戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー   作:風花

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Fine12 理想郷はこの胸にⅣ

 偶然か必然か。翼と天羽奏(フュリ)の邂逅は何らかの原因で果たされなかった。

 初めてフュリが表へ姿を見せた時、翼はアヴァロンによって治療され眠りについていた。二度目の哨戒艦艇では、翼はアーサーに掛かりきりだった。

 そして都合三度目の奏とフュリの決戦。そこでようやく翼はフュリと対峙する事を果たした。

 

「初めまして、になるのか。それとも久し振りかな。フュリ」

「う、あ、う……」

「ああ、呼び名はフュリにさせてもらうからね。流石に奏ワンとかツーは私が嫌だ」

 

 翼の戦場には場違いな優しい言葉に、フュリは怯えた様子で後ずさる。先程まで奏に向けていた烈火の如き感情など、どこにもない。奏には今のフュリは、怒られる事に怯える子供にしか見えなかった。

 

「み、見るな……見ないで、翼……」

 

 感情を抑えたのか、意味のある言葉を発する。

 肩を落とし身体を縮こませながらフュリは距離を取った。

 アームドギアをしまい、翼は訊ねる。

 

「それは何故?」

「こんなアタシなんて……負の感情に囚われて自分を見失ってるアタシなんて……翼に失望される。拒絶されてしまう……!」

 

 ああ、と奏は胸中で頷いた。

 その気持ちは分かる。かつてはそんな事など考えた事もなかったのに、翼と鏡華の三人で過ごしている間に芽生えてしまった、二人を喪い独りに戻ってしまう恐怖。

 もし、かつてのライブ会場の惨劇で鏡華が存在せず絶唱を翼が歌い、死んでしまったら——間違いなく、奏は堕ちていただろう。歌を捨て、復讐だけの人生になっていた。

 奏が自答している間に、翼がフュリに一歩近寄った。フュリは一歩離れる。

 

「私はフュリに失望なんてしない。拒絶する事もないよ」

「……」

 

 一歩。

 

「……信じられないのは百も承知。だけど——」

「違う! 翼を疑う事なんてしない!」

 

 一歩。

 

「だけど……」

「だけど?」

「アタシ自身が信じられないんだ。アタシは怒りの感情体(ゲフュールノイド)。ここに囚われて、翼と一緒に過ごす天羽奏(アイツ)に嫉妬し怒ってた。——違う」

 

 フュリが俯く。

 一歩。

 

「アタシは、“翼にも怒ってたんだ”。見当違いの怒りだと分かっていても、アタシは嬉しそうにアイツと過ごす翼に」

 

 ——怒りを覚えてたんだ。

 掠れるような声で懺悔にも近い告白を翼は確かに聞いた。

 全力でその場を蹴り抜く。フュリが気付くがもう遅い。

 

「——ぁ」

 

 フュリが気が付いた時には、翼に抱き締められていた。

 じたばたと抜け出そうとするが、翼はより強くフュリの身体に手を回す。

 ——ああ、そうか。

 嫌がるフュリを見て、気付いてしまった。奏は勘違いしてた。いや、考えを放棄していたのかもしれない。初めからフュリとの決着はフュリに勝つ事でしか着かないと決めつけてしまっていた。誰もそんな事を言っていない、オッシアやフュリが言っていた事をただ鵜呑みにしていただけで深く考えなかった。

 ただ——

 

「あ、やっ、離せ……ッ!」

「離さない! 離すものかッ! もう弱いままの私じゃないッ、いくら嫌がっても“奏と”離れるものかッ!!」

「ぁ——その、名前……」

 

 もう捨てた名前。天羽奏(オリジナル)を呼ぶ事はあっても、呼ばれる事などないと思っていた名前。

 翼に呼ばれただけでフュリの胸が温かくなる。ないはずの、怒りとは別の感情が込み上げてくる。

 

 ただ——彼らが救われれば良かったのだ。

 翼に抱き締められ、フュリ自身が気付いていないであろう表情を見て納得した。

 

「帰ろうフュリ。元に戻りたくないなら、フュリとオッシアを含めて四人でも五人でも構わない。また、昔見たいに」

「ッ——」

「どうよフュリ。翼の胸の中は」

「ッ、アタシ……」

 

 目の前に奏が立つ。その手に握る物は何もない。

 

「あたしはさ、力でなんとかしようと思ってた。フュリは昔のあたしだからな、今の方が強いと思わせればフュリも大人しくなるんじゃないかって予想してたんだ」

「……」

「でも、翼は違った。戦うなんて選択肢を初めから用意してない。ま、流石に連れ帰るってのは予想の斜め上を行ったけどさ」

「……ああ」

 

 フュリは抱き締められたまま眼を閉じる。

 瞼の裏に浮かぶ。懐かしい風鳴の屋敷で過ごす三人。そこに加わるオッシアと自分。

 昔みたいに馬鹿やって、鏡華とオッシアが喧嘩して、翼が仲裁しながら叱り、奏が茶々を入れる。

 それを自分が縁側で見つめる。時には奏に便乗して翼も巻き込む。もし、感情に支配されそうになっても彼らがなんとかしてくれるはず。

 容易に想像できた光景に、フュリは涙を流す。

 ——ああ、それはなんて。

 同時に自分の(なか)から何かが喪われていく。しかし、恐怖も怒りもない。

 手を持ち上げる。

 きっと、翼を抱き締めれば想像は現実になるだろう。だけど——

 

「——フュリ?」

 

 抱き締めてくれた翼を優しく引き剥がす。

 何か言おうとする翼の口を人差し指で封をして、フュリは立ち上がる。

 

「ありがとう翼。——でも、ごめん」

 

 差し伸ばされた手。それをフュリは掴まなかった。

 歩き出す。奏は何も言わず、通り過ぎる。

 

「アタシはその手を掴む事はできない。いや、しない」

 

 アタシはもう救われていた。差し伸ばされた手を掴んでいた。

 共に縛られたオッシア——リートの手を。

 

「それでもなお、アタシの手を掴みたかったら——」

 

 こんなアタシを愛してくれた。

 こんなアタシだけを見てくれた。

 こんなアタシのために動いてくれた。

 

「羽撃きを以てして、アタシを超えて飛んでみろツヴァイウィング——ッ!!」

 

 だったら、最後までアイツに付き合うのが惚れた女って奴だろう?

 振り向き様に槍を具現し構える。

 翼が口を開こうとしたが、奏に止められる。俯き、泣くかなとフュリは思ったが、上がった顔にもう迷いはなかった。

 天ノ羽々斬を二振り構え、奏の隣に立つ。奏も修復が完了したガングニールを構えた。

 そして歌う。戦闘の歌ではない。名を『逆行のフュリューゲル』。

 誰も何も言わない。けど、示し合わせたかのように駆け出す。

 

  ——双翼ノ唱—— ——Zwei∞Wing——

 

 翼と奏の技が重なり、どこまでも羽撃く不死鳥と成る。

 フュリは眩しそうに見つめる。さっきまでの出力が出せず、力も段々と失われている今、拮抗も敵わないだろう。

 それでも残った全ての力を槍に込め、振り下ろす!

 

  ―撃ッ!

  ―轟ッ!

  ―煌ッ!

  ―爆ッ!

 

 羽撃きを前に、フュリの技は呆気なく弾かれ吹き飛ばされる。

 消えゆく意識の中、フュリは視界に映る不死鳥に手を伸ばす。

 

 ——ハハ、やっぱり楽しそうだな。羨ましい。

 

 閉じゆく視界の中で誰かが手を伸ばす。翼? 奏? それともリート?

 誰かは分からなかった。

 

 ——なあ、今度はアタシも一緒に歌って、いいか?

 

 それでもフュリは満足そうに笑みを浮かべ、爆風と光の中に消えていった。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

「——フュリ?」

 

 戦闘中、無意識に呟いてしまった。

 ここに彼女の姿はない。今頃、同様に戦闘中のはず——

 

「ああ、還ったか」

 

 なんの根拠もなかったが、言葉にするとストンと胸に収まる。同時に胸を締め付けられる。

 つぅ、と涙が頬に一筋の跡を残す。すぐに拭い、迫り来る槍をデュランダルで斬り落とし駆ける。

 ——ああ、やっと。

 咆哮を上げながら胸中で安堵をこぼす。

 

(やっと——目的を“果たせた”)

 

 全てはこの時のためだった。

 F.I.S.に接触し協力関係になり、フロンティアの情報を提供したのも。

 遠見鏡華に自分達の存在を明かし、言葉で解決方法を限定させたのも。

 あの暗闇の場所から、立ち上がったのも。

 全て——フュリを解放するため“だけ”の賭けだった。

 最初から明確なレールも終着点もなかった。やる事成す事全てが仮定であり、行動後の予測も予測でしかない行き当たりばったりのありえない計画。だが、奏者達が選択する斜め上の行動は、賭けに勝算を付与させてくれる。鏡華を通して見た、その奇跡の可能性に賭けた。

 そして賭けにオッシアは勝った。これで目的は完遂され、残されるのはただの偽物。ただ、やるべき事は残っている。

 

  ――キミの終焉、其れはいつか必ず――

 

 聖詠を唱え、聖遺物の力を引き出す。

 槍を構え突撃してくる姿を黙視して、オッシアはデュランダルを振り下ろした。

 心の底から気に喰わない遠見鏡華(めのまえのてき)のために——


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