戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー 作:風花
それは突然だった。
数十分前に放送され、黒いコートで姿を隠した誰かによってカメラを破壊されてから、ニュースは現場の状況を映す事なく報道していた。
屋内やネット、路上でそれを見ていた人々の中で少なくない人数が新たに入る情報を待っていた――そんな時だった。
『私は、マリア・カデンツァヴナ・イヴ。月の落下による被害を最小限に抑えるため、フィーネの名を語った者だ』
突如としてモニターに映し出される女性の姿に誰もが足を止め、モニターに視線をやる。
それはテレビ等だけでなく、映像を流す事が出来る機器全てに及んでいた。否、日本だけではない。全世界の機器全てから映像が流れ始めていた。
映し出された女性の名前は、見ている半数以上がすぐに思い出せた。デビュー二ヶ月で米国チャートの頂点に上り詰め、しかし一、二ヶ月ほど前のライブで突如テロリストになったマリア・カデンツァヴナ・イヴ。
そんな彼女が全世界へ向けて語り始めた。
語る内容は月の落下と各国の陰謀。
完全に理解できる者は、ほとんどいないだろう。しかし、マリアは必死に伝えていく。
『全てを偽ってきた私の言葉がどれほど届くか自信はない。だが、歌が力になるというこの事実だけは信じて欲しい』
そう言ったマリアが突如服装を変化させた。私服だったはずなのに、テロを起こした際の武装を身に纏っている。
『私1人の力では落下する月を受け止め切れないッ! だから、貸して欲しいッ! 皆の歌を届けて欲しいッ!』
歌い出すマリア。その歌が何なのか、見ている人々は分からない。
ただマリアが必死になって世界へ自分の歌を届けているのは分かる。
しかし――駄目なのだ。
何故かは分からない。もしかしたら、テロを起こした時のしこりが残っているのかもしれない。
人によっては突然説明されて、歌を歌われても、わけが分からないと云う人もいる。
或いは――“マリアの歌ではないからか”。
どちらにせよ、今のマリアが奏でる歌には、見ている人々の心を打つ何かが足りなかった。
必死に歌うマリアだが、それが月の遺跡へ伝わる事はなかった。
膝から崩れ落ちるマリアを画面外にいるだろう誰かが声を掛けるが、彼女が立ち上がる事はなかった。
「この人、ビッキーたちと一緒だね」
そんな中、偶然通りがかり一部始終を見ていた安藤創世達三人。
「うん」
「誰かを助けるために歌うなんて……」
彼女達は知っていた。
誰かのために歌う友達の事を。知っているからこそマリアのやっている事もほんの少しだけ分かる。
彼女がどれだけ一生懸命なのかと云う事を。
〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜
「シンフォギア奏者はこれから僕が統治する世界には不要、っととぉ……」
クリスとヴァンが巻き込まれた爆発によって、地上と繋がった地下の空洞に滑り降りながらウェルは呟く。
「そのためにぶつけ合わせたのですが、こうもそうこうするとはチョロすぎるぅ……」
悪い笑みを浮かべながらウェルは二人の生死を確かめるために姿を探す。その間に思考だけは次の一手を考えていた。
元々、頭の中には月を落とす計画が最初からあった。そして、落とした後はソロモンの杖で武力による統治を図る算段だが、そうなると邪魔になるのはシンフォギア奏者なのだ。そのシンフォギア奏者に武力で抵抗するなど、はなから不可能だと結論づけている。だからこそ対抗するためにAnti_LiNKERを開発した。効果も十二分に満足のいく物だった。
後は残りの奏者の始末だが、ウェルはこれに一番頭を悩ませていた。通常のシンフォギア奏者は問題ない、融合症例である立花響も既に無力化できた。だが、アヴァロンの奏者である遠見鏡華と天羽奏、そして
最初の頃は不老不死を得る事の出来るチャンスだと思っていたが、持ち得る手段では体内から排出する方法がなく、調べる事もほとんどできなかった。加えて相手取るにしても、確実に消す方法がない。今は同士討ちを狙うしかないのだ。
そこまで考えて、ウェルの足は止まった。
「うわぉっ!? お、お前……生きて……はぁあああっ!?」
ウェルの視線の先には、ボロボロの防護服を纏ったクリスがしっかりとした足取りで立っていた。
近くにはヴァンが倒れている。
「約束通り二課所属の装者は片付けた。だから、ソロモンの杖をあたしに」
「……はっ! こんなままごとみたいな取り引きにどこまで応じる必要があるんですかねぇ?」
当然ウェルは約束など初めから守るつもりなかった。握り締めていたギアスの起動ボタンを押す。
だが、カチっと押し込む音だけが聞こえるだけで何も反応しない。
ウェルが何度も押しても変化はない。
「え、あれ!? 何で爆発しないっ!?」
「壊して“くれた”んだよ! 約束の反故なんて、初めから知ってたしな!」
「分かっていて、取引を……っ!」
「悪党のやり口なんて、昔からどれもこれも同じなんだよ、分かりやすい」
「ッ、だったらぁあ!!」
スイッチを投げ捨て、ソロモンの杖を使う。大量のノイズがクリスを取り囲む。
「今更ノイ――ッ!?」
銃を構えようとしたクリスだったが、激痛に似た何かが身体を走った。
顔を歪めるクリスに、ウェルが勝ち誇ったように叫ぶ。
「Anti_LiNKERは忘れた頃にやってくるッ!」
「ちっ……! 舐め、んなッ!」
吐き捨てるように言うクリスは、痛む身体を押し殺して落とした銃を拾い、
「ぶっ飛べ! アーマーパージだッ!!」
―爆ッ!
咆哮と共にイチイバルの防護服やアーマーがパージされ、周りのノイズを襲う。それだけでなく頭上にパージされたアーマーが先に放り投げられていた銃弾の雷管に直撃し弾頭が放たれた。飛び出した弾頭は計算されていたかのようにアーマーと共に周囲のノイズを襲った。
一方、全方位にパージされたアーマーはノイズだけでなく地面や柱にも直撃し爆風を巻き起こした。
爆風を腕で庇い辺りが見えないウェルへ、クリスは裸のまま駆ける。爆風で姿が見えないのはクリスも同じだが、場所は覚えている。影が見え、クリスは腕を思い切り振り切った。
「ふげらぁっ!?」
予想通り拳はウェルに直撃し吹き飛ぶ。同時にその手からソロモンの杖が離れた。後はソロモンの杖を拾いノイズを制御して自壊させればよかったが、思いのほか殴打の一撃が強かったのか、ソロモンの杖が吹き飛んだのはノイズの後ろだった。
「くそ……ッ」
ミスった、と胸の中だけで呟いた。無理矢理パージしたイチイバルはすぐには纏えない。ヴァンも気を失って行動不可能。ウェルは最初から戦力外だ。
――どうする?
必死に頭を回すクリスだったが、ふと、以前の会話を思い出した。
――あまり背負い込みすぎるな雪音。二人のように……なってはほしくないが、もう少し私達を頼れ。仲間のミスぐらい、カバーしてやるさ。
「ぁ、ぅ……ッ、助けてくれ――先輩……ッ!」
思えば、クリスがヴァン以外に明確に助けを求めたのはこれが初めてだったかもしれない。
わずかに躊躇しながらもはっきりと助けを求める。この場にいない、届くはずのない声。しかし――
「――先輩、か。なかなかどうして、新鮮な呼び名だ」
―閃ッ
辺りを漂っていた砂煙が晴れた。
その真ん中に立っていたのは――たった今助けを願った彼女だった。
「馬鹿なッ!? Anti_LiNKERが充満した場所で、何事もないかのように、いや! それ以上の動きをするだとぉっ!? 何故!? 何故ギアとのシンクロ率を“上げている”のに動けるッ!?」
「そういう先輩だ、気にすんな」
ありえない光景にウェルは敵のはずなのに疑問を次々と叫ぶ。
そう、翼はAnti_LiNKERが充満する中を、騎士王と剣を交えた際にロックを強制解除し軽装になった防護服を纏っていた。
驚愕するウェルに、色々と慣れてしまったクリスは平然と答える。こんな事で驚いていたら、天羽奏の対応等で
怯え、慌てて逃げるウェルをクリスは追わない。ウェルよりもソロモンの杖であり、先輩の方が重要だった。
――空ノ轢断――
―閃ッ!
抜刀からの一閃。それだけで翼が納刀した後に、上下に分かれなかったノイズは一体もいなかった。
クリスはそれを見届けて、ソロモンの杖を拾い、裸だった身を制服に通した。
「回収は完了したようだな」
ギアを纏ったまま翼が言う。
「……」
「どうした?」
「えっと……その、一人で飛び出して、ごめんなさい」
恥ずかしがりながら、クリスは素直に謝った。
それに翼は小さく笑う。
「気に病むな。それに最後は頼ってくれた」
それに、と翼は再び同じ接続語を繋げた。
「私もやっと、胸に燻ってたモノに気付けたしな」
「燻ってたモノ?」
「……防人の先輩として、な。奏のように……なりたかった、のかもしれない」
「やめてください今のままでいてくださいお願いします先輩」
本気で嫌だったのか、敬語で棒読みと云う珍しいクリスの言葉に、翼は笑った。
「それでは私はもう行く。奏を見たか?」
「ちょうどこの奥の遺跡で2Pカラーなら見た」
「そうか。ああ、雪音は夜宙が起きるまで休憩してから、立花と合流してくれ」
「了解だ、先輩」
頷くと、空洞の奥へ駆けていく翼。
それを見届けて、クリスは倒れているヴァンの元へ歩いて――蹴りをいれた。
「……痛いぞ」
「うっせー馬鹿ヴァン。先輩と会話してるときから狸寝入りしてやがって」
はぁ、と溜め息を吐きながら、クリスはその場に腰を下ろし、ヴァンを仰向けにした。正座を片側に崩し座りやすいようにしてから、ヴァンの頭を膝に乗せた。
「ったく……無茶しやがって」
「クリスが言うな。首に爆発物巻かれてやがって……心底腹が立った」
「悪かったって。帰ったら何かしてやるから」
「……そうか」
わずかに上がったヴァンの口角に、クリスは問うた。
「あんだよ、にやにやしやがって」
「いや、お前が帰ったら、なんて言うからつい、な」
「あー……かもな。どうかしてやがるぜ、あたしって奴は」
ヴァンの髪を撫でながら、クリスは満更でもなさそうに返す。
これまでクリスには帰る場所を見つける事が出来なかった。数ヶ月前に帰る場所を与えられたが、それを完全に受け取る事ができなかった。
だが、どうやらいつの間にか、帰るべき場所を受け入れていたようだ。
「うるさくてしつこくて、時々ベタベタしてくる事があって、余計なおせっかいを焼いてきたり、色々と面倒な奴らだよ」
「そうだな」
「でも、それでも――そんな面倒なのがどうしようもなく嬉しくて、あったかいんだよな」
「ああ」
きっと、クリスは気付いていないだろう。見えているヴァンは何も言わなかった。
クリスの顔が自然と笑みを浮かべていた事を。