戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー   作:風花

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Fine2 狭間の標Ⅱ

「まだこの生活に馴染めないのか?」

「まるで馴染んでない奴に言われたかないね」

 

 飾りを作りつつ返された言葉に、翼は苦笑を覚えながら「確かにそうだ」と呟いた。

 放課後、少し遅れている準備の遅れを取り戻そうと一人空き教室へ向かっていたら、曲がり角でクリスとぶつかった。何かから逃げ隠れているようだったが、よくよく話を聞いてみるとクラスメイトから逃げていたらしい。

 日常を与えられたが、まだ馴染めないようだ。何年も疑い傷つけ合う環境で生きてきただけあり、普通に接する事は難しいようである。その点、クリスの騎士はなんだかんだ言って馴染んでいるのだが。

 それに、翼自身にも似て異なる時期があった。だから思わず逃げ場所を提供するように誘ってしまったのだ。

 

「それより片翼はどうしたんだよ? 大抵は一緒にいたじゃねぇか」

「さあて。今頃何をしているやら。好き勝手飛び回ってるんじゃないか」

「呑気なもんだ。王様もどっか行ってるみたいだし、ボケッとしてると色々と先を越されるぞ」

「ふふ、違いない。しかしだな雪音――」

 

 クリスの指摘にも、苦笑を交えて言葉を返す。

 しかし途中で教室の扉が開き、言葉は遮られた。

 

「あ、翼さん。いたいた」

「皆……もう帰ったのかと」

 

 クリスには見覚えがなく、翼と面識がある口振り。

 ああ、こいつの友達か。とあっさり理解する。

 

「案外、人気者じゃねーか」

「――すまない」

「何で謝ってんだよ」

 

 申し訳なさそうな翼を見て、今度はクリスが苦笑した。

 翼のクラスメイトは独りで作業を進めようとしていた翼を手伝いに来たと言う。

 二人から五人へ増えた作業ははかどりを見せ、あっという間に飾りの山が出来ていく。

 

「でも、昔はちょっと近寄り難かったのは事実かな?」

 

 初めは自分達と住んでいる場所が違うと思ってた、とクラスメイト達は言った。

 しかし、思い切って声を掛けてみればその考えは偏見だった。翼も自分達と同じなんだと。

 

「皆……」

「最近では特にそう思うよね」

「そうそう。なんて云うのかな? 私達風に云えば、恋に生きてるって感じ?」

「恋って言っても、彼氏なんてリディアン(ここ)じゃあ出来ないんだけどねー」

 

 言えてる、とクラスメイトは笑う。

 的外れとは云えない喩えに、翼は隠れて息を呑む。

 ただし、クリスにはバレバレだった。

 

「ちぇっ、上手くやってら」

「重ねてすまない。気に障ったか?」

「別にそうじゃねーよ。ただ――」

 

 頬杖をつき視線を合わせずにクリスは言葉を続けた。

 

「あたしも、もうちょっとだけ頑張ってみようかな」

「……そうだな」

 

 自分に対して向けた言葉でもありそうな台詞に翼は笑みを浮かべる。

 ちょっとの気持ちで世界は大きく変わる。

 身を以て知った翼だからこそ、分かる事だった。

 

「あれ? 君、指輪してるの?」

 

 クラスメイトがクリスの右手の薬指に嵌められた指輪に気付いた。

 クリスはさして恥ずかしがる事なく、「ああ、これ」と自分の指輪を見た。

 

「付けたはいいんだけど、小さかったのか外れなくてな。今じゃそのまんまだ」

「へー。誰から貰ったの? もしかして彼氏?」

「まーなー」

「いいなー。彼氏がいて。私も欲しいんだけどねー。どっかにいい男いないかなー」

「遠見先生や一学年下に編入してきた夜宙ヴァン君辺り格好いいんだけどなぁ」

 

 鏡華とヴァンの名前が挙がり、ピクッと反応を示すクリスと翼。

 クラスメイト達は気付く事なく、格好良い男子談義を続ける。

 

「あれは良物件だね。私、アタックしてみようかなー」

「無理無理。あれだけ格好いいなら絶対彼女いるはずだよ」

 

 その彼女が目の前にいる事は誰も知らない。

 

「えー、でも、ソングライターのお仕事をしてガードの固い遠見先生はともく、夜宙君辺りの情報なら乙女の情報網(ガールズ・ネットワーク)に公開されてもいいんだけど」

 

 ――何だそれは。

 クリスと翼の心のツッコミが重なる。

 ちなみに余談ではあるが、乙女の情報網(ガールズ・ネットワーク)とはリディアンの女子生徒で構成された囁きサイトの通称である。乙女に必要な情報、特に男関係なら二課すら敵わぬ伝達速度を持っているらしい。響は知らないが未来や弓美達も登録している。本当に余談であるが。

 

「じゃあじゃあ! 私試しにアタックするよ!」

「な……っ」

「命短し、恋せよ乙女! 次に会ったら作戦開始だ!」

 

 盛り上がっている翼のクラスメイト達。

 翼には苦笑ものだが、彼女であるクリスにはたまったものではない。

 本気でバラしてやろうか、と席を立とうとした時。

 

「ああ、ここにいたのか。クリス」

 

 開け放たれた扉から声を掛けられた。

 視線の向こうには、今しがた話題に上がっていたヴァンの姿が。

 

「ヴァン!」

「教室から逃げ出した事は聞いていたが……どうやら上手くやっているようだな」

 

 つかつかと教室に入ってくる。

 突然の登場に驚いて声も出ないクラスメイト達をよそに翼は吹き出しそうになる。

 ――図ったような登場だ。

 

「べ、別に、こいつが誘ったんだ。あたしから言ったわけじゃねぇよ」

「そうか。感謝するよ風鳴翼」

「なに、雪音の気持ちは分からないでもないからな。だが、感謝するのならいい加減名前で呼んだらどうだ?」

「ま、追々とな」

 

 クリスの横に立つとぽんぽんと頭を撫でて微笑を浮かべるヴァン。

 気恥ずかしい気分で身体を縮こませるクリス。だが満更でもないようで少しだけ嬉しそうだ。

 未だにぽかんと口を開けて目の前の光景に見入っているクラスメイトのため、翼は奏を真似て、わざとらしく呟くように言った。

 

「夫婦の営みなら自分達の部屋でやる事だ。ここには純な乙女しかいないからな」

「夫婦の営み!?」

「ばっ、ふざけた事言ってんじゃねぇよ!」

 

 当然の事、クラスメイトは素っ頓狂な声をあげ、クリスがバンと机を叩いて立ち上がった。

 ヴァンは「こいつの事も口走ってやろうか」と云うような表情だったが、沈黙を保っている。ただし念話で「前言撤回だ。貴様の名を呼ぶ気が失せた」とは言われたが。

 何となくだが鏡華や奏が自分をイジって笑ってた気分が味わえた翼なのだった。

 

「はは、すまない。ちょっとした余興と云うものだ。そう怒るな。可憐な顔が台無しだぞ」

「あんたに言われても嬉しかねぇよっ」

「え、えーっと。つまり……夜宙君は既にこの子が売約済みって事?」

「売約はやめろ。せめて契約済みにしてくれ」

 

 別方向の訂正を願うヴァン。まったく照れがない辺り、羞恥と云う感情がないと思う時がある。

 クリスと二人きりの時はどうなるのか是非とも見てみたい。

 

「はーっ、年下に先越されちゃうなんてなー」

「内容が気になるが――遠見が言ってたが、学院の外では大抵この時間、他校の男がいるみたいだが。男が欲しいならナンパすればいいんじゃないか?」

「夜宙君分かってないなー。ナンパみたいな軽い恋はしたくないんだよ」

「そうそう。好きな人のためなら全力を尽くすぐらいの人と付き合いたいじゃん」

「……? 今時の女と云うのはそういうのが好きなのか?」

 

 コテンと首を傾げて問い返す。

 何かに撃ち抜かれた気分のクラスメイト達は「ちょっと待っててね!」と言うと、クリスと翼を引っ張って教室の隅へ行き、彼に聞こえない声量で話し出した。

 

「後輩ちゃん! 何君の彼氏! すっごい純情そうなんだけど!?」

「は、はあ? いきなり何なんだよ!」

「言葉遣いは荒いんだけど、真っ直ぐな感じ! そこんとこ彼女としてどう!?」

「え、えっと……その……」

 

 知らない先輩達に詰め寄られ、クリスはしどろもどろになり答えられそうにない。

 代わりに翼が答えてあげる事にした。

 

「夜宙と雪音は少し前まで田舎に住んでたらしい。だから世間には少し疎いんだ」

「田舎育ちのイケメンかぁ」

 

 いいなぁ、とクラスメイトが夢想する。その間にクリスが小声で翼に話し掛ける。

 

「おい、あたしとヴァンは別に……」

「馬鹿正直に話すわけにゆくまい。かと言って孤児ですと言って悲壮感を煽りたくないだろう」

「むぅ」

「一先ず田舎育ちと云う事で夜宙と話を合わせておいた方がいい」

「……今日帰ったらヴァンと話しとく」

 

 女子がひそひそと話している間、ヴァンはずっと待機してたが、流石に時間も推していたので一段落着いたのを見計らって声を掛けた。

 

「すまないが、もういいか? これから買い出しの護衛(ボディガード)として同行しなければならないんだが」

「そ、そうだったのか? 何ならあたしも一緒に行くけど……」

心配するな(ノープロブレム)護衛対象(サブジェクト)は立花響と小日向未来だからな」

「あいつらか……」

「無理して行く事もない。その代わり好きなもの買ってくるが、何がいい?」

「ヴァンの手料理で」

分かった(オーライ)。あんぱんな。お前達も雪音と関わってくれた礼として夜食は選ぶぞ」

「……無視すんなよ」

「そうか。なら私もおにぎりで。具材は問わない」

 

 クラスメイト達も次々と自分が食べたいものを言っていく。繰り返し呟いて記憶したヴァンは「確かに」と頷き“窓枠”に足を掛けた。

 また眼を丸くするクラスメイト達。

 

「あの、何をしてるのかな? 夜宙君」

「正門へ向かうつもりだが……?」

「ここ二階だよ!? 怪我するって!」

「ああ、そんな事か。――行ってくる、クリス」

「おー、いってらー」

 

 おざなりな挨拶に苦笑を浮かべつつヴァンは窓から一息に飛び出す。

 クラスメイト達は慌てて窓から覗く。

 クリスと翼は背後でクラスメイト達が驚くのを聞きながら、

 

「さあ、残りも少ない。夜宙達が帰ってくる前に済ましてしまおうか」

「りょーかい」

 

 残った飾りを作る事に集中するのだった。

 

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

 人は単独では空を飛ぶ事は出来ない。

 いつかの時代、鳥の羽を集め大きな翼を作った細工師がいた。細工師は息子に翼を与え、息子はその翼を以てして空を飛んだ。しかし、調子に乗った息子は空を高く舞い上がり、太陽の熱によって翼は燃え海へ落ちたと云う。

 

「今じゃ鉄の塊に大勢の人間を乗せて乗ってるんだもんなぁ。人間ってやっぱすげぇわ」

 

 プライウェンの上に胡坐を掻きPC端末で調べたギリシャ神話を見ながら、鏡華はそう言った。

 

「魔法の盾に乗って空飛んでる奴が言う事じゃないとあたしは思うけど」

「固い事言うなって。ま、そうなんだけどさ」

 

 鏡華の後ろに座り、足を投げ出している奏の言葉に鏡華は苦笑する。

 現在、鏡華と奏はプライウェンに乗り雲の上を飛んでいた。奏は目的地を知らない。プライウェンでどこかへ出掛けようとする鏡華にアヴァロンを通じて気付き、暇だからついて来たのだ。

 

「でもさ、鏡華。何で《応用編》で跳ばなかったんだ? あれは別に見知った奴がいる場所にしか跳べないわけじゃないじゃん。実際はアヴァロンの内包結界を“所有者限定に展開して、切り離された時間軸内を歩いて目的地に向かってる”だけだろ?」

「あのさ奏。ここには俺と奏しかいなくて、見張る眼も耳もないから別に構わないかもしれないけど、本当の事言うのはやめてくれない?」

 

 本来、《遥か彼方の理想郷》は《辿り着きし理想郷》と同じ絶唱レベルの技だ。発動には絶唱時に唱う詠唱と同じぐらい長い詠唱を必要としている。発動すれば範囲内にいる人間を全員結界内に閉じ込めたり、密談などに使えたりする。

 しかし、《遥か彼方の理想郷・応用編》は詠唱を必要とせずに瞬間移動みたいな真似をする事が出来た。それが結界領域の縮小である。結界を自分だけ入れるぐらい範囲や出力を抑える事によって、詠唱を必要とせず現実ではあたかも瞬間移動したかのような行動を取る事が出来るのだ。ただし、自分だけ動く事が出来ると云う事は自分だけの時間だけは止まらずに進むので、多用すれば他人よりも早く成長してしまう欠点を持っている。生憎と鏡華と奏の成長速度はかたつむり以上の遅さであるので関係はないのだが。

 

「ま、別に隠す事でもないからな。実は最近――《遥か彼方の理想郷》が使えないんだ」

「使えないって……どう云う意味だ?」

「そのままの意味だ。いくら詠唱を唱えても結界内に入れないんだ。物は入るんだけど、俺だけが入れない」

 

 その事実に気付いたのは音楽祭典「QUEENS of MUSIC」でのノイズからの逃走中だった。あの刹那の一瞬、結界内に逃げ跳ぶつもりだったが、どうしてか発動しなかったのである。緒川がギリギリの所で中継を切ってくれたおかげで事なきを得たが、本当であればノイズに串刺しにされていた。それから何度も試したのだが、物をしまう事は出来ても鏡華自身が入る事だけは出来ないのだ。

 

「原因は分かんねぇのか?」

「思い当たる節がない事もないんだが……多分、違うと思う」

「そっか……それじゃあ、あたしが分かるわけないわな」

 

 アヴァロンについてなら誰よりも詳しい鏡華が分からないと言うのだ。

 奏はあっさり思考を放棄して別の話題へ移した。

 

「なぁ鏡華。あたしら、どこへ向かってんだ?」

「ん? ああ、えっと――」

 

 茶封筒から出した書類に眼を通して、目的地の場所を言う。少なくとも奏は公私共に行った事のない場所の名前だった。

 何で行くんだ? ともう一度訊ねると、鏡華は書類を茶封筒に戻して奏に渡す。風で吹き飛ばされないよう注意しながら書類を出して、奏はそこに書かれた内容を読んだ。

 

「鏡華」

「なんだー?」

「漢字が少し読めない」

「そこは飛ばしていいから」

 

 言われた通り読めない漢字は飛ばして――中学レベルの漢字なのだが――読めるだけ読み込んでいく。

 読み込んで、奏は「これは……」と呟く。

 内容を理解したと判断した鏡華は頷くと、

 

「あの時、どうしても気になったからな。緒川さんに調べてもらったんだよ。立花の――過去を」

 

 雲の隙間から眼下に小さく映る街を見下ろして言った。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

 ヴァンは買い込んだ食べ物の多さに少しだけ嘆息を漏らした。

 クラス全員から少しずつお金を集めてお菓子やおにぎり、サンドイッチなどを買ったのだが、

 

「貴様の場合、これはもう晩飯だろう。立花響」

「あ、あはは……気付いたら買っちゃってて」

 

 自分の食べ物だけで両手が塞がっている響は反論できず笑って誤摩化した。

 一応、袋で種類を分けており、ヴァンが一番重い菓子類とおにぎりの袋、未来がサンドイッチの袋、響が自分のを持っている。

 

「まあ、俺や貴様の場合、いくら食べてもトレーニングや任務で消費するから、当然と言えば当然だが……」

「ですよね!」

「だからと言って女としてどうなんだ? 小日向未来」

「好きなだけ食べられる響にちょっと嫉妬します」

「未来ッ!?」

 

 口を尖らせて言う親友に響は驚く。

 

「だって体型の維持ってすごく難しくて、お菓子やご飯を我慢しなくちゃいけない時があるのに……響はどれだけ食べても変わらないんだもん。羨ましいよ」

「い、いやー……そこは何と言いますか、日頃の鍛錬のおかげと言うか」

「胸もちょっとずつ大っきくなってるし」

「何で知ってるの未来!?」

「この前皆で服や下着を買いに行った時、見たじゃない」

「あ、そっか」

「お前ら。一応、男の俺がいる前でそう云う発言はやめろ」

「ヴァンさんは別に大丈夫ですし」

「うん。クリスちゃん一筋のヴァンさんが他の女の子に眼移りしないって分かってるから」

 

 嬉しいのか分からんぞ、とヴァンは複雑な表情で呟いた。

 珍しいヴァンの顔を見て響と未来は顔を見合わせて笑った。ヴァンは溜め息を吐く。

 

「お前達、本当に仲がいいな」

「そりゃもちろん! 私と未来は親友ですから!」

「ヴァンさんはクリス以外にいなかったんですか?」

「俺か……」

 

 自分の過去を思い出す。

 だが、クリス以外の子供で覚えているのはただ一つだけ。

 

「多少なりいたんだがな、全員いなくなった――いや、見捨てたと言った方が正しいか」

「見捨てた?」

「お前達も俺とクリスの過去は風鳴弦十郎から聞いているだろう」

 

 神妙な顔つきでこくりと頷く響と未来。

 

「俺達を監禁した場所から逃げ出す時、俺はクリスだけを連れた。他にも同じ団体の子供や地元民は大勢いたが、俺はその全員を見捨てたんだ。あいつらがどうなったかは俺も知らん。ああ、もちろん、言い訳はしない。ガキだった俺に出来る事なんて限られていたからな。正直、クリスを守る事すら当時の俺には今以上の苦行だった」

 

 だけど――

 ヴァンは夕焼けに染まった空を見上げて続けた。

 

「約束したんだ、俺とクリスの両親から。何があっても二人は生きて、と。だから俺はクリスだけは守り続けて来た。これまでも、そしてこれからも」

「ヴァンさん……」

「……暗い話になってしまったな、すまない」

「いえ、ヴァンさんの事が知れてよかったです!」

「響と同意見です。それと、クリスの事をすごく大切にしているんだって」

 

 響と未来の感想に、ヴァンは照れ隠しにそっぽを向く。

 ――少ししゃべりすぎたか。

 多くの人間を殺めてきた自分。闇に生きると決めていたが、どうやら思っていたより自分は暖かさを欲していたのかもしれない。

 変わったのか――変えられたのか。

 自分から意識を逸らすため、ヴァンはそっぽを向いたまま口を開いた。

 

「俺もそうだが、お前達はどうなんだ? アニソン同好会の連中はいいとして、リディアンに来る前の所では友人はいなかったのか?」

「ッ……」

「それは……」

 

 二人揃って言い淀む。

 その光景にヴァンは間違えたか、と思う。

 いつも明るい動の響とそれを支える静の未来。二人にならリディアンに来る前も友人はいたはずと思って言ったのだが、

 

「すまない、聞いてはいけない言葉(キーワード)だったか?」

「いやぁ……ううん、そうだね。少し、思い出したくない感はあったかな?」

 

 初めて――否、ライブの時と同じ表情を浮かべる響。

 すぐに無理に笑って誤摩化そうとする。

 

「その、大した事じゃないんですけどね。小学校に入学してすぐ幼馴染みが蒸発したんです」

蒸発した(イヴァプレイト)? 人間が気化したのか?」

「あっと……人に対して使う時は、突然行方不明になったって意味です」

「ああ、そう云う意味か。勉強になった」

「物心ついた時から未来と一緒に三人で遊んでた幼馴染みで……ノイズに襲われたわけでもなく本当に突然いなくなって……」

もういい(ストップ)。すまない、大切な友達だったんだな」

 

 響の悲痛な顔を見ていられず、話を無理矢理中断させる。

 きっと未来と同じくらい仲がよかったのだろう。でなければどんな時でも明るい響がこんな顔をするわけがない。

 

「クリスや遠見達には黙っておく」

「……ありがとう、ヴァンさん」

「礼を言われる筋合いはない。貴様らもさっきの俺の話、誰にも言うなよ」

「はい。クリス以外には」「うん。クリスちゃん以外には」

 

 息ぴったりに同時に返され、ヴァンは一瞬呆けてしまい、「好きにしろ」と返した。

 照れ隠し気味に「帰るぞ」と言い、早足に歩を進めようとした時だった。

 ガタッと建物の隙間から音が聞こえた。

 音に反応して振り向けば――そこには人が倒れていた。

 

「未来! ヴァンさん!」

 

 一番に駆け出したのはやはりと云うか響。

 響の人助けの精神は呆れる程分かっている未来と分かっているつもりのヴァンは止める理由がないので響に続いた。

 

「ねぇ、大丈夫!?」

 

 響が荷物を脇に置いて人を抱き起こす。

 人種は日本人。癖毛が多い茶色の髪。線は細いが男だろう顔つき。服の上から纏っているボロ布はコートの代わりだろうか。

 行き倒れのようだが、ヴァンから見ればこの日本で、しかもこんな街中で行き倒れと云うのは少し奇妙だった。

 ――と。

 息を呑む音が聞こえた。隣では未来が口許に手を翳し一歩後ずさりしていた。

 

「そんな……どうして……」

「どうした、小日向未来」

 

 ヴァンの問い掛け。

 それに答えたのは、未来ではあり――響。

 震える腕で少年を抱き、口許に翳した手を握り締め、乾いてしまいそうな唇でポツリと昔に置いていった名前を呟いた。

 

「――日向――!」

「――ひゅー君――?」

 

 過去に喪いしもう一つの陽だまり――日向。

 その再会こそ立花響にとって真なる始まりの鐘が鳴らされた瞬間だった。


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