天まで高く、伸びる塔
てっぺんはどこまで行けばあるのか、雲に隠れてその答えは地上からでは分からない
どこまでも、どこまでも高くそれはそびえ立つ
その塔の名はカリン塔、そして今アスナがいるのはそのカリン塔を守護する聖地カリン
「うっわぁ、やっぱり改めて見るととんでもない高さね……」
「今までこの塔を登りきった者は十人といない、君達を連れてきた彼らはその内の二人だ」
アスナはカリン塔のすぐ下から、首を傾け遥か上を眺める
そんな彼女を後ろから離れて見守るのは、この聖地カリンの戦士ボラ
天津飯達一行が聖地カリンに到着したのは、昨日の夕方頃のこと
天津飯と餃子はここの者とは幾らか縁があり、着くと集落の者達は快く彼らを出迎えた
ひとまずおおまかな事情を話すと、アスナ達が天津飯達と会った日と時を同じくして千雨と茶々丸がここに滞在していたという話をボラ達から耳にする
後を追おうにも日が経ちすぎており困難を極める、アスナは千雨達を探したかったが泣く泣く諦めることになった
また、仙猫カリンと会う件についてだが既に日も落ちかけている
このことはとりあえず明日にしようということで、その日の晩は泊めさせてもらった
そしてその翌朝、つまり今日の朝になってさて行こうかとなった時、天津飯がアスナにこう提案したのだ
この塔のてっぺんまで登ってみる気はないか?と
当然アスナは初めは困惑した、しかし天津飯はこう続けた
“アスナ、お前の咸卦法の弱点……ひいてはお前自身の弱点は、このカリン塔の修行によって克服出来るんじゃないかと俺は踏んでいる。それに俺の見立てでは、咸卦法のパワーコントロールさえ完璧に出来ればこの塔を登りきることは不可能じゃないはずだ”
上記の言葉に、勿論無理強いするつもりは無いがなと最後に付け加える
これを受けてアスナは考える、この挑戦受けるべきか否か
舞空術を会得した現在、登る途中でのリタイヤは然程難しくはない
それに他でもない天津飯からの提案だ、とりあえず一度挑戦してみる価値はあるのではなかろうか
アスナは了承した、そして天津飯達三人は後のことを聖地カリンの守人であるボラ親子に任せて一足先にカリン塔の頂上へと飛翔する
そして時は現在に戻る、アスナが見上げた先には既に彼らの姿は無い
「しかし、本当に大丈夫か?彼がああまで言ったのだから止めようとまではせんが、この塔を登りきるのは……」
「……ご心配なく」
アスナは両手にそれぞれ込める、左手に魔力を右手に気を
湧き上がる咸卦の気が、離れた場所にいるボラにも目視できるほど彼女の髪や服を揺らす
次にアスナはカリン塔へ手をかけ足をかけ
「体力だけには、自信あるんで。せりゃあああああっ!」
目指す先はてっぺん、仙猫カリンのいるその場所へ向けて登り始めた
「ううっ、なんかだんだん寒くなってきた……」
「この辺りは温暖な気候とはいえ、俺達がいた山の高度はずいぶん前に超えたからな。餃子」
「うん、はいまき絵」
アスナの遥か遥か先、まき絵を背負った天津飯と餃子は頂上へ向けてまだ飛び続けていた
二人の本来の飛行速度を考えれば既に到着しているところだが、一般人まき絵の負担を考慮し比較的低速での飛行を行っている
高度の上昇に伴い気温は下がり、肩を震わせたまき絵に餃子は肩に抱えていた上着を渡す
こうなることを見越して予め聖地カリンで借りていたものだ、まき絵は嬉々としてそれを受け取り羽織る
「あの、カリン様っていう猫こんな寒いところに住んでるんですか?」
「いや、もう少し上まで行けば寒くはなくなるはずだ」
「?」
当たり前の話だが、気温というものは原則的に標高が高ければ高いほど下がる
しかし天津飯や餃子が経験する限り、カリン塔及びさらにその上にある例の神殿が寒かったという記憶はない
おそらくそういう術が施されているんだろうな、と天津飯は自身の推測を述べまき絵は納得する
「それにしても、千雨ちゃん達がここに来てたなんて思わなかったなぁ……」
「本来ならすぐにでも探しに行きたかっただろうが、済まなかったな」
「いいですいいです、昨日も言ってましたけど探すの絶対大変ですもん」
「そういえばまき絵のクラスメイトのこと、あんまり聞いたことない」
「色んな人がいるよー、天津飯さんみたいに拳法やってるくーふぇとか、忍者で分身とかやっちゃう楓さんとか……」
頂上へ向かう間、まき絵が暇を潰す方法は天津飯達と会話するくらいしかなかった
しかし思ってみれば、天津飯は普段一日中アスナと修行の日々
食事作りなどでよく行動を共に餃子はともかく、こうやって彼と色々話すのはまき絵にとって初めてであった
思いのほか会話は弾み、話した内容はまず自身とアスナを除く3―Aクラスメイト29人について大まかに
次に、彼女の中で再会が一番待ち遠しいであろうネギ・スプリングフィールドについてこと細やかに
他にも、今思えば魔法と関連が深くあったと考えられる麻帆良学園内で起きた様々な事件についても色々と
そうやって話してからどれほど経っただろうか
ひとまず話は小休止し、小腹が空いていたのでまき絵は餃子から今度は握り飯をもらい口に運ぶ
これも朝の内に用意していたもので、冷えた米粒が一つ一つ口の中に広がる
いつもならある米特有の粘りはなく、新鮮な触感を噛みしめつつ嚥下し完食
「……あ、もしかしてあれ!?」
「見えてきたな」
カリン塔の頂上がついに顔を見せたのは、その直後のことであった
「ん、着きおったかの」
「あ?」
唐突に一匹の猫が、杖を片手に呟いた
気配を感じたか音を耳にしたか、ヒゲと耳がピクリピクリと動く
その傍らで鼻をほじりながら横に寝そべる肥満体の男は、呟かれた言葉を受け怪訝そうな表情を見せる
「ついさっきからこっちへ向かってきてる者がおってな……ヤジロベー、お主も知ってる天津飯と餃子じゃ」
へー珍しい、ヤジロベーはそう言って隅にある階段の方に目をやった
よく耳を澄ましてみると、なるほど階下は騒がしい
しかしおかしい、聞き覚えのない声が耳に飛び込んだ
「……なんか二人以外にもいにゃーか?」
まき絵のいた世界でいうところの名古屋弁に近い喋り方、ヤジロベーは感じた疑問をそのまま漏らす
餃子の声が一般の成人男性と比べて結構高いであることは記憶しているが、聞こえてくる声の内の一つは間違いなく大して年も重ねていない少女が発しているそれ
階段を踏む音が聞こえ始め、声がこちらへと近づく
「わーすごい、ほんとにここ全然寒くな……ああああっ!いたー!」
両脇にまとめた小さなピンクのツインを揺らし、少女佐々木まき絵は階段から姿を見せる
足取りは軽く、登りきるとすぐに目の前のカリンを指差し大きく声をあげた
そしてそのまま駆け寄ると、両腕を広げその中にカリンを丸ごと納める
「おわっ、いきなり何をするんじゃ!」
「かーわーいーいー!ホントにこの猫ちゃん喋るんだー!モフモフー!」
「こ、こらっ!」
昔、クラスメイト椎名桜子の飼い猫を抱かせてもらったことがあった
初対面のまき絵に驚き、腕の中でいやいやと動く様子が可愛らしかったことを覚えている
それとまったく同じ反応を、その猫より大きく抱き甲斐がありモフモフのカリンはしていた
抱擁、頬ずり、歓喜
そんなまき絵の胸の中でカリンは身をよじり、何とか肩の上まで顔を持っていき周囲の視界を確保
まき絵の後を追って階段を上ってきた天津飯と餃子の姿が現れる
「お久しぶりですカリン様、急にお邪魔してすみません。今日はお話したいことが」
「うむ、よく来たのう天津飯。で、すまんがとりあえずこの子を……」
「……餃子、頼む」
「ほらまき絵、一旦離れる」
「えー!?もうちょっとだけー!」
餃子はまき絵をカリンから難なく引き剥がし、これでようやく本題へと入る
そう、元はと言えばここへ来た理由はアスナの修行のためでもランチから逃げるためでもない
仙猫カリン、800年以上も年を重ねた彼の知恵を借りに来たのだ
今から一週間前、天津飯達のもとへと舞い込んできたアスナ達
彼女達が言う元の世界、天津飯が推測する別次元の地球、その正体について
「では、話してもらおうかのう」
「……一週間前、俺と餃子は山の中で彼女のことを見つけました」
「えっと、私以外にもう一人、アスナっていう友達と二人で急に山の中で遭難しちゃって……」
これらのことを天津飯、そしてまき絵は語る、カリンは時折頷きながらその話に耳を傾ける
餃子は時折二人の話に補足するような形で話に加わる、ヤジロベーは訳がわからずといった様子で終始蚊帳の外だっただろうか
そうやって話して数分
カリン様はどう思われますか?と天津飯が尋ねた所でひとまず話に一区切りがつく
「ふむ、別次元か。成るほどのう、お主中々ええ感しておるわ」
カリンは皆から背を向け、部屋の隅まで歩く
顔を出すとその下方にあるのは、一面に広がる雲
さらにその先にある下界を数箇所見通すと、顔を引っ込め元の場所まで戻る
その間、カリンの行動に口を出すものはいない
そしてようやく、天津飯の問いに最後まで答えた
「一週間ほど前、この地球の様々な場所……正確な数までは把握しきれておらんが、次元の歪みをわしは感知した。そしてそこから突如として現れた、少年少女の姿も何人か確認したわい。過去から分岐した並行世界かはともかく、概ねお主の見解で間違いないじゃろう」
「私達以外も!?」
真っ先に食いついたのはまき絵
詳細を聞かんと、離していた距離を再び詰める
カリンを脇に抱え、先程まで下界を見下ろしていた位置まで移動
「ネギ君は!?ネギ君はいたの!?ってあれ、ここからじゃ全然見えない……」
「待て待て!姿を確認したとは言ったが、今いる場所まで完全把握は出来とらん。一旦下ろさんか!」
まき絵は興奮冷めやらぬままカリンを下ろし、下ろされたカリンは改めて下界を見下ろす
膨大な地上から特定人物を探し出す、普通なら骨が折れる作業だろう
しかしまき絵の仲間達の一部、常人を凌駕する戦闘力を有する者達ならば話は変わる
顔の両側にある髭がピクリと動く、気を高めたのか急激に上昇した戦闘力を探知した
「おったおった、五人ほどおるのう」
「ネギ君は!?」
「名前までは知らん、特徴を言うから自分で照合しとくれ。黒髪ツンツン頭が一人、随分背が高い細目のが一人……」
場所は山奥の森、組手か何かで修行に励む男女数名を確認
一人一人の特徴を大まかにカリンは述べ、まき絵は頭の中で自身の知り合い達の姿と照らし合わせる
最初のはコタロー、次は楓だろう、カリンはさらに続ける
髪を片側一つにまとめた黒髪の者、裕奈かと一瞬思ったが黒ということは刹那か
組手には参加していない黒髪長髪の者、これだけの情報だと木乃香かアキラか分かりかねる
そして最後の一人
「少年……かのう、茶髪で弦の無い眼鏡を……」
「ネギ君だー!」
ここまで言えば十分だった
場所は何処だとまき絵は尋ねるが、この世界の地理を全く把握してない彼女に説明することは不可能である
どうしたもんかと言葉を濁していると、カリンは「ん?」とネギのいる場所とは別の場所に目をやった
それは今いるてっぺんの真下
「天津飯、この子と一緒にお主の所に来たアスナというのは……少し前からこの塔を登っておる子で合っとるか?」
「……気付いていらっしゃいましたか」
「登り始めた頃からな。あれだけ力垂れ流しとれば嫌でも気づく、お主も随分無茶やらすもんじゃわい」
咸卦の気についての細かい知識までは無かったが、気と魔力を合わせたその強力な力の感知までは容易なこと
そもそも聖地カリンに余所者が来るという自体が希で、今までそういったことがあるとカリンは漏れなく見下ろして動向を確認していた
「最初はただ俺の修行に付き合ってくれてただけだったんですが、最近じゃ俺と一緒に大会に出たいとまで言い出しまして……」
天下一大武道会
今からおよそ一週間後に開催される、全世界から参加者を集めて行われる武道大会
セルゲーム終了後からも絶えず修行を続けてきていた天津飯は、ひと月ほど前に開催の知らせを受け出場を決意していた
それをアスナに話したのは合同で修行を初めて三日ほど経ってからのことだったか、私も出ますと意気揚々に宣言し以前より修行に身が入り始めたのを天津飯は思い出す
「成程のう、まあお主や悟飯のようなのが相手じゃなければ問題なく勝ち進める実力はあるようじゃな」
「そういえばアスナ大丈夫なの?落ちたりとかしてない?」
「うんや、落ちてはおらんが……そろそろ危ないかもわからん」
「え!?」
カリンはまき絵の腕の中で、顔を渋めつつアスナの様子を眺め続けた
ヤジロベーの名古屋弁がかなり面倒だったのがこの話を書いてて一番の思い出。
書き溜めがあと一話あるので、もう一話先の進行具合も見て遅くても来週には投稿したい次第です。ではでは