戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー 作:風花
——キミの終焉、其れはいつか必ず——
広い部屋に、狭い“世界”に静謐に響き渡る。
金色の風が包み込み、視界を覆い尽くす。残光を伴ってオッシアは姿を現した。
漆黒を基調とした防護服。その上から銀を基調とした胴鎧、手甲、脚甲が覆う。肩で留められたマントはなく、代わりに腰周りの鎧からコートの裾のように風に揺れている。握られているのは、フランスの叙事詩に登場し、無限の力と高い切れ味を誇る聖剣デュランダル。
「——シッ!」
駆けると共にノーモーションで《遥か彼方の理想郷・応用編》——時止めを発動。死角に入りデュランダルを振るうと同時に時止めを解除する。
誰も止められない角度からの一撃。それを鏡華は振り向く事なく対応した。
―閃ッ!
——オッシアと同じ時止めを用いて。
オッシアが振り抜いた時には鏡華はその場にいなかった。即座に時を止めて距離を取りながら槍を放つ。十数本もの槍が襲い掛かり、鏡華は盾を具現化させて防ぐ。視界が覆われた刹那、背後から強烈な圧が発生するのを感じ、
―撃ッ!
「ぐぁ——ッ!」
躱すために捻った身体に、拳撃を打ち込まれた。
内部から嫌な音を耳にしつつ、鏡華は時止めで距離を置く。が、上手く発動できず予想より近距離で時が動き出す。一瞬で距離を詰めてデュランダルを振り下ろされるのをカリバーンで受け止めた。
「……、……、……ッ!」
「……」
鍔迫り合いの中至近距離で相手の顔を見る。拳撃のダメージに荒い息を吐く鏡華に対し、オッシアの顔は仮面に隠れて表情を伺う事はできない。
何故か今にも力を抜いてしまいそうな腕に力を入れながら、鏡華は無理矢理距離を取ろうと後ろへ下がった。至近距離だと理由は分からないが気を抜いてしまいそうだったからだ。まるで心地よい気持ちになっているかのような——
「考え事とは余裕だな」
「ッ……」
「その余裕、終わりまで持たせてみろ」
「言ってろ、この野郎!」
考えている事ごとカリバーンを振り払う。考えるのは後だ。
後ろへ跳んだオッシアが着地すると同時に地面を蹴る。
鏡華はその場から動かず待ち構えるかのように構え、
―戟ッ!
―轟ッ!
―裂ッ!
空気が破裂する音が木霊した。
〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜
その身を包む防護服。それは間違いなくガングニールを纏った姿。
私服に戻ったマリアは目の前の現象に言葉を失っていた。
「う、ぉおんッ! こんなところで——うわぁあぁッ!?」
目の前の光景で忘れていた事を、悲鳴じみた叫びで思い出す。
「こんなところで……ッ! こんな所で終われる、ものかッ!」
響の後ろにいたはずのウェルが階段から転がるように降りていた。
だが、マリアにはもうウェルを殺す力を持っていない。
「ウェル博士ッ!」
「ウェルッ!」
入り口からは緒川を引き連れた弦十郎が。別口からは日向がウェルへと向かう。
床を踏み抜き、《闊歩》で急接近した日向がウェルに手を伸ばす。しかし、ウェルは不敵な笑みを浮かべネフィリムの腕で床を操作し自身の真下に穴を空けて、日向の手を躱した。
日向は舌打ちをして、響とマリアの元へ向かう。
「響ちゃん! マリア!」
「ひゅー君」「……日向」
「……そのガングニールは?」
「マリアさんのガングニールが私の歌に応えてくれたんだ!」
なるほど、と日向は頷く。
さっとマリアを見回すが外傷はない。力なくこちらを見上げているだけだ。
「フロンティアの制御はウェルの左腕のネフィリムがしている。フロンティアの動力はネフィリムの心臓……それを停止させればウェルの暴挙を止められる……。お願い——戦う資格のない私に変わって、お願い……ッ!」
俯きながらマリアは響に縋る。ガングニールを喪った今、マリアに戦える手段はない。だからこそ縋るしかなかった。
「調ちゃんにも頼まれてたんだ、マリアさんを助けてって。だから任せてッ!」
項垂れるマリアに響は即答で励ます。
その直後、轟音と共に何かが吹き飛んできた。
響達が音の方へ顔を向ける。弦十郎がウェルが逃げた床を破壊した音と思ったが、弦十郎も腕を振りかぶりながら音の方に顔を向けていた。
誰もが視線を向けた先にいたのは、床に倒れ伏している鏡華だった。
「遠見先生!?」
「……ぁ? ぁあ……たち、ばな、か」
響の声に反応を返すと、振らつきながらよろよろと立ち上がる。怪我は無いように見えるが、着ているコローブはボロボロになっていた。
どうしてここに、と誰かが疑問に思っていると、鏡華が吹き飛んできた穴からもう一人飛び出してきた。
「——」
「お前は……」
「どうした。もう終わりか?」
顔はマフラーや仮面に隠れて見えないが、誰もがオッシアだと気付いた。
「勝手に終わらせんな、この野郎ッ!」
―駆ッ!
叫びと共に地を駆け、一歩でオッシアの懐に迫り掌打を繰り出す。それを片手でいなし、もう片手に持ったデュランダルを振り下ろす。刃の腹を手の甲で弾くようにズラし、サマーソルトの要領で自身を一回転させ蹴り上げる。
「立花ァッ! あとの事は全部任せるぞッ!!」
「わっかりましたぁッ!!」
宙に飛ばしたオッシアに追撃する事無く、鏡華は自分が空けた穴へ飛び込んだ。
オッシアは何事も無いかのように着地し辺りを見渡す。こちらを見るマリアを見つけ、
「……マリア」
「オッシア……?」
「自分のしたい事を思い出せ。行動はそれからだ」
「え……?」
「そうすれば、……いや、余計か。——頼むぞ」
一方的に言って鏡華を追いかけるように穴へ飛び込んだ。
呆然と何も言えなかったマリア。
「師匠ッ!!」
「おう、ウェル博士の追跡は俺達に任せろ。だから、響君はネフィリムの心臓は頼むぞ」
「はいッ!!」
「僕もウェルを追うよ」
飛び降りようとした弦十郎に、日向がそう告げる。
弦十郎は何も言わなかったが、ただ頷いた。
追おうと背を向けた日向に、
「あ、待ってひゅー君!」
響が止めた。
なに、と振り返った日向に、響は一度深呼吸してから、
「わ、私ッ! ひゅー君の事が、男の子として好きだからッ!」
「……はい?」
この場に最も関係ないであろう感情を言葉として告白した。
これには日向だけでなく弦十郎や緒川、マリアも「は?」と云った表情を浮かべた。
「え、今? 今言う事なのそれ?」
「い、勢いって大事だから!」
恥ずかしげに視線を逸らした響は、マリアの視線に合わせるようにしゃがみ、
「ちょーっと行ってくるから待ってて。終わったらひゅー君の事教えてくださいねッ!」
えへへ、と照れながらウィンクをして外へ飛び出していく。
弦十郎と緒川は苦笑を浮かべて床を拳打で破壊して降りていった。
日向は額に手を当てて呆れながらもマリアから背を向ける。
「マリア、僕も行ってくる」
「日向……」
「オッシアさんみたいには言えないけど、マリアがしてきた事に無駄な事なんて何一つない。それを忘れないで」
「あ……」
告げる言葉を言い放つと、日向振り返る事無く破壊されて出来た穴に飛び込む。
残されたマリアは手を伸ばすが、その先には誰もいない。伸ばされた手は力なく下ろされるのだった。
〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜
オッシアが地下の広間に降り立った時、鏡華は静かに佇んでいた。
「ずっと——ずっと、お前の言葉を考えていた」
オッシアが動く前に、鏡華の口が開く。
「俺の愛は偽物。好意に甘えてる。愛を喪ってるから一番を決められない」
それはかつてカ・ディンギル跡地で言われた言葉。言葉で否定しようとも胸の中ではずっと燻っていたもの。
「ああ、確かにそうなのかもしれないな」
鏡華はこれまでの否定が嘘のように、あっさりと肯定した。
「でも、それは絶対に駄目なのか? 一番を絶対に決めなきゃいけないのか?」
そして、あっさりと掌を返した。
「当たり前だ。本当に愛する事ができるのは一人だけだ。複数に分けられるものじゃない」
「そうか。じゃあ、俺は愛と云う感情なんかいらない」
「……なんだと」
鏡華の言葉にオッシアの殺気が格段に増す。
それを感じていないかのように鏡華は言葉を続ける。
「愛と云う感情なんかいらないって言ったんだよ。このまま間違った感情を持つ俺でいい」
「ふざけるなよ、貴様……!」
「ふざける? ——それは俺の言葉だッ!」
―轟ッ!
胸を掴み叫ぶ鏡華。同時に彼を中心に圧が生まれた。
「いくらお前が俺だろうと——いいや、俺だからこそ一方的に考えを押しつけんじゃねぇ!
「——」
「間違えてる? んな事は百も千も万も承知の上だッ! だけどなッ、その間違いを受け入れてくれる奴らがいてくれるんだ! その間違いが自分達にとって最良であると信じてくれているんだッ! なら他人にとって間違いであろうと俺達には正しい事なんだよッ!!」
「詭弁だッ!! そんなものはただの甘えだと言っただろうッ!」
「詭弁で結構! 甘えで結構!! 誰にも認められなくても結構ッ!!」
「——ッ!」
胸を掴む手とは逆の腕を正面に伸ばす。
何かを掴むように。
何かに応えるように。
何かを受け入れるように。
「もう迷わない。世界が受け入れなくとも、愛を知らずとも、俺は幾星霜紡いでいこうッ! 彼女達への
瞬間、何かが変わった。
世界中の誰もが気付かない、小さな変化。
しかし、世界は
世界が祝福するか恐怖するのかは定かではない。ただ確かな事は。
“もどき”ではなく、正しく継承した者が顕れたのだと云う事だけ——