戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー   作:風花

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Fine10 定め重なる運命の柩Ⅲ

 鏡華がリポーターとカメラマンを助け出したのは偶然だった。

 元々、オッシアが何かしようとしているのを感じ飛び出したのだが、近くを見慣れないヘリが飛んでいるのが見えたのだ。ヘリは躊躇う事なく重力装置の範囲内に入り、案の定潰されかけた。

 呆れながらも鏡華は目覚めてからは使えるようになっていた《遥か彼方の理想郷・応用編》を発動、二人を抱えて脱出した。

 ただ、ヘリの操縦士を助ける事はできなかった。操縦室に挟まれいたし、何より鏡華はリポーターとカメラマンの二人しか持てなかった。

 

(すみません、助けられなくて)

 

 自分でもはっきりと分かるほど、“心の籠っていない”謝罪と黙祷を捧げる。

 そんな鏡華へと、今しがた助けたリポーターが声を掛けた。たった今死にかけたと云うのにすぐに職務をこなす姿は逆に感心してしまう。

 

「あ、あなたは一体? それよりどうやって助けたんですか?」

 

 やれやれと肩を竦めたくなって、

 

「死にそうになってたのにこれだ。いやはや流石ですね、マスコミ魂とやらは」

 

 思わず毒を吐いてしまった。

 やべ、とフード越しに口を抑えたが時既に遅し。言葉は発せられた後だ。肩越しに眼だけ向ければ、リポーターだけでなくカメラもこちらへ向けられている。恐らく生放送で全国——最悪、世界中に届けられているかもしれない。

 

「……質問に答えていただけますか。あなたは一体誰ですか? ここで何が起こっているのかお答えください」

「はぁ……答える理由があると? 大体、聞くのはパイロットの生存が先でしょう?」

「それは……」

「ちなみにパイロットは死にましたよ。助けるよりも先に操縦室が潰れてたので」

「なっ……見捨てたのですか!? まだ生きていたかもしれないでしょう!」

「まあ、かもしれないですね」

「あなたは救えたかもしれない人を見殺しにした。そう捉えてもいいんですね」

「そうっスねー」

 

 まあ、と鏡華は言葉を続けながら、フードの奥からリポーターを睨んだ。

 

「見捨てたからこそ、あなた方は助けられたんですけど」

「それは詭弁です! あなたなら全員を助けられたはずです! 私と彼女が気付く事なくヘリから助け出したあなたなら!」

「間違うなよ」

 

 マイクを突きつけながら叫ぶように詰め寄るリポーターの胸ぐらを掴み上げる。

 

「今回はあなた方を救う事ができた。だが、パイロットは救う事はできなかった。もしかしたら逆だったかもしれない。或いは誰も助けられなかったかもしれない。助けた奴を糾弾する前に、助けられた事を喜べよ! あなた方は喜ぶ前に助けた奴を責めろと教わったのか?」

「ぅぐっ……それ、は……」

「頼むから、選択するものを間違えないでください。……そうじゃないと今の俺みたいな立場の奴が馬鹿みたいじゃないですか」

 

 その場にリポーターを下ろす。鏡華はゆっくり下ろしたつもりだったが、彼はその場で尻餅をついて咳き込んだ。

 鏡華が最後に呟いた言葉は聞こえなかったかもしれない。聞こえたとしても、受け取ってくれるとは到底思えないが。

 溜め息を吐いて、そろそろカメラを壊すか、と思い視線をカメラマンに移すと、

 

『さあ、まずは序曲(プレリュード)と洒落込もうか?』

 

 念話とは違う、自分自身が喋ったような言葉が響いた。自然な動作でカメラマンではなく背後を振り返る。

 視界には空に浮かぶフロンティア。それを覆い隠すかのように蠢く斑点。距離が遠くともノイズと分かった。数十数百ではきかない数である事は考えなくとも気付く。

 降り立った艦艇の内部で海兵が騒ぎだす。背後で助けたカメラマンがカメラで何が起きてるのかを知ったのか、恐怖に声を上げる。恐らくカメラで確認したのだろう。と云う事は放送でも流れていると云う事。

 確かにあの数は面倒だ。アーサーが表に出ていた際に放たれていた数の比ではない。さっきまでの数でも一般の人間が抵抗しても意味がなかった。恐らく過去最高に近い出現数ではないのだろう。

 

「面倒だけどまあ……厄介ではないな」

 

 大群である敵の一群を眺め、鏡華はフードの奥で小さく溜め息をこぼした。

 前菜と言っていたが、鏡華にとって眼前の敵は「厄介ではなく面倒」で済ませられる程度の存在でしかなかった。どちらも難しい場合に用いる言葉だが、その意味合いはだいぶ違ってくる。片方は実力以内の困難を示し、もう片方は実力以上の困難を示していた。

 未だはっきりと視認できない群勢の端に向かって、無造作に手を伸ばす。

 

「騎士王の名槍ロン、改め——聖槍ロンゴミアント」

 

  ——貫き穿て白聖槍——

 

 呟き、ノイズに沿って手を横へ滑らせた。

 ただそれだけで——黒い斑点は消えた。

 はっきりと見えない。だがカメラを通して見ていたカメラマンは見えただろう。ノイズ一体一体に槍が刺さり灰へとなっていく様を。

 鏡華はそれに対して何も言わない。彼の視線はフロンティアの一点に注がれいる。

 

『なるほど、序曲にもならんか』

 

 再び聞こえてくる声。その声に驚きはなく、むしろ当然と云った声音だった。

 

『貴様は貴様のやりたい事をやれ。後は——』

 

 そこまで聞いて、鏡華は握り締めた右拳を背後へ打ち込み、左の掌で横腹に迫るモノを受け止めた。

 

  —撃ッ!

 

 打ち込み、受け止めたにしては派手な音がその場を支配する。

 打ち込んだ先には掌が。受け止めたのは手の甲を下に握り締められた拳が。

 

「オレがやろう」

「言う相手間違ってるだろう」

 

 同じくローブに身を包みフードで顔を隠したオッシアがいた。

 

「さっさと終わらせようか? ここまできたら巻き戻り(ダル・セーニョ)繰り返し(ダ・カーポ)もないだろう」

「ああ。会話は合間でも可能だからな」

「何度言えば理解する。オレと貴様の間に会話などないッ」

「そう言うなよ。こちとら赫竜と()り合ってたからコミュニケーション不足なんだよ」

 

  —打ッ!

  —撃撃ッ!

 

 拳打の応酬。互いに片手で攻め、片手で守る。

 戦い自体はそれほど苛烈ではない。むしろ地味とも云えるほど、動かすのは四肢のみだ。駆け回らず、その場で一歩踏み抜いては一撃を放つ。踏み込んだ逆の足で防ぎ攻める。

 目の前で突如始まった戦いに、リポーターとカメラマンは何もできず立ち尽くす。しかしその光景をカメラを通して世界中へ届けていた。

 

「……やはり上がっているな。先に確認して正解だった」

「やっぱてめぇ、本気じゃなかったのか」

「当たり前だろう」

 

 鏡華の一撃に合わせて、オッシアは拳を受け止めながら距離を取る。

 

「貴様との決着の舞台は既に決まっている。こんな場所で終わらせてたまるものか」

「……そうかよ」

「序曲は終了だ。オレを探せ、そこで遠見鏡華(オレ達)鎮魂歌(レクイエム)を創るとしよう」

「鎮魂歌なんて嫌だね。俺が創るのは未来へ続く唱(アヴニール・セクエンツィア)だけだ」

 

 鏡華の言葉にフードの奥から視線をぶつけ、オッシアはその場から消え去った。

 すぐに意識して眼を細める。左眼が映す風景が切り替わる。場所は分からないが既にフロンティア内部に戻ったようだ。

 相互共有を切って、フロンティアを見る。翼と奏に分けたアヴァロンの反応はフロンティアから感じ取れる辺り、運良くフロンティアに乗ったのだろう。弦十郎の考えを予想すれば、恐らく突入したのはヴァンと奏の二人か。

 

「さあ——往くか」

 

 一歩を踏み出し、ああそう云えば、と思い出す。振り返り、カメラマン——その腕に持つカメラへ腕を突き出し、

 

「————」

 

 小声で何かを呟き、広げていた掌を握り締めた。

 途端に嫌な音を立ててカメラが潰れる。テレビでは突然中継が途切れ砂嵐が吹き荒れていたが鏡華には関係ない事だ。

 今度こそ鏡華は、驚きながらカメラを破棄したカメラマンとリポーターに背を向けると、甲板から飛び降りる。

 

  ——阻む事勿れ湖精の加護——

 

 音もなく海上に降り立ち、身を屈める。

 我に返ったリポーターが甲板から身を乗り出して海上を見下ろせば、もうそこに鏡華の姿はなかった。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

 フロンティアの上昇に半ば巻き込まれる形で二課は潜水艇ごと打ち上げられていた。

 現状、二課で動く事のできる奏者は奏とヴァンのみ。響と未来は謂わずもがな、翼はまだ完治できていないと云う理由で弦十郎が出撃を許さなかった。

 

「頼むぞ。奏、ヴァン」

 

 弦十郎の言葉に、奏は笑顔で親指を立て、ヴァンはいつも以上にそっけない返事を返す。

 

「どうしても許可してくれないのですか!」

「どうしてもだ。完治したら出撃を許可すると言っているだろう!」

「くっ……」

 

 悔しがる翼に奏はまあまあ、と肩を叩く。

 

「待ってりゃ自然に回復するんだからさ、我慢しなよ」

「奏……」

「それに昔は翼独りだけでステージに上げさせちまってたからな。今度はあたしの番さ」

 

 んじゃ行ってくるぜー、とまるでコンビニに行くような軽い調子で手を振る。ふと立ち止まり、

 

「あ、そうそう。響におねーさんから一つ」

「はい?」

「思い立ったら吉日なんだってさ、覚えときな」

「言ってる意味分かりませんよ!? それ今関係ある事なんですか? ……あったぁッ!」

 

 訊ねて、答えを聞く前に自分で答えを見つけたのか、響は笑顔で奏に向かって親指を立てた。どんな答えを見つけたのかは知らないが一先ず笑顔を返す奏。

 今度こそ司令室から部屋を出て行く。それに続いてヴァンも司令室を出た。

 

「何か思いついたの響?」

「ふっふっふっ、思いつきを数字で語れるかよッ! 的な閃きだよ未来」

 

 響の悪そうな微笑みに、未来は苦笑するようにそっか、と頷いておいた。響も響で言ってる意味が分からなかったが悪い方向へいくわけではないので深くは聞かなかった。

 だんだん鏡華と奏に感化されてきたな、と弦十郎は隠れて溜め息を吐くのだった。

 

「——と云うわけで、露払い頼むぜ」

「何がと云うわけだ」

「いやー、おねーさん面倒くさくてさー。頼むよ後輩」

「……貴様、俺の機嫌(ヒューマ)が悪いの分かってて言ってるだろ」

「うん」

「……」

 

 ただでさえクリスが真偽がどうであれ敵についた事にショックで自傷してしまいそうなのに、奏の言葉に頭のどこかがプッツンしてしまいそうになっている。いやむしろ彼女の頼みを聞いて、攻め入ってきているノイズを相手に発散するのも悪くない。だがそのまま言葉に乗せられるのは性格的に嫌だった。

 

「まーまー、いいじゃんいいじゃん。ここで“ガラティーン”の肩ならしをするのも悪くないとあたしは思うんだがねぇ」

「…………いつから知っていた」

「さっき。ヴァンが独りで自分を抑えていた時に星剣から炎が見えて、鏡華に無理言って鞘もらって調べ直した」

 

 こいつ、ストーカーなんじゃないか、とヴァンは本気疑ってしまう。

 だがこいつ相手に隠し事なんて六割がた筒抜けのようなものだと諦め、肯定の意を示した。

 

「そうだ。星剣(これ)はエクスカリバーだったがエクスカリバーじゃなかった。エクスカリバーの兄弟剣であり陽の加護を得た星剣。正式名称はエクスカリバー・ガラティーン。それがこの剣の本当の姿だった」

 

 エクスカリバー・ガラティーン。

 騎士王アーサーに仕えた円卓の騎士の一人、ガウェインが所有者と云われている星剣。ガラティーンの事が記されている書物は僅かで、鏡華が持つアヴァロン——騎士王の鞘の情報と同じかそれ以下だろう。

 加えて、ガラティーンは担い手の死後の所在が不明だった。エクスカリバーは湖の乙女に返却され、騎士王の鞘は異母姉モルガンによって盗まれた。だがガラティーンの最後は分からない。

 だからこそ、ガラティーンの存在はエクスカリバー以上に空想だと考えられていた。

 

「……なるほど。フィーネん時から最近まで半覚醒だったって事か」

「みたいだな。俺が気付いた瞬間から変化したみたいだが……物は試しだ。貴様の誘いに乗ってやるよ」

 

 腰に提げたガラティーンを抜き放ち会話中も止めなかった歩みを加速させる。歩みから走りへ変わり、遠方に豆粒のように見えていたノイズがはっきりと視認できた。

 

「——焔装(えんそう)

 

 歌う事なくそれだけ呟き炎を身に纏い、消え去ると同時に身に纏っていた物が鎧へと変わる。

 速度を上げノイズへ肉薄し、星剣を振るった。

 

  —斬

 

 静かな斬撃。だが斬られたノイズは斬られた箇所から燃え上がり、十秒もしない内に文字通り炭化して散っていった。

 ヴァンは止まらず虚空へ星剣を振るう。対象がない一閃は空を斬るだけ——ただの一閃であれば。

 

  —轟ッ!

 

 一瞬刀身を覆った炎が一閃と共に放たれ、軌跡の先を走っていたノイズに命中した途端にノイズを灼き尽くした。さらに連続で炎の斬撃を閃き放ち、一撃ごとに確実にノイズを炭へと変えていく。

 

「ははっ、予想以上に凄いな」

 

 視界に映るノイズ全てを灼き尽くしてなお走るヴァンを、プライウェンに乗って併走する奏は感想を口にする。本気で人に任せて傍観に徹している辺り、腹が立って仕方がない。

 腹いせも込めて十体ほど纏めて炭に変えてやった。

 

「そう怒るなって。仕方ないんだよ、この後に控えている一戦が予想以上にやばそうなんでね。ちょーっち万全かつ本気で挑まねぇとサクッと終わっちまいそうだし」

「……自分自身との決闘(デュエル)か。想像もできんな」

「あたしもさ。それもまったく別の成長を遂げた、謂わば別人のような自分——ははっ、言ってて余計に対抗策が消えてくぜ」

 

 まったくそう思ってないような笑みを浮かべる奏は、ヴァンはどうすんだ? と問い掛ける。

 二課へ進行していたノイズを全て灼き尽くしたヴァンは、ガラティーンの剣先を後ろへ向けて答えた。

 

「当然——勝手に出て行った(クリス)に、説教してくるだけだッ」

 

  —轟ッ!

 

 刀身から炎が勢いよく噴き出し、ヴァンが地を蹴る。空へ跳んだヴァンをさながらロケットのエンジンの如く推力を与え、移動する速度を加速させていく。

 以前から使っていた移動方法だが速度が格段に上がっているようで、すぐにヴァンの姿が小さくなった。

 

「さて、あたしも行かねぇとな」

 

 そう呟いた奏はプライウェンからガングニールに乗り換える。

 柄に腰かけ穂先裏のブースターを駆動さえ速度を上げる。向かう先は——自分の許。


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