ではどうぞ
朝食はちゃんと毎日食べよう、一日を送る上での活力となる
学生時代、そのようなことを聞かされた者が大半ではないだろうか
麻帆良学園中等部、早乙女ハルナも例外ではなかった
漫画研究会に所属し、更にそれとは別に年二回の祭典に参加したりと彼女の学園生活は多忙を極めていた
締め切りが近い日は徹夜が当たり前、そうしなかった日は寝坊直前で慌てて朝食も食べず学校へ行くこともしばしば
同室の夕映やのどかには度々咎められていたが、中々改善せず
しかしこの世界に来てからは比較的健康的な生活を送るようになり、朝食も毎朝摂っていた
つまりハルナは毎朝、今日一日を送る上での活力を得ていたのだ
ただし
「はーいべジータちゃーん、おかわりどんどんあるわよー」
「あぐっ……そこに置いておけ」
「ちょっとべジータ、自分で食った分の皿くらいは片付けなさいよ」
「……ふん」
それと時を同じくして、活力を奪われもしていた
(うっへー凄い量、何回見ても慣れないわあれは)
「……おい、何ジロジロ見てやがる」
「っ!」
囲んで朝食を摂るテーブルの隅に、皿の山が一つ築かれる
建築主はハルナの正面に座る男、べジータだった
まだ朝だというのに、ブルマの母が運んでくる料理を次々と平らげペースは衰えることを知らない
サイヤ人特有の異常な食欲は、戦うことをやめた今でも健在
居候になってから何度と目にしたきたハルナだが未だに慣れず
そこへ視線に気付いたのかべジータが不機嫌な顔で睨みを利かせ、ハルナは慌てて顔を伏せ右手に持つトーストを頬張る
先日の悟空ゴーレムの一件以来、べジータに対する苦手意識はかなりのものにまで達していた
(もー嫌……そりゃあれは私が悪かったけどさぁ、なにも家の中で目が会うたび睨んでこなくたっていいじゃない)
「ハ、ハルナ。大丈夫?」
「……あんまし」
気遣ってくれた親友のどかに、ハルナは弱々しい声で返答する
「そういえば父さん、聡美が来てないけどまだ研究所?」
「ああそうだよ。先日研究所のコンピューターから見つけたデータに興味津々でね、昨日の夜からずっと……」
「やっぱり……あんまり無理しないよう父さんからも言ってやってよね。ちょっと呼んでくるわ」
ブルマ宅に居候する残りの一人、葉加瀬聡美の姿はここには無い
来訪当初から彼女は研究所に入り浸り、この世界独自の科学技術を吸収しようと日々奮闘しており今も朝食を抜いてまで取り組もうとしている模様
ただしそんな不健康な生活を何度も見過ごしてはいられないブルマは、半分ほど食べ終えると葉加瀬を呼びに部屋から退出
それから数分後、皿の山を放置したままべジータは食事を終え席を立った
幾らか気が楽になったハルナは食の進みを元のように速める、こちらは食べた分の皿をキッチンまで運び片付ける
そこから元いたテーブルに戻ろうとしたところで、久々に彼の顔を見た
「あ、ハルナさん」
「プーアルくん?」
ヤムチャがかつて盗賊稼業をしていた頃から、年数にしては二十年来に渡って彼と共にいた相棒プーアル
重力室を借りにここへ来る時もヤムチャは大抵連れてきていた、しかし今回はヤムチャ本人の姿がない
「どうもお久しぶりです、いつもヤムチャ様がお世話になってます」
「そうよそれそれ、ちょっと訊きたかったの。ヤムチャさんがここ数日全然来てくれないけど、何かあったりしたの?」
あの事件の後、ヤムチャがここに足を運んだのは翌日の一回だけ
それから顔すら出さなくなり、ここ数日ハルナは暇を持て余していた
プーアルは普段見せる無垢な表情をやや歪め、申し訳なさそうな顔で話す
「えっと……それについてヤムチャ様からお話があるそうで、十時頃に公園まで来て欲しいとのことです」
「?」
久々の修行相手としての誘いか、と思いきやよくよく考えるとおかしい
今までハルナがヤムチャの修行相手をする際は、西の都郊外まで移動して行っていた
しかもヤムチャがここまで出向いてハルナを迎えに来た後、一緒に飛行して向かうという形でだ
だが今回に限っては、どうやらこちらから向かう必要があるらしい
「道が分からないんでしたら、僕が案内しますので」
「(そういえば西の都の中を歩いて回ったことって殆ど無かったわね)……了解、ここから公園ってどのくらい?」
「十五分も歩けば着きます」
「じゃあ九時半くらいにまた来て、それまでに支度しとくから」
無事約束を取り付けることができたプーアルは、ヤムチャに知らせてくると言いこの場を後にする
どういった要件だろうと考えながら、ハルナは元いた椅子に戻り腰を下ろした
「てことはハルナお出かけ?」
「そうね、折角だしのどかも一緒に出てみる?」
「うーんどうしようかな……あ、ブルマさん」
するとプーアルと入れ違いの形で、葉加瀬を連れてブルマが帰還してくる
葉加瀬は寝ぼけ眼に寝癖によれよれの白衣という格好で、ブルマに誘導され空いた席に着席
ブルマの母は用意が良く、蒸しタオルを持ってきて葉加瀬の目の前に置いた
「聡美ったら研究所の床の上でそのまま寝てたのよ。聡美、多少の夜更しは目をつぶるけど寝る時はちゃんと自分の部屋で寝なさい。いいわね?」
「……はい、すみませんでした」
葉加瀬はそう言いながら洗顔の代わりに蒸しタオルで顔を拭き、寝癖直しのため広げて頭の上に置く
「そうだブルマさん、私この後ちょっと出掛けますね」
「あら、どうかしたの?」
「えっと。さっきプーアルさんが来て、ハルナに公園まで来て欲しいっていうヤムチャさんからの伝言が……」
「へー、ここに足を運ぶでもなくハルナの方を呼び出すねぇ。何考えてんのかしらあいつ」
ハルナと同じ疑問を持ちながらブルマは飲みかけのコーヒーを口に運ぶ、時間を置きすぎて冷めていた
公園までの道のりはプーアルが案内してくれるところまで話すと、ハルナは再びのどかの方へと話題を振り直す
「で、のどかもどう?あんた私と違って外出すら碌にしてないじゃない」
「うーん……けど私、ヤムチャさんに会っても話すこと無いし」
「それじゃあ図書館にでも行く?公園のすぐ近くだし、私もついていくから好きな本借りてもいいわよ」
「いいんですか!?」
消極的な素振りを見せていたのどかが、途端に変貌した
元の世界、麻帆良に帰っては一生読むことの出来ない本
その魅惑に囚われた彼女は、今日までひたすらにブルマ宅の本を読み漁っていた
しかし一週間もすると家の中にある大抵の小説・童話ものには手をつけてしまい、他にはないかとあちこちを探していたところである
「ええ、いい機会だしみんなで出掛けましょう。聡美、あなたどうする?」
「んぐっ……折角の申し出ですが、私はまた研究所に戻って続けたい作業があるので」
「あらそう分かったわ、けどホントに無理すんじゃないわよ?」
「分かってますって、それじゃ私はこれで」
葉加瀬は朝食を早々と口に運び、頭の蒸しタオルを取ってみると寝癖も幾らか大人しめになっていた
タオルを二つ四つと小気味良く折りたたみ、テーブルの上に置いて離席
自分の居場所は此処にあらずと言わんばかりに、すぐさま研究室へと向かう
彼女の研究への熱の入れようを、ブルマは当時の自分以上だと評し口から零した
「『この科学技術をモノにし持ち帰ることは、私に与えられた使命なのです!』とか言ってたわね初日から。すっごい情熱」
「いやぁ聡美くんは実に熱心な子だよ。最近は勉強がてら私の仕事の手伝いもしてくれてね、まだ若いのに基礎的な機械工学の知識はしっかりしてるし助かってるよ」
「父さん、聡美がタダ働きで使えるからって無理矢理こき使ったりしてないわよね?」
「とんでもない、そこまではせんよ」
麻帆良一の天才超鈴音の右腕である彼女の実力は、天才博士ブリーフの目にも留まっていたようだ
こうして出掛けるのはブルマ、ハルナ、のどかの三人に決まり、陽が程よく上がってきた頃プーアルは再びやって来た
「んじゃ、私とのどかは図書館行ってくるわね」
「はーい」
「ヤムチャ様はこちらです」
プーアルに先導され、歩くこと十五分
ハルナ達がいるのはこの世界の五大都市の内の一つ、西の都
人々の賑わいも相当のもので、平日の昼間から通りは人に溢れ道路は車がひっきりなしに走行している
その車なのだがハルナ達は驚かされてしまう、なんと車輪が無い
ホバークラフトよろしく地上から数十センチ浮上し、大きく揺れることなく道路上を走る
動力は車体後部から何か噴射しているのかと思いきや、ふと近くの駐車場を見ればバック駐車の真っ最中
そもそも信号前ではブレーキをちゃんと決め、カーブでは横にスライドせず普通の車同様に曲がっている
葉加瀬がいたら道中あちこちで足を止めて目を光らせていただろう、連れてこなくて良かったかもしれない
どうやらこれも元いた世界とはかけ離れた科学技術の代物らしく、葉加瀬もいないし詳しく話されても理解出来ないだろうとハルナはブルマに訊くことをやめた
そうやっている内に一同は公園の入り口まで到着、ここで二手に分かれる
公園の向かいにある図書館にブルマとのどかが入り、残った一人ハルナはプーアルと共に公園の中へと進んだ
「あっいたいたヤムチャさーん」
「お、来たか。わざわざ来てもらってすまないな」
公園奥にあるベンチ、そこにヤムチャはいた
服装はいつも通りオレンジの道着、見つけるのは簡単だった
「どうしたんですかヤムチャさん?最近全然来ないし」
「えっと、そのことなんだがな……」
会って早々、ハルナは当初から持ち続けていた疑問をヤムチャにぶつける
当人はというと何やら言いづらそうな雰囲気、少しして答えた
「実は、大会まで西の都から離れて修行することにしたんだ。つまり世話になったお前に別れの挨拶を、と思ってな」
「え!?どうしたんですかいきなり!」
思いがけない告白だった、ハルナは続けざまに尋ねる
「いや、お前のゴーレムに頼りっぱなしってのは悪いじゃないか。それにほら、ダメージが幾らか返ってくるんだろ?これ以上続けても、お前に迷惑かけてばっかだし……な?」
「そんな……ダメージは基本たいしたことないし、私としてはアーティファクトの練習にもなっていい機会だったんですよ?それに今更すぎるんじゃ……あ」
理由としてはそれらしかったが、いまいち納得がいかない
ダメージのフェードバックについてハルナは修行初日で説明しており、両者折り込み済みで今まで何度も修行をおこなっていた
なのに今になってそのことで『ハルナに迷惑をかける』を理由として持ち出した、これにはハルナも眉をひそめる
何か隠してないかと疑い始めた直後、ある一つの可能性を見出した
「……ベジータさん」
「っ!?」
ポツリと一言、ヤムチャにだけ聞こえるよう声を漏らす
ヤムチャの表情が強張り口をきゅっと閉じる、当たりだ
「あーやっぱり!ベジータさんと顔合わせたくないからだ!」
ハルナはあの事件の翌日、ヤムチャが最後にブルマ宅へ足を運んだ時のことを思い出す
流石に昨日のことがあったため重力室の使用は控え、自分を外に連れ出して修行しようとしたのだが、そういえばその時たまたまヤムチャはベジータと鉢合わせしていた
ベジータの視線から逃げていたため確認していないが、彼はヤムチャに対しても自分と同じ反応をしていたのではないだろうか
そうハルナは予想する、実際それは当たっていた
「まっ、待て誤解だ!別に今のベジータが怖いとかそんなわけじゃ……」
「絶対そうですよね!?お陰で被害に遭ってるの私だけなんですよ?」
「とにかく、俺は西の都を出る!おいプーアル行くぞ」
途端にうろたえ始めたヤムチャにハルナは詰問するが、長くは続かなかった
プーアルを片腕で抱いたヤムチャは、舞空術でハルナの手の届かぬ位置まで上がる
「まあ大会で会えることは会えるし、その時また改めて話そう……ブルマ達にもよろしくな」
「ヤムチャさん!ヤムチャさ……うわ、行っちゃった」
今から飛行用ゴーレムを使っても追いつけないことは知っている、ハルナは小さくなっていくヤムチャの姿を見送るしかなかった
えーうっそだぁと投げやりに言葉を吐き、ヤムチャが座っていたベンチに腰掛け背を預ける
「なーんで逃げるかなーもう……あー、することがなくなった」
のどかはこの世界の本を読み漁り、葉加瀬は研究所に缶詰で日夜勉強の毎日
ハルナはヤムチャの修行相手をしたり、ゴーレム作成のアイデアを練ったりというのがこれまでの日課
ゴーレム作成もようは『ヤムチャの修行相手に良さそうなものはないか』が動機なので、ハルナは途端に暇を持て余すこととなった
「漫画描こうにも道具無いし、わざわざ一式揃えてもらうのはブルマさんに悪いし……あー暇」
空いた時間でこの世界の漫画をアイデアの参考がてら読んでいたが、数が少なく既に読破済み
そこでひとまずの案として、古本屋を探してそこに行ってみるというのが浮かぶ
家に篭っているよりは行動的だし、何より外にいればベジータと会わない
更に数分ほど考えたが、他に良さそうな案は出ず
じゃあそれにするかと心中で決定の判を押し、図書館でブルマ達と合流しようとしたその時だった
「ん?……何あれ」
ベンチ上で脱力し遠い目をしていたところ、ちょうど発見
上空に黒い点がポツリ、前触れもなく現れる
目を凝らしてよく見ると、西の都を出て更に遠くの地点を飛ぶ何らかの物体であることが分かった
細部までは遠すぎて把握出来ないが、何かSF系の映画で出てきそうな乗り物みたいな形状か
えっまさかと目を疑うハルナ、しかし以前ブルマから聞いた話を思い出す
(そういえばブルマさん、宇宙船に乗って宇宙へ行ったとか言ってたような……それに宇宙人の方から地球に来たことも何度かあるって。まさか宇宙人が乗った宇宙船!?)
空を飛ぶ物体は高度を下げ、今いる場所からは見えなくなる
おそらく地上に着陸したのだろう、方角と大まかな距離は分かる
「……アデアット」
ハルナは思わず立ち上がり、アーティファクトを取り出していた
次回の投稿も一週間後になりそうです、ではでは。