戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー   作:風花

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Fine12 理想郷はこの胸にⅢ

 時間と場面は奏とフュリへと遡る。

 身体の一部かと思うほど巧みに操る聖槍ロンゴミアントを、紙一重で躱し、受け流し、弾き飛ばす。奏が行動するたびに周囲の壁や床に衝撃が奔る。

 ワンツーと思考でリズムを即興で構築して、足と手をテンポよく動かす。一瞬の気も緩められず、奏の額からは雨に打たれたのではないのかと錯覚させるほど汗を流していた。

 

「ああァああ"あ"ッ!! イッッライラさせる真似すんじゃねぇよぉッ!!」

 

 湧き上がってくる苛立ちを怒声で表し、槍を振るう速度を更に上げる。

 

 ——叫びたいのはこっちだっての。

 

 胸中で叫びながら、奏は難易度が上がる槍の連撃を躱し防ぎ続ける。だが、フュリの加速は止まらず、少しずつ——本当にミリ単位で擦り、受けきれなくなってきた。

 このままでは遠からず直撃する。必死に躱す足が後ろへ下がりたいと無意識に訴えてくる。

 

「そんな事はフュリ(あたし)に対しての侮辱だぁッ!!」

 

 更に前へ! 一撃を躱すたびに前へと足を踏み出す。

 近付くたびに槍は一撃ごとの重みが増していく。受け流せず防ぎながら前へと進む。

 

  ―バキリ

 

 不意に手元から割れる音が響いた。ガングニールの柄が半ばで折れていた。一瞬だけ穂先に眼を向ければ何カ所にも罅が入っている。

 何十何百と槍の一撃を防いでいたのだ。この結果は当然だった。

 

「「だからどうしたッ!!」」

 

 同時に吼える。

 奏は迫り来る槍に穂先と柄の二振りで殴りつける。砕け散るガングニールを手放し、

 

「うぉらあッ!!」

 

  ―撃ッ!

 

 蹴りをブチ込む!

 脚甲が砕ける。槍も真っ二つになってフュリの手から離れた。

 吹き飛んだ槍を一瞥して奏に視線を戻した、次の瞬間、フュリは初めて表情が固まった。

 眼前に吐息が掛かる程の距離まで詰め寄った奏の顔を見て。

 固く握り締めた拳を腰溜めに構え、撃ち抜いた。

 

  ―撃ッ!

 

「——」

「〜〜ッ!!」

 

 拳を叩き込まれ、呻き声を上げながら吹き飛ぶ。

 受け身を取れぬまま壁に叩き付けられた。肺に残っていた酸素が衝撃で吐き出される。

 流石にこれは予想外だった。まさか、あそこから一撃を喰らわせてくるなんて。

 

「どういう、反射神経してんだよ——“フュリ”」

 

 一撃を貰っていたのは、奏の方だった。

 間違いなく最高のタイミングで不意を突いたはず。なのに、フュリはノーモーションで奏よりも早く、そして重い拳打を放ったのだ。

 

天羽奏(アタシら)の戦闘センスは自分自身がよく知ってるだろ? “たかが”体術の不意打ち程度、対処できないと思ったか」

「んな真似、流石に無理だっつうの……」

「だろうな。アンタと違ってアタシは怒りの感情によって動いている。つまり、過去のアンタと同じだよ」

「……ああ」

 

 奏は納得した顔で頷く。元々、フュリは自分自身の感情なのだ。なら、自分の力をどうやって手に入れたかなど、歌詞を覚えるよりも簡単に思い出せる。

 

「ノイズが許せなくて、感情の赴くままノイズをぶちのめしたあの頃の天羽奏(アタシ)。LiNKERの痛みも、ギアとの適合も、戦うための実力も、全て——全て、怒りと云う感情(アタシ)で乗り越えた」

 

 目の前でノイズに父を、母を、妹を殺された。

 怒りを覚えた。ノイズに、“自分自身に”。

 だから力を欲した。何もかも喪った後に知った、ノイズを殺せる力を。

 

 ギアとの適合係数が低い事に何度も呪った。力を持つ事さえ許されないのかと。

 

 LiNKERの痛みに負けそうになる精神(こころ)を何度も叱りつけた。痛む程度で眠てぇなんて言ってんじゃねぇと。

 

 修行で悲鳴を上げる肉体を酷使し続けた。こんなもんでノイズが殺せるものかと。

 

 そうして手に入れた奏の強さは確かなものだった。

 ノイズを殲滅し、あの日助けられなかった家族と同じ人々を助けられた。

 代償を無視して真っ直ぐに最短で手に入れた。何物も顧みないからこそ強くなれた。

 

「今のアタシはまさにその時の天羽奏(アタシ)だ。だからこそ——アンタより強い」

「……」

「宣言してやる。——今の奏(アンタ)昔の奏(アタシ)に勝てない」

 

 突きつけられた言葉に、奏は俯いた。

 フュリの言葉に嘘偽りはない。奏の戦う理由の根幹は復讐だ。当時を思い出せば、どれだけ命を削っていたのかと、呆れるものばかり。だが、奏は否定しない。

 ——あの時のあたしは間違っていなかった。

 と、胸を張って笑顔で答えられる。

 

「——くっ、はは」

 

 だからこそ、

 

「あーはっはっは——ッ!!」

 

 こう言ってやろう。

 

「眠てぇ事言ってんじゃねぇぞ、天羽奏」

 

 髪を掻き揚げて、凄絶な笑みをフュリに向ける。

 

「あたしがあんたに勝てないだ? はっ、手抜きだか突貫してんのか知らねぇけどよ、あたしはまだ動いて(いきて)るぜ? あんたが昔のあたしなら、とうに指折り五周は殺してるはずだ」

「——ッハ」

「何考えてる知らねぇけど、久し振りのパーティと洒落込もうぜッ!!」

 

 壊れたガングニールの代わりにロンゴミアントを具現化し構える。

 まるで昔のように吠える奏にフュリは、

 

「ハ、ハハ、ハハハ、ハハハハ、ハハハハハ」

 

 笑い——嗤い——ワラい。

 

「■■■■■■■■■■■ッ!!!」

 

  ―轟ッ!

 

 己の喉を潰し殺さんばかりの咆哮を上げた。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

 歌を歌う職業をやっていれば、声で空気が震えるなんてよくある。

 だが、目の前の咆哮はそんなレベルではない。最早それ自体が武器として使用可能と云う威力と化していた。大抵の攻撃など、この絶叫だけで弾き飛ばされてしまう。

 そんな錯覚を覚えてしまう程、空気が——否、世界が震えた。

 長い咆哮の末、ピタリと声がやむ。

 

「——っが!?」

 

 刹那、奏の胸に激しい衝撃が襲った。身体がくの字に折れ、再び吹き飛ばされる。悲鳴さえ上げる暇もなかった。

 壁に激突し“めり込む”。口から大量の血を吐き出し、焦点の合わない眼でフュリを見る。

 殴られた、とは理解した。だが、

 

(なんだ——今の速度)

 

 まさか、と奏は嫌な予感に呆然と胸中で呟いた。

 

(今までのが全力じゃなかった?)

 

 愕然とした奏の視界を、目の前に迫ったフュリの拳が覆う。回避など間に合わず、奏は両腕をクロスさせる事しか出来なかった。

 

  ―撃ッ!

 

 だが、ガードごとブチ抜かれた。ミジィッ、と腕の筋肉が千切れる嫌な音を聞きながら、

 

  ―撃ッ!

  ―撃撃撃撃ッ!

 

 その身を拳によって壊されるのを実感していた。傷を負うたびに“直って”いくが、痛いものは痛い。

 反撃に転じようとするも、四肢が壁にめり込んでしまい動けなかった。

 

「ルゥゥウオオオォオオオオオッッッ!!!!」

 

 咆哮を上げるフュリ。動けない奏の髪を掴み、奏の身体を引きずり出し放り投げる。

 受け身も取れずにごろごろと転がる。

 身体がうつ伏せで止まる。今更溢れ出した血が奏を中心に池を作り出した。

 それでも奏の意識は途切れる事無く、焦点が合わずにフュリを見据える。

 所々ぼやけるが、今のフュリは少し前に見た鏡華の暴走に似ている。違う点は白い泡のような身体の節々から少しずつ発生している所か。だが自我は半分以上呑み込まれかけている。獣のような声の他にいくつもの単語が聞こえた。

 

「許さない許さない許さない「ムカツクムカツクムカツクムカツク「どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして「イライライライララライライライイイライライ「殺「許さ「ムカツ「殺「どうし「イライ「ゆる「どう「むか「いら「殺「殺す「ノイズなんて「殺す「殺す「殺す殺すコロス殺す「どうして「おまえ「殺す

 

「何も知らず翼の側にいたお前を——殺す」

 

 奏はこの時、やっとフュリの気持ちがほんの少しだけ分かったかもしれない。

 たった一つの感情によって存在する。それがどんなものなのか理解は出来ない。だが、きっと、この二年の間ずっと目の前の気持ちをほとんど吐き出す事無く過ごしてきたはず。自分達の前で見せた普通の感情を出すのにどれほど我慢が必要なのか。考えただけでもぞっとする。

 そんな環境の中を我慢する事が出来ていたのは、きっと——

 それでも、奏は立ち上がった。流血のせいで震える足を叱咤し、穂先を下に向け槍を構える。

 

「……負の感情で奏者始めたあたしにすれば、フュリの方があたらしいと思う。けどさ、やっぱ今のお前はあたしじゃないわ」

「■■■■……」

「だって今のあんた、あたしが手に入れた気持ち持ってないし」

 

 復讐のために手に入れた歌と力。そのためだけの武器でしかなかった。

 だけどその歌を、復讐の歌を、助けた人に感謝された。

 歌が聞こえたから諦めないでいられたと。

 歌が聞こえたから絶望の中で希望を捨てなかったと。

 それは自分のためにしか歌ってこなかった奏にとって、その言葉は十分に考えの転機となった。

 

「自分の力は負の感情が似合うって思うけどさ、そんな感情でも誰かのためになれたんだ」

 

 自分の掌を嬉しそうに見下ろし、拳を握る。

 

「だから、もう一回だけ言うぜ。——眠てぇ事叫んじゃねぇよ。そんな咆哮(うた)歌ってないで、あたしとパーティと洒落込もうぜ?」

「■■■■ッ!!」

 

 自我をほぼ失ってなお奏の言葉が聞こえているのか、声に合わせて膝を曲げ、伸ばす。刹那、フュリが跳び、床が爆ぜた。

 真っ直ぐ奏に向かって突進してくる。奏は槍を防御に構え、足を踏み込み、

 ズルゥ、と足が滑った。

 何が、と慌てて下を見れば——なんて事は無い。さっきまで自分が流していた大量の血がまだ残っており、それに足を取られたのだ。

 

「く……ッ!」

 

 忘れていた自分に奥歯を噛み締める。

 既にフュリは奏の眼前に迫ってきている。ここから回避は不可能だった。

 槍が振り上げられ、ただ振り下ろされるのを見て。

 

「——鎮めよ、動じぬ鎧纏い正に山の如く」

 

 静かな声を聞いた。

 

  ―轟ッ!

 

 衝撃で発生する風圧に眼を背ける。風が晴れ、視線を戻して眼を見開いた。

 

「どうしてここに……」

 

 目の前に見える背中に呆然と呟く。

 いつも後ろに隠れていた——今は隣に並び立っている。だから、奏は初めて知った。いつの間に、こんなにも頼もしい背中になったのか。

 その背中の主の名を、奏は呟いた。

 

「翼……」

「奏の危難を前に、鞘走らない双翼がいると思うか?」

「……ああ」

 

 まったく、これだ。

 ずいぶんと強くなったものだ、と奏は場違いながら嬉しいような寂しい感情を浮かべて笑う。

 

「……ツば、さ……?」

 

 受け止められたフュリも呆然と名前を呟く。

 双翼のままの二人と。

 片翼になった一人が。

 これまで接触の無かった者が、全ての決着の直前についに、ここに邂逅を果たすのだった。


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