、それと彼の背後にいる貴女も、警戒を解いて下さい、と、ミサカは交戦の意志が無い事を示します。」

 

誰がそんなことホイホイと信じるかよ。そう思った矢先、背中からはさっそくほっと一息つく丹生さんの吐息が。

 

「だったら、その荷物の中に入っているもんを見せてくれないか?」

 

俺の言葉に、御坂美琴は即座に否定の意を返す。

 

「申し訳ないのですがそれはできかねます、とミサカは即答します。しかし、貴方は依然納得していない様子ですね。……貴方は、計画に全く縁の無い人物ではありません。ここは素直に伝えられる情報だけ伝えましょう、とミサカは回答します。」

 

「……」

 

さっきから何を言っているのか、全然つかめない。だが、今は相手に喋らせるだけ喋らせよう。

 

「念のため、確認の符丁を

 

「悪いがそんなもん知らないよ。」

 

彼女が長々と喋る前にこちらから先に打ち切った。

 

「……そうですか。一応の確認を得たまでです。やはり貴方はこちらの実験までは関与していないようですね。」

 

「……君の口ぶりじゃ、まるでその計画とやらは俺と関わりがあったみたいに聞こえるぞ。」

 

「はい、お察しの通りです、とミサカは迅速に肯定します。"学習装置"のキーファクター、"人狼症候"。」

 

此奴……ッ。まさか、知ってるのか!?

 

「貴方は1つ勘違いをなされています。私は"御坂美琴(オリジナル)"のDNAマップを元にクローニングされたクローン体です。ですので、貴方が想定されている御坂美琴とは同一人物ではないのです。この私のシリアルナンバーは2201号、とミサカは情報を公開します。」

 

 

……今度はクローンか。わからない。此奴が言うことはさっぱりだ。馬鹿馬鹿しい。……だが。此奴、俺と"学習装置"の件を知っていた。なぜそれをここで引き合いに出した?クローニングがどうこういう話と、"学習装置"がどう関係するというんだ?!俺の第六感は、よく考えろ、と仕切りに警鐘を鳴らしている。くそ。此奴の話を聞いていると無性にざわつく。

 

 

「あ、あのさ、雨月。さっきからどうしたの?あのー。御坂、さんですよね?常盤台の"超能力者(レベル5)"の。すみません!コイツ、さっきからアナタに噛み付いちゃってますけど、勘違いしないでくださいね。オレたちはアナタと敵対するつもりなんてないですから。」

 

丹生の奴。余計なことを。

 

「いえ、申したように、私は"御坂美琴"ではありません。クローン体2201号です、とミサカはそちらの女性に訂正を促します。」

 

「へっ?あ、あはは……。そ、そうなんですか。それじゃ……御坂"実妹(2201)"さんとお呼びしましょうか。……ちょっと!雨月!早くオイトマしようよ!もう!」

 

「…………ミサカ、ジツマイ、ですか……。」

 

 

いや、それは駄目だ。どうして此奴が"学習装置"と俺の関係を知っていたのかを聞き出さなくちゃならない。

 

「丹生。お前は今すぐ帰れ。俺はこの自称クローン人間ともう少し話をしなきゃならなくなった。」

 

「な、何言ってんの?一緒に帰ろうよ!」

 

頼む。帰ってくれ、丹生。俺は彼女を睨みつける。戸惑って、俺を心配そうに見つめ返してくる。丹生は何故俺がこうも目の前の少女に固執するのかまるきり理解していない。

 

 

「……あの、そこの方。ひとつ質問してかまわないでしょうか?」

 

「へっ!あ、はいッ!」

 

火澄と会話をしていた時の、あの快活だった御坂さんの面影は微塵もない。彼女は丹生へと興味の対象を移している。丹生は落ち着かない様子で彼女の問いに答えた。

 

「どうして、"実妹"と呼ばれたのですか?とミサカは胸中の引っかかりを吐露します。」

 

「えっ、と、それは。クローン体だから、遺伝子は同じ、でしょ。後から生まれたアナタは、妹になるんじゃないかなって、単純にそう考えただけなんだけど……。」

 

 

 

 

俺の聴覚が、ぞろぞろとこちらへ近づいてくる人間の足音を捉えた。数十人はいる。時間がなさそうだ。チッ、考えてても埒が明かない。

 

「御坂さん。もう一度言う。バッグの中身を見せてくれ。」

 

「……はぁ。やむを得ませんね。決してお勧めは致しませんが、とミサカは最後まで懸念を表明し続けます。」

 

そう言うと、御坂さんは俺の正面から立ち退いた。彼女を警戒しつつも、横にされた荷物に歩み寄り、ファスナーを開いた。

 

開いたファスナーからは、人間の瞳がこちらを覗いていた。その虚ろな瞳に、見覚えがある。いや、見覚えがあるという以前に今先程の瞬間、俺が油断なく注視していた御坂さんの瞳そのもので。だらりとのびた舌。ピチャピチャと重力に沿って流れる血流。生命が発する熱気、いや生気すら微塵も感じない。死骸。御坂さんと瓜二つの死骸だ。

 

「……あ?」

 

矛盾している。俺の嗅覚は、俺のすぐ後ろで息遣いを発する人間と、この袋の中で哀れに横たわる人間が完全なる同一人物だと主張している。双子だろうと何だろうと、人間は生活環境、それこそ食物なんかで体臭は完全に個人個人別々のモノになるはずなのに。全く一緒だ。

 

本当に、クローン……?背筋が凍る感覚が背中を通り過ぎる前に、俺は能力を開放し精神をクールダウンさせた。

 

 

「百歩、いや、千歩譲ろう。アンタが本当にクローンだったとして。それで、何でコイツは死んじまってるんだよ!銃創が幾つもッ。一体ッ、何をやっているッ!」

 

「残念ですが、その質問には回答できかねます。」

 

「くッ!」

 

俺はポケットから携帯を取り出し、すぐさま手纏ちゃんへと通話。ガヤガヤとした雑音とともに、手纏ちゃんの応答が返ってきた。御坂さんが今、何処にいるのか。すぐに確認してくれるように頼み込む。

 

正面に立つ少女を視線を交わす。感情を決して表に表さない彼女の瞳と、そこに転がっている死体の瞳は同じに見える。思い出せ、大覇星祭の時に会話した御坂さんの表情を。

 

手纏ちゃんからは、御坂さんは部屋にいますよ、と連絡が来た。

 

 

 

 

 

「ひゃぁッ……嘘、まさか」

 

丹生の悲鳴。通路を両脇に挟むようにして足音の集団が俺たちのもとへとやってきた。皆、全員同じ顔。同じ体つき。同じ服装。同じ匂い。同じ声。

 

カチャリ、と装備した小銃の銃口を俺へ向けて、御坂さんのクローン体がキッパリと告げた。

 

「最後に。この様な形で貴方にお会いするとは思っていませんでしたが、"人狼症候"。"学習装置"開発について、貴方に感謝の意を表します、とミサカはこれ以上の貴方の追及を謝絶します。」

 

 

 

 

 

"超電磁砲(レールガン)"。超能力者(レベル5)。学園都市の頂点ですら、この街の闇からは逃れられないのか。それとも、超能力者だからこそ、なのだろうか?光が闇を際立たせるのではなく。闇が、彼らの輝きを強めているのだろうか?

 

なんにせよ。自らのクローンをぶっ殺す実験を許容しているということは。つまりは、彼女、御坂美琴は。ひょうひょうとしたあの厚いツラの皮の下に。信用できない暗部のクソッタレな素顔を隠しているかもしれないってことさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第五学区。とある百貨店に珍しく、雨月景朗の姿があった。雑多な環境に煩わしそうに眉根を顰めている。彼の感度の良い聴覚と嗅覚を思えば、どうやら心地よい場所とは言えないのだろう。

 

 

このフロアに入ってから。数えるのが億劫になるほどの、数多の香水の香りが鼻をつく。店員さんと目が合うと、ああ、宜なるかな。平日の真昼間から、男子中学生がこの売り場に何の用だと言わんばかりの顔付だった。香水、ジュエリー、どれも俺には必要ないもんな。

 

彼女たちの視線が、居心地を悪くさせる。呼び止められないのは、もしや。この霧ヶ丘付属中学の制服が俺の身分を底上げしてくれているのだろうか。そんな被害妄想すら生まれてくる。俺、ここ苦手だ。

 

ったく、どうしてこんな所に店を構えやがる。気を紛らわせるために、ポケットに手を突っ込んで中に入っている鍵を弄りまわす。まったく、この鍵1つ手に入れるためにいくらつぎ込んだだろうか。それ相応のリターンがなければ後悔必死だなぁ。

 

並び立つ暖色系の内装ばかりの店舗群を通り抜け、従業員専用通路へと辿り着く。周りに人気が無いのを確認し、素早く非常通路と表記してあるドアにその鍵を差込み入り込んだ。

 

 

 

目に映ったのは、白塗りの壁に挟まれた単調な廊下だった。左右にいくつかのドアが並ぶだけであり、そのほかには何もない。ドアの中から、『用度室』とこれまたシンプルに一言だけ記された部屋を見つけ出した。ようやく到着した。目的地だ。再び鍵穴に鍵を差し込んだ。ゆっくりとドアノブを回し、恐る恐る室内に。

 

 

薄暗い部屋には、ライトアップされたバーカウンター。チラホラとカフェテーブルやソファの姿も。目が合った軽薄そうなバーテンダーが、「いらっしゃい」の一声。何処からどう見ても、小洒落たBARにしか見えない。いや、まあそういう世間一般的に「BAR」と呼ばれるところに行ったことはないのだが、俺にはそう表現する意外なさそうだ。

 

 

広がった光景に、思わずドアの名前をもう一度確認しそうになった。確かに用度室って書いてあったはずだ。入口でつっ立っていると、バーテンダーにカウンター席へと案内された。予想外だ。さすがにこういう所だとは考えていなかったぞ。

 

情報収集に余念のない俺の鼻にツンとした有機溶剤(これはシンナーだろうか?)の臭いが漂う。なるほど、唯の"小洒落たBAR"ってわけじゃなさそうだ。バーテンダーが背にする棚にはアルコールだけで無く、何に使うのかわからない薬剤や武器のようなもの、様々なモノが飾られていた。

 

俺以外に客は居ない。それなら此奴が。このバーテンダーが、俺の探している"人材派遣(マネジメント)"だろうか?

 

 

 

 

 

俺はここ数日、この"人材派遣(マネジメント)"という、犯罪行為や違法行為、要するに裏稼業を手伝ってくれる"人材"を斡旋し、紹介してくれる"仲介屋"との接触を試みていた。その理由は、我が部隊"ハッシュ"の人員不足にある。そもそも、壊滅した暗部下部組織をツギハギして創られた"ハッシュ"には、唯でさえ優秀な人材が回って来ないというのに。あろうことか、未だに追加の補充要員すら届いていなかった。

 

上に掛け合ってみれば、今現在、暗部の業界はどこも人手不足気味らしく、ベテランの傭兵や高位能力者の補充が来る確率は、雀の涙ほども無いという話だった。

 

その時俺は深々と、この暗部世界の需要を理解するに至った。今にして考えても、不運で済ませて良いのか答えは出ないのだが、先日、俺たちを襲った"パーティ"の件を考えれば。彼らのような強者の暗部戦闘部隊を相手にすれば、重要となるのは、迎撃に向かう人員の"質"となる。つまりは、俺たちには今、強力な助っ人が必要だった。

 

仮に相手があの"百発百中(ブルズアイ)"のように強力な奴だと、10人や20人の一般の武装隊員が束になってかかっても、大した障害にならなかっただろう。大金をかけて、強力な兵器や防衛セキュリティを備えようにも限界はあるだろうし。今の学園都市の技術でも、得てして高位能力者を一蹴できるような兵器は、その効果範囲が長大なものになる傾向がある。そのような類の兵器が、繊細な施設防衛任務に向いているかと言われれば……。

 

待っていても、俺たちの部隊にベテランの強者が補充されることはない。しかし、件の"パーティ"の件を思えば、正直素人に毛が生えた程度の経験しかない俺と丹生の2人ではこの先不安だった。そこで俺は拙い手腕で見つけ出した"人材派遣(マネジメント)"という仲介屋に、一縷の望みをかけたのだった。

 

 

 

 

 

"人材派遣(マネジメント)"とのコンタクトのために、俺からしてみれば決して少なくない金額を支払う羽目になっていた。骨折り損のくたびれ儲けにならないように祈りながら、目の前のスーツを着崩した男に誰何の問答を投げかけた。

 

「オニイサンが"人材派遣(マネジメント)"さんでいいのかな?」

 

「ああ、よく来たな。"人狼症候(ライカンスロウピィ)"の少年。」

 

極めてフランクな態度で"人材派遣"は俺に「なんか飲むかい?」と尋ねてくる。答えあぐねていると、"人材派遣"はにこやかに笑みを返した。彼の首にかかっている四つの携帯電話がじゃらつき音を立てた。

 

「タッパがあるから勘違いしちまうが、まだ中学生だったな。酒の味はまだわからねえか、悪い。ミルクは置いてねえが……コーヒーはどうだい?」

 

彼の勧めに、二つ返事で肯定の意を返した。計画通り。掴みはオーケーかな。"人材派遣"は手慣れた手つきでコーヒー豆を挽きながら、会話を続けてくる。

 

「最近、キミの噂を耳にするよ。あの"パーティ"の看板能力者を殺ったんだってな。耳聡いオレ達みてえなのはみんな、キミのことは多かれ少なかれ知ってるはずさ。」

 

覚悟はしていたが。彼の話を聞いて、むずむずと背筋が冷たくなる思いだった。改めて"人材派遣"のような、その道のベテランに伝えられると気分が落ち込むぜ。暗くなった内心を一切表に出さないように気を持ち直す。

 

「それなら、俺のことをわざわざ話す手間が省けたってことでいいのかな?……だとしたら、オニイサンがこんな風に俺と顔を合わせて会ってくれたのが不思議だな。俺のこと大体は知ってたんでしょ?言っちゃあなんだけど、俺のアプローチの仕方、だいぶお粗末だったよね?」

 

"人材派遣(マネジメント)"はからからと笑い声を上げた。

 

「だからだよ、少年。キミのような鴨が一生懸命葱を背負ってやって来ようというんだからよ。」

 

「いやあ、まいったな。」

 

ふと、目の前の"人材派遣"が動きを止めた。笑顔を装いつつも、目は笑っていなかった。

 

「むしろ、少年。キミのように直接訪ねてくるヤツは珍しいんだ。大したタマだよ、少年は。」

 

 

 

それからは、まっとうな暗部の人間同士では話もしない、ごく普通の世間話を1つ。室内にコーヒーのよい香りが漂い始めた頃に、再び話が進みだした。

 

「さて。そろそろビジネスの話と行こう。今日、少年がここへ来た目的だ。メールでも散々依頼していた通りに、ベテランの高位能力者の仲介で間違いないかい?」

 

「ええ、その通りですよ。」

 

俺の返事に、彼はより一層ニヤケ面を深めて、つらつらと語りだした。

 

「依頼の件だがよ。少年の望みを叶えるためには、今の状況じゃ相当な大金を積まねえとまるで話にならなそうだ。……コイツは初回サービス。出血大サービスだな。」

 

そう言い放つ"人材派遣"の表情には、少しだけ侮蔑の色が混ざりだした。

 

「全く耳にしていないか?少年。今の暗部を取り巻く環境を。お粗末なのはその情報収集能力だ。……いいか?最近、学園都市の裏側では、ひっきり無しにあちこちでドンパチやってやがるんだ。近年じゃ希な頻度でな。原因は、統括理事会の内輪揉めだよ。ヤツら子飼いの部隊が毎晩のように互いを潰し合ってるのさ。少年にも関係ある話だよな?」

 

俺は黙したまま彼に続きを促した。

 

「ま、だからよ。今のような状況で他の"大手"の組織から先んじて優秀な"人材"を引っ張ってこようとなると、万札の束が必要になるんだよ。おかげで俺らの業界は景気が鰻昇り。ここんとこは毎日ご機嫌で、テメェみてぇなガキの相手も苦じゃねえのさ。……さてと。コーヒーだ。ガキはこれ飲んで帰りな。」

 

"人材派遣"の完全に人を食ったような態度。しかし、そういう反応を返されるのは予想していたよ。奴がコーヒーを差し出す。俺は受け取るフリをして、密かに爪を鋭く伸ばしておいた中指を奴の手の甲に引っ掛けた。

 

「痛ッ!」

 

薄らと、か細いカスリ傷が奴の手の甲についた。カスリ傷とは言えじわりと血が滲んでいく。俺は血液が付着した中指をぺろりと舐めとった。胸中では二度と御免だ、と思っていたとも。

 

俺が彼の血液を舐めとった、その動作を目撃したまさにその瞬間。"人材派遣(マネジメント)"は血相を変え、素早く何処からか拳銃を取り出して、俺の眼前に突きつけた。

 

「ヤってくれたなア!ガキッ!」

 

プルプルと突きつけた拳銃を震えさせ、想定以上に慌てていらっしゃる様子の"人材派遣"。俺は両手を宙に広げ、抵抗の意思は無いと示す。

 

「すんません。緊張していたもんで。勘弁してくださいよ。この通り、上背がちょっとデカいだけ、オニイサンが言う通り俺ってばまだまだガキなんです。ホント、これからはより一層自重しますから。」

 

「残念だが。テメェは一線を超えちまったよ、クソガキ。」

 

"人材派遣"の怒りはもっともだ。ひょうひょうとした口ぶりの俺の謝罪では、火に油を注いだようなものだっただろうな。俺は、当然ですよね、といった表情を創り、彼を見つめた。

 

「あ、そうか。つい舐め取っちまったけど、"血"ってかなり重要な個人情報ですもんね。能力者に悪用されでもしたら堪んないか。ああ。とんでもない粗相をしてしまったなぁ。これは……どうやって詫びればいいですかね?」

 

「死んで詫びろ。」

 

"人材派遣"は躊躇いなくトリガーを引いた。発砲音が室内に響き渡り、俺の額に熱い感触が生じる。俺は衝撃で椅子に座ったまま、大きく後ろに仰け反った。首から上が背もたれの裏側へだらりともたれかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソガキが。」

 

"人材派遣"の漏らした雑言を耳した、その時。俺は勢いよく姿勢を起こす。並行して、拳銃を仕舞いつつあった彼にニヤリと笑いかけた。

 

「いや、ホントすみません。クソガキで。もう許してくださいよ。」

 

俺の言葉、いや、俺の蘇生に、彼は見事に硬直した。拳銃といえども、至近距離だった。カウンター越しの、ほんの十数cmの距離での銃撃。それを脳天に受け、何事もなかったようにピンピンしているのだから。彼のように人を撃ったことがある人間には、尚更直視し難い光景だったろう。

 

俺はニコニコとした笑顔を貼り付け、できるだけ和やかに"人材派遣"へと語りかけた。

 

「駄目駄目。9mm(拳銃弾)じゃ俺の額は抜けないよ。ゴツいライフルでも使わなきゃ。……あれ?どうしたの?そんなコチコチにならないでよ。俺の能力は知ってたんだろ?」

 

危機を悟った"人材派遣"の顔色は悪い。表情から余裕が消えている。

 

「やっぱ、聞くと見るとじゃ大違いだったってとこかな。」

 

俺はわざと、これからの行いが一部始終、奴にも良く見えるように計らった。3本の爪をさらに鋭く伸ばし、額にずぶずぶと差し入れ、血に塗れ赤黒く、てらてらと光る鉛玉を取り出して見せた。

 

「血の匂いってのは、だいぶ遠くまで届くんだ。おまけに、体臭とほとんど変わらねえ。……ところで、アンタ。何を使ってんのか知らないが、今、体臭を消し去る薬剤を使ってんだろ?いやまあ焦った。アンタの臭いがしないもんだからさ。……1つ質問なんだが、その薬って、高いの?安いの?ハハ。まあ聞いといてなんだが。高かろうが安かろうが、俺には何も関係無いか。」

 

言い放ち、俺は勢いよく"人狼化"してみせた。バキバキと生えそろう牙を見て、"人材派遣"は完全に臆している。

 

「要スルニ、アンタニコレカラ一生、ソノ薬ヲ使イ続ケル覚悟ガ在ルノカッテ話サ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ、なんというかその。"人狼化"までやったのは、完全なる俺のデモンストレーションだった訳で。掴みが大事だから!というノリで、舐められないように必死に工夫しただけだったんだが。

 

狼男となった俺と相対した"人材派遣"さんは、香港映画のチンピラみたいに、急に態度を変え紳士的な態度をとるようになった。お互いに畏まって、ビジネスのお話を続けた。彼のコーヒーは美味しかった。彼が隠し味に使った自白剤について言及したら、特別に初回限定サービス、5割引で依頼をこなしてくれるとのことだった。

 

俺は、彼のコーヒーに惚れた。大ファンになった。また飲みに来るよ、と強調した。だがまあ、結局は。彼のような紳士的な紳士に無茶を要求するのは気が引けて、俺たちに出せる金額の範囲内で優良な奴を見繕う、という結果に落ち着いたよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

百貨店を後にして、第七学区へと向かう。これから丹生と落ち合い、作戦会議をする予定だった。平日の真昼間。制服を着ているから、警備員(アンチスキル)が見れば一発で中学生だと露見し、運が悪ければ行動を見咎められるだろう。ここ、第五学区は大学生の街だ。雰囲気は中高生の多い学区と比べればやはり落ち着いている。俺がついさっき退出した百貨店が良い例だ。

 

学園都市の数ある学区の中でもド真ん中に位置し、西側に常盤台がある第七学区の北東部、南側に俺の通う霧ヶ丘付属がある第十八学区の北部と隣接している。とにかく、第七学区とは近い場所にあるってことだ。丹生を待たせなくて済む。

 

ところが、突然の丹生からのメール。予定よりちょっと遅れるのか。仕方がない。いくら一端覧祭の準備が忙しいとはいえ、授業が詰め込まれるこの時間帯に抜け出して貰えるだけで有難いしな。そういえば丹生の奴、ボッチだとか言ってたけど一端覧祭の準備はどうしてるんだろう。

 

 

ふと、鼻に入る悪臭に気分を害される。こんな街中でなんなんだ。臭いの元へと視線を向ければ、第三資源再生処理施設の文字が。周囲の通行人はこの悪臭を気にも留めていない様子だ。俺だけね。はあ。

 

ため息をついたその時。携帯が震えた。知らない番号からだった。もしかして、もう"人材派遣"に頼んだ依頼に決着がついたのだろうか。だとしたら速いなあ。さすがは"人材派遣"さんだな。

 

 

 

期待して通話に出るが。相手は別人だった。さりとて、全く知らぬ人物という訳でもなかった。

 

『久しぶりね。"ウルフマン"。また貴方と話す機会が出来て嬉しいわ。』

 

え?誰だろ?女性?無機質な、まるで間にスピーカーでも1本経由して発せられてそうな声だった。相手は俺のことを知っている様子。でも、確かに。聞き覚えがある気が……。

 

「もしかして、元"ユニット"のオペレーターさん……か……?」

 

記憶を頼りに当てずっぽうに答えたが、正解だったようだ。

 

『ええ。あの時の事は、未だに感謝しているわ。』

 

今になって、彼女が俺に何の用事だろう?そう考えたときに、ふと思い出した。今年の六月、布束さんに暗部組織を紹介してくれ、と頼み込んだ時の事を。彼女は俺の声を聞くなり、通話を打ち切りたそうにしていた。今この瞬間、彼女の気持ちがよぉ~く理解できる。

 

俺は今、猛烈に。今すぐ、この通話を打ち切ってしまいたい。ぶっちゃけ、これ以上この女と会話したくない。今更、俺に何用だというんだ!?嫌な予感しかしねえぞ!

 

 

……はぁ。しかし、聞かぬ訳にも行かないか。なにしろこの世界、我が身に何が突然降りかかってくるかわからないからな。"人材派遣(マネジメント)"によれば、"情報"に値する対価は他ならぬ"情報"でしかありえないらしい。どうしても情報が欲しければ、最終的には代わりの情報を差し出すしか無いって話だとさ。この女がどういう目的かは知らんが。何か有用な情報の1つや2つ、どうにかして聞き出そう。それができたら御の字だ。

 

「すまない。ちょっと場所を代えさせてくれ。」

 

この場所は臭いからな。辺りを見回しつつ、人気の無い方へと早歩きに向かう。歩きながら気を見計らって会話を繋いでいく。

 

「そうだ、オペレーター。アンタ、心なしか声が低くなったな。成長期とみたぞ?」

 

そうやって電話の向こうの彼女に笑いかけたが、相手は黙り込んでしまった。

 

「……悪かった。よし、それじゃあ要件を聞こう。」

 

前方、少し離れたところに公園がみえた。そちらへ歩を進める。警備員(アンチスキル)どもにも注意を払わなければ。

 

『単刀直入に言いましょう。"ウルフマン"、貴方、私の所属する部隊に移籍してくれないかしら?』

 

……なんだ、それは。移籍ってサッカー選手じゃあるまいし。この業界そんなんもアリなの?

 

「あー。何から聞こうか。そうだな。そっちが言いだしたことだ。仮に、アンタの提案にYESと答えた場合。後腐れ無くそっちの部隊に移れるんだろうな?正直、これがアンタの盛大なジョークだっていう可能性を捨てきれてないんだが。」

 

俺の戸惑い混じりの返答に、オペレーターのくすりという吐息が返ってくる。

 

『ええ、問題なく移れるわ。もっとも私の保証が信頼できないなら、自分で調べてもらうしかないけれど。私は単純に、貴方に選択肢を与えるだけよ。』

 

「どちらにせよ冗談キツイぜ。『来い』とだけ伝えて、後はYes or Noを迫るだけか?何が目的なのかって聞いても無駄だろうけどさ。本当に俺に移籍とやらを考えて欲しいのなら、これじゃてんで宣伝不足だ、と言わせてもらおう。」

 

『あら。"百発百中(ブルズアイ)"を倒しただけで随分と図に乗っているのね。この提案。私が貴方へ垂らした"蜘蛛の糸"である可能性を疑わなくていいの?』

 

カンダタが地獄で掴んだ蜘蛛の糸の話か。どうやらこの女は、この提案が俺に対する助け舟になると言いたいようである。

 

「……いいだろう。此方が先に答えてやる。実のところ、俺の部隊は人員不足で少々お寒い状態だ。残念なことに、"その後の望み"も薄い。そっちがあともう少しだけ『尻尾』を晒してくれたら、どちらに転ぶかわからなくなるぜ。」

 

『嬉しい話を聞けたわ。事のほか望みはありそうね。フフ。少しは賢くなったのね、"ウルフマン"。自身の身の振り方くらいは理解できるようになった様子。それじゃ、貴方に取って置きのプレゼントよ。これでも私は貴方のことを買っているの、"ウルフマン"。』

 

本人が言ったとおりに、電話口から漏れ出る彼女の声は。意外なことに本当に嬉しそうな声色だった。

 

『私が所属している部隊は、貴方が助けた"プレシャス"の肝入りよ。彼は貴方に好意的よ。おかしな話じゃないわね。貴方は彼にとって一応の恩人なのだし。』

 

プラチナバーグの子飼いの部隊だと!?……統括理事会のお偉いさんともなれば、臭いものに蓋をする番犬を何匹か飼っていても不思議ではない。いや、それどころか当然のことか。"人材派遣(マネジメント)"が言うところの"大手"になるだろうな。

 

奴が、プラチナバーグが、もし本当に俺に対して僅かにでも好意的であるのなら。悪くない話だ。まあ、この話に裏がないのかどうかもっとよく下調べする必要はあるけど。ただ、問題となるのは、転属したあとの任務の質が変わりそうなことか。"ハッシュ"のような下部組織とは比べ物にならないくらい、危険な任務を押し付けられそうだ。

 

そこまで考えて。……だが、結局。俺達"ハッシュ"のような木端な末端組織ですら、"百発百中(ブルズアイ)"のような猛者と遭遇したのだ。これから先、先日のように、任務で強敵と相対する場面は必ずやってくるだろう。その時、心強い味方がいる部隊にいたほうが、結果的に生存率は上がるのかもしれない。

 

ただ、奴との遭遇とは不自然ではある。俺たちが警備していた施設は、相当に重要な所だったのだろうか?だとしたら、"ハッシュ"なんかに警備させるのは愚鈍な考えだよな。純粋に、俺たちが不運だっただけだと、結論づけて良いのか?答えは出ない。

 

"百発百中(ブルズアイ)"のイカれた挙動を思い出す。あの日、思い知った。暗部で戦う人間に訪れる結末を。生きるか死ぬかは、結局。自分より強い奴と出会うか出会わないかで決まってしまうんだ。

 

 

『だいぶお悩みの様ね。』

 

余程楽しいんですね。崩れてきたオペレーターの口調と随分と興にそそがれていそうな声を聞いてそう思った。

 

「頼む。考える時間をくれ。」

 

『いいわよ。またこの番号に折り返し掛けてくれていいわ。私の携帯だから。』

 

時間が止まった。え!?ええっ??

 

「おいおいおい!冗談だよな?」

 

『……さて、どうかしら。もし本当だったら。"ウルフマン"。貴方が思っている以上に、私が貴方のことを信頼しているって。信じてもらえそうね。』

 

 

 

彼女との話を終えて。俺は歩いてきた道を辿り、元居た百貨店へと戻る。ポケットには、返しそびれた"用度室"という名のBARの鍵が。丁度いい。返すがてら、"人材派遣"にもうひと仕事頼んでいこう。オペレーターさんの裏付け調査だ。

 

丹生にメールをする。もうちょっと時間をくれ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

丹生との待ち合わせ場所は第七学区にある、とある公園だった。その公園はかなり第五学区よりに位置していたものの、到着した時には約束の時間をだいぶ過ぎてしまっていた。近くのカフェテラスで、むくれた様子の丹生が頬杖を付いている。此方には気づいていない。当然か。俺みたいな奴はそうそう居ないだろう。この距離で人の顔が分かるような奴は。

 

恐る恐る近づいて、すまん、と声をかけた。空いている席に腰掛けると、遅いぞ!と丹生からの糾弾が飛んできた。

 

「いや、そう怒るなって。無意味に遅れた訳じゃないんだ。ちゃんと面白い土産話を持ち帰ってきたんだぜ。」

 

俺の発言に、とりあえず彼女の溜飲は下がった。とは言ったものの、面白くなさそうな目線は此方に固定されたままだ。

 

「それじゃ、早速聞かせてもらおうか。」

 

カフェオレの容器片手にストローをチューチュー言わせつつ、丹生はしっかりと俺の方に向き直った。いいもん飲んでるな、チクショー。こっちだって走ってきたんだぜ。喉渇いた。

 

「まあ、待ってくれよ。俺もなにか飲みもん……あ?おわッ!」

 

プイッ、と。無言のまま丹生が放ったのは、小さな水筒だった。いつも使っているヤツより2周りは小型だ。飲んでいいのかな。

 

受け取ろうとしたが、失敗して足に落としてしまった。

 

「ッテェ!?」

 

ゴズン、と結構ゴツい音を立て、水筒が地面に落ちる。ッ重い!この小さな水筒、見かけ以上に重たいぞ。こんなに重いとは思わなかったから、キャッチするのに失敗しちまったよ。おまけに、丹生の姿に油断して能力はほぼOFF状態にしていたから、足の指に落ちた痛みが……ゴラァッ!

 

「オイ!こんな重てえもん無造作に放るなよな!痛ぇ……。しかも、これ、この重さからして、この水筒、水銀入ってんだろ。さすがの俺だってそれで喉は潤せられねえぞ!いくら俺が相手だからってヒドすぎませんかね?!」

 

「むー。」

 

彼女もまさか俺が取りこぼし、足にまで落とすとは思っていなかったらしい。ちょっと後ろめたそうに、そっ、と俺から目をそらした。俺は自身を襲う戦慄に逆らわず、体をぷるぷると震わせていた。

 

「……『むー。』……じゃ、ねえよ……。……勘弁してくれよ…………。」

 

彼女の口が小さく振るえた。ぼそッ、と小さな声で。

 

「ぁぅ……そんなに痛いなら、能力使えばいいじゃん。」

 

ちょっとッ!俺にはその言葉、聞こえましたよ丹生さん!?そういう考えは今すぐ止めなさい!痛みを感じないならなんでもやって良い訳じゃないんだよ!?

 

 

「はぁ。……今日お前さんに教えてたとおり、"人材派遣(マネジメント)"の所に行ってきたよ。奴とは無事接触できた。」

 

「ほ、ほんと!良かった、"仲介屋"さんとは無事に会えたんだ。で、どうだったの!?」

 

ガバっと身を乗り出して、真剣な面差しで俺に注目してくれている、丹生。ふふん。仕返しだ。

 

「結論から先に言うとな……。残念ながら、"仲介屋"さんは狼さんのエサになりました。」

 

丹生は俺の台詞を噛み砕いて理解するのに少しの間を要した。

 

「えっ!えええええっ!こ、殺しちゃったの!?なんで??」

 

いかん。笑いそうだ。この娘さん、ガチで驚いた顔をなさっています。

 

「嘘に決まってんだろ、ぶわぁーーーーーかっ。きっちり目的は果たしてきたよ。」

 

目をぱちくりさせた丹生は、俺の嘘が先程の水銀水筒の仕返しだと理解した模様で、ううう、と怒りを噛み殺している。

 

「あううう、ば、馬鹿って行ったほうが馬鹿なんだぞ、このばかげろー!」

 

"ばかげろー"、か。なんと懐かしきフレーズだろう。昔はよくその言葉を耳にしたものだ。小学校低学年の時だったろうか。

 

 

 

 

 

俺ら、小学生かよ。

 

 

 

 

 

気をしっかり持て!これから暗部の話をしようという2人組がなんというていたらくだ!いい加減真面目な話をしなければ。丹生の奴、なんと恐ろしい娘か。此奴が暗部を4ヶ月も生き抜いてきたのには、ここら辺に理由が……在るわけねえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「か、げう、雨月もなかなかエグいことするんだね。」

 

俺と"人材派遣(マネジメント)"の話し合った結果を伝え終わると、彼女は呆れた口調で感想を返してきた。

 

「――――想像以上に太っ腹な方だったよ。俺が『おおお、このコーヒー美味いスよ!今まで飲んだことのない味がしますね。隠し味に……これ、種類はよくわかんないスけど、"自白剤"かなんか使ってるでしょ?へぇー。こういう使い方もあるんですねぇ、"自白剤"には。』って言ったらさあ、マネさん※("人材派遣(マネジメント)")すっごいニコニコして『イヤーハハハ。やっぱわかる人はわかっちゃうんだよな。初めてだよ、当てられたのは。嬉しいなあ。こりゃもう今回の依頼は半額にサービスしようかな?』なんてかえしてくれてさ。楽しいひと時だったよ。……ん?何?」

 

「な、なんでもないよ……。」

 

"人材派遣(マネジメント)"との会話を追って説明していくほどに、丹生はぎこちない笑みを浮かべていった。ふぅ。ま、この話はこの辺が潮時かな。そろそろ、トピックを"土産話"の件に移そう。

 

 

「さて、もうこの話は終わりだ。大体わかったよな?」

 

「う、うん!もう十分にわかった!」

 

丹生は激しく上下に頷いた。

 

「それじゃ、さっき言った遅刻の原因。"土産話"について話すよ。」

 

突如、真剣な空気を醸し出した俺にあてられ、彼女も引き気味だった姿勢を正してくれた。

 

「実はここに来る前、昔所属していた部隊のオペレーターから引き抜きの勧誘があったんだ。別の暗部組織へのな。俺が"ハッシュ"に来る前、ひとつ前の部隊が解散した時に、生き残りのメンバーは皆バラバラに転属していったんだ。その時のオペレーターが直接俺に連絡してきた。そして今彼女が所属している組織へ俺を引き入れたいと言ってきたんだ。」

 

「え?それって……。」

 

丹生はしっかりと俺の話を聞いてくれている。続けて彼女に説明する。

 

「ああ。まず最初に、そのオペレーターが所属している組織について話そう。その部隊は恐らく、統括理事会の1人、トマス=プラチナバーグの直属の組織だ。ココへ来る原因となった任務で、俺はプラチナバーグの護衛をやったんだが、その時、俺は彼を敵の襲撃から守ったんだ。」

 

丹生は俺の口から飛び出した新しい情報に、ほのかに驚きの色を表した。

 

「オペレーター、彼女曰く。それが一因となってプラチナバーグは俺に良い印象を持ってくれているらしい。その話が本当かどうか、どうやって確かめればいいかわからないけどな。今はとりあえず、今日会った"人材派遣"に彼女の話がどこまで真実なのか裏付けをとってもらっている。ま、とにかく急いで連絡するように言いつけてきたよ。」

 

俺の最後の台詞に、丹生は僅かに苦笑した。

 

「取らぬ狸の皮算用になるかもしれない。けどさ、もし、彼女の話がある程度本当だったら。プラチナバーグがマジで俺に好意的なのかどうか、それは置いといて、実際に彼女がプラチナバーグの部隊の一員で、俺を本気で欲しがっていたら。どうする?俺はお前の盾になると誓った。お前が借金を返済して、暗部から大手を振って立ち去るその時までな。」

 

「う。」

 

丹生が口ごもった。まあ、"守る"だの"誓う"だの。その言葉の、なんと薄っぺらいことか。そう思うよな。

 

「移籍する場合、お前と一緒に行けるなら、と相手側に条件を付ける。この条件が断られたらもちろん破断にするつもりだ。……丹生、お前の考えが聞きたい。俺のカンだが、オペレーターがプラチナバーグの組織の一員だって話は、なんとなく事実なんじゃないかって思えてな。ありえない話じゃない。」

 

じっと説明を聞いてくれていた丹生を見つめる。

 

「かげ、う、雨月。今日会った"人材派遣"さんの話だと、アタシたちの部隊に強い人を助っ人に呼ぶのは難しいんだよね。」

 

「ああ。そうだ。」

 

「プラチナバーグさんの組織に行ったら、きっと強い人も沢山いて、優秀なバックアップだって受けられるはず。その代わり、今より危険な任務が目白押しだろうけど。」

 

彼女の考えに、俺は頷き返す。

 

「でも、"ハッシュ"にいたって、この間の"パーティ"のような襲撃もあるし。……そもそも、アタシたち2人だけじゃまともに任務をこなせるかわからない状態だし……。」

 

「それは、なぁ。もし、"人材派遣"が都合よく使える人材を見繕ってくれれば話は変わってくるだろうが。今のところは、丹生が言う通りだよ。」

 

ふと、俯いていた顔をあげ、丹生はすぅ、と息を吸いこんだ。

 

「……景朗。アタシはアンタを信じるよ。アタシ、アンタより馬鹿だし。だから、アンタの考えに従う。一緒に行くよッ。」

 

目の前の彼女はほんの少しだけ、頬を染めているように見えた。俺の気のせいじゃないと信じたい。

 

「……わかった。まあ、とにかく、"人材派遣"から連絡がこなきゃ、これ以上は考えても意味はないしな。……でもさ、俺が言うのもなんだけどさ。よく、俺のこと信じられるな。い、いまさら発言の撤回は認めないぞ!でも、ホント、どうして……?お前の前で泣きじゃくったのだって、演技かもしれないぞ?」

 

 

 

俺の疑問を聞くと、丹生はどんどん表情を恥ずかしそうに歪め、視線を合わせないように顔を背けてしまった。どうみても顔が赤くなっている気が。これ、顔絶対赤いよね?!ん?

 

「そ。そのッ。そのことで。か、げうう。雨月に、言わなきゃならないことがあるんだッ。」

 

 

 

 

 

え?何?突然のこの雰囲気。めっちゃ恥ずかしそう。丹生の奴、めっちゃくちゃ恥ずかしそうなんですけど。照れてんだけど。もしや……。

 

告白?これ、告白来てる?ええ。どうしよう。初めてだ。人生初告白来てしまうん?な、なんでこんな突然に。

 

丹生を見てると、今にも告りだしそうな表情にしか見えてこない!いや、落ち着け、俺の妄想に違いない!あああ、でもどうしよう。それ以外にこんな赤面するん?人間ってそんな自由に顔色調節できんの?

 

どどどどうする?能力使って冷静に返せるようにクールダウンしとくか?……いや、加減がわからん。あまりにも冷たい反応になってしまったら、取り返しがつかなくなるぞッ!クソっ。どうしたら、どうしたら、どうしたら!

 

いやいやいや、早計だぞ。早計。んなわけ無いだろ。落ち着け、とりあえず落ち着け。俺の超絶反応なら、結果が出てから対応して十分に間に合うはずだろ?もちつけよ童貞。

 

 

「何だ?どうしたんだ?」

 

「ちょっと前から……言おうと思ってたんだけど……」

 

ちょっと前から。ちょっと前からね。ちょっと前から惚れてしまったと。

 

「その……一昨日にさ……」

 

一昨日だって!?それは随分と急な話ですね。一昨日かぁ。突然気づくことって、あるよね。

 

「雨月の、孤児院に行ってたんだッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

へぇぁ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雨月が暗部に入った理由なんでしょ?か、景朗の家族だって。だから、どんな人達か気になって見に行ったんだ。そ、その!特別な意味は無いからな!?クレアさんとはいっぱい話したけど。そのッ。これから景朗に守ってもらうし。もし景朗が、アタシを庇って取り返しのつかない怪我とかしちゃったら、アンタの家族にどう詫びればいいのかって!!そう思ってさ……。アタシ、教会なんて行くの初めてで。入口でキョロキョロしてたら、クレアさんに話しかけられて。つい、景朗の友達だって言ってしまったんだ。そしたらみんな興味深々で、なんか思いもよらない歓迎を受けちゃった。花華ちゃんとかクレアさんとか、色んな子とお話したよ。それでわかったんだ。雨月がどんなトコで育ってきたのか。どうして暗部に入って、血を流してまであの人たちを守ろうとしているのかって。ふふふ。景朗、ずいぶんと人気者なんだね。皆景朗のこと根掘り葉掘り聞いてきたよ。アタシ、なんかアンタのガールフレンドかなにかだと勘違いされちゃったけど、ちゃ、ちゃんと説明しといたから!よくわかってくれてなかったみたいなんだけど、後で景朗の口からもちゃんと説明してね!とっても暖かかった。皆の様子を見てたら、景朗のことが怖くなくなった。今はすごく身近に感じてる。こ、これから一緒に暗部でも頑張ろッ!……あれ?ねぇ、聴いてる?景朗?聞いてよ!かげろ――――――」

 

 

 

嘘だろ……丹生の言ってることが理解できない。いやそんなことはなくきちんと理解しているけども。

 

俺、聖マリア園に友達連れてったこと無いんだけど。今まで一回も無いんだけど。俺がいない時に、女子中学生がこっそり覗きに来たなんて。そんなの。皆さぞや、ニヤニヤしていただろうね。盛大に歓迎だと?!

 

これは現実じゃない。夢だ。夢であってくれ。クレア先生や花華とお話したって?火澄直通ルートじゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁあぁっぁぁぁあぁあああはははははははははは

 

て、天国から地獄。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと、ホントにどうしたの?なんでそんな一気に元気なくなっちゃたの!?」

 

ん?それはね、考え事をしてるからなんだよ。今度聖マリア園に行った時に皆になんて言われるんだろうね、とか。園のみんなが火澄に丹生の存在をタレ込んだら一体どうなるんだろう……とか…………

 

「傷つくよ。そんなにアタシがアンタのとこ行ったのが不味かったの?暗部の人間がアンタの大事な家族に近づいちゃったから?」

 

「……何言ってんだ。そんなわけ無いだろ。丹生が俺のこと分かってくれたのは嬉しいし、俺のことを知ろうとしてくれたこともすごく嬉しい。これから園のみんなにからかわれるのが欝なだけださ……」

 

「あ、う。……だったら、もう少し嬉しそうな顔してくれてもいいんじゃない……?」

 

下を向いて、地面だけを見つめて歩いていたから。この時、丹生がどんな顔をしていたのかわからなかった。もし見てたんなら、もうちょっと早く元気が出てたかもしれないのにな。

 

俺の抑揚の無い「おなかへった」というつぶやきに賛成してくれた丹生と、少し遅い昼食を取ることにした。今日はもともともう少し、これからのことを話すつもりだったしな。

 

今日の情報交換で俺たちは互いに第七学区に、おまけにそこまで離れていないところに等しく居を構えていたと判明した。丹生がペラペラと個人情報を喋ってくれたのは、やはり勝手に聖マリア園に突撃した罪悪感によるものだったんだろうか。

 

とにかく。俺たちは帰りがけに、目に付いたファミリーレストランに入店したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前に並んだ大量の料理を目にして、丹生はげんなりとした顔付を隠せていなかった。テーブルの上に所狭しと並ぶ品目の数は12皿。彼女の分を含めると13皿に及んだ。

 

「あ、あのね、景朗。アンタが全部食べきれるんなら、構わないんだけど。……んーと、このラザニア、なんて名前だっけ?……そう、この『苦瓜と蝸牛の地獄ラザニア』。同じの4皿あるけど、大丈夫?」

 

丹生の呼びかけに、ニコッと笑顔を返した。そのつもりだったんだが、どうやら笑ってたのは口だけだったらしい。彼女はビクッ、と背筋を震わせていた。

 

「大丈夫さ。今日はなんだか"地獄"を味わいたい気分なんだ。他にいっぱい料理きてるけどさ、丹生も食べたいやつは遠慮せずに食ってくれ。心配すんなよ。これだけあっても俺の腹は完全には膨れないから。むしろまだ足りないくらいさ。」

 

「いや、いいよ。……アタシ、このパスタを全部食べきれるかどうか不安になってきたトコだから……」

 

そう言うと、丹生はもそもそとパスタをつつき始めた。俺も彼女の後に続こうと、蝸牛にぐさりとフォークを突き刺したその時。

 

 

 

「"狼男(ウルフマン)"ですの!」

 

かん高い少女の声が耳に飛び込んできた。え、何!?呼んだ?という風に、思わずビクリと反応してしまった。丹生は俺の様子には気づいていない。後暗いことがないからだろうか。それともこの五月蝿い店内では単に聞こえないだけなのか?

 

先程のソプラノが発せられた位置は、俺の正面右手、桂馬の位置。ぴょこんと飛び出たツインテールを揺らしながら、目の前に座る女子高生に必死に食いつく少女の後ろ姿からだった。

 

はいはい、と軽くその少女をいなす、眼鏡をかけたお姉さんに目がいく。いや、正確には彼女の豊かな胸部へと眼球が吸い寄せられていた。気づけばガン見していた。

 

はあっ?!な、なんだあれ。火澄といい勝負……いや、眼鏡のお姉さんのほうが競り勝ちそうだ。あれが高校生……。来年から、俺も高校生……。

 

俺は何をくよくよしているんだ。来年から高校生になるんだぞ。正面の丹生はぽかん、と俺を眺めている。そうだ。此奴を無事に高校生にしてやらなければ。

 

「シャアッ!」

 

掛け声とともに、ラザニアにかぶりついた。丹生に訝しまれないように、チラチラとお姉さんを見やる。集中力は全て、遠く離れたあっちのテーブル席へと回していた。

 

「最近噂になっている都市伝説ですの!ピチピチのズボンを着込んだ、真っ黒い毛並みの"狼男(ウルフマン)"があちこちで目撃されておりますの。学園都市が廃棄した実験動物だとか、遺伝子実験に失敗した哀れな研究者の末路だとか噂が流れて。満月の夜に出歩けなくなった女学生も居ますわ。その様に、一部の学生たちが怯えていますのよ。」

 

「あら、聞いてる限りだとそれはそれで結構なことじゃない。警備員(アンチスキル)の仕事が減るわ。それで、その噂がどうかしたの?そんな有り触れた話、ここじゃ珍しくもなんともないわよ。」

 

少女をまともに打てあわずに、黙々とパフェに匙を伸ばすメガネのお姉さん。クールな性格も良い感じですね。……げぇっ、右腕に風紀委員(ジャッジメント)の腕章が。マズイな。大声で暗部の話はしづらいかも。

 

バレてもどうってことないんだけど、風紀委員(ジャッジメント)には往々にして正義マニアが多いからなぁ。あ、でもあのお姉さんはそんな風には見えないけど。……いや、別の意味で俺たちの会話が聞かれるのは宜しくない気がする。気をつけよう。

 

 

「いいえッ!固法先輩、この動画をご覧くださいまし!先々月のプラチナバーグ氏へのテロ事件の後、事件現場付近のビル内の違法カジノが摘発された時に押収された監視カメラの映像です。ここに、噂の"黒い狼男"の姿が映っておりますの!約140秒と短い時間ですが、くっきりと写っていますでしょう!」

 

「んー?……ホントね。」

 

 

だあああああッ。マジかよ!写ってたのかよ!……クソッ。仕方がないか。この街で完全に情報を隠蔽するなんて土台、無理な話だろう。あーあー。てか、もう俺都市伝説になってたんだな。有名人の仲間入りか。

 

 

「友人の伝手で、解析してもらったのですが。その結果、この映像がフェイクである証拠は何一つ見つかりませんでしたの!おかしいとお思いになりません?何やら隠蔽の匂いがいたしますわ。白昼堂々、大覇星祭の開催期間中に行われたテロだというのに、事件の真相は未だ闇の中。碌に"警備員"や"風紀委員"にすら情報が流れていないなんて!」

 

「それで、白井さんはこの動画の"狼男"が事件の真相のカギを握ってると言いたいわけね?」

 

「もちろん、その通りですわ!」

 

待て待て待て。おいおいおいヤメようよ。そんなことするのやめようよ。俺、事件の真相のカギ、ずばり持っちまってるんですけど。いやあ、この人たち、怖いなあ。顔、覚えとこうかな……。

 

「……はあ、白井さん。そんなに私との外回り、つまらない?」

 

「ぎく。い、いえ。そういう訳では……」

 

「仮に、この"狼男"さんの映像が本物だったとして。彼を捕まえるなんて雲を掴むような話だわ。私たちの目的は、なによりもこの街の治安維持でしょう?そういうことは、この"狼男"さんが本格的に悪さをしだしてから考えましょう。……案外、新型のパワードスーツだったりするんじゃなかしら?」

 

「わかりましたわ……。」

 

いつの間にか、眼鏡のお姉さんのパフェは空になっていた。

 

「さて、それじゃ、そろそろ次の地区へパトロールに行きましょう?白井さん。」

 

「はいですの。」

 

ツインテールの少女は退店の準備をしていた。少女を待つお姉さんは、席を立つ間際。ピタリと視線を俺へと向けた。目と目が合う。

 

え?あれ?これ、俺見てねえ?

 

目をそらせず、見つめ合う。目を逸らせない。逸らしたら、後ろめたいことやってたのがバレそうな気がする。眼鏡のお姉さんは突然のタイミングで、パチリ、と俺にウインクを投げかけた。

 

バ、バレてた!?なぜバレた?あの顔はどう考えても俺の行動を把握してたって感じだぞ!あの距離で、席を挟みつつチラ見してた俺に気づくなんて。

 

 

 

 

 

「ふーん。そういうこと。」

 

気がつかなかった。気づけば、丹生も眼鏡のお姉さんの方を向いていた。ジト目で俺を睨む。

 

「え?何?どういうこと?俺はただ、"風紀委員"がいるから、気をつけて喋らないとなーって思ってただけだぜ。」

 

「……」

 

丹生は黙して語らず。遠くに見える眼鏡のお姉さんは笑いをこらえていた。あああ。まずい。話を反らせ。話題を変えろ!

 

ツインテール少女と眼鏡のお姉さんはお店を出て行った。よし。

 

「そういや、丹生。お前さん、一端覧祭の準備とか大丈夫なの?今じゃどの学校も午後から終日、準備に忙しいだろ?」

 

不機嫌そうな丹生の表情は変わりそうもない。露骨に話題を変えたせいもあるかな?ハハ。

 

「学校なんかより、今はこっち(暗部)の方が重要に決まってるだろ。生死がかかってるんだから。」

 

「お、おう。そうだよね。いや、たださ、丹生、学校じゃボッチだって言ってただろ?1人準備をサボって抜け出してたら、もっと孤立化が加速してくんじゃないかって思ってさ。ちなみに、出し物は何をするんだ?」

 

 

 

丹生は露骨に俺から顔を背け口ごもった。

 

「丹生、世の中にはヤリたくてもヤレない人間だっているんだ。俺の通う霧ヶ丘付属にはな。そもそも

 

「ああもうわかったよっ。その話は何回も聞いたッ。言えばいいんだろ、言えば。」

 

俺がみなまで語る前に、丹生は諦めて話しだした。ぼそりと小さな声でつぶやく。

 

「……メイド喫茶。」

 

「へぇー。へぇぇー。無難ですね。外れなしの安全パイだと思います。ちなみに、そのメイド喫茶って女子は全員メイド服ですか?中途半端に執事の格好して男装する予定とかありませんよね?」

 

「な、なんだよ…。皆全員メイド服だよ。男は裏方。……でも、アタシ、多分でないよ。準備1人だけサボっ

 

俺は立ち上がり、思い切り、ドガァッ!!とテーブルを叩いた。

 

「そういうことはもっと早く言いなさい!!」

 

今度は俺が。丹生が言い終わる前に唸りを上げた。丹生は俺の急な動作に、ビクッと怯えた。

 

「あぅッ。……きゅ、急にどうしたんだよ!」

 

「暗部のスケジュールなんて、俺がどうにでもしてやるッ!丹生、お前は一端覧祭に出ることをおろそかにしてはいけない!」

 

おい馬鹿、声が大きいぞ、と丹生は周囲を見回しビクつく。

 

「何言ってんだ。いくらお前でもどうにもならないからこそ、今日"人材派遣"の所に行ったんだろ?!」

 

丹生の正論に、しかし俺は一歩も引かなかった。

 

 

 

 

 

「丹生。お前が暗部の汚れ仕事なんかのせいで、人生の中で輝く瞬間の1つを無駄に散らすなんて。そんなこと、あってはならないことなんだ。大丈夫さ。暗部のことは俺に任せろ。お前は一端覧祭の本番に。1人の中学生として、本来の在り方も全うしよう!心配するな。クラスで浮いてしまってても、命を賭けて。俺が必ず、お前の勇姿を見届けてやる!」

 

 

 

 

状況はこちらが優勢だ。丹生は勢いに飲まれ、メイド喫茶への参加を考え直し始めている……はず。対面で身を竦ませる彼女のたじろぐ仕草が俺を後押しする。ピンチをチャンスに変えろ。このドサクサに紛れて、丹生のメイド服姿を拝見しに行く約束を取り付けられないだろうか。

 

「わかった!わかったから、声が大きいって景朗。わかったよもう……」

 

丹生の赤面から漏れ出る小さな声を聞いて、俺は席に座り直した。店内でつっ立ちすっかりと目立っていた。あー……大声で『暗部』って連呼しちまったけど、まあ普通の人はそれが何?って思うはずだから大丈夫なはず……だよな。そして、満面の笑みを丹生に送る。言質は取ったぞ、と言わんばかりの表情とともに。

 

「ほ、本気なの?ホントに来るつもりなの?」

 

「お前さんの家の近くからなら、学校は旭日中?」

 

俺の問いかけに、正面の彼女はほんの僅かにだがピクリと体を強ばらせた。お、どうやら図星だったっぽい。俺には彼女の微かな動きからそれがはっきりとわかった。普通の人は今のちょっとした動作で気づけるのかな?いやしかし、いい情報を得た。丹生は旭日中学か。

 

「正直、丹生さんのメイド姿めっちゃくちゃ観たくてたまらないんですけど。絶対行くぜ!旭日中!」

 

「なっ何を言ってッ……ざ、残念でしたー。だいたい、旭日じゃないもん、アタシ!」

 

彼女は口ではそう言いつつも、純粋に嫌がっているだけではなくて、逸らした横顔にはどこか照れや気恥かしさも含まれているように思えた。

 

「ほう、旭日中じゃないと。それなら、柵川か……?フッ、どちらにせよ大した問題じゃない。近辺のメイド喫茶をやっている中学校全てに顔を出せばいい!丹生さんのメイド姿を拝める最初で最後のチャンスとなるかもしれないなら!そのくらいの労力、惜しくはない!」

 

彼女にキッパリと言い放つ。先程から翻弄されっぱなしの丹生はというと、何やら必死に考え込んでいる。俺の来訪を阻止する策を練っているんだろう。やがて想定外だったが、何か思いついたらしく少しだけ、してやったりと口元を歪ませて俺に意気揚々と反論を打ち返してきた。

 

「そんなこと言ったって、無駄だからな。まずは暗部のゴタゴタをどうにかしなきゃどうにもならないだろ。景朗一人に全部任せっきりにはできない。それに、さっきから何やらごまかそうと強気な物言いですけれども、それって景朗が相手を言いくるめようとする時に出るクセだって花華ちゃんが言ってたぞ」

 

「は、はあ?べ、別に言いくるめようだなんて思ってないですよ。ただ、丹生さんの学校生活を虞ろうとした純粋な私なりの厚意ですから。だ、だって現状じゃ2人も1人も変わらないじゃないですかッ。い、いやはや自己犠牲的な配慮に見えるかもしれないですが

 

 

思わぬ反撃に反射的に言い訳が口から飛び出したが、それが不味かった。丹生は俺の言葉を遮り、澄まし面のまま追撃してきた。

 

 

「口調が急にですます調になるのも何かをごまかす時のクセだって真泥くんが言ってたなー。さらに、いかにも正論に聞こえる耳障りのいい単語を乱発する時は、大抵自分の意見を押し通そうとしている場合なんですよ、ともクレアさんに教わったんだけど?」

 

あがッ。そうかもしれねぇ。なんですとー?!そ、そんな。丹生さんに言い返せないなんて。こんな日が来るとは想像だにしなかった!ニヤつき具合が半端ないんですけど丹生さん。あーでもそんな風に小悪魔的な顔付の丹生さんも萌える……。

 

「うッ。ぎ、が、ぐ。お、おまッ!どうやらマジでウチに行ったらしいな……。糞ッ!アイツ等何故に初対面の人間にそんな俺の機密情報を漏らすんですかッ!?……だああ気になるッ!一体どんな話題の時にその3人から今の情報を入手したんじゃぁぁあ!!!」

 

「ふっふっふー。いつも景朗に押し切られてるって言ったら、クレアさんたちがものすごぉぉく同情してくれてねぇー。ま、そういう事で、アタシのメイド喫茶出陣は物理的なスケジュールの問題からして不可能だと決定されましたー」

 

やってらんねぇ。丹生に言い負かされるなんて。やさぐれてぐったりと椅子になだれかかる。

 

「そんな露骨にがっかりした顔するなよ!もーめんどくさいなぁ」

 

「そりゃ元気も無くなりますよう。この俺が丹生さんなんかに言い負かされるなんて」

 

「こらぁー!どーいう意味だそれ!」

 

俺のセリフに丹生は反射的に詰問を返した。ほぼ同時に、俺はピシャリと姿勢を正した。彼女に改めて向き直る。丹生はまたぞろ俺の反論が来るのかと、俺を軽く睨みつけながら構え直した。

 

「だって、絶対楽しいじゃないですか。丹生のメイド喫茶に俺が遊びにいったら最高に楽しいとは思わないんですか?俺の中学は一端覧祭ガン無視なので、私が貴女の学校にお邪魔するしかないんでせうがっ!」

 

悲しそうな顔を創りつつ、最後の抵抗だ。

 

「そ、そりゃアタシも楽しくないとは思わないけどさ。はぁ……一ついい?いい加減欲望だけで考えた短絡的な要求するのはやめようね?」

 

マズイな。丹生さんがだいぶピキっていらっしゃる。これ以上は無理に行くと逆効果になるかもしれない。

 

「もう。だらだらと余計な話ばっかりして、今日話し合うハズだった暗部のこと、全然話せてないじゃん。早く食べて作戦会議の続きするよっ!」

 

「……あ~い。」

 

 

大人しく彼女に従い、俺が今一度目の前に並べられたラザニアにフォークを伸ばしたその時。非常に絶妙なタイミングで俺の携帯に着信が来た。

 

「すまん、丹生。……はい、もしもし。……やあ、マネさん。ずいぶん早いね。ん、それって……」

 

別れて早々の"人材派遣(マネジメント)"からの連絡だった。内容は今さっき頼んだ、元"ユニット"オペレーターからの提案の裏付けに関してだった。

 

パスタをフォークでくるくると回していた丹生も、神経をこちらへ集中させ落ち着かない様子でのぞき見ている。

 

「……わかった。有難い、素晴らしい仕事だよ。さすがだ。…………もちろん。資料は直接取りに行ってもいいが……ハハッ。わかってるよ。郵送でもメールでも何でもいいよ。…………いや、本当に助かった。これからもよろしくお願いしますぜ」

 

 

通話を切ると、今や今かと、待ちきれなさそうな丹生が俺を見つめている。"人材派遣"から届いた朗報のおかげか。自然と笑みが湧き出た。

 

「丹生。どうやらプラチナバーグの所は、本気で俺を欲しがってるみたいだ。それだけあちらさんの状況が逼迫してると考えると少々、いや大分不安だけど。行こうぜ、プラチナバーグの部隊へ。賭けになるけどさ」

 

かろやかに微笑む俺とは対照的に、丹生の顔は少々強ばっていたものの。彼女も俺の言葉に同意し、ゆっくりと頷き返してくれた。

 

「さて。一時はどうなるかと思ったけど、なんとかなるだろ。暗部のスケジュール」

 

「そうだな。そうなるといいな。」

 

丹生も徐々に落ち着き、ほっとした様子を見せてくれた。

 

「つまり。これできっと、丹生の一端覧祭も元通りだな!」

 

「え?」

 

丹生が硬直したまま、力なく呟き返す。

 

「アンブ、ナントカナル。ニウ、メイドニナル。オーケー?」

 

「え?」

 

「ヒュー!メイド喫茶が捗りますなぁー」

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はコメディ色が強いです。毎回毎回シリアスじゃギャップが生まれませんからね。

なんか一気にお気に入りとか評価してくださる方が増えてました。気になって調べたらハーメルンスレで紹介されていて嬉しくて飛び上がりそうでした。

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