戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー 作:風花
「フォニックゲイン照射継続……月遺跡、バラルの咒詛――管制装置の再起動を確認……」
カハッと血を吐き出しながら、ナスターシャは最後の入力を終えた。
モニターに表示される月遺跡の表示を確認して、
「月起動のアジャストを開始……」
確信を持って月軌道の修正を完了させた。
本懐を遂げた——故か、ナスターシャは自分の身体から力が抜けていくのがはっきりと分かった。コントロールしていた石台にもしがみついていられなくなり、受け身も取れぬまま地面に崩れ落ちる。
これでいい。これで世界は救われる。
ナスターシャに後悔などなかった。
『——本当にそうか?』
声が聞こえた。
誰もいない宇宙空間に漂う石室。いるのはナスターシャ一人なのに、確かに聞こえた。
『月遺跡の再起動成功おめでとう。悩み、迷い、寄り道の連続だったが、それでも成し遂げた。大した人だよアンタは』
オッシ、ア……?
何故、ここに……。
『オレも目標達成したんでな。消え去る前にアンタに挨拶しとこうと思っただけだ。——ほら、かけつけ一杯』
呑めるわけないでしょう。気持ちだけ頂きます。
そうですか、あなたもお疲れ様でした。これで契約は満了です。
『ああ。——話を戻そう、時間もないしな』
……後悔など、挙げたらキリがない。
ですので言葉にする後悔は、ただ一つだけ。
マリア達のこと。
私はこのまま死ぬでしょう。しかし、あの子達は解決後に法の裁きが待っています。
『だろうな』
どうなるか、できるなら罪を全て私に被せてできる限り幸せに……。
『そうなるといいな。……最後にマリア達に残す言葉はあるか?』
残す言葉。そんな言葉は……。
孤児だから、フィーネの血を引く可能性があるから、そんな言葉を並び立てて攫ってきた子供達。
連れてきた
ああ、でも……。
「しあ、わせに……なりなさい」
どんな困難が待っていようと、どんな不幸が舞い降りてこようと。
小さくてもいい、自分の幸せを見つけなさい。
マリア。
切歌。
調。
日向。
そして、ありがとう。こんな私をマムと慕ってくれた可愛い子供達。
『その言葉、聞き届けた。オレが司る愛の感情に誓って確かに伝えよう』
そうですか。お願いしますオッシア。
ああ、それにしても美しい。
「星が……音楽、となっ……て——」
……。
…………。
『お休み、ナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤ。アナタの愛は間違いなく
〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜
―轟ッ!
轟音と共に砂浜に叩き付けられる奏者達。幸いにも季節外れの砂浜だったため一般の目撃者はおらず、また、叩き付けられた衝撃もコンクリート等に比べ優しいものだった。
しかし、それでも奏者達は皆その場から起き上がれずに蹲っていた。纏っている防護服はボロボロで服としての機能しか発揮できていない。
唯一立ち上がる事ができたのは、一番ボロボロのはずである鏡華と比較的傷の少ないヴァンだけ。
「……、……、ゲート、閉じねぇと……!」
「く……、俺が……!」
「大丈夫ですよ、遠見先生。ヴァンさん」
ふらつく鏡華とヴァンを止めたのは座り込んだ響。
翼とクリス、奏も起き上がりながらもその顔は笑みが浮かんでいる。
「まだ、いるッ」
「心強い仲間が……!」
「マリア達にもいるだろ? もう一人」
「……ああ」
視線を向ける。
偶然か必然か。戻ってきた砂浜には先客がいた。奏者達が戻ってくる前に砂浜に着陸していた二課本部。
そこから走ってくる人影が二つ。
「私の——親友」
足場の悪い砂浜を未来はしっかりとした足取りで駆けてくる。
その後ろから日向が続く。
「私だって護るんだ……ッ!」
ゲートからネフィリム・ノヴァの腕が伸びてくるのが見える。
それでも未来は立ち止まらない。砂浜に突き立つソロモンの杖を抜き放ち、振りかぶる。
その横を日向が駆け抜ける。
「皆が帰って来れる場所を——ッ!!」
踏み込んだ足でブレーキを掛け、上体の回転を利用してソロモンの杖を投げる。
狙いは当然——バビロニアの宝物庫。
未来の投擲の直前に合わせて日向も跳躍。放たれたソロモンの杖が通過する位置まで到達すると、
「おおッ!!」
―蹴ッ!
蹴り飛ばす!
勢いを増したソロモンの杖は真っ直ぐにゲートへ向かう。
「あとは……!」
落下しながら日向は視線を移す。残りの問題はゲートを超えてしまっているネフィリム・ノヴァの腕のみ。
宝物庫に引っ込める事は現状では難しい。なら取れる手段は——
「——ぐあッ!?」
そう、考えていた時だった。
ネフィリム・ノヴァの腕が日向を掴んだのだ。不意に接近されたのと生身では空中で動く事ができず、日向は回避する事さえできなかった。
「ひゅー君!」
「日向!」
響とマリアが叫ぶが、動けない身で助けに行く事はできなかった。
止まらないソロモンの杖。宝物庫に入ると誰もが願った通り宝物庫へのゲートを閉じた。
これで同等の能力を持つ物が現れない限り、ノイズが現れる事はなくなった、はず。
——ただし、ゲートの外に出ているモノは別だが。
確かに宝物庫への出入り口は封じた。だが、既にこちら側へ出てきてしまっているネフィリム・ノヴァの腕は、ゲートが閉じた瞬間に切断されこちら側に残ってしまった。
四肢の一部だけ。これだけ聞けば問題ないと思うかもしれない。しかし、腕一本と云えども周辺に甚大な被害を及ぼすだろう。
ましてや腕に掴まった者、真下で動けない者にとって——待つのは避けられない死。
「そうは——させるかぁッ!!」
―轟ッ!
吠え叫んだのは鏡華。
ボロボロのはずの身体を無視して動く。
「応えろアヴァロン! 騎士竜王の力を呼び覚ませッ!!」
―轟ッ!
荒れ狂う風が鏡華を中心に巻き起こる。
同時に身体から溢れ出る赫い泡。
それは、かつて暴走した時に現れたモノ。
翼と奏が声を上げようとするが、
「——悪いな」
色彩のなくなったモノクロの世界で鏡華は呟く。
動くものが鏡華以外に存在しない世界で、鏡華は砂場を蹴った。
宙を翔る鏡華を覆う赫い泡。形を成したソレはまさに竜。
「返してもらうぞ暴食の巨人。もうこいつはお前の継承者になる事はないんだ」
竜の腕で日向を腕から抜き取り砂場に降ろす。
「さて、と……時止めもずっとは無理、か」
体調が万全であれば永久に時止めは可能だったが、回復していない今はあと数秒が限界。
はっきりとそう感じた鏡華は、
「行けるとこまで行ってみるか」
気軽にそう言ってのけた。
双翼を広げ地を離れ、ネフィリム・ノヴァの腕を掴み高く飛ぶ。
誰もが一飛びでは届かない距離まで飛んだ所で時止めが解除される。
「ッ……あ、あれ?」
「ひゅー君!?」
「日向!? どうして……」
日向は急に手の中から砂場にいる事に戸惑い、響とマリアは日向が目の前にいる事に驚く。
「ッ、鏡華は!?」
「……あそこだッ!」
翼と奏は消えた鏡華を探し、空高くに浮かぶ赫い竜とネフィリム・ノヴァの腕を見つける。
その瞬間、時間だったのだろう。鏡華に掴まれたネフィリム・ノヴァの腕が輝きを見せた。爆発するだろう腕を鏡華は赫竜の身体全てを使い覆い隠す。
「まさか、爆発を抑え込む気か!?」
「鏡華ッ!」
「遠見先生ッ!」
「オッシアッ!」
誰もが彼の名を叫ぶ。だが、彼には届かない。
輝きが増し、ついに——
―輝ッ!
―爆ッ!
―轟ッ!
「遠見鏡華ッ!」
「オーサマッ!」
「遠見ッ!」
「遠見先輩ッ!」
普通では出せないエネルギーの爆発が覆い被さっていた鏡華を中心に広がる。
赫竜化した赫い泡を吹き飛ばしていく。
眼を開けていられない光量と鼓膜を震わせる轟音、吹き荒ぶ爆風。
光が弱まり、視界が戻った時、誰もが空を見上げた。——ただ一人を除いて。
「皆動けない……私しか助けられないんだ……!」
誰もが頑張った。頑張ったからこそ動けない。
なら、動ける自分が今度は頑張るんだ。
砂場を走る。方角に確証はない、カン頼りで駆ける。
姿を隠していた砂煙が晴れていく。
空を見上げて——見つけた。
受け身も取らぬまま落ちてくる——鏡華の姿を。
「とどッ、けぇええええ——ッ!!」
最後の踏み込みで飛び込む。
地面に直撃するほんの直前、そこで鏡華の身体を掴んだ。引き寄せて抱き締める。
鏡華を抱えたまま背中から地面に落ちる。ごろごろと砂場を転がり、止まる。
「……大丈夫ですか? 鏡華さん」
「…………ああ。ありがとな未来」
「どういたしまして」
鏡華の身体を支えながら座り込む。
笑い合い、聞こえてくる足音に視線を向ける。
そして、飛び込んでくる響に驚きながら——しっかりと受け止めるのだった。