戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー 作:風花
「あは、あははッ! いいですよ! 楽しすぎて眼鏡がずり落ちてしまいそうだぁ……!」
案内されたブリッジの中央で、ウェルが高らかに笑うのをマリアは一抹の恐怖を感じながら見ていた。
オッシアに案内されたブリッジ。そこでウェルは自身の腕にLiNKERを打ち込んだ。効果はすぐに現れ、腕がネフィリムのような異質なものに変わる。なのにウェルは変化した事に驚く事なく、むしろ喜んでいるようだった。それでフロンティアを動かし始めた。
ウェルの言動が段々とおかしくなっている事には眼を瞑るが、それでも不安からは眼を逸らす事はできない。
(果たしてこれが人類を救済する道なの……?)
もちろん否定したくない。否定してしまったら、これまでの自分のやってきた事が無駄と云う事になる。
でも、それでも——
「おやぁ? またぞろときてるじゃないか。くふふ……っ、フロンティアの、いや、僕の力を知らしめるには恰好の相手ですね。そう思いませんか? マリア」
「……ッ、何を」
悪い予感が頭だけでなく背筋まで汗のように伝う。
まるで新しいおもちゃを手に入れた子どものように、ウェルは異形の腕でコントロールし何かを作動させた。操作していないマリアには何をしたのか分からない。
そんなマリアのためなのか、球体の周りにモニターが現れる。モニターには浮かび上がったフロンティアに向かって砲撃を放つ米国の艦隊が映し出されている。
何をした、と問う前に、艦隊が突然海から浮かび上がった。自力ではない、恐らく空へ浮かぶフロンティアの重力制御装置を使ったのだ。艦隊は浮かび上がり、何もできないまま——ヘコんでいき、爆散した。
「な……ッ!?」
分かりやすく例えるなら、紙を手で丸め込み潰すと云った感じか。それぐらい簡単に、あっさりと艦隊はその数を減らした。
ただ、マリアが驚いたのはそこじゃない。爆散した中に、明らかに民間のヘリが含まれていた事だった。
「ふふ、くふ、ふくく……ふくはははははッ! 手に入れたぞッ! 蹂躙する力ッ! これで僕も英雄になれるッ! この星のラスト・アクション・ヒーローだぁあッ!! いっやったああぁぁーーッッ!!!」
なのにウェルは絶叫して喜びの声を上げている。
そこまで英雄になりたいものなのか。マリアにはこれっぽっちも分からなかった。
「ふっふふふふ……。おっと? 行きがけの駄賃に月を引き寄せちゃいましたか?」
「月をッ!? まさかさっきの上昇で月の落下を早めたのか!?」
そんな事は聞いていない。
今思い出したように呟いたウェルを押しのけ、マリアは球体に触れる。
「救済の準備は何もできていない! これでは本当に人類は絶滅してしまうッ!!」
だが、マリアが触れても球体は何も反応しない。むしろウェルが離れた途端に光が消えていっている。
「LiNKERが作用している限り、制御権は僕にあるのです。人類は絶滅なんてしませんよ、僕が生きている限りはね。これが僕の提唱する一番確実な人類の救済方法です」
「ッ……そんな事のために私は悪を背負ってきたわけではないッ!!」
思わず叫びウェルに詰め寄る。
ウェルはそんなマリアをあっさり払いのける。
「はん! ここで僕に手をかけても地球の余命があと僅かなのは変わらない事実だろ! 駄目な女だなぁッ! フィーネを気取ってた頃でも思い出してぇ、そこで恥ずかしさに悶えてな!」
「ッ、私は……ッ!」
「私は? 私は何だい、マリア? 他人がいるだけで自分の気持ちが揺らぐ、フィーネでもないただの優しいだけのマリアが何だってんだいぃッ!?」
「ッ……私は……私はッ……セレナ……日向ぁ……」
決して間違いではないウェルの言葉は、的確に彼女の心に穴を空けていく。マリアは言葉が槍となって自分の心を抉っていくのがまるで物理的のように感じてしまい、隠していた感情を崩壊させ涙を流す。
支えである妹と好きな男の名前を呟く事で最後の一線を保っているようにウェルには見えた。どうでもよかったが。
嗚咽を漏らすマリアを見下ろし肩を竦めたウェルは背を向ける。
「気の済むまで泣いてなさいな。帰ったらぁ、僅かに残った地球人類をどう増やしていくか一緒に考えましょ」
「……流石にその発言はどうかと思うぞウェル」
ブリッジから出て行くウェルの後ろに付いて行くオッシアとクリス。
「そぉですか〜? 人類を増やす方法なんて一つしかないんですから別にいーいじゃないか。それともアダムとイヴと言えばよかったのかな?」
「……好きにしろ。貴様と問答したら、十割で負ける。それより、外へ出るなら先にオレの用事を済ませるぞ。ソロモンの杖を貸せ」
「ふぅん、何をしに?」
「面倒事を増やしに、な」
〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜
外では何が起こっているのだろう。
腕を拘束する手錠を俯いたまま見つめたまま調は考える。
自分がこの選択を選んだ事に後悔はない。少し前まで二課とは敵だったのだ、シンフォギアを取り上げられ、拘束されるぐらいは当然の対処だろう。日向もそれを理解した上で治療を断わり、自分が腰掛けているベッドで寝転んで自己治癒している。
だけど、他の皆は大丈夫なのだろうか。
自分をここまで運んできた緒川と呼ばれていた黒服に、助けを求めた。皆を止めてほしかった。
「助けて」は自分に向けての言葉なのか、それとも切歌達に向けての言葉なのか。自分でも分からなかった。
でも、ウェルを除いて全員が追い詰められている。
自分で追い詰めてしまった——ウェルに追い詰められてしまった。
ウェルを悪と断じるのは簡単だ。だけど、自分達はこの道を正しいと信じて進んできたし、何よりウェルがいなければ自分達はとっくの昔に壊滅していた。
「私達はどこで間違えたの……」
「何も間違えていないよ、調ちゃん」
独り言に近い調の言葉を日向はちゃんと聞き、言葉を返す。
「僕達は自分が正しいと思って悪に身を染めた。それは間違いなんかじゃないし間違いにしたくない。それでも間違いと言うなら、道を変えればいいだけさ」
今の調ちゃんのようにね、と日向は微笑む。
「私のように?」
「調ちゃんは自分がやりたいと思ったからノイズを倒した。それが正しいと信じて」
「正しいって思ったわけじゃないよ。だけど、こんなのがマリアの望んだ事じゃないって思っただけ」
「それでいいんだよ。例え偽善と言われても思いを貫き通す。それは決して間違いじゃないんだから」
上体を起こした日向は、調の頭を撫でる。
大して年は変わらないのに時々お兄さんぶる日向。けど撫でられるのは嫌いではなかった。
ふと日向の言葉で気付いた。
「偽善……私と立花響は同じだって事?」
「いいや。この問題に僕は入れない。確かに昔の響ちゃんの事はわりかし知っているつもりだよ。F.I.S.に連れてこられる前までだけど」
「……そっか。だからあそこまで関わっていたんだ」
納得するように頷く。ようやく日向と立花響の関係性が繋がった。
それならこれまでの日向の行動に納得がいく。
「日向は立花響の事が好きなの?」
「好きだよ。その想いは変わらない」
「マリアも日向の事が好きなはず。意味は違うけど私も切ちゃんも大好きだよ」
「はは、ありがとう。僕も皆好きだよ」
「でも、私達と彼女は敵同士」
顔を上げる調。
日向も撫でていた手を下ろし、隣に腰掛ける。
「……そうだね。僕も響ちゃんの敵だ」
「もし、もしだよ? この戦いがハッピーエンドで終わったら、私達はきっと拘束されると思う」
「まあ……だろうね。日本か米国か……違うのは国だけか」
「その後、日向はどうするの? 私達と一緒に来るの? それとも——元の居場所に戻るの?」
「それは……」
調の問い掛けに日向はすぐに答えられなかった。
一瞬だけ言葉に詰まってしまったのもある。同時に激しい揺れが会話を中断させたのだ。
「きゃっ!」
「おっと」
突然の衝撃によろめいた調を日向が支える。
外で何かが起こったのだろう。地震にしては衝撃が長い。それにここは海の中、ここまではっきりとした衝撃を感じられるものなのだろうか。
収まるまでこのままでいると決め、日向は調を抱きとめたまま口を開く。
「……多分、マリアや調ちゃん、切歌ちゃん達といると思うよ」
「戻らないの?」
「戻りたいけど……戻れない、かな。僕の手は奪った命で汚れちゃった。日常に戻る事ができても罪からは逃げられない」
贖罪と云う言葉がある。行動を以て自分の罪や過失を償う事を意味している。
しかし、罪を償うなんて本当にできるのだろうか。
一度した事を取り消す事なんてできない。そんな事がしたければ過去に戻ってやり直すぐらいの不可能を可能にしなければならない。いくらシンフォギア——聖遺物の力を以てしても無理だ。仮に可能な聖遺物が存在したとしても、それを操る奏者や制御する技術がなければ意味がない。
結論——罪を償う事などできない。
罪を滅ぼす事などできない。
罪は——どんな事をしても絶対に消えないのだ。
「だから、僕は君達と一緒にいると思うよ。別々の道を進むまでね」
「最後までじゃないんだ」
そりゃあね、と日向は笑った。流石に大人になっても一緒にいようとは考えていない。可能性としてマリアは別だが、調や切歌はいつまでも自分達に付き合ってほしくなかった。調と切歌は一緒にいそうだが。
揺れが収まってから調を離す。一緒にベッドに腰を下ろした。
「さ、もう少しだけここで待っていよう。きっと動けるようになるはずだから」
「なんでそんな事が分かるの?」
「カンかな。ちょっとばかりイカサマしてるけどね」
「じゃあ、動けるようになったら……」
当然、と片目を瞑りながら日向は言った。
「自分がしたい事をしよう」
〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜
人の口に戸は立てられぬ、と云うことわざがある。家の戸を閉めるように、人の口の戸を閉める事はできない。つまり世間に噂が広がっていくのはどうにもしようがないという事を指す。
情報伝達が急速に発達した今の世の中では、人の口だけでなく世界中の口を閉ざさなければ、いとも簡単に情報が伝わってしまう。
仮に誰かが隠しても、必ず誰かが暴き情報として流してしまう。
今回、フロンティアが浮上した海域も政府からの発表では「地殻変動による揺れ」として取材などを阻み、情報の漏洩を防ごうとした。しかし、簡単に諦めないのがマスコミというもの。禁止と言われてなおヘリを飛ばし生放送を試みている。
「——」
目の前の光景に、ベテランであったリポーターも言葉を失っていた。なんだこれは、と。カメラを前にして呟いてしまったのは仕方がないと言えよう。
丸められたかのように潰れ、崩壊している米国の艦艇。中空に浮かぶ謎の超巨大遺跡。
一体何をどうすればあんな風に壊れるのだろうか。いやそれよりも、あの巨大な建造物は何なのか。
分からない事だらけだったが、リポーターは我に返って自分を映しているカメラに振り向いた。
ありのままを伝える、それが自分の仕事だ、と自分に言い聞かせてカメラに向かって、カメラからテレビなどで見ている人々に向けて、リポーターは口を開いた。
「ご覧ください! 政府の発表では大規模な地殻変動によるとされている海域では、軍事衝突が起きていました! 米国の艦艇が一瞬で——!」
だが、リポーターは最後まで伝える事はできなかった。
大きな要因は二つ。
一つはヘリがフロンティアに近付きすぎた事。彼らが知っているはずがない。フロンティアが空に浮いていられるのが巨大な重力装置によるもので、それは今ウェルが操作した事により近付いた物を容赦なく操った重力によって潰してしまう事を。
ミシミシと彼らが気付く間もなくヘリが小さくなった。
そして——
「う、うわぁああッ! ————ぁ?」
リポーターは潰される事に恐怖し眼を閉じた。
しかし圧迫感は一切なく、むしろ強風が自分の身体を殴っているような感じだった。恐る恐る眼を開ければ、目の前には海と空の境界が広がる。
きっと理解が早かったのは視聴者の方かもしれない。
潰れそうになるヘリの中を映していたのが突如外を映していたのだから。
第二の要因。それは——
「こんなに早く嗅ぎ付けるとは……やっぱ嫌いだ、マスコミって奴は」
無事だった米軍艦艇に着地し愚痴をこぼす。
黒装束に身を隠し、フードの奥からフロンティアを睨む——遠見鏡華が助けたからだった。