ネギドラ!~龍玉輝く異世界へ~   作:カゲシン

58 / 74
第57話 なるか下剋上 目指す先は『勝利』

~大会二日前 精神と時の部屋~

 

「さあ、いいでござるよ刹那殿」

 

「……流星・羽気嵐!!」

 

 遥か上空から、楓へ向かって無数の気弾が降り注いだ

 

 刹那が自身の翼から、それも羽の一枚一枚に気を込めて放つ大技

 

 のちに予選でピッコロを相手に使われたそれが、今しがた楓へも炸裂

 

「では、避けさせてもらうでござる……よ!」

 

 しかしそれを、楓は超スピードで地を駆けて次々と避けていく

 

 ある時は瞬動術、またある時は着弾ギリギリからの絶妙な足捌き

 

 ただでさえここ精神と時の部屋は、地球と同じ広さの平地が延々と続く異常空間なのだ

 

 楓の位置は目まぐるしく変わり、それを追うようにして刹那も自身の位置を変え気弾の発射先を調節する

 

 決着が付いたのは数十秒後、刹那の気が枯渇しての弾切れであった

 

「はぁっ、はぁっ……やはりこの仕上がり程度では、実戦で使うにはまだ足りないか」

 

「初撃次第でござろうな。そこで被弾させ相手の足が止まれば、威力拘束力ともに相当のものでござる」

 

「逆に初撃を外せば、避け続けられることを覚悟せねばならないわけだ」

 

「とはいえ速度もなかなかゆえ、避けるのは拙者まだまだ難儀でござるよ。良い訓練になった、感謝いたす」

 

「こちらこそ、技の実験台になってもらってすまない」

 

 大会を間近に控えた二人が天界に連れて来られ、まず行われたのはピッコロと一対一の修行

 

 時の流れが違うこの部屋の中で約二ヶ月、それを刹那→楓の順で計四ヶ月

 

 そしてピッコロ抜きの二人で十ヶ月、これがピッコロの提示した大会前の総仕上げの修行計画

 

 この頃は折り返しの六ヶ月目辺りであり、基礎力の向上以外にも大会のための新技の開発にも力が入り始めた頃であった

 

 二人で修行といっても四六時中行動に共にしているわけではなく、日に数時間ほど場所を離して独自に修行に励む時間を設けており、先程はその成果のお披露目のような形となっていた

 

「では、次は拙者の技を受けてみてはもらえぬか?今は消耗が激しそうでござるし、少々休んだその後で」

 

「ああ、わかった」

 

 当然、そのお披露目とは刹那から楓への一方通行でなく逆も然り

 

 楓も何かしら考え付いていたようで、休憩を挟んでその日の内に刹那へと放った

 

 

 

 

 

 

 

「うーむ……やはり、悟飯殿やピッコロ殿相手では難しいでござるか」

 

「まともに食らってしまった私が言うのもおかしいかもしれないが……条件が厳しいだろうな」

 

 数ヶ月に渡る激しい修行、衣服がボロボロになって着れなくなる事態が起こるのは想像に難くない

 

 そのためピッコロが予め魔術で相当量の修行着を部屋内に用意していたようで、その内の一着に刹那は着替えていた

 

「私のさっきの技と比べると、掛け手と受け手の位置がちょうど逆になっている。通常時が地上戦という前提なら私のは自分で動いてしまえば良いが、そっちは相手を空中まで誘導しなければならない」

 

 元々着ていた服は楓の技をまともに食らったためか、焦げ付いたり破れたりといった損傷が余すところ無くあり、もう着ることはないぞとばかりに丸めて脱ぎ捨てられている

 

「それに、よしんばその位置取りが上手くいったとしても、技の完成までに相手がどう動くかもわからない。相手によっては、ダメージ覚悟の強行突破を仕掛けて来ることも充分考えられる」

 

 新たなヘアゴムでサイドテールをまとめ直し、ようやく元の格好へ戻った

 

「あと、根本的な問題だと思うが……ピッコロさん相手には間違いなく、一発で見破られるぞ」

 

「(相変わらずの執着心でござるなぁ)ふむ、となれば幾らか改良を試みるでござるか」

 

 互いの研鑽のため、こうして相手の技に厳しい言葉を飛ばすのもそう珍しくは無い

 

 この時の技も、考案されたが結局捨てられた幾多の技の一つ、そういう認識だった

 

 だがよくよく思い返せばあれは、少々おかしかったかもしれない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(そうだ間違いない、あの時楓は『改良する』と言った。なのにあれ以降、私は一度も見ていない)

 

 他の新技、例えば不可視の位置からの気弾コントロールや霞蛍

 

 これらも考案当初は課題点が多く、修行中に改良を幾つも施し完成系に辿りついた代物

 

 刹那の羽気嵐もそう、技の完成の前にはまず『改良の余地があるか』を探るところから始まる

 

 それが初めから見つからない技は、言ってしまえば伸びしろが無い

 

(他の『改良する』と明言した技は例外なく、何かしら改良を施し最低一度は私に見せたというのに……)

 

 一方であの技は伸びしろ、つまり可能性があった

 

 なのに改良を一度も試さず、それを楓がみすみす捨てるのはおかしいと刹那は気付く

 

(考えうるのは……一人で改良を試みた時にやはり駄目だと見切ったか、あるいは……)

 

 刹那が元々知っている楓の技で、木乃香が言うような『どうにか出来そうな技』はありそうにない

 

 ゆえに彼女は、今しがた思い出したその技のみに考えを向けていた

 

(……私相手に試さずとも技を完成させ、なおかつ私に手の内を隠そうとした?)

 

「せっちゃん、どないしたん?」

 

「え?す、すみませんお嬢様。少々考え事を……」

 

「それより大変ですわ、楓さんが!」

 

 無論、そうする間にも時は待つことなく流れていく

 

 あやかが指摘するように、戦いは再び大きく動き出していた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(まずい、これは影分身一体では足りぬ!もういった……)

 

(分身を常に盾にしていたのが、仇になったな!)

 

 天津飯の顎龍拳から脱出して仕切り直した後、再び両者の交戦は始まっていた

 

 最前線は影分身数体に任せ、自身は影分身を一体だけ傍に置いたまま目まぐるしく周囲を駆け気功波で援護射撃

 

 自身が相手の攻撃にやられないようにし、かつ突破口が何か無いか探し出すための、最善かはともかく少なくとも次善の策

 

 しかしその、いわば先延ばしの行動を天津飯に付け込まれた

 

 影分身の攻撃を潜り抜け、超スピードで楓本体の正面へ回り込む

 

 直接の交戦を恐れた楓は咄嗟に影分身を自身の前へやったのだが、その僅かな時間で天津飯の攻撃準備は整った

 

 右手の人差し指一本、そこへ気の光が瞬く間に灯る

 

「どどん波!!」

 

 たかが指一本の気功波攻撃と侮るなかれ、その威力は並みの使い手のかめはめ波であれば楽々押し除けられるほど

 

 影分身は防御を試みるが、どどん波はそれを

 

「ぬっ、ぐうぅぅぅああぁっ!」

 

 文字通り、突き破った

 

 影分身の胸元を貫通し、勢いはほぼそのままに本体へ

 

 回避は出来ず、楓はそれをまともに食らってしまう

 

 気を目いっぱい込めた影分身でも耐久力は本体には劣る、ゆえに楓自身が貫かれることは無かった

 

 だがダメージとしては充分で、加えて場外まで届かんばかりにふっ飛ばされる

 

 それでもどうにか残りの影分身がフォローに回り、その身をバトルステージ上に留めることだけは出来た

 

「…………はぁっ、はぁっ、んぐっ」

 

 いつもののほほんとした、涼しげな表情は既に鳴りを潜め、息を荒げた様子

 

 体力の消耗は勿論、どどん波を食らった箇所の痛みも引く様子が無い

 

 息一つでズキリ、それがまた呼吸を乱れさせる悪循環

 

 顎龍拳の傷も癒えぬままの先程の一撃は、あまりにも痛烈

 

 

 

(……倒せぬ、でござるなこれは)

 

 

 

 胸の内で非情な現実を認める言葉をついに吐露する楓の姿が、そこにはあった

 

 

 

(とはいえ、終わったわけでは……ござらぬよ)

 

 

 

 されど、それは諦観にあらず

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、あの天津飯ってのはそんなやべえやつなのかよ!?」

 

 観客席では、カモが試合状況とは別に少女の言葉にも驚愕を見せていた

 

 その少女とは、綾瀬夕映

 

 先程は天津飯についての情報が『大会まで共に修行していた』という縁でアスナから提供されたわけだが、今度はまた違ったアプローチからの情報提供

 

「一年前の戦いで、ピッコロの旦那が手も足も出なかった相手。それを奇襲ながらも足止めに成功って……いや、ピッコロの旦那が手も足も出ないって次元がそもそも俺っちの理解の外なわけではあるんだが……」

 

「アックマンさんからの伝聞ですので、どこまで正確なのかは分かりかねますが……おおむね間違いないかと」

 

 夕映にはアックマンという、地獄に通じている知り合いがいた

 

 地獄には悪人、それこそ悟飯やピッコロと戦い敗れ去った者も多数堕ちている

 

 ゆえにアックマン自身が、直接目にせずともこれまでの戦いの一部始終について幾らか知っており、時折夕映に話してやる形で伝わっていたのだ

 

「え、いつそんなの聞いたの!?私そんな機会全然無かったんだけど!?」

 

「時間がある時に何度か格闘術の稽古をつけていただいた事があって、その折に」

 

「ぐぬぬ、報道部の私を差し置いて独占取材を敢行するとは……」

 

「取材、というほどのものでもないですよ」

 

 こういった情報に限って言えば、熱心に情報収集していた朝倉よりも夕映のほうが詳しいようである

 

「ですから、内に秘めた気の絶対量は間違いなく楓さんとは桁違いでしょう。先程無傷で防御し切ったことからも分かりますがね」

 

 続いて夕映は、少し前の攻防で起きた件についても言及する

 

 

 

 

 例えば、戦士Aが気の力100で気功波を撃ち、それを戦士Bが気の力100で防御しようとしたとする

 

 この時、Bが攻撃を防ぎ切って無傷で済むかと聞かれれば、答えはNO

 

 『気の力100を打ち消そうと思えば、気の力100をぶつけてやればいい』

 

 上記の考え自体は間違っていない、しかしその気を防御に使うとなると話が変わってくる

 

 もし両腕に気を巡らせて防御したとしても、その両腕の全面積で気功波を受け止めるわけではないからだ

 

 つまり、本質的な『防御』に回されていない気が一定の割合で生じてしまうということ

 

 ゆえに、多方向からの連続攻撃を全て無傷のまま防御した時の天津飯の気の量は、全力攻撃時の楓の数倍はゆうにあることを如実に示しているのだ

 

 

 

 

「となると、楓姉さんが勝つにはやっぱ正攻法以外の……兄貴やコタローがやった裏技めいた真似しなきゃ、その差は埋まらねえってことか」

 

「話を聞く限り、あの方はクリリンさんやヤムチャさんより実力は上のようですからね、やむなしでしょう。それかあるいは、刹那さんのように……って楓さん!?何やってるですか!?」

 

 夕映はカモや朝倉に色々と話す際、一瞬バトルステージから視線を切ってしまっていた

 

 それを戻すやいなや、急激に変化した戦況に声をひっくり返した

 

 そこにあったのは異様な光景

 

「な、何やってんだ楓姉さん!?そんなことしたら気が空っぽに……」

 

「ていうか、なんで向こうも動かないわけ!?」

 

 次々と影分身を出し続ける楓と、それを離れた位置から見守る天津飯、という光景

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(機は一瞬、かつ……一度きり)

 

(こいつ、何体分身を出すつもりだ……)

 

 一体、また一体

 

 天津飯を囲んで攻撃、あるいは楓の壁とするにはあまりに多すぎる数

 

(さあ、この拙者を見て……どう動くでござるか?)

 

 もうじき十体目が出てくるかというところで、ついに天津飯が痺れを切らした

 

(何をしてくるかは未だ読めんが、これ以上……好き勝手にはさせんぞ!)

 

 相手がこちらを倒そうとするなら、力量差が明白になった以上正面突破はまずない

 

 どうにか揺さぶって隙を作り、そこへ攻撃を叩き込もうと画策してくることは想像に難くない

 

 そしてこの時点で既に数回、ダメージはともかく天津飯の虚を突き攻撃を食らわせたという武人としての彼女の実績

 

 ゆえに天津飯はこれまで、こちらから無暗に相手の懐に飛び込むことは控えていた

 

 だがああもあからさまに策を講じようと動いている以上、もう黙ってはいられない

 

 そこで彼が取ったのは、『相手の懐へ無闇に飛び込まない』と『相手の好き勝手にはさせない』の折衷案

 

 現在位置からの気功波攻撃による、影分身の破壊であった

 

「どどん……!?」

 

(機は、来た!参る!)

 

 しかしその案は、採用こそされたが実行には移せなかったのだ

 

(こいつ、影分身を盾どころか……自身の後ろへ!?)

 

 再びどどん波を放つべく、右手に気を込め腕を上げたほんの一瞬

 

 その内に、全ての影分身が楓本人の背後へと回った

 

 ゆえに天津飯は影分身達を狙えない、見据えた先にいるのは楓自身の姿のみ

 

 その楓自身が、影分身共々体勢をうんと低くし、次の瞬間突っ込んだ

 

「……波ぁっ!!」

 

 影分身の不可解な行動による動揺、それによる一瞬のタイムラグを経て射出されたどどん波

 

 威力こそ先程のものに引けを取らないが、狙った先が明らかで少しばかり撃つのが遅れた代物、楓が避けるための条件は揃っていた

 

(ぐっ、しまった!だがその程度のスピード、空いた左腕一本で充分だ!)

 

(ここまでは、まだ良い。問題は……次のこの一瞬!)

 

 この時天津飯は、影分身が楓の背後に回った理由の考察を放棄してしまっていた

 

 影分身の統率された動きにより、彼の目に入るのはほぼほぼ最前の彼女本人のみ

 

 頭の中に一番あったのは、『攻撃を外した自分へ、向こうがどう攻撃を仕掛けてくるか』ということ

 

 だからこそ彼女の次の動きも、許すに至ってしまう

 

「うおおおおおおおっ!」

 

「!?なっ、速い……」

 

 思わす言葉が、外に出た

 

 楓らしからぬ咆哮、それと共に彼女の速度が瞬間的に跳ね上がったのだ

 

(一体分、二体分、三体分……まだまだでござるよ!)

 

 

 

 

 準決勝第一試合、コタローが悟飯に巨大気弾を放った時のことを覚えているだろうか

 

 気の塊である影分身が消滅寸前に陥った際に、それを再び自身の気として取り込んだあの時のことである

 

 今しがた楓がやったのも、理屈自体は同じ

 

 楓の真後ろ、一番近くに位置する影分身から順にA、B、Cと名前を振っていくとしよう

 

 まず影分身Aが、楓の真後ろの付いたまま右手を彼女の背へ

 

 そして分身を解除、影分身に使われた気は楓に再び取り込まれ、瞬間的な移動速度の上昇に用いられる

 

 残るB以降の影分身だが、楓の真後ろに付いていることで空気抵抗を受けないため、一体分前の位置に移動するのは難しくない

 

 そうして一体、また一体と影分身が気の塊として楓の元へ戻り、彼女の超加速を実現させた

 

 元を辿れば同じ楓の中にあった気なのかもしれないが、自身の内から一度に発揮させる量には限界がある

 

 これはその限界を取っ払うための手法、影分身は云わば外付けの加速補助エンジン

 

 

 

 

(五体分、六体分、七体分……もう、すぐ……)

 

 元々、楓が精神と時の部屋での修行で一番鍛え上げたのは己のスピードだった

 

 刹那の新技、流星・羽根気嵐の受け手となり、十倍の重力下の中数えきれぬほど避け続けた

 

 その結果、霞蛍での攻撃時天津飯に胸の内で『中々』と評されるに至っている

 

 そしてその『中々』のスピードを、楓が出せる最速だと天津飯が無意識に刷り込んでいたそれを、数段階跳ね上げた

 

 彼の出せる最速からすればまだまだ及ばないかもしれない、けれど一度限り、一瞬その目を惑わすには充分な速さだった

 

「楓忍法……」

 

 どうにか得た一瞬で、楓は天津飯の周りをリーチ外から二周三周と駆けゆく

 

 体勢は飛び出した時よりも更に低く、腕も降ろし指先は地に擦れる

 

 その指先で地に描かれた紋様は、術としての力を持ち天津飯の立つ足場に作用した

 

「……土遁・地馬天昇!」

 

(くっ、何が起き……じっ、地面が!)

 

 天津飯は咄嗟に防御態勢に入ったが、これでは防げない

 

 楓のこの術は、ダメージを与えるためのそれではない

 

 地が隆起し、それに併せて気の爆発

 

 こららは天津飯を真上、すなわち上空へと跳ねるように無傷のまま押し上げた

 

(これで、最後でござる!ぐっ、この程度……)

 

 そのタイミングで、楓は足を止め次の行動へ移る

 

 限界を超えた加速の反動かこれまでの傷が更に疼くが、それでも実行

 

(残る気を全て……この一撃に!)

 

 両掌がバッと開き、それぞれに気が集中していく

 

 上空を見据え、その先には天津飯

 

「だだだだだだだだだだあああっっ!!」

 

 そして次々と、気弾を射出していった

 

 楓本体だけではない、隠れていた残りの影分身も次々とステージ上に姿を見せ同様に気弾を放っていく

 

(こ、これは!)

 

 空中で天津飯が体勢を立て直した時には、既に完遂していた

 

 目に入った光景に驚き、慌てて周囲を見渡すも全てが同じ

 

「これで逃げ場は……無いでござるよ?」

 

 楓と十数体の影分身が、新たな気弾を撃たぬまま両腕を上へと突き出しピクリとも動かない

 

 前方に気弾、後方に気弾、上にも下にも左右にも

 

 その腕と同様に、天津飯の周りでは無数の気弾が静止したまま、彼を隙間無く取り囲んでいた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいや!?何アルかあれは!」

 

「ネギ、あれは確かピッコロさんの……」

 

「うん」

 

 コタローやネギはこの技に見覚えがあった

 

 実際の戦闘に使用したのこそ一年前だが、それ以外でピッコロは二人相手に振るっていた

 

 かつて刹那や楓に使ったように、舞空術の空中制御訓練の一環として修行中何度もだ

 

 

 魔空包囲弾

 

 

 いつの間に誰が名を付けたのか、その名の通り空中の敵を包囲し討ち倒す必殺攻撃である

 

 楓が放った技は、ネギ達が思わず連想してしまうほどそれに酷似していた

 

「けどあれは……楓さんにしか出来ない技だよ」

 

 しかしただの猿真似にあらず、ピッコロのオリジナルとの違いが明確に見て取れた

 

「せやろな、ピッコロさん一人じゃあれだけの数は扱えへん」

 

 気弾を放ち空中で静止させるという動作、当然ながらただ撃つだけよりも技量が必要であるし労力を伴う

 

 楓は当然ピッコロより技量が劣るし気の絶対量も少ない、よって本当に猿真似をしただけなら包囲するだけの気弾は用意できないだろう

 

 そこを補い、なおかつ差別点を持たせるために用いたのがあの影分身達だ

 

 各々が限界まで気弾を放ちコントロールしてやれば、敵を包囲する数はピッコロの上をいく

 

 実際ネギ達から天津飯の姿は、気弾に遮られて殆ど確認できない

 

 そうして、体一つ通り抜けられぬほどの包囲網の完成に繋がった

 

「あれでは相手も、食らてダメージを受けることは必至!楓の勝機が見えてきたアルな!」

 

「……いや古、それは無理だぜ」

 

「え?」

 

 だが、現実は甘くない

 

 楓が形勢逆転したとみて喜びを露わにする古の横で、クリリンが苦しい表情のまま彼女の言葉を否定した

 

 何故かと訊かれるよりも先に、彼はそのわけを語り出す

 

「確かにお前の言う通り、天津飯はあれを避けきれないしダメージも幾らかは食らうだろうさ。けど、その先が楓には残ってない」

 

「その先……まさか楓は、全部の気をこの攻撃に使てるアルか!」

 

「幾らか残してるかもしれないが、それでもほぼ大半を費やしてるのは間違いない。天津飯はこれまでの戦いで殆ど消耗してないし、防御に徹すれば余裕で耐えきれる」

 

 攻撃が済めば残っているのは、余力を充分に残した天津飯と気をほぼ空っぽにした楓

 

 同じ攻撃は、消耗や向こうの警戒もあってまず不可能

 

「確実に決められるタイミングを伺ってたのかもしれないが、遅すぎた……あれじゃあもう、天津飯は『倒せない』」

 

古に言われ、楓側の応援に回って観戦していたこの試合

 

 健闘こそ認めるがこれで勝負ありか、そう思うクリリン

 

 これとタイミングをほぼ同じくして、止まっていた楓がついに動いた

 

「あ!決まっ……あ。あ、れ?」

 

 影分身共々、気弾を動かすべく腕をぶんと振るう

 

 その動きを真っ先に捉え、声をあげたのは悟飯

 

 

 

 しかし、おかしい

 

 

 

「な、何だよ……あれ……」

 

 楓が気弾を動かした、だとすれば次に訪れるのは何か

 

 普通に考えれば無数の気弾が当たっての爆発、天津飯を包み込む爆煙、つんざくような爆音

 

 少なくともピッコロの魔空包囲弾なら、そうなっている

 

 だが彼らの目の前で、その事象は一つとして起きなかった

 

 起きたのは、あまりにも予想とかけ離れたもの

 

 言葉で表そうとするなら、そう

 

「球……アルか?」

 

 古がポロリと漏らしたこれが、単純にして全て

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(何が、何が起きた!?何故、俺は……)

 

 残る気の殆どを動員した、一世一代の攻撃

 

 天津飯もクリリンと同じく、このことには気付いていた

 

 ゆえに囲まれた時彼がとった行動は、これまたクリリンの想定通り防御に徹すること

 

 両腕で頭の前半分を覆うようにかばい、全身にも気を巡らせて防御力を上昇させる

 

 これまでの戦闘で楓の気弾攻撃の威力も底は知れており、充分に凌ぎきれるという自信があった

 

 万全の態勢で受け止めれば、『倒されぬ』と確信していた

 

動け(・・)ないでいるんだ(・・・・・・・)……)

 

 そう、天津飯の行動は決して間違っていなかった

 

 楓が彼を、『倒そう』と動いていたのなら

 

(本来はここで全弾爆破させて完成なのでござるが……)

 

 放った気弾全てが天津飯に密着したまま取り囲み、押し固めて出来た巨大な球が一つ

 

 

 圧倒的な物量でまず逃げ場を奪い、なおかつその全てを余すことなく食らわせるべく相手を密閉する

 

 

 ピッコロの魔空包囲弾との決定的な違い、その二つ目がこれであった

 

(……それではそなたを、『倒せぬ』ゆえ)

 

 全身が悲鳴を上げるが、球体の形成を維持するため楓は力を込め続ける

 

 そのためこの場から動けぬ余力を持たぬ彼女は、今しがた飛び上がったもう一人の自分に全てを託す

 

 気弾を撃たせずにとっておいた、本当に最後の一体の影分身

 

(ぬ、ぐっ、この……)

 

 窮屈な姿勢で押し固められた天津飯は、球体の拘束をすぐには破れなかった

 

 気功波を撃って誘爆させれば早く済んだしれないが、攻撃に気を使って防御が薄くなったところへの集中砲火が頭をよぎり咄嗟には出来ず

 

 これは、彼女が自身を『倒し』にかかっているという、必然の発想から生まれた落とし穴

 

 食らえば二度とかからないその落とし穴、一回目がちょうどこの瞬間だった、ということ

 

 そうして穴に嵌まって出来た僅かな時間の内に、影分身は上空の球体に到達

 

 球体ごと彼を、

 

(拙者は『勝つ』ために、この場に立ったのでござるからな)

 

 海面へ向けて弾き飛ばし、水柱を上げさせた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……終わったな」

 

「まさか、天津飯さんが……」

 

 会場内に、勝負の決着を告げるアナウンスが流れる

 

 モニターから視線を切り、控え室にいたピッコロは出口へと進む

 

「俺はもう行くぞ」

 

「あ、ピッコロさん!」

 

 試合結果に愕然としたままでいたトランクスは、ピッコロの言葉で我に返り後を追いかけた

 

(まさか、俺の技を下地にあんな技を用意してくるとはな。刹那といいあいつといい……いや、ネギとコタローもか)

 

 トランクスに背を向けた状態で、ピッコロは口元を思わず緩める

 

(たった一年見ないうちに、随分面白いものを見せてくれるじゃないか)

 

 自身を相手取り、臆せず本物の覚悟と己の全てを見せた者

 

 静かに強者を屠り、更なる強者相手に後一歩と健闘した者

 

 強敵との激闘・勝利を通じ、一番弟子相手に更なる成長をした者

 

 『勝利』を強敵相手に貪欲に求め続け、それを見事為し得た者

 

(なら俺も、見せてやらんとな)

 

 四者四様、それぞれの結果を受けて柄にもなく滾っていることを自覚する

 

 準決勝激闘四連戦、最後で最高の一戦が間もなく始まろうとしていた

 




 結局第四試合は年内に間に合いませんでした、すみません。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。