戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー   作:風花

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理想と現実は、重なり交わるものに非ず。
然れど重ねるしかない――どんな非情が待っていようと。
喩え、慕う者に拳を向けようとも。
Fine2 狭間の標
悪を正義と貫く少女達が往く道に、
陽だまりへと進める標は、未だ見えてこず。


Fine2 狭間の標Ⅰ

 S2CAトライバースト――

 “他者と繋ぎ合う”と云う希有な特性を持つ立花響を据える事によって絶唱の威力を増幅、更には奏者に掛かる反動を軽減する二重の効果を持つ奇蹟の一撃を奇蹟以下に抑え技と成したコンビネーションアーツ。

 録画を見たナスターシャが考えたS2CAの説明はこんな所だった。

 遠見鏡華と夜宙ヴァン、天羽奏が何をしたかは分からなかった。仕方ないとそれまでだが、できれば見ておきたかった。

 ――しかし、と呟く。

 本来、他者と繋ぎ合うなんて特性は彼女の持つガングニールには存在しない。絶唱は媒介となる聖遺物の能力の延長線上にある。考えられるとすれば立花響の特性と云うべきか。

 これではまるで立花響が聖遺物のようだ。彼女には、聖遺物と融合を果たした融合症例第一号とコードネーム化されているが、その言葉は正しいみたいである。

 別のモニターにはINCUATED(孵化)と表示されたネフィリムの休止状態と、現在の活動状態のネフィリムが映し出されている。

 

「旧約聖書にて『天より落ちたる巨人』と記され、人成らざるモノと人の娘から生まれたとされるネフィリム」

 

 後ろで扉が開かれる音と説明のような声が聞こえた。

 ナスターシャは振り返らない。

 しかし目の前に湯気を立てるカップを差し出され、邪魔なので受け取った。

 

「神の子、巨人、堕天使(グリゴリ)――説は様々だが、こいつのせいで彼の有名なノアの大洪水が引き起こされたらしいな」

「あくまで一説ですが。……ところで、これは何ですか? 人の飲むものでは――」

「うるさい黙れ病人。薬だけに頼ってないで青汁飲んでろ」

 

 オッシアは捲し立てるように言って、自分も青汁を飲んだ。

 慣れない味に顔を顰める。

 ナスターシャもちびりと口に含む。

 

「あー、不味い」

「…………不味い。ですが、もう一杯欲しくなる味です。不思議だ」

「けっ、爺婆の味覚は分からん」

 

 黒装飾の中に突っ込んでいた水筒を取り出したオッシアは、ドンとナスターシャの座る車椅子に置いた。

 

「そこにたっぷり詰め替えた。尿意を感じない程度に飲んでおけ」

「……感謝はしておきましょう」

「ふん。あんたに倒れられるのが一番厄介なんだ」

 

 その時、モニター内のネフィリムが暴れ出した。警報が鳴り始める。

 最近ではよくある事だ。ナスターシャもオッシアも慌てる事なくコンソールを操作し隔壁を閉じ、“餌”を放り込んだ。

 

「面倒だな。共食いすら厭わぬ飢餓衝動と云うのは」

「……やはり、ネフィリムとは人の身に過ぎた――」

「人の身に過ぎた先史文明期の遺産、とか何とか言わないでくださいよ」

 

 ナスターシャの言葉を遮ったのはまた新たな人物。

 部屋の奥から現れたのは――

 

「喩え人の身に過ぎていたとしても、英雄たる者の身の丈に合っていればそれでいいじゃないですか」

 

 笑みを浮かべてウェル博士は言った。

 ここにいる事に驚く事のないナスターシャとオッシア。

 彼らが協力関係である事が窺える。

 

「Dr.ウェル」

「マム! さっきの警報は!?」

 

 今度はマリアと調、切歌が部屋に入ってくる。

 シャワーを浴びていたのか、髪がわずかな光でも反射して輝きを魅せていた。

 部屋にナスターシャだけでなく、オッシアとウェル博士がいる事に気付き、マリアはガウンの胸元を隠した。

 

「いちいち恥ずかしがるな。誰もお前のデカパイに欲情なんかするか」

「でか……ッ! 余計なお世話よ!」

 

 オッシアの言葉に喰って掛かるマリア。

 そんなマリアを切歌と調はジトッとした視線を送っていた。

 

「心配してくれたのね。でも大丈夫。ネフィリムが暴れただけ。隔壁を下ろして食事を与えているから直に収まるはず」

 

 そんな視線を意に介さず、ナスターシャは安心させるように状況を説明する。

 説明が済む前に隠れ家を揺らすネフィリムの暴走。

 

「マム」

「やれる事はやってある。それでも駄目ならオレが黙らせる」

「ッ……」

「そんなことより、そろそろ飯の時間だぞ。ヘリに用意してあるからさっさと行け。ちなみにウェルのはない。てめぇは独りで草でも食ってろ」

 

 オッシアの言葉に眼を輝かせる切歌と調。

 ナスターシャは私はいりません、と言うが、

 

「うるさい黙れ病人。薬だけに頼ってないで栄養を取りやがれ」

 

 さっきと同じような言葉で黙らせるオッシア。

 

「マムも食べるデスよ。こいつ、口は悪いけどご飯は美味しいデスから!」

「一緒に食べよ、マム」

「……分かりました。視察の準備をするのであなた達は先に行って食べていなさい」

 

 すっかり胃袋を支配されてしまった二人に内心で溜め息を漏らしつつ、ナスターシャは部屋を出る。オッシアも部屋を出る。その後を三人が付いていく。

 オッシアの悪口にも笑みを消さないウェル博士は手を腹部に当てて恭しく一礼する。

 

「オッシア、オッシア! 今日のご飯は何デスか?」

「この前釣ってきた魚と、米にザバーッと掛けたアレ」

「アレ……オッシアのアレは美味しい」

 

 感情の起伏が少ない調もわずかに頬を染めて思い出すように呟く。

 彼が来てからと云うもの、フィーネの台所事情は彼に掌握されてしまったと言っていい。

 だが、正直なところ、マリアも食事に関してだけはオッシアに感謝はしている。

 これまでの武装集団フィーネの食事と云えば、日本で百円ぐらいの惣菜パンや麺類がいつもの食事。三百円ぐらいのカップ麺はごちそうになっていた。

 それがどうだ。オッシアが食事事情を見てから、三食のほとんどがごちそうを超える食事になったのだ。

 初めてオッシアが食事を作った時、切歌が、

 

「さ、最後の晩餐デスかっ!?」

 

 と、よだれを垂らしながら驚いたのは今でも鮮明に思い出せる。

 そんな事を考えていると、

 

「胸が大っきくなる料理ってないデスか? マリアぐらいに」

「牛乳でも飲んでろ並盛り。特盛りにはならないだろうがな」

「私は小盛り? 小盛りだよね? オッシア」

「……分かった。謝るから血の涙でも流せそうな顔をするな。お前は防人だ」

「やったデスよ調! 防人デス!」

「うん。小盛り以上」

「……小盛り以下だけどな」

「……それで、一体あなた達は何を言ってるの?」

「胸の事だ特盛り。マリアと雪音クリス、天羽奏が特盛り。立花響が大盛り。切歌が並盛り。調と風鳴翼が防人だ」

 

 当然のように言い返してくるオッシア。

 下ネタトークに関わらず誰もツッコミを入れない辺り、彼に毒されていると言うべきか。

 頭が痛くなり、思わずこめかみを抑える。

 何で顔をまったく見せない男にここまで振り回されるのだろうか。

 彼の個性と言えば聞こえはいいが、どうにも掴めない。

 

「それよりオッシア。あの子は?」

「外へ出た。流石に気分転換でもさせないと肉体は元より精神が持たないだろう」

「なっ……! 外へ出したですって!? 何を勝手な事を――」

「奴が頼んだんだ。それに、言っただろう。精神が持たないと。奴の好きにさせないと計画に支障をきたすぞ。それに、もしもの場合は連絡するよう厳命してある」

「ッ……そう。分かった。あの子の事はあなたに任せるわ。あなたにしか……」

 

 何か慰めの言葉を掛けるべきなのかもしれない。しかしオッシアは「行くぞ。冷めてしまう」と言って先を歩いた。

 自分はあくまで協力関係であり、居候みたいなものだ。食事事情を除けばそれ以外は深く関わるべきではない。

 それにこれぐらいの絶望は、自分で乗り越えなければ意味がないと思う。自らの力で絶望を打ち破り、標を見つけて理想郷へ辿り着かなければ。

 そして、自身が経験した絶望に比べれば――こんな奴らの覚悟や絶望など安いものだ。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

 武装集団フィーネによる宣戦布告より一週間が経過した。それにより日常が変わる――事はなかった。

 一週間が経過した――何もない一週間が経過したのだ。

 宣戦布告以降、フィーネの行動は完全に闇に隠れ表立った情報は何もない。あの国土割譲と云う要求もデマだったのか、二十四時間が過ぎても各国の主要都市にノイズが出現する事はなかった。

 だが、表立った行動はなくとも裏立った行動ならば、緒川が見つけた。

 とあるヤクザと関わりを持って資金洗浄をしていたようである。そこに気になる情報があったらしいが、詳しい事は分かり次第また報告するらしい。

 

「マリア・カデンツァヴナ・イヴ。暁切歌。月読調。F.I.Sの研究対象だ」

 

 緒川の報告が済んだ後、ヴァンはそう切り出した。

 

「そも、F.I.Sはフィーネが米国と通謀したのを機に発足した研究機関だ」

「了子君が……だが、何故それを君が?」

「ジャンとエド――米国政府直属の暗部にいた知り合いの兵士に教えてもらった。奴ら、何を思ってかは知らないが文通相手になってほしいと写真まで見せて頼みこんできたんだ」

「それが彼女達か」

「どうやらあいつらはかなり特殊な階級だったらしく研究所にも行っていたらしい。しかも彼女達と戦わないで仲良くしてくれ、なんて約束をしやがって……まさかそいつらと戦うハメになるとは思わなかったが、手出し出来ないのは面倒だ」

「だから会場に到着してから星剣を抜かなかったんだな」

「約束を違えるのは俺の流儀に反するからな。――話が逸れた。正直、今回の件は米国は関わってないと見る」

 

 珍しく仮説の段階から断言するヴァン。

 

「ほう……そう言える根拠は?」

「後で遠見から聞いたんだが、暁切歌、月読調が纏う聖遺物はイガリマとシュルシャガナらしい。不死殺しがないのと翠と紅の刃が決定的だったらしい」

「イガリマ……シュルシャガナ」

「シュメールの戦女神(ヴァルキリー)ザババが持つとされる二つの武器だ。それらは元々F.I.Sにフィーネが送って研究していた聖遺物だったはずだ。そしてお前が事務次官から聞いたと言っていた聖遺物研究機関のトラブルと合わせ考察すれば――」

「辻褄は合うわけだ」

 

 納得したように腕を組む。

 だが、裏側が見えた所で表側さえ対処出来ないのだから、裏側に人員を割く事は出来ない。

 状況はまったくと云っていい程変わっていない。

 

「F.I.Sに圧力を掛けるカードにはなりませんね」

「だろうな。情報源が子供の言葉では信憑性も薄い」

「だが、俺達は信じるぞ。ヴァンの言葉」

 

 ポンとヴァンの頭に乗る弦十郎の手。

 ごつごつと固いはずなのに何故だが柔らかい感じだった。

 

「やめろ。俺の扱いをクリスと同じにするな」

「すまんすまん。性分なんでな」

「まったく……。一応、簡単な情報の開示はした。リディアンに戻らせてもらうぞ」

 

 手を振り払い、踵を返して出ていこうとする。

 扉から出る前に弦十郎に呼び止められる。

 

「すまないが、これを鏡華に渡しておいてくれないか?」

「何だこれは」

「緒川が頼まれていた情報らしい。詳しい事は聞いてないが、まあ鏡華の事だ。何か大事な事なんだろう」

「……緒川慎二以外動けないみたいだしな。――了解した(オーライ)

 

 投げ渡された茶封筒をコートにしまい、今度こそヴァンはその場を後にした。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

「えーっと、因数分解ってのはアルファベット順だから、ma+mbはイコールすれば……あれ? 二つある奴はどうすれば……?」

「センセー、ma+mbの答えはこうですよ」

「あ、はい。すみません」

 

 教師のはずが生徒に教わっていた。

 誰であろう遠見鏡華である。

 

「でもセンセー。何で出来ない教科の代理してるんですか?」

「新米教師ってのはな、断る事は出来ないんだ。喩え出来ない教科の代理だろうと、新米には拒否権が存在しない」

「でも中学の数学も出来ないんだよね?」

「……はい、出来ません。馬鹿でごめんなさい」

 

 格好付けようとするが、鋭い指摘で鏡華は肩を縮こませるだけだった。

 まあ、当たり前だろう。小学生から学校をよく休み、中学生で中退したと云っても過言ではない鏡華の人生。高校生になってない鏡華が高校の数学を解けるはずがないのだ。

 

「仕方ないのでプリント配っときます。次の授業までにやっておくように、だそうです。次の授業までにやると約束するなら、今からの時間は自習とします。――いや、ほんと。馬鹿でごめん」

 

 もらっていたプリントを列ごとに配っていく鏡華。

 その時、窓際の一番後ろの席の生徒が心ここにあらずと云った様子であると気付いた。

 説明するまでもないが、響だ。

 あの一件からよく考え事をするようになったと思ったが、流石に授業中は注意しないと他の授業で面倒だ。

 仕方ないので注意する事にした。

 

「立花。考え事もいいが、授業だけは聞いた方がいいぞ」

「……はい」

 

 声を掛けてからちょっと後悔した。

 これはかなりの重症だ。響がここまで悩んでいる姿は初めて見る。

 ――他人に比べたら大した事のない状態だが。

 仕方ないので――イジって楽しむ事にした。

 

「授業聞かなくても頭いいんだったな」

「はい」

「小日向にデレデレなのは小日向が好きだから」

「はい」

「ぶっちゃけ、小日向ラブ?」

「はい」

 

 ただし、ネタが未来関係しかないのはご愛嬌ではない。決して。

 隣の席では未来が顔を赤らめて俯いている。周りの席ではクラスメートがクスクスと笑っている。中にはメモ帳に何かを書き込んでいるようだが気にしないでおく事にした。

 

「もう×の関係でいいです」

「はい」

響×未来(ひびみく)の薄い本が出たら三冊買う?」

「遠見先生とヴァンさんの薄い本ならお試しで購入しました」

「――――」

 

 ピシリと――いや、ビシッと教室が凍り付いた。

 それさえも気付かない響。

 

「ひ、響ッ!」

「ほえ?」

 

 未来の叫ぶような呼び声に、ようやく意識を現実に戻す響。

 そんな彼女が目の前で見たのは、驚愕を通り越したような最上級の驚愕の表情をしている鏡華。

 

「な……ん……だ、と……!」

「え? ど、どうしたんですか遠見先生!?」

 

 ふら、ふらとよろめいていた鏡華に驚いて立ち上がる響。

 鏡華はどうにか崩れるのだけは防ぐと、響に詰め寄った。

 両腕をがっちり掴み、キスしそうなくらいの至近距離で響を凝視した。

 

「い、いだだだ! い、痛いです先生!」

「立花……詳しく、説明してもらおうか……?」

「はいぃ! 私如きが説明出来る事なら何でも!?」

 

 鏡華に恐怖して自分でも何言っているのか分かってない響。

 

「俺とヴァンの薄い本を購入したって言ったな? 言ったよな?」

「え? ――あ」

「言・っ・た・よ・な?」

「ッ、で、でもですよ先生! 購入したと云ってもすぐに未来にあげましたから!」

「ひ、響ッ!?」

 

 あっさりと白状されて今度は叫びに驚きも混ぜて立ち上がる未来。

 だが、鏡華は「そんな事はどうでもいいんだよ」と言った。

 

「へ? どうでも、いいんですか……?」

「問題はそこじゃない。そこじゃないんだ立花。読んだか? 中身を読んだか?」

「は、はぁ……」

「どっちが攻めだ。いや、聞きたくない! 聞きたくないが答えろ! 受け攻めはどっちなんだ! 俺が受けだったら許さんぞっ!!」

 

 ――どっちなんだ。

 ズルッと椅子から滑り落ちそうになりながらクラスのツッコミは心の中でだけ重なった。

 

「う、受け攻め?」

「……鏡華先生。響はその類いの本の事なんか知りません。受け攻めだって何が何だか……」

「……だろうな。立花が知っていたらグラビアで驚くなんてしないもんな」

「あの、未来も先生も、私を子供扱いしてません?」

 

 響のツッコミに「いや全然」と異口同音する鏡華と未来。

 それ以上情報は手に入らないと分かり、鏡華は響を解放する。

 その代わりに―ー

 

「じゃあ、未来さんや?」

「ひゃっ!」

 

 質問対象が未来に変わった。

 響以外に見られない角度から極上の笑みを浮かべ、頤に触れる。

 

「あ、あのあの、鏡華、さ――先生?」

「知ってそうな君に教えてもらおうかな? どっちが受けなのか攻めなのかを」

「ふにゃ……」

 

 間近で見つめられている上に優しい手つきで撫でるように触れる手が未来の思考をとろけさせ、掻き乱す。

 後ろから聞こえるキャーと云う歓声さえ今の未来には聞こえてない。響の眼を丸くしぽかんと口を丸くしている光景さえ見えていない。

 

「そ、そんなに重要なんですか? その、受け攻めが」

「ああ、そんなに重要だね!」

 

 バッと手を離し、顔を離し、鏡華は声高に叫ぶ。

 

「考えてみろ。男同士の交わりなんて女同士の交わりに比べたら、まったく絵にならないし、気持ち悪い! だがそれはまだいい! まだ許せる! 問題は俺がヴァンに攻められると云う事だ!」

「は、はあ……」

「俺がだぞ! 普段は感情すら表に出そうとしない、精々雪音ぐらいに喜楽を見せるあのヴァンに攻められるなんて――想像しただけでも身の毛がよだつわ!」

「あのー、そこは人によって感性が違うと云うか……」

「Shut up! Be quiet! 人の感性なんか関係ない! ヴァンが攻めではない事だけが真実なのだっ!!」

「人の名前(ネーム)を喚くな」

 

 熱く叫ぶ鏡華と対照的な静かだがよく通る声。

 突然の声に、教室にいた全員が声のした方を振り返った。

 そこには今しがたまで鏡華が何度も叫んでいたヴァンがいた。

 

「何でいる!?」

「この学院の生徒だからだが?」

「授業中だぞ――って、そうだ。てめぇは普通科以外出席してないんだったな……」

 

 頭を抱える鏡華にヴァンは首を傾げる。

 すぐに「まあ、いい」と呟くと、ずかずかと教室に入ってきた。

 

「マネージャーから届け物だ」

「一応、授業はしてたんだけどな……。ま、いいや」

 

 取り出した茶封筒を鏡華に手渡す。

 受け取った鏡華は、開けようと封に手を掛けようとして、ピタリと止まる。

 茶封筒の上には別の薄い冊子があった。全部で二冊。

 問題は表紙を飾るイラストだ。片方には響と未来が描かれ、もう片方には翼と奏が、それぞれ半裸で描かれていたのだ。

 

「ところで、さっきから馬鹿に騒いでいたが、受け攻めとは一体何だ?」

「いや、その前に聞かせろよ! 何だよ意味ありげに乗せたこの二冊は!?」

「ごみ箱で拾ったものだ。お前の物だと思い持ってきてやった。感謝しろ」

「ごみ箱にあるなら持ってくんなよ! 迷惑だよ! つか、俺のじゃねぇよ!」

「何だ、貴様のじゃないのか。まあいい。それより、さっさと教えろ。受け攻めとは一体何だ」

「ああもう。実は俺達のどうじ――」

 

 最後まで鏡華は口にする事はなかった。

 

  ―撃ッ!

 

 木材やら教科書やら鉛筆やら、とにかく色々な物が四方八方から飛んできたのだ。

 間一髪でヴァンは回避し、気付けなかった鏡華に見事命中し、どうにも嫌な音を立てて鏡華は崩れ落ちた。死んではいないだろうが、かなり痛い――はずである。

 

「お、おいっ。遠見、お前何を言おうとしたんだっ」

「ヴァンさん。気にしては駄目です」

「こ、小日向未来――」

 

 後に、ヴァンはこの時の事をこう語った。

 ――あれが小日向未来とはな。いや、クラス全員が結託して口封じもとい記憶封じに取り掛かった時は絶句するしかなかった。やはり、女とはクリス以外よく分からん。

 

 ついでにヴァンが鏡華に届けた冊子もいつの間にか処分されており、鏡華の記憶も失われていたので、この時の騒動は響や未来達だけが知る事になるのだった。


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