戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー 作:風花
ここまで来るのにかなりの時間が掛かった。
遠回りもしたし、偶然が味方をした事もあった。だが、ここまで来た。
「うふ、ふふふ、くふふふ——!」
小躍りしたくなる気持ちを口端を吊り上げるだけに抑え、ウェルは双眼鏡で戦場を見続ける。双眼鏡で覗く先には、剣と銃を交える二人の男女——ヴァンとクリスがいた。遠距離からの攻撃をヴァンの炎が寄せ付けないため接近して戦っている。
根っからの研究者なので、ウェルには戦闘の有利不利の判別はできない。圧倒的な状況なら見れば分かるが、双眼鏡の先の状況は違う。一見、炎で銃弾を守るヴァンが有利に見えるが、クリスに焦った様子は見られない。剣の軌道を先読みしてるかのように動き、引き金を引く。
暫し眺めていたが、変わらない状況に双眼鏡を眼から離す。
「いいねぇ、いいねぇぇ。愛し合う二人が想い合う故に戦う! お話にでもすれば、僕の話の幕間ぐらいにはなるんじゃないかな?」
でも、とウェルは言う。
「なる、だけで僕の話にはいらないんだが」
手元の通信機を操作する。
「いつまでチャンバラごっこをしているんですか? 早くしないと、愛した人の前で首がボン、ですよ」
『——ッ』
通信を切り、再びにやりと歪める。
「早くしてくださいよぉ。まだやる事が山ほど残っているんですからぁ……」
〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜
頭部を狙った弾丸を躱しながら、ヴァンは頭が熱してきたのを感じていた。ガラティーンの熱量に肉体が耐えきれなくなった訳ではない。
ヴァンは戦闘中、ずっとクリスの姿を見つめていた。四肢はもちろん、視線や口許、身体の全てを。次の動きへの予測、弾道の軌跡、そして——防護服の変化。
唯一変化していたのは、首に巻かれた首輪。一見すればただの装飾だが、どうにもそうは思えなかった。
「なぁクリス。その首輪はどうしたんだ? まさか、
「犬、か……。汚れ仕事には相応しい役職だな」
「……」
「んで、犬は室内じゃなくて敷地の外で十分だろ。違うか?」
クリスの言い分に、また頭が熱くなる。いや、熱くなるというか——
『いつまでチャンバラごっこをしているんですか? 早くしないと、ギアスで愛した人の前で首がボン、ですよ』
どこからか聞こえるウェルの声。肉声ではなく機械を通してと云う事を踏まえても、どこからか見ていると云う事だろう。
しかし、ヴァンにはそんな事は“どうでもよくなった”。熱量がウェルの一言で瞬時に限界を迎える。
ギアスと云うのは間違いなく、新たに付いた
つまり、
「ふ——ッざけんなよッ! あの
—轟ッ!
感情の爆発と共に衝撃が周囲を震わせる。
一歩下がったクリスは衝撃に驚いたが、ヴァンの言葉に眼を丸くした。
「英雄英雄と喚くだけならまだしも、人の女に首輪させるとか、何を考えている!?」
「……は?」
「あれか!? 寝取り趣味とか間男のつもりか!? あの
「お、おい……」
「だいたい——クリスは俺の女だ! 首輪を掛けていいのは俺だけだッ!」
「んな……ッ」
想像もしていなかった言葉にクリスの顔が赤く染まる。
言いたい事を口走っているヴァンが落ち着いたのは、一分程たってから。溜め息に似た吐息を吐いて、
「決めた。誰が何と言おうと首根っこ引きずってでも連れ帰ってやる」
「ッ——」
「拒否権はないぞ。俺の居場所にはクリスがいないと居場所なんて言えないからな」
「……どうして」
顔をそらして問い掛ける。
その問いに、ヴァンは優しく微笑んで答えた。
「約束しただろ。俺は二度とクリスから離れない。一生、クリスのために生きると」
「……でも、あたしは……」
「ええい、しつこい。これ以上言うなら本気で首輪付けて、いつか連れ回すぞ」
迷う素振りを見せるクリスの言葉を両断し、ヴァンはガラティーンを構える。
「構えろクリス。殺す気でなければ倒れると思え」
「ッ……、ヴァンッ」
「ああ」
「次で決める。あたしと添い遂げたかったら——あたしを殺さずにヴァンが沈んでくれッ」
「ああッ」
短い肯定。同時に地を蹴る。
真っ直ぐに駆けるヴァンの額に銃口を向け、確実に殺せるよう狙いを定める。
—弾ッ!
放たれる銃弾をヴァンは躱さない。銃口の位置から着弾点を予測し、最低限の動きで弾く。距離を詰め、ガラティーンを頭上から振り下ろす。
盾にした拳銃が鈍い音を立てるが、ガラティーンの熱量に耐えきれず溶解する。完全に溶け落ちる前に、クリスは手放し後ろへ跳びながら腰の装甲からミサイルを射出。ヴァンの足止めをしつつ新たに二段、三段と形成した弓床に
「燃えろ、想いを糧に——ガラティーンッ!!」
—轟ッ!
刀身から吹き上がる炎が、ヴァンの想いに答えるかのようにその量と質を上げていく。誰も計らない熱量だが、近くのくぼみに溜まった水が蒸発している事からどれほどのものか伺えるだろう。
自分に迫るミサイルを一刀に伏し、歩を進める。次第に駆け足に、刀身の炎を使って加速していく。
「ッ——!!」
—発ッ!
—発発発発ッ!
ヴァンが一刀両断し、遅れて爆発したミサイルの爆風の中を駆け出すのを見つけると同時に引き金を引く。三段に分かれた弓床のボルトが一斉射出され暴雨の如くヴァンに降り注ぐ。
いくら熱で溶かそうとも絶え間ない弾幕ならば——
「——ゥ雄雄雄雄雄雄ッッ!!!」
ヴァンは止まらなかった。
クリスでも滅多に聞かない咆哮を上げ、鉄の暴雨に突っ込む。
—斬ッ!
斬る。雨はやまない。
—轟ッ!
灼く。雨は炎を溶けてなお貫く。
—貫ッ!
貫く。雨を薄皮一枚の差で躱すヴァン。躱しきれていない証拠として、鎧で覆われていない頬や腕から血が流れる。
それでもヴァンは駆けた。
駆けて——斬って——灼いて——負って——駆けて——
ついにはクリスが得物の間合いに入った。
—閃ッ!
下からの斬り上げでボウガンを灼き斬る。
振り上げたまま構え直し、振り下ろす。
「まだ……!」
振り下ろす——直前、クリスが動いた。
胸元の防護服を掴み——“真ん中から裂いた!”
「ッ? ——ッ!?」
この戦闘中、クリスは何度か己の肉体を使った
自分で引き裂いた防護服から溢れ出たもの——それは年不相応の乳房であり、
「さっき言ったよな? 連れて帰るって。なら、“これ”はどうする?」
乳房を潰して入っていた——時限式のグレネードだった。
動いているデジタルの数字が示す残り時間は、二秒を切っていた。
「ば——ッ!」
「はは、護ってくれよ? 愛しの旦那様」
普段では絶対に言わない茶目っ気たっぷりのクリスの台詞を、しかしヴァンは気にする余裕などなかった。
攻撃を即座に中止、片手でクリスの喉を突き、もう片手でグレネードを引き寄せようと伸ばしたが、
—爆ッ!
—轟ッ!
それよりも早く、グレネードが爆発。
爆風と爆音で二人を包み込んだ。