戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー   作:風花

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Fine12 理想郷はこの胸にⅧ

 

  ―閃ッ!

 

 音が鳴る。

 

  ―戟ッ!

 

 鋭く澄んだ風の高音。続く旋律は重く鈍い鋼の高音。

 

  ―裂ッ!

 

 二つの音によって周囲を引き裂き、空間を震え上がらせる。

 一合斬り結ぶたびに、音は生まれ、軋みを起こす。

 だが、もしここに第三者がいれば、一つの音をそれぞれ聞く事ができず、むしろ三つの音が重なり耳を塞ぐだろう。

 

 剣士が剣を振る速度は公式の記録は残されていない。しかし、それに似た競技——野球選手が振るうバットなら、およそ百五十キロ近い速度が記録として残っている。バットは剣より軽いが、先端近くに重心があるので、参考としてもいいだろう。

 そんな速度で振るわれる剣同士がぶつかれば、聞こえてくる音はよくあるキン、キンではなくキキンと重なるだろう。

 閑話休題。

 しかし、音の発生源である鏡華とオッシアが生み出す剣戟の音はそんなものではない。

 二人の剣速が以上に速いわけではない。速さであれば翼の方が速い。

 ならば何故か。答えは単純、鏡華の持つアヴァロンの時止めによるもの。

 鏡華が継承者となり、時止めの制限が変更された事で時止め内でも攻撃が通るようになった。ただし、一撃ごとに時止めが解除されるが。

 ここで鏡華だけが時止めを使っていれば一方的になっていた。しかし、オッシアもアヴァロンを所持しており、なおかつ時止めの制限も変更されていた。

 故に止まった時の中で斬り結び、解除された瞬間に遅れて音が空間に響く。そして、音が溶けて消える前にまた時止めを発動して斬り結ぶ。それが続けば——自然、音が鎖のように連鎖していき、秒よりも短い時間、刹那に近い時間のズレで重なっていく。

 その時間、一刹那——およそ七十五分の一秒!

 

  ―閃ッ!

  ―戟ッ!

  ―裂ッ!

 

 ほぼ止まった時間の中で、鏡華とオッシアは大広間を駆け、斬り合う。

 重力を無視し、空中に具現化させたプライウェンを踏みつけ相手へ迫る。振り抜いた刃は相手へ届かずに得物が絡み付くように間に割り込む。

 

  ―戟ッ!

 

 黄金の剣に黄金の剣が鋼の音を立ててから“減り込む”。一瞬の抵抗ののちに刀身を両断される黄金の剣。

 斬られるのはカリバーン。斬ったのはデュランダル。

 分かりきっていた事だ。カリバーンは聖剣と呼ぶに相応しい物だが、元は儀礼用の剣であり実用に足る物ではない。一方でデュランダルは無限のエネルギーを生み出し凄まじいまでの切れ味を持つ、数々の伝説を残した聖剣だ。

 カリバーンの分が悪い事など、知っている者ならば当然の事だった。

 

  ―閃ッ!

  ―戟ッ!

 

 だが、そんな事は鏡華も承知の上だ。

 振り抜いたカリバーンを即座に手放し、逆の腕を振るう。

 その手に握られた得物もカリバーン。

 鏡華の武器は全てアヴァロンの記録から具現化する、謂わばコピー品。だが質は本物となんら変わらない。

 だから——“替えが利く”。

 両断されたのなら破棄、新しいコピー品へ切り替える。

 究極の一に対して無限を以てして対抗する。それが鏡華が取れる手段。——その一つ。

 

「雄ォ雄雄雄——ッ!!」

「覇ァ亜亜亜——ッ!!」

 

  ―斬ッ!

  ―断ッ!

  ―裂ッ!

 

 止めて、斬って、両断し、具現させ、軋ませ、止めて——

 幾度も同じ行動を重ねる。

 正常の時間(トキ)でたった一時間にも満たない間に幾百幾千もの交差を、飽きる事なく両者は続ける。

 だが——

 

「ぅが……ッ!」

 

 それがいつまでも続くわけがない。

 オッシアの口から苦悶の声が漏れる。防護服の腕の箇所が切り裂かれ、奥から血が流れる。

 すぐに治り傷自体は問題ない。問題なのは鏡華の方だ。

 

  ――我が終焉、黄昏より遥か彼方――

 

 もう何度聞いたか分からない聖詠によるブースト。

 そのせいか、ほんの少しずつだが速度が増してきているのだ。

 制限の解除したアヴァロンの時止めはオッシアも使用可能だった。にも関わらず、鏡華に対して一撃が入らないのにオッシアには少しずつ一撃が入ってきている。

 実力や武器を見ればオッシアの方が有利だ。継承者としての差はあっても、デュランダルで相殺できるレベル。

 なのに何故——

 胸中で問い続けながら、振り下ろされたカリバーンへデュランダルを叩き付ける。

 

  ―戟ッ!

 

「——なッ……!?」

 

 今度こそオッシアは驚愕に言葉を失った。

 あれほど両断していたカリバーンの刀身が、

 ——両断できない、だと……ッ!?

 

「——隙あり」

 

  ―閃ッ!

 

 一撃で両断できなかったカリバーンを横に薙ぐ。

 

「うぐぅ——ッ、ぜあッ!!」

 

 反応が遅れ、横腹に刃が食い込む。しかし、数センチ食い込んだ所で刀身が折れた。オッシアはその瞬間に鏡華に蹴りを入れて吹き飛ばす。

 吹き飛んでいく鏡華を見て、膝を折りデュランダルを杖代わりにして荒く息を吐く。

 

「……そういう、事か」

 

 遠見鏡華(我が事)ながら滅茶苦茶だ、と吐き捨てる。同時に理解してしまった。

 鏡華は——否、鏡華とアヴァロンはこの短い時間で“成長している”のだ。

 鏡華自身はオッシアの動きを見て。

 アヴァロンは折れた時に触れるデュランダルの切れ味を記憶し、カリバーンの切れ味の記録を上書きを行って。

 無論、すぐに成長しているわけでも、完璧に上書きができているわけでもない。何百何千と斬り結んだ中で少しずつ、本当に少しずつ覚え、上書きをしていたのだ。

 

「お前はどこへ行く気なんだ……」

「どこまでも」

 

 独り言をこぼしたオッシアの目の前に鏡華が現れる。

 

「自分が納得できるまでは歩き続けるさ」

「分かっているはずだ。それがどんな道になるのかを」

 

 立ち上がり、オッシアは静かに鏡華を見据える。

 オッシアを見る鏡華の瞳に感情の揺らぎは見えない。

 

「どんな道になるかは歩いた後に俺自身が決める。だけど、きっと、後悔なんてしない」

「奏と翼を巻き込んでもか」

「独りだったら後悔するかもしれない。でも、あいつらとだからこそ、余計に後悔なんかする暇ないだろうな」

 

 その光景を思い描いたのか、オッシアの前で笑う。恐らくオッシアは気付いていないだろうが、鏡華の「あいつら」とは翼と奏、そして未来の意味を持つ。今では未来も大事な一人なのだ。

 素直に笑う鏡華の姿を見て、あれほど溜まっていた糾弾の言葉を失う。

 大広間に地鳴りが響いている事に、今やっと気付いた。恐らくフロンティア全体が鳴動しているのだろう。

 

「——なら、証明してみせろ」

 

 トン、とオッシアは距離を取る。デュランダルを胸の前に掲げ、告げる。

 

  ——キミの終焉、其れはいつか必ず——

 

  ―煌ッ!

 

「貴様の想いに偽りがないか、オレを超える事で立証してみせろッ!!」

 

 手に握るデュランダルに光が集まる。

 それはかつてカ・ディンギル跡で暴走した鏡華にトドメを差した絶唱。

 以前は光だけでカリバーンを形成したが、今回はデュランダルを骨子として組み込んでいる。

 

「——」

 

 肌に打ち付けられる絶唱の余波を前に、鏡華は息を吸って、吐き出す。

 カリバーンをもう一振り具現化し、逆手で二振りを握り締め鏡華も告げる。

 

  ——我が終焉、黄昏よりも遥か遠く——

  ——然れども理想郷はこの胸に——

 

  ―煌ッ!

 

 鏡華の手にも光が集まる。

 カリバーンを骨子とし鏡華が思い描く姿に形を成していく。直剣から片側に反りができ、刀のように刀身を変える。

 その場で一振りすれば形を成した光が舞い散る。その光景はさながら光の羽。そして剣の形は二本合わせて見れば双翼の如く。

 

「絶唱——フリューゲル・ゾネ」

 

 与えた銘は日向の翼(フリューゲル・ゾネ)

 まるで日が双翼に姿を変えたみたいに鏡華の周りを暖かく照らす。

 

「……どこまでもあいつらに尽くすか。ブレなさすぎて逆に引くわ」

 

 初めて、鏡華の姿に苦笑を見せるオッシア。

 だが、すぐに笑みは消える。

 

「さあ——いくぞッ!!」

「ああ——今度こそッ!!」

 

 叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ!

 自分に、敵に、世界に向けて吼え叫ぶ!

 咆哮とエネルギーの奔流で空間を揺らし、踏み出した足で床を砕く。

 ほぼ同時に駆け抜ける。

 

  ―震ッ!

 

 大気が、空間が、フロンティアが。

 赤子のように泣き叫ぶが如く震え続ける。別の理由で上げる軋みも合わさって、とうとう壊れる事のなかった広間が崩壊を始める。

 そして――

 デュランダルを振りかざし駆けるオッシアと、

 双翼の光剣を握り締めて駆ける鏡華は、

 

  ―煌ッ!

  ―轟ッ!

  ―爆ッ!!

 

 爆音を先駆けとして、大広間ごと閃光に呑み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奏でろッ、フリューゲル・ゾネッ!!!」

「——ッ!!?」

 

 視界は完全聖遺物同士のエネルギーによって白く染まりきっていた。聴覚も爆音によって一時的に封じられていた。

 それはオッシアだけでなく鏡華にも平等に降り注いでいた——はずなのに。

 鏡華の声が鮮明にオッシアの耳に届いた。背中で羽撃く双翼を宿した姿もはっきりと両目で見えている。

 

「オッシアァアアアア——ッ!!!」

「ッ、オォオオオオ——ッ!!!」

 

 吼えながら飛び掛かる鏡華に、オッシアも吼える。互いに握る得物はない。即座に具現化し、共にカリバーンを振りかぶる。

 鏡華は横に振りかぶったまま刺突の構えから。

 オッシアは頭上に掲げ振り下ろす構えから。

 

  ―閃ッ!!

  ―斬ッ!!

 

 同時に最後の一撃を放つ!

 

  ―輝ッ!

  ―裂ッ!

 

 国すら滅ぼせる一撃が混ざり合い、生命が存在する事など許されない空間で、刃を激突させる。

 衝撃に身体をボロボロになりながら直後に完治しまた光の衝撃を受ける。ループする激痛の中で、鏡華は絶叫する。

 

「お前には負けられないッ! 死んでもッ、負けられないんだよぉ——ッ!!」

 

 今まで負ってきた傷口が開く。それでも叫ぶ。

 

「たった二年で全てに絶望したようなクソガキがッ! そんなに俺が憎かったか! だったらこんな回りくどい真似せずに直接乗り込んでくればよかっただろうが! それを何だ!? えっらそうに能書き垂れて! こんな事で、てめぇは全てを捨てたってのかよッ!」

 

 俯く鏡華の叫びにオッシアは何も答えない。

 鏡華も答えを貰おうと思っていない。

 いや——、

 もしかしたら鏡華はオッシアに叫びながら自分に言っていたのかもしれない。

 答えは本人以外に、否、鏡華にも分からないのかもしれない。

 全てが曖昧な中で、鏡華は喉を潰さんばかりに吠え叫ぶ。

 

「いつもそうだ! 大人ぶって振る舞おうとしてよ! ただちょっと歌作るのと武術が得意なガキの分際でッ、何様のつもりなんだ! 何もかも背負ったように生きて! 他人に迷惑かけて! 大概にしろってんだ!」

 

 ギチギチと火花を散らしながら切っ先と刃が震える。

 その奥から、仮面が砕け素顔が露になったオッシアが見つめていた。痛みがあるはずなのに何の感情も浮かんでおらず、口も閉ざしている。

 

「どれだけの人に迷惑かけたか分かってるのか!? 奏を見ろよ! 不老不死と云う呪いを掛けた! 承諾も何の相談もなく一方的に! 翼を見ろよ! ずっと心配して泣いてたんだぞ! ずっと独りで戦ってたんだぞ! 未来を見ろよ! こんな関係なのに笑ってくれてるんだ! 間違ってるはずなのに! 旦那を……養父(とう)さんを見ろよ! 司令として大変なはずなのに俺を育ててくれた! ガキの我が儘に何度も付き合ってくれた! 死んだ両親にも……養母(かあ)さんにも……数えるだけでこんなにも大勢に迷惑かけてんだぞ!!」

 

 身体中から血が流れ、流す涙も水分なのか血涙なのか、鏡華にはもう分かってない。それでも構わず、叫ぶ。叫び続ける。

 

「誰かのため、なんて理由を付けるな! てめぇの行為は全部自分のためだ! 全部……全部自分の都合の良いようにするための言い訳だ! 詭弁だ! 弁解だ! ただのまやかし……幻想だ! そんなもんを語るぐらいなら、初めっから表に出てくんなよ……消えろ、消えろ……」

 

 まるで駄々っ子のように鏡華は叫ぶ。泣きながら、喚きながら、中途半端だった腕を、鏡華は、ありったけの慟哭の叫びと共に押し出した。

 

「もう、消えてなくなれよぉおおおぉぉ……ッ!!!」

 

 最後の想いを吐き散らし、鏡華は動きを止めた。荒い息で体内に酸素を送る。

 全てを出し終えて、初めて鏡華は顔を上げた。

 目の前にオッシアが立っていた。折れたカリバーンを持って。

 ——胸に黄金の剣が突き刺さりながら。

 

「——それでいい」

 

 オッシアは、なんともないかのように呟いた。

 

(オレ)はお前を否定し続ける。だが、お前はお前を肯定し続けろ」

 

 それでも無事ではいられなかった。

 鏡華は見つけた。見つけてしまった。オッシアが、身体の端から光となって消えていっている事に。

 それでも——オッシアは変わらず告げる。

 

「間違い続けろ。悩み迷い続けろ。後悔し続けろ。だけど——決して過去を、後ろを見て進んでいくな」

 

 今まで溜まっていたツケが一気に清算されているのだろうか。鏡華が消滅を見つけた途端、消滅する速度が速くなり、既に四肢の半分が消えていた。

 

「人間の感情はひどく複雑で、ひどく単純なものだ。後ろばかり気にする人間には不幸を。前を見て進む人間には幸福を」

 

 四肢は消え、残りは胴より上のみ。

 

「——まあ、要はお前はそのまま生きやがれって事だ。己が感情(オレ)にあそこまでの啖呵切ったんだ、途中で諦めるなんざ許さんぞ」

「ま、まて……」

「嫌だね。——遠見鏡華(オレ)自身気に喰わん事ばかりだったが……まあ、この最期は悪くない」

 

 たった今気付いたかのように、鏡華は慌てて手を伸ばす。

 だが、届く前にオッシアの全てが光へと還る。

 

 ——オリジナルに勝ち越しのままだと、特にな。

 

 姿が見えなくなった後に虚空に響く幻聴に近いオッシアの最期の言葉。

 何も掴めなかった手を手元に戻す。傷だらけの掌を見下ろし、強く握り締める。

 

「……負けたくないって言いながら、結局あいつの勝ちかよ。俺ってやっぱ弱ぇなぁ……」

 

 膝から崩れ落ち立ち膝の姿勢で、ようやく鏡華は辺りを見回した。

 元は大広間だった場所は、何も無くなっていた。壁も、ほとんどの床も、壁一面の墓石も——何もかも。

 鏡華が膝を付いている周囲数メートルの床が残っているだけ。それも直に崩壊するだろう。

 下を覗いてみれば青と緑の星が——地球が。光の粒子が地球の全てを巡っている。

 それを鏡華は素直に美しいと感じた。ツヴァイウィングのためにしか曲を作らない事を信条としている彼が、視界に広がる美しさを曲にしたいと思う程に。

 

「ったく……ペンと紙が、あれば……な……」

 

 ガラッと形を保っていた床が遂に崩れる。

 何の対処もしないまま鏡華は落下に身を任せる。今の彼に指一本動かす力も盾一つを具現する力も残ってなかった。

 無重力の中、ゆっくりと地球の重力によって落ちていく。

 鏡華は視界に赤いナニかを捉えながら、意識を闇に任せるのだった。


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