戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー   作:風花

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Fine12 理想郷はこの胸にⅡ

 意味を成さなくなったブリッジに、マリアは一人、階段に腰掛けていた。

 歌による人類救済は自分の歌では不可能だった。

 ウェルによる英雄による統治はきっともうすぐ二課の奏者、調と切歌、日向によって潰える。

 何物も貫き通す槍は立花響に応え、自分の手から離れた。

 もうマリアの手には何も残されていない。

 力も願いも——歌も、全てを喪った。

 

「私は何も出来なかった。セレナの歌を、セレナの死を無駄にしてしまった」

 

 こぼれる涙を拭おうとせず、マリアは空っぽになった手を差し伸ばす。石壁のくり抜かれた箇所から見える空。近付いている月がやけに大きく見えた。

 

「私は……どうすればよかったの? セレナ……」

「素直になればよかったんじゃない?」

 

 あるはずのない返答。反応が遅れながらマリアは隣を見た。

 視界に入った姿に眼を見開いた。

 隣で階段に座り足を投げ出しているのは、その少女は、

 

「……セレ、ナ」

「はぁい。久し振り、マリア姉さん」

 

 見間違える事なく、かつて死んだセレナだった。

 何度も眼を擦るが、セレナは妄想と消える事なく存在していた。

 立ち上がったセレナの頬を恐る恐る撫でる。温かくはなかったが確かに実在している。

 

「どうして……」

「偶然と偶然が重なった奇跡、かな」

 

 頬を撫でるマリアの手に自分の手を重ねて言う。

 

「奇跡……」

「より詳しく言うなら、ここのお墓に死んだ後に囚われてたんだけど、たまさかフュリさんに会って実験に付き合ってたの」

「フュリ……天羽奏ね。それより実験? お墓ってどう云う事なの?」

「お墓については内緒。鞘の能力を所有者以外に使用できるかどうか? あと不死性を付与させる事なく治療に使えるかどうか? とか。おかげでフロンティア内部限定だけど実体を持って動けるようになったよ」

 

 あまり時間は遺されてないけどね、と舌を出して微笑むセレナ。

 それより、と続けて、

 

「お話を戻すけどね、マリア姉さん。マリア姉さんがやりたい事はなんだったの?」

「それは……」

「もうマリア姉さんは何も持ってない。力も、役割も、使命も。だから、ただの優しいマリア姉さん、略してたやマ姉さんとして答えて」

「それは……待って、たやマって何よ!?」

「オッシアさんに聞いたのよ。マリア姉さんはたやマさんだって。ほらほら、言っちゃいなよユー」

「もう! まったく……私のやりたい事はね」

 

 死んでからも相変わらずな妹にマリアは苦笑する。

 でも確かにセレナの言う通りだ。今の自分はフィーネでも奏者でもない。ただのマリア・カデンツァヴナ・イヴだ。

 ただ、面と向かって話すのは恥ずかしいのか、マリアは視線を逸らして答えた。

 

「歌で世界を救いたかった。月の落下がもたらす災厄から助けたかったの」

 

 初めて口にした、素直な自分の願い。

 それは間違いなく、誰もが対象は違えど願う人助けの願いだった。

 

「はい、よく言えました。——マリア姉さん。塗り固めた本気の嘘はもうおしまい」

「セレナ……」

「生まれたままの感情を隠さないで。ね?」

 

 マリアの両手を優しく握ったセレナは歌を紡ぐ。

 それは『Apple』。かつて祖母に教えてもらった故郷のわらべ歌。

 優しく穏やかな旋律に釣られるようにマリアも眼を閉じて歌う。

 昔はよく二人で歌った。

 住む家もなく身を寄せ合った時に。

 F.I.S.で調や切歌、同じ境遇の子供達に。

 久し振りだった。こんなにも無心で心が穏やかに歌ったのは。

 

 ——もう、大丈夫だね。

 

 一緒に歌うセレナの声が聞こえた。

 

 ——マリア姉さんと話せてよかった。

 ——ええ、私も。

 ——こんな奇跡、二度と起こる事はないと思う。でも、見えなくても、声が届かなくても、私はマリア姉さんの側にいるわ。

 ——セレナ。ええ、側にいてくれるなら私はいつでも強くあれる。

 ——さようなら、マリア姉さん。いつかどこかで、また。

 ——ええ……ッ、また、いつかどこかで。

 

 握っていた手がするりとすり抜ける。

 眼は閉じていても感じる、そこにいたセレナがいなくなるのを。

 閉じた眼から涙が止まらない。それでもマリアは独りで歌い続けた。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

 マリアはすっかり忘れていた。

 ブリッジの様子を全世界に中継していた事を。

 だが、むしろそれでよかったのかもしれない。

 マリアとセレナの歌は世界中へとモニターを通じて届けられる。セレナの姿が風のように消えマリアだけになっても続く歌に、人々は最初から見ていた者、興味がなかった者問わず魅了され聞き入っていた。

 誰もが嘘のない優しいマリアの歌に耳を、心を澄ます。

 一人、また一人。誰かがマリアの歌を口ずさむ。旋律を、歌詞が分からなくとも、聴いた者は自然とマリアに合わせるように紡ぐ。

 一人、また一人。誰もが歌い、次第に中継を見ていた人々が。世界各地から響き渡る。

 人種も、性別も、宗教も、大人も子供も関係なく——歌は共鳴していく。

 そして歌は届く。

 人々の心に。

 国を超えて。

 世界を包んで。

 そして——宇宙(そら)へと。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

 ——歌が、聞こえる。

 雑音混じりで聞こえ辛いが、聞こえる歌は間違える事なくあの娘の歌だった。

 身体がひどく重い。病魔に冒された痛みだけでない。

 痛みが段々と記憶を引き出しから引っ張り出してくる。

 ウェルに射出された後、迫り来る大気圏突破による加速度に、車椅子の機能を起動さえ耐えたが、半壊した瓦礫に生き埋めにされていた。

 恐らく凄まじい加速度によって身体のあちこちが内外問わずボロボロになっているはず。だが、そんな事はどうでもよかった。

 車椅子を瓦礫の中で動かす。大気圏突破にも耐えた車椅子はその機能を発揮し、一体化していたナスターシャの身体を瓦礫から助け出した。

 制御室は半壊していたが機能は未だ健在。その機能が情報を展開している。

 

「世界中のフォニックゲインがフロンティアを経由してここに収束している。これだけのフォニックゲインを照射すれば月の遺跡を再起動させ公転軌道の修正も可能……ッ!」

 

 ならばする事はただ一つだけ。

 眼から血が流れるナスターシャは痛み震える手でシステムを操作した。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

 声が聞こえた。また、聞こえるはずのない声。

 

「マムッ!?」

 

 歌う事をやめスフィアへ近寄る。

 

『あなたの歌に世界が共鳴しています。これだけフォニックゲインが高まれば月の遺跡を稼働させるには十分です。月は——私が責任を持って止めますッ!』

「マム……でも、それじゃあマムがッ!」

『帰還する手段も無く、命も燃え尽きようとしている私が適任でしょう』

 

 手で口を抑える。

 通信越しに聞こえるナスターシャの覚悟の声に、マリアはこれ以上何も言えない。

 

『マリア』

 

 次いで聞こえたのは、いつもの優しい声。

 

『あなたを縛り付けるモノは私を含め何もありません。行きなさい、あなたの心のままに』

「マム……ッ」

『行って、あなたの歌を私に聴かせてちょうだい。こんな私を(マム)と慕ってくれた可愛いマリア』

「ッ……!」

 

 通信が切れる。

 操作は未だウェルの支配下のためにできない。

 流れる涙をマリアは今度こそ拭う。涙の痕が残りながら不敵な笑みを浮かべ、

 

「OK! マム! セレナ! 世界最高のステージの幕を開けましょうッ!!」

 

 ここに宣言した。

 さあ、全ての準備は整った。

 今度こそ、嘘偽りのない本物のステージの幕開けだ。


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