ネギドラ!~龍玉輝く異世界へ~   作:カゲシン

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第47話 喰らえ!狼が牙を剥く

「「でやあああっ!」」

 

「ふっ、せやぁっ!」

 

 風が吹き、運ばれた雲がバトルステージの上を覆い始める

 

 やや薄暗くなったステージBは、予選決着まで二名の選手を残すのみとなった

 

 コタロー、そしてヤムチャ

 

 しかし戦う選手の数は、二つにあらず

 

 二人のコタローの右拳が、正面から同時にヤムチャの顔面めがけ放たれる

 

 それをヤムチャは両腕を上げて防ぎ、返す刀でまずは右肘を一発

 

「ぐぁっ!」

 

「はいいぃっ!」

 

 続いて左の掌底、コタロー二人をそれぞれ吹き飛ばす

 

 しかしこれらはコタローが気を練って生成した影分身、どちらも煙を上げて消滅

 

「っだあああああっ!」

 

 本体は別にあり

 

 ヤムチャの背後、彼が左掌底を放った直後に姿を現し後頭部へ蹴り一閃

 

 咆哮と共に放たれたそれは、即座にヤムチャが振り返ったことでこめかみ含む側頭部に命中

 

 ガードは間に合わずヤムチャから絞るような声が漏れる

 

 が、その場で踏ん張った両足によって堪えきる

 

 被攻撃箇所に気を回して防御力を上げたためダメージもほぼなく、堪えている間に攻撃のための右拳の準備が整う

 

「はああぁっ!」

 

 空手の正拳突きが如く、180度の捻りを加えた拳がコタローの胸元をえぐりにかかる

 

 ヤムチャに蹴りを入れ空中で静止していた状態のコタローは、回避が間に合わない

 

 放った攻撃が蹴りゆえに空いていた両腕を咄嗟に前に出し、防御に回すのが精いっぱい

 

 結果、ぶつかりながらも両腕をすり抜けた拳がコタローを殴り飛ばした

 

 『影分身二体の同時攻撃による陽動からの本体の奇襲』は、以上のような失敗に終わる

 

 影分身を含めたとは云え、多対一でも戦況の有利不利を覆すには至らなかった

 

「ぐっ!くっ、そがっ!」

 

 しかしダメージに顔を歪ませつつも、コタローは気を込め反撃に移る

 

 受け身を取って即座に立ち上がると、両脇には既に新たな影分身が生み出されていた

 

 そして先程のように、この二体がまずはヤムチャへと襲い掛かる

 

「また性懲りもな……ん?」

 

 しかし全く同じというわけではなく、そのことにはヤムチャもすぐ気付く

 

 拳を振り上げて向かってきていたあの時とは違い、体勢を低くしてのタックル

 

 殴りかかるつもりはさらさらなく、影分身達の目的は一にも二にも接近そのものにあった

 

「「うおおおおおっっ!」」

 

 ヤムチャとの距離が彼のリーチギリギリまで近づくと、影分身達は両腕を前に出して飛び掛かる

 

「うぉっ!?こっ、のやろ!」

 

「だあああありゃりゃりゃぁっ!」

 

 一体は手刀を振り下ろして叩き落としたが、もう一体は仕損じる

 

 影分身はうつ伏せの体勢になりながら、両腕をヤムチャの片足に絡ませた

 

 そこへすかさず本体が突撃、ヤムチャは二択を迫られる

 

 足元の影分身を振り払うか、眼前の本体の攻撃を迎え撃つか

 

(くっ、さっきから何なんだこいつの技は……残像拳と違って実体を持ち、なおかつ天津飯のとは違ってパワーの分散も感じられない!)

 

 ヤムチャが選んだのは後者、片足のみの体捌きと両腕で迎え撃った

 

 今度はヤムチャもなかなか反撃に移れない

 

 防御体勢の両腕に分身前と遜色ない、いや更に威力が上回るコタローの一撃一撃が叩き込まれる

 

 しかし、あくまでそれ止まり

 

 そこから突破してのヤムチャへの有効打を、コタローはまだ与えられない

 

(まだやっ!まだ足りへん!これをぶち抜くには……)

 

 気を身体の奥から引っ張り出し、拳も今まで以上に強く握りしめる

 

 振るう、振るう、一撃一撃を自身の中でより最高のものにして

 

 それでも、ヤムチャへは満足に届かない

 

「くっ、そぉっ!」

 

 堪えきれず、またも口から漏れ出たコタローの焦燥

 

(このおっちゃんに、それに悟飯に届かすには……今以上の、力を!)

 

 この目の前の現実に対し、ただ為す術なく終わるのか

 

 否、そうならぬためコタローはこれまで修行を続けたのだ

 

 『悪態をつく』などという、勝ちへと続かぬ非生産的な行為は今しがたのもので打ち止め

 

 すぐさま、意味ある別のものへと替えられた

 

(っ!?)

 

 攻撃を捌くべく目まぐるしく動いていたヤムチャの目線が、一瞬だけ固まる

 

 それに至らしめた要因は勿論目の前の少年、コタロー以外になし

 

 戦いにおいて、相手と互いの視線が交錯することは珍しくない

 

 しかしだ、そのほんの一瞬でヤムチャは衝撃を受け、意識を割かれてしまった

 

「っずあああああっ!」

 

「ぐっ!」

 

 そこへすかさず、コタローの一撃

 

 防御に使われる両腕でなく、そこを抜けた先の胸上へついに叩き込まれた

 

「おらおらおらあっ!」

 

(こいつ、急に気が膨れ上が……いや、姿まで!?)

 

 上の学ランを脱ぎ捨てたコタローは、更なる攻撃を仕掛ける

 

 一方でヤムチャはやや持ち直し、防御で直撃を避けつつ改めて目の前の事態を整理する

 

 現在コタローから放たれる殺気に近いそれは、獲物を屠らんとする猛獣が如し

 

 いや、『殺気によってそう見える』というレベルではなく、文字通りそれは猛獣の目だった

 

 しかも、著しい変化は目だけではない

 

 

 

 

 耳は、元から顔を出していた獣耳がより上向きにピンと立つ

 

 

 髪は、発する気の色と同じく白に染まり長さは背の中ほどまで伸びる

 

 

 両腕は、増加した筋量と素肌を覆う白の体毛が合わさって初めより二回りは太く見える

 

 

 

 

 これこそが犬上小太郎の持つ『獣化』能力であり、孫悟飯との初交戦から修行中に至るまでこの異世界の者達には一切見せずにいた、とっておきの中のとっておきだった

 

(変身しただと!?それでもまだ俺の方が気はデカいが、こいつ(・・・)を残したままだと……まさかがあり得るか!?)

 

 このとっておきは、戦局に大きな変化をもたらした

 

 パワーとスピードが目に見えて増し、文字通りコタローを子ども扱いしていた当初と同じというわけにはいかない

 

 加えて、油断から敗北を招いたこれまでの幾多の記憶が頭をよぎる

 

 そうしてヤムチャが取った行動は

 

(一旦、仕切り直しだ!)

 

 影分身に右脚の自由を奪われ、コタローが主導権を握る超接近戦という現状のリセット

 

「……はあああぁっ!」

 

「うおっ!?」

 

 防御に使った両腕を含めた上半身から気を一気に放出させ、コタローとの距離を僅かながら開ける

 

 この際見せた彼の内なる気の爆発はこれまでで一番の出力であり、拳を振るっていたコタローを思わず仰け反らせることに成功した

 

 その隙を逃さず、両脚に力を込めたヤムチャは真上へ一気に跳躍

 

「いい加減……離れろ!」

 

 空中で一回転

 

 回し蹴りの要領で右脚を思い切り振ると、影分身は引っぺがされ地上へ一直線

 

 今までヤムチャを押さえるので力を使い果たしたのか、抵抗もなく床に叩きつけられ消滅した

 

(よっし、こうなりゃあとは……)

 

「でやあああっ!」

 

 影分身の消滅とほぼ同時に、舞空術で飛翔したコタローの攻撃が襲いかかる

 

 ここにきて初めて展開される、両者とも地から両足を離した完全な空中戦

 

 『地を踏みしめ身体を支える』という両脚の役割はなくなり、四肢全てが攻防に総動員される

 

 突き上げられるコタローの右拳を舞空術の横移動で回避し、晒された側部へ右脚の蹴りを一発

 

 回避された時点で体勢を即座に整えたのか、コタローはこれを左脚を立てて迎え撃つ

 

 しかしヤムチャの攻撃はこれでは終わらず、防がれた刹那に上体をコタローの懐へ潜り込ませていた

 

 舞空術で用いる気を上半身側に偏らせ、交錯の一瞬すらも接近の時間に充てていたのだ

 

「んげぁっ!」

 

 獣化で増した厚みなどものともせず、ヤムチャの左拳は腹筋をえぐる

 

「はいっはいっはいっはいっはいっ!」

 

 そこから続けざまに、両拳が次々と腹部へ叩き込まれた

 

 空気を吐き出しくの字になったコタロー、前へ出てきた彼の顎下へ

 

「はいいいいいぃっ!」

 

 左膝が容赦なく打ち込まれた

 

(こっちのもんだぜ!)

 

「……まだ、や!」

 

 戦況を完璧に立て直したと確信するヤムチャの耳に、まだ諦めぬコタローの咆哮が届く

 

 すかさずコタローの両手が伸びてくるが、させるかとこちらも両手を使い左右へ弾いた

 

(悟飯に俺の全部を見せず、いやぶつけずに……)

 

(っ、こいつ……)

 

 それでもコタローは、食らいつく

 

 弾かれた両手は、目標を当初定めていた肩口からヤムチャの両腕へと変更し即座に掴みかかる

 

 がっしと掴み、獣化によって以前より鋭く伸びた爪が食い込む

 

 これで両者が離されることはない

 

「っらああああぁっ!」

 

 蹴りで上を向かされた顔が、コタローの明確な意志を持って正面へと戻される

 

 初めの位置を過ぎ去り、止まったのはヤムチャの額に衝突した後だった

 

(……終わってたまるか!)

 

 打つ覚悟のある者と、打たれる覚悟がなかった者

 

 この両者の衝突で、どちらに軍配が上がるかと言えば間違いなく前者だ

 

「くぅっ、っのやろ……!?」

 

 予期せぬ攻撃に怯むヤムチャに、コタローは追撃を仕掛ける

 

 拳でも、蹴りでも、少なくとも何かしら一発は今のヤムチャになら決められる

 

 そう本能的に確信したコタローがとった行動は、上に挙げた二つのどちらでもなく

 

(っ、投げ技……違う、これは!)

 

「「「いっけえええええぇぇっっ!」」」

 

 タックル

 

 しかも、影分身を即座に二体展開しての三人がかり

 

 しかも、三人共が舞空術での加速をやめずにヤムチャをある一方向に押し込んでいる

 

 ヤムチャとコタロー達合わせて四人が一塊になって向かう先は、そう

 

 両者が戦闘を開始した地上に他ならなかった

 

(マズい、こっの……!こ、こいつどこにこんな力残して……)

 

 ヤムチャは当然抗う

 

 しかし獣化したコタローの両腕と十指、影分身と合わせて三十指がこれを阻む

 

 腹部と腰回りを本体が、大腿部周りと上膊部周りそれぞれに影分身ががっちりとロックを掛けている

 

 締め付ける腕と深く食い込む指爪、閉じた状態の四肢では力を入れてふりほどくこともそう簡単ではなかった

 

 更にはタイムリミット、すなわち地上への衝突までの時間もあまりにも短く

 

(間に合……)

 

 激しい激突音と砕かれた石材によって立ち上る粉煙

 

 戦いを見守る観客全員の耳と目に、それらは飛び込んだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおおおっ!コタローのやつ、やりやがったぜ!」

 

 観客席で、手に汗握り叫ぶオコジョがいた

 

 オコジョ――アルベール・カモミール――は、コタローがヤムチャにしてみせた決死の一撃を目の当たりにしテンションを高ぶらせる

 

 なにせヤムチャが本気を見せ始めて以降、コタローの劣勢ばかりを見せつけられていたのだ

 

 武の心得のないカモですら分かる圧倒的な力の差

 

 しかしそれでもコタローは食らいつき続け、今しがたの攻撃に結び付けた

 

 親愛なる主人、ネギ・スプリングフィールドの親友である彼のその姿に、どうして落ち着いたままでいられようか

 

「いやいやいやいや、ちょっと私頭の中の整理がおっつかないよ……確かにコタ君耳やら尻尾やらで犬っぽいとこあったけどさ、あんな変身までしちゃうなんて」

 

「ふふん、まあそういうことさ朝倉の姉さん。俺っちは元々知ってたが、いつ使うのかってひやひやしてたぜ」

 

 カモの近くで観戦していた朝倉は、半ば驚愕半ば唖然といった様子で声を漏らす

 

 他の観客の歓声にかき消されそうな小さなものであったが、カモの耳には入っており自慢気に返された

 

「……あの、カモさん」

 

「あん?」

 

 どこからか扇子まで取り出し踊りだそうとするカモに、朝倉とは別の声がかかる

 

 観戦するにあたってカモに乗り場所として自身の肩を提供していた、綾瀬夕映だ

 

 カモが横を向くと彼女の横顔――――つまりはカモに声をかけつつも、視線の先は正面に向けられたままということである――――が目に入った

 

「どうしたんだよゆえっち?」

 

「あれ、を……」

 

 夕映は正面、次第に薄くなっていく粉煙へ向け指をさす

 

「ん?一体どうし……なぁ!?」

 

「先程からお二人の気を感じ取れていたので、変だとは思っていたんですが……」

 

 遠目ながらも、煙の中から二つの影が見え始めた

 

 一つは立ち上がり、もう一つは膝をついているのか姿勢が低いまま

 

 そこへより一層強い風が吹きつけ、両者の正体を露わにした

 

「今の攻撃……」

 

「おいおい嘘だろぉ!?」

 

「……まともにダメージを受けたのは、コタローさんの方です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごほっ、げほっ!ぐ、んぬ……」

 

(ここまで、だな……)

 

 獣化は解け、咳込み黒髪を揺らしつつ立ち上がろうとするコタロー

 

 その様子をヤムチャは、コタローほどでないが自身の受けたダメージに顔を強張らせながら見下ろしていた

 

(まさに紙一重、ってやつだったかもなあれは……いっつ)

 

 地上にぶつかる直前のあの一瞬の出来事は、今どころかここ暫くは鮮明に思い出せることを確信する

 

 

 

 

 

 あの時ヤムチャは、四肢の力のみで激突前までにコタローを振りほどくことは難しいと判断

 

 故に、このまま相手に攻撃を返すべく動いた

 

 まずは右手に気を一瞬で収束させ、大腿部周りを押さえていたコタローの影分身へゼロ距離で射出

 

 最速で事に及んだため出力を調整出来ず余波で右脚を焼くことになったが、結果として影分身を消滅させる

 

 そうして下半身を自由にしたのち、全力を込めて全身を左に反転させた

 

 両脚を広げたことによる遠心力の増加は回転を強め、上半身の不自由を補って余りある勢いを手に入れる

 

 結果として、地上へ先にその身をぶつけることになったのはコタローと相成った

 

 

 

 

 

 それでも180度の回転とまではいかず自らの左半身にも多少ダメージは入ったわけだが、コタローの攻撃をお返ししたのは紛れもない事実である

 

「えほっ、げっふ……はあ、はあ、はあ……」

 

「……もうよせコタロー、勝負はついた」

 

 荒々しい呼吸ながらも咳込みをどうにか抑え込み、コタローがようやく立ち上がった

 

 激突の瞬間までいたもう一体の影分身は、既に消滅済み

 

 新たに作ろうにも、あの消耗した様子を見るに必要量の気を絞り出せるかは怪しいだろう

 

 パワーとスピードを底上げしていた獣化も解かれ、既にヤムチャの目にはコタローは脅威としては映っていなかった

 

「……何言うてんのやおっちゃん、俺かて流石にルールくらいは覚えとるで」

 

「おまっ、またおっちゃんって……」

 

「気絶するか、場外落ちるか、降参するか……やろ?俺はまだ、そのどれにもなっとらん」

 

 ただ、脅威としていた時と変わらぬものが二つ

 

 獲物を射抜かんとする鋭い眼光と、燃え続ける闘志

 

「……今のお前なら、気絶にでも場外にでもすぐ出来ると言ってるんだぜ俺は」

 

「んなこと言うて、俺と戦うのがやんなったんとちゃうやろな?」

 

「初めにも言ったが、もう一度言うぞ。『あんまり大人は舐めたら駄目だぜ』」

 

「なら、そっちが俺のこと舐めるのはええんか?こうしてガチで戦ってる以上、大人も子供も今更関係ないやろ」

 

「こいつ……」

 

 しかしその二つも、”力”が伴わなければただ空元気であることを助長するだけ

 

 これだけダメージを負っていれば降参の一つでもするかと思っていたヤムチャだが、考えを改めた

 

 元より奇襲に対する最低限の警戒はしていたが、構えを取って更にそのレベルを上げる

 

「ならお望み通り、勝負の続きといこうか。次に目を覚ますまで医務室のベッドでおねんねしてるんだな」

 

 コタローの意思は問わず、自らの手で決着をつけることを決めた

 

 ヤムチャが構えをとったのを見ると、コタローは口元を釣り上げて同じく構える

 

「逆にそっちが、おねんねにならんとええけどな」

 

(残る体力も気の量もこっちがずっと上、なってたまるかよ)

 

 圧倒的なアドバンテージを確信したまま、ヤムチャはコタローを注視する

 

(あのフラフラの身体で攻撃の一つでも仕掛けてみろ、即座に撃ち落としてカウンターで沈めてやる)

 

 しかしヤムチャの考えに反し、コタローはすぐには動かない

 

 気を伺っているのか、それともヤムチャの攻撃を待っているのか

 

 両者の間に数秒の静寂

 

(あいつめ、あんなこと言っといて俺を焦らすつもりじゃ……)

 

 その数秒間――――両者の体感時間を無視して正確に時を刻む時計の秒針で換算すれば、四秒ないし五秒か――――ヤムチャの目の前には、コタローが呼吸でわずかに身を上下させる以外変化のない光景が映り続ける

 

 変化が訪れたのは、その秒針がもう一つ先へ移ってすぐのこと

 

(ん?雲が晴れたのか。影が出てき……!?)

 

 一度は会場全体を覆っていた雲が、吹き続ける風によって通り過ぎていった

 

 日の光が再び当たり、ちょうど南に背を向けていたヤムチャの影は前方に明確な輪郭をもって現れる

 

 本来ならば、今しがた頭をよぎった『雲が晴れた』や『影が現れた』という事象は彼の集中を妨げることなどあり得ない

 

 しかし今回に限り、とりわけ後者が彼の胸中をかき乱した

 

(何だこいつは!?)

 

 

 

 影はヤムチャの形を成さず、獣の――――詳しく述べるなら彼と浅からぬ縁のある狼のような――――形を成しており更にはこちらを睨みつけてくるではないか

 

 

 

(あいつ、何か仕掛けやがっ……)

 

 目の前の自分の影へハッキリと視線を送り、続けてコタローの方を見返す

 

 注意が外れたほんの一瞬のうちに、コタローは握っていた右拳を開き天へと突き上げ、叫んだ

 

「狗……神ぃぃぃぃぃぃっっ!!」

 

「!?」

 

 次の瞬間、先程まで平面に過ぎなかった獣の影が立体に姿を変えて飛び出した

 

 それも目の前の影だけではない

 

 右脇、胸部と道着の境目、道着の腹部の皺、帯の先端の裏側

 

 様々な箇所に出来た影は黒い気を纏い、黒狼となってヤムチャの全身へ食らいついた

 

 両脚へ、胴体へ、両腕へ、両肩へ

 

 当初の構えは崩され、拘束された無防備な姿をコタローに晒す

 

 そこへ、コタローは残る力全てを振り絞り突撃した

 

「うおおおおおおりゃあああぁぁっ!」

 

「このっ!こいつ、離れやが……」

 

 無論、ヤムチャはこれらを振りほどこうと力を込める

 

 先程と違って地上であるため、踏ん張ることでより力が出るはずなのだが

 

「なっ、なんで外れないんだ!?だったら気功波で……これもか?!」

 

 食らいついた黒狼、改め狗神達はビクともしない

 

 ならば影分身を吹き飛ばした時のようにと気を込めるが、こちらも思うように気を集められない

 

「うぐぁっ!」

 

 そこへコタローの右ストレートが届く

 

 空中戦でのお返しとばかりに、鳩尾寄りの腹部へまずは一撃

 

「っらあああぁっ!」

 

 そして防御も碌に出来ないヤムチャへ、コタローの連撃が決まり始めた

 

(間違いない、この黒いやつ……俺の気を吸い上げやがった!)

 

(これで正真正銘俺の全部や!ここで、決めきる!)

 

 対悟飯戦でも見せた、練り上げた気によって自在に使役するコタロー独自の術『狗神』

 

 この世界での修行を通し、格段の進化を遂げていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……ふむ、これがコタロー殿の用意した『策』というわけでござるな)

 

 たった今目の前で起きた、『まさかの』を頭に付けたくなるような形勢逆転

 

 隣で今も歓喜を露わにするネギとは対照的に、楓は表向きは落ち着いた様子のままバトルステージ上の二人を眺め続ける

 

(相手の身に潜み気を食らい、時が満ちれば牙を剥く。すると気になるのは、あれを仕込んだタイミングがいつだったかでござる)

 

 そして同時に、この一連の出来事についての考察までも始めていた

 

(コタロー殿が直接放つ様子や隙は無かった筈、となればあり得るのは……影分身を向かわせた時!)

 

 ヤムチャが驚愕していたことからも分かるが、彼は狗神の存在をその瞬間まで認知していなかった

 

 戦うにあたってコタローの動きを一挙手一投足ほぼ見逃さずいたにも拘わらず、だ

 

 だとすればいつコタローは狗神をヤムチャの身体に忍ばせたのか

 

 それは楓の予想がズバリ正解であった

 

 影分身は本人の気を用いて作られてることもあり、本人同様に気功波を初めとした気を用いる技を使わせることも修練次第では充分に可能である

 

 つまりあの時、ヤムチャの片足を封じ猛攻を仕掛けた接近戦

 

 コタロー本人の攻撃を迎え撃っていたその時、影分身はただ片足を押さえ込んでいたわけでは無かった

 

 ヤムチャの知らぬ所で文字通り身を削りながら狗神を生成し送り込み、彼の気を食らわせていた

 

(その上、食らっている間も本人は気を奪われていることに気付かない。飛び出すまではあれ自身も擬態して、本人の気と同様に身体の中を巡ってるというわけでござるか。それにしても……)

 

 考察が一通り済むと、楓は隣のネギを一瞥

 

 表情が緩み、フフと笑い鼻から息が抜ける

 

(あの技、というよりは作戦でござるか……コタロー殿らしからぬところを見るに、ネギ坊主も相当手を貸したようでござるな)

 

 まるで自分のことのように喜ぶネギの様子の背景には、『親友の活躍』以上のものが感じられた

 

「コタロー君!いけえーーーー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(まだだ!まだ終わりじゃない!)

 

 コタローの猛攻を全身で浴びながらも、ヤムチャはまだ諦めず耐えていた

 

 攻撃どころか防御もままならない状況ではあったが、それには理由がある

 

(気もほとんど乗ってないこんな攻撃なんて……)

 

 これまでの戦いによる消耗もあり、コタローの一撃一撃が今までと比べてあまりにも軽かったのだ

 

 殴り疲れて倒れるなんてレベルまでは期待していないが、それでもこちらにチャンスが再び訪れるのはそう遠くないと確信していた

 

 狗神の拘束をなんとか解けないかとあちこちに力を込めつつ、気を待つ

 

(何発だって受けきってやる!)

 

(なんて、思ってるんやろなぁ……)

 

 ただし、それは今のコタローの攻撃のままならの話

 

(いくで……まずは一匹!)

 

「(!?急に右脚が動くようになっ)んぐっ!」

 

 コタローの突き上げた左拳が、ヤムチャの腹へ深々とめり込む

 

 その直前にヤムチャは右脚が自由に動くようになったことに驚愕を覚えていたが、この一撃の衝撃は瞬く間にそれを塗り替えた

 

(二匹!)

 

「(今度は左腕が動)おぐぁ!」

 

 続けて、左ももに蹴りが刺さる

 

 こちらも同様に、拘束が解かれた以上の衝撃を走らせた

 

(な、なんでここにきてこんな威力が……)

 

「まだまだぁぁっ!」

 

 威力が、これまでで一番かつ段違いに大きい

 

 抉るような、あるいは突き刺さるようなダメージが次々とヤムチャへと襲いかかった

 

 見れば解放された部位に既に狗神はおらず、動かせるようになったことで防御へ回すがそれでも

 

「だあああぁらららーーっ!」

 

 コタローの攻撃は、止められない

 

 気を狗神に食われた四肢の動きはこれまでと比べ精彩を欠き、攻撃によっていとも簡単に弾かれる

 

 あるいは攻撃に防御を合わせることすら、遅れて攻撃をそのまま受けることまで見られた

 

 突如として跳ね上がったコタローの攻撃力

 

 その理由にヤムチャが気付いたのは、全ての狗神が自身の周りから消えた時

 

(……く、黒?)

 

 視界に映るコタローの両腕が、狗神同様漆黒に染められていると認知したその時であった

 

「これで……」

 

(しまった!あいつ、俺の気を奪った黒いやつらを体内に……)

 

 ただ、その時というのは同時に、コタローが攻撃の最終段階に入った瞬間でもあり

 

「しまいやあああぁっ!」

 

 それを受けてヤムチャが、『耐え忍んで敵の消耗による反撃の期を待つ』という当初の方針を変更させる時間を与えなかった

 

「だあああありゃりゃりゃりゃりゃっ!」

 

 狗神を取り込んだ両腕が、最高威力最高速度のラッシュを叩き込む

 

 ヤムチャはそれを目で追えてはいたが、身体が反応出来ない

 

 気を奪われたことに加え、この攻撃以前に受けた数撃が確実にダメージを与えていた

 

 そして目では追えていた故に、コタローが現在繰り出す攻撃のある特徴に気付くことになる

 

(こい、つ……俺の……)

 

 狗神は両脚にも取り込まれており、今この瞬間では既に四肢を総動員した攻撃

 

 両手は拳でなく十指の先のみを折った、爪を立てる猛獣が如きフォーム

 

 両足は鋭い切れ味を帯びた足刀として、威力は申し分なし

 

「犬上小太郎流……」

 

 断っておくが、決してこれは『初めに食らったお返しをしてやろう』と故意に振るわれたものではない

 

 ヤムチャの気を食らった狗神を次々と取り込むに従い、自然と行われた動き

 

 身に余る膨大な量の気を受け取ったコタローが、現状の気の運用法としての最適解として無意識に導き出したのか

 

 あるいは元々ヤムチャの中にあった”気”そのものが、コタローをかつての主のように動かさんと働きかけたのか

 

「狼牙!風風拳やあああぁぁぁぁっっ!!」

 

 どちらにせよ言えることは、出自の異なる気と身体が今完全に一体化したということ

 

 途中でその動きをしていることを認知したコタローは、技名を叫ぶと共に最後の一撃をヤムチャへと見舞った

 

 攻撃自体はヤムチャのオリジナル同様、両掌によるW掌底

 

 ただし狗神全てを手首から先に集結させガチガチに固めた、コタローにしか放てない彼の最高の一撃であった

 

「…………」

 

 ヤムチャは数度地を跳ね、仰向けに倒れる

 

 今までならダメージや焦燥による苦悶の声が漏れていただろうが、今回は一つとして聞こえてこない

 

「はぁーっ……はぁーっ……」

 

 一方のコタローは両掌底を前方に突き出したまま、つまりフィニッシュ時の体勢から動かない

 

 残り僅かな体力からあの量の気をもっての大技を繰り出したことで、もはや追撃する余力は0

 

 それどころか、数歩前に踏み出してヤムチャの様子を伺うことすら叶わない状態であった

 

(どう……なった?)

 

 動きたくても、動けない

 

 この膠着状態を解いたのは、

 

 『い、犬上小太郎選手!予選通過!』

 

「!」

 

 ヤムチャの気絶を確認した運営による、勝利宣告

 

 途端に、バタンと倒れる音がした

 

 合わせていた手首は離れ、腕が垂れ膝が折れる

 

 尻餅には留まらず上体が後ろに傾き、背が床を叩く

 

 コタローはいつしか仰向けとなり、空を見ていた

 

 起き上がろうにも、身体の至る場所に力が入らない

 

 手も、足も、腰も、背も

 

 すぐに入れることが出来たのは首から上、とりわけ喉

 

「……っしゃあああああああ!!」

 

 勝利の雄たけびを、勝者コタローは存分に発した




 狗神の独自解釈なんかも結構入っておりますが、いかがだったでしょうか。

 パチンコやらUQやらでネギま!熱再燃中なので、続きも早く書き上げたいです。

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